セリム・ブラッドレイの許婚 作:クラレントブラッドブラッドレイ
お出迎えが一人を除く全員であったのは意外と言えるだろう。
果たしてそれが興味なのか脚本なのかは定かではないけれど、そこにはウロボロスの刺青を持つ六人がいた。
「錚々たる顔触れですね、という社交辞令は必要ですか?」
「つまりプライドは含まれていないと」
「社交辞令ですから」
ああ、違う違う。
喧嘩を売りに来たわけじゃない。だから、ここはしっかりしないと。
「余計なお喋りは無しで良いですか。私、こう見えて重傷でして。立っている体力もほとんどないので」
「構わないとも」
「では──単刀直入に。この閉鎖・真理の扉を終わらせる方法は、
沈黙が降りる。
フラスコの中の小人の表情は読み取れない。ただ周囲にいる顔触れ、つまり
焦りを覚えたような表情。余裕、無表情、無関心。
ひと際目立っていたのは、彼女の全てを諦めたかのような、そうして目を伏せた顔だろうか。
「……おや。どうして死なないのですか?」
「説明が足りねえよ嬢ちゃん。単刀直入が過ぎる。喧嘩売ってるようにしか聞こえねえ」
「はあ。でも、考えてみれば普通の事だと思いませんか。世界の全てが繰り返し、世界の全てが色褪せていく中で、あなた達
「……説明になってね」
「ナルホド。オマエは、過去を覚えている者を色褪せていると表現した。つまり──本物ではないと」
「はい。エドワード・エルリック、ブラッドレイ夫人と話をして確信に至りました。錬金術師もそうでない人も、誰かにそう在れと願われ、そう在ることになった存在。つまり作り物、あるいは紛い物です」
いいえ。
「あなたが知っている彼ら彼女ら、です。だから興味の無い者であればあるほど解像度が低い」
「……」
「ただ、その魂が本物でなくとも、生まれ出でてから培われた感情は本物です。環境という奴です。その人格をその環境にセットすれば、ある程度は同じ人間として育つ。あなたが賢者の石の蓋を通して得たアメストリス全土の人間の情報。それをもとに作り上げた仮初の人間たちで彩られた世界。それがここ、閉鎖・真理の扉の真相」
だからシン組は早めに来ない。
だから他の国での情報がほとんど入らない。
国境付近の紛争以外──そんなものは無いに等しいから。
「つまり、なにかね? オマエはここを、ワタシの夢の中であると、そう言いたいのかね?」
「それは正確な表現ではありませんね。ここは扉の向こう側。あなたがあの時に飲み込まれた真理の向こう側。そこに作り上げられた、諦めきれなかったあなたのシミュレーション」
「……ふむ。続けたまえ」
「人間は偽物ですが、
だから世界は最適化されていく。
だからフラスコの中の小人一人の考えで配置を動かせる。
けれど此度、唯一違うことがあった。前回、唯一違うことをした者がいたからだ。
「一度目から地続きである存在は、ホムンクルスさん、あなただけです。他は全員あなたの作った幻。いいえ、私だけが被創造物ではありませんが、少なくとも私は一度目にはいませんでしたから、地続きなのがあなただけなのは事実でしょう」
「記憶は? 行動だけならまだしも、人格や記憶という情報をなぜワタシが有している?」
「あなたがかつて、アメストリス国民の全てを賢者の石にして飲み込んだことがあったからです。賢者の石はその人物の魂。記憶。存在。かつて約5000万の魂をその身に収めたのですから、たとえそれが短期のことであったとしても、あなたという記録の中に蓄積された」
「それではワタシが国土錬成陣を発動させるまでに死んでいた者達の記録が説明つかんだろう?」
「ええ、ですがそういう人たちはあなたにとっては興味の無い、解像度の低い人たちですから。多少違いがあっても構わないのでしょう? あなたに必要な情報は、そういう存在がいた、という軌跡だけで、記録の無い記憶達は環境さえ用意してやれば勝手に動くもの」
必要な動きをして欲しい人間は、殺してこなかったから。
行動記録を配置するだけでいい──それはたとえば医者夫婦とか、殺人鬼とかは、フラスコの中の小人の知っている行動を取っても知らない行動を取っても関係がない。そもそも知らないから関係がない。
「且つ、あの時国土錬成陣に飲み込まれなかった数名については、真理をもとに作成できる。できなかった者は存在しない。シンの精鋭や合成獣の軍人たちは、そもそもが存在しない。いえ、その名前を持った存在はいるのかもしれませんが、全くの別人でしょう」
「ふぅむ、ふむ。ナルホドナルホド。些か極論、暴論のある部分も大きいが、筋は通った。──だが動機はどうかね。ワタシは何故そんなことをしている?」
「あの時あなたは嘆いていたでしょう、未練を。"どうすればよかったのだ"、と」
だから、どうすればよかったのかを考えた。
どうなれば成功したのかを考え続けた。
あの扉の中がどうなっているかなんて知らないけれど、少なくとも意識はあったのだと思う。戻りたくないという言葉やあの世界という言葉から察するに、そこは現実よりもつまらない、無間地獄のような場所なのだろう。
だから意識の時系列は関係がない。エドワード・エルリックが扉を壊すよりも、ウィンリィ・ロックベルが告白を受けるよりも早く死んでいるはずのフラスコの中の小人、という前提は意味がない。真理には人間の歴史が保存されるのだから、真理から作り上げた者からある程度の記憶も取り出せる。
エドワード・エルリックの記憶だけがあそこで止まっている理由は、先述の通り彼が扉を対価にしたから。あの先でエドワード・エルリックが何をしたか、という記録だけは引っ張ってくることができなかった。
全生命の中にあるという扉は、けれど彼の記録だけを途中までしか持っていない。
「あなたは何度も考えている。二百通り、でしたか。いいえ、それ以上でしたか。無限にも等しい時間を考え続け──けれどもう飽いてしまっている。だってエドワード・エルリックがいる限り、あなたは絶対に成功しない。どう頑張って動いても、必ず阻まれる」
「それは、前の話にも出たことだな」
「はい。そしてあなたの被創造物である彼ら彼女らからも、あなたが望む以上の答えは出ない。紛い物も生まれ直した者も、あなたという広がりの延長線上にしかいない。そしてあなたが閉じている以上、何度繰り返そうと同じ結末に収束する」
「オマエの存在はどう説明するのかね」
「レイゼン・M・ダッドリーの意志の力──とするのもまぁ、ロマンチックではありますが。あなたが飽いたから適当な者に壊させた、というのも妥当ではあると思っています。意識的か無意識的かは知りませんが、あなたはもう終わりたいと思っていた。その役目をたまたまレイゼン・M・ダッドリーが担い、彼女と等価である私が呼びこまれた。あるいはあなたが注目していた人間だったから、かもしれません」
プライドと恋仲にする人間。
恋慕を募らせるに足る人間。傲慢に対しひたむきで滅私的な、誰でもいい誰か。
「ゆえにここは閉鎖・真理の扉。残念ながらもう、誰も扉を開けてはくれませんよ。誰ももう、あなたを取り出してはくれません。だから、とっとと夢から覚めてください。そのためには死ぬのが手っ取り早いです」
「……嫌だ、と言ったら?」
「なぜですか? あなたは飽いているのでしょう?」
「真相もわからず原理もわからずにただ続けるのには飽いた。だが──ここがワタシの見る夢の中だというのなら、話は別だ。確かにオマエの言う通り新しさは無いのかもしれない。カミを降ろすことも、エドワード・エルリックに勝つこともできないのかもしれない。だが、だが、だ。レイゼン・M・ダッドリー」
フラスコの中の小人は、ニヤリと笑う。
「私が飽いて、紛い物が一人消えた程度でオマエのような新たな魂を呼び寄せられるのなら、そんな楽なことはない。ならばもっとたくさんの紛い物がレイゼン・M・ダッドリーのような等価交換を行えば、この世界はいずれ本物になる。そうは思わないかね?」
「──確かに」
論破された。
だって私の理論なら、フラスコの中の小人が環境を整え、レイゼン・M・ダッドリーと同じく多少の錬金術を使える人間を配置することができれば、その全てを総入れ替え、なんてこともできるわけで。
そのフラスコは多分穴ぼこだらけだけど、彼からすればフラスコを保つ必要もないわけで。
そして全生命の中に扉はあるから、本来であれば全員錬金術が使えるはず、なワケで。
論破された。完全に。
「ただ、ホムンクルスさん。ここでひとつ、大事な情報があるのです」
「ほう?」
「残念ながらレイゼン・M・ダッドリーが引き込んだ人間というのは──非常に特異な人間でして」
錬成反応が走る。
血の滴る包帯が剣へと化していく。
「正論に対して素直に身を引く人間ではない、という──ただそれだけのことです」
「そうか。──それで、立っているのにも集中が必要なオマエに何ができるのかね」
「実験ができます。紛い物が身を粉にして引き込んだ混ざり物。けれどそれは、閉鎖・真理の扉という密閉世界の穴埋めのために外部から呼び込んだ魂に過ぎません。であれば、それが消えたらどうなるのか、という実験です」
真理を介した等価交換ではなく。
ただその魂が消えたのなら──この空間は、果たしてどうなるのか。
整合性の取れなくなったシミュレーションが、果たしてどうなるのか。
「いざ」
「じゃないですよ。まったく、君は、いつになったらその突撃癖治るんですか?」
踏み込もうとした足と首根、胴体をぐいっと引っ張られて、後ろに放り投げられる。
浮いた体をキャッチしたのは、投げた本人。
「……何用ですか、セリム様」
「さて、何用でしょうね。何用だと思いますか、レイゼン」
セリム・ブラッドレイ。
笑顔──だけど確実に怒っているっぽい彼が、そこにいた。
間を置く程の時間はない。
何故って次々と現れたからだ。
今度こそ本当に、錚々たる顔触れが。
「……レイゼン・M・ダッドリーだな」
「おや──初めまして、マスタング大佐。気のせいでなければ顔がボコボコですが、どうかされましたか」
「ぶん殴ってやった。──ら! 違った。オレは悪くねえ」
「だからまず話を聞こうって言ったのに……」
ロイ・マスタング。
その隣に立つエドワード・エルリックとアルフォンス・エルリック。
「ホークアイ中尉は一緒ではないのですか」
「中尉と私をセットにするな。別行動中だ」
「はあ。別行動」
ここでフラスコの中の小人が死ねば終わるというのに、他に何をするというのか。
「セリム様、ヴァン・ホーエンハイムは?」
「見つかっていませんよ。ただリークがありまして。ここに君が来た、という」
「よ、っと。ま、つーわけだ、嬢ちゃん。俺様は親父殿のままごとに付き合ってられる程暇じゃないんでな。兄ちゃんとは初めから繋がってたってワケだ」
「……見つかっていない、ですか」
「無視かよ」
ヴァン・ホーエンハイムもいない。
奴隷23号はともかく、クセルクセスの半数を背負う彼はフラスコの中の小人から分かたれた存在と言えるのだから、秘密は共有されているか、あるいは何かしら彼も関わっているものと思っていたけれど……どうしてまだ身を隠す必要がある?
「エドワードさん、
「別に一緒に来てねーよ! なんだ、あいつらになんか用あったのか?」
「いえ。……まぁ、別に、そうですね。なんでもないです」
示し合わせたわけでもないのだ。
最終決戦に全員が揃う、なんて物語性が必ずしも出てくるなんてことはない、か。特に今回の行動は私の突発的な思いつきというか、エンヴィーとの対話から生まれた"断ち切り"だ。
この夢が、閉鎖・真理の扉が、何かの行動中に終わる。そんな者がほとんどなのだろう。
「で、結局フラスコの中の小人が黒幕ってことでいいんだな」
「それは間違いないかと。彼に自覚があるかどうかは知りませんが」
「ならとっとと終わらせるぞ。わざわざ敵の準備が整うのを待ってやる必要はねえんだ」
「準備? あぁ、国土錬成陣のこと」
ですか、と続けようとして。
「……」
そういえば、やけに落ち着いていたフラスコの中の小人に思い至る。
彼はああいう存在だっただろうか。達観はしていても、もう少し感情的な……情緒豊かな。
私の推論を聞いていた彼は、どちらかというと、「答え合わせ」をしているかのような。
「……まぁ、いいでしょう。気になるところはいくつもありますが、彼を倒して終わりなのは間違いありません。セリム様、降ろしてください。私も戦います、とは言いませんが、私はあなたの護衛ですから、あなたを守ります」
「嫌です。リークがあったのはグリードからだけではありませんから」
「今そういうこと言ってる余裕はないんじゃないですか?」
「では聞きますが、レイゼン。そしてエルリック兄弟にロイ・マスタングも。まさか本当に、現状戦力で父に抗えると本気で思っていますか?」
現状戦力。
死に体の私は計算外にしても、プライドとグリード、エルリック兄弟とマスタング大佐。
十分じゃないだろうか。
「一度目の全てを知っている割に、君は父のことを軽んじすぎですよ。あの戦いはヴァン・ホーエンハイムという父に対抗し得る戦力がいたからこその拮抗。それになにより、父に戦う気がない以上、逃げられて終わりです」
「ほう? 言うではないか、
「当然でしょう。戦うメリットが無さすぎますから。ここがどんな世界であれ、等価交換の法則は死んでいない。錬金術の法則も死んでいない。だからこそ父には人柱であるエルリック兄弟やロイ・マスタングが必要で、国土錬成陣も消していない。どころかレイゼン。君が先ほど、消えかけていた父の蠟燭に火を付け直しました。記憶が作り上げたシミュレーションであるのならば、その中で辿り着いた結論の摺り合わせを父は行うことができません。あるいはヴァン・ホーエンハイムとさえも。ですが、君が同じ結末に辿り着いてくれたのなら話は別だ」
そう、だから、答え合わせ。
私が辿り着くような結論に、フラスコの中の小人が辿り着いていないわけがない。
だから予め用意してあった問いかけと返答ができた。すらすらと。だからあんなに冷静だった。
「これで父の世界は完璧になりました。レイゼン、君が証明してしまったんです」
「……はあ。それが仮にそうだとして、なんですか? 等価交換や錬金術がそのままなのだとして、もう関係はないでしょう。夢の中で夢の住人を材料に賢者の石を作り、人柱を用いて扉を開けてカミを降ろす。そうして得た知識が自らの夢想でないわけがない」
「オマエが言ったことだ、レイゼン・M・ダッドリー。──紛い物を対価にすれば、本物が得られると。ならば、紛い物のカミを対価にすれば──本物を呼び込める」
「……」
レイゼン・M・ダッドリーが行った等価交換。
それで呼びこまれた私。
私という存在そのものが、まだフラスコの中の小人にチャンスがあると思わせる証明。
「ありがとう、レイゼン・M・ダッドリー。そして、さようなら人柱諸君。此度もワタシの想像通りに動き回ってくれることを期待しているよ」
言って──フラスコの中の小人が消える。
消える……いや、落ちた、のか。地面に。地の底に。
「……セリム様」
「追いませんよ。言ったでしょう。こちらの戦力が足りていないのです。父が反撃してこないだろうことと、父を倒し切ることができるかどうかは別の話。ですから──今はまず、証拠もなく摺り合わせもなく、ただ疑い倒して崩れていた人間の結束を高める期間です。レイゼン、君も勿論ですが、ロイ・マスタングも、です。彼は彼で違う結論に辿り着き、君を疑っていたようですから」
「む」
「申し訳ありません。フラスコの中の小人、ヴァン・ホーエンハイムと手を組んでこの世界を運営している一人だと思っていました。完全に悪だと決めつけていました。申し訳ありません、マスタング大佐。ただ一つ言わせてもらいますと、確かにヒューズ中佐と接触した私も悪いとは思いますが、街中で狙撃銃なんてものを構えていたホークアイ中尉にも非があると思います」
「……いや」
「いや謝る必要はねーよレイゼン。最初に"決めつけ"をやってたのは大佐の方だったんだよ。プライドと一番近くて、一番駒になりやすそうな奴、ってな」
「鋼の。その言い方だと私が一方的にそう思い込んだだけのように聞こえるだろう」
「怪しい行動してたのは事実だろーが。大佐だけ人体錬成してねぇのに記憶持ってるとこも怪しさ満点だったし」
「それは不可抗力だろう!? 私が故意に記憶の開封を行った、とかならばまだしも、記憶の持ち越しについて私の意思は介在していない!」
「ヒューズ中佐を関わらせたくなさすぎて遠ざけてたのも怪しさに拍車をかけてた。大体大佐はいつもいつも」
急に弛緩した空気。本当にもう、戦う、という雰囲気ではない。
いつの間にか他の
「……なんにせよ、一度腹を割って話す、というのに異存はありません。マスタング大佐。互いの謝罪や状況把握はその時にやりましょう」
「今はダメなのか?」
「いえ、私はもうこの世界を終わらせるつもりで、無理を押して出て来た身です。──つまり」
じんわりと、セリムに支えられている場所に粘ついた水気が広がっていく。
閉じかけていた傷も開いたのか、至る所の包帯に赤が滲み始め。
「──最近暗転ばかりで申し訳ありませんが」
体力限界です。
ブツン、と意識が切れた。