セリム・ブラッドレイの許婚 作:クラレントブラッドブラッドレイ
取り留めがない
盤面が動き出したような気がした、とは言ったものの、私はまだセントラルの学院が幼等部に通う子供である。それを不当な理由で休むことは……できはするけど休み過ぎるのはよくない。
ということで、日常である。
「レイゼンさん、あの、セリム様は……」
「大総統府に問い合わせたらどうですか。私は知りません」
「で、ですよね、あははは……」
ただ煩わしい。
彼が来ていない。だから理由を私に聞きに来る者の多いこと多いこと。教師陣までそうだというのだから、どれほど腫れ物扱いされているのかもわかる、というものだ。
アレから、連絡の一切は来ていない。誰かも知らない、いるかもわからないダレカのことなどどうでもいい──と割り切れる自分ではない。結局口に出しているのは強がりだ。原作最強が敵に回ったら、とか、今更彼が心変わりしたら、とか。
自分で誘発するような言葉を突き付けておいて、少しばかり憂鬱な気分。
ただ状況に進展はあった。彼の話ではなく、だ。
エンヴィーを通してフラスコの中の小人に依頼した調査。その結果が出たのだ。流石お父様仕事が早い。
結果として──やはりマスタング大佐の周辺において、クセルクセス式源流錬金術とは違う系統の術が使われている痕跡がある、と。それがなんなのかにまではまだ至れていないけれど、引き続き調査予定らしい。有能か?
無論、これもエンヴィー曰くなのだけど、
また、ラグスお兄様を通してエドワード達側からも進展の話が来た。恐らく彼が使い物にならなくなったから、仕方なく伝えて来た、みたいな感じだったけど、わかったことがある、と。
軍法会議所。
その地下に、隠し部屋のような空間がある、可能性があるそうだ。
確信に至れていないのは、ヒューズ中佐じゃその空間に辿り着けなかったから。ただ建材の反響音から地下室を特定したとか。
そしてその場所が此度の国土錬成陣の中心であることもわかったし、
とにもかくにも、ようやくすべてが動き出した。
原作を、あるいは約束の日を待たずして、終わりは来るのかもしれない。
1912年、秋。
厳密に言えばアメストリスに秋と言う概念はないけれど──木々の成長具合から夏の終わりを感じるその頃に、私はある決意をしたのだった。
*
こんにちは、お久しぶりです。
そう言って肉屋店主に挨拶をする。
「お! 君は確か、この間……ってほどこの間でもないけど、前に来た子だね! またイズミさんに会いに来たのかい?」
「はい。それと、先日はご迷惑をお掛けしましたので、これをどうぞ」
やっぱり肉切り包丁を手放さないメイスンさんにセントラルのお土産を渡す。
ここはダブリス。けれど今回は家出ではなく、ラグスお兄様にもエイアグラムお兄様にも許可を取っての遠出だ。なんなら西部駅まではエイアグラムお兄様も一緒だった。彼は彼で何やらやることがあるらしく、また後で、という話になった次第である。
……次第であればどんなに良かったか。
「ええっと、そちらの方は?」
「すみません。ウチの兄が過保護で。こちら、アメストリス国軍大佐のゾルフ・J・キンブリーさんです」
「大佐さん! あー、でも困ったな。イズミさんあんまり軍人さん好きじゃないから」
「構いませんよ。私は周辺で時間を潰していますから、レイゼン・M・ダッドリー。好きなことを好きなだけ話してきてください」
「誰を見つけても爆破しないでください」
「アナタは相手の価値観を自身の基準に合わせるクセをやめた方が良い」
そう言って去っていくキンブリー。
去っていく、と言っても彼は見張り役。お目付け役だ。本来なら逆──エイアグラムお兄様が私の監視役になるだろうところを、軍の方で何かあったのか、こういう配役になっている。
「えーと? じゃ、イズミさん呼んでくればいいかな?」
「お手数おかけします」
「良いって良いって!」
さて。
駒を進める前に、ルールの確認をしておこうか。
ほどなくしてイズミ・カーティスが私を家に招き入れてくれた。
中にはシグ・カーティスもいる。メイスンさんは肉屋に戻っていった。
「それで、今回は泣きに来た、とかじゃなさそうだね」
「はい。ようやく決心がついたので、聞きに来ました。──前の私、というのは、どういう人物だったのかを」
今まで聞いてこなかった話だ。
自分からは聞かなかった。聞かされるばかりだった。それで、自分との相違点を見つけて、別人だと判断した。
だけど──聞くべきだと。
彼にああいう発破をかけた時点で、私も自らの功罪と向き合うべきだと思ったのだ。
「……別に、特段仲が良かったってワケじゃない。それでも聞くかい?」
「お願いします」
「ああ、いいよ」
イズミ・カーティスは紅茶を飲みながら、どこか遠い場所を見るように語り始める。
その出会いから、を。
「前にも話したように、レイゼン。アンタは私に"人体錬成を行ったか"を聞きに来ていた」
「はい。不躾ですね」
「まったくだよ。ただ──初めはそうじゃなかったんだ」
「初め?」
「だから、アンタが現れた一番目の話さ。最初にはいなかったはずのアンタと私の出会いは、そうじゃなかった」
──……ああ。
そうか。
そうか。そっちを失念していた。そうだ。そうじゃないか。
「何用でいったのか、までは覚えちゃいないけどね。セントラルに行ったことがあったんだ。それで私はいつも通り吐血をして、そん時はちょいと酷くてね。ぶっ倒れたのさ。あの人……シグが周囲に助けを求めるレベルで」
「そこに丁度居合わせたのが、私……でしたか」
「そ。本当にそれだけの出会いだよ。一番。本当の最初。女性軍人はそこそこ珍しい上に、大体の
閉鎖・真理の扉の世界で、前の私だけが記憶を持ち越していない、なんてことはない。
だから毎回聞きに行ったんだ。各地を放浪していてどこにいるかわからないエドアルホーエンハイムよりも、確実に同じ所にいる人体錬成者に。
自らの記憶が偽物でないことを確かめるために、そのツールとして。
──我が事じゃないから言うけど、不躾過ぎる。そして私も同じ道を辿った、と。
「その時も私はあなた達の敵でしたか?」
「ああ、
「成程。……成程」
「聞きたいことは聞けたかい?」
「はい。──もう一つ、いいですか」
「もう一つ?」
「エルリック兄弟について、です」
イズミ・カーティスの目が細まる。
他人の込み入った事情をその人の知り合いに聞く行為がどれほど無礼か、など。
「
「……え。聞いてない、んですか?」
「聞いてないよ。そもそももうあの二人に教えることなんかないからね。前にも言ったけど、私達人体錬成を行った錬金術師は人体錬成直後にすべての記憶を取り戻すらしい。だから、あの子らも手足と肉体を失った直後に全てを思い出してんのさ。私が教えたことも全部ね」
……ああ、そうか。
もう彼らだけで完結できるんだ。破門の件は全部無しか。
「ま、あの子らなりの礼儀なのか、毎度毎度挨拶には来るけどね。こっちが思い出してることまで分かった上で、気まずそうに"お久しぶりです"、なんて」
「……イズミさん。今から話すのは、全て与太話です。聞き流してくれますか?」
「与太話なら余所でやんな、と言いたいところだけど、まぁ聞き流すだけなら聞き流してあげるよ」
「ありがとうございます」
そして私は、彼女にもマスタング大佐が黒幕であった場合の話をする。
大筋はフラスコの中の小人やグラマン中将に語ったことと変わらない。
ただ。
「私は──エドワード・エルリックも、疑っています」
「……」
「アルフォンス・エルリックは疑っていません。あの兄弟は考え方に差異がある。物事の視方や受け入れ方に違いがある。その上で、エドワード・エルリックは怪しいと考えています」
「……そうかい」
エドワード・エルリック。
原作主人公にして、分析力の天才。
さて、果たして彼が、私に用意された情報の全てを知った上で、マスタング大佐が黒幕であるかもしれない、という可能性に気付かないでいられるものなのか。私より限られた情報であっても気付くだろうに、ここまで情報を集めてようやくマスタング大佐に目を向けた私より気付くのが遅い、なんてことが──あるのか、どうか。
私はないと思う。
彼ならもっと早い段階で気付くはずだ。人体錬成を行うのが最も遅いマスタング大佐。その彼が記憶を有している事実に。
だというのに国土錬成陣のズレを報告するときとか、会合で彼の名を一切上げない事とか──まるで、庇っている、みたいじゃないか。
「いいえ、正確に言うならば、庇っているのはマスタング大佐の方なのだと思っています。彼は大人で、権力がある。派手に行動しても
──"良いか、鋼の。私が派手に動くことで、私に目線が向かうよう仕立て上げる。その間に君が全てを行え"。
なんて。
憶測も憶測だけど。
「エドワード・エルリックは天才です。イズミさん、貴女は彼に、魂定着の陣などの"クセルクセス式源流錬金術ではない術"を教えたことがありましたか?」
「いいや。ないよ。アルのアレは、あの子が編み出した独自の陣だ」
そうだ。
エドワード・エルリックはアルフォンス・エルリックの魂を縫い留める陣を独学で編み出している。どの教本にも載っていない、それに及び至る記載の欠片さえも見つけられないだろうアメストリスに生まれて、自身が"持っていかれた"極限下においてそれを編み出す。
それがどれほどのことか。
且つ、彼には賢者の石の錬成陣に関する記憶もあるし、錬丹術の存在も知っている。疑似・真理の扉も人体を錬成し直す陣も、そして真理の記憶も。
私がフラスコの中の小人に語った「必要だと思われる知識」の全てを有しているのだ。
「仮に彼が黒幕であれば、話は全て簡単になるんです。各地を放浪し、記憶のある人物を当たっては答えの誘導を行い、真実に辿り着きかねない出会いには介入する。──イズミさん。貴女も気付いていたのではないですか?」
「……さて、どうだろうね。自分の弟子を疑う、なんてことはしたくないが──あの子らが誰を錬成しようとしたのか聞いてもはぐらかされた時には、おや、とは思ったよ」
「それでも尚疑問が残るとすれば、私の中のエドワード・エルリックはこういう"腐ったこと"ができる人物ではないんです。彼は命の重みを知っている。彼は人が蘇らない事を知っている。そのはずです」
「……」
イズミ・カーティスは、ふう、と大きな溜息を吐いた。
そして、言う。
懺悔するように。告解するように。
「アンタ、人体錬成を行う錬金術師ってのは、どういう奴だと思う?」
「どういう、とは?」
「どんな人間性だったら人体錬成を行うか、って話さ」
どんな、人間性だったら。
それは。
「未練のある人間……でしょう。彼らであれば母親に。貴女であれば子供に」
「そう。諦められなかった、乗り越えることができなかった人間が、人体錬成なんて禁忌を犯すんだ。それをしてはならない、って初めに習うってのにね」
「……それは」
「考えればわかる話なんだ。死んだ人間は蘇らない。錬金術を学んで行けば学んでいくほど、死者は蘇らない、ということが突き付けられる。けど、それでも、って私達は自身の力、知恵を過信して、禁忌を犯す。自分と相手の遺伝情報があればそれをもとに魂を呼び出せる? そんな馬鹿な話があるもんか。それができるなら、もっとたくさんの錬金術師が人間でも
デザインベイビー、とも少し違うか。
白人形も、やっぱり違う。
全く同一の人間。死した直後と、死す直前と同じ人間。それを錬成する、という考え方自体が馬鹿げていると、天才である彼ら彼女らが気付かないはずがない。
「エドは決して強い子じゃないんだよ。アルもさ。色々乗り越えて、色々な目に遭って、そりゃ鍛えられたとは思うよ。熱された鉄が叩かれて叩かれて混ぜ込まれて叩かれ、そうやって鋼となるようにさ。だけど」
あの子の本質は、まだ大人じゃない。
イズミ・カーティスはそう言い切る。
「初めは出来心だったのかもね。出来るかもしれないと試してみた。そして出来てしまった。出来てしまった世界で──母親が生きていた。そうなったら、どうすると思う?」
「私なら殺します。怖いので」
「……あの子はそれができなかった。今生きていても、次生きているとは限らない。だから何度も何度も続けた。続け続けた。……コイツもまた与太話さ。あの子に確認を取ったわけじゃないし、相談されてもいない」
「……本当に、できないのでしょうか。いえ、そうですね。そう……私は、エドワード・エルリックに幻想を抱きすぎている……と、思いますか」
「今生きている母親を殺せるかどうか。そこだろうね」
でも。
背を押された気分だ。
「事の真偽は私が確かめます。つらい話をさせてしまい、申し訳ありませんでした」
「確かめる、って……どうやって?」
「勿論、東部に乗り込むんですよ。マスタング大佐に詰問して、あるいはリゼンブールまで行きましょうか」
「一人で、かい?」
「基本は。それを許さない周囲がいるのなら勝手にしてもらう所存です。ただ私は、止まらないことを選択したので」
イズミ・カーティスは、少しばかりの思案顔をする。
そしてメモに何かを書いて、こちらに渡してきた。
「これは?」
「あの子の家の連絡先。エド自身に繋がる回線じゃない、リゼンブールのあの子の家に繋がる回線だ」
「何故私に?」
「さて、こればっかりは私にもさっぱりだ。弟子の敵になるかもしれない相手に何をしてるんだか、と自分でも思うけど──もし、もしも、アンタや私の憶測通りあの子がすべての元凶になっている、っていうんなら」
ニヤリ、と笑って。
「一回ぶん殴ってでも止めてきな。違ったら私の名前を出していいよ」
「わかりました。話し合いをする前に、私に出せる最大火力でぶん殴って、違ったらイズミさんの名前を出して言い訳します」
良い話が聞けたと思う。
これがすべて杞憂ならばそれでいい。エドワードの顔が腫れに腫れて、違いましたか御免なさい、で済むのだから。
では、いざ行かん、東部へ。
*
「それで、何故まだあなたが同行者なんですか? ゾルフ・J・キンブリー」
「説明したはずですが? 今軍は少々規模の大きい演習を行っていまして、その調整でエイアグラム・M・ダッドリーやラグス・M・ダッドリーが出払っている。その点、私に招集がかかっているわけではないので私は手すきである。よってレイゼン・M・ダッドリー、貴女の護衛は私が行う──何か不満点でも?」
「大佐でしょう、あなたは。何故少佐であるお兄様たちに招集がかかって、大佐であるあなたには何もかからないのですか?」
「お上に聞いてください。貴女なら聞けるでしょう」
「……わかりました。もう聞きません」
「聞き分けが良いですね」
東部──イーストシティ、ではなくリゼンブール。
イーストシティで降りようとしたら、このキンブリーが私の首根っこを掴んできて「東方司令部には行かせないようにと仰せつかっていますので」とか言っておろしてくれなかった。
別にイーストシティ全体が東方司令部ってわけじゃないんだから、もしかしたら観光目的かもしれなかったのに横暴である。
全然、バリバリ、東方司令部に突撃するつもりではあったけれど。
そうして着いたリゼンブールには、見たことの無い風景が広がっていた。都会、というほどではないけれど、田舎過ぎでもなくなっている。聞けば羊毛を使った織物の産業で栄えているのだとか。
成程、イシュヴァールの戦火が来ていなければ、こうなっていたのか。
「──」
そして。
見つける。見つけてしまう。
栄えているリゼンブールの、市場の中に一人。
栗色の髪の特徴的な女性を。
「ゾルフ・J・キンブリー。爆破は厳禁ですからね」
「レイゼン・M・ダッドリー。貴女は話が通じないと思った瞬間に剣を抜くのは止めなさい」
「……今抜きそうになりました」
「私は抑えが利きますよ。大人なので」
わかった。
気にせず尾行しよう。
栗色の髪の女性──トリシャ・エルリックを。