セリム・ブラッドレイの許婚 作:クラレントブラッドブラッドレイ
秘匿でも何でもない回線。
「そうですか。キンブリー大佐はそちらにもいませんか」
『ああ、だが、こちらでも捜索はしておく。……それで、レイゼン・M・ダッドリー。あの"謂れのない誹謗中傷"に関してだが』
「要らない文言を付け足したのはセリム様です。私に聞かないでください」
現状の報告は「注文票」に仕込んだので、今は世間話のターンだ。
私とマスタング大佐の一対一での会話。ただ物音を聞くに、彼の傍には東方司令部の面々がいるようだし、鋼鉄の音からしてエルリック兄弟もいるのだろう。
こっちにもセリム、というかプライドの影がいるのでお相子だけど。
『"最後の注文は、東方司令部大佐に奪われてしまった彼女の心"、などというクサい台詞を……セリム・ブラッドレイが吐いたと?』
「むしろ私なわけがないじゃないですか。そういう歯の浮くような台詞は貴方かセリム様しか言いませんよ」
『レイゼン・M・ダッドリー。お前の中の私は一体どんな人物になって……いやいい。聞きたくない』
「そんなことはどうでも」
『そんっ!?』
「どうでもいいので、もう少し建設的な話をしましょう。これは確認なのですが、東方司令部に招集はかかっていない、という認識で良いんですね?」
『……ああ。ついでに言うと、北のブリッグズ砦にも招集はかかっていないという話だ。アームストロング少将にも此度の件を受けて
「やっぱり疑われてるじゃないですか。疑わしいことばっかりするからですよ」
『私が違うと答えたら、"ならばレイゼン・M・ダッドリーか"と腑に落ちたような声色で自答していたが、そのあたりはどうだ』
「おや、私の事思い出してくれたんですね、アームストロング少将は」
『そもそも私に君をマークするよう言ってきたのは彼女だ。知らんはずがないだろう』
……まぁ、そうか。
アームストロング少将は錬金術師じゃない。お爺様のように実の孫娘、というフィルターがかかっていない状態で何度も何度も私の夢を見るようであれば、これがただの夢ではないと気付くのも普通か。
ああ、そういえば、マスタング大佐の記憶についてだけど、これは私の情報収集不足が原因だと判明した。
というのも、マスタング大佐はエドワードに何度も何度も詰められたそうなのだ。繰り返しについて。そんなことで戻るものなのか、と疑問に思いつつ聞いていたら、ヒューズ中佐の死やマスタング大佐とラスト、エンヴィーの因縁といった、身に覚えの無さすぎる話まで出てきて──その日から夢を見るようになったのだとか。
相変わらず真理の記憶は無いようだけど、「繰り返している」こと自体は夢に見る。
だからつまり、真理を開けた錬金術師であっても、そうなるまでの間に思い出すことは不可能ではないと──それを証明してからマスタング大佐を怪しいと決めつけるべきだったのに、怠った私が悪い。無論、どのようにして情報収集をすればいいかはわからない話ではあるけれど。
「一応聞いておきますが、私のフォローはしてくれた、と見て良いんですよね」
『いや、特には。現状を説明する前に切られてしまったからな』
「……ドラクマの脅威が一時的にでも無くなっている現状で、私への疑いを晴らさなかった、と」
『む。……そう言われると、なにか恐ろしいことをしたような気がしてくるな』
「したんですよ、マスタング大佐。これ、下手すると今日か明日にでも──」
どーん、と。
大きな音がした。玄関の方で。
続いて剣戟。聞き覚えのある声達が「ぎゃー!」とか「馬鹿な!」とか言って熨されて行くのがわかる。
その中に凛と芯の通った「邪魔をするな」という女傑の声も。
「全責任はそちらで構いませんね?」
『……ああ。今回に関しては私が悪い。どうしても誤解が解けなかったら私の名を出し』
最後まで聞くのは無理だった。
最近戦闘らしい戦闘はしてなかったけど、鈍っていなかったらしい感覚が殺気を感じさせてくれたから。
しゃがんで姿勢を低くして、その
……いやいや。それ必殺では。
「ほう? 避けたか」
「さしもの私も、アームストロング少将の剣を受けるのは愚策だとわかりますので。さて、そうですね。これは
ダッドリー家の小刀を抜く。
鞘を左手に持って。
「不可抗力とは、成程、言い訳として素晴らしいですね」
「逃げもしないか。流石はダッドリー家。虫唾の走る覚悟が決まっているようだ」
「家はあまり関係ありません。これは私の気質です」
「そうか」
合図は無い。
ただ一瞬の目配せがあったあと、戦闘が始まった。
とりあえず廊下からダッドリー家の練兵場に転がり出る。
練兵場は珍しくもぬけの殻……というか、ある程度位のある軍人は皆招集されてて、そうでない門下生皆さんは先ほど彼女にぶっ飛ばされたみたいなので、多分残っているのが私だけとかそういうことだと思う。お母様は買い物中。
「弁明も無しか、レイゼン・M・ダッドリー」
「聞き届ける耳があったのですか?」
「少なくともお前よりはな」
「であれば問題はありません。言動に怪しさしかない小娘の言葉繰りより、己が直感の方が信じられるでしょう。どうぞ、存分にお確かめください」
スピード、パワー、テクニック全てにおいてあちらに分があり、こちらの勝っていることは錬金術の知識くらい。ただし、先ほどから錬成陣を刻もうと指や手を動かすたびに神速の突きが飛んできている。本能的か経験則か、酷く慣れている……慣れられている、という感覚を受ける。
対私の戦闘経験値が高い、とでもいうべきか。
まぁ、レイゼン・M・ダッドリーは繰り返しの中で何度もエドワード達の前に立ちはだかって来たらしいし。基本的に味方軍人の殺人ができないエドワード陣営の中で、唯一
受ける。いや、受け流す。真正面から受けたら折られる。だから力を流す。
「……お前は、本当にレイゼン・M・ダッドリーか?」
「戦い方がおかしい、ですか?」
「我が身を省みずに突っ込んでくるのがお前という印象だった」
「ええ、先日までそうでした。ただ、気付いたんです」
今、私は靴を履いていない。だから風圧の錬成陣などは起動できない。
その代わり細かい動作が足先で可能になっていて、だからそちらでも錬成陣を描ける。
描くのは円に正三角形を描いただけの、ともすれば錬金術初心者が描くような錬成陣。
青い錬成反応を帯びて錬成されるのは三角柱。土でできた三角柱を、けれどしっかり避けるアームストロング少将。
「気付いた?」
「怪我をすると入院しなくてはなりません。入院すると動ける時間が減ります。時間は有限ですので、それは勿体ない。よって私は己が身を省みて、怪我をしない戦闘を行うべきです」
「何を言うかと思えば。そんな意識改革で怪我をせずに済むのであれば、軍人病院はとっくに廃業だろうな」
「でも、実際厳しいでしょう。体重が軽く、身体の小さい私が受けに徹すると」
アームストロング少将の剣は剛ではないけれど、それでも体躯的に劣る私に対しては力押しがメインになる。勿論突きも来るけれど、斬撃は基本的にパワーだ。斬るために振るわれているものではない。
それを受け流し、その方向に跳んで衝撃も軽減している私は、見ようによってはポンポンぶっ飛ばされている、という風にも映る。
飛ばされたら私は錬成陣を仕込む。踏み込まずに、だ。だからアームストロング少将は踏み込まざるを得ない。
たとえ持久力に天と地ほどの差があれど、ほとんど動かずに済んでいる私と積極的に動いている彼女とでは、最終戦闘時間に大きな縮まりを見せることだろう。
自分が突撃していない時だからこそできること。後ろに守るべき者がいないからできること。
生存のための剣。
確かにレイゼン・M・ダッドリーらしくはないし、ダッドリー家の剣らしさもない。異質の剣に映るだろう。
「受けの技術など、どこで覚えた」
「独学です」
「……成程。此度のお前は天才だと聞いていたが、こうして実際に目にするとそれが誇張表現でないことを思い知らされるな」
「ちなみに誰から聞いたんですか?」
「お前と関りをもった軍人は大体そういうが──中でも顕著なのはダッドリー中将だな。ただの孫馬鹿だと思っていたが、ふん、アレの目はまだ腐っていないか」
「いえ、多分ただの孫馬鹿です」
「そう言うな。未だにその身に傷一つ刻めん私を罵るつもりであるならば、止めはしないが」
殺気と剣の気配。
隙あらば錬成陣を描こうとする私のスタイルは、そのまま狙った場所に攻撃を誘いやすい、という結果にもつながる。どれだけ速かろうとどれだけ巧かろうと、攻撃が来る場所がわかっていれば受けるのは容易い。避けるのはかなり厳しいけど。
回避が間に合わない自信があるからこそ受けに徹することができる、というのも大きい。これがまだ戦い得る……戦闘と呼び得る範囲内の敵であれば、こういう動きはできなかっただろう。
学んだのだ。
ヴァン・ホーエンハイムとの戦いで──私は格上には勝てないと。彼ら彼女らには一分の隙も無く、逆転の芽は悉くが潰されている。フラスコの中の小人との戦いでは私の死がキーになり得たから突っ込んだけど、あの時点でもうこのスタイルに移行することは考えていた。
「まだ巧くなるか」
「速さも筋肉も一朝一夕に身に付くものではありませんが、小手先の技であれば数を揃えられます」
「そんな簡単なことであるのならば、今頃アメストリスは剣術家で溢れているだろうな」
「散々否定されて来たので、非才ではなかったかもしれない、という所までは認めます。ただこの身が子供であり、非力であることは変わりません。その上で大人を相手にするのですから、死に物狂いで技術を求めるのは道理では?」
「死に物狂いに見えないから言っているのだがな」
「どのような状況にあっても冷静なのは生来です。……む。合理的な思考ができているかどうかは別です」
冷静なのは生来です、と言った瞬間、アームストロング少将の向こうで立ち上がった影が「?」の形を取ったので訂正を入れた。
「余所見をする余裕まで出て来たか」
「それは確かに事実ですが、貴女の剣が精彩を欠いてきたのもまた事実でしょう。初撃に比べて殺気が薄いですが、何か心境の変化でもあったのですか?」
「……本当にダッドリーらしくないな」
ピタ、と。
止まる。今にも剣を振り下ろしてきそうだった彼女が止まる。
「己が直感を信じろ、と言ったな」
「はい」
「なら、この手合わせは終わりだ。疑ったことを謝罪しよう」
「唐突ですね」
「この無策さ加減は覚えがあるな、と思って来たのだがな。その最たる例がこれほど冷静になっていると知っていれば、このような暴挙に出ることも無かったさ」
「ダッドリー家全体を疑っていたんですか」
「いいや、疑っていたのはマスタングの小僧とお前だけだ。あとは
「いえいますよ。そこに」
指を差す。
そこに、当たり前のようにいる影の化け物。
「……なんだ、恋人の危機を見物とは、良い趣味をしているじゃないか」
「君が突っ込んできた時に釘を刺されたんですよ。自分の非は認めたし直したのだから手を出すな、と」
「ああ、不可抗力がどうの、というのはそれか」
「しかし、驚きました。アームストロング少将。君はこういうことにおいて手加減等をしない性格だと思っていましたが」
「……揃って失礼な二人なのは変わらんな。言っておくが、私は手を抜いてなどいない。途中までは殺すつもりだった。共に居すぎて節穴になっているようだが、認めてやるのも器量というものだろうに」
「まさか、本気の君をレイゼンが捌き切ったと?」
「ふん。信じられないのであれば、お前が挑んでみたらどうだ」
ちら、と。
信じられないものを見るような目で私を見てくるプライド。本当に表情豊かな二次元平面生物だ。
ちなみに信じられていないのは私も同じ。
「そうでしたか。……すぐ遠くに行ってしまう、というのは比喩表現のつもりでしたが、これは、本当に」
「恋人の睦みはあとでやれ。私は帰る。のち、正式にダッドリー中将へ謝罪文を送る」
「ああいえ、それは要りませんので、もうちょっとこっちに残ってくれませんか。現実的ではない現状について色々相談したいのと、戦力の観点でアームストロング少将とは親しくなっておきたいので」
「本人がいる前で言う話か、それは」
「他の目的であなたに近づく方が怪しいでしょう」
「……いいだろう。非はこちらにある。ある程度は話を聞こう」
「はい。ちなみにこっちはマスタング大佐を差し出す準備ができています。先程通信越しではありましたが、"今回の件は十割私が悪い"という言質も取りました。証人は私のほかに、エルリック兄弟や東方司令部の面々などがいます」
「ほう」
「なので謝罪文も要りません。私は個人的に懇意にしているアームストロング少将を屋敷に招待しただけです。その際連絡の不手際があり、門下生皆さんがアームストロング少将を侵入者だと勘違いしてしまった点を詫びこそすれど、貴女から謝られる筋合いはありません」
「そうか。……好きにしろ。私は、明日には帰る」
「ありがとうございます」
よし。
色々手順をすっ飛ばしたような気がしないでもないけれど、軍人で戦力なアームストロング少将を取り込むことができたのは僥倖だろう。
取り込むことができるかは私の話術にかかっているのは重々承知している。無理ならマスタング大佐を差し出す。最悪マスタング大佐が大佐じゃなくなる程度で済むと思いたい。
……しかし。
無傷、か。