セリム・ブラッドレイの許婚   作:クラレントブラッドブラッドレイ

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水が合わない

 ヴァン・ホーエンハイムをさらに老けさせたような顔。クセルクセス時代のものなのか、真っ白なケープを纏うその身は、動くことが無ければ過去の遺物──彫刻のようですらあった。

 

 グリードに連れられて来た"お父様の間"。正式名称のないここを毎度そう呼ぶのは冗長だけど、名前が無いのだから仕方がない。

 彼の懸念していた人造人間(ホムンクルス)全員集合、ということはなかった。どころかグリード曰く、プライド……セリムもいないらしい。

 真実ここにはフラスコの中の小人と私、そして付き添いのグリードがいるだけ。

 

「初めまして、ホムンクルスさん」

「挨拶。挨拶か。中々に面白いな、それは。ああそうだ、そうか、初めましてか、オマエとは」

「ええ、初めましてです。私とアナタはただの一度も会ったことがないので」

 

 何故なら、最終決戦を前に必ず私が死んでいるから……らしい。これは道中グリードに聞いた話だ。そもそも国家錬金術師でもない私があの場にいたら場違いなので、仮にいたとしてもみんなが「エドワード・エルリック!」って叫んでるシーンだと思っていたんだけど、それ以前の話だった。

 

「それで、何用かね?」

「まず確認を。ホムンクルスさん、あなたはこの繰り返しの黒幕ではありませんね?」

「無論だとも。このような無為な時間を楽しめるほど私は暇ではない」

「黒幕の見当はついていますか?」

「黒幕なる存在がいるのかどうか、あるいはあの真理という悪辣なる存在が我々を閉じ込めているだけなのか。定かではないと考えている、が近しい答えになるか」

「ありがとうございます。では次の質問です。仮定、黒幕がいるとした場合、──アメストリスの全土を吹き飛ばす、という方法で解決するとは思えませんか?」

 

 瞬間、「オイ何言ってんだ嬢ちゃん」と口を挟みかけたグリードを制す。

 フラスコの中の小人はふむ、と口元に手を当てて。

 

「可能性はあるかもしれないが、リスクが釣り合っていないな。もしこの繰り返しがそれで終わった場合、更地となったアメストリスで、賢者の石の材料となる人間のいないこの地で、私は数少ない自らの賢者の石を用いてカミを降ろさねばならなくなる。こう言ってはなんだが、それを制御できる自信はない」

「つまり恐ろしいからやらない、ということですね」

「挑発の意思が込められていないのがわかるからこそ面白い。強欲(グリード)、この人間は確か、元からこうだったな?」

「……ああ。親父殿への悪意は欠片も無えだろうよ、この嬢ちゃんには」

「良い。続けたまえ」

 

 ああ。

 日和ってるんですか? って風に聞こえるのか。無自覚だった。

 

「私は同じことを黒幕も考えていると考えています。此度が最後だったら怖い。何か、今までにないことをやらかして、それで終わってしまったら、それで続いてしまったら怖い。だから派手に動かない」

「ふむ。まぁ、当然の思考だと思うがね」

「繰り返しを自覚している人間は皆、国土錬成陣の行きつく先や、あなたの狙いが分かっているにもかかわらず派手に動きません。やろうと思えば東部軍でリオールを完全閉鎖するだとか、あるいはイシュヴァールの内乱を起こさない、という手も取れるはずなのに」

「それは、確かにそうだな。血の紋はあくまで人間がいてこそのもの。その地点から人間を除外してしまえば私の計画は破綻する。だが人間たちはそれをしない。その理由が、想定外のことが起きてもらっては困るからだ、と」

「はい。──そして、この状態を維持し続けるためには、それなりの地位が必要だとも思っています。大総統クラスといかないまでも、中将、少将、准将、そして大佐。これくらいの地位の人間でなければ、情報規制や意思統一といった行動はとれない」

 

 ただし、黒幕に、自らが黒幕である、という自覚があるかどうかはわからない。

 続くのなら続き続けて欲しい、という願いを持っているだけの人物である可能性もある。

 

「そして──仮に黒幕がいたとしても、真理なるものが蓋だったとしても、時間遡行にも似たこの繰り返しを行い続けるには莫大且つ膨大なエネルギーを必要とするでしょう」

「その通り。仮に私がこの国の全てを賢者の石に変えたとしても、今の状況を作り出す、ということは難しい。というより不可能だ。賢者の石はあくまで錬金術の代替エネルギーであって、時間などというものを操る技術ではない。無論、風化や腐食を時間の操作と捉えるのであれば話は別だがね」

 

 賢者の石は錬金術師にとって御伽噺に出てくるような完全物質であっても、ドラゴンボールみたいなものじゃあない。願えば願いが叶う石ではないのだ。錬金術。その全てが結局のところ、ファンタジーを作り出すに至るものではない。

 ただし、一つだけ例外がある。

 それは。

 

「真理の扉はその限りではない、ですよね。あそこへのアクセス、及び到達は、既存の、というか一般に知られている錬金術とはまた別の法則のもと成り立っている。魂定着の陣、というのも同じですよね。あれらは錬金術ではない」

「そう頭ごなしに否定されると反論したくなるものだが、まぁ、ここは頷いておこう。そうだ。賢者の石の錬成陣も、魂定着の陣も、人体錬成の陣も、私の広めた錬金術とは別系統からなるもの。……ああ、成程? つまりお前は、この状態は錬金術とは別口の、全く違う法則が関係していると考えているのかね?」

「一介の錬金術師が成し得ることではない、と思っているのは事実です。そして真理の扉が必ず関係しているだろう、ということも」

 

 至極当然の話だけど、"歴史の繰り返し"は錬金術による産物ではない。時間流の遡行、人間の配置。あるいはフラスコの中の小人がヴァン・ホーエンハイムの血液より生み出されるその瞬間に至るまでを錬成する、なんてことは無理だ。それは少なくとも錬金術じゃあない。

 だから、錬金術じゃないものがこの世界を形作っている。

 

「疑似・真理の扉。今は作っていないそうですが、アレに似たものがこの世界であると私は考えています」

「こちらの応答は期待せずに続けてくれ。私は私で考える」

「はい。この世界には明確な"一度目"が存在します。ホムンクルスさん、あなたの計画がヴァン・ホーエンハイムのカウンター錬成陣やクセルクセスの人々の意思に敗れ、そしてエドワード・エルリックに敗れた。あれこそが一度目。それ以前に繰り返しを行っていた記憶が無いのは確かですよね」

「……そうだな。うむ、そうだ。アレより前の記憶はない。あれが最初であることは確実……つまりそれは」

「フラスコの"底"。底の抜けた鍋でも、蓋の空いたビーカーでも、穴のあいた風船でもなく──この世界には"底"があり、フラスコの口は故意に閉じられている。この閉じた空間を閉鎖・真理の扉とでも仮称しましょう」

 

 偽造・真理の扉でも類似・真理の扉でもなんでもいいけど。

 シンプルイズベストで。

 

「さて、あなたの作り上げた疑似・真理の扉から出る方法は"正規の扉を潜れば元の場所に出られる"というものでした。言い換えれば、あの扉は不正アクセスであり、だから放り出される空間も正規のものではないバグの空間となった」

「随分と未来の知識を口にするものだ。今のアメストリスではあまり知られていない概念だぞ?」

「しかし此度、閉鎖・真理の扉においては、人体錬成を行い、正規の扉を潜ったとしても外に出られない。それは何故か。理由は簡単です。()()()()()()()()()()()()──に、他ならないと考えています」

 

 疑似・真理の扉が不正アクセスで真理の扉を叩き、けれど締め出されて廃棄場に行く結果に至るなら。

 閉鎖・真理の扉はそもそもアクセスという行為ができていない。人体錬成を行った者が行ったのは真理の扉のある空間ではなく、閉鎖・真理の扉の中にある……その人物の記憶の通りの真理の空間。

 リバウンドで持っていかれている身体は本当にただのリバウンド。人体錬成は必ず失敗するから、失敗したことによる錬成エネルギーの暴走、そのリバウンドとして体を持っていかれているだけ。その後に手合わせ錬成が使えるようになるのは、アルフォンスの例と同じだ。

 作中で、彼は途中まで手合わせ錬成が使えなかった。彼も真理を見ているはずなのに、覚えていなかったから。そして記憶を取り戻した後は使えるようになった。

 だから人体錬成を行った錬金術師は、人体錬成を行った直後に繰り返しを思い出す。蓋をされていた記憶が真理の知識と共に蘇る。

 

「成程、面白い。だが錬金術師でないものはどう説明する? ただの人間であっても記憶を取り戻している者は多くいるようだが」

「逆なんです。普通は思い出せるけれど、真理を見た錬金術師は真理の記憶ごと蓋をされてしまっているから人体錬成後でないと思い出せない。真理を見ていない一般人は、その存在にとって強烈な記憶であるのならば、夢という形でなんとなく、曖昧に、繰り返しを覚えていられる。思い出せる」

 

 ノックス医やヒューズ中佐、ラグスお兄様、お爺様然り、だ。

 恐らくもっともっといるはずだ。朧気ながらも繰り返しの記憶を有し、けれど夢だと割り捨てて生活している者は。既視感は、けれど強烈な事件がないと覚え難い。ありふれた日常はありふれているからこそ"前"なのか"今回"なのかを曖昧にさせる。混同させる。

 

「つまり、正規の扉を開くことができれば、この繰り返しから抜け出すことはできる──そう言いたいのだね?」

「はい」

「ふむ、ふむ。して、それはどのようにして開く? 未だ扉を開いたことのない錬金術師に開かせる、とでも?」

「そういう目的で扉を開けば、その全身を持っていかれるのでは?」

「思い上がった者に正しい絶望を。成程、それはありそうだな」

 

 それはあるいは、フラスコの中の小人の最期のように。

 目的を違え、欲したものを見誤った上で扉を開けば、取り返しのつかないものが持っていかれる。

 

「ただし、八方塞がり、ということはないと思っています。判断材料は三つ」

「ふむ」

「一つ目はホムンクルスさん、あなたの今やろうとしていることです。恐ろしいから配役を大きく変えることをしない、を徹底してきていたあなたが、此度とてつもなく大きな変更を行いました」

「断りを入れておくが、お前の出生に私は関わっていない」

「国土錬成陣です。従来より東にズレた国土錬成陣──そして穴を掘っていないスロウス。これらの意味するところはただ一つ。ヴァン・ホーエンハイムに倣ってあなたも月の本影を円に見立てようとしている。違いますか?」

「……未だホーエンハイムの奴も、エルリック兄弟も辿り着いていないだろうに、お前はそれでも自らを非才と嘲るのかね」

「二つ目は私の存在です。私はレイゼン・M・ダッドリーではありません。少なくとも私は過去の彼女とは完全なる別人です。それは私が思い出していないだけ、という話ではなく、私自身が別人であると確信を持って断言できます」

 

 応答は期待するな、と言われているから、フラスコの中の小人からの意地の悪い問いかけには一切答えずに行く。

 私は今、ただ、持論を展開しているだけ。

 

「閉鎖・真理の扉の世界に、扉を開けたわけでも蓋を開けたわけでもないのに異物が混じり込んだ。これの意味するところは、()()()()()()()()ということに他ならない。それが故意に開けられたものなのか偶然開いたものなのかまではわかりませんが、少なくとも私が入ってくることができた──外からの干渉を受け付ける段階にある、ということです。そしてこれは憶測ですが、過去のレイゼン・M・ダッドリーはもう出て行ったのではないか、と考えています」

「フラスコに穴。空気も水も漏らさない程に小さな、しかし確実に開いた穴。ナルホドナルホド」

「そして三つめも私の存在です。私はこの世界に属さぬ異物である、という自覚があります。そして私には錬金術の素養があり、人体錬成の陣への知識があり、フラスコから出るためではなく、純粋な意思で生き返らせたいと願う相手がいる」

 

 雨の音。

 私を助けた大きな手。

 私の重荷。私の恩人。私の疲弊。私の重圧。

 

 出来得るのなら彼を蘇らせたい。そして消してしまいたい。私の辿った人生のその全てを。だってそれは、とうに満足したものだから。

 

「開くというのかね? 扉を」

「──さて、ここからが取引です、ホムンクルスさん」

「取引。取引! 私にか。単なる突然変異でしかないお前が、私に?」

「はい。この世界が気に入らなかった場合の"次"にいないかもしれない私が持ちかける取引です」

 

 クツクツと。

 それはもう、おかしそうに笑うフラスコの中の小人。

 

 硬化こそしていないものの、臨戦態勢になってくれているグリードは本当にいい人なんだろうなぁ、とは思う。

 

「言うだけ言ってみるといい。飲むかどうかは別の話だ」

「黒幕捜しを手伝ってください。私の中で容疑者はかなり絞り込めているのですが、如何せん私の頭脳に限界があります」

傲慢(プライド)は頼らないのか? せっかく許婚にしてやったというのに。ああそうだ、恋仲はどうだ、発展したかね?」

「必要なのはクセルクセス式源流錬金術ではない術の知識。つまり疑似・真理の扉や魂定着の陣、他、人間から賢者の石を奪い取るものや、人造人間(ホムンクルス)を生み出す、と言ったそれぞれの知識。私に寄越せ、と言っているわけではありません。それを用いて犯人を捜してください、と言っています」

 

 フラスコの中の小人の口から恋仲、なんて言葉が出てくるとは思ってもみなかったけれど、全く意に介さず話を進める。

 

「先ほど挙げた三つ目の手段を私は使いたくありません。最終手段だと思っているので。よって、この黒幕捜しが完遂した時、四つ目の手段が浮上します。簡単ですね、黒幕の意思を砕き、繰り返しを止める、フラスコのコルクを抜く、という手段です」

「取引とは言えぬ内容だな。少しばかり落胆したぞ」

「そして最後に、これは子供の戯言ですが──フラスコの中の小人(ホムンクルス)。あなたはまだカミを欲しているのでしょうか。此度の国土錬成陣を考えるに、ヴァン・ホーエンハイムのカウンター錬成陣と全く同時に発動する仕組みとなります。そうなればあなたの体内にいるクセルクセス人との共鳴も避けられないでしょう。仮にヴァン・ホーエンハイムの賢者の石を自らに取り込まなくとも、ただ同時に発動する、というだけで貴方は"カミ"へと自らを届かせる機会を逸し、さらには自身の破滅をも招く……そんな風に見えて仕方がありません」

 

 エドワードは国土錬成陣を消してからモノを言え、なんて言っていたけれど。

 むしろ逆なんじゃないだろうか。

 

 だってフラスコの中の小人なら、もっともっと対処のし難い錬成陣に変えることだってできたはずだ。それをこんなにもわかりやすく異常に見せて、こんなにもわかりやすく対策を練らせるだなんて。

 まるで。

 まるで。

 

「もう飽いた──あなたからはもう気力というものが感じられない。先に述べた自身の言葉を否定する形になりますが、あなたはもういいのかもしれない。たとえ望む結果が得られず、納得の行かない結末となっても、この繰り返しから抜け出せるのならば、どうでもいい」

「……憤怒(ラース)嫉妬(エンヴィー)から聞いた話と随分と違うな。お前は他者の機微に一切の理解を示さない、荒野の枯れ木に繋がれた名さえ与えられなかった怪物のような精神構造、ではなかったのかね?」

「手を差し伸べてきたところで何ができるわけでもない弱者の前でならば強く在ろうと振る舞いますが、貴方のようなやろうと思えばなんだってできる相手の前では弱音も吐きますよ」

「今のが弱音なのか。……強欲(グリード)

「おっと、親父殿。俺に話振んのはナシで頼む。俺もこの嬢ちゃんの言葉を正確に翻訳できるわけじゃないんでね。真意を知りたかったらそれこそ兄ちゃんを呼んだ方が良い」

 

 肯定、と受け取った。

 やはり、もう。

 

「ああ、黒幕捜しだったか。アテはあるのだろう? そして飽いているのも正鵠を射ている。協力も吝かではない」

「協力ではなく取引です。私はセリム様の護衛ですから、仮にこの黒幕捜しの過程で貴方と敵対することになった場合、私は迷わず剣をあなたに向けます。ですから、協力関係は結びません。あくまで取引です」

「ああ、ああ、それで良い。だが、そうだな。連絡役は傲慢(プライド)が最適だと思っていたのだが、ああ、うん。嫉妬(エンヴィー)を使うとしよう」

「少しばかり楽しそうですね。子供の反抗期は得難いものですか?」

「いや、そんなことはない。そんなもの、そこな強欲(グリード)に散々手を焼かされている」

 

 そういえば元問題児か、グリードは。

 でも、だとしても、どこか楽しそうに見えるのは。

 

「これは錬金術師の……研究者の(さが)というものだ。あまり気にするな、レイゼン・M・ダッドリー」

「はあ。わかりました。それではまず最初の話をしましょう。私が疑っている第一候補は」

「そうしたいのは山々なのだがな。迎えが来たようだ。追って嫉妬(エンヴィー)を向かわせる。無論、悟られぬようにな」

 

 迎え。

 何のことかと問おうとしたその瞬間、視界が真っ黒で埋まる。そして無数に開く口と目。

 ものすごい速度でずりずりと移動させられているのもわかる。

 

 ……そんなに過保護になるなら、隔離とか休ませるとか、考えなきゃいいのに。

 私だって、日々どうにか愛情というものを理解しようと頑張っていることをわかっているのだろうか、彼は。

 

 わかってくれていたところで、私はこれらの行動をやめるつもりはないけれど。

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