セリム・ブラッドレイの許婚   作:クラレントブラッドブラッドレイ

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大巧は巧術無し

 ダッドリー家に搬送され、しこたま怒られたり心配されたりした後絶対安静になった私。

 キンブリーは「ヴァン・ホーエンハイムと決闘した」のではなく「無謀にも野盗団に単身で突撃した」と説明したらしい。ここで重要なのは勇敢にも、ではなく無謀にも、である。

 まぁ、無謀だった。野蛮だった。

 力こそパワー。非力の身でよく言う、という話。

 

 困ったことに、悲しいことに、なんとかしてダッドリー家から抜け出す、というのは……かなり難しい、ということがわかった。

 あんまりにも付きっ切りだから。お母様と──なんと、南部国境線、ピットランドから帰って来たお父様に常時監視されている状態にあるのだ。

 フラスコの中の小人の方ではないお父様と会うのは四年か五年ぶりくらい。

 何故帰って来たのかを問うたら、なんかはぐらかされた。お母様、お爺様も教えてくれない。

 そういえばキンブリーが言っていたけど、ラグスお兄様とエイアグラムお兄様も何か軍事演習があったとか招集があったとかで来られなかった、んだっけ。

 

 ……1913年というと、鋼vs焔の錬金術師の練兵場での対決があったこと、くらいしか知らない。少なくとも知識上では。

 そこでなんか大きな軍事演習があったかどうかを私は知らない。けど、状況が状況だから、私が知らないだけと考えるべきか、黒幕が割れたからフラスコの中の小人が大きく動き始めたか。

 完全に味方につけた、と考えるにはやっぱり怪しすぎるからなぁ。錬金術ではない術の気配があった、というのもどうやって調べたのかはわからないし。

 

 行動したい。

 今、私がこうやって部屋のベッドで包帯まみれになっている中で、エルリック兄弟はマスタング大佐のもとへ、セリムはホーエンハイム探しに明け暮れている。多分だけど、フラスコの中の小人へのアプローチもやっているんだと思う。

 ……何もできない、と昔は嘆いていたけれど、何もさせてもらえない、というのも……ううん。

 こっそり錬丹術を使って治癒を早めてはいるけれど、正直焼け石に水ではある。それくらいの重傷だそうで、本場の錬丹術師、錬丹術の達人であるメイ・チャンに習えればもう少し上手くやれそうなものなんだけど、私の練度じゃこれが限界。

 生体錬成となるともっと人体への理解が必要になる。私は未来知識とでもいえばいいか、この時代の人間よりかは人体に詳しいけれど、じゃあ生体錬成できますか、って言われたら無理。

 流石にぶっつけ本番でやる錬金術じゃない。失敗すると修復不可能な傷になるみたいだし。

 

 結論、とりあえずしばらくは安静。

 

 ……できるかどうかは考えないものとする。

 

「久しぶりだね、レイゼン。その姿の君に元気にしていたかな、と聞くのは些か躊躇う所があるけれど、君は多分どんな時でも元気だ、と答えるんだろう。だから、そうだな、最近何か変わったことはあったかい、と聞こうか」

「お父様は相変わらず一度にたくさんのことを聞いてきますね。そして自己完結が激しい」

「これはクセだからね。仕方がない事だと思って欲しい。しかし、その様子だと変わったことがあったどころか、逆転、反転するほどの何かがあったらしい。どうだろう、何か急いでいるようだし焦っているようだけど、私にたくさんのことを教えて欲しい」

 

 お父様とだけの語らいの時間。 

 ……中々特徴的な喋り方の人だけど、最初の方は自己完結の時間で、最後に聞いてくることが本命だから、最初は聞き流していても問題ない。それがお父様との付き合い方。

 

「昔、話しましたね。私は……この国に未来が無いと思っている、と」

「懐かしい話だね。そして──私が君を、とても賢い子だと思った瞬間でもある。何故なら全くの同意見だったからね。君が憂う部分も、この国の危うさも、この国の問題点も、何もかも。それが今の君の焦燥感と何か関係があるのかな」

「はい。今この国は、大きく動こうとしています。本来であれば1915年に動くはずだったのに、全てが、根幹が崩れました。……お父様。もし……そうですね。ダッドリー家に何の理由もなく一家離散の危機が訪れるとしたら、あなたは何をしますか?」

「そう問うということは、その危機は必ず来るものだし、避けられないものだ、ということだね。そうか、一家離散か。悲しいことだけど、致し方の無いことかもしれない。何故ならダッドリー家とは()()()()の家だから。そして、何をするか。それは簡単だよ。アメストリスを、家族を守る。離れ離れになっても他人になっても関係は無いよ」

 

 家族でなくなっても、関係はない。

 それは……ああ、良い言葉だ。

 

 それにしても。

 

「ダッドリー家が寄せ集めの家、というのはどういう意味ですか」

「知らないふりは要らないよ、レイゼン。私も、父も、エナも、ラグスもエイアグラムもレイゼンも。本当は他人だった。元々家族じゃなかった。……ダッドリーに纏わる軍人は皆、そういう夢を語るものだ。それが昨日か一昨日か、明日か明後日かは変わらない。皆不安になるたび、気持ちが落ち着かなくなるたびに、口を揃えてこう言う。"自分はここにいるべき人間じゃない気がするんです"と」

 

 それは。

 もしかしたら、限界、なのかもしれない。

 

 そうだ、私は勝手に閉鎖・真理の扉を無限に続くものだと思っていたけれど、繰り返しの記憶がただ封印されているだけで、夢やフラッシュバックという形で思い出せてしまうのであれば、それは脳に刻まれていること。

 アメストリスの平均寿命は五十歳前後。一部超人的な人間が七十歳とかまで行くけれど、基本はそれくらいで死ぬ。その五十年間を何百回も繰り返し続けて、それを脳に蓄積し続けて、しかも封をし続ける。

 もしかして、閉鎖・真理の扉を続けることそのものより、そっちの方がたくさんのリソースを使うんじゃないか。だからこそ今現時点において、過去を思い出してしまっている人間が多くいる。

 

 閉鎖・真理の扉はあくまで等価交換、リソースがあっての話であって、永久的なものではない、のだとしたら。

 いつか、私達が何をせずとも、全ては終わっていたのかもしれない。

 ……私が"次"に行く気を持っていないから、それは可能性の話だけど。

 

「お父様。お願いがあります」

「君を連れ出す、という話は聞けないよ。私が怒られてしまうし、君が心配だからね。けれど、私に何かして欲しいということなら何でも言ってみると良い。軍のお話はできないけれどね」

「私はセリム様の護衛です。死んでも彼を守らんとする意思がある。けれど、……多分私は、彼を守って死ぬのではなく、いえ、違いますね。守り切って尚も、この国に真の意味での平和が訪れたとしても、私は多分、消えます。いなくなります。だから、セリム様を守る存在がいなくなります」

「……消える、というのは──バラバラになる、とか、ではなさそうだね。死ぬ、という意味でもない。君は……レイゼン。君は」

「おお、歯切れの悪いお父様は珍しいですね。ただ、お願いがあります、と言いました。私が消えるとかはどうでもいいので、寄せ集めのダッドリー家がバラバラになったとしても、必ずまた軍人となり、セリム様を守ってください。……今自分らしくない、ということは自覚しています。弱っているせいでしょうね。セリム様を他人に任せようとするなんて、私らしくない」

 

 お父様はちょっと独特で不思議な人だから、私も私らしくないことを言ってしまうらしい。

 死んでも守る。それは当然として──死んだ後のことを、誰かに託すなんて。

 

 でも、なんだか「気がする」のだ。

 ラグスお兄様は本当は軍人じゃない気がする。エイアグラムお兄様は軍人かもしれないけど、文官のような気がする。お母様はよくわからないけど、普通の貴婦人……ああいや、どっかのお転婆お嬢様な気もする。お爺様は酒場とかにいそう。

 でもお父様だけは元から軍人である気がするのだ。なんでか。何故か。

 

 だから、お願いする。

 

「お願いします。私は……私が未来にいる可能性は、万に一つもないと考えています。だから、セリム様をどうか」

「……わかった。約束しよう。君が消えていなくなるということを私は考えたくはないけれど、君がそう言うということは、それは絶対のことなんだろう。少なくとも君の中ではね。だから、本当に君が消えてしまうのならば、私はセリム様の護衛に着こう。誓いを立てるよ、私の娘にね」

「ありがとうございます、お父様」

 

 独特で不思議で特徴的な人だけど。

 物分かりも良いし、察しもいいし、何より思慮深いのがお父様だ。

 

 さて。

 

「お父様。どうやら体力限界です。──おやすみなさい」

「ああ、おやすみ。私の可愛いレイゼン」

 

 怪我人は、大人しく体力回復を待つとしよう……。

 

 

 *

 

 

 眠っても、真理の夢は見なかった。

 もう訪れることはないと自分で言ったのだから当然な感じはするけれど、前世の悪夢も見なくなったのはこれ如何に。セリムとの語らいで何かが解消されたか──久しぶりの、というか生まれてから初めての快眠に自分で驚いている。

 

 こんなに起床が心地いいのは初めてだ。

 相変わらず体は痛いし、指もあんまりうまく動かせないけど……ちょっと歩き回って見たくなる。朝日を浴びたい。

 

「こーら。ベッドから降りちゃダメでしょ、レイゼン」

「……何故いるんですか、お母様」

「眠っているあなたに近づいて、気配を悟られなかったのが初めてだったから、そのままベッドに潜り込んじゃった」

 

 そう、いえば。

 眠っている時でも誰かが近づいてきたら飛び起きる。今だってそうだ。私はお母様の気配に気がつかなかった。

 気が抜けている。

 

「気が抜けている、って今思ったでしょ」

「はい。何故分かったのですか?」

「一気に雰囲気がピリっとしたもの。レイゼン、貴女は気づいていないでしょうけど、貴女ってばどこにいてもどんな時でも殺気を出しているのよ。でもそれが、帰ってきてからとっても柔らかくなっている。何があったのかは教えてくれないみたいだから、寝言に聞こうかなー、とか思ったんだけど、寝言も全然言わなくなっちゃったし……」

「寝言。もしかしてそんなに昔から言っていましたか」

「ええ、昔から。貴女はずーっとずーっと何かに謝ってた。それでいて泣いてもくれないし、頼ってもくれないし、助けも求めてくれないんだもの。ホントに心配してたのよ? あ、でも、もう強制的に頼って、なんて言わないから安心してね」

 

 ふむ。

 素直に恥ずかしいな。死にかけたから、だけじゃなかったのか。

 情けない。未練がましい。本当に、どの口が言うのか。

 

 あ、でもそれを言わなくなった、ということは、やっぱり私の中でつっかえが取れたのかもしれない。

 セリムのおかげ、か。ずけずけと人の夢の中に入ってきてくれたセリムのおかげだ。勝手に記憶を改竄してくれた彼のおかげ。

 

 ……まぁ。

 

「安心している、と思うことにします。お父様が帰ってきているのも大きいかもしれません」

「それだけじゃなさそうだけど、そういうことにしておく。……ね、レイゼン。もうちょっと寝ていない?」

「今久しぶりの快眠だったので朝日を浴びてみたいな、と思った私の純粋な心を妨害する気ですかお母様」

「いいじゃない、朝日なんて。二度寝してからお昼に浴びればいいわ」

「それ朝日じゃないです」

「もうちょっと。もうちょっと、ね? ──こうやってあなたの温もりを確かめさせて欲しいの」

 

 ああ。

 これ、お父様がお母様に何か言ったな。私が消える云々をそのまま話したんだろう、あの調子で。

 それで寂しくなって来たな。これは。

 

 仕方がない。

 どうせベッドから勝手に降りてはいけない、という禁を破ろうとしたのは事実だし、もう少しお母様の腕の中にいるとしよう。

 

「……私は嫌よ、レイゼン」

「バラバラになってしまうことですか。それとも私のことですか」

「どっちも。だって私は母だもの」

「そうですか。……母、ですか」

「ええ、そう」

 

 母。

 前世でも母というものとの距離感はわからなかった。あの人のことを母と呼ぶのは微妙な抵抗感がある。別にネグレクトを受けていたとか、酷い暴力を受けていたとかではないけれど……多分あの人は、自分の子供、という存在との接し方を知らなかっただけ。

 それがわかったから私は早々に家を出たし、就職もしたし、それでその後あの事故があって、あとはご存じの通り。

 

 結局親孝行らしいこともしていないし、母親と最後に話した言葉、というのも全く出て来ない。

 

 それを……そうだなぁ。今こうやって受けているのは、多分母の愛というものなんだろう、ということまではわかるようになった、と思う。

 セリムからの好意を愛と受け取ること。それができるようになってから、愛されている、というのがなんとなくわかるようになって、……だから。

 

 だから。

 

「一つ、頼ってもいいですか、お母様」

「え! あ、ごめんなさい、耳元で叫んじゃって」

「はい、鼓膜に酷いダメージが入りました。それで、その……抽象的な話なのですが」

 

 愛され方は、わかった。愛されているということの知覚ができるようになった。

 ならば、私が消えてなくなってしまう前に、もう一つ覚えておきたい。

 

「愛する、というのは、どうすればいいのですか? ……私の中に、愛という感情が無いように思うのです。でも、報いたいという気持ちはある。……愛とは、なんですか?」

「……レイゼン、あなた……」

 

 私ではないレイゼン・M・ダッドリーは、それを知っているようだった。

 あの雨降る真理の中で見た彼女の切なる願い。あれは愛だったように思う。そんな気がする。

 

 でも私の「セリムを守る」という意思は、愛ではないと思う。使命だ。

 だから……自らの消えるその瞬間にまで、彼の息災を願った彼女のような愛情を、私も覚えてみたい。それを恩返しとして、消えたい。

 

「思春期、ね!?」

「お母様に聞いたのが間違いでした。他の人に聞きます」

 

 他に知ってそうな人、誰かいるかなぁ。

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