セリム・ブラッドレイの許婚   作:クラレントブラッドブラッドレイ

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引けを取らない

 さて──と始めたからには探偵は名推理を披露しなくてはならない。

 が、私は探偵ではないので単刀直入に聞く。

 

「エドワード・エルリック。あなたは一体誰なのですか?」

「……オレはオレだよ。鋼の錬金術師、エドワード・エルリック」

「今この場で求められているのがその回答だと本当に思いますか?」

 

 問えば、観念した、とばかりに両手を挙げるエドワード。

 憮然とした表情は何の感情を示しているのか。

 

「わーった。ただまぁオレの自己認識がエドワード・エルリックである、ってのは事実だ。同時にそうじゃないって自認もある。……オレは多分、エドワード・エルリックで在れと願われた存在、ってトコなんだろうな。その証拠にっつーと微妙だが、オレにはみんなが言ってるような"その後"の記憶ってのが無え。オレっつーのは、あくまで誰かの、あるいは誰か達の記憶をもとに再現されたエドワード・エルリックでしかない」

「分かりやすい言葉でしゃべってください」

「……だーかーら! オレはオレの自覚はあるけど、オレは多分オレじゃねえ! 以上!」

 

 簡潔だった。

 ただ、難解でもある。

 そして予想通りでもあった。

 

「"その後"。その明確な区切りを教えてください。あなたの記憶はどこまでありますか?」

「……オレが最後の錬成をやった。()()()()だ」

「その後のアルフォンスさんについては、何も?」

「ああ、何も覚えちゃいねえ。忘れてるってよりかは、最初から知らねえって感じだ」

「ふむ。ちなみますが、はじまりの記憶はどこですか?」

「人体錬成をやった瞬間……つったら信じるか?」

「えっ」

 

 驚きの声を発したのはアルフォンスだ。

 依然、憮然とした表情を崩さないエドワード。

 

「ま、驚くわな。ずっと黙ってて悪い、アル、ウィンリィ。オレにゃそれ以前の記憶が無いんだわ。正確に言うと、実体験である感覚が無い」

「兄さん……」

「ったく、あんたはなんでそんな大事なこと黙ってたんだか」

()()()()()()()()()()()。そん時は、あんまり……言いたくねえ結果になった」

 

 そうか。

 フラスコの中の小人だけじゃなく、エドワードもいろんなことを試したんだろう。数多に繰り返される閉鎖・真理の扉の中で、最良の結果を掴み取るために──いや、推測だけで納得するのは止めた方が良いか。

 

「何故、試行錯誤を繰り返したのですか? いえ、聞きたいことはそれではありませんね。エドワードさん、この世界におけるあなたの役割はなんですか?」

「知らねえ。だから試行錯誤を繰り返した」

「……ウィンリィさん、アルフォンスさん。彼は嘘を吐いていますか?」

「ちょっと……ショックが強いけど。ううん。嘘は吐いてないと思う」

「というかこの状況でまだあたしたちを騙る余裕があるような奴じゃないわよエドは」

「ありがたいんだかありがたくねぇんだかわからねえ信頼だが、まぁアルたちの言う通りだ。嘘じゃねえ」

「ふむ」

 

 人体錬成を行った時点から、鋼の錬金術師最後の錬成を行った直後まで、か。

 順当に考えるなら。

 

「エドワード・エルリック。あなたは真理である可能性が高いですね」

「……真理、っつーのは、あのいけ好かねぇ真っ白野郎のことか」

「アレはあなたですよ、エドワードさん。あなたが彼をいけ好かない野郎だと思っているのであれば、それはあなた自身があなたをいけ好かない性格であると自覚しているに過ぎません」

「……だが、成程。それなら説明はつくな。オレの記憶の開始地点がそれなのも、終わりがそれなのも」

「流石ですね」

 

 エドワード・エルリックという舞台装置が真理にアクセスした瞬間、エドワード・エルリックは記憶の流入と共に真理になった。真理が自らが真理であるという自覚を忘れ、エドワード・エルリックであると思い込んだ、みたいな状態だと思う。

 だから、終わり──扉を分解し、真理との接続を切ったその瞬間が記憶の終わりなんだ。

 エドワード・エルリックの真理は、それ以降のことを知らないから。

 

「もう一つ、あなたの考えを聞かせてください、エドワードさん。あなたはこの繰り返し……私は閉鎖・真理の扉と呼んでいるこの空間を成立させている存在を、誰だと思っていますか?」

「確実な事は言えねえが、ホーエンハイムの野郎が噛んでるのと──大佐が噛んでるのは確実だ」

「……マスタング大佐を隠れ蓑に使っていたのがあなた、ではないのですか?」

「んなコトするかよ。オレが大佐を矢面に立たせて裏でこそこそするような奴に見えんのか?」

「見えなかったからあなたを疑っていました。ですが、違うとなると、当初の推理通りマスタング大佐が黒幕と考えるのが妥当、でしょうかね。ヴァン・ホーエンハイムがよくわかりませんが」

「大佐が黒幕、ねぇ。……やりそうな気もするし、絶対やらねえ、と言える気もするし」

「少なくともあなたとマスタング大佐は結託していない、ということでよろしいでしょうか」

「ああ、そこは……あー、ウィンリィとアルと母さんに誓うよ」

 

 さて、と始めたはいいものの。

 謎が増えただけか、これは。ただ解消されたものも多い。

 

 そして。

 

「ヴァン・ホーエンハイムは私をあなたに会わせたくない、というような発言をしていました。ヴァン・ホーエンハイムとの繋がりも無いのですよね?」

「無い。これも誓う」

「つまり、あなたは自らのことを知らないけれど、ヴァン・ホーエンハイムにとってあなたはマストな存在である、ということです。そして恐らくマスタング大佐にとっても。──では、さっきからずっと黙っているセリム様。あなた達人造人間(ホムンクルス)、及びフラスコの中の小人にとってのエドワード・エルリックはどういった存在ですか」

「僕からすれば、常に僕を阻み続ける光。父からはわかりません。あの方の考えを読めたことはありませんから」

 

 そこは変わらず、か。

 ただ、黒幕は絞れたし、やることも決まった。

 

「敵、と断定するには早いかもしれませんが、少なくともこの閉鎖・真理の扉、及びエドワードさんを中核としたいヴァン・ホーエンハイム。そして明らかにおかしな動きをしているロイ・マスタング。彼らが真相を知る存在であることは間違いないでしょう」

「だったら話は早い。オレとアルが大佐のとこ行って話を聞いてくる。レイゼン、あんたはここで療養してろ。んでプ……セリム。お前はホーエンハイムを探してくれ」

「僕に彼女の隣を離れろと?」

「離れなくても探すくらいはできるだろ」

「……まぁ良いでしょう。請け負います。ただ、集中力は落ちますから、レイゼンの護衛兼監視役が必要です。こう言っては何ですが、敵の本拠地とも言えるここリゼンブールから彼女をダッドリー家に移し、ラグス・M・ダッドリー、エイアグラム・M・ダッドリーなどに任せるのが得策です」

「敵の本拠地ってお前……まぁ言い返せねえか。ホーエンハイムがあんななんだし。うし、んじゃウィンリィ、悪いけどユーリさんとサラさんの説得頼むわ。お前もだけど、あの二人、怪我人を別の場所に搬送するってなったら渋い顔しそうだし」

「ん、わかった。レイゼンの安全のため、なのよね?」

「ああ」

 

 やっぱり、話が早い。

 エドワードが中心にことを運んだ方が、結束が高いんだ。仮に彼が偽物であっても、それは変わらない。そういう印象を受ける。

 

 ただ。

 一つだけ、聞いておきたい。

 

「エドワードさん。……アルフォンスさん、ウィンリィさんも――聞いておかなければならないことがあります」

「……母さんのこと、だよね」

「お父さんとお母さんのことでしょ。それくらい、わかってる」

「ま、それが気になるわな」

 

 三人とも。

 覚悟の決まった目と声だった。

 

 ……躊躇なし、か。

 

「ぶっちゃけた話をすりゃ、オレは多分、母さんを生かし続ける動きをさせられている、ような気はしてる。無意識的な話だ。オレはそれを考えることについて積極的になれないし、それにたいして動くことに忌避感みてぇのがある。──が!」

 

 エドワードはそこで言葉を切って──機械鎧の親指を下に向けた。

 

「たとえこの身体が言うこと聞かなくても、このクソッタレな世界は終わらせる。誰が生きてるとか、誰が死んでるとか。そーいうのはもうやめだ。死んだ人間は蘇らねえ。それは絶対だ」

「うん。……ボク、考えてることがあるんだ、兄さん」

「多分おんなじこと考えてるよ、アル」

「あたしも」

「まさかとは思いますが、彼女らに事情を打ち明ける、と?」

「そのまさかだ。……ま、今さっき啖呵切っといて情けない話だけどよ。別れの挨拶くらいはして行きたい」

「なにより何も知らせずに終わらせる、っていうのが、なんだろう、誠実じゃない、って感じがするんだ。何に対してかはわかんないけど……」

「医者の娘として、医者の卵として。多分あの二人も、それを許せないと思うし」

 

 強い。

 なんだ、この三人は。

 

 いや──予想通り、なのか。

 私が抱いていたエドワード・エルリックに対する幻想、そのまま、という感じだ。そしてアルフォンスも、ウィンリィも。

 強い。強くて眩しい。

 

「どうですか、レイゼン。これが僕を変えた光です」

「……自慢げですね」

「おや、そう聞こえましたか?」

「はい。まるで成長した我が子を自慢する親のようでした」

「長年見守って来た、という点では、そうなのかもしれません」

 

 敵としてですが、なんて笑うセリム。

 変わった。変わり過ぎている。だけど、悪い変わり方ではない、か。

 

「オレとしては、アンタらの意見も聞いときたいけどな」

「私、ですか?」

「だってそうだろ。オレ達の懸念通り──全てが元に戻って未来()に続くんなら、セリムはセリムのままであれるってことはねぇし、レイゼンは──」

「いないかもしれませんね。確実に一度目にはいなかった存在が私なので」

「……おう」

 

 ま、それは実際そうだ。 

 彼らがその覚悟をしなければならないように、私達も同じ覚悟を強いられる。

 

 セリムは人造人間(ホムンクルス)ではなくなる、あるいは人造人間(ホムンクルス)であっても監視され続け、二度と自由のないような存在になる。

 そして私は──まず、そもそもダッドリー家が分解されるだろう。だから、レイゼン・M・ダッドリーなる女性はどこか別の場所の人間である可能性が大いにあるし、生死も不明。

 

 何より。

 

「君は──どうなるのでしょうか」

「怖いんですか、セリム様」

「僕がどうなるか、については、特に。……君がこの世界にいる存在なら、僕のどんな力を使ってでも探し出して君に会いに行きます。ですが」

 

 私。

 レイゼン・M・ダッドリーではない私は、異物だ。混入物だ。

 全てが一度目、つまり原作通りになって、その地続きの未来となるというのなら。

 

 混入物の入る余地など無いだろう。

 そうなったとき、私はどこへ行くのやら。

 

「そっちの三人みたいに、笑って送り出す、くらいの覚悟は見せられないんですか」

「傲慢にそんなことを求めないでください。なんなら僕は全てを取りこぼしたくないと思っている側ですよ。君達の親もね」

「わかりました。エドワードさん、申し訳ありません。セリム様は使い物にならないので、ヴァン・ホーエンハイムの捜索は私が」

「レイゼン、君は少し黙っていてくれませんか? 話の進行を阻害することに関しては天才ですよ、君は」

「いえこの身は非才の身なので、そんな才能ないです」

 

 はぁ、と。

 大きなため息が聞こえた。発生源はエドワード。

 

「なぁアル。オレは今何を見せつけられてるんだ?」

「イチャイチャ、って奴だよ兄さん。兄さんは知らないだろうけど、兄さんの覚えてない未来での兄さんとウィンリィもこんな感じだった」

「こらアル! エドが知らないからって、テキトー言うな!」

「全然適当じゃないよウィンリィ。帰ってくるたびに鉢合わせてイチャイチャイチャイチャ……それでいて自覚がないんだから、そばにいるボクの身にもなってほしいっていうかさ」

「い、言われてるぞウィンリィ。……つ、つ、つつーか、やっぱりオレとウィンリィは、その……」

「うわ、アンタがあのド下手な告白覚えてないと思うと揶揄いたくなる気持ち半分、私だけ恥ずかしくてなんかムカつく半分」

「文句はオレじゃないオレに言えよ! オレは知らねえんだから!」

 

 ──なんでもないことかのように言っているけれど。

 彼自身も消える、というのは、わかっているのだろうか。思い出すんじゃない。彼は消える。彼はエドワード・エルリックではないのだから。

 

「お互い消滅する者同士、これからは仲良くできるかもしれませんね」

「……アンタが消滅するって決まったワケじゃねえだろ。バカセリムなら血眼になってでもアンタを探すだろうし、仮に死んでたら……無駄に豪華に弔ってくれるさ」

「ああいえ、私はこの世界に属する魂ではないので、恐らくというか確実に消えていなくなります。レイゼンという名の女性の痕跡は残るかもしれませんが、私は残らない。私は閉鎖・真理の扉の中でのみ成立する存在なので」

「話が違う。おいプライド、なんでそんな大事なこと黙ってた。お前がここに到着してから、話せる時間いくらでもあっただろ」

「言ってどうにかなるものではないでしょう。それに、さっき言ったように僕は彼女を諦めたくない。ただ、この繰り返しを終わらせたいのも事実です。その二律背反は、まぁ、その時の僕に任せます。最後の瞬間、僕は諦められるのかどうか。諦められていなかったら容赦なく僕を殺してください。確実に君達の障害となる。僕も真面目に君達の敵をします。そして、また繰り返しを始めるかもしれません」

「この全員が覚悟を決めて結託する場面で敵になる宣言かよ……いやプライドらしいっちゃプライドらしいが」

「元々敵同士ですよ、僕たちは。今回たまたま目的が合致したに過ぎません。──そして、レイゼン」

「あ、はい。話が来ると思ってなかったので聞いてませんでした。なんですか?」

 

 エドワードとセリムの牽制し合い。

 どっちも折れないだろうから、と思って聞き流していたけれど、なんか流れ弾が来た。

 

「もしその時になって、僕が覚悟を……決めることができた時。以前約束した返事をその時にください」

「……ああ。1915年の春までの約束ですか」

「はい。あなたがいなくなる覚悟をしているのならば、返事はその時にもらうのが筋というものです」

「いいですよ。ただ、セリム様。あなたが諦めきれなかった場合でも、私はこの繰り返しを終わらせに動きます」

「僕が敵に回っても?」

「いえ、私はあなたの護衛なので、あなたを守りつつ、です」

「矛盾していませんか?」

「していないです。それともなんですか、セリム様。その発言はまるで、黒幕にフラスコの中の小人が噛んでいないと思えない、と言っているように聞こえますが」

 

 天使が通る。

 いや──これは、誰もが考えないようにしていた可能性を突いてしまった、のかもしれない。

 

「最悪のパターンがそれだな。ホーエンハイムと大佐とフラスコの中の小人が結託してる、っつーのは、考え得る限り最悪の戦力だ。んで、一番あり得そうな可能性でもある。レイゼンとアルが言ってたように、こんなバカみてぇな規模のコトを為すにゃ、それなりの対価が必要だ。等価交換。それを支払うリソースのあるホーエンハイムとフラスコの中の小人、んでもってそいつを使う頭のある大佐」

「国土錬成陣も消えたわけではありませんし、他の人造人間(ホムンクルス)もまだ健在です。諸々の問題はまだ残っていることは忘れないでください。錬金術に関しては私は素人も良い所。その辺は天才方々に任せるので、私は私で動かせていただきます」

「いやアンタは動くな」

「レイゼンさん、自分が重傷患者だって理解してる?」

「ねえエド、アル、この子ホントに家に帰して大丈夫? あたし心配なんだけど」

 

 なんだなんだ、信用無いな。

 私はこの場にいる全員を繋いだ立役者だというのに。

 

「ダッドリー家に強く言い聞かせますよ。というか、この大怪我を見れば彼らも過保護になるでしょう。それこそ部屋から一歩も出さないくらいに」

「……安心してください。有事の際にはどんな手を使ってでも抜け出します」

「あんたが話を聞かないのはよくわかったわ」

 

 懸念点があるとすれば──未だ話に全く絡んできていないシン組、なんだけど。

 このまま一切手を出してこないで終わる、のかな。時系列的に考えれば、まだシン皇帝は危篤になってないだろうし。

 

 ……錬丹術、ちゃんと学んでみたかったけど、今は体力回復に努めるに留めよう。

 

 しかし、イチャイチャか。

 自覚なかったけど、これでできているのなら、まあそれはいいことなのかな。

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