セリム・ブラッドレイの許婚   作:クラレントブラッドブラッドレイ

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間尺に合わない

 1912年3月10日。

 人語を話すキメラの錬成に成功したショウ・タッカーが──国家錬金術師試験に()()()

 理由は告発。審査会において「組み合わされた動物が何かを答えられないようでは話にならない」と誰かが進言したとかなんとか。また、これによってショウ・タッカー宅への調査が入り、彼が彼の妻をキメラとして錬成したことが発覚。彼はお縄となった。

 驚くことに、その次第はかなり前の繰り返しから起きている一件だとか。エドワードがやっている……にしては彼と軍の仲はそこまでよくないはずだし、人造人間(ホムンクルス)側が動くとも思えない。命が勿体ないと言えど、たかだか一人二人の話だ。そこへ、軍の人体実験の隠れ蓑となるような中途半端な国家錬金術師を潰してしまう理由が出来上がるとは到底想像しがたい。

 

 ただ、同時に。

 もし軍が──賢者の石や魂の定着実験を行っていなかったのと同じく、合成獣の軍人というものさえも作っていないのだとしたら、納得の行く部分はあるかもしれない。グリードの周りにドルチェット達がいなかったことと同じように、ザンパノやダリウスらがキメラになっていない、というのは喜ぶべきか悲しむべきか。

 いや、本人らの意思を思えば勿論喜ばしいことなんだけど、たとえばキンブリーに致命傷を負わせたのはハインケルだし、ザンパノのトゲ、ジェルソの粘着液、ダリウスの強靭な肉体など、所謂ところの「成功例」まで消えてしまっていると考えると、エドワード側の戦力に陰ができる。

 

 知識は武器だ。

 だけどそれと同じくらいには暴力も武器なんだ。知識だけで戦況を覆せるのなら、私がとうにやっている。

 エドワード側の戦力低下。いや、そもそもなんだってこの繰り返しの中で、フラスコの中の小人とエドワード達はそうも衝突を……。無論国土錬成陣があるからなんだけど、こう、何故一回も手を取り合う、という道を選ばなかったんだろう。

 あるいは手を取り合って失敗した、とか?

 フラスコの中の小人も、もうアメストリスやめて他の所選べば阻止されることなくすべてが順調に進んだのでは、とか思ってしまう。日食が観測できる場所なんか惑星上のどこを探してもいくらでもある。長い年月を使って計算を重ねて、それでもアメストリスを作るのが最も効率がいいと判断した……のかなぁ。

 

 セリムの話では、エドワード達は必ずセリム達を阻んでいるというらしい。

 ならそもそもホーエンハイムとトリシャの結婚を阻止するとか、ホーエンハイムをあそこで見逃さず100万を自分のものにしてしまうとか、色々やり様あると思うんだけど。

 

 話が飛躍し過ぎた。

 

 それで、ええと。

 

「それを私に聞かせることに、何の意味が?」

「なに、世間話というやつだ。息子の許婚と世間話をする。何か奇妙な事でもあるかね?」

 

 私は今、キング・ブラッドレイと食卓を囲んでいる――ッ!!

 

 

 

 事の次第、なんて勿体づける必要はない。

 ラグスお兄様に今起きている事を色々話したあと、セリムとラグスお兄様だけで話し合わなければならないこと、というのがあるらしくて、そのタイミングで私のお腹が鳴った。朝ご飯食べずに来たから。

 丁度いいタイミングですね、なんてセリムが言って、「今日母はいないんです。彼女の親族が病だそうで、朝から病院へ行っていて」と。「だから朝食はレイゼンが摂ってきてください」と。

 お父さんがいますからね、と。

 

 なにがどう「からね」なのかは全く分からなかったけれど、お腹が空いているのは事実だし、セリムにそう言われた以上私は従わざるを得ない。

 案内されるままに大総統府の食堂へ行って、そこにいたのは確かにキング・ブラッドレイ。彼は従者らを払い、私と二人きり、という空間を作り上げた。

 

 そこから始まったのがショウ・タッカーについての顛末だ。

 それは彼もちゃんと""前""を覚えている、というアピールでもあったのだろうし、私が知っていることを知っている、という釘差しでもあったのだろうけど。

 

 食事時に話す話じゃない。

 

「世間話だというのなら、これから話すことも世間話で流してくれますか?」

「それは内容によるな。いくら息子の許婚とはいえ、国家転覆を目論むような言葉であれば」

「大総統。あなたはこの永遠の繰り返しから脱却したいと望んでいる――そう考えて問題ないのでしょうか」

「核心に踏み込むのが得意なようだ。そして、答えは是。私とてもう飽いている。この身こそ他の兄姉程長くは生きていない身だが、それでも繰り返しは長すぎた。何度も何度も苦しみの果てに目を覚まし、同じレールの上を歩くだけの生。時折羨ましくさえ思う。何も知らずに生きる市井の者達が」

「嘘が下手ですね、大総統。繰り返しのたびに変わってくるエドワード・エルリックを見るのが楽しみで仕方がない──そう言わないんですか?」

「嘘ではない。羨ましいのは本音だ。だが、そうだな。君の言う通り私は彼の錬金術師の行動を楽しみにしている、という節はある。彼を取り巻くすべてをだ。そして、君のことも」

「……」

 

 私。

 曰く、最大級のイレギュラー。今まではダッドリー家の長女で、エイアグラムお兄様やラグスお兄様を弟として持っていた私が、今回初めて幼かった。妹だった。

 故に繰り返しを覚えている人造人間(ホムンクルス)にとっては興味津々な存在で、さらにあのプライドが首ったけというのだから、ようやく夜明けが来るのかもしれないと期待している、と。

 

「探していないだけ、という可能性はありませんか? 私以外にも生まれてくる時期が違う、あるいは生まれなかった人間はいるのでは?」

「無論、可能性はあるだろう。だがそれは所詮いてもいなくても変わらぬ者だ。君のように強い影響力を持った人間とは違う」

「……私にその前とやらの記憶はありませんが、話に聞く限りただ三秒四秒と時間を稼いだだけの無駄死に女だった、と判断していますが」

「だが、周囲の者に落とした心の翳りはあまりにも大きかった。私は君を起爆剤だと認識している。エドワード・エルリック。アルフォンス・エルリック。リザ・ホークアイ。ロイ・マスタング。他、あらゆる我々の敵対勢力。それらが君を前にし、君という存在を理解できぬまま君を殺してしまった──その後の成長促進は類を見ない」

 

 起爆剤。肥料ということか。

 成程。まぁ、そういう期待なら……受けて不快ではないか。過分な評価は嫌気が差すけれど、結局のところ精神的な踏み台、と言われているようなものなのだから、その立ち位置なら納得できる。

 

「興味はあるのだよ。何せ私はセリムと同じ陣営だ。ゆえに君を殺す機会には恵まれていない。しかし此度、セリムは今までとは違う行動を取っている。ふっふっふ、私にも成長なるものが訪れることがあるのやもしれんな」

「心にもないことを言うのが下手ですね。成長したい、なんて欠片も思っていないでしょう」

「どうしてそう思うのかね?」

「あなたは強いからです。武力だけでなく、精神も。成長しきっている。成熟しきっている。あなたにこれ以上はない。ともすれば他の人造人間(ホムンクルス)より大人。そんなあなたにとって大事なのは自らがより高い位置に行くことより、周囲がより高次元になること──そう判断しています」

「過分な評価だな。私とて自らの成長を喜ぶ心はあるぞ?」

「その気になればそれ以上強くなることもできるのに、ですか?」

「……ほう」

 

 彼は全力を賭し、天に見放されて傷の男(スカー)に負けた。

 だけどあれが無ければ終始傷の男(スカー)を圧倒していたし、直前の二人……バッカニア大尉とフー爺さんの不意打ち攻撃がなければもっと強かったはずだ。

 それを繰り返しの中で知っている以上、対策なんか簡単に取れる。だというのに毎度毎度負けている。それほどエドワード陣営が変わり続けている、という可能性もあるけれど、大総統の実力を鑑みれば「彼がもっと圧倒的になる」ということだってできたはずだ。

 

 それをしていない。

 今の大総統は、私が原作で知る大総統と変わりがない。一度剣を交えたんだ、それくらいは、まぁ、ちょっとくらいはわかる。ちょっとしかわからないから達人同士だと違うものも見えてくるのかもしれないけど。

 

「私には全く理解の出来ない話です。あなたがその気になれば、他の人造人間(ホムンクルス)の全てを相手取っても勝ててしまうでしょう。それで、奥方を連れてどこへなりとも逃げる、なんていう"レールから外れる道"を選べたはず。だというのにあなたはずっとずっとレールの上にいる。逃げたい、あるいはその上にいる人生を不満に思っているくせに、実行に移さないで甘受する。──そんな人が、我が身の成長のために私を殺す、なんて無駄な事はしないと思います」

「中々良い分析だが、少しだけ勘違いしているな」

「勘違いですか」

「レールから外れた未知を楽しむ心は確かにあるが、レールの上にいることを不満に思ったことはない。与えられた役割。与えられた人生。君はさも当然のように熟してきた、とでも言いたげだが、少し気を抜けば簡単に転がり落ちる。敷かれたレールの上をまっすぐに走り続ける、というのも中々難しいことで、やりがいのあることなのだよ」

 

 ……それはそう、かもしれない。 

 これから起きること、これから自分の身に起きること。その全てを知った上で、知っている通りに動く、なんていうのは中々できることじゃあない。

 さっき私が考えたように、対策を取ってしまう。御年六十を超えるキング・ブラッドレイは、六十の時点でいきなり生み出された存在というわけじゃあない。若い時に蟲毒をされて、憤怒(ラース)を注入されて、そこから出世街道を驀進してきた存在だ。

 勿論邪魔者は排除されてきたのだろうけれど、それだけじゃ辿り着けないものがある。戦場で、あるいは政で。相手に全く同じ行動を取らせるには、こちらも全く同じ行動を取る必要がある。想定外を排除しきって大総統の座に就く、というのは──どれほど気を配らなければならなかったのか、私では想像できない。

 

「それでも、理解できません。脱却を望んでいるというのなら、そのレールから降りるのが最も簡単な方法だったはず。やりがいになど目を瞑り、大総統にならないという選択肢を取ればその時点で全ての計画が泡沫に帰す。そうすれば──」

「この繰り返しが終わる、と? はっはっは、なんだ、セリムの奴。何も教えておらんのか」

「……まさか、やったんですか?」

「無論だ。父は何度も何度も配役を変えた。私が大総統にならなかったこともあれば、もっと激しい独裁政治を敷いたこともあった。他国への戦争を激しくすることも、逆にもっと攻め込まれるような振る舞いも」

 

 そこで言葉を一度切って。

 

「──全て、徒労だった。何百と繰り返したこの配役の入れ替えの中で、最終的に辿り着いたのは一度目と同じ配役。即ち国土錬成陣を敷き、エドワード・エルリック達と敵対関係を築き、そして敗れる。この条件が最も大きな変化を生む。""次""の繰り返しにな」

「次……」

「ゆえに前回は一度目とほとんど同じだったよ。先述したショウ・タッカーの件や殺人鬼ら、軍上層部及び中央軍による実験、イシュヴァール、そしてダッドリー家などの差異は当然のように存在したが、大まかな配置は変わらなかった。そうしたらどうだ、此度君という特異点が生まれた」

「特異点。またそれですか」

「セリムから聞いていたか? とかく、そういう次第で君には期待している。君が行い、為すこと。成し得ることなどたかが知れているくせに、周囲へ齎す影響があまりに激しい。私達では波紋しか起こせない水面に、君は大波を立てることができる。此度は誰に殺される、レイゼン・M・ダッドリー。それとも一度も成し遂げていない生存を掴み取るか。なんにせよ、私達は期待せざるを得ない」

 

 ふむ。

 なら、私が言うべき言葉はこれだ。

 

「馬鹿なことをいうものですね」

「ほう」

「それ、結局次に期待しているじゃないですか。此度おかしなことがあったから、次はもっとおかしなことになるだろう、と。私とセリム様は今回での脱却を目指しています。だというのに、大総統含む人造人間(ホムンクルス)は次に期待しているのですね。なんだか失望しました」

「……此度で終わらせる。その目途が立っているのかね?」

「いいえ? 私は非才で、非力で、何も持たない女です。私から働きかけて変わることなど、せいぜいが目の前の何かくらいでしょう。ただ、私は次なんて求めていない。私が特異点だというのなら、そうであるままにこのフラスコから抜け出して見せましょう。せいぜい研究者気分でアリの巣観察キットを楽しんでいやがってください」

 

 目途は立っていないけれど、気付いたことならいくつかある。

 そして思い至ったことも。

 

「あるいは」

 

 食事を終えて、言う。

 

「あなたもまたセリム様のように私を取ってくれるというのなら、話が変わる可能性もありますよ」

 

 返事は聞かない。どうせ皮肉で返ってくるだけだろうし。

 だから私はマナー悪くガチャンと音を立てて食器を置いて、そのまま立ち上がり、大総統に背を向ける。

 

「殺すなら今がチャンスでしたね。もうこんな機会は訪れませんよ、大総統」

「食事時に帯刀する程私は愚かではない」

「軍刀がなくとも戦えるクセに。──ああ、さっき言った言葉は貴方向けではありません。どうぞお伝えください──フラスコの中の小人さんへ」

 

 あでゅー。

 

 私達の目指すハッピーエンドに、諦めた者など不要だ。

 傲慢の許婚なんだ、それくらいの傲慢は許してほしいものだけど、さて──。

 

 

 *

 

 

 応接室に戻ると、笑顔のセリムと難しい顔をしたラグスお兄様がいた。

 まぁそうだろう。突然人造人間(ホムンクルス)やら賢者の石、国土錬成陣やらと聞かされて、さらに私にも言えないようなことまで聞かされて、精神がすり減らないはずがない。

 

「レイゼン」

「なんですか、ラグスお兄様」

「お前のルーツとかいうの、今話せ」

「え」

 

 いやあの、時が来たら、で終わったと思ったんですけど。

 

「え」

「話を聞いててちょいと考えた。正直錬金術に関しちゃ門外漢も良い所だ。だが、どーにも噛み合わねえところがあるな、と思って真っ先に思いついたのがそれなんだよ」

「何故先延ばしにするのか──。言われてみれば確かに、と。父の国土錬成陣の発動を待つ必要は、果たしてあるのでしょうか。君はいつも言っていますね、レイゼン。この国に未来はないと。僕もそう思います。君が知識として国土錬成陣の事を知っていた。それを抜きにしても、この国に未来はない。だからやれることは早めにやっておいた方が対策しやすい」

「意気投合、って奴だ。レイゼン、お前の隠し事全部話せ」

 

 ……まあ。

 隠すことでも、ないか。

 

「私は以前、死にました」

「知ってる」

「いいえ、違います。レイゼン・M・ダッドリーとしてではなく、全く別の人間として死にました。自死を選びました」

「……なに?」

 

 それはどこまでも無責任で、どこまでも脆い、満足した人生の話。

 

「一度、命を救ってもらったことがあったんです。その人の命と引き換えに」

 

 よくある話。

 信号無視をした自動車から、私を突き飛ばすことでその命を救ってくれた、名前も覚えていない誰かの話。

 

 ただ問題は、その誰かが少しばかり有名な人で。

 彼の献身的な行動は世間に高く評価され、そして彼に命を救われた少女として、私は少しだけ有名人になった。

 

 要らなかった。重荷だった。

 救われたのだから、彼がその後成し得ただろう偉業の数々を肩代わりしないといけない──そんな目線と期待。彼の命を踏み台にして生き延びたのだから、彼の代わりにならないといけない呪縛。

 無理です。要りません。

 良い人生でした。何事も成せず、何も残せず、何も作り出せなかった凡庸な人生。満足の行く人生でした。

 

 だから、満足したので、重荷は要らなくなって。

 

「自分の命ごと、捨てることにしました。捨て方については思う所ありますよ。もう少し人に迷惑をかけない方法でやればよかったな、と」

 

 高い所から、頭から行くのが。

 一番あっさり死ねると思ったから、飛び降りを選んだ。足から行くと生き延びてしまう可能性があると知っていたから、痛みも感じなくなるよう脳を潰すことにした。

 理由はただそれだけ。だけどすぐに異変を察知してしまった人がいて、その人がすぐに救急車を呼んでしまって、明らかに、誰がどう見ても助からない私を、救急隊員は必死の形相で助けようとしてしまって。

 

 徒労です。

 そして、ごめんなさい。本当に。ご迷惑をおかけしました。

 

「この程度が私のルーツです。重荷を背負うのはもう散々です。期待を向けられるのはもうこりごりです。誰かと重ねられるのはほとほと疲れてしまいました」

 

 今、この現状。

 誰かの命がこの双肩に乗っていて、特異点なんていう期待を一身に集めていて、""前""のレイゼン・M・ダッドリーと重ねられ続けて。

 

「申し訳ありません。ハッピーエンドを目指したい、なんて大層な意思、実はほとんどないんです。ただセリム様の好意が伝わりましたから、それに報いるくらいはしようかな、なんて思っているだけの薄っぺらい人間です。先程大総統にも啖呵を切ってきましたが、あれはほとんど自分へ向けた言葉ですね」

 

 結局私は、「セリム・ブラッドレイの許婚」であり続ける道を選んだ。

 そんなに家出したいならすればいい。そんなに勘当されたいならされることをすればいい。楽な方に流されて、レールの上であることを享受した私に、大総統をどうこう言う資格はない。

 

 レイゼン・M・ダッドリー。

 彼女はさぞかし高潔な人間だったのだろう。セリムの正体も知らないままに、けれど守ると誓って退かなかった彼女。私も同じ途を辿る予定ではあるけれど、彼女ほど高潔な動機じゃあない。

 

 守られるのが嫌だから、守る。

 気遣われるのが嫌だから、守る。

 重荷を背負いたくないから、意思を曲げない。

 

 私は、ただ、それだけの。

 ──非才で非力な、有象無象。

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