クリスマスの夜、女の子を拾った。   作:true177

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三節 二人だけになりました。
007 幸紀と広海だけの、自由時間になった。


 束縛されているという光景は、日常茶飯事でない。かつて学校では至るところで体罰が行われてきたものだが、今日ではほとんど絶滅している。暴力だけで生きていた人間は、住処を失ったのである。

 

 世論を受けて、体の自由を失わせる行為そのものが回避され始めている。法律違反による刑罰は致し方ないとしても、その他では出来る限り適応しないようにするという風潮が出来ている。

 

 幸紀は、例外であった。見つかれば追放待ったなしの彼女は、ある一室に身をとどめておかざるを得ないのだ。

 

 どんな時でも明るく振舞おうとしてくれる彼女の精神力を、見習いたい。しかし時に、いたたまれない顔が見え隠れしている。

 

 ……幸紀を解放したら、どういう風になっちゃうんだろうなぁー……。

 

 薄かった広海の希望は、案外すっかりとかなってしまった。

 

「……今日の計画、たてないとね! どうしよっかな……」

 

 五日ぶりの自由に、もう体が待ち切れていない。リズムに合わせて腰を左右に振っている。

 

 幸紀と出会ってから、四日。広海の両親は外出で不在であり、母親から『二人で自由にしておいで』というありがたいお言葉を受けている。

 

「……外で散歩、したいな」

 

 ピンク一色のワンピースに、ややぶかぶかの長ズボン。似合っているかと言えば、そうとも言えない。

 

 ……もう、すっかり慣れてきたな。

 

 幸紀との生活が始まった初日など、ことあるごとに彼女が感動し、小さい子供のように『これは何?』と質問してきたものだ。丁寧に説明をしていたのが、まるで昨日のことのように思える。

 

「……そうだ、散髪しておいでって言われてなかったか?」

「そうだった!」

 

 長すぎるロングヘア―を肩にかけている幸紀が、髪の毛をいじった。

 

 もちろん、身だしなみの上でも行き過ぎの長さではあるが、日常生活にも支障をきたしてしまっている。洗髪の時など時間がかかって風呂場から出てくるのに数十分にもなり、全力疾走で和室の部屋にドタバタ滑り込むのと同時に父親が帰宅してきた、という危機一髪もあった。

 

 ……どんな髪型になるんだろう。想像もつかないな……。

 

 幸紀を印象付けるものの一つが、その胸にまでかかる黒髪。広海にヒットするわけではないが、彼女のチャームポイントとして見ていた側面もある。

 

「……可愛くなってくるから、見て驚かないでよ!」

 

 幸紀は広海を指差して、声高らかに叫んだ。

 

 ……もし、幸紀がバッサリ髪を切って来たとしたら……?

 

 あくまで広海の嗜好の範囲でしかないが、幸紀が短髪でフレッシュになって戻ってきたらどう見えるだろうか。ボーイッシュな髪型で、しかし甘っぽさの残る幸紀……。

 

 ……だめだ、だめだ。どうでもいい妄想はよそう。

 

 自分の格好くらい、幸紀に決める権利がある。広海が口出しできない問題をあれこれ考えても、どうしようもない。

 

「……楽しみに待ってる。ほら、早く出るぞ」

 

 一秒たりとも無駄にはしたくない。幸紀の腕を引っ張って催促し、彼女もびっくりな早業で外へと飛び出した。鍵は広海が携帯しているので、なくす心配は低い。

 

「……外の空気、おいしい」

 

 幸紀は、ゆっくりと深呼吸をした。丸まっている胸のあたりが上下に動き、外界の空気が肺胞にしみ込んでいく。

 

 ……幸紀にとったら、久しぶりの空気になるもんな。

 

 彼女は今年の三分の二を外で過ごしているはずである。東京など、緑生い茂る山々に囲まれた田舎町より数倍も空気が汚れていて、美味しいどころか煙臭い。そのような空気を、吸わされていたのである。

 

 そのはずなのだが、幸紀はこの街の空気を『おいしい』と言い切った。広海に遠慮することはあれど自然に偽りを言うことはないだろうから、これは彼女が本気でそう味覚が感じたということだ。

 

 ……家の中での軟禁生活も、暗い部屋で長時間独りぼっちになってたんだもんな。

 

 軟禁と言うと聞こえは悪いが、父親に感づかれてはならないので打つ手段がない。説得も現在行っているのだが、あまり進展が見られない。このままだと、幸紀が大手を振って一階に降りて来られるのはまだ先になりそうだ。

 

 餓死や暴力と隣り合わせだったホームレス生活と、衣食住は提供されるが部屋の外に出られない拘束生活。どちらが良いかをアンケートで百人中百人に尋ねれば、きっと百人とも後者を選ぶ。それは、幸紀も例外でないだろう。

 

 ただ、外が恋しくならないかどうかは別問題になる。体を満足にほぐすことも出来ず、某国人的アニメのロボットのように押し入れでの寝起きを余儀なくされれば、広々とした外を望むのも当然と言えば当然だ。

 

「ほーら、広海もいっしょにやろうよ。吸ってー……、吐いて……」

 

 幸紀は軽くまぶたを閉じて、両腕を同期させながら身体の細部まで新鮮な空気を行き届かせている。彼女に誘われて無視するはずがなく、広海も後方で深呼吸をした。

 

 いつもと同じ、何とも言えない無味無臭の空気。凍るように冷たいが、頭が冷やされて冴えわたる感触もある。

 

「……さーて、散歩しながらぼちぼち散髪しに行くから、広海もついてきて!」

 

 元気よく、明後日の方向に歩き始めた。そちらの方向に、床屋はない。

 

「……ここらへん、来た事ない?」

「あのイルミネーションのあった広場が、歩いてこれるギリギリの範囲だったから……」

 

 幸紀の地理勘は、この中心部からやや外れまでは及んでいなかったようだ。

 

 ……逆に、知らないのに歩き出したのかよ。

 

 上空から優しく見守っていたら何処かの山の登山道にまで迷い込んでしまいそうで、目が離せない。とんだおてんば娘だ。

 

「さーさー、この幸紀隊長に続けー! ……案内、お願いしていい?」

 

 この切り替えの早さである。言いたいことを全て言い切ってから、広海にバトンパス。引くところは、とことん引いてくる。対戦相手にしたら厄介なこと極まりない。

 

 広海宅から床屋までは、かなり近い。徒歩二、三分ほどの立地にある。駅と取り換えっこして欲しいのだが、そんなことを言っても叶わないものは叶わない。

 

「……ねえねえ、広海。散髪が終わったら、何か体動かそうよ。もっと、体力つけたいから」

 

 体力。それは、行動を起こすために必須の要素である。モチベーションが高く気力が有り余っていようと、体力切れでは全てが霧散してしまう。

 

 そしてこの体力というものは、個人差がある。女子より男子の方が傾向的に体力が多いのは体格的な問題なので克服不可能として、運動習慣の有無でも差が生まれる。

 

 面倒くさい所は、一朝一夕の努力でメキメキ向上するものではない、ということだ。敵を倒して経験値を溜めれば自然とヒットポイントが増えていくRPGとは異なり、努力が間違った方向に向いているといつまでたっても値は伸びない。

 

 幸紀は、活動可能時間の短さについて悩まされてきた。肉体労働が不得手だというのがその頂点であり、これによってさまざまな不調に苦しめられたことだろう。もっと体が丈夫ならば栄養失調にもならずに済んだのであり、彼女の思うところは大きいだろう。

 

 ……志は、素晴らしいんだけどなぁ……。

 

 継続できるかが、かなり怪しい。一日中外出しても問題が無い日など今日くらいしかなく、下手をすれば外出すら出来ない日が一週間連続しても不思議ではない。

 

 かといって広海の自宅内で運動をしようと思っても、音の響きが気になって動きが縮こまってしまうことが予想される。

 

 ……早く、説得しないとな……。

 

 いつまでかかっても、と言う訳にも行かない。遅くとも冬休みが終了するまでには幸紀を和室の一室から解放する。

 

「あ、あれかな? クルクル、ソフトクリームみたいなのが回ってるやつ」

「それだよ」

 

 床屋のマークをアイスクリームに例える人は、初めてだ。

 

 ……白はバニラで、赤はイチゴで、青は……?

 

 ブルーハワイ、とかき氷のノリで答えないでいただきたい。青色のソフトクリームなど、食欲減退でダイエットにもってこいだ。

 

「……髪型は、出てきたときのお楽しみー!」

 

 母親が渡していたであろうお金を握りしめて、幸紀は店内へと入っていった。

 

 ……このままボーっとしてても、時間がもったいないよな……。

 

 広海は、ガラスになっていない床屋の壁面にもたれかかった。付き添い人と言えば、どうにかなるはずだ。

 

 ……幸紀は、弱々しいだけの女の子だと思っていたけれど。

 

 彼女は、ちっともゆりかごに守られて育った天然お嬢様ではなかった。攻める時は攻め、守る時は守り、そして全力で甘えてくるやり取り上手だったのである。

 

 ……誰にでも、さっきみたいに甘えてたのか……?

 

 いや、それはないだろう。越えてはいけない線をわきまえていたようであるし、普段から平気でプライバシーを侵害してくるような風にも見えなかった。

 

 信用のならない人に、自らの弱みを告白することなどあるだろうか。正体の知れない黒サングラス白マスクに、自らのパジャマを嗅がせてくるだろうか。

 

 ……誰にでもしてたとは思えない。

 

 最も、幸紀にとって広海は特別なのだと刷り込みたいが故の、広海の悲しい妄想なのかもしれない。

 

 広海にとって、幸紀とは何者なのだろうか。事実をそのまま述べるのならば拾って来た女の子ということになるだろうが、それだと余りにも存在が軽すぎる。

 

 ……俺がまだ知らない世界を見せてくれているような気がする。

 

 固定概念に支配された世界の住人だった広海に、新たな扉の場所を教えてくれた。それが、幸紀なのかもしれない。

 

 ……でもそれは、きっかけを作ってくれてるだけだ。

 

 そのヒントを使うかどうかは、広海次第である。

 

 ……俺は、幸紀のことはどうなんだ……?

 

 今までは『そんな関係じゃない』と避けてきた、幸紀に対する庇護以外の感情。山になっては谷になる、揺れ動く心。それらを解禁したくない自分がいる。

 

 三日も四日も家を共にして、幸紀のことを人に紹介できるくらいにはベールがとけてきている。だが、まだだ。

 

 ……幸紀は……、幸紀は……。

 

 徹夜で冬季休業期間中の課題を終わらせに掛かっていたからか、意識が朦朧としだした。就寝時刻を大幅に過ぎた博打は、あらぬ方向へと傾いたのである。

 

 幸紀について思い直す絶好の機会が、自己の怠慢によって潰されようとしていた。

 

 ……もっと早くに、……寝ておけば良かったな……。

 

 膝の関節から力が抜け、コンクリートのタイルの上に座り込んだ。しりもちをついたが、もう痛みも感じないほどに景色が消えかかっていた。

 

 そのまま広海は、しばしの眠りに落ちていった。

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