クリスマスの夜、女の子を拾った。   作:true177

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018 木の実と人生を、比較した。

 大きく迂回してショッピングモールの裏側に回り込んだ二人は、手ごろな石段に腰を下ろした。植えられている樹木の葉は、もう落としきった後のようだ。落ち葉は掃除されたか風に吹かれたか、寂しいタイルがむき出しになっていた。

 

 人ごみに入り込むという経験が余りなかったか、幸紀は息切れしていた。呼吸の間隔が細かく、体力もいくらか消耗したようだ。

 

 あれほど旅行客が多いとは、広海も思っていなかった。体育館に全校生徒が集まって人との感覚が取れなくなるほどは想定内だったのだが、おしくらまんじゅうになるとは予期できない。

 

 それにしても、正月三が日ならいざ知らず、普通の土日に買い物需要があるものなのか。広海には、それが分からない。

 

「……もうちょっと、ここで休んでいきたい」

 

 脚を曲げ伸ばしして、疲れ具合を確認している幸紀。歩いた距離以上に気力を使ってしまったらしい。

 

 ……こういう疲れて意識が行ってないときほど、その人の性格が出るんだっけな……。

 

 人前では猫を被っているような女子でも、人目のない所では存分に本来の自分をむき出しにしている。無意識でそれが出てしまうと、たちまち信頼を失ってしまう。

 

 人が無意識に行動しやすい時は、気が抜けている時だ。今のような自分だけに集中していると、その傾向は顕著になる。

 

「……うう……」

 

 寝起きで動かない体をほぐしているかのように、手を組んで上に伸ばした。閉まり切らずに声帯から漏れてきた声が、また女の子っぽさのある高い声なのだ。

 

 眠いわけではないだろう。あくびもせずにじっとしているのがその証拠だ。ウトウトして頭がこくりこくりと落ちてはいない。

 

 ……なんでだ……。

 

 何でもない、幸紀から漏れた声。それに、心が引き寄せられそうになった。収まっていた拍動が、また早鐘を打ち始めた。

 

 手を胸に当てると、規則正しくリズムが刻まれている。普段と違う事と言えば、冬の空気で冷やされているはずの表面がぬるくなっていることだろうか。

 

「ふぅー……」

 

 幸紀は肩を緩慢な動作で回し、腕を下ろして石段の上に手のひらを付けた。そこに体重が乗っかって、視線がやや上に移動した。

 

 彼女の目には、何がどう映っているのだろうか。直線的に見えているのは道路を挟んでそびえ立っているビルなのだろうが、そんな当たり前の事を聞いているのではない。

 

 ……俺のことは、どう思ってるんだろうな……。

 

 家でゲームをしている時、食事で会話が弾む時。幸紀は友達に接すようにしている。嫌悪の感情は入っていないが、意識しているというほどでもない。言葉が優しく、抜け目のないところはいつでも変わらない。

 

 ……でも、他の人が知らない部分を俺は知ってる。

 

 幸紀がどうしようもなく疲れた時は、広海の肩に身を預けてくるのを誰が知っているのだろうか。公私混同をしなさそうな信念のある幸紀が、なりふり構わず甘えてくる姿を、広海以外に見せたことがあるのだろうか。

 

 まとめると、特別視されていないようで、ただの友達では見せないような一面を当たり前のように出してくる。困ったものだ。

 

「……ねえ広海、あの木になってる実ってなんなんだろう?」

 

 上空を見上げていた幸紀が、植樹された木の頂上を指した。なるほど、小ぶりな緑の実が固まって木の枝からぶら下がっていた。

 

 街路樹や店周りに植えてあるもので、実がなるものだと聞いたことが無い。サクランボが桜から生えていることすら見たことが無い。

 

 ……でも、ここに植えてあるくらい身近ってことだよな……。

 

 もしかすると、答えられることが常識なのかもしれない。それに、博識ではないにしろ好きな人からの質問にだんまりでは名が廃る。

 

「……幸紀は、なんだと思う?」

 

 それでも、知ったかぶりほどカッコ悪いことは無い。無難に、ネタを返しておいた。

 

「さっぱり分からない。……ちっちゃくて、いまにも落ちそうで……」

 

 木の実の寿命は、そう長くない。虫や鳥に食べられて一生を終えるものも、自然落下で栄養を断たれるものもいる。

 

 そうして土に埋もれた種子は、やがて土に含まれている栄養を使って発芽する。植物が子孫を残すための方法だ。

 

 ……それが、植物の生き方だけど。

 

 動物は、その場から動かずに生涯を閉じるというわけにはいかない。立ち止まっていて種を後世へ残していくことなど、できないようになっているのだ。

 

 主に陸上に生きる動物は、自分からパートナーを選ぶ。鳴き声、体格の大きさ、強さ……。多くは、生存の上で有利な条件を持ったものに群がるのだ。

 

 ……でも人間は、好きになるところが人によって違う。

 

 人間は、個々が恋愛感情を抱いた相手と結ばれたいと思う。その点は様々で、数えて行けばきりがない。

 

 広海は、幸紀の限りない優しさとそれ以上のしっかり者であるところ、外と内のギャップに恋をした。

 

 ……それだけじゃない。

 

 何より、たかが数週間とはいえ彼女と生活を共にし、深く接してきた。

 

 ……この子に、どうか真っすぐな道を歩んでほしい。それで、自分も横に並んで歩いて行きたい。

 

 子供の『好き』と大人の『好き』は違うと、巷ではよく言われる。

 

 子供の『好き』は、ポスターでタイプに合致するアイドルを見た時に湧き上がる感情と同じだ。顔であったり胸であったり声であったりと、その人が持っている性質が『好き』なのである。

 

 そういう『好き』は、誰にでも抱き得るものだ。彼女がいたとしても他にもっとハイスペックな女性がいればそちらを『好き』になるのは生理上致し方のないことである。最も、そこから自らを制止できない人間は二股となるわけで、それらはまた別の問題だ。

 

 対して大人の『好き』は、残りの人生を一緒に作っていきたいというものだ。頭の中で将来も関係が持続していることを容易に想像できれば、それは立派な『好き』だ。

 

 ……俺の感情は、どっちだ?

 

 一瞬一瞬だけを切り取るのであれば前者であるし、連続的な映像を流すのであれば後者になる。広海には、決めきれない。

 

「……そうだな、落ちそう。……でも、仕方がない。何かで支えても、いずれ落ちる運命だから」

 

 この実が地面に落ちることは、人間でいうところの死だ。

 

 落下を防ごうとして付け根を上部にしたとしても、時が来れば自然と本体の枝との繋がりは断たれてしまう。運命には、逆らえない。不可抗力なのだ。

 

 ……これが幸紀だったら、俺はどうする? もし今日限りで失踪してしまうと分かったら、俺はどうする?

 

 世界最後の日にやりたいことと、今自分がやろうとしていることは同じだろうか。もし違っているのならば、それは最優先する事柄ではない。

 

 明日があるのなら、一日くらい予定を引き延ばしても罰は当たらないだろう。また太陽が東から昇り、西へと沈んでいくだけだ。

 

 しかし、本のページがそこでおしまいだとしたら。続きを書くスペースが無かったら。会いたい人に会わずに、家で引きこもってゲームにいそしむだろうか。

 

 ……前々から、幸紀のことを見ると胸が苦しかった。でも、それは気のせいにしてきた。

 

 恋だと思うことによって態度に現れ、引かれてしまうのが怖かったからだ。幸紀が離れていくのがちらついて、しおれてしまっていたからだ。

 

 ……またとない絶好の機会なのに、告白しないのか?

 

 擬似と名を打っているが、デートはデートなのである。実際にするようなことは全て組み込まれているし、幸紀も恋人気取りで受け答えをしてくれている。

 

 今日を逃して、次のビッグチャンスが来るのをちんたらと待ち続けてもいいのか。釣り逃す魚は、大きいのではないのか。

 

「……自然の摂理、だもんね……。定められたものには、抗えない……」

 

 何やら手をせわしなく動かしている幸紀は、いささか沈んだ雰囲気を出している。彼氏ならフォローして然るべきなのだろうが。

 

「……でも、そんなこと嘆いたってどうにもならない。それなら、楽しく過ごした方が得だ」

 

 幸紀に手を回したかったが、居座り続けている羞恥心に妨害されて叶わなかった。

 

「うん、私もそう思う。こんな感じでゆっくりした時間でも、広海といると楽しい」

 

 両手を胸に当て、しっかりと目を閉じた。深呼吸をする度に、硬さが抜けていくような感じがした。

 

 ……俺といると楽しい……、か。

 

 作られた役から飛び出たものとは思えなかった。幸紀に側にいることを認められたような気がして、安堵感が心を占めた。

 

 写真に写らないアクションスタッフではない。ツーショットの片方にはピースをして乗り出た幸紀が映り、もう一方には肩を組まされて戸惑っている広海が収められている。

 

「……寒くない?」

「……あっためてくれたって、いいんだよ?」

 

 幸紀が、のそのそと横着に広海と太ももをくっつけた。

 

「……ひんやりしてるけど、広海だって思うとそんなこと気にならないなぁ……」

 

 幸紀の太ももは、血流が大量にある大動脈が通っているのもあってか力強い温かさがあった。手のひらとはまた違う、凛とした強さだ。

 

 ……それで、やわらかい。

 

 脂肪と筋肉で構成されている脚というものは、見た目ほど柔らかくはないのが普通だ。人体模型を見ても分かる通り、中心に通っている骨の周りに筋肉がついている。さらに外側の層はあまり厚くなく、指を軽く沈みこませるだけでも固さが感じられるほどだ。

 

 人間の部位で柔らかいところと言えば、尻とおっぱいぐらいだろうか。どちらも、勝手に触ろうものなら即刑務所への片道切符が手渡される。

 

 しかし、幸紀のそれは柔らかかった。完全にリラックスしているのだろう。

 

 ……安心してくれてるんだ……。

 

 同じ空気を吸うのも嫌というほどなら、ガチガチに警戒されているはず。弛緩しているのは、広海への信用が厚いことに他ならない。

 

「……そろそろ、いこっか?」

 

 雪がちらついていることは無いが、冬風に当たっていては骨の髄まで冷え切ってしまう。呑気に木の下で会話をするのもいいが、するべき時は今ではない。

 

「……手、繋ごうよ?」

 

 つい先ほどはあれほど恥ずかしがっていたのだが、幸紀は遠慮気味にそっと手を出した。

 

 ……俺の手で包み込めそうなくらい、小さい。真っ赤で、ほかほかしてる。

 

 おくりものを、広海は受け取った。

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