セリム・ブラッドレイの許婚   作:クラレントブラッドブラッドレイ

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開いた口が塞がらない

 それは1912年も半ばに入って来た頃合いのこと。

 覚えのある気配に振り向けば、そこに一羽の鳥がいた。

 

「あのさぁ」

 

 鳥は何を繕うでもなく普通に言葉を発する。

 

「なんでそんな焦ってるのか知らないけど──」

 

 鳥は。

 にやぁ、と嫌な笑みを浮かべて、言う。

 

「マスタング大佐のクーデターは、もうずいぶんと前から起こってないよ?」

 

 そんな、ことを。

 

 

 

 

 そもそも──マスタング大佐のクーデター。つまりエドワード陣営の一斉蜂起且つ最終決戦への雪崩れ込みは、不意打ちだから成功した部分が大きい。意図せぬブリッグズ兵。意図せぬマスタング隊の集結。シンの精鋭にグリード。

 それらがあらかじめ対策されていたのなら、そしてそれを、対策されていることまで知っているのなら、決行に移すような愚鈍さは見せない。

 

「なんならマース・ヒューズも殺してないんだ。ロイ・マスタングが憤怒に燃えることも無ければ、ジャン・ハボックの下半身不随さえない。あいつらが俺達に向けてくる殺意の芽は国土錬成陣だけ。それじゃあクーデターなんか起こさないさ。そんなこともわからないワケ?」

「クーデターが起ころうと戦争が起ころうと殺し合いが起ころうと、私のやることは変わりませんが」

「でもサ、それって無駄なドリョクって奴じゃない? アンタはプライドの奴に惚れられてんだからサ、それだけでいいじゃんか。ありゃ俺達から見てもバケモンだよ? 攻守ともに隙が無くて、範囲も硬さも文字通り桁違い。そんなナイト様がいて何が不満なのさ」

 

 何を言うかと思えば。

 何を言われるかと思えば。

 

「努力が実ることの方が珍しいんですよ。努力が実を結び、今までの過程が報われる。そっちの方が特別なんです。私はこの通り非力で非才の身。であるならば、珍妙も特別も欲しません」

「いやいや、何言ってんだか。プライドに惚れられるってのが珍妙で特別じゃなくてなんだってのサ。つまりだ。アンタは忘れてるらしいけど、アンタが今までやってきたことが今のアンタの支えになってるわけ。何度も何度も死んで来たアンタの努力が実ってプライドが惚れてるワケ。そこんとこどー思ってんの?」

「レイゼン・M・ダッドリーが努力したのかどうかは知りません。報われたのかもわかりません。そうですね、この議論は平行線なので、話題を逸らしますが──あなた達人造人間(ホムンクルス)こそ、フラスコの中の小人の眼中にないと知っていながら、何故そうも彼を父と慕うのですか?」

 

 エンヴィー。

 彼の言う通りなのかもしれない。""前""のレイゼンが何かをした結果私がこの世界に招聘され、プライドに愛されている――あるいは本当に同一人物で、プライドの愛を得る対価として記憶を失った、とか。

 彼女と私が地続きなら、確かにそれは努力の結果なのかもしれない。

 が、至極どうでもいいことだ。

 仮に私が血反吐を吐く程の努力をしていたとしても、何も成し得ない無駄な行為をしていたのだとしても、変わらない。全ては結果だ。ゆえに過程において私が何をしようと何をしなかろうと、他人に口出しされる謂れはない。

 

「いつの話をしてんだか。家族仲は良好だってプライドとかグリードから聞いてない?」

「嫉妬の貴方が、その愛が本物でないことに気付かないとは思えませんが」

「アンタがこのエンヴィー様の何を知ってんのさ」

「生き様を」

 

 描写されたのは一部だったのかもしれない。

 だけどエンヴィーはエドワード達と関わる回数や時間が多かった分、その人となりは掴みやすかった。わかりやすかった。ある意味で原罪とも言える嫉妬──彼こそが最も「人間に焦がれる怪物」らしい行動を取る。

 人間を見下したような発言も、命を命と思わない行動も、だというのに人間の愛情や友情を理解して利用しようとする勤勉さも。

 

 人間に最も近しい心を持っていたのは強欲(グリード)だと思うけれど、人間から最も離れた姿でありながら人間にもっとも焦がれたのは嫉妬(エンヴィー)だ。色欲(ラスト)憤怒(ラース)は矜持を……傲慢(プライド)を持っていたから。

 恥知らずと誇り高きは同じ意味だ。芯の部分。根っこの部分で他人の影響を受け付けない強さこそが傲慢。受け入れ、変化を見せる柔軟さこそが嫉妬。

 知力の問題で怠惰(スロウス)暴食(グラトニー)こそそれらの色は見せなかったけれど、それ以外の人造人間(ホムンクルス)は完全にこの二つに二分されていると思う。

 

「……なぁ、アンタ」

「はい」

「それって辛くない? アンタさ、何かを知ってるみたいだけど、でもほとんどを知らないんだろ? 知りたいって思わないんだ? 人間ってのは知識欲の塊で、知らなくていいことにまで首を突っ込んで死んでいく馬鹿な種族だって思ってたけど……アンタは何かが違う」

「人並みの知識欲はありますし、私の知らないところで起きるあらゆることへの関心はありますよ」

「でも調べようとしないじゃんか」

「そんなことはありません」

「あるよ。アンタ気付いてんだろ? 今回の国土錬成陣のオカシサとか、俺達人造人間(ホムンクルス)の態度とか、""前""を覚えてる人間たちの歪さとかさ」

 

 ──……。

 まぁ。

 それは、そうだ。おかしいな、と思っていることは二つある。

 

「なんでそれを追求しない? アンタがやりたいって言えばプライドも」

「先ほどの質問に答えてください、エンヴィー。何故形だけの愛と知りながら、フラスコの中の小人を父と仰ぎ見れるのか。家族仲が良好など笑わせないでください。人造人間(ホムンクルス)同士ならばともかく、フラスコの中の小人だけはあなた達とは全くの別存在。被創造物が創造主と仲良くできるなんて幻想を私は信じません」

「……いがみ合う理由がないからだよ。お父様には嫉妬する気もわかないし、だからといって昔のグリードみたいに離反する理由もない。愛しているとか愛されていないとか、ショージキどうでもいいのサ。ただ家族だから一緒にいる。これで納得できない?」

「家族だから、ですか。何故家族だと一緒にいるのですか?」

「はぁ? そこにそれ以上の理由はないだろ。家族だからだよ。アンタだってダッドリー家にいるだろ。家族だから、以外の理由でダッドリー家にいんの?」

「末娘としての役割があるから私はダッドリー家にいます。セリム様の許婚であるから私はダッドリー家にいます。ただもし、それら役割が無くなったら──私はこの家を出るでしょうね。アメストリス自体がお先真っ暗で、居所のないこの家で。そのまま天寿を全うする、なんて道を選ぶくらいなら、そうですね、シンにでも高跳びして武術や錬丹術を学びたいです」

 

 言えば。

 エンヴィーは、呆れたような顔をして、「呆れた」と言った。

 

「つか、そうか。アンタ自分の身内にでもヘーキで刃を向ける奴だっけ。家族愛とか無いんだ」

「はい」

「即答で肯定かよ。……んで、プライドに向けるアイジョウもないって?」

「無いですね。今のところは」

「アンタさ、アイジョウって覚えたことあんの?」

「無いですね。好ましいと思うことはあれど、愛にまでは発展しません」

「うわぁ」

 

 ドン引き、という感じの顔で、「流石のエンヴィー様もドン引きだよ」というエンヴィー。

 家族愛が無いことについては、この家の仕組みと私が転生者であることが大きな要因だろう。別に虐待を受けていたわけではないけれど、放任主義に近い形で育ってきたから家族への感情が希薄。そこに他人であった記憶があるのだから殊更に。

 ダッドリーの剣という共通言語が無い私には、家族との距離感が未だにわからない。育ててくれている人、という認識はあるけれど、親とか兄とか、そういうものへの対処法が私の中に存在しない。

 

 それはまぁ、前世からではあるけれど。

 

「プライドはそれ知ってんの?」

「私からの愛がないことについてですか?」

「それもだけど、アンタがそこまで欠落してること」

「さぁ。最近は愛してくれ、と言ってくるようになったのでなんとかしようと思う自分もいますが、果たして愛というものは努力で覚えられるものなのでしょうか。無論、実を結ばずとも無駄な努力は続けますが」

「……」

 

 エンヴィーは難しい顔をする。

 どこか不機嫌。どこか不満気。鳥だというのにさっきから百面相が激しいしわかりやすい。面白い。

 

「ちょいと昔話をしようぜ。聞くだろ?」

「剣を振りながらでいいのなら」

 

 聞いてもいないのにそういう話を振ってくることあるんだな、とか考えながら。

 彼の、少しだけ長い話が始まった。

 

 

 

 レイゼン・M・ダッドリー。

 特筆すべき才能はない。敢えて特記するならダッドリーの剣を修めていることくらいで、それ以外の能力に秀でていることはなかった。要人警護の観点からセリムの護衛に抜擢され、しかしただそれだけだった女。

 彼女のオカシサが露わになったのは、彼女がセリムの護衛についてすぐのこと。

 何度目かはもうわからない繰り返しの中で、エドワード・エルリックが先手を打ったことがあったのだ。国土錬成陣作成への妨害。人造人間(ホムンクルス)の破壊。軍上層部の告発。

 あらゆることへの先手を打って、フラスコの中の小人の策略を潰さんとしたことがあった、と。

 

 仲間を多く募り、相手の策を悉く潰した。人造人間(ホムンクルス)たちは追い詰められ、身動きが取れないほどにまで包囲され、一人、また一人と国家錬金術師に殺されて行く。いや、国家錬金術師だけじゃない。一般兵やブリッグズ兵であっても、人造人間(ホムンクルス)が無限の命の持ち主ではないと知っている、あるいは教えられたから、蛮勇を勇気に変えて突貫してくる。

 グラトニーとスロウスはすぐに壊された。狡猾に逃げ回ったラストとエンヴィーも這う這うの体だった。ラースはエドワード陣営の最高戦力に完全に抑え込まれ、グリードはいつも通り離反していて。

 

 まともに戦えるのがプライドだけ、という場面で、レイゼン・M・ダッドリーはエドワードの前に立ちはだかった。あと少しで殺せたエンヴィーとラスト、そして未だ健在だったプライド。それらを守るように彼女は出てきて。

 

 言う。言った。

 彼らに手をかけるのであれば、私を殺してからにしなさい、と。

 

 その時はすでにほとんどの人間がエドワード陣営についていた。彼の必死の説得や証拠も相俟って、己が欲に苛まれていた軍上層部でさえ人造人間(ホムンクルス)から離れていた時のことだ。当然ダッドリー家もエドワードに快く協力していたから、人間で人造人間(ホムンクルス)の味方をしていたのは本当に彼女だけだったのかもしれない。

 たくさんの銃口。数多の国家錬金術師。そして身内。

 それらに囲まれて、汗の一つも流さない胆力と──覚悟の決まった目。

 

 勝てるわけがない。「銃に打ち勝つ剣術」といっても一対一の話だ。これほどの銃口に晒されて生き残れるのはラースくらいだろう。それを、特筆すべき能力のないたった一人がどうやって。

 

 当然エドワードは降伏を勧告した。人造人間(ホムンクルス)の今までの所業も全て語って、「頼むから」と。「頼むから退いてくれ」と懇願した。

 

 けれど。

 

「アンタさ、それを聞いた瞬間何をしたか覚えてる?」

「だから、覚えてませんと何度言ったらわかるんですか。今だって他人の話を聞いている感覚ですよ」

「ハハッ、アンタ、鋼のおチビさんの降伏勧告を聞いて、その瞬間アイツに斬りかかったんだよ」

「まぁ、想像に難くないですね」

 

 懇願に対するは攻撃。

 防御の剣ではなく、敵を殲滅せんとするその勢いに、エドワードは対応せざるを得ない。すぐにブリッグズ兵らが彼女を撃ち殺そうとしたけれど、エドワードは止めた。拘束で済ませられるのならそれに越したことはないと。

 できるだけ犠牲者を出したくなくてこういう手段を取ったのに、ここで殺しを選ぶのはダメだと。

 

 その綺麗事に、尚も止まらぬレイゼンの猛追。ただあくまでダッドリーの剣は「銃に打ち勝つ剣術」であり、単純な格闘戦や剣術戦で何かが秀でている、ということはない。強いことは強いが、ただそれだけ。

 ありったけの経験を積んだエドワードに勝てるはずもなく、物の数秒で捕らえられる結果となる。錬金術による石の拘束具。それでも暴れるレイゼンに、エドワードは問う。「なんでそこまで」と。

 

「私はセリム様の護衛だからです、と言ったんじゃないですか?」

「お、正解正解。そんでもってアンタは、錬金術の拘束を抜けたんだよ。左腕の肘から先を錬金術でぶっちぎって体を細くして」

「合理的ですね」

「……話を続けるけどサ」

 

 痛みはあるだろうに、レイゼンは尚もエドワードに剣を向ける。血だまりができていく地面を蹴って、小柄な彼を殺す勢いで剣を振る。

 その鬼気迫る表情に、段々と余裕がなくなってくるエドワード。ただそれは負けるかもしれないという恐れではなく、彼女の失血死を考えてのこと。今すぐ処置しなければ不味いとわかる出血量だった。

 

 頼むから止まってくれ。アンタを助けたい。

 その懇願は届かない。

 

 エドワードの悲痛なその顔たるや。

 ふらつきながらも攻撃をし続けるレイゼン。彼女は言う。止めたければ殺せと。

 

 そうして、エドワードは──機械鎧のダガーを、彼女に。

 

「ま、その辺で俺は逃げたからその後どうなったのかは知らないんだけどさ」

「はあ。締まりませんね」

「ショージキさ、虫唾が走るってーの? 無駄でしかない事を、まるで何かが実るかのようにやり続けるアンタの背中は、死ぬほど不快だったよ。守ってもらった、なんて欠片も思えない、意味のわかんない足掻き。何がしたかったのさ、って何度問うても帰ってくる言葉はいつも同じだった」

「推測するに、"私が護衛であり、セリム様は護るべき対象であるからです。あなたとラストさんはついでです"──とかですか?」

「アッハ、なんだ覚えてんじゃん!」

「推測だと言いました。覚えていません」

 

 記憶があろうとなかろうと、やることも言うことも同じ、か。

 それはそれは。

 

「それで、言いたいことは伝わったよな?」

「無駄な努力。無駄な足掻きで守られても嬉しくない、ですか?」

「そーそー。俺がそうなんだから、プライドは余計にそうだと思うけどねー。こっちサイドから見ても意味が分かんな過ぎたし、なんならちょっと気持ち悪かった。気味が悪かった。アンタさ、仕事人間すぎるでしょ。護衛だから人道に反していても護衛対象を守るとか、あー、なんつーのかな。自分の頭で物事を考えられないっていうかさ」

「それこそあなたの回答と同じですよ、エンヴィー」

「何が?」

「家族だから、理由もなく慕う。同じです。護衛だから、理由もなく守る。それを思考停止だというのなら、全く同じ言葉を返します」

 

 そこに愛情とか憐憫とか存在しない。

 そういう役割だから、やり遂げる。

 

 ──あるいは、今の私に限っては、やり遂げられなかった前世があるから、余計に背負っている自覚はあるけれど。

 

「自分の頭で考えてみてはどうですか? 繰り返しに飽きたというのなら、抜け出す努力の一つでもしてみたらいいじゃないですか。貴方にとっては無駄な努力なのでしょうけれど」

 

 フラスコの中の小人でも考えつかないことを、エンヴィーが考えつくわけがない。

 彼はそう思っているのだと推察できる。

 

「家族の絆を蔑ろにしてまでも、この繰り返しからの脱却を目指す。その択が無い時点で私と貴方は平行線です。結局あなたも、惰性に身を任せて""次""に思いを寄せているだけに過ぎない。今を紡ぎ繋ぐ役割を放棄している存在に私は興味を示しません」

「そこまで言うんだ。アンタは何か画策してんの?」

「はい」

 

 即答する。

 している。セリムやエドワード達とは別口で、私は私で最後の手段を残している。奥の手も奥の手。使えば最後、ハッピーエンドは絶対に掴めなくなる最終手段。

 それでも、この私が次なんてものへ行くよりはずっと良い。

 

「そうかよ。じゃあ平行線の観点から期待しないでおくよ。俺はアンタの言う通り惰性に身を任せて、周囲の変化に流されて最期はまた無様に死ぬ。精々頑張りなよ、無駄なドリョクって奴をさ」

「はい。()()()()()()()()

「……っとにヤな奴だな、アンタ」

 

 鳥が飛び立つ。

 ミシ、なんて音を立てて。よくその質量で飛べるな、とかツッコんだりしない。

 

 ──静かになった。

 もう少し、剣を振ろう。

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