ゴジラ界隈の人なら誰もが知ってる『巨神聖戦記』にインスピレーションを受けて書きました。

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「私はあなた方に超人を教えよう。人間は克服されるべき存在である。あなた方は彼を克服するために何を成し遂げたのだろうか? 今までのすべての存在は自己を超えるものを創り出してきた。そして、あなた方はその偉大なる洪水の干潮となり、獣に戻ることさえ選ぶのだろうか? 猿は人間にとってどういう存在だろうか? 笑いものであるか、痛ましい恥辱かだ。そして超人にとって、人間はちょうどそのような存在でなければならない。あなた方は虫から人間へと進化したが、まだまだ内なる部分は虫のままだ。かつてあなた方は猿であり、今もなお、人間はどの猿よりも猿であるのだ」

 

 ――フリードリヒ=ヴィルヘルム・ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』より

 

 

 

 

 

 『聖戦』が起こったのは、わたしが生まれる前だという。

 

 世界中で怪獣が暴れ回る時代:怪獣黙示録、それを締め括った最後の審判が『聖戦』だ。カドナガ=シロー、クスノキ=タケシ、テンノー、ジエイタイ、アメリカ軍、金星人、その他当時の世界を牛耳っていた闇の支配者たち。エメリッヒザウルス、人造怪鳥と人造怪物、白眼巨獣、顎裂けの化け物、紫龍、雑魚翼竜、そして植物由来の偽物暴君……平和と環境を乱す愚劣で醜い巨獣ども。そういった邪で悪なるものは『聖戦』でみんな成敗され、善良で正しいものたちだけが生き残り、世界の命脈を繋いでいる。

 『聖戦』より前の時代のことは、わたしはよく知らない。学校でもそこら辺は詳しく習わなかったし、母さんが話してくれる断片的なことしかわたしは知らないのだ。ただ一つだけはっきりしていることがあって、それは『世界から悪は消えた』ということ。この世に生きるものはみな等しく正義であり、世界は清く正しく美しいものになったのだ。

 それもこれもすべて偉大な怪獣たち:巨神のおかげだ。先の悪の支配者たちも下劣な巨獣どもも何もかも、みんな偉大な巨神たちがやっつけてくれた。そう、巨神たちがいなければ今頃わたしたち人類は自滅して、世界はもっと酷い末路を迎えていただろう。

 ――だからね、わたしたちは巨神たちに感謝しなければならないんだよ。

 母さんたち、大人は皆そう言う。

 

「さあ、あなたたちも祈りなさい」

 

 母さんの優しい声に促されて、子供たちは一斉に手を合わせた。わたしも一緒に両掌を組み祈る。

 今日の夕食は合成された大豆ミートの餃子、母さんの得意料理でわたしの大好物だ。そういえば古い時代の人間たちはなんと動物を家畜として飼い殺しにした挙句、命を奪ってその肉を食べていたらしい。その話を聞いたときわたしは「なんと野蛮で罪深いのだろう!」と戦慄した。

 今ではそんなことをする人間は一人もいない。そんなことをする酷い奴らはみんな巨神たちの裁きを受けて滅ぼされてしまったから。

 

「巨神様、この世界を救ってくださってありがとうございます」

「ありがとうございます!」

「巨神様、あなたたちが我々に与えてくださった平和を永遠に守ります」

「まもります!」

 

 わたしの言葉に合わせて、子供たちが一斉に祈る。わたしたちは、今では動物を殺すこともなく、地球環境を損ねることもなく、巨神たちによって邪悪な存在から解放され、平和で美しい世界で暮らしている。わたしたちは、このすばらしい巨神世界で生きることを、心から感謝していた。

 

「今日も旨し糧に感謝を!」

「かんしゃを!」

 

 そして祈りを終えたわたしたちは、目の前の食事に手を付け始めた。

 まずは餃子を口に運ぶ……うん、美味しい!

 

「今日も美味しいね、母さん!」

 

 わたしが満面の笑みでそう告げると、母はいつもどおり穏やかに、けれどどこか愁いを帯びた微笑みでこう応えてくれるのだった。

 

「……ええ、そうだね」

 

 幸せな食卓。やっぱり母さんの作る御飯は最高だ。

 

◆    ◆    ◆    ◆

 

 わたしに父親はいない。

 バツイチとかそういう意味ではなくて、文字通りの意味だ。

 

 生まれ持った美貌と、差別されてきた出自、そして強者の慰み者に甘んじることを良しとしない強い反抗心。古い人間たちからの暴力で深く傷つけられてきた母さんは、野蛮な男どもに一切身を許さずひとり逞しく生きてきた。

 そんな母さんの健気さに、巨神たちは奇跡で応えてくれた。

 それは、正しいことのためにずっと戦い続けていた母さんへの、巨神たちからのご褒美だったのかもしれない。いわゆる処女懐胎、母さんは男と体を一切交えることなく新たな命を身籠った。

 そうして生まれたのがわたし。つまりわたしは、神様から授かった母さん一人だけの子供なのだ。

 

 わたしは、自分の出自に誇りを持っている。

 母さんは正しいことのためにたゆまぬ努力を重ね、巨神たちはそんな母さんに応える形で、わたしという奇跡を作り出してくれた。そして生まれたわたしを、母さんと周りの善良な人たちは心から愛し、大切に育ててくれた。

 そうして育ったわたしは母さんにとてもよく似ていて、母さんの良いところばかりを受け継いだ。容姿、頭脳、運動神経、そして母さん譲りの強い精神力。わたしはすべてにおいて、他の子供たちとは比べ物にならないほど優れていた。わたしをそんな価値ある人間として創ってくれた巨神たち、そしてそんなわたしへ深い愛を注いでくれた母さんたちには、ただひたすらに感謝しかない。

 

 わたしの存在意義は、わたしの個人的幸福だけに留まらない。

 『聖戦』で邪念を持つ悪人たちが徹底的に淘汰されたために、世界の人口バランスは大きく崩れてしまった。もとより邪念を抱いた人間たちのせいで地球環境は乱れに乱れ、あらゆる生態系や資源は汚染され尽くしてしまっている。このままでは、いずれ地球生命は死を迎えることになるだろう。

 そんな状況で登場したのが巨神による処女懐胎、そしてそこから生み出されたわたしだ。前者は崩れてしまった人口バランスを補う人口再生産のカギとして、後者は『これから生まれるべき次の世代のモデルケース』として、人々の注目を浴びた。

 『聖戦』によって邪念を持つ悪人が一掃され、善人だけが生き残ったこの世界。母さんたちはこのすばらしい新世界を続けてゆくために、邪念を持たない善なる人間だけの理想郷:ユートピアを築き上げようとした。

 その目論見は、実現した。

 古い時代の人間たちは自分たちの文明の力を私利私欲、自分の都合で世界を変えるためにしか使って来なかった。その身の丈に余る欲望、悪意、嫉妬、虚栄心、支配欲、暴力、エゴイズム。行き過ぎた思念がやがて邪念へと行き着き、怒れる巨神たちによって裁きを受けることとなったのが『聖戦』の顛末だ。

 けれど母さんたちは違った。母さんたちは巨神たちを尊重し、自分たちを変えるために用いた。これこそが正しい科学の在り方だとわたしは信じる。

 それから十数年、今やわたしたちの世界は邪念を持たない『善なる人間たち』、その芽生えとなる幼子たちでいっぱいだ。それもこれも、すべては母さんと巨神のおかげ。そんな母さんと巨神たちをわたしは心から尊敬した。

 

「母さんみたいな立派な科学者になるの!」

 

 幼いながらにもそう決意するわたしに、母さんは優しく微笑んでくれる。

 

「ええ、そうよ。あなたは、あたしたちの自慢の娘! わたしの大事な娘だからね!」

 

 そう言って、わたしを抱きしめてくれる母さん。本当に素敵な母さんだ。

 

「母さん、大好き!」

 

 そう言って、母さんに強く抱きつくのが幼いわたしの恒例行事。母さんから暖かく包み込んでもらえるのは、本当に幸せな瞬間だった。わたしは母さんが今も大好きだ。

 

「……チノセさん、イチノセ博士」

 

 夢と記憶の世界から揺り起こされ、わたしの意識は現実へと引き上げられる。

 ……いけない、研究の途中でソファで休憩するつもりが、そのまま熟睡してしまったらしい。ずれた眼鏡をかけ直し、サイズが合わずにずり落ちたしわくちゃの白衣を再び羽織る。

 不自然な姿勢で凝り固まった体を伸びほぐしたその拍子に、

 

「ぎゃっ」

 

 読みかけの『Zur Genealogie der Moral』や『Jenseits von Gut und Böse』『Der Antichrist』『Also sprach Zarathustra』『Götzen-Dämmerung』といった原書の積読がドサドサと倒れてきた。崩れ落ちてくる書物の山へ、わたしは危うく埋もれてしまいそうになる。

 

「おっと」

 

 そこへ差し伸べられた腕が本の山を咄嗟に支え、本の雪崩からわたしを守ってくれた。顔を向けてみると、支えてくれた腕の主はわたしの研究助手だ。ついでに言うとわたしの大切な親友であり、同性の恋人でもある。

 よいしょ、と本を積み直す助手に、わたしは礼を告げる。

 

「ありがとう。ふあ……おはよ」

 

 欠伸しながらのわたしの挨拶に、助手は呆れたような笑みを浮かべた。

 

「おはよう、って……夕方ですよ? 研究で忙しいのはわかりますけど、ちゃんと休まないとダメですってば。今日も徹夜するつもりだったんですか?」

「ああ、うん……」

 

 彼女の言葉に、わたしは頬を掻いて目を逸らす。

 わたしは、母さんたちから授かった知性と受けた薫陶を活かし、母さんと同じ科学者の道を選んだ。そうやって猛勉強したおかげだろうか、わたしはまだ未成年の身空で一端の科学者として、このユートピアのさらなる繁栄発展に向けた重大な研究を担うことになった。

 母さんたちの研究を引き継いだわたしたち若き青少年科学者のグループは『聖戦』後の世界の未来に向けて、新たな技術や資源の開発・運用に関するプロジェクトチームを立ち上げた。そして、そのプロジェクトリーダーに抜擢されたのがこのわたし。今のわたしは夜寝ている時間さえも惜しいのだ。

 そんなわたしに、助手は呆れ顔で肩を竦めた。

 

「いくら天才科学者だからって、根を詰めすぎですよ。毎晩夜更かししないでちゃんと寝てください、なんてったってまだ子供、育ち盛りなんですから」

 

 はいはい、わかりましたよー、だ。

 助手は、飛び級で博士号を獲ったわたしよりもずっと年上で、母さんの親友の娘だ。日頃のお姉さんっぽいところも大好きだけど、時々こうして小うるさくなるのは玉に瑕かなって思う。

 そんなわたしの不満げな態度を見て、彼女はアジアンビューティな顔を綻ばせてまた笑う。

 

「フフッ、ごめんなさい。つい、心配になってしまって。だってイチノセさん、昔から一度集中したら周りが見えなくなるタイプじゃないですか。それにちょっとヌケてるうっかりさんだし」

 

 もぅ、過保護なんだから! 大丈夫だよ、わたしはもう大人だし。自分のことくらい自分でできるよ!

 そうやってぷんすか怒るわたしに、助手はまたしても意地悪っぽく微笑みながら付け加えた。

 

「あら、そうですか。じゃあ『このあと貴女に往訪の予定が入ってるのを忘れてる』ってのも伝えなくて良さそうですね」

「往訪?」

 

 言われてから、わたしは目覚めたばかりの脳をフル回転させる。往訪、往訪……あっ!

 目を見開くわたしに助手はにんまり笑う。

 

「ええ。今日はユイさんとのお食事でしょう? 久しぶりにお母様と会うのに、忘れちゃあダメじゃないですか」

 

 あーそうだったそうだった! ユイさん、つまりわたしの母さんと夕飯を食べるんだった。

 母さんは、研究者とリーダーの二足の草鞋でただでさえ忙しい。そんな合間を縫って会ってくれるというのに、わたしがスッぽかしたりしたら大変だ。

 

「ありがと、思い出させてくれて。すぐ支度しないと!」

 

 わたしはソファから飛び起き、散らばっていた本を片付けて身支度を整える。慌てて研究室を出てゆくわたしに、助手はニコニコしながら見送る。

 

「いえ、どういたしまして。お母様とのお食事、楽しんできてくださいね」

 

 

 

 

 

 そして冒頭の食事シーンへと至る。

 せっかくだからちゃんとしたお店に行こうとわたしは提案したのだけれど、母さんはそれを嫌がった。いわく、

 

「たまには母親らしいこと、やらせてよ。せっかく娘が久々に帰ってきてくれたんだし」

 

 そう言って母さんは近所に住んでいる教え子たちも呼び、わたしたちに手製の大豆ミート餃子を振舞ってくれたのだった。

 ……母親らしいこと、か。正直、前時代的で押しつけがましい価値観だと思うし、そういうステレオタイプなジェンダー観はかつての母さんが最も唾棄していた考え方の一つだ。実際、わたしも好きではない。もしわたしが母親になったとしても、母親である前にわたしでありたいと思う。

 とはいえ、母さんの言うとおり久しぶりに親子が顔を揃える機会だったのも事実で、人の親にもなるとたまには『そういう気分』になることもあるのかもしれない。それに母さんの餃子は世界一だからね。

 

「ごちそうさまでした!」

「せんせい、バイバイ!」

「またね、せんせい!」

 

 手を振り返しながら各々の家へと帰ってゆく子供たちを見送って、わたしと母さんは二人きりになる。二人で手分けして食器を片付けたあと、母さんは提案した。

 

「お茶、淹れるね」

「あ、いいよ、わたしやる」

 

 母さんに先んじてわたしは台所へ向かおうとするのだけれど、そんなわたしを母さんは押しとどめた。

 

「いいって。あなたは座って待ってて。今日のあなたはお客様なんだから」

 

 そう言って母さんが微笑む。母さんが笑った顔を見るのも、本当に久しぶりだ。この笑顔があれば、わたしはどんなことだって出来る気がする。

 では遠慮なく。母さんがお茶を淹れてくれるのをソファで寛ぎ待っている中、母さんはというとお湯を沸かしながら何気なくこんなことを訊いてきた。

 

「最近はどう? 研究は順調?」

 

 ……せっかくのプライベートなんだから、仕事の話は抜きにしたいんだけどな。まあ、後ろ暗いことなんか無いからいいけど。

 わたしは答えた。

 

「うん、とっても順調。プロジェクトは計画通りに進行しているよ」

「ふうん……でも、仕事にばかり没頭しすぎるのもよくないよ。ほどほどにね」

「わかってるってば」

 

 わたしが不服そうに返事すると、母さんはすかさず口を挟んだ。

 

「あなたが『わかってる』って答えた時は大抵分かってないことぐらい、お母さん知ってるんだからね」

 

 ぐぬっ……。

 

「ちゃんとご飯食べてる? 助手さんには迷惑かけてない? 睡眠時間は足りてる? まさかまた夜更かしとかしてないよね?」

 

 うぐぐ。

 

「研究熱心なのは結構だけど、根詰めすぎて身体壊したら元も子もないよ」

 

 あーもー、わかったわかった! まったく誰も彼も心配性なんだから……。

 わたしは降参したように両手を挙げる。

 

「はいはい、わかりましたよ。ちゃんと休みます、助手の言うことも聞きます、夜更かししません。これで良いんでしょっ」

「よろしい」

 

 そう応えながら母さんは、お盆を手にしながらわたしのいるテーブルへとやってきた。お盆の上に載せられているのは湯気が立つハーブティーと、皿に盛られたささやかな御茶菓子。いずれもわたしの好物だ。

 

「いただきまーす!」

 

 わたしはさっそく御茶菓子に手を伸ばす。その隣にゆっくり腰掛けながら、母さんは言い出した。

 

「……ねえ。あなたの研究のことなのだけれど」

「……研究?」

 

 わたしが振り返ると、母さんの表情からはつい先ほどまでの和やかさが跡形もなく消え去っていた……母さんは今宵、この話をするためにわたしと会ったのだ。そう直感した。

 母さんはしばらく目線を泳がせながら迷っていたけれど、やがて意を決した様子で口を開く。

 

「あなたの研究……中止に出来ないかしら」

「えっ……?」

 

 わたしは、何を言われたのかわからなかった。誰の、なにを、中止にするって?

 わけもわからず唖然とするしかないわたしに、母さんは驚くべきことを口にした。

 

「あなたがやっているプロジェクト、ここで全部打ち切ってほしいの」

「ぜ、ぜんぶ!? なんでっ!?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。そんな、ウソでしょう? 悪い冗談だって言ってよ、ねえ、母さん!

 だけど、母さんは真剣そのものの顔つきで、わたしに告げるのだった。

 

「すべて、何もかも、無かったことにしてほしいの。悪いことは言わない、どうかすべて白紙にして。そしてゼロベースでやり直してほしい。おねがい!」

 

 いつになく懸命にわたしへ懇願してくる母さんの顔は、まるで祈りのような、それこそ巨神にでも縋るかのような真剣な面持ちだった。

 母さんはどうして、そんなことを言うのだろう。わたしたちの目指すユートピアは平和で豊かな理想郷、もとはといえば母さんたちが求めたものじゃないか。邪念の無い正しい世界、いったい何が間違ってるっていうの?

 そんなわたしの混乱を察したのだろう、母さんは続けた。

 

「あなたがやろうとしていることは、絶対に許されないことよ。だから、お願い、もう止めてちょうだい!」

「そ、そんなことを急に言われても……」

 

 量産体制はとっくのとうに整えた。

 プフィッツナー博士とカワグチ博士によって遥か昔に考案されながらも実用化されてこなかった人口増産システム:ボカノフスキー処置法をベースに、さらに造られた胎児への睡眠学習(ヒプノペディア)を加え、そして緻密な環境管理による徹底した条件付けを行う。これらすべて科学の粋を巧みに組み合わせることによって、邪念を持たない『善なる人間』を計画的に生み続けるノウハウ。

 わたしたち若い科学者のグループは既に仕組み作りを完了している、じきに母さんたちが夢見た邪念なき正しい世界、幸福なユートピアが今度こそ手に入る。巨神たちだって、今までずっと手を出さずに見守ってくれていたじゃあないか。

 なのにどうして、なぜ今になって急に。当惑するしかないわたしに、母さんは言って聞かせる。

 

「あなたがやってることは人道に背く行為だわ。それも極めて非道な。そんな研究は、お母さんは絶対許せない!」

 

 ……なるほど。つまりわたしのやり方が『気に喰わない』というわけね。『気に入らない』ってのを『モラル』や『倫理』に言い換えるのは、大人たちがよくやる手口だ。まあ、それが母さんたちの心からの望み、どうしてもというのならそれに従うのはわたしも(やぶさ)かではないんだけどね。

 でもさ。わたしは答えた。

 

「かといって母さんたちのやり方じゃあダメだよ、きっと。同じことの繰り返しになるだけだ」

「なんですって……?」

 

 唖然とする母さんに、今度はわたしから説明してあげる番だった。だってそうじゃん、とわたしは話し始める。

 

「母さんが話してくれる思い出話に出てくる悪しき人々は、いつだって欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かだった。環境破壊もするし、力に魅せられて乱暴なことばかりしていて、ウツクシイクニだのネトウヨだの薄下らない戯言に心から誑かされるような救い様のない、ろくでもないバカばっかり。そんなヒドイ奴らなんて偉大な巨神たちに踏み潰されて当然だよね」

 

 そして母さんは、そんな“古い時代の人間”たちを心の底から軽蔑して止まなかった。だから彼らが巨神たちから一方的に皆殺しにされても一欠けらも同情せず、むしろ『とーぜん』としか思わなかったんだよね。

 だけど、わたしたち子供はみんな知ってるよ。

 そうやって彼らを憎んで蔑む母さんたち大人もまた、本当は“古い時代の人間”なんだ、って。

 

「自分たちが何もかも思い通りにしたいなんて望むほどに欲深で。自分たちの思い通りになれば総て上手くいくと考えるほど浅はかで。自分たちこそ真に賢明で理性的だなんて思い上がれるほどに愚か。母さんたちこそそういう“古い時代の人間”だ。そうでしょう?」

「そ、それは……っ」

 

 わたしの言葉に、母さんは口ごもった。目線を咄嗟に逸らしたのも、きっと思い当たることが多々あるからだろう。

 ……うんうん、やっぱりそうだよね。予想通りの母さんの反応に満足しつつ、わたしは話を続けた。

 

「だからね、わたしたち人間は、“アップデート”をしなくちゃいけないんだよ」

「アップデート、ですって……?」

 

 うん! わたしは力を込めて頷き、説明する。

 

「誰もが謙虚で、思慮深くて、優しく思いやりのある新種のヒト。次の世代からはそういう新人類にアップデートしたらいいんだよ! 皆が尊敬する偉大な巨神、その因子を使えばお茶の子さいさいだよ!」

 

 巨神の細胞から取り出した因子を用いて、『新人類』を創り出す。わたしたちが造り上げる新種のヒトには年齢も性別も関係ない、本当に好き合える二人同士で結ばれたならたとえ同性同士でも家庭を築けるし、子供を作ることだってできる。巨神の因子を使って心を作り替えればわたしたち人間も邪念を一切持たない巨神たちの仲間入り、巨神たちに踏み潰される恐怖に怯える必要もなくなる。

 新人類の開発には、かつて母さんたちが進めていた巨神と邪念の研究、さらにはわたしを産み出した処女懐胎に纏わる研究が役に立ってくれた。わたしは尊敬する巨神たちと母さんたち、そして自分自身を研究材料にして邪念を一切持たない新しいヒトを作るのだ。

 

「ちょっ、ちょっと待って!」

 

 そこで母さんは口を挟んだ。

 

「巨神の細胞から取り出した因子、だって? そんなもの、いったいどうやって……!?」

 

 『取り出せるはずがない』って? 驚く母さんの反応がわたしにはひどく不思議に思えたけれど、すぐに思い至った。

 ……ああ、たしかにそうだった。母さんの研究によれば、巨神たちの細胞はまるで人間の手で弄ばれるのを拒否するかのように強烈な拒否反応を示しており、研究利用どころかろくな解析すら出来なかったという。巨神の研究においてバイオテクノロジーからのアプローチは完璧に不可能、それが母さんが科学者として出した結論だった。

 だが、それは過去の話だよ、母さん。わたしは答えた。

 

「母さんも最新の研究をアップデートしなきゃダメだよ。科学はいつだって日進月歩、かつては不可侵とされていた神の存在や、人の心の仕組みさえ解き明かしてみせた。それと同じように、巨神たちの研究も進んでる。その細胞や因子の解析も、母さんの時代では出来なかったかもしれないけれど、わたしの代ではそれが可能になったんだよ」

「だ、だとしても!」

 

 母さんはなおも食い下がった。

 

「巨神の存在は人間の科学を超越しているもの、禁忌なんだよ! あなたは人知を超えた領域に踏み入ろうとしている! これ以上踏み込んじゃいけない!」

 

 ……『巨神の存在は人間の科学を超越している』『禁忌』『人知を超えた領域』『踏み込んじゃいけない』、かあ。

 

「……ぷぷっ」

「な、なにが可笑しいの……!?」

 

 だって、あまりに馬鹿馬鹿しい言葉だったんだもの。でも笑っちゃいけないよね。これが母さんなりの『リスペクト』なんだよね、きっと。

 にやけた口元を締め直しつつ、わたしは答えた。

 

「そんなのは科学者として力不足の言い訳、負け惜しみ、ひいてはそれまでの人類史への冒涜だよ」

「なんだって……!?」

 

 ……なぜ母さんは愕然としているのかしら。不思議に思いつつも、わたしは説明した。

 

「科学や文明の進歩は、わたしたち人間がたゆまず歩んでゆくかぎり未来永劫続いてゆくものだよ。たとえ今できないことでも、諦めなければ未来には可能になっているかもしれない。そうやって過去の限界は現在の知識でアップデートされ、その後の未来でも新たな発見と理解が進んでゆく。巨神の存在が科学の範疇を超えているというのは、まさに今、この時点での科学の限界に過ぎない。そういう限界に果敢に挑んでこその人間、その無限の繰り返しが人類の歴史だ。だからこそ、わたしたちはこの世界で生きてゆける。そうでしょう?」

 

 まぁこんなのは、科学者としてごく当然の話だと思うけどね。母さんみたいな立派な人に、どうしてこんな当たり前のことを説明してあげなきゃいけないんだろ。

 そもそもの話、とわたしは続けた。

 

「全知全能の造物主、大自然の調和を司る偉大な宇宙意志、神、もしもそんなものが存在しているというのなら、どうして彼らはわたしたち人間を知性や心を持つ者として作ったの? 彼らが本当に人知を超えた全知全能であるのなら、わたしたち人間だってもっと完璧に創れたはず。罪と罰、ましてや邪念なんてものを持たせるはずがない」

 

 でも彼らはそうしなかった。なぜか。

 

「それこそが神様たちの思し召しだからだよ。わたしたち人間が邪念を持つこと、憎み、恨み、妬み、そして罪を犯してタブーに踏み込むこと、神様はそれらすべて織り込み済みのはずだよ。もしも本当に神様がいたら、むしろ神様はわたしたち人間たちに『この宇宙の総て、神様自身のことさえも解き明かしてみろ、そして自身の抱えた邪念をも乗り越えてみせろ』と望んでいるはずだ。でなかったら、わたしたち人間に知性や心なんて与えるはずがないでしょう?」

「そ、それは……」

 

 絶句する母さんを見ながら、次にわたしは母さんたちのことを省みた。

 

「母さんたち、いいや母さんたちにかぎらず、古い時代の人間は誰もが弱い。だから身に余る巨大な力に恋い焦がれるし、その後ろ楯になってくれるCorrectness:正しさへこだわった挙げ句、怪獣たちに自分の世界を踏み潰される不条理を前にしてもなお“正しさ”を後付けで捏造しようとさえする。そのために人間が考え出した知恵こそが“神様”の正体だ。『あれは神の裁きで必要な犠牲、踏み潰されたのは邪念を持った悪い人たちだけで、そうじゃなかった自分たちは“正しい善人”だったんだ』……ってね」

 

 だけど、そんなのは欺瞞だ。

 そもそも巨神たちは怪獣、人間の理屈を超越した不条理だ。母さんたちの気にくわないものを捻り潰してくれる、都合の良い神様でもなんでもない。もし巨神たちの存在をそんな風に捉えていたというのなら、それはハッコーイチウだのゴコクシソーだの邪念に囚われた挙げ句、世界を自分の都合の良い様に捉えて巨神たちの裁きを受けた古い時代の悪しき人々と何も変わらない。

 ま、巨神たちを十二分にリスペクトしてる母さんたちならそんなこと、自明なんだろうけど。

 

「実際に巨神たちの猛威を前にしたとき、母さんたちは車椅子の人や目や耳の不自由な人、知的障碍や精神障碍を抱える人、小さな子供やお年寄り、巨神の猛威から逃げ切れなかった弱い人たちを少なからず見殺しにするしかなかった。それだけじゃない、さらに巨神たちから望まれるとおりに自分の文明を否定した結果、エネルギーや食糧の不足に苛まれ、医療や福祉といった文明の力がなければ生きられない弱い人たちも切り捨てざるを得なかった」

 

 これは学校でも教えない、しかしこの世界で確かに起こったであろう不都合な真実だ。まあこれも、ちょっと考えればすぐに思い当たることだけどね。

 

「でもしょうがないよね。そういう人たちは巨神に裁かれた以上『邪念があった人たち』ってことだし、そうでなくても邪念に取り憑かれた愚劣な権力者を戴いたり、巨神たちが否定する悪しき文明に縋らなければ生きられない可哀想な人たちだ。適者生存、巨神たちの審判こそが大自然の調和なのだから、それは自然な淘汰で仕方ない必要な犠牲だった、むしろ苦しまずに潔く死ねて良かった、むしろ幸せだったんだ……そうやって母さんたちは自分自身を正当化したんだ。そうでしょう?」

「………………。」

 

 わたしの指摘に、母さんは答えない。けれど、否定もしなかった。

 ……こんなのは、人間の歴史を振り返ってみれば誰もが抱き得るルサンチマン、ごくありふれた防衛機制、当たり前の心の仕組みの一つに過ぎない。かつて他所の国へ核爆弾を撃ち込んだ人たちだってそうだったろうし、その後も核実験を繰り返して互いに脅かし合った馬鹿げた冷戦の時代もそう、あるいは巨神に滅ぼされた邪念だらけの悪しき人々も“そう”だったのかもしれない。

 

「だけど、人間は弱い。いくら見なかったことにして誤魔化しても、罪の意識からは逃れられない。そんな歪みを孕んでいるかぎり、同じ過ちの繰り返しになるんだろうね、きっと」

「………………。」

 

 母さんは、なおも答えられない。やっぱり、わたしの思った通りなのだろう。

 ……わたしは知ってるよ。母さんたちがずっと待望した『聖戦』を迎えて、いざ到来した巨神世界の新しい秩序を目の当たりにして。まさにその場その時その瞬間から、母さんたち大人は心のどこかでずっと自分自身を責め続けていた。

 その結果、母さんたちが築き上げたユートピアは綻び始めているんだってことも。

 

「母さんたちは、正しい人だけのユートピアを続けてゆくため、そして巨神の攻撃から皆を護るために、邪念を抱いた悪しき人々をどんどん排除し続けている。けれどそのおかげでユートピアの規模は縮小する一方だ。かといって邪念は心の疫病のようなもの、放っておけば蔓延するし巨神を肯定するかぎり共存はできない。このままだと規模を維持できなくなるか、あるいは邪念をそのまま蔓延らせて巨神に踏み潰されるか行く末はどちらか一つ、形はどうあれ母さんたちのユートピアは遠からず破綻することになるだろう」

 

 でも、そうはさせない。

 そうやって苦しむ母さんたちを見るのは、もう御免だ。

 

「わたしが作り出した新人類は、そんなつまらない弱さやくだらない罪悪感なんてものは一切持たない。わたしがこれから作るのは、哲学者ニーチェが『Übermensch:超人』と呼んだ新しい人間。目の前の世界をありのまま、ナマのリアルを前向きに全肯定し、全受容し、そして幸福に生きてゆける強い人たちだ」

 

 これなら母さんたちは何もかも『正しかった』ことになる。これからの世界を生きる彼らは、母さんたちの生き延びたこの世界を心から肯定し、今度こそ新しいユートピアを築き上げて、そして人類の歴史を正しい形で紡いでくれる。この朝焼けの輝きがそそぐ完璧なシン世界でなら、母さんはもう自分の罪を赦せる。もう自分を責めなくていい。今度こそ母さんは幸福になれるんだ。

 

「誰もが前向きで幸福な『すばらしい巨神世界』。そしてそれを叶えてくれるのは、わたしたちがリスペクトして止まない巨神たち! どう、素敵でしょう? すばらしいでしょう!」

 

 ……ふう。長く喋っていたから口が渇いちゃった。お茶でも飲もうっと。

 わたしは、自分のカップに注がれていたハーブティーへと口を付けた。母さん特製、本当だったら淹れたてだったはずのハーブティーは、いつのまにかすっかり冷めきってしまっていた。これじゃあせっかくの芳醇な香りも台無しだ。

 自分のお茶を飲み干すわたしを母さんは黙って見ていたけれど、やがて再び口を開いた。

 

「……ごめんね。すべて、何もかもわたしのせいだったんだね」

 

 ……母さんは一体なにを言っているのだろう。わたしがいぶかしむ中、母さんはぽつりと呟いた。

 

「……ゆるしてね」

 

 母さんの口がそう動いたと同時に、わたしの世界は根こそぎ崩れ落ちた。

 

「うぐっ……!?」

 

 それはまるで、砂上の楼閣が崩れ落ちるような感覚。いや、実際そうなったんだろう。強烈なショックとともにわたしの全身から力が抜け、ティーカップを取り落とし、わたしはその場へと倒れ込んでしまった。起き上がろうにも力が入らない、息すらできない。

 何が起こったのか、一瞬わからなかった。ただ、わかるのは。

 

「母さん、お茶に、何か入れたのね……!?」

「………………。」

 

 母さんに教えてもらうよりも先に、わたしの明晰な頭脳はその答えに辿り着いていた。全身の痙攣、嘔吐感、心室細動による不整脈、そしてなにより呼吸困難。この即効性はきっとアルカロイド系、母さんが直前まで南洋のニューギニアに行っていたことを踏まえればヤドクガエル系のバトラコトキシンだろう。

 でも。

 

「どう、して……?」

 

 息も絶え絶えのわたしに、母さんはようやく答えてくれた。

 

「……あなたのような歪んだ人間、生かしておけない。あなたは善意のつもりでも、あなたのそれは、かつて世界を滅ぼした愚かな人間の邪念そのものだ」

 

 そんなはずはない。

 わたしの研究については、巨神たちだって目を瞑ってくれていた。巨神が反応しないのなら邪念にはならないはず……!

 そう思ったときだった。

 

 

 遠くから聞こえてきたのは、巨神の咆哮。

 

 

 続けざまに街中で緊急警報のサイレンが響き渡る。巨神、つまり怪獣が街の外からこちらへ近づいてくるのを報せるものだ。

 だけどなぜ、どうして。そんなわたしの混乱を察したのだろう、母さんは続けてこうも言った。

 

「アイちゃんから『国外で巨神の活動が活発化している』という報告が入っていた。きっと巨神たちは、巨神の因子に手を出したあなたたちのことを『邪念を持つ脅威』として排除するつもりなんでしょう。わたしたち人類はもう終わり、人類の世界は今度こそ御終いなのでしょうね」

 

 そう語る母さんの顔はこの世を倦んだかのような、けれど重い荷物を下ろしたかのような晴れやかさも帯びた表情で。

 

「だからここで潔く最期を迎えましょう。大丈夫、あなた一人だけを地獄に行かせはしない。わたしも一緒に逝くから」

 

 そして母さんは、わたしに呑ませた毒入りハーブティーを自身も呷った。

 

「うぐっ……!」

 

 効き目はわたし同様、すぐさま表れた。母さんもわたしへ覆いかぶさるように床へ倒れ込み、わたしを上から抱き締めた。

 地面がびりびりと震え、遠くから巨神の怒り狂う咆哮と足音が響いているのを感じる。

 そのとき、わたしは思ったことを素直に口にした。

 

「しにたくないっ……!」

 

 わたしはまだ子供だ。わたしにはまだやりたいことも、行きたい場所も読みたい本も山ほどあるんだ。大きくなって皆を導いた母さんみたいに、立派な学者の先生になる夢だってある。

 

「だからこんなところで しにたくない。しにたくない、しにたくない。しにたくないよう……!」

 

 わたしは、母さんへ必死にそう訴える。どしーん。破壊の巨神の足音がどんどん近づいてくる。はやく逃れなければ、怒れる巨神に踏み潰されてしまう。

 けれど母さんは、そうやって懇願するわたしをますます力一杯に抱き締めるのだった。

 

「ごめんね、ほんとうにごめんね……」

 

 巨神の足音がすぐ傍で響き、わたしたちのいる街を、住居を、世界を、わたしたちを蹂躙する。

 刹那、人生最期にわたしが目にしたもの。それは、憤怒の形相を浮かべた破壊の巨神と、かの怪獣が口から放った熱線の閃光だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧人類の最後の名残、善なる人間のユートピア世界が滅び去ってから、いったいどれだけ経ったろうか。

 廃墟と化した人間の街を、子供たちの集団が鼻歌混じりに彷徨い歩いていた。

 

 ――るんるんりる……♪

 ――らんらんらら……♪

 

 爽やかな風が吹いている中、思い思いに自分らしい歌を唄いながら楽しげに歩く子供たち。

 この子供たちは、ユートピア世界の善良な人々が外の世界へと放逐した、邪念を持つ悪しき人々の末裔である。小さなユートピア世界に閉じ籠っていた善なる人間たちは気づきもしなかったが、外の世界へ置き去りにされた悪しき人々は怪獣という強度の淘汰圧に晒され続けた結果、脳の器質にある種の変容が起きていた。

 それは絶滅に瀕した種の生存本能がなせる技であったのか、外の世界の人類は、生物の進化の時間軸においては異例と言える極めて短いスパンでもって変化を遂げた。悪しき人々は古くなった衣服を脱ぎ捨ててゆくかのように、邪念に繋がり得る複雑な思念を自然と捨て去っていった。

 正義の巨神たちは、自然の調和を脅かす邪念を徹底的に排除する。けれど彼らが憎む邪念なるものは、つまるところ人であれば誰もが持ち得る心の弱さに過ぎない。そういった弱い心を持つ者が恣意的に選別されて淘汰されるというのなら、誰も何も考えなくなるのはごく自然の成り行きだった。

 新しい人類を創ろうとして、巨神たちに滅ぼされてしまった古い時代の善なる人間たち。けれど、彼らが追い求めた新人類とユートピアは、人工的に創り出すまでもなく外の世界で自然に誕生しつつあったのだ。

 

 その最果てで子供たちは生まれた。いつ生まれたのか、どこから生まれてどこにゆくのか、彼ら自身も知らないし興味もない。

 

 身の丈に余る欲望、憎しみ、悪意、嫉妬、虚栄心、支配欲、暴力、エゴイズム。ユートピア世界に棲んでいた善なる人間たちが“邪念”と定義し唾棄しながらも捨てきれなかったそれらを、この子供たちは何一つ持たなかった。お腹が空けばご飯を食べ、眠りたければ眠る。素直で正直で自然体、何事も中庸で行きすぎることなく、動物レベルにまで単純化され洗練された健全な思考と行動。かつてある偉大な哲学者が掲示した『Übermensch:超人』の領域に、彼らは知らず知らずのうちに到達していた。

 人間たちの複雑な思念を敏感に感知するこの世界の巨神たちにとって、そんな子供たちは足元を這う蟻と等価である。邪念があれば排除もするが、そう呼び得るものを何一つ持たないこの子供たちは巨神たちにとっても裁きの対象にはならず、むしろ興味を払う価値すらないものだった。

 

 それは子供たちにとっても同じことだ。

 巨神だろうが巨獣だろうが、そんなカテゴリ分けはかの子供たちにとって何の意味もなさない。彼らにとって怪獣たちは「ただそこにあるナマの事実」に過ぎなかった。踏み潰されないように気を付ければ良いし、場合によっては利用できることもある。ただそれだけの存在である。

 怪獣だけではない。倫理、道徳、知性、善と悪。科学、文化、歴史、哲学。政治、経済、宗教、グローバリズム。古い時代の人類たちが長い人類史をかけて築き上げてきたすべての目に見えぬ価値が、子供たちにとっては無価値であった。彼らにとって世界とは、目の前にあるものがすべてである。

 さりとて彼らの心の中にあるものは、すべてを否定する虚無のニヒリズムでもなかった。むしろあるのは絶対的な肯定感。正しさも、理性も、徳も、正義も、同情も、罪さえも、かつてある偉大な哲学者が述べた『大いなる軽蔑の時間』、それらすべてを超克した極致。ただ目の前に広がるありのままのBrute fact、ナマのリアルを子供たちは前向きに全肯定し、全受容し、そして幸福に生きていた。

 今日も今日とて、ルンルン気分で廃墟を探索する子供たちの一団。日が暮れて夜も更けた頃、子供たちの内一人が言い出した。

 

「さて、もう今日は探検で疲れたし、食事もしたし、そろそろ眠ろうじゃないか!」

「「「さんせーい!」」」

 

 と、他の子供たちも声を合わせて頷いた。さっそく歯を磨き、体を清めて就寝準備を整える。嗚呼、すばらしい巨神世界。明日はどこまで行けるかな、次に起きたらどんな良いことあるだろな……!

 そんな未来への希望を夢見ながら、子供たちは適当に見繕った今宵の(ねぐら)で健やかな眠りへとついた。

 




あの作品について大真面目に考えたことを基に、大真面目に書きました。

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