セリム・ブラッドレイの許婚 作:クラレントブラッドブラッドレイ
リヴィエラから帰ってきて、そこそこ怒られて今。
なんで怒られたかってエンヴィーが私じゃないと速攻でバレたから。呼吸、歩法、重心の位置なんかで完全に別人だとお兄様ズは一発で見抜いたらしい。よってエンヴィーはすぐさま離脱し、同じころ西部の憲兵が私を見たと中央に報告を入れていたために、私の家出が明るみに出たと。
また、それにより私が
あれだけラグスお兄様に頼れと言われておきながらまだ何も話していないのだから当然と言えば当然であるのだが。
「しかし、どうですかセリム様。此度の交渉、上出来だったと思いませんか」
「そうですね。まだ僕が行った方がスムーズに話が進んだのではないかと思うほど、見事な手腕でした」
「ありがとうございます。しかし、困りました。グリードさんはもう子守りは飽きたということですし、私も中々セントラルから抜け出せそうにありません」
「そのことなのですが、レイゼン」
セリムは私をじっと見る。
なんだろう。
「もう少しゆっくりしませんか?」
「……どういう意味ですか?」
「言葉通り、文字通りの意味ですよ。考えても見てください。現状僕たちにできること、何が思いつきますか?」
「セリム様の上司であるフラスコの中の小人なる方との交渉です」
「無理ですね。僕が本質的に意見できないのもそうですが、君もただの人間。歯牙にもかけられないどころか最悪、という未来も考えられます」
「では、中央軍の懐柔などはどうでしょうか。いずれ邪魔になるのでは?」
「本当にできると思って言っていますか?」
「まさか」
そう。
実は、エドワード達に情報提供、ないしは渡りをつける、というだけでもかなりの偉業だ。子供の身空でこれ以上を望むのは高望みが過ぎる。
これ以上何か仕込めることがあるとすれば、国土錬成陣をどうこうする、というくらいだけど、残念ながら全部遠いしこれから三年かけて全部エドワード達が周る気がする。そしてどうこうできない。血の紋の削除の仕方がわからない以上、どうにもならないのである。
「ゆっくり……ですか」
「僕たちは少々急ぎ過ぎました。時が解決する問題というのも数多く存在します。だから、そうですね。ここはひとつ、僕と愛を育む、というのは如何でしょうか」
「申し訳ありません、セリム様。あなたの好意を受け入れる覚悟はできましたが、具体的に何をするか、というのは全く思い浮かびません。及び、あなたからの好意の言葉に対しても、なんと返せばいいのかわかりません」
「特別なことはしなくていいですよ。ただ日常が欲しくて。僕と君が共に過ごした時間というのは、総合すれば長い期間と言えるのでしょうが、一つ一つを見るととても短い。もう気付いていると思いますが、今までの僕は大人である君としか過ごしたことが無かった。だから」
「子供な私と、子供として在りたいと。……それは、前の私と今の私を重ねての発言ですか?」
「どちらでも、好きな方を取ってください。君が他者にその判断を委ねるように、僕も君に委ねます。君がどちらでいたいか──ただ忘れているだけなのか、本当に別人なのか。ああ、でも安心してください。どちらであろうと、僕が好きなのは今の君ですよ」
どちらでありたいか。
そんなもの、別人でありたい、に決まっている。私の自意識はそうだ。
だけど気になることもある。それはイズミ・カーティスの言葉……前の私も、イズミ・カーティスに人体錬成をしたかどうかを聞いていたという話。それはつまり、前の私にも鋼の錬金術師の知識があった、ということなのだろうか。
もしそうなら、忘れているだけ、になる。それだと余計に恐ろしくもある。
「グリードさんには、前の自分を知れ、と言われました。でもお断りします。それで引き摺られるのも、それを考慮して初めましての方と接するのも嫌なので。前の私なる女性のことは、セリム様たちの心の中で勝手に美化してください」
「はい。思い出はただの思い出ですからね」
「グリードさんに交渉に関するアドバイスをもらいましたが、一切合切を無視して話を進める気でいます。今セリム様にゆっくりしましょうと言われましたが、一伍一什気にせず私の行動方針を話したいと思います」
振り回す、と宣言したので。
それを受け入れてくれたので。
「たとえ歯牙にもかけられなくとも、その場で殺される可能性があろうとも、私はフラスコの中の小人なる存在に会いたいです」
「……申し訳ありません、レイゼン。それは聞き届けられない願いです。言ったでしょう。僕は君を守りたいと。君に死んでほしくないと。レイゼン。僕が死ぬ直前に君が死んでいるというのなら、その逆もまた然りと思ってください。君が死ぬような事態が発生したら、必ず僕が割って入ります。先日見せたように、僕は君の何千倍も強いので」
「なら問題ないでしょう。会いに行きましょう、フラスコの中の小人なる存在のもとへ」
「……話を聞いていましたか?」
「私が殺されそうになったら守ってくれるのでしょう? 無論、逆らったことでセリム様が殺されるというのなら私が守ります。何か問題がありますか?」
引く気は無い。
人の話を聞け。自分の話をし過ぎるな。自分の過去を知れ。
全てのアドバイスを側溝に捨てさせてもらう。というか、セリムと私の間にそういう遠慮は要らないと断じた。
わかっている。
フラスコの中の小人の所へ私が行って、なんになる。なにもならない。そんなこと知っている。
だけど、それは行動しない理由にはならない。
「それでも……ダメです。僕には、君を守り切れる自信がない」
「そうですか。では勝手に行きます」
「……道を知っているのですか?」
「第三研究所か第五研究所から行けるんじゃないんですか?」
「各研究所は一般人が入ることは叶いませんよ。たとえそれがダッドリー家のご令嬢且つ僕の許婚であっても」
「忍び込みます」
「無理です。中にどれだけ警備兵がいると思っているんですか」
……あ、そうか。
魂の定着実験とか賢者の石の研究とかさえやっていないのだとしたら、各研究所は普通に稼働していて、普通に研究所の職員が普通に仕事をしているのか。警備もさることながら、職員全員を避けて進むことも不可能に近いだろう。
えーと。それ以外の行き方は……中央司令部をぶち抜く、とか? 確か真下だよね。
問題はそんな錬金術私には使えないってことと、そんなことをどーやって隠密でやれってこと。
「研究所から行けることは否定しないんですね」
「君が断定するような口調である時は、それを知っている時です。どうやって知ったのかまではわかりませんが、今の所正答率が高い。ならわざわざ誤魔化す方が手間でしょう。僕はあまり、君に嘘は吐きたくないですし」
なら……なら。
ならぁ。
「……困りました。それ以外となると、軍法会議所に行ってみたい、くらいしかやりたいことがありません」
「一般人が入れる場所じゃないですね。ですが、何故軍法会議所へ?」
「先日話した東へズレた国土錬成陣。その中心点が軍法会議所なので、何があるのかな、と」
「ふむ。……それは確かに気になりますね」
セントラル周りは任せろとエルリック兄弟に言った手前、セントラルにあるものは調べて置きたいところ。だけど子供二人で軍法会議所は難しいというか、何の罪も犯していなければ関係者ですらない私達では、仮に大人であっても向かえないだろう。
まず軍人になってから、何か罪を犯すなどしなければ……という考えは危険が過ぎるし大人になるって何年後の話だ。
「わかりました。軍法会議所の件はお父さんに相談してみます。他に何かありませんか?」
「その前に、大総統は完全にこちら側なんですか?」
「……お父さんが""そう""であることまで知っていましたか」
「セリム様の意見が通り過ぎますからね。明らかにセリム様と繋がっている存在でしょう。それも、セリム様の方が権力的に強い繋がり。ラストさん、エンヴィーさん、グリードさんらと同じ""家族""の類だと認識していますが」
「間違いありませんよ。そうだ、それなら他の家族にも会ってみませんか? お父さんがこちら側かどうかは未だ判断がつかないので後で問いただしておきますが、それまでの時間暇でしょう」
「他の家族というと」
「ラスト、エンヴィー、グリード以外の二人ですよ」
えっと。
えっと。
「七つの大罪的に、それは、つまり
「おや、どうして
「初めてグリードさんと会った時、セリム様もグリードさんも大総統のことをラースと呼んでいたじゃないですか。聞き洩らしませんよ流石に」
「……気が抜けていますね、僕も彼も」
ま、あの時は繰り返しの話や私が何故か色々知っている、ということを知らなかったのだから仕方ない。
それで、それより、だ。
スロウスとグラトニーに会う。
……最高峰の死亡フラグでは? スロウスはまだいいけど、グラトニーは少女であれば美味しそうと思う性質だ。食欲的に。
セリムが宥めてはくれるだろうけれど、……ど、どうなんだ。常識とか話の通じない二人組筆頭な気がするんだけど。
「わかりました。会います」
「ふふ、何か覚悟を決めたような顔ですが、安心してください。君が傷つくようなことがあれば、あの二人は僕が食べてしまいますので」
「……それは、ええと」
「僕、これでも大食漢なんですよ」
そういう意味で聞き淀んだわけじゃないんだけどなぁ。言い淀みもしたけど。
疑似・真理の扉だけが本気で防御不可だから、グラトニーを怒らせないようにするってとこだけ本気の本気で気を付けないと……。
「ああ、いましたね。起きていますか、グラトニー、スロウス」
「ぁ……?」
「うーん? なぁに、プライド。ごはんー?」
そこは──地下牢、のような場所だった。
そういえば。
そういえば、なんでスロウスに会えるんだ? 円、掘ってないの?
「家族、なんですよね。何故繋がれているのですか?」
「彼らは自身の力の制御ができないので、それができるようになるまでこうして繋がれています。有事の際以外は無用ですからね」
確かに、スロウスは穴を掘らせる以外の使い道は思い浮かばない。普通に外にいたら大男過ぎて怪しいし、命令が無ければ自分から動かなそうだし、速すぎて狙いの定まらない脚力とか危なすぎるし。
グラトニーも割と簡単に暴走するから危ないのはわかる。グリードの発言を信じるのなら、殺し過ぎるのをやめた
「女の子! 今日はその子たべていいの!?」
「グラトニー。次にその発言をしたら、僕が君を食べます」
「え、え」
「初めまして、グラトニーさん、スロウスさん。私はレイゼン・M・ダッドリー。セリム様の……プライド様の許婚です」
「うん~? いいなづけ、ってなにぃ?」
「好き合い、将来を誓い合う仲、ということです」
「???」
理解できないか。
ま、グラトニーはともかくスロウスは理解こそできそうだけど、面倒だから発言しないって感じかな。
「何……用……」
「保険ですよ。もしものことがあって、君達が檻から出された時、たとえどのような状況にあっても彼女にだけは手を出さないでください。少しでも傷つけたのなら、
「おで、きょうのプライド怖い……」
「いつ……も……」
この二人、作中で絡みはなかったけれど、案外相性良いのかな。マイペース同士だし、基本的に逆鱗も無いから喧嘩もしなさそうだし。
「わかりましたか?」
「面倒くせぇ……わかった……から、どっか……行け……」
「わかったよ~」
「よろしい。では、行きましょうかレイゼン」
「え、これだけなんですか?」
「他に何か用がありますか?」
無いけど。
無いけども。
「……そうですね。ちょうど良い機会です。レイゼン、君の知識にあるこの二人はどういった存在でしょうか」
「スロウスさんは、最速」
「はい」
「グラトニーさんは──お腹に、扉がある」
「──……なるほど」
成程、とは。
どういう反応だ。
「もうわかっていると思いますが、僕たちは人間ではありません。
「はい」
「スロウスが最速であることは正解です。ですが、グラトニーの腹に扉なんてありませんよ」
「え?」
「いつ頃からかは忘れましたが、幾重もの繰り返しの中で、"お父様"は無駄を省き始めました。その内の一つが疑似・真理の扉です。失敗作の扉。飲み込んだものを取り出すことのできないダストボックス。掃除には便利ですが、微調整を必要とする実験においては少々吸引力が高すぎる」
「なる、ほど?」
うっすらとした目が私を貫く。
あまり私には見せないその目は、セリムではなくプライドだ。
「レイゼン。君が持っている知識は、一度目の歴史ですね。僕たちがエドワード・エルリックに敗れた時の記憶……そしてそれ以降の繰り返しについての記憶はない、と」
「回数がどうとかは私には判断しかねますが、私の知る限りでは、グラトニーさんの疑似・真理の扉はエドワード・エルリック、隣国の皇子リン・ヤオ、そしてエンヴィーさんを呑み込んでいます。それは一度目ですか?」
「はい、そうです。ただ、それだとおかしなことが出てきますね」
「……何故私がそれを知っているのか、ですね」
「はい。あの三人が呑まれたことなど僕たちしか知らないはずですし、何よりあの時はダッドリー家そのものが存在しなかった。……君はどうしてそれを知っているのですか、と聞きたいところですが、答えられるものではないでしょう。僕も、何故前の歴史の記憶を保持しているのかを問われても答えが出せませんし」
原作知識で、なんてのは余計な情報だ。
何故か知っている、で十分だと思う。
「……いえ、待ってください」
「はい。いつまででも」
「だから、つまり……」
セリムは口元に手を当てて、長考に入る。
その間私はグラトニーとジェスチャーゲームで遊ぶ。スロウスは寝た。
「……レイゼン」
「あ、はい」
「
「私が?」
「はい。あらゆるものが同じ道を辿り続ける中で、此度君だけが違った。幼かった。ゆえに私と君には期待している、と。父から直接告げられています」
「確かに、一人だけ年齢が違うのはおかしいですよね」
「そんな君が、一度目の歴史を記憶として保持している。それはつまり、一度目の歴史にこそヒントがあるのだと推測できませんか?」
う、うーん。
……正直な話をしよう。私は考察とかあんまり得意じゃない。
あんまりというか全然というか。
目の前の敵と、背後にいる守るべきもの、くらいしか見えない。
ので推測できませんか? なんて問われても。
「その可能性は高いと思います」
とかって返すくらいしか。
「そもそもの話、この繰り返しを起こしているのは誰なのか。……これも憶測ですが、父ではないと思います。父もまた、この繰り返しからの脱却を願っていましたので」
「そうなんですか」
「そうなんです。なんなら僕たち
確かになぁ。
お父様にとっては500年以上を毎度毎度やってるわけだし。ホーエンハイムも、か。
……気が遠くなる、よなぁ。特にホーエンハイムは、死別を何度も何度も繰り返さないといけないわけで。……あれ、でも、それだったらもっと俗世から離れて暮らしそうなものだけど。お爺様とかと仲良さそうだったのは何故。
トリシャ・エルリックには会いたいだろう。だけどそれ以外は交友を断絶しそうなものなのに。
「レイゼン。君は誰が、あるいは何が原因だと推測しますか?」
「普通に考えるなら、未練のある者であると推測できます」
「未練……」
だから黒幕はお父様なんじゃないかと思ってたんだけど。
あの最後のシーン、未練しかなかっただろうから。
それが違うというのなら。
「未練……志半ばで死した者。……そして一度目の歴史にいた者」
「セリム様はどうなんですか?」
「どう……でしょうね。完敗した、という気持ちはありますが、それが未練かと問われたら難しいところです。君が現れてからは、君に対する未練が残るようになりましたが、初めは……違ったはずだ」
「じゃあ、未練を残していそうな人を探しましょう。その人が黒幕かもです」
「……そんな人、星の数ほどいると思いますが」
それはそう。
なんならエルリック兄弟だってニーナとアレキサンダーのことで未練残してるだろうし、今どこにいるかわからないスカーも然り。メイ・チャンとかだってリン・ヤオの宣言から皇位を譲ったものの、本当はなりたかったかもしれないし。
あと軍人はもっとありそう。アームストロング少佐のイシュヴァール関連とか、マスタング大佐とマース・ヒューズ中佐のこととか、もっと遡るならホークアイ中尉のお父さんのこととか。ショウ・タッカーが後悔している可能性もあるし、ノックス医師とマルコー医師も後悔はしていたはずだ。
星の数、だなぁ。
「ゆっくり行きましょう、レイゼン。何も、何もしないでいよう、と言っているわけではありません。一人一人確実に見て行きましょう。その中で見つかるものもあるでしょうから」
「……わかりました。急いで特定しましょう」
「君、僕の告白を受け入れてから、少しだけ意地悪になりましたね」
「これが私の素ですよ、セリム様。愛せませんか?」
「ほら、意地悪だ」
グラトニーとスロウスの前でのやり取りなわけだけど。
二人はどう思って私達を見ているのだろう。この……私の常識が正しければ、多分、イチャつけているこの現状を。
……まーったく何にも考えて無さそうだなぁ。