セリム・ブラッドレイの許婚   作:クラレントブラッドブラッドレイ

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見るに堪えない

 翌日、連休最終日。

 結果から言えば連休期間中、という期限は意味をなさないものだったけれど、とりあえずの提出、という形でお母様の自室を訪ねた。

 

「三人から話は聞いています。どういう形で頼られたのか、をね」

「聞いていましたか。であれば話は早いです。──お母様、お母様はこう言うつもりでしょう。"これではダメだ"と。"頼ったことにはならない"と」

「……」

「その上で頼ります。合格にしてください。私にはこれ以上、ダッドリー家に求めるものがありません」

 

 これが秘策だ。

 三つだけ願い事を叶えてやる、の最後に「なんでも願いを叶えられる力をくれ」っていう奴。四次元ポケットって答える奴。

 

 無論。

 

「……それは、ダメ」

「でしょうね」

「ね、レイゼン。本当にそれ以上は出ないの? 私達は、そんなにも頼りないの?」

「はい」

 

 未来で困るから頼れ。

 金銭面、実力面、知識面。さて。

 

「国を動かせるほどの資金。大総統にも勝り得る実力。今すぐに国家錬金術師としてやっていけるほどの知識。今現状、私が手に入らずに困っているものがこの三つです。──ダッドリー家に用意できますか?」

「……無理よ」

「ですから、求めるものはないのです、お母様。私はこの三つが今すぐに欲しい。この三つさえあればようやく私は安心できる。でも、一朝一夕に手に入るものではないことはわかっているし、頼った所で手に入らないものであることも理解しています」

「そんなことはないはずよ、レイゼン。今から地道にでも積み重ねて行けば」

「今すぐに欲しい、と言いました。未来では遅いんです」

「なぜ? あなたは、言ってはなんだけど、まだ幼いわ。なぜ、そうも悲観的な考え方をするの? 安心と言ったけれど、何が不安なの?」

 

 何が不安か。

 そんなの、全てだ。ただでさえ非才。ただでさえ非力。そこに何かが違う鋼の錬金術師と来た。何が違うかを把握する術は無く、何が違うのかを把握している存在がこぞって私に何かを見出している。私には何もないというのに。

 全てが知っている通りに進むのであればまだよかった。だってそうなら、五分ちょっとの怨嗟の嵐さえ我慢できれば、あとは日常に戻れる。エドワード・エルリックという天才がすべてをハッピーエンドに持って行ってくれる。

 幼いこの身だ、クーデターの時は家に引きこもっているだけでいいだろう。

 

 でも、違う。

 違うから怖い。

 怖いから力を付けたい。資金、実力、知識。

 

 それが手に入らない──頼っても足掻いても手に入らないのだから。

 

「昨日、門下生の方に言われました。私は天才だと。ラグスお兄様も良く仰っています。それが何故かを問うたら、錬金術を使えること──戦闘中に錬金術を使い、学んでいることがまずすごいと言われました」

「……質問の答えになっていないけれど、それは私もそうだと思うわ。貴女は凄いのよ、レイゼン」

「何故学ばないんですか?」

 

 トン、と。

 虚を突かれたような顔になるお母様。

 

「アメストリスほど錬金術を学ぶに適した国はありません。錬金術で発展してきた国ですから。だというのに、門下生の方々も、お兄様たちもお母様もお父様もお爺様も、何故錬金術を学ばないのですか?」

「学んだことは、あるのよ? でも」

「できなかったと、そう言い訳するんですか。このダッドリー家自体が言い訳の塊ですよね。剣以外才能のない者の寄せ集め──文官にも銃撃兵にも成れなかったが故に剣を極めることにした。銃に打ち勝つ剣術。──くだらない」

 

 人には向き不向きがあることなんか知っている。

 私が前世を辞めたのだってそれが理由だ。

 

 だから、経験者の目線で言わせてもらう。

 

「常思っていますよ。ダッドリー家がもっと、アメストリスの指針を左右できるような家ならばよかったと。剣術だけでなく、あらゆる分野に秀でた家ならば最高だったな、と」

「……レイゼン。それ、本気で言っている……のよね。あなたは……そういう言葉を、冗談で吐ける娘じゃないもの」

「はい。本気です。頼れというのなら頼れるだけの実力をつけてから言ってください。私が欲するものを、何一つ持っていないというのに、頼れ、なんて──無茶です。私は無い者に強請る趣味はないので」

 

 エイアグラムお兄様に仲間を作れと言われた。グリードにも言われた。ラグスお兄様を見て、知り合いが多いのは色々と都合が良いことも学んだ。

 けど、それはこの世界が普通の世界だったら、の話だ。

 目の前に死と然して変わらぬものがあり、さらには閉じた世界だというのであれば──こんな異常な世界であれば、欲するべきは繋がりではなく突出した個。あるいはお父様のような力、知識があれば、私はまだ誰かを頼れただろう。不老不死になど興味はないが、賢者の石という力には興味がある。

 たかだか53万であれほどのことができるのだ。

 もし私が、一億とか二億とかの賢者の石を手に入れることができたら。

 

 でも、無理だから。

 

「自分一人でできることを誰かに頼る気はありません。そして、私一人でできないことは極一部を除いて誰にできることでもありません。以上がこの連休の間に出した私の答えです。エイアグラムお兄様もラグスお兄様もお爺様もお母様も、()()()()()()()と──結論を出しました」

 

 その時、背後で音がした。

 扉の開く音。そのままのしのしと歩を強める音がして、頭上、振り被られた拳が私の頭を捉える。

 

 直前で、止められた。

 

「……何故避けぬ」

「母親に対する態度ではないことを自覚しています。ここまで育ててくれた家族への言葉ではないことを理解しています。よって、それが罰となると判断したのであれば、受けるべきだと思いました。違いますか、お爺様」

 

 下手人はお爺様。どこから聞いていたのかはしらないけれど、怒り心頭、というよりは意気消沈、という声色だ。音を察するに、ラグスお兄様とエイアグラムお兄様も部屋の外にいるな。

 

「この拳を振り下ろしたとして、お前の中で何かが変わるのか、レイゼン」

「いいえ。ただ、家族に反撃する気はありません。ラグスお兄様のように決闘を申し込まれたのならともかく、罰を促す拳に対し、私が取るべきは甘んじて受けることだと判断しただけです」

「何をすれば、お前にとって罰になる」

「──……それは、本心で問うていますか、お爺様」

「そうじゃ。儂にはもう」

「であるならば、私は本心からあなたに失望します」

 

 前世を合わせたところでお爺様の方が年齢は上だ。

 年功序列だのなんだのを引き合いに出すつもりはないが、人生の先輩としての威厳くらい保って欲しい。何が罰になるのかを子供に聞く親など、子供を理解していないと公言しているにほかならない。

 それともなんだ。

 

 私は、そこまで家族と思われていなかったか。

 

「もう一度問います。本心ですか、お爺様」

「……」

「──セリム坊ちゃんを殺す。……つーのはどうだよ、レイゼン」

 

 声は、ラグスお兄様のもの。隣にいるのだろうエイアグラムお兄様が「何を言っている!?」と声を荒げているのが聞こえる。お母様もお爺様も息をのんだのがわかった。

 

「セリム様を殺すのが私にとっての罰になると、そうおっしゃいますか、ラグスお兄様」

「ああ。お前はアイツにぞっこんだからな。そうすりゃちっとは」

「ならば私はダッドリーの名を捨て、あなた達に敵対します。死を決してセリム様を守り、死にます」

「……そんなにかよ。元々許婚自体爺さんが仕組んだ取り決めだろーが。さっきはああいったが、セリム坊ちゃんがお前に惚れこんでんのは知ってても、お前からがそうとは聞いてねえ。お前、セリム坊ちゃんに惚れてるってワケじゃねーんだろ。何がそうまでさせる」

「話の主題がズレていますよ、ラグスお兄様。私にとって何が罰になるか、という話です」

「んなもんどーでもいいだろ。どうせ俺達の考えつくあらゆるモンがお前にとっちゃ些事だ。罰にはならねえ。お前の言う通り罰っつーのは反省を促すために与えるモンだ。だがお前は反省しねえ。自らの行いを省みることはあっても、他者から与えられた罰に納得するほど柔な世界観を持ってねえ。だから無駄だ」

 

 ……現状、私を最も理解しているのはラグスお兄様だ。次点でエイアグラムお兄様。

 そう感じる。これは曲がりなりにも兄妹だから、なのかな。

 

「爺さん。これがアンタへの罰だよ。レイゼンをほったらかしにし過ぎたな。才能があるからダッドリーの剣を教えなかった。そこまでは良いが、だったらそれが発覚した時にでも家庭教師やら何やらつけてやるべきだった。コイツが自分から求めないことなんか赤子の時からわかってたんだ。──爺さんじゃ、レイゼンに言葉は届かせられねえよ」

「……ラグス。ならば、お前の言葉は届くと?」

「アンタと母さんよりはな。母さんもさっきからだんまりで俯いてるけど、おんなじだ。頼れ頼れっつー割にレイゼンの嫌がるダンスレッスンなんか押し付けてんだ、コイツから見て頼れる大人じゃないってのは明白だろ」

「おい、言い過ぎだぞラグス! そもそもお前だって──」

「うるせえよ兄ちゃん。兄ちゃんだってわかってんだろ、レイゼンのこと。今まで一回でも俺達の言葉がコイツに届いたことあったかよ。んで、届かないと知っておきながら俺たち自身を何か変えたかよ。レイゼンに何かしてやったか。覚え、無えだろ」

「……それは」

 

 ふむ。

 私はダッドリー家を離散させるつもりはないのだが。

 お爺様が来た時点で「お前は勘当じゃ!」がベストな未来だと思っていただけに困惑。ラグスお兄様、どうしてしまったんだ。

 

「当然だが、俺もだよ。ぜーんぶレイゼンの言う通り、コイツにとって頼れる大人達じゃなかった。これだけだ。だからこの話はもう終わり。で、レイゼン。話の続きだ。お前、セリム坊ちゃんに惚れてんのか?」

「いいえ。ただ、彼からの愛情が真っ当なものであることは把握しました。なので、返して行けたら良いな、とは思っています」

「そこにお前の意思は? お前がセリム坊ちゃんを好きかどうかを聞いてんだよ俺は。セリム坊ちゃんがお前を好きかどうかなんかどーだっていい」

「答えた通りですよ。──いいえ、です。私からセリム様に対する感情は無、あるいは鏡に近い」

「だってのに、俺がセリム坊ちゃんを殺す、っつったら」

「私はラグスお兄様に剣を向けます」

「じゃあ、セリム坊ちゃんが軍に泣きついて、俺達が殺されることになったらお前はどうする?」

「セリム様に付きます」

「ハ! 即答かよ」

 

 ケラケラと楽しそうに笑うラグスお兄様。

 そろそろ振り向くべきだろうか。

 

「おい聞いたか爺さん、母さん。俺達はその程度の存在なんだよ。だからもうコイツになんかを強要するのはやめてやれ。頼ってほしい、甘えて欲しいってのは俺だってそうだよ。そう思ってる。困ってんなら泣きついてほしいってずっと思ってる。だけど、俺達じゃ無理だ。つか強要することじゃねえんだわ。レイゼンが本心で切羽詰まって泣きついてきたら全力で答えてやんのが俺達の仕事だがよ、頼れ頼れって迫るのは違うだろ」

「……母さん。申し訳ないが、私も……それについては、ラグスと同意見です。この子が何故ここまで焦っているのか、悲観的なのか。その理由を私達は知らない。けれど、知る努力もしてこなかった。本人に問いただしても答えてくれないから、で止まっていた。……これほどヒントをくれているのに、結局私達にできるのは剣だけだと思考を停止していたのです。……私は今からでも錬金術を学ぼうという意思が芽生えています。勿論軍人としての責務を放り投げることはしませんが、彼女と同じ視点を持つためには必要なことだと……そう感じました」

 

 それは、やめたほうがいいのでは。

 マース・ヒューズ中佐と同じ末路を辿ることになりかねない。エイアグラムお兄様が彼ほどの天才かどうかはわからないけれど。

 ああ、そもそも気付いたところで消されるかどうかはわからないか。""前""を覚えている者が数人いる時点で計画のことなんか諸ばれだろうし、それを逐一確認する術なんかなさそうだし。

 

 だったら、まぁ、錬金術を学ぶのは良いと思う。

 それでとっとと私より強くなってほしい。人造人間(ホムンクルス)に勝てるくらいの強さを手に入れて欲しい。そんなことができるのなら、ようやく私はその背中を押せる。

 

 私を天才だのなんだのと言っている暇があるなら、そういう努力をしてほしい。

 私より力があって、資金があって、知力あるくせに──何もしていないのだから。

 

「レイゼン」

「なんですか、お爺様」

「……ブラッドレイ家との婚約は、お前にとって……重荷だったか?」

「逆に聞きますが、何を以て了としたのですか?」

「あちらから打診があった。……それだけじゃ」

 

 セリムが選んだ、と言っていたな。

 彼が選び、大総統、ひいてはお父様が了として、お爺様も了を返した。本当にただそれだけなのだろう。

 

「重荷とは思っていません。というより、恐らくセリム様はどのような手段を使ってでも私を捕まえに来たと思います。彼の愛情は伝わっていますから、それくらいは予想できます」

 

 ただ。

 

「ただ、お爺様やお母様にとって私はなんなのだろうか、と考えたことはあります」

 

 家族。娘。孫娘。妹。

 

 なんでもいいけど。

 

「結論、私は末娘としての役割だけを果たしていればいいと」

「馬鹿がよ」

 

 ──反応できなかった。

 いつの間にか回り込まれていて、いつの間にか担ぎ上げられていた。お爺様の動き出しづらい機械鎧側から、お母様がこぶしを握り締めているのを見越して、咄嗟に反応できる人間がいないことを全て理解して。

 

 ラグスお兄様は、私を持ち上げる。

 

「おい兄ちゃん。母さんと爺さんのメンタルケア任せたぜ」

「……ああ、任された。そして頼んだ。お前にしかできないことだ」

「ああ」

 

 主語の無い会話は、けれど成立しているらしい。

 ラグスお兄様は私を担いだまま、その足で部屋を出る。驚く程スムーズな拉致。「ま、待て」と言うお爺様の声をガン無視して、「ラグス様、何を!?」とか「レイゼンお嬢様、せめてお召し物を!」とか、数人の侍女たちの声もガン無視して、私は部屋着のまま外へと連れ出される。

 一応私にも羞恥心はあるんだけど。寝間着じゃないだけ良しとするか。

 

「聞かねえんだな。どこへ、とか」

「聞いて意味がありますか?」

「ねーよ。ああ、安心しな。歓楽街に連れて行く気はねぇからさ」

「はあ」

 

 そのまま担がれて。

 

 ──私とラグスお兄様は、大総統府に来た。

 

 

 

 そんな気軽に来れる場所ではなかったはずなんだけどなぁ。

 これはセリムが手回ししたのかな。まぁあの部屋の中に蠢く影が一瞬見えていた気がしないでもなかったし。

 

 憲兵も軍人もいない。

 ラグスお兄様の道を阻む者は誰一人としていない。

 

 いや、いた。

 一人だけ。

 

「──どうぞ、こちらに」

「……チッ」

 

 セリムだ。

 セリム自らが廊下のど真ん中に立っていて、そのすぐ近くにある部屋への入室を促してきている。これに対し、あからさまな悪態を吐くラグスお兄様。

 けれど従順に従った。

 

 部屋。

 応接室、だろうか。セリムの自室って感じはしない。

 

「単刀直入に聞く。セリム坊ちゃんは、俺より強いな?」

「……そう思う理由を聞かせてください」

「レイゼンが全面的にアンタを頼ってる。理由はそれだけだ」

 

 座りもしないで言い放つラグスお兄様。

 あの。相手プライドプライド。

 

「……本当にそれだけの理由ですか? ()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ああ。朧気だが、昨日の夜思い出した。夢に見たが正しいが、以前爺さんが慌ててレイゼンの生死を確認した日があった。それも思い出して、確信した」

「何がありましたか?」

「死んでたよ。コイツが。んで、俺が殺してた。何度も何度も悪態を吐いて、その後吠えてた。セリム坊ちゃん、アンタにだ。"お前にどんな価値があるんだよ!"ってな」

 

 ああ。

 そうか。どうかしちゃったんじゃないかと思っていたけれど、本当にどうかしちゃっていたのか、ラグスお兄様。

 そして、そうか。エドワード達だけじゃない。

 

 ラグスお兄様にとっても、私は。

 ……これ、お爺様やエイアグラムお兄様にとっても、だったりするのかな。彼らはまだ確信に至れるほど記憶はないようだけど。

 

「もう一度はっきりと聞く。アンタなんだ。何者、ですらねえだろ。レイゼンと同じくらいのガキじゃ、()()()()()()()レイゼンが命を賭さなきゃならねえ理由がつけられねえ」

「レイゼン」

「はい。セリム様」

「一つだけ聞きます。彼は信用に足る人物ですか?」

「実力面では頼れませんが信用はできると思います。私の主観ですけど」

「そうですか」

 

 なら、構いませんね、と。

 部屋のあらゆる隅から影がざわめき、あの化け物が顔を出す。

 

「ッ、あの夜の……!」

「はい。君の攻撃から彼女を守ったのは僕です」

「レイゼン、お前はコレ、知ってたんだな」

「はい」

 

 影は部屋を覆いつくし、四方八方どこを見ても眼と口がある、みたいな状態になった。

 

 その上で、ラグスお兄様は「はぁ~っ」と大きなため息をついて、椅子ではなく床に座る。ちょっとぐえっ、ってなった。

 

「そりゃ俺達が頼れねえワケだ。……で? アンタみたいな化け物がレイゼンの隣にいて、なんでまだこいつは不安がってる。アンタよりも上の化け物がいるのか?」

「概要は合っています。且つ、その存在如何を抜きにしても解決できない問題があります」

「武力、金、錬金術。そのどれを使っても、か」

「そうですね。それらでどうにかできていたら、そもそもダッドリー家は存在していないでしょう」

 

 ラグスお兄様は、もう一度深いため息を吐いて、私を影の地面に降ろした。

 

 そして、頭を下げた。

 

 ……?

 

「何を」

「頼む、レイゼン。俺、やっぱ嫌だわ。お前の敵になんの。夢でしかない、って踏ん切りつけらんねぇ。あんときは姉ちゃんだったが、そんなのどうでもいい。あんだけ必死で、あんなに切羽詰まってて、泣きそうな顔で剣向けられるのも、俺が──あんなつらい気持ちでお前を殺しちまうのも、もう二度と経験したくねえ。夢だって思えねえ。だから、頼む。俺からお前に頼む。教えてくれ、お前が悩んでること。セリム坊っちゃんと一緒になっても解決できねえこと。お前の不安。俺が頼りにならねえのは重々承知してる。だから、俺を頼らなくていい。ただお前の"側"で居させてくれ。この通りだ、頼む」

 

 何、を。

 

 恐る恐る、セリムの方を見る。

 

「君が決めることですよ、レイゼン」

「私が、ですか?」

「ええ。頼まれているのは君です。()じゃありません」

 

 私が。

 ラグスお兄様を巻き込むかどうかを、決める。

 

 もしここで頷かなかったら、ラグスお兄様はどうなる。殺されるか。なら。

 

「もしここでお前が頷かなかったとしても、俺はこのことを言いふらすつもりはない。墓にまで持っていく」

()は彼を信じますよ、レイゼン」

 

 ──逃げ道が潰された。

 殺されるなら仕方がない、という逃げ道が。

 

 頷いて、巻き込んだら、どうなる。何ができる。何になる。

 ……何にもならない。けれどそれは、私だって同じだ。私が何をしたってどうにもならない。

 

 ただ、ラグスお兄様の願望が。

 私のいる方にいたい、という彼の願望が叶うだけ、か。

 

「危険、ですよ」

「この光景を見てそれ以上があるってか。まぁあっても関係ない。お前が危険にさらされて、俺がお前を危険にさらす可能性を見てきて、今更俺が自分の危険を恐れるわけねーだろ」

「私はラグスお兄様に死んでほしくありません」

「ああ、俺もだ。お前に死んでほしくない」

「先も言いましたが、仮にダッドリー家がセリム様と敵対した場合」

「ソイツに付くんだろ? この化け物も化け物なコイツに。構わねえよ、お前が守りたいものがコイツだっていうんなら、俺だって同じだ。俺はコイツを守りたいお前に死なれたくないから、お前と一緒にいたい。邪魔だって言うんならそれでもいい。ただもう、二度とお前に剣を向けるのだけは御免だ」

「何もうまくいかないかもしれません。いえ、その方が確率としては高い。全てが無駄になる可能性の方が高いです」

「しつけぇなお前。俺が頼むから巻き込んでくれつってんだ。無駄だの水泡だの、んなこと気にするわけねえだろ」

 

 手に。

 震えが走るのが、わかった。

 

 騒音が耳朶を打つ。騒がしい。雨の音。

 あの日もそうだったけど、その前もそうだった。

 フラッシュバックするのは声。

 

 ──"無事で、良かった"

 

 赤。途絶える前の言葉。私にその価値は。

 それを背負えずに断った無責任な臆病者が。

 

 また、他人の命を背負うのか。

 

「ラ……グ、スお兄様、は」

「ああ」

「私を、守って……死にません、か」

 

 誰かに守られるということ。

 誰かに救われるということ。

 誰かに命を助けられること。

 

 それがどうしようもなく──私にとって、重くて。

 

「馬鹿が。死ぬかよ。言っただろ。邪魔だって思ったらどっかに飛ばしてくれて構わねえ。実力不足はわかった。痛感した。こんだけの化け物に守られててまだ不安なんだ、お前が想定してる敵はよっぽど強大なんだろうさ。それを相手に俺ならやれる、なんて言うほど俺はもう幼稚じゃねえ」

 

 だから。

 

「だから、頼むよレイゼン。俺を仲間に入れてくれ」

 

 なんだ。

 なんだその、RPGみたいなセリフは。海賊漫画くらいでしか聞かないぞ。

 

 仲間を作れと。

 言われた。言われた。何度か、言われた。要らないと思った。

 

 でも懇願されたら答えるしかない。

 もううだうだと、ずっとずっとここで迷っていられるほど、私は停滞するのが好きじゃない。答えを出せ、私。いつも通り明瞭ではっきりとした答えを出せ。それだけが取り柄なんだから。

 

「わかりました」

「声が硬ぇよ。役所の受付かお前は。お前の言葉で言え馬鹿」

「……約束してください。私を守らないでください。私を守って死なないでください。お願いします。それをされたら、私は自ら命を絶ちます」

「おっと、レイゼン。それは僕が困りますよ。君が命を絶つのなら僕も絶たなければ」

「つーと、今俺の手にはレイゼンとセリム坊ちゃん二人の命が乗っかってるわけだ。責任重大だなコリャ」

「茶化さないでください。これは……私のルーツに関わるお願いです。誓ってください、ラグスお兄様」

「誓うよ。俺はお前を守らねえし、お前を守って死なない。つーか死ぬ気がない。んで、なんらかの理由でお前が自死しようとしてたら縛り付けてでも止める。これでいいだろ、セリム坊ちゃん」

「ええ、僕もそのつもりです。レイゼン、君の口から自死なんて言葉が出てくるとは思ってもみませんでした。君のルーツ……僕にも明かしていないそれは、いつか話してくれるのですか?」

 

 前世の話を、話せるか。

 ……まぁ。

 

「時が来たら」

「気長に待ちますよ」

 

 ああ。

 ここは、そうだな。気分を落ち着かせるためにも、ちょけておくべきだろう。

 

 

 ラク゛スお兄様 か゛ 仲間 に なった ! ▼

 

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