店内に入った広海と幸紀は、手始めに一階の雑貨売り場から回っていくことにした。
広海も、店の構造がどうなっているのかをあまり把握していない。何階建てかは外見で分かるのだが、何が売られているのかを調べてくるのを忘れていたのだ。
「……リサーチ不足すぎるかな。行くと決めたところくらい、調べとかないと」
幸紀先生にも、ダメだしを食らってしまった。
通りには、装飾品を並べている店舗が多く参入していた。ネックレス、指輪、ペンダント……。女子に贈ると好感度アップ間違いなしの商品がずらりと展示されている。
……幸紀も、こういうの好きなのかな……。
指輪をはめるのは結婚時なので除外するとしても、ネックレスやペンダントは日常のアクセサリーとして身に着けていく人がたまにいる。そうでなくとも、プライベートで目に付くところにつける人を見かけた事は何度もある。
きらびやかなものは、その豪華さに比例して値札の数字も大きくなっていく。広海の小遣いでは到底太刀打ちできない。
「……きれいなもの、いっぱいある……」
透明度の高いダイヤモンドが大量にまぶしてあるリングに、幸紀はうっとりしていた。高級品とは疎遠だった今までと比べて、急にジャンプアップしていて感動しているようだ。
……やっぱり、興味あるのかな……。
残念ながら、買ってやることは出来ない。打ち出の小槌でも所持しているのなら話は早いが、お金は無限に湧いてこない。
「……ピアスがある。耳に穴開けて、痛くないのかな……」
耳たぶをしきりに触って、その感触を確認している。
ピアスを付ける人の心境が分からない広海にとっては遠い世界の話だが、痛くないのかは気になっていたところだ。
……自分で開けるんじゃないよな……。
キリのような先端の鋭い棒で耳を刺すなど、考えただけで身震いしてしまう。刺しどころを間違えると、出血でピアスどころではなくなってしまいそうだ。
携帯型パソコンがあるはずもなく、調べようにも調べられない。知識が豊富で説明できていれば幸紀にもっと注目してもらえるのか、と思ってしまう。
「……ピアスをしたいなら、痛みにも耐えられるんじゃないの?」
ありたきりな回答しか、頭に出てこなかった。
「……私がピアスしたら、広海はどう思う?」
「……正直なこと言うと、してほしくない。傷つけてほしくない」
デートで大切なことは、相手を楽しませること。嘘も方便で、不快な気持ちにさせないこと。それを加味しても、恵んでもらった体にわざわざ穴をあけてほしくは無かった。
幸紀のふくよかな耳は、骨が入っていなさそうなくらい柔らかそうだ。そこに不純物が付くのは、腑に落ちない。
「……デートする人に言ったなら、不正解。いつもの私だと思って言ってくれたなら、正解だよ」
……デート的には、不正解だよな……。
友達でなく初対面の女子とデートすることになった時には、褒めちぎるのが無難なのだろう。下手に相手を知りもしないのに知ったかぶりをすると、ポット出た恋も冷え切ってしまう。
だが、広海は思う事をそのまま伝えただけだ。正直でよろしいということで、幸紀からは丸をもらったというところだろうか。
「見てみて、ここにプラスチックの指輪もあるよ! ……おそろいのつけたら、おしどり夫婦になっちゃうね」
幸紀が、指輪を薬指にはめる仕草をした。ウェンデングドレスを身にまとった新婦である彼女が、誓いの言葉を述べているような錯覚に襲われた。
プラスチックならば、値段も張らないであろう。本番用に買っておくと口実を作って買ってしまうのも、悪くない。
プラスチックという見た目からして安っぽいが、そんなことは気持ちの入れようでどうにでも変わる。フリーマーケットで見るとただのガラクタだが、売っている当人にとっては思い出の品ということもある。
……買っちゃおうか。
全財産の半分を持ち出してきたのが功を奏し、この指輪をワンセット買っても十分に買い物を楽しめるだけの量は残る。
「……本番で、もし成功したら渡そうかな」
「それが良いと思うよ。指輪を渡そうとして失敗したら、目にも当てられないよ……」
正式に付き合う事になってから贈り物をするのと、最後の一押しで贈るのとではハードルが段違いだ。前者は百パーセント喜ばれるが、後者は失敗すると黒歴史として代々受け継がれて行ってしまうことになる。
「……何色がいいと思う?」
「それを私に聞くの? ……その子を知ってるのは広海なんだから、広海が決めればいいの!」
「それを聞いてくるの忘れて……。参考までに」
女子ならピンク色のものならば何でもいいという時代は終わりを告げた。今やそんなことを口走ると偏見を持つ厄介な人だと煙たがられる。
男子でもピンクや赤が好きな人はいるし、女子でも黒や青を好む人はいる。性別と色は、関係ないのだ。
「……水色、かな。いつだって空は水色で、見るたびにきれいだなって癒されてきたから」
ずっと外のみで耐え忍んできた幸紀は、空を見上げる機会がそこら中に転がっていたことだろう。苦痛とひもじさの板挟みにされながらも、スカイブルーの大空は悩みを一時的に流していってくれていたのではないだろうか。
広海が『水色』と言われて思いつくのは、源流付近の透明な川の水だ。この東京でそのようなものを見るチャンスは絶えて久しいが、学校の遠足やらで登山に行ったときに流れていた清水から目が離せなくなったことを覚えている。
……理由付けも、バッチリだな。
幸紀から決め手を追及されても、自分の体験談から一部を切り出して伝えればいい。たまたま付き添ってくれていた友達の意見を鵜呑みにするような奴だとは思われたくない。
広海は、水色に透き通ったプラスチック製の指輪を手に取った。輪の大きさは、指の太さよりも十二分に大きい。
「広海、お金出そうか?」
「いいよ、自分で出す。好きな人がいるのは俺なのに、幸紀がお金を出すのもおかしいだろ?」
広海が好きな人のために購入する物品を、割り勘で買うということは納得できなかった。渡すのは広海であって、幸紀が身銭を切るのは理にかなっていない。
……まあ、その好きな人は幸紀なんだけどな。
レジに並んで商品を提示し、指輪二つを無事手に入れた。代金は、もちろん広海の全額負担だ。二つで六百円とお小遣いの総額と比べて少なくは無いが、多くもない。
「……次、どこ行こうか? ここらへんも、見飽きてきたんじゃないの?」
この一階のフロアは日用品が細かく分類されて売られているだけで、これ以上に盛り上がりそうな品物は置かれていない。
……服とかおもちゃは、興味を引けなそうだな……。
衣服に関しては、幸紀が全く不満を漏らさないのであまりいいリアクションは望めず、現状で娯楽は広海との会話だけで十分そうな様子であるので玩具も話のタネには持たなそうだ。
ゲームソフトなら、気を引くことは出来るだろう。が、ソフトというものはどれもこれも高すぎる。雲の上に霞んで見える高さの山のてっぺんに置かれているものを、どう買えというのか。
……そうだ、ゲームセンターなら……。
この大型ショッピングモールには、ゲームセンターも併設されてある。クレーンゲームやアーケードゲーム、メダルゲームが常駐している。
「幸紀、ゲームセンターにでも行こう」
「買い物、もう終わり?」
デートの定番としてショッピングを軽はずみに選んだ広海の考えは、甘口カレーだったのだ。買いたいものが事前になければ、選ばない方がいい。
「……計画、本当に立てて無かったみたいだね……。私は何とかしてくれてる広海もいいけど、普通の彼女なら文句の一つでも垂らしちゃうよ? もっと気を付けないと」
背後に回り込んだ幸紀が、ギュッとやさしく広海を抱きしめた。
……当たってるんですけど……。
何処かとは言わないが、小柄な体にもしっかり備え付けられているものが背中越しに伝わってくる。潰れて背中を動き回るそれは、ただただ柔らかい。
彼女役ではしゃいでいるだけかもしれないが、それでもここまでの行動をしてくるのだろうか。
……幸紀は……。
それ以上のことを考えるのはやめた。今日の出来事が全て終わるまで、後回しだ。
「幸紀、……当たってるぞ」
気付いていなかったのか、はたまたわざとなのか。大人しく引き下がった幸紀の興奮している顔からは区別がつかなかった。
彼女が側から離れても尚、くっついていた二つのまん丸いアレの感触は残っているままだ。
……幸紀に集中させられるな……。
なぜ、抱きしめてくるまでに積極的なのか。彼女という立場でも言葉でそうすると言うことはありえても、実際に実行まではしないだろう。
……いつもより、丸かったような……?
決して気持ちよさそうな寝顔で熟睡している幸紀を物色したことのあるわけではない。やや角ばったがたいの幸紀の体が、丸みを帯びているような気がしたのだ。
「……ほーら、行くんでしょ?」
幸紀に腕を掴まれ、エスカレーターへと引きずられていく広海。
……幸紀、やけに積極的だよな。さっきといい、今といい……。
学校での幸紀も、広海の家での幸紀も、最低限の距離を守っていたはずなのだ。手をつなぐことはあっても、さらに近寄っては来なかった。一緒に寝転ぶことはあっても、寝返りで広海の上に被さるようなことはしなかった。
バリアがあってそれ以上先には進めないゲームのように、ある線を踏み越しては来なかった。広海もまた、越境することで撃ち落されるのではないかと恐れて侵入を試みなかった。お互いの合意で、壁は守られてきたのだ。
それが今は、崩壊している。擬似デートという治外法権を盾にして、トリガーを外している。幸紀と広海の距離は、どんどん狭くなってきている。
……ああ、天使みたいだ……。
すぐにでも、翼が生えて飛んでいってしまいそうだ。そして自己の経験を糧にして、天から幸せを大量に振り撒く天使になりそうである。
「……俺が、前に行く」
幸紀に先導されては、居場所がなくなる。ここは、前に立ってリーダーシップの欠片一つでも見せなくてはならない。
「……クラスでも、そうやって立候補する?」
「しないな」
それは、断言できた。幸紀だから不得手でも頑張れるのであって、よく分からずいい加減な生徒も多いクラスの運営をする気にはなれない。
「……変わったね。私があった時の広海は、『損得勘定だけで動いてるんだ』って言ってたのに」
……本当に、変わったな。幸紀の前だけだけど。
好きな人に率先して尽くそうという気が芽生えたのは、ここ数十分のことだ。恋愛感情を抱くと詐欺に引っ掛かりやすいから損と一か月前に豪語していた人間が、今度は感情を大切にすべきと百八十度転換しているのだ。
……絶対に、幸紀を振り向かせて見せる。
エスカレーターで上がっていく途中、下を向いて満足していそうな幸紀を見つめながら、そう思った。