セリム・ブラッドレイの許婚 作:クラレントブラッドブラッドレイ
突き付けられた言葉は簡潔なものだった。
「
それは、厳しい言葉を吐きながらもブリッグズ兵を誇りに思っているアームストロング少将から出たとは思えないほどの──いや、彼女だからこそわかるのだろう、現実が見えている言葉。
そうだ。いくら屈強な兵士であっても、それを二百三百と集めた所で塵が積もっただけ。堅固な山になったわけじゃない。吹けば飛ぶような軽い命だ。彼ら全員を国家錬金術師レベルまで育てる、とかならともかく、ただの兵士がフラスコの中の小人に勝てるわけがない。
「この世界の仕組み。繰り返される夢。それらの話は理解した。情報提供感謝する、とは言っておく。だが、お前たちが欲しているのは高い戦力を持つ個であって、私達ブリッグズの持つ群の強さではない。
「現段階でそのレベルになく、フラスコの中の小人の前に彼らを出せば、無為に命が失われるだけ、ですね」
「そうだ」
こっちの突拍子もない話を「くだらん」なんて一蹴せずに聞いてくれたアームストロング少将。
その上での答えがこれだ。彼女は未練なんかに縛られはしないだろうから、冷静な判断に基づいた結論なのだろうこともわかる。
「しかし、そうなると……困りましたね。確かに父と真っ向から戦い得る戦力など……たかが知れている」
「アームストロング少将。とりあえず北部全域にヴァン・ホーエンハイムの指名手配を敷くことは可能ですか?」
「それくらいならば問題はない」
「加えて、今軍で起こっていることもお聞かせくださいませんか。家族は未だ皆戻ってきていなくて」
「……まぁ、無関係でもない。そういう事態なのであれば、むしろ情報を絞る方が悪手か。いいだろう」
言って、アームストロング少将は。
「隣国三つ。その全てが降伏宣言をした。これを受け、軍人は大規模な再編が為されると共に──」
そこで切って。
「経費削減を謳った軍人の大量解雇が為されるとの話だ。無能から足を切って身軽に、とな」
そんなことを。
*
アームストロング少将が帰ってすぐのことである。
「……」
「その第一号がラグスお兄様ですか」
「……ま、普段から素行の悪かった奴は大体行かれた。中佐以下の軍人はかなり風通しが良くなったって印象だ。俺みたいなのが消えたからな」
「けれど、これで軍規定に縛られずに行動できますね」
「お前、自分の事になると悲観的な癖に他人の事になると呆れるほど前向きな言葉吐くよな」
「他人事なので」
正式な話はもう少し先らしいけど、ラグスお兄様はもうそろ軍人ではなくなるそうだ。アメストリス軍の労働法がどうなっているのか全く知らないけれど、不当解雇とかの話は流石に持ち出せないんだろうなぁ、とかごにょごにょ。
私視点からすれば軍人じゃないまま軍人足れる実力があるのは良いことなんじゃないか、って思うんだけど、軍国家であるアメストリスにおいて軍人じゃない実力者は要注意対象に成り下がるだけなのかもしれないので、そこも口出しできない。
「エイアグラムお兄様は」
「兄ちゃん父ちゃん爺ちゃんは継続だよ。ただ、ダッドリー門下の奴らも何人か行ったな。軍人じゃなかったらダッドリーの剣を学ぶ必要はないんだ、出ていくやつらも多いだろうが」
「落ち込んでいますか?」
「どうだろうな。というか、多少は落ち込むと思ってたんだ、俺も。……だが、なんだろうな、どこか落ち着いているというか、凪いでいる自分がいる」
「それは感情の整理ができていないだけでは?」
「かもしれん。そういうお前は、ちょっと目を離した隙に……なんか変わったな」
「そうですか?」
戦闘での心持ちは確かに変わったけれど、そんなの見た目でわかるものじゃなくないか。
それとも第六感とかそういうのなのか。殺気はわかるようになったけど、佇まいから機微を察する、みたいなのはまだ無理だから、そっちの感覚はわからない。
「……っし! ちょいと手合わせしねぇか? ここ数日ずっと缶詰めで、身体が鈍ってんだ」
「いいですけど、身体を動かしたくなるのも落ち込んでいる証拠で」
「うるせー」
うるさいらしい。
さて、しかし私にとっても良い話だ。
アームストロング少将が本当に手加減をしていなかったのか、というのは私の実感にないこと。であれば、彼女にはいくらか腕の劣るラグスお兄様なれど、「生存のための剣」を試すにはちょうどいい。
ダッドリーの練兵場に出て、お互いに少し離れた所に位置を取る。
得物は木刀。
「……やっぱり変わった。常に出してた殺気……焦りみてーなのが消えてる。かなり読みづらくなったな」
「まだ剣を打ち合ってもいないのに、そんなことがわかるんですか」
「顕著過ぎてわかる。お前は気づいてなかったんだろうけど、以前は家にいる間……寝る時も起きる時も殺気まみれで、常に相手の出方を窺って隙が無いか探ってる、みたいな感じだった。それが今は」
瞬きの直後眼前にいたラグスお兄様の突きを外膝で逸らし、その回転力で剣を、と見せかけながら、地面に描いた錬成陣から土柱を錬成。
柱自体は彼が腕を引き戻し、柄による打撃をしたことで防がれたけど、その隙に間合いを取ることに成功した。瞬時に四つ錬成陣を描き、待機。
「ほらな」
「?」
「今みたいに俺が隙を晒せば、以前までのお前は距離を取るんじゃなくて一本取りに来てたんだよ。そんで返り討ちに遭ってた」
「ああ、意識を変えてみたんですよ。怪我をする、あるいはダメージを負うと、硬直時間が増えます。それは一時的なものから長期のものまで様々。いずれにせよタイムロスです。であれば怪我をしない戦闘を行う方が効率が良い。より長く敵を引き留めるには、それが最適です。護衛対象より先に死ぬのが護衛の役目ですが、護衛対象が逃げる時間を稼げないのであればいる意味がないでしょう」
「……何当たり前のこと言ってんだお前」
「それに気付いたのがごく最近だった、という話です」
今までは「怪我をしたくない」理由を履き違えていた。「痛いから怪我をしたくない」のだと思っていた。そして私は「痛みなど気にならないから怪我なんかどうでもいい」と思っていた。
けど、そうじゃない。
気にするべきは自身の痛みではなく、継続戦闘力の低下の方だった。護衛だ守るだとずっと言ってきて、果たしてその心持ちは──ああ。
ダッドリーの剣とは、あまりにもかけ離れている。
そうだ。私が、レイゼン・M・ダッドリーの辿り着きたかった在り方は、ダッドリーの剣の在り方とは全く別なのだ。
目指すべき場所と辿りたい道が繋がっていないことに全く気付いていなかった。それが今までの私のちぐはぐさの元凶。
「逃げない限り、攻めません。攻めてくるのであれば迎え撃ち続けます。……やはりお爺様は慧眼でした。私の在らんとする理念は、ダッドリーの剣とは程遠い」
「言葉で言って、意識を変えて、それが実行できるのはほんの一握りだってのは、もうわかってるよな」
「はい。ですから最近は自身を非才だとは言わないようにしています」
「そうか。──そうか」
殺気。
声は前からしたのに、背後から来たソレ。
だから迎撃せずに横に転がる。
「なら、これ以上は八つ当たりになる。終わりだ、レイゼン」
「やっぱりむしゃくしゃしてたんですね」
「うるせ」
突きの最終姿勢は、私の背後側からのものだった。
あれですか。「残像だ」ですか。
「お前はもう、俺より強いよ」
「勝てはしませんよ」
「馬鹿だな。勝敗基準ってのは強さには関係ないんだよ。俺じゃもうお前を殺せない。それは親愛の話じゃなく、強さの話だ。そんでもって、お前を無視して後ろのセリム坊ちゃんを、ってのも無理。だからお前は強い。あんま言い訳してないで、素直に認めろよ?」
「言い訳……」
「言い訳。何々だから強くないとか、何々ができないから非才だとかってさ。実力が物言う世界じゃ、謙遜は美徳じゃねーんだよ」
「謙遜しているわけではありませんが、はい。つまり、褒められたら素直に喜べ、ということですね」
「おう」
だったら褒め言葉も素直にして欲しいとは思うけれど。
難解な言い回しをする人間が多すぎる。
「……あー! いつかは来ると思ってたけど、抜かされんのはえーなー。はぁ、ま、この辺りが俺の頭ってことか」
「やっぱり落ち込んでませんか、解雇されたの」
「うるせー。……けど、レイゼン。暇なら付き合えよ」
「気晴らしですか」
「適当にぶらつくだけだけどな。いいだろ?」
「わかりました。お供します」
時間は有限だ。
けれど──まぁ、メンタルケアは、有益な行動だから、良しとしようか。
夜。
昼間の""遊び""。それはまぁ、私から結構な体力を奪った。慣れない事をたくさんやったので疲れた。
だから私にしてはかなり早めに眠って、同じ理由で深夜に起きてしまった。眠りが浅いんじゃなくて、ぐっすり眠り過ぎた感じ。
そんな眠気眼を擦りながら──エイアグラムお兄様の部屋から漏れ出る光に気付いて、気配を絶って盗み聞きを敢行する。
「でも、良かった。私は……その、こういう時に掛けるべき言葉を、上手く思いつけなくてな」
「相変わらず辛気臭いんだよ兄ちゃんは。父ちゃん見習ってもう少し自己完結できるようになってくれ」
「父さん程はかなり厳しそうだが、ああ、心配し過ぎて心配をかける、というのはもう無いようにする」
「真面目か。……ま、落ち込んでたのは事実だよ。だから心配は嬉しい。ありがとな、兄ちゃん」
……向かい側の暗がりに、気配のしない、けれど動く物を発見。
にっこり笑顔のお母様。その奥にお父様と、肩をすくめたお爺様。
「お前は昔から軍人に憧れていた。やっとなれた軍人を……」
「おいおい兄ちゃん、辛気臭いのは無しっつったろ。ありがとな、で納得しといてくれよ」
「だが……悔しくはないのか? 私には大した権限がない故あまり大層なことは言えないが、やはりもう一度上に掛け合ってみるくらいは」
「悔しいけど、もっと悔しいことが今日あってさ。なんか軍の方はちっぽけに思えたよ」
「もっと悔しいこと?」
「レイゼンに負けた。全力の突きと全力のブラフ。どっちもいつもの打ち合い、みたいな感じで躱された。ありゃ無理だ。もう勝てねえ」
「……そうか。なら、私ももう勝てないだろうな」
「結構悔しい。つか、かなり悔しい。……が、まぁ頭打ちだとかなんとかって思ってたけど、まだチャンスはあるだろ。兄ちゃん、心配に思ってくれてんなら、また相手になってくれよ。一回抜かされたからって諦める俺じゃねーんだわ」
「ああ。私も研鑽を諦めるつもりはない。錬金術も、少しは形になってきたからな」
「あ、そういやなんか習ってんだっけ。……なぁ、錬金術ってどんな感じなんだ? 俺でもできる?」
「習った所感だが、単なる学問という印象が強いな。努力次第である程度まではどうとでもなるが、その上……国家錬金術師クラスとなると突出した才能が必要だ。だが、私達のように戦闘に組み込む程度の錬金術であれば、そこまで極める必要はない。色々便利だぞ。突然高地を取るとか、遮蔽物を作るとか」
「……レイゼンに勝つならそこもやんないと無理だわな。ちなみに兄ちゃんは教えられる程の」
「実力はないから、自分で教師を捜せ。私なんて半人前に習えばお前の可能性の芽を摘み取る」
「ちぇー」
あ。
足音も無い、気配もしないお母様に捕まった。
抵抗する気もないのでそのままお母様の部屋に引き込まれた。お父様とお爺様に手を振っておやすみをする。
「意外だった?」
「二人の仲が良いことは知っていますよ」
「じゃなくて、ラグスが軍人に憧れてたこと」
「いえ、特には。ラグスお兄様の性格で軍人を志すくらいですから、何か強い焦がれがあったんだろうな、とは思っていました」
「じゃあこれ以上は言うことないか。……なぁに?」
「暗闇でもわかるほどに笑顔だなぁ、と思いまして」
「私達も心配していたから。でも、立ち直ってくれてよかった」
抱きしめられてベッドに入り、為されるがままにする。
気を張らないで脱力をする、というのも、随分と上手くなったように思う。
「……軍人でなくなることも、良いことだと……責任の無い言葉を吐きます」
「レイゼン?」
「アメストリス軍人は、アメストリス軍という枠組みに囚われていて……もしそれがなかったら、という未来を塞がれている。楽しみでもあります。ラグスお兄様が今後どうなっていくのか。軍では剣以外使えないとされたダッドリーの身にあっても、もしかしたら他の才覚が眠っているのかもしれません」
パン屋とか機械鎧技師とかやってるラグスお兄様は想像もつかないけれど、可能性の面で言えば全然あると思う。
「膨大なトライアンドエラーこそが人生です。先人が示した道を歩いているように見えて、先の見えない無数の岐路を毎秒選んで歩く……あり得ない量の選択と、抗いようのない運命の全てを上手く捌いて、辿り着いたその先に……何かがあることの方が珍しい。何も成せず、何も達せず、何も遺せない人生だったとしても、その過程で刻んだ人生は無為ではありません」
「……」
「世界はそこまであなたを見放してはいません。……何様でしょうね、私は」
それはお母様に向けた言葉ではなく。
部屋の外にいる青年へ向けての言葉、なのかもしれない。
あるいは自問自答なのかもしれない。眠いからそういう言葉も吐くのだろう。私は知らない。
「家族だからこそ……見抜けない強がりも……まぁ、良いとは、思いますが。……私の目は、誤魔化せません。だって、私は」
私は、あなた達の。
「レイゼン? ……あら、寝ちゃった。ふふふ、ホントは今の方がもっと悔しかったりするんじゃない?」
「……母さんもうるせーよ」
「あらら、怒らせちゃった」
*
それで。
「目下行うべきはヴァン・ホーエンハイムの捜索です。彼が敵であれ味方であれ、話を聞く必要があります。願わくは彼が戦力となってくれることですが」
「了解だ。まだ書状は来てないが、軍人じゃなくなった今かなり身軽に動けるからな、俺はちょいと西部で聞き込みついでに捜索をしてみる」
「ロイも東部に目を巡らすそうだ。んで、アームストロング少将とも連携できてんだって? んじゃあとは南部だな」
「南部だけであれば僕の影で網羅可能です。問題は国外ですが……」
『多分だけど、クソ親父もアメストリスから出られねえんじゃねーかな。お前ら
野放しにした方が危険だとセリムが言って、そのまま納得は行ったらしい。エドワードは電話で参加。
今日の参加者はヒューズ中佐、ラグスお兄様、セリム、私、エドワードの五名。
「リオールでのレト教に動きは?」
『それがてんで全く。コーネロの影も名前も無い。手を出す気が無いんじゃないかって程にな』
「逆に言えば、賢者の石に対するインターフェースが潰された、と。完全にこのアメストリスから雲隠れするつもりですね。ただ、リオールさえおさえれば……いえ、正確に言うとその少し東の地点にさえ血の紋を刻まなければ、国土錬成陣は発動しない。この考えは間違っていませんよね」
『ああ、間違ってない。……そうだな、そう考えるとオレ達はリオール近辺に常駐した方が良いか?』
「行動を縛る気はありませんが、気にかけておいてくださると幸いです。中佐、中央軍に動きはありますか?」
「今んとこねえな。俺が知らされてねぇだけの可能性は十分にあるが、中央軍もかなり再編されてる。ドタバタしてんだ、今すぐに何か行動を、ってことはそう無いだろ。勿論動きがあったらすぐに連絡する」
ただ、そもそも賢者の石の試用実験も不老不死の話も出ていなさそうなので、中央軍が動くこと自体ないのかもしれないけど。原作で中央軍がああも従順になって、そのおかしさを外部に漏らさなかったのは、恐怖で支配した、というより不老不死という甘い蜜をチラつかせて口外を禁止していたからだろうし。
人は目先の利益を守ろうとする。自身の行動で自身の利益が減るとなれば、それを自慢したい欲望も抑えられる。抑えられなかったら殺すだけ、なんだろうけど。
「その血の紋ってのは消せねえんだっけ?」
「消せません。だから血の紋なのです。簡単に消し得るものだと簡単に消されてしまうので、絶対に消せないものを使っている、という話のはずです」
『ちょいと補足。レイゼンと奴の会話の全てに嘘がねえんなら、フラスコの中の小人は月の本影を狙ってるはずだ。だから、今からどっか新しい所に作り直す、ってのも現実的じゃねえ。こんだけ年月かけて刻んだ国土錬成陣を捨てることは無いってこと』
「つまり、要はリオールか。円の中心だっつー軍法会議所は結局どうなったんだ?」
「言われた場所を調べたが、そこには何もなかった。ただ空洞はあるっぽいんで、調査待ちの段階だな、まだ」
『そっちは今大佐が正式な調査を練ってくれてるよ。まだ時間がかかるそうだ』
マスタング大佐が黒ではないとわかったことで、そのあたりの連携も一気に進むようになった。ただ彼の位があっても中央の、それも軍法会議所を強制調査、というのは難しいので、正式な手続きと尤もらしい理由を捏造……付け足して、今進めている、という感じ。
「っし、んじゃ俺はそろそろ出発する。母さん達を言いくるめる必要もあるしな」
「はい。お気をつけて」
「おー、一回勝ったからって俺の心配か。見てろよ、次は俺が負かしてやる」
「楽しみにしています」
「余裕かよ」
軍法会議所の調査と、
うん、やることは絞れてきた。
『国土錬成陣の考察はオレ達がやる。
「セントラルの市街地は私……とセリム様が。軍の方はヒューズ中佐にお願いします」
「おう。んじゃ、今日はこれで解散だな」
『んじゃ切るよ。ああ、そうそう。南部に行くなら、
「その時は取り次ぎお願いします、エドワードさん」
『……おう』
なんか声小さかったけど、気にせずイズミ・カーティスとの交渉では彼の名を大々的に使って行こうと思う。