セリム・ブラッドレイの許婚 作:クラレントブラッドブラッドレイ
エイアグラムお兄様の運転する車に乗って移動すること二時間半くらい。
汽車を使えばいいものを、と思ったのだけど、どうやら公的な移動記録を残したくないのか、妙にこそこそとしているお兄様たち。
一体全体誰に会おうとしているのか──と思考を巡らせていた所で、その人が住んでいる、という家に着いた。
「……やはりグラマン中将でしたか」
「おや、なんだ、君を呼んだのがわしだとどうしてわかったのかな、レイゼン・M・ダッドリー嬢」
「私を嫌っているマスタング大佐のいる東方司令部付近に私を呼び寄せる相手。それも秘密裡に、となれば限られてくるでしょう」
「マスタング大佐が君を嫌っている、というのは……どこ筋の情報かね?」
「以前、ホークアイ中尉に狙撃されかけましたので」
「……将来有望だね、エイアグラムくん?」
「ええ、末恐ろしい程に」
グラマン中将。
なんでもない、豪華でも質素でも特徴的でも無個性でもない家に、彼はいた。
この人を一言で言い表すのならば、狸だ。
腹の探り合いとかいう私が最も苦手とする分野で最も輝く相手。対処法はただ一つだけ。
正直であればいい。
探られて痛い腹をこちらが持ち合わせていなければ、腹の探り合い自体が起こらない。
「それでは中将、私とエイアグラム・M・ダッドリーは外で時間を潰していますよ。一時間後、また会いましょう」
「ああ、キンブリー大佐。嗅ぎまわる鼠がいても殺してはいけないよ?」
「その程度の分別は付けられますよ。私は大人ですから」
言って、キンブリーもエイアグラムお兄様も去っていく。
一体どういう了見だ。好々爺で女装趣味の中将の前に、女児一人を置き去りにするとは。
「さて──まずは君の考えていることを全て話して貰おうか。疑っているんだろう? マスタングくんのことを」
ニヤリ、と。
老人は、嗤って言った。
「まず、互いの立場を明らかにさせてください、グラマン中将」
「というと?」
「あなたが私の敵か否か、です。敵であるのならばこの場で剣を抜き、決死を以てあなたを殺します」
「そんなことをすれば、君は投獄されて、セリム・ブラッドレイの許婚という立場はおろか、護衛という立場にも付けなくなる──ということもわかっていての発言だねぇ」
「無論です。中将位の権限を持つ敵とあらば、殺せる機会など今しかないでしょうから、私はその機会を逸しません」
「怖い怖い。ま、安心してほしいといってしてくれるとは思っていないけど、安心するといいよ。わしは君の敵になるつもりはない」
グラマン中将は戦闘者じゃない。
だからその気があるのかないのかを判断するのは難しい。
……風圧の錬成陣を起こし、爆速で踏み込んでその首に剣を突き立てる。
「!」
「……脈拍向上。発汗。瞳孔の開き。わかりました、グラマン中将。あなたを信用します」
突き立てたのは首ではなく首の真横だ。
彼は私の速度に反応してこなかった。反応できなかった。そして、剣を傍に突き立てられてからようやく自身の死の危険を察し、直後に生理的反応、生存本能が見られた。
腹の探り合いは苦手だ。
だから生物的根源に直接問い質したわけだけど、まぁこれで信用はできる。
「エイアグラムくんから……聞いてはいたけれど、これは、心臓に悪いねぇ」
「立場、意向をはっきりしないそちらが悪いです」
「君の敵ではない、と、そう言ったはずなんだけどねぇ」
「私の敵になるつもりはないと言いました。それは今は敵である、あるいはつもりがないだけで状況が変われば敵になる。そう受け取れる発言です。私を政敵と同じに見ないでください、グラマン中将。私は発せられた言葉を額面通りにしか受け取れない浅学の身。はぐらかすような言葉遣いはそのままあなたの寿命に直結します」
「それで非戦闘員の首に剣を突き立てようとするかな……最近の子はこれだから怖いねぇ」
距離を取る。
……私は非才。非力。だけど、この枯れ木のような老人を殺すくらいなら流石にできる。
彼とてそれはわかっているはずだ。だというのにキンブリーとエイアグラムお兄様を下がらせたということは、それが誠意の証か、あるいは伏兵がいるか。
ダメだな。
どうにも原作の「曲者である」という先入観に引っ張られ過ぎている気がする。
「あなたと私は敵ではない。つまり、私がマスタング大佐を疑っているように、あなたも彼を疑っていると考えていいのですか、グラマン中将」
「そう捉えてもらって……ああいやいや、そうギラついた目を見せんでくれ。立場をはっきり、だったね。そう、わしもマスタング大佐を疑っている。彼ほど容疑者として浮上しやすい存在が他にいないからね」
こちらに判断を委ねるような返答。私が解釈して意味が変わる主張。
そういうのは一切聞く耳持たない。
正直に話す代わりに、相手にも正直を求める。
……この命の危機下にあって、尚もこれが演技だと言うのならお手上げだけど。
「レイゼン嬢。君はどうして彼を疑っているのかね」
「根拠は二つ。一つは、最も未練がある存在が彼だから、です。マース・ヒューズ中佐の死。それ以前にイシュヴァール殲滅戦での後悔。そして第二の根拠は──未だ人体錬成を行っていないはずなのに、彼は繰り返しの記憶を有している。疑わない理由がありません」
「うんうん、全くの同意見だよ。彼はどこまで行っても甘ちゃんだからねぇ。表向き割り切ったように見せかけても、未練は絶対に捨てきれないだろうし。ただ錬金術の方は初めて聞いたな。詳しい話をしてくれるかい?」
「人体錬成を行った錬金術師は、真理の記憶と共に繰り返しの記憶も封じられる。ゆえに何度繰り返そうと人柱たる錬金術師は何度も同じ過ちを繰り返す。──これが私の出した推論であり、そしてフラスコの中の小人とすり合わせた結論です」
「大胆なことをするねぇ。わしの記憶が正しければ、その名はこの国を巨大な実験場にしている
「セリム様の許婚が私である時点で、今更では?」
実際の所、すり合わせた、という程すり合わせてはいない。だけどあの反応を見るに、くらいの感覚だ。
私にとってはそれで十分。
「それじゃ、マスタング大佐を降格させたり、あるいは彼自身を殺してしまえばこの繰り返しは終わるのかな」
「不明です。マスタング大佐単独でこの繰り返しを成立させているとは到底思えません。錬金術の世界は等価交換。マース・ヒューズ中佐の死の運命を回避するためのこの繰り返しであるというのなら、マスタング大佐はその代償に何かを支払っているはず。ですが──まず絶対の法則として、死者は蘇りません。これはこの世界である限り絶対です。絶対に覆らない法則」
「けれど今、彼はそれを覆している」
「はい。ただ──繰り返し続ければそれも叶うのかもしれないんです。つまり、続き……終わりを迎え、未来に向かって歩き出さなければ、事象は確定しない。外の世界では絶対である法則も、一部を切り取り、特殊な法則の成り立つようにしたフラスコの中であれば死者蘇生が限定的に叶う可能性がある」
繰り返す、ということは。
死者が何度も生まれ直す、ということでもある。
原作に至るまでの何百年間の間に死してきた人々も、何度も何度も生き返っている。元は存在しなかったダッドリー家も、恐らくその内の何人かは元死者だろう。
繰り返す、というだけで、死者蘇生が罷り通る。
「仮にマスタング大佐が黒幕であった場合、動機は十分ですが、手段がわかりません。彼は天才錬金術師ですが、ただそれだけ。
「逆に言えば、等価交換……世界を繰り返すに足る代償が彼の手元にあれば、この繰り返し続ける世界は成り立ってしまうわけだ」
「そんな代償、少なくとも私は思いつきませんが、そうですね。ただ問題があるとすれば、マスタング大佐自身に自覚がなかった場合です。今これらはマスタング大佐が黒幕であった場合、という仮定のもと話を進めていますが、黒幕は黒幕でも無自覚、自覚的でない繰り返しであった場合、彼を殺したところで繰り返しが終わらない可能性は大いにある。どころかマスタング大佐を殺してしまったことで繰り返しを止める手立てがなくなって、このフラスコは永遠に開かなくなる、と言う可能性も生じます」
「それは、リスクが高いねぇ」
「ですが」
リスクが高い、程度がなんだと、私は言おう。
「それでも尚、マスタング大佐を問い詰めることに意味はあると思っています。殺す殺さないはその時に判断するとして、彼を拘束、ないしは尋問することは意義のあることだと」
「わしに中将としての権限を使え、と脅しているように聞こえるなぁ」
「あなたにとってこの繰り返しが苦でないのなら、聞き流してください。私単身で突っ込みますので」
「うんうん、馬鹿だねぇ君。狂犬の方がまだ可愛らしい。わしも長いこといろんな人間を見て来たけれど、君程傲慢な人間は初めてだ。──過去に幾度かレイゼン嬢と話したことがあるけど、彼女より傲慢だね、君は」
ここにも一人、か。
前の私と今の私が別人であると断言する者。ラストとグラマン中将の共通点は──人を見る目があるところ、かな。
「マスタング大佐の処遇は考えておくよ。それで、彼が黒幕でなかった場合のことは考えているのかな」
「無論です。──アメストリス国民の全て。
「もしマスタングくんじゃなかったら、全国民を殺して回るつもり……とか言わないよね?」
「そのつもりです。それでも尚終わらないのであれば、アエルゴ、クレタ、ドラクマ、シンなどへも目を向けます」
「……テロリスト発言をみすみす見逃すわけにはいかないんだけどなぁ」
「冗談ですよ。そんなこと、私にできるわけがないじゃないですか。ただの子供なんですから、私は」
「冗談なら冗談とわかる口ぶりにして欲しいなぁ」
もし私に力があったら、冗談じゃなかったけど。
力がないから、冗談にしておく。
「マスタング大佐が黒幕でなかった場合、私は最終手段を取ります」
「それは?」
「フラスコのコルクが抜けないのであれば、フラスコそのものに大穴を開けてしまえばいい。発想はただそれだけです」
「それを最終手段と言ってのける……ということは、誰か。いや、君自身が損なわれることと見た」
「慧眼ですね。そう、私が人身御供となり、この世界に穴を開けます。──あるいはそれにて、多くの悲劇が生まれるのかもしれません。今、この世界は平和です。無論隣国との戦争はありますが、私の知っている"一度目"より遥かに幸福に溢れている。それをぶち壊す手段です」
「……どの道繰り返しを脱したら、そうなる可能性はあるんじゃないかな」
「はい。繰り返していた、という事実が消え去り、ただ一度目の続きとして未来が繋がる。その可能性は十分にあります。ヒューズ中佐は殺され、エルリック兄弟の母親は病死。イシュヴァール殲滅戦参加者の心には尚も翳りが残り、今いるイシュヴァール人の多くが、そして彼ら彼女らと番い、子を為したそれぞれが無かったことになる。幸福に総量があるというのなら、この繰り返しを抜け出すにもぶち壊すにも、必ず減るものだと推測されます」
あるいは私含むダッドリー家の誰かは、そもそも生まれていなかったことになるかもしれない。
一度目の続きになった時。地面が平坦になった時。
少なくとも私とセリムは共に在れないだろう。ただセリムは殺されていないから、その後も生き続けるのかもしれないけれど。
「世界を救うために世界の敵になる、かぁ。良いねえ、年甲斐もなく燃えてくる」
「救うため、なんて大層なことじゃないですよ。正すためです。死者は蘇らない、残酷な正しい世界に戻すだけ」
「いいよ、協力を約束してあげよう。マスタングくんのことはわしに任せて、君は真実の究明を急ぐと良い。その手段も考えているんだろう?」
「フラスコの中の小人に協力を取り付けてあります」
「いいじゃないか。化け物の親玉が味方に付く、なんてそうそうないことだよ」
「そうですね。まるで世界がマスタング大佐を黒幕に仕立て上げたいかのように、全ての事が上手く運んでいます。正直気持ちが悪いです」
す、と目を細めるグラマン中将。
今までの「わしは君を後押しするよ」という雰囲気は鳴りを潜めた。全く、直前にちゃんと脅したというのに、すぐ人を謀ろうとするのはやめられないものなのか。
「そう言うということは──」
「可能性の話です。あまりにも出来過ぎているし、あまりにも疑いやすすぎる。浮上している容疑者が彼だけである、というのも気持ちが悪い。これを悪事であるとみなした場合、黒幕はそう派手に動くことなく、水面下で計画を進めるというものでしょう。明確にマスタング大佐だけが強い未練を解消できている現状は、その陰で得をしている誰かを覆い隠してしまっているようにしか見えない」
「……ナルホドねぇ。ただの狂犬、と言うわけでもなかったか」
「ただの狂犬で構いませんよ。頭に傲慢な、を付けていただければ十分です」
「傲慢な狂犬。わしには君こそが黒幕なんじゃないかとさえ思えてきたよ」
「可能性はあるでしょう。──それが何か、問題がありますか?」
私が。あるいはレイゼン・M・ダッドリーがコトの全てを引き起こしていた、というのなら。
躊躇なく自死しよう。世界の混入物が元から繰り返していた世界の原因、というのは少々考え難いけれど。
「いいや。いいよ、尚の事気に入った。……そうだ、レイゼン嬢。他に、わしに何か頼みたいこととかあるかな。わし、これでも中将だから、ある程度の融通は効かせられるよ?」
「ありません。仮に何かをあなたに求めるとすれば、それは"何も思案しないでほしい"という一点です。あなたは影響力のある存在であり、発言力のある存在であり、且つマスタング大佐にとってジョーカーとなり得る存在。ゾルフ・J・キンブリーやエイアグラムお兄様の公的移動記録を残させなかったのも、こうして私と秘密裡の会合をしているのも、グラマン中将はマスタング大佐の味方であると誤認させるためでしょう?」
「誤認してくれてるかどうかは怪しいけどねぇ。少なくとも疑われないように立ち回って来たつもりではあるよ」
「一番怖いのは背後から刺してくる味方です。彼の大佐が私対策やフラスコの中の小人対策を十分に済ませていた場合、中将の存在は切り札になる。だから余計なことを考えないでください。思案しないでください。行動しないでください。あなたはあなたのまま振る舞っていていただければそれで十分です。マスタング大佐の拘束も、出来るのならグラマン中将からの命令でない方がいい」
私には考える頭が無い。浅学。無策。知っている。
だから頭を使える人材は疑われていない位置にいた方が良い。
エルリック兄弟とて疑っている可能性のあるマスタング大佐だ。あの切れ者と頭脳勝負をするなんて、同じ土俵に立った時点で負けが確定する。馬鹿のやることだ。
──私は将ではない。鉄砲玉だ。
だから、差し手は全任する。
「決断の時、この傲慢な狂犬をどう扱うかはあなたに任せます。国益を損なう敵として私を排除するのも手でしょう」
「ちなみにそれをやったら、あの
「さぁ。知りませんね、そんな人のこと」
「……アララ。もしかして喧嘩中?」
ご慧眼、お見事。
喧嘩かどうかは知らないけど。私が一方的な解釈を押し付けているだけだし。
でも、まぁ。
そろそろ盤面が動きそうだな、という感覚は、私の中にある、かな。