セリム・ブラッドレイの許婚 作:クラレントブラッドブラッドレイ
レト教。
少し前からリオールで流行り始めた新興宗教で、リオールの民は教祖コーネロの御業をその目で見て、神の存在を心底信じている。
無論、そんな種も仕掛けも割れている宗教詐欺に対し、けれどエドワード達も東部軍も何もしていない。下手に手を出せば
ただ、それは問題の先延ばしでしかない。
結局いつかはエンヴィーが告発者となってマッチポンプを引き起こし、最小限の犠牲で血の紋を刻み付ける。リオール全体と言わないまでも、必要な個所に必要な交点を打ち込めばいいだけだのだから、簡単な話だ。
という話を、盗み聞きしている。
エドアルスカ兄ラグヒューセリ会議──ヒューズ中佐を引き込んだのは私だというのに、また私はハブだった。なのでもう堂々と盗み聞きすることにした。
結局私がハブられているのは私がいると話が円滑に進まないからであり、こうして文字通り壁の花にでもなっている内は邪魔さえしなければどうでもいい、ということなのだろう。
──と、思っていた。
「プライド、お前がそれをやめさせるってのはできねぇんだな」
「ええ。私の離反気味のこの行動は既に父に伝わっているはず。面と向かって裏切り者の烙印を押してくることはありませんでしたが、エンヴィーやラストからも同様の反応を返されました。今後私が父の計画に干渉することは難しいでしょう。」
「……ま、プライドが敵にならねぇってだけでこっちは大助かりだ。毎度毎度お前の攻略に悩まされてた身としちゃな」
「いつも通りフラッシュグレネードで来るつもりだったのでは?」
「やり様はいくらかあったが、それでもお前相手ってのは命懸けが過ぎる。避けられるなら避けたいさ」
「そうですね。私もそう何度も何度も君に敗れるのは屈辱でしたから、良い判断だと思っています。……さて、軍法会議所の調査はヒューズ中佐に任せるとして──彼女の話をしたいのですが、よろしいでしょうか」
気付いているはずだ。
であるならば、別人の話か。それとも何かの暗喩か。
「レイゼン・M・ダッドリー。私の……セリム・ブラッドレイの許婚であり、護衛である少女についての話です」
「ああ、いいぜ」
「構わん」
「──現在、彼女の精神は酷く疲弊しています。ヒューズ中佐、あなたの見解はどうですか?」
「どうもこうもねぇな。あの後グレイシアからもちゃんと聞いたが、ストレスのかかり方が尋常じゃねえ。戦争直後の軍人だってあんなにキマってねぇよ。……と、すまねえ」
「構わない。私達との内乱は、互いに合意が済んでいる。今更気にするな」
「家族の視点からも言わせてもらうが、レイゼンはマジで一旦リゾート地かどっかにでも隔離した方がいい気はしてんだよな。アイツは……もう、疲れ切ってて、自分が疲れてるのかどうかすらわからなくなってる」
「それはオレ達も感じた事だ。レイゼンは""前""の時、あの時以外……平時では普通の軍人さんだった。なんつーか、キビキビした人、って感じはしたけど、普通に笑うし、普通に沈痛な面持ちをするような……そういう人だった」
「ボク達にもちゃんと大人として接してくれてたよね。今は子供だから、っていうのがあるのかもしれないけど、それを抜きにしても今のレイゼンさんは、ずっと張りつめてる感じがする」
……。
知らない話だ。そうか。前の私は、普通に笑う人だったのか。あるいは普通に泣ける人だったのかな。
乖離点。私にとってみれば喜ばしいことだけど──なんだろう。
すこし。
「まるで君達が彼女と対峙したあの瞬間だけを切り取った人格のよう、ですか?」
「……ヤな言い方になるが、そうだ」
「あんなにも話を聞かない奴じゃなかった。我を通し、死にたがるようになったのは、セリム。アンタを守ってた時だけだ。姉ちゃんは……俺の記憶は朧気だけど、普通の姉ちゃんだったはずだ」
「己は奴と共闘関係にあった試しがない。常敵対者だった。ゆえに違いはわからない」
「そうだな。私も彼女の印象は繰り返しの中とそう変わらない。ただ、スイッチの切り替えが異常に速いようには感じる。イシュヴァールの武僧でさえ日常というものが存在するというのに、彼女は常在戦場だ。ダッドリー家というものがそういう教育をしているのでもなければ、精神の疲弊は当然であると言えるだろう」
「勿論そんな教育してねーよ。つかアイツには剣も教えてねぇんだ。んでもって、じゃあ""前""と今回とでアイツの周囲で何が変わったのか、っつったら」
「……私、ですね」
初めて聞く。
プライドとしての、沈んだ声。演技染みていないソレは、本当に落ち込んでいるのだと思わせる声。
「やはり、私の存在が彼女を苦しめていると……そう思いますか」
「レイゼンさんは否定しそうだけど、傍から見ると、そう思っちゃうかな」
「許婚なんて立ち位置になったせいでずーっと護衛気分ってワケだ。……なんだかね。オレが言えた義理じゃねえのはわかってるけどよ、プライド。アイツを死なせたくねえってんなら、やっぱりアイツを引き離した方が良いと思う。"お父様"との戦いになった時、アイツを守りながら戦うっつーのは難しいだろ?」
「そうですね。私が父と相対した場合、恐らく千日手になります。だからこそ余裕がない。その上で彼女は私の前に出たがるでしょうから、それを守る、というのは……難しい」
「そもそも過去がどうであれ、今の奴は子供だ。戦場に出す方がどうかしている」
「
「ウィンリィと引き合わせるのはどう? リゼンブールならセントラルの戦火も届かないし、サラさんとユーリさんも事情を話せばちゃんとお世話してくれると思うんだ。勿論母さんも」
新情報。
サラ・ロックベルとユーリ・ロックベルも死んでいないのか。トリシャ・エルリックはホーエンハイムから聞いていたから知っていたけれど。
……なら、尚更誰を錬成したんだ、エルリック兄弟は。
「焔の錬金術師はどうなんだ? あそこも」
「いや、ロイはダメだな。アイツはレイゼンを警戒してる。ったく、今はただのちまっこいガキだってアイツもわかってるだろうに、それでも心を開き切らねえのはなんでなのかね」
「俺には伝手が無ぇが、アームストロング家って手もあるんじゃねえのか? 確か以前、セリム坊ちゃんの紹介で錬金術の手ほどきを受けたってレイゼンが言ってた覚えがある」
「少佐か。確かにあの家なら安心できる。決して目を離さないように、って言っておけば、ちゃんと守ってくれそうだし」
「アームストロング家繋がりで少将は……あ、やっぱやめとこう」
「ナイナイ。つかブリッグズなんかに放り込んだら悪化するだろアイツの死にたがり」
「何より爺さんと俺のせいでダッドリー家はあの少将さんに嫌われてっからなー。ちょいと難しいと思うぜ」
「え、何をしたんですか?」
「ちょいとな。ドラクマとの小競り合いの時に丁度俺と爺さんが砦にいてよ。あん時の俺はまー若かったし幼稚だったから、突っ込んだんだわ。ドラクマの小隊に」
「小隊というと、十数人に、一人でか?」
「おう。んで当然怒られた。怒られたんだが、爺さんもいつの間にか参戦してきてて、なし崩し的にブリッグズ兵も来て……幸い被害はほぼ出なかったからよかったものの、今じゃ腫れ物扱いだ」
「当然ですね。隊を違えているとはいえ、同じ軍に所属し、その将の管轄にある場で命令無視の単独行動。ダッドリー家の当主が中将位でなければ君の軍法会議は免れなかったのでは?」
「軍法会議所勤務の人がいる前で言われると何も言い返せねえからやめてくれ」
「いや別に俺自身に軍人を裁く権利とかがあるわけじゃねえよ」
どう、しようか。
この盗み聞き。どうするべきか。
隔離されるのか。安全地帯に。
足手纏いで、邪魔だから。戦力にならないから。
……判断としては間違っていない。仮にエドワード達と共闘する中で、私がいとも容易く戦死しようものなら、彼らは揺さぶられることだろう。エドワードの悲痛な顔が目に浮かぶ。
敵にいても味方にいても邪魔な存在、か。
……。
「話を戻しましょう。レイゼンの精神の疲弊は、恐らく私に原因がある。ただ無暗に私から引き離しても、彼女に醜聞が行く可能性があります」
「それは俺も懸念してた。どうやったってブラッドレイの方が声が大きいからな。レイゼンが見放された、って世間は思うだろうし、見放されるだけの理由があったって思われちまう。兄としちゃ、そこは納得行かねえ」
「となると、アームストロング家やウチに、ってのは無理になるな。最善はダッドリー家から出ねえようにしてもらうくらいか」
「家族に掛け合ってみる。片時もレイゼンから目を離さねえように、ってよ。少しでも目を離せば、今回みてーに勝手にフラついてヒューズ中佐をひっかけてくる、なんて可能性もある」
「人を魚みたいに言うんじゃねえ」
「今回はヒューズ中佐だったからよかったが、誰か悪意のある奴、害意のある奴だったらって考えるとぞっとしねえ。今殺人鬼がいるってな憲兵の間で噂になってたしな」
「ああそれは私が食い殺しましたので問題ありませんよ」
「……どっちだ?」
「スライサー兄弟です。バリー・ザ・チョッパーも随分と前に殺しています。ただ、殺人鬼でなくとも子供をつけ狙うような輩がいることも事実です」
「つくづく腐った国だな」
「よしてくれ。それを変えようとは努力してんだ」
「……すまない。これは己の失言だった」
隔離される。
軟禁される。
……あるいは、護衛から外される?
そんなの──。
結局、盗み聞きは気づかれなかった。
気付かれた上で放置されていたのかとも思ったけど、だとしたらあんな話私に聞かせる意味がない。会議に夢中で気付かなかったか、私の気配消しの技術が上達したか。
とにかく、マズイ。
ダッドリー家を出るのは選択肢の一つだ。だけど、出てどうする。どこに逃げる。いや、逃げては意味がない。護衛。護衛だ。私はセリムを守る。そのためにはせめてセントラルにいなければ。
エドワード達が約束の日を待たない可能性だって十二分にあるんだ。決行の日を知らないまますべてが終わっていて、原作のグリードよろしく"お父様"が枯れた賢者の石の補充にプライドを選ぶ、なんてことも可能性としてゼロではない。
それは困る。
私が守る。守る。
けど──その私を遠ざけようとしている。
愛ゆえに? 邪魔だから?
いや、だから、違うんだ。
考え方が違う。チェス盤をひっくり返せ。
いつまで受け身でいるつもりだ。
連れて行ってくれないのなら。
──私から行くしかないだろう。
*
「それで、まーた俺様に会いに来たと。家の許可は?」
「取っていません」
「はぁ……あのなぁ嬢ちゃん。兄ちゃんに怒られんのは俺なんだってわかってるか?」
「その時は私が一緒に怒られます。私があなたを庇います。なので、どうか」
「"親父殿の元へ連れて行ってくれ"、ねぇ。……あー」
所在の確定している
気軽に会えて、話を聞いてくれそうで、なんだかんだ言って気の良いお兄さん──となると、グリードだ。
「連れて行くこと自体はまぁ、構わねえ」
「本当ですか」
「だが、必ずラースやプライドと鉢合わせるぜ。俺様の帰郷なんざ珍事だからな。なんなら
「突破します」
「オイオイ、なんでそーいう発想に至るんだよ」
グリードは後頭部をガジガジと掻いて、そして真剣な目で私を見る。
「俺様が言うのもなんだが、親父殿は気難しいぞ。そこんとこわかってんのか?」
「わかっていると言えば噓になりますが、わかっていると言わないと話が進まなそうなので、わかっています」
「嘘なんじゃねえか」
「でも、会いたいんです」
「そもそも会ってどうする気だよ」
「聞きだします。フラスコの中の小人が持っている情報の全てを。そして──私が持つ最終手段の可否を」
「最終手段だぁ?」
「奥の手。あるいは禁じ手というものです」
もしこれが、成功するのなら。
フラスコの中の小人の後押しを背に貰えるのなら。
私は──セリムの護衛という役割を放棄してまでも、実行するかもしれない。
それはハッピーエンドとは言えないのかもしれないけれど、それでも前には進めるはずだから。
「わかった。親父殿の所へ連れて行ってやる」
「一応聞きますが、どういう心境の変化ですか」
「今の親父殿は飽き飽きしてる。ずーっと変わらねえ繰り返しにな。ただ、嬢ちゃんは未知の塊だ。その嬢ちゃんの言う禁じ手とやらは、親父殿にとっちゃ垂涎ものである可能性が高い。久々の帰郷の手土産には十分だろうし、ま、嬢ちゃんが殺されるってことは早々ないとは思ってるよ。兄ちゃんへの影響を考えたら、嬢ちゃんはそこそこのキーマンだろうしな」
特異点、だったか。
実験、研究過程で生まれた突然変異種。その量産に成功していない段階であれば、無暗に傷つけたり殺したりすることもないはず、と。
筋は通っている。
ならば。
「行きましょう。というか連れて行ってください。道わかんないので」
「あいよ」
あくまで私を輪に入れないというのなら、私は私のやり方でやってやる。
フラスコの中の小人。首を洗って待っていろ……と言いたいところだけど、本体に首とかないか、あのまっくろくろすけ。