セリム・ブラッドレイの許婚 作:クラレントブラッドブラッドレイ
当然のことではある、とは思っているけれど、同時にやっぱりどこかやるせないというか、そっかぁ、みたいな気持ちがあるのも事実。
──あの日の買い出しだけではなく、その後に二、三度とあった会合、その全てに私は出席させてもらえなかった。勿論結果は伝えますよ、とのことだけど、それが回ってきていないあたりまだ話の決着はついていないのだろう。
原作屈指の天才が集まっていて、原作屈指の戦闘能力を持つ者が集まっていて、それでもまだ、というのは。
答えが出ないのか。
あるいは、答えがまとまらないのか。
互いが互いに望み合う結果というものがあるはずだ。アルフォンスは「それでも前へ」というようなスタンスだったけれど、イシュヴァール組は違うかもしれない。イシュヴァラの教義に反することになっても一族の再興を、と願うかもしれない。
ラグスお兄様やセリムが別の望みを言っているかもしれない。
全て推測だけど、全て──関与できないことだ。
だって私に、力がない。
剣を振る。
お爺様から頂いたダッドリーの剣。小ぶりで、今まで振っていた木刀とは重みもリーチも違い過ぎるから、完全にイチからの修行だ。お母様に教わっている剣は元の剣に近い大きさなのでそっちがなまることはないけれど、こっちは今までよりもっともっと独学。
懐刀をメインで扱う人なんていないだろうから誰かに師事するのも難しい。
でも、それが楽しくはあった。
会議に参加させてもらえない鬱憤を晴らす気持ちももちろんあったけど、ダッドリーの剣を振るっているというのが楽しい。言葉遊びに過ぎないのは重々承知しているけれど、こう──充実感、みたいなものが。
「それで、何用ですか。人がせっかく久方ぶりの充実感を得ている時に無粋な」
「なに、誰も彼もが話し合いに夢中で、暇をしているようだ、と思ってな」
「言っての通り、そして見ての通り修行に忙しいんですよこっちは。冷やかし目的なら話しかけずにそこで座していてください」
「
胡乱に。
首だけ、そっちを見る。声でわかっていたけれど。
「貴方の得物は軍刀でしょう。刃渡りが違い過ぎます」
「無論、剣を打ち合わせても意味は無かろう。お前と私では勝負にさえならんことは以前に探り合いでわかっておる。ただ──」
──咄嗟に剣を右に振って、その勢いで足裏の錬成陣と共に退──かずに、姿勢を低く突っ込む!
「!?」
「ふっふっふ、どうしたのかね?」
いない。
いや、当然だ。だって声がしたのは左側だったのだから。さしもの彼とは言えど、一秒に満たぬ間に移動するのは"最速"に数えられてしまう。
じゃあなぜ、私は今剣を右に振った。右に踏み込んだ。
「何度か言っていただろう。殺気を感じ取ったことがないと。今のがそうだ」
「……セリム様ですか」
「なんだ、アレのこととなると突然察しが良くなるな。まぁそういうことだ。"忙しくて手が空かないから彼女の手伝いをしろ"と長兄命令でな。末弟としては渋々にでも従うしかない」
「先日の意趣返しも含まれているように感じました」
「そんなことはない。年端も行かぬ娘子の言に精神を揺らがせるほど私は子供ではない」
「そうですか。では稽古、ありがたく受けさせていただきます。──ですが、最後に一つだけ質問があります」
「なにかね?」
それは勿論防がれたけど、意図は伝わったらしい。
「無論だ。お前の全てを以て私に挑むと良い、レイゼン・M・ダッドリー」
「わかりました。死ぬ気で行きます、大総統」
気を遣われているのはわかる。
だけどそれなら、私の口に猿轡をしてでもいいから会議に参加させてほしかった。知らないところで話が動いていることを知っている、というのは──怖いから。
セリム。これは自惚れた発言であると自覚した上で述べるけれど。
疑似倦怠期実験。疑似じゃなくなっちゃうよ。
上段からの切り下げと、その背後からの切り上げ。
その挟み撃ちを大総統はバク宙の一つで躱し切る。直後、私の首が落ちる。
「ほう」
「成程、面白いですね。これが殺気ですか──これは、これは」
私が突然成長した、とは思えない。
だから、大総統の驚異的な技術とかそんなんで私に殺気を叩きつけているのだろう。セリムも言っていたけれど、私も無意識ながら殺気というのを出しているらしいし。
それは存在する。気配と同じように、ファンタジーなものではない。ある意味気配と同じだ。音や動作で、相手に死を予測させる──予測させて竦ませたり、退かせたりする技術。
落ちた首にももがれた腕にも貫かれた腹にも一切の気を留めず、大総統の眼帯のある方へ常に位置取り続けながら、時折斬撃を放つ。
「怖くはないのかね?」
「生憎と。殺されることに怯えを持つようなら、私は死んでいませんよ」
「はっはっは、言い得て妙だな」
勘違いは存在する。彼視点ではレイゼン・M・ダッドリーという女性の死に様が脳裏に浮かんでいるのだろう。私が言っているのは前世の話だ。だけどまぁ、そこの答え合わせなど必要はない。
此度、私は左手に鞘を持っていない。ダッドリーの剣で戦っているからだ。
対し大総統は無手。というか手を使う気はないらしい。足捌きだけで私の攻撃を全て避けている。流石は最強の眼。さっきから"見えないところからの攻撃"も織り交ぜているというのに、その全てを躱される。
左親指の腹を噛んで、血を流す。いつもなら鞘の炭を使うんだけど、今回はそれが無いから、インクは血が最適だ。
直後、口の中も噛んで血を出して、口腔に溜めていく。
「ッ!」
左目に鋭い痛み。いいや、気のせいだ。今までの怪我は全て殺気。私の首は存在するし、私の腕は繋がっているし、私の腹に風穴は空いていない。ゆえにこの目もまだ見えている。
一応家格のある家の令嬢としてはしたないことは勿論承知で、口に溜めた血を大総統へと吐き出す。そんなもの簡単に避けられるけれど、避けられる前提の攻撃なんだから問題ない。
「む」
錬成が起こる。
吐き出した血はあらかじめ錬成されていた受け皿に入り、その受け皿が錬成陣となる。起きる錬成は酷く簡易な円柱の押し出し。同時、左手で描いた錬成陣からも同じものが飛び出る。さらに斬撃。袈裟懸けの振り下ろし。三方向からの全く同時な攻撃に、大総統は──。
ようやく剣を、抜いた。
「これでも止まらぬか」
「当然です。剣を抜いたからといって攻撃を止める死兵がどこにいますか」
「お前は死兵なのかね?」
それさえも錯覚だ。帯剣しているその柄に手がミリ単位で動くのが見えたから、抜いたような気がしただけ。まだ大総統は何も武装していない。
そして私の三方向同時攻撃は、斬撃が首を傾ける程度、円柱がその両方に足を置く、なんて方法で抜け出された。
やっぱりスパイクにした方が良いのはわかっているんだけど、咄嗟に描く錬成陣で円錐を作るほどの演算能力は私には無い。
して。
「──っ、は、っは……っは」
「一連の動作、その全てが無呼吸。息が上がるのも当然だろう」
「生憎と、非才の身……集中するにはトリガーが必要です。……二つの錬成陣を同時起動させる、なんて荒業、極度の集中が無ければ行えません」
「それで敵に攻撃の隙を与えていたら本末転倒ではないかね」
「仰る、通りです……!」
やはり正攻法じゃどうにもならない。これ全部不意打ちだけど、私の中では正攻法の部類だ。
──奇を衒わなければ、最強に挑んでいる意味がない。
集中する。
殺気はもうわかった。だからもう気にしなくていい。仮にそれが殺気に見せかけた本命の攻撃であったとしても、私には止まる必要がない。ああそうだ、初めから気にしなくていいものだったんだ。
意識から意識的に除外する。
一つ、恐怖という感情を削ぐ。死に怯えないなどと吐いたけれど、勿論そんなことはない。死にたがりだとか、剣術家と戦って死にたいだとか常言っているし言われているけれど、痛みを恐れない程私は終わっていない。狂っていない。
だから、捨てる。
「精神統一の時間など、実践では与えられぬ」
「構いません。この隙に敵が攻撃してきた場合の対抗策も案じてあります」
「ということは、わざわざ集中してまでやる価値のあることをすると?」
「はい」
これは、まぁ。
私の必殺技、みたいなものだ。新しい得物でやるべきではないのはわかっているけれど、そこは気持ちの問題。
小さく短いダッドリーの剣を両手で持ち、本来剣道などで使う持ち方で、けれど刃先を逆にして構える。
まるで対戦車ライフルなんかを構えているみたいな持ち方で。
そして──前に倒れる。
倒れ、剣を地面に差して、左手の錬成陣を発動。瞬間起きるのは破壊。
当然それだけに終わらない。そのまま前転し、刃を抜いて。
一切動じない大総統へ、ダッドリーの剣を射出する。
左手を砲身に、右手を爆薬に。担ぎ桶と同じ感じだと思って貰えればいい。
「!」
一瞬だった。
一瞬、大総統が首を逸らして、それで終わり。
──彼の頬に一筋の赤があるのを見て、私は内心ガッツポーズ。
そのままドサっと地面に崩れ落ちる。
「……避けきったつもりだったのだが、ふっふっふ、私もとうとう平和ボケしたか」
「人間の……反応速度を、超過していますから、ね……ふふん、まさかお爺様も、あれだけの重みをもって授け、あれだけの重みをもって私が受け取った……ダッドリーの剣を、銃弾扱いするとは思っていないでしょう」
呼吸を整えて、立ち上がる。
「銃に打ち勝つ剣術、でしたか。なら剣を銃弾にして打ち出す剣術と、どっちが強いんでしょうかね……!」
「無論前者だろう。剣を打ち出してしまえば最後、無手となるのだから」
ド正論である。
私にはいっぱい入る宝物庫とかあらゆる偽物を作れる魔術とかないので、一回限りの大技。そして避けられたら終わりだし、仮に直撃しても致命傷に至るかどうか微妙と来た。
ただ、私に出せる最大威力であるのは間違いない。対人相手に成功したのはこれが初めて。危なすぎてお母様には使えなかったから。
そして。
「大総統」
「なにかね」
「降参です。──使い切りました」
精神力、とでもいうべきものを。集中力でもいいけど。
無理に立ち上がったけど、やっぱり無理だ。
自身を回転させながら射出方向と射出威力を演算し、戦いながら描いた掌の錬成陣で超密度の圧縮空気弾を錬成、それにより剣を射出、といった具合の錬金術だけど、こんなの何回もやってたら頭が焼き切れる。
何より。
「……怒られるのは私なのだが、そこの所何か言うことはあるかね?」
「セリム様に口添えしておきます。私が暴走しましたと」
「いつものことだろうに……」
これは本当に当然の話なんだけど、手を砲身と撃鉄に使うのだから、当然当然当然、手がやられる。左手は激しい裂傷、右手は骨にまでダメージ。
一回限りの大技ということもあって、これの使用後は手まで使えなくなるというリスクの方が大きい仕組み。
ただまぁ、このままだとダッドリー家が心配するので、足で陣を描き、そこに手を置く。
「……錬丹術か」
「あ、はい。やっぱり知っているんですね」
「詳細を知る機会には未だ恵まれていないがな」
他人の怪我はまだ全然わからないけれど、自分の身体ならある程度治せるようになってきたのは大きいと思う。
集中力が保たないので今日はこれでおしまいだけど、ホントのホントの死地になったら、文字通り死ぬまで戦い続けられる。殺さなければ何度だって蘇って立ちはだかってやる。
……なんでまたセリムの盾としてエドワード陣営と対峙する想定をしているんだ。仲間仲間。
「ほれ」
からんころん、と投げ渡されたのは、お爺様に貰った剣。
流石というべきか、刃こぼれはしていない。まぁ地面が土なのと、直前に地面を破壊していたのも大きいだろう。これがコンクリートとか鉄とかだったら危険そうだから、今度使う時は替えが利く奴にするか。
「ああ、大総統。申し訳ありませんが私はまだ他人の傷を癒せるほどの学がないので」
「構わんよ。むしろ稽古でお前に傷を負わされたと知れば、プライドの機嫌も良くなるだろう」
「想像できる……」
へぇ、とか言って、「そうですか。そうですか」からの「それは、良い成長ですね」とか。
よし。
グーパーグーパーして、完治を確認する。
「大総統、最後に一ついいでしょうか」
「構わん」
「殺気を感じ取ることについては理解できました。ですが放出の仕方がわかりません。私は無意識にそれを出してしまっているようですが、仮に暗殺……もとい不意打ちを選ぶ場合、殺気が漏れてしまうのは良くないと思います。どのようにすれば殺気を抑えることができますか?」
「……そのうちわかる」
「ええっ」
「一つヒントを与えるのなら、そうだな。先程私がお前に声をかけてから、今に至るまで。──その間、一度たりともお前から発せられた殺気が途切れたことはない」
えっ。
え、そんなに? 私、あれ? 殺意の波動に目覚めたとかしてる?
「そうだな、もし私が本当に刀を抜き、斬りかかろうとしたら、お前はどうするかね?」
「迎え撃ちます。たとえ無駄な足掻きでも、せめて体力だけでも削って散ります」
「……では、ダッドリー中将が同じことを行った場合は?」
「同じです。無抵抗に殺される気はありません」
「うむ、それだ」
「何がですか」
「これ以上は自分で考えたまえ」
自分で考えて答えが出なかったから聞いてるんですけど。
……殺気に関してなら、ダッドリーの剣関係ないからお爺様やお母様に聞いてみるのもいいかもしれない。エイアグラムお兄様は今勉強中だし、ラグスお兄様は……会議中だし。
「では、今日はお忙しいところありがとうございました。今度からは断ってくださって大丈夫ですよ。セリム様には私から言っておきますので」
「それは助かるが、君の言葉をアレが聞くのかね?」
「さぁ? 言っておくだけです」
「そうか。期待しないでおこう」
私は別に、私を愛してくれているからと言って、私の言葉全てを飲んでくれる、なんて思い上がりはしていない。
セリムにはセリムの考えがある。その気遣いが私と衝突しているとしても、彼は我を通すだろう。だって
だから、言っておくだけだ。
効力なんか私の知る所ではない。
「私の心の安らぎはどこに求めればいいのかね?」
「奥さんに泣き付いたらどうですか? まぁ夫人のことですから、一蹴されそうですけど」
ああ、でも。
「もし次、またセリム様が無茶振りして私を育成しろ、とか言ってきた場合、来るだけ来てのんびりしていても構いませんよ。私は私なりの修行法がありますので。もしバレるのが怖いなら、時折腕とか足とかにちょっぴり傷を付けて帰るだけでいいんじゃないですか」
「はぁ。アレにその程度の偽装工作が通じると思っている時点で……いや、これ以上は話にならんな。それでは、一層励むように」
「はい。改めまして、今日はありがとうございました」
──苦労人だなぁ。
それはそれとして楽しんでいる気配は伝わってくるけど。
……もう少し素振りをしてから終わりにしよう。