セリム・ブラッドレイの許婚   作:クラレントブラッドブラッドレイ

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ない袖は振れない

 非力である。

 おかしなことに、どれほどの鍛錬を積んでも非力は変わらなかった。筋肉が着き難い体質という奴らしく、医者にも「無理な運動をすると筋肉が着くより先に骨が歪みますよ」とまで言われる程。

 非力である。

 アメストリスの剣は重い。構造上「斬る」というより「叩き斬る」事に特化した剣で、だから耐久性能に富んでいる。無論キング・ブラッドレイの扱う軍刀においては斬撃特化だから一概に全部そうとは言わないけれど、少なくともダッドリー家の剣は重かった。

 非力である。

 世界情勢的にも銃が主力武器になりつつあるこの世界において、剣はあくまでサブ武器扱いだ。そんな世界で「銃を相手に剣で勝てる家系」なのがダッドリー家。とあればその剣は子に継がれ行くものにして、政治的にも最大の武器となる。国家錬金術師を擁さないダッドリー家にとって、それはプライドであり家訓。

 即ち強く在れ──。

 私に最も縁遠い言葉だ。

 

「レイゼン。まだ剣を諦めていないのか」

「……申し訳ありません、お爺様。手放せと命を受けていたにもかかわらず」

「謝る必要はない。……剣は好きか、レイゼン」

「わかりません。ただ、私の知る限り、この世で最も強い人間は剣を使います。……強く在れ。誰よりも強く在れ。ダッドリー家の家訓がそういうのならば、私は剣で強くならなければならないと」

「正直に言おう。包み隠さず言おう。レイゼン、お前に剣は無理だ。お前には才能がない。お前と剣は相性が悪すぎる。儂は数多くの剣士を育てて来たが──お前だけは育てられぬ。非才ここに極まれり、じゃ」

 

 それは幼少の頃の記憶。

 今だって十分幼少だけど、そうもはっきりと孫娘に突き付ける祖父も中々珍しかろう。

 だけど、それを聞いて、その日から私は剣を持たなくなった。

 少なくとも家族の前で、ダッドリー家の敷地内で剣を持つことをやめた。

 

「聞きましたよレイゼン。お父さん相手に善戦したとか」

「していたら、今頃軍人になっていますよ、セリム様」

「あはは、それは違いありませんね。……余計なことをしました。謝罪します」

 

 ぺこりと頭を下げるセリム。意外さから素っ頓狂な顔をしてしまうのはハガレンファンなら誰だってそうだろう。セリムは、というかプライドはまぁ慇懃無礼なところがあるから謝ること自体は不思議ではないけれど、その相手が人間の子供というのは──無理がある。

 本当に。

 本当に考えが読めない。理解できない。

 

「大総統に何を聞いたのですか?」

「剣を渡した君が、死すら厭わぬ覚悟で突っ込んできたと。軽い打ち合いに命をかける……ダッドリー家とはそういうものだと、僕はしっかりと把握できていなかった。君を危険に晒すつもりはなかったんです。信じてください……とは言いません。ただ、謝罪を」

 

 どうした人造人間(ホムンクルス)。妄言の病にでもかかったか。

 何をどうしたらそんなコミュニケーションエラーが起きる。もしかして誰か誇張表現を使う奴を間に挟んでいるのか。エンヴィーとか。

 

「レイゼン。君は危険なことをする必要はありません。僕が守りますから」

「……セリム様は、剣を扱うのですか?」

「いえ、持ったこともありませんね」

「ならば無理でしょう。私を守るというのならば、少なくとも最底辺にいる私を越えるほどの担い手でなければ」

 

 プライドが守る、というのなら話は違うけど。

 セリムが私を守る、というのは無理だ。命の優先度的にも。もしボディガードのいない状態で、私とセリムだけの状態で、彼が暴漢に襲われたら……彼の正体を知っていても、私は身を挺すだろう。

 一度目の生には満足している。二度目の生は、遅かれ早かれ死んだ方がいい。何せ賢者の石になる、というのは酷い苦痛らしいから。

 

「ふむ。なら、僕も剣を習いますか」

「ご冗談を。セリム様に剣を教えられる剣術家など、それこそ大総統くらいのものでしょう。ですが、あなたが剣を習いたいと言えば、夫人の気が気でなくなってしまうのでは?」

「母の気質を良く知っていますね。……ではこうしましょう」

「私がセリム様に教える、というのは不可能です。私は剣を授かっていませんので」

「そうですか。最適解だと思ったのですが」

 

 私の剣は我流だ。

 正確にはアニメのOPであるホログラムで大総統とシン組が戦っていた時のシーンを参考にしている。大総統の死角に回り続けること、休ませずに攻撃をし続けること、使えるものは何でも使うこと、それは武器も足場もあらゆるものを。

 もう一つは合成獣の皆さんだ。私は非力だから、叩き斬ったり殴ったりは向いていない。だけど引っかけたり重力を使ったり、「そうなるしかないもの」については有効に使える自信がある。

 

 あとは少量の錬金術。

 

 アメストリス式剣術なんて欠片も汲んでいないこの剣を、誰かに教える、など。

 

「……レイゼン。次の休日、何か予定はありますか?」

「特にはありません。日々の鍛錬と勉学の復習、予習をしようとしていたくらいです」

「それは良かった。君に会わせたい人がいます。僕に付き合ってくれませんか?」

「はあ。お爺様の許可を取ってからなら、いいですよ。忘れがちですが、私達は子供ですから。外出には保護者の許可が必要です。同伴者は……セリム様のSPがいますか」

「お父さんがついてきますから、問題ありませんよ」

「忙しいのでは」

「休暇も必要でしょう、彼にも」

 

 ……意図が読めない。が、断る理由もない。

 誘拐して煮て焼いて食うのなら、まぁ好きにすればいい。

 

 

 

 

 

 それで。

 

「で、なんだよ兄ちゃん。随分と久しぶりに会ったかと思えば、ケンカを教えて欲しいっつーのは……なんだ、なんでだ」

「この場で兄と呼ぶのはやめてください。彼女が混乱します」

「あー……っと。……誰だ、あの嬢ちゃんは。あとなんでこの国のトップがこんなとこにいやがる」

「僕のお父さんだからですよ。保護者枠です。そして彼女は僕の婚約者です」

「婚約者ァ?」

「親同士が決めたただの許婚です。セリム様の妄言を真に受けないでください」

 

 それで──デビルズネストなう。

 いやいや。いやいやいや。

 君達殺し殺され合う関係なのでは。特にグリードと大総統はそれはもう殺し合う関係じゃんか。父の胎から生まれて離反した強欲と、自らが誰かもわからない憤怒のアツい戦いの関係じゃん。

 なんでこの時期に会っちゃってるの。

 

「レイゼン。確かに僕は剣を持てません。ただ、それで君より弱いと思われるのは癪だ。今よりこの男を倒しますから、それで僕を認めてくださいませんか」

「つまりセリム様は、他人に迷惑をかけて証明する強さで私を守ると言いたいわけですね」

「む……」

「……ほーぉ? なんだよ兄ちゃん、いやセリム坊ちゃんとでも呼んでやろうか? お前、この嬢ちゃんにホの字なわけだ。はぁ、はははぁ、あのセリム坊ちゃんがねぇ。人……人? っつーのは変わるもんなんだなぁ」

「あんまり茶化していると食べますよ、グリード」

「おー怖」

 

 幻覚ではない。幻聴でもない。

 ちゃんと彼らは人造人間(ホムンクルス)だ。フラスコの中の小人から出でし人外。だけどなんでこんなに仲が良い。私の知る限りでは、お父様から離反したグリードとお父様を信仰していると言って過言ではないプライドでは犬猿の仲みたいなアレソレだったはずなんだけど。

 

「大総統。私は何を見せられているのでしょうか」

「セリムも思春期、ということだ。申し訳ないが、見届けてやってくれはしないかね」

「それはまぁ、構いませんが。……もしかしてセリム様、素手であの方と殴り合うおつもりですか?」

「剣は無理と言われた以上、そうだろうな」

 

 いやいや。

 セリム・ブラッドレイの容器が頑丈だからって無理があるだろう。

 何よりそれを私に見せて良いのか。

 

 グリードはグリードで「やりづれぇが、まぁ」みたいな雰囲気を出しながら既に拳を振り被っている。硬化はしていないようだけど、普通に体格差でセリムがぶっ飛ぶ未来しか見えない。仮にぶっ飛ばなかったら逆に問題だ。一般人たる私がセリムの異常性に気付いてしまう。

 まさかそれが狙いか。私が気付いているのではないか、という疑いを真にするための一芝居なのか。

 

 なら。

 

「──お?」

 

 受け止める。

 振り下ろされた拳を、剣で。

 重い一撃だ。体格差、体重。何より殴り慣れている者の拳。

 

「セリム様を殴るのであれば、まず私を殺してからです」

「いや、あー、女を殴る趣味は、っつぅか子供をそう嬉々として殴る趣味は無ぇんだが」

「レイゼン。これは僕の君へのアピールです。君が出てきては意味がないでしょう」

「そうですか。では邪魔なので引っ込んでいてください、セリム様」

 

 四足の構え。

 背後、クツクツと笑う声が「な、やめなさいラース、私の邪魔をするつもりですか!」とか言ってるセリムを引っ張っていったのが聞こえる。

 

「セリム坊っちゃんの暴走は父親によって止められた。嬢ちゃんはセリム坊っちゃんを守ることができた……じゃ、ダメか?」

「ダメですね。この辺りでアピールしておくべきだと判断しました」

「嬢ちゃんが強いことを、か?」

「いえ。セリム様が無理をすると、私が怪我をする、ということをです。できれば死にたくないのでいい感じにボコボコにしてください、大男さん」

「雑な注文が過ぎるが……がっはっは、いいぜ。が、その前に。名乗りくらいはしておこうか。俺様はグリード。一応セリム坊っちゃんの縁者……つぅか、知り合いだ」

「ありがとうございます。私はレイゼン・M・ダッドリー。ダッドリー家が長女です。あとセリム様の許婚」

「ついでかよ。アイツも浮かばれねえな」

「行きます」

 

 行く。

 

 まずはお得意の鞘投げ。大総統戦でも使ったこれは、謂わばミスディレクションだ。鞘自体に仕掛けがあるか、鞘をやみくもに投げたか。なんにせよ鞘に集中して、その陰にいる私を見逃す。

 ──というのは一般人と眼帯している相手専用の戦術。その気になれば全身硬化も可能なグリードが鞘の一本を気にするはずがない。

 

 なのでこの鞘は本命である。

 

「なん──」

 

 パァン、と銃声が鳴る。

 鞘から。

 

 思わず、と言った様子で身体を強張らせるグリードの股下をスライディングで通り抜け、逆手に持った剣でその背中を斬りつける。

 それはけれど、彼が上体を前屈みにしたことで避けられた。

 股下から顔を覗かせるグリード。

 

「っぶねぇなぁ嬢ちゃん。相手が俺じゃなかったら普通に重傷だっただろ」

「この程度は避けられると思って本気で斬りました。真剣です」

「ヒュウ、いいねぇ。頭のネジが外れてる系だ。鞘に仕込んだ爆竹で俺様を動揺させて、一歩でも後ろに下がってたら斬られてた、と。がっはっは、ガキんちょのクセにえげつない攻撃すんじゃねえか」

「さて、しかし勘違いです、グリードさん。──鞘に仕込んであるのは爆竹だけではありません」

 

 あん? と振り返ったグリードの背に入れた一撃は、ノールックで掴まれる。

 

「不意打ち上等なのも気に入った。セリム坊っちゃんの許婚なんていうから上品気取った貴族連中かと思えば、どっちかっつーと俺様達寄りだなコリャ」

「格上相手に正々堂々とか、頭の沸いた正義漢しかやりませんよ」

 

 ぱひゅう、なんて間の抜けた音がして、鞘が回転を始める。簡単に言えばねずみ花火だけど、簡単に言わなかったら突然動き出した奇怪な鞘だ。

 その鞘が描くのは円。鞘自体の素材はアンチモン。ねずみ花火の火は獅子を、アンチモンは狼を表し、それらが円の中をぐるりと動く。

 

「だがタネが割れちまえばそれで終わりだ。嬢ちゃん、時には正々堂々真正面からぶん殴る、っつーのも必要なんだよ」

「それができたら苦労はしませんよ。見ての通り私は非力。故にズルをしないと誰かを守るなんて夢のまた夢なんです」

「ズル?」

「はい。つまり」

 

 手を地面に這わす。

 思念を送って発動させるその錬金術は、酷く簡易的なもの。獅子()(金属)が追って駆け回れば、それは錬金術の意味において「金の純化」を表す。炎色反応が引き起こされ、美しい彩りが世界を包む。使っている素材がアンチモンなので淡青色になってしまうけど、炎は炎だ。

 

「お?」

「そしてこっちに獅子の描かれた棒~」

 

 錬金術というのは酷く曖昧なもので、一つの記号からいろんな意味を取り出せる。獅子は強いイメージから、火だの太陽だの単純に強さだの。

 だからあっちで火扱いした獅子も、こっちの棒では太陽扱いできる。

 太陽の生る樹は「金を得るための薬」として表され──それを拡大解釈すると、「あっちにある金をこっちに引き寄せる」という意味合いが取り出せる。

 

 が、この世界の錬金術には円がファクターとして必要である。

 あっちに要素があろうとこっちに要素があろうと、円というファクターがなければなーんの効果も起こらない。

 円が無ければ、だ。

 

「あー、俺様はコレどういう反応すりゃいいんだ」

「何もしなくていいですよ。もう仕込みは終わりましたから」

「……がはは、俺様も錬金術ってのに詳しいわけじゃねぇが、これで俺様が振り向けば()()()()()んだろ?」

「詳しいじゃないですか。はい、その通りです。あなたは大柄な男性なので、踵を返すだけで円ができます」

「良いのかよ、手の内バラしちまって」

「問題ありません。仕込みは終わったと言いました。そも、私は別に錬金術をメインで使うスタイルではありませんから」

 

 獅子の描かれた棒を地面に刺す。

 

 で、離れる。

 

「これが私の精一杯です。あなたが超人的な身体能力で跳躍するか、倒れ込むでもしないとダメです」

「その他の行動を取るとどうなるんだ?」

「鞘とこの棒があなたに引っ付きます。ただそれだけですが、嫌でしょう」

「……がっはっは! 嬢ちゃん、実は俺様に勝てる未来見えて無えだろ」

「何を当然なことを。私みたいな少女があなたに勝てるわけがないじゃないですか。私は非力。ゆえに私にできることは時間稼ぎのみ。銃に勝る剣であるダッドリーは突撃の役目を持ちますが、それを授からぬ私の役割は要人の盾であること。──セリム様の許婚とは、そういうことだと私は考えています」

 

 人造人間(ホムンクルス)的に私の利用価値が何かあるとするならば、公然の場で、つまりプライドが能力を使えない、という前提でセリムを守る盾となるもの。

 それがダッドリーの剣を持たぬ私のレゾンデートル。

 

「……ちっと悲観が過ぎる気もするが、その辺のケアは兄ちゃんの役目かね。んじゃ」

 

 ぐい、と。

 胸倉を掴まれた。あ。

 

 それで──投げられる。

 

「受け身は取れるよな?」

「のみならず、です」

 

 掴んで投げる。

 円運動だ。だから錬金術は発動する。青い錬成反応が迸り──。

 

「テ゛ッ!?」

 

 ちゃんと受け身を取りつつ、効果があったことを確認する。

 

 

 ねずみ花火が獅子の描かれた棒にくっつくだけの錬金術、なんてものを実用するわけがない。

 アレから取り出したのは「金属」と「火花」。それを拡大解釈して──静電気、である。

 

 雷撃とかは取り出せない。少なくともこんな稚拙な錬成陣からは発生させられない。あと私の技量が底辺なので無理。ない袖は振れない。

 これを取り出せるなら私は国家錬金術師になっている。アレらは想像力の天才というか、多分なんか頭がおかしい。

 

「さて、グリードさん。投げられて一つ、私の錬金術で一つ。この辺りでお相子にしておきましょうか。そろそろブラッドレイ大総統とセリム様が間に入ってきそうなので」

「……あー、まぁいいがよ。なんだったんだよこの時間はよ」

「なんだったかと問われたら、私がセリム様の肉盾であるというアピールタイムでしょうね」

 

 言えばグリードは、後頭部をガシガシと掻いて。

 

「おい兄ちゃん。マジでマジなら、ちゃんと誤解を解いておけよ。こういう手合いは真正面から言わねえと気付いてくれねえぞ」

「……うるさいですね。それに、ちゃんと言っていますよ。真正面から。好いていて守りたいと、何度も何度も」

「これでこの態度かよ。前途多難っつぅか、オマエも苦労してんのな」

「グリードの分際で同情とは。あまり調子に乗っていると食べますよ」

「おー怖。で? さっきチラっと聞こえたが、アンタがラースなのか。どうだよ、親父殿の調子は」

「今話すことではないが、すこぶる調子は良い。そんなに気になるのなら顔を出せばよいだろう。別に仲を違えているわけでもないのだから」

 

 え。

 そうなの。

 

「……がっはっは。まぁだ機じゃねぇな、そりゃ。それよか兄ちゃんの恋路の方が気になるぜ俺様は。逐一手紙をくれよ」

「構わんよ。この鉄よりも硬いご令嬢の意思をセリムが溶かせるかどうか。今私達の間で最もHOTなコンテンツなのだ」

「本気で食べますよあなた達」

 

 おかしい。

 本格的に、何もかもがおかしい。

 

 なんで。

 

 なんで、こんなに皆──仲が良いんだ?

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