セリム・ブラッドレイの許婚   作:クラレントブラッドブラッドレイ

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??章 「M」
長者に子無し


 久方ぶりのセントラル学術学院。

 多少も違和感を覚えない処置に敬意と嫉妬を向けつつ、行われた生体錬成の考察をしながらの登院。

 

 教室についてすぐ、というか廊下でばったりと会ったその姿に、これまた久しぶりのお辞儀をする。

 

「──おはようございます、セリム様」

「おはようございます、レイゼン。快癒、おめでとうございます」

「ありがとうございます。それで、早速なのですが、件の」

「今日の授業は君がいない間に二コマ分進んでしまっているものばかりですから、分からないところがあったら遠慮なく聞いてくださいね」

「いえあの」

「運動は……その様子だと、気遣う方が嫌われてしまいそうだ。安心しましたよ、流石はマルコー医師ですね」

「いえ、ですから」

「レイゼン」

 

 にっこりと。

 笑っていないのはわかった。

 

「……じゃあ、私は早退して、東部にでも……」

「レイゼン」

 

 はい。

 

 

 

 マスタング大佐と私の決めつけ合い。

 それは良くも悪くも……いいや、十割悪くも事態を悪化させていたらしい。確かにエドワードの言った通り初めに疑って決めつけにかかってきていたのはマスタング大佐らしいのだけど、それに対して何の弁明もしないどころか、怪しい行動を取り続けた私も悪い。

 彼……マスタング大佐を介さずにヒューズ中佐を抱き込む、なんて行為、彼の逆鱗に触れないはずがないことくらいわかっていたのに。

 

 ということでお相子として、改めて話し合いを、とやろうとしたら、「まず君は入院です」とセリムに無理矢理入院させられてまたマルコー医師のお世話になった。なお、ダッドリー家は誰も擁護してくれなかった。

 

「相変わらずの上の空ですね、レイゼン」

「経済学は必要のないものだ、という認識は変わりませんから」

「そうですね。僕もそう思います。けれど、それは上の空でいていい理由にはならないでしょう」

「時間は有限ですから。他に考えることがあるのなら、そちらに割くべきでは?」

「他に何を考えるんですか? 先日君が一人で考えを練り、実行に移し、事態を悪化させたばかりです。そろそろ気付いた方が良いですよ、レイゼン。君は一人では何もできないのだ、ということに」

 

 それはまぁ、そうだ。

 悪化させることはできても好転させることはできない。私と他者の違いを挙げるとすれば、それはこの世界が鋼の錬金術師の世界であると知っていること、くらい。それさえも現状違ってきてしまっている以上、私の思考など世も物も知らぬ子供と大差ない。

 一人で考えても行動しても何にもならない。だから頼れ、と言いたいのだろう。いつも通り。

 

「だから、君は"両立"ができるようになるべきです」

「両立?」

「ええ。一人で考える能力はあるけれど、穴を指摘する能力がない。一人で行動できる決断力はあるけれど、非力である身。これまで君は"頼る"ということに酷く苦戦してきました。それは君が、頼った後に何もできなかったから」

 

 ふむ。

 なるほど、ではある。

 

「任せる、頼る。それをした後に手持ち無沙汰になってしまうと、君は単独行動の後に危険へと自らを省みず突撃する。けれど突撃をしたということは、また頼るという行為を忘れているということにほかならない。だから頼り切らず、任せ切らず、君も参加できるような状況を作る必要がある」

「……」

「わかっていますよ。これ以上君を関わらせまいと、作戦会議から君を弾いてしまったのは僕達です。だから僕達も君の手綱を手放した、という責任がある」

「人を暴走馬のように言いますね」

「事実でしょう? 前が見えていないところも含めて」

 

 目先の餌につられることも含めて良い。

 ただ私は馬のように強靭ではないけれど。

 

「それが経済学の話とどう繋がるのか、とは問いません。日常と非日常、どちらかに偏るべきではないと言いたいことくらいわかります」

「ええ、そうです。別に役に立たなくてもいいじゃないですか。君は常に難しく、ともすれば血にまみれた事ばかりを考えているのですから、こういうパズルにも似た話だけで脳裏を埋め尽くす行為は、逆に気晴らしになりますよ」

「まぁ、気休めにはなるでしょうね。……わかりました。少なくとも今後、学院にいる間に学院以外のことを考えるのは辞めます。するとしてもバレないようにやります。どうにかして両立します」

「意地っ張りなところも中々治りませんね、レイゼン」

「お互い様でしょう」

 

 思考を切り替える。

 今更子供らしく、というのは無理だけど、確かにまぁ、フラスコの中の小人の行方が分からない、それを捜す手立ても立っていない現状でアレコレ考えたって無駄だ。

 どうにもならないことをどうにもならないと諦めるのは止めたけれど、諦めない程度でどうにかなるようなことではないのも事実。なら、むしろ授業の方が有益か。

 

 果てに何も残されていないのだとしても。

 他愛のない日常が、時に未練となることもあるのだから。

 

「……うん。やはり行動することは大事ですね。欲しいものをただ欲しがっているだけでは、何も変わらない」

「何の話ですか?」

「僕が欲しかったものとはなにか、という話ですよ。教えてあげませんが」

「はあ」

 

 日常(平穏)日常(退屈)と思わない傲慢(プライド)なんて──とは。

 もう、思わないけれど。

 

 

 

 

 帰り道で、ふと気付く。

 

「軍人が多いですね」

「君は……学院の敷地から出た途端にそれですか」

「学院では、という縛りはもう無効ですから」

 

 いや別に敷地内かどうかを気にしたわけじゃないけれど。

 ちょっと気付いて口に出しただけだ。深読みしないでほしい。

 

「大総統からは何の通達も無いのですか?」

「どころか、今は人造人間(ホムンクルス)の誰もが……ああ、グリードを除いてですが、僕にはあまり口を割ってくれなくなりましたよ。そのグリードも南部へ戻ってしまっていて役に立ちません」

「そうですか。それはそれで夫人の平手打ちが飛びそうなものですが」

「家族の会話はしていますよ。しないのは人造人間(ホムンクルス)としての会話です」

「だとしても夫人なら気付きそうですが、まぁいいです。ご家庭の事情に首を突っ込む程愚かではありません」

 

 人造人間(ホムンクルス)事情もご家庭の事情といえばそうなのだけど。

 軍人が多い。言い換えれば、出張していた者が帰ってきている?

 

「セリム様。おかしなことを一つ聞いても良いでしょうか」

「君の言葉がおかしくなかったことが今までにありましたか?」

「無くて良いです。それで、外国は今、ありますか?」

「……?」

 

 お父様が帰ってきていたこと。大規模な軍事演習。大佐以下の軍人の強制招集。マスタング大佐とホークアイ中尉の別行動。

 軍部で動きがあるのは確実で、そしてそれは。

 

「……これは」

 

 影を伸ばして何かを探っていたらしいセリムが、神妙な声を上げる。

 

「君は本当に、調べればわかることばかりに直感が働きますね」

「調べてもわからないことは大体外れているのに、という嫌味ですか」

「ええ、そうです。──今、影をアエルゴ、クレタ、ドラクマへと伸ばしました。そうしたら、何かに阻まれました」

「何か、とは」

「わかりません。今……色々試していますが、これ以上先に行けない、いえ、行く気にならない……? なんでしょうね、これは」

 

 世界の壁、みたいなものか。

 オープンワールドのゲームなどに存在する、世界を無限ではなくさせるための措置。

 この世界がフラスコの中の小人のシミュレーションであると彼自身が自覚したから、そういう部分も操れるようになった?

 いや、そんな、それこそ神が如き所業ができるのなら、今至る所で真理の扉が開きまくっていてもおかしくはない。明日にでも日蝕が起きたって不思議ではない。

 

 ……アメストリス国内には干渉できない、とかだろうか。

 ある意味で、情報がしっかりしているから。逆に賢者の石として情報を取り入れていない外国は「無かったもの」、「風景」として扱える?

 

「二年後まで大人しくしている、というつもりはないようですね」

「……流石に無視を決め込むのは無理ですね。今日は休んで、とか言うと君は一人で調べ物に行ってしまいそうなので、ちゃんと会議をしましょう。とりあえずダッドリーの二人に」

「ラグスお兄様もエイアグラムお兄様も今日は帰ってこないそうです。……中央司令部に殴り込みに、というのは」

「論外です。しかし、参りましたね。エルリック兄弟もイシュヴァール人の二人も今は東部にいる……中央にいて、現状を知っている者は……」

 

 少し考えて、額に手を当てるセリム。

 

「これは、故意のこと、でしょうか? いませんね。……キンブリーまでいないとは」

「彼はどこに?」

「行方はわかりませんが、少なくともセントラルにはいませんでした。ヒューズ中佐も、中央司令部にはいるようですが、接触は難しそうです」

「南部に行ってイズミ・カーティス、あるいはグリードさんに、というのは」

「だから、セントラルから出るのは論外ですよ、レイゼン。距離と時間を考えて話してください。僕が君を無理矢理引っ張って、というのならまだしも、僕の身体は鋭利だ。運搬能力には長けません」

 

 列車で、となると流石に厳しい。

 学院で半日を使っている以上、地方へ行くには時間的余裕が足りない。家族の許可は出ないだろう。流石に平日で正午から、は無理だ。

 

「同じ理由で東部も無理です。……レイゼン」

「先ほどの殴り込み、というのは冗談です。ただ、軍のことは軍に聞くしかないのも事実だと思います。……お爺様を抱き込む、というのはどうでしょうか」

「それは僕も考えましたが、ダッドリー中将も今ダッドリー家にいないようですね。ダッドリー大佐も」

「家にいないだけですか?」

「はい。中央司令部にダッドリー中将の影は無かったので……どこかへ遠征に行った、という話はありましたか?」

「いえ、軍事行動についてはほとんど漏らしてくれないので、何も聞いていません」

 

 家族でも公私のけじめはつけるのがお爺様だ。

 ラグスお兄様程の緩さの方が珍しい。……だからこそブリッグズ砦に連れて行ってくれたのは本当の意外だったわけで。

 

「外堀から埋めているあたり、言外に"何もするな"と告げられているようですね」

「これらすべての行いがフラスコの中の小人さんの仕業であるのならば、些か私達を脅威に見過ぎているように感じますが。彼にとって、私は答案の証明以外にまだ使い道があるのでしょうか」

「……その考えは正しいかもしれません。僕も君も考えつかないような君の利用価値。それがあるから、余計な行動を起こさせたくない」

「籠の鳥でいろ、とは。私と最も無縁な立ち位置なことがわからないんでしょうか」

「けれど、少なくとも籠は完成しています。外部と連絡を取れない、協力者に渡りを付けられないという点で、君は今手も足も出ない状況に陥っている。僕は別ですが……」

「しかし困りました。セリム様。これでは両立ができません。セリム様に連絡役を任せるにしろ、任せきりになってしまって、確実に手持無沙汰になります。そう考えると、今日の夜にでも一人で南部や東部に家出をしかねません」

「それくらい自制してくださ……いえ、その言い方は脅しですか。それで、何をしたいのですか?」

 

 成程。

 我儘、とは、こう使えばいいのか。

 

「あるでしょう。遠く離れた所にいても言葉を交わしあえる文明の利器が」

「……東方司令部の回線を使う気ですか。簡単に足が着きますよ」

「いえ、繋いでほしいのはハボック雑貨店です。ちょっと欲しいものがあって、そこにしかないので」

「ハボック……成程。けれど彼は大尉です。此度の招集が中央だけでないのなら」

「それは問題ありません。欲しいのは、私が購入した、という事実だけです」

「……成程。マスタング大佐側からダッドリー家へ、であれば……それを家主が留守中で、留守番中の子供が電話を取る行為は、何もおかしくはなさそうだ」

 

 流石に家同士の私的回線まで神経を張り巡らしている、ということは無いと思いたい。

 まだこの事態がフラスコの中の小人の手によるものではない、という可能性もある以上、足の付く行いは徹底的に避けなければいけない。特にアメストリス国内の通信回線は傍受しやすい現状にある。軍用回線を秘密裡に、というのは中々難しい。

 

 ただ、お金持ちの家の、まだ世も物もわからないご令嬢が、我儘で地方雑貨店に無茶な注文をしたとあれば、必ず目を引く。それ自体が目立つ行為であるのと同時に、私も多分注目されているだろうから余計に。

 そんな悪目立ちをする私に対し、兼ねてより私を嫌う素振りを見せていたマスタング大佐が「余計なことをするな、レイゼン・M・ダッドリー」と抗議の電話を入れてくることは、浅い内情しか知らない者にとっては小競り合い、深くまで知っている者にとっては何かの符牒を疑うことだろう。

 

 問題はない。

 私の「世間話」を紐解いてくれるも良し、私とマスタング大佐の関係を深読みするのも良し。

 

 籠の鳥となった私にまだ出せる手足があるとわかれば、フラスコの中の小人か、あるいは他の下手人か。それらは何か行動を示してくることだろう。

 

 一応の仲直りをした直後で悪いけれど、マスタング大佐には出汁になってもらう、という話。

 

「いいでしょう。ですが、我儘を言うのは僕にします。君が言おうとしていることを全て僕に聞かせてください。この作戦は君が要らないリスクを背負い過ぎる」

「……わかりました。誰が言おうとマスタング大佐が動けば問題ありませんから。……帰ったらすぐに台本を書きます」

「ええ、明日渡してください。一応お願いしますが、焦って走り書きなどにしないように」

「今日はそれにかかりきりになれ、と言いたいんですね。……わかりました。子供騙しに騙されておきます」

「……」

「なんですか」

 

 何か、苦虫を嚙み潰したような、あるいは鳩が豆鉄砲を食ったような、そんな顔のセリム。

 

「いえ……意地を張らない、素直なレイゼンは、それはそれでこう……違和感があるな、と」

「そういう事言うと、本当に中央司令部に殴り込みに行きますよ」

「冗談ですよ」

「……」

「冗談です。意地を張らない、素直な君も好きですよ。あはは、そんな露骨に嫌な顔をしなくても。もしかして今日一度も言っていなかったから油断していたのですか?」

「そういえばそうだったな、と思い出しただけです。嫌がっているわけでも油断していたわけでもありません」

「じゃあ明日はこれでもか、という程に言いますね。ああ、上の空に逃げるのはナシですよ」

「別にセリム様の愛恋事情は学院と関係ないのでは」

「ですから、逃げるなら日常にしてください」

「……」

 

 袋の鼠──とは、まさにこのことだろう。

 もう何も言えなかった。

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