セリム・ブラッドレイの許婚   作:クラレントブラッドブラッドレイ

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角ある者には上歯無し

 目を覚ます。

 ……意識を失っていたらしい。いつの間に。

 ああいや、そうか。キング・ブラッドレイに対峙して……あの怪物が止めを刺し損ねる、なんてことはないだろうから、普通に加減されたか。

 

 さて。

 

 ここは、どこだろう。

 病室なのはわかる。けど、セントラルの病院じゃない。周囲に気配は……あるけど、身体が動かない。

 

「あぁ、よかった。起きれたかい?」

「……マルコー医師?」

「うん、そうだよ。っとと、まだ動こうとしてはいけない。麻酔がまだ体内に残っているし、何より傷口が開いてしまうからね」

 

 言葉は本当らしかった。口、喉、指はある程度動かせるけど、それ以外が弛緩していてうまく動かない。

 ただ傷口は流石と言うべきか、開く気配はない。痛みはもうほとんどない。麻酔が効いているから、かもしれないけど。

 

「私はどうしてここに?」

「大総統だよ。彼が突然来て、急患だ、なんて言って血だらけの君を放置していったんだ」

「……それは、まぁ、急患ですね。確かに」

 

 アフターケア、か。

 初めからセリムのことをプライド呼びしてなかったし、彼は彼でセリムの揺れ様に思う所があるんだろう。

 

「ここはセントラル病院ではなさそうですが」

「私の住まいだ。昔は町医者をやっていてね、設備はその時の名残だよ」

「へえ」

「私が故意に君をここへ運び込んだ、とかではないよ。休日だった私のもとへ大総統が来ただけだから」

「ああ。それはご迷惑をおかけしました」

「構わないさ。それに、君には聞きたいことがあったから」

 

 聞きたいこと。

 ティム・マルコー医師といえば、キョドった言動とは裏腹に、作中屈指の頭脳を持つ国家錬金術師の一人。活躍の場らしい活躍の場がそんなになかったから華はないけれど、暗部に深く携わっていたとはいえ彼もまたこの国に敷かれた錬成陣に気付いていた一人だ。

 そんな天才が、私に何を聞くというのか。

 

「君はこの世界の終わらせ方に気付いているね」

「……少し騙ろうかと思いましたが、無駄話になりそうなので肯定します。方法は二つ」

「素直な子だ。……そして、その方法の内の片方は、私も手伝えることだね」

「驚きました。貴方も二つ、思いついていたんですか」

「無かったことになったとしても、私は罪の意識を忘れることはない」

 

 罪悪感に苛まれ続け、逃げ、しかし立ち向かった人。

 それがティム・マルコーだ。

 たとえ世界が何度もの繰り返しを経ても、たとえ世界から自身の罪が消え去っても――彼は覚えている、と。

 自身を苛む過去の投影が消えることは無い。

 

 ……真面目で、生きづらそうな人だ。

 他人のことが言えるくらいには、私は不真面目だから。

 

「手伝うことは、はい。可能です。ただその場合、貴方は」

「死ぬだろう。それが罪滅ぼしになるとも思っていない。だが私は、これ以上記憶を薄れさせることにこそ死を覚える。……あってはならないことだよ。より良い未来を、世界を、なんて……自らの経験から逃げるような行為は」

「……わかりました。確かに私の拙い錬金術でその部分を補うより、あなたのような高位術者にやってもらった方が成功率も上がります」

 

 構わない。

 別に英雄になろうとかそういうわけではないんだ。歯車の質が上がるのなら、歓迎である。

 

「……」

「……」

「……」

 

 会話が途切れた。

 いや、私は患者なので早く寝るなりして体力回復に努めた方が良いんだろうけど、眠気が全くない。

 ティム・マルコーはティム・マルコーで特に話題を振っても来ないものだから、こういう沈黙が落ちている。彼としては私が眠るまで待つつもりなのかな。

 

 ううん。

 

「一つ、聞き返してもいいですか」

「構わないよ」

「あなたが協力を申し出た方ではない方の作戦。こっちの成功率はどれほどだと思いますか」

「君はどう思っている?」

「百パーセントです。私の意思が揺らがない限り成功すると思っているので」

「……そこまで自分を信じられるのなら、百パーセントだろう。……もし私が当事者だったら……最後の最期で揺らぐかもしれない。だから百パーセントと言い切ることは難しい」

「本当に分かっている様子。いえ、適当なことを言って私から作戦を引き出そうとしている可能性を考慮してのカマかけでしたが、流石の慧眼ですね」

「無理をせずともいい。会話が続かなくなって焦っただけだろう?」

「はい。眠気が全くないので、必要以上にマルコー医師を引き留めてしまうのは悪いと思いました」

「素直な子だ」

「取り柄はそれくらいなので」

 

 なんだっけ。

 カウンセラーみたいなこともやってたんだっけ、この人。

 

「成功率百パーセントの方は、妥協案です。もう一つの方の失敗が確定した瞬間に使います。……多くを巻き込む作戦で、成功率は四十パーセントほど。ああいえ、マルコー医師の協力があれば、四十一パーセントくらいにはなるでしょうが」

「ゼロに近い確率でも、残った一を掴み取るのが彼らだ。大丈夫、君が心配することじゃない」

「作戦立案者としては気になりますよ。……あとはセリム様が頷いてくれるか、なのですが」

「なんだ、説得できていないのか。てっきり君達は同じ意思のもと同じ方向へ歩いているものだとばかり」

「そうだと思っていたのですが、セリム様は違ったようです。世界が終わってしまうのが嫌らしく」

「そんなの……まるで、子供の癇癪じゃないか」

「彼は子供ですよ。父親のお墨付きです」

「君は?」

「私も子供です。子供らしい振る舞いをしている伴侶を斜に構えた目で流し見している、大人ぶった子供です」

 

 じゃなきゃ、あの場でグチグチと嫌味を言ったりしない。

 

 カチンと来ていただけだ。まさかあの場で突然「別の女を愛せばいい」なんて言われると思っていなかったから、じゃあ好きにしたらいい、なんて子供っぽい突き放し方をしてしまった。

 あれだけ愛を囁いていたクセに、結局レイゼン・M・ダッドリーという記号が好きだっただけなのか、と。

 

 愛も恋もわからないのは、私だけじゃなかったんだろう。

 傲慢(プライド)でも、やっぱり理解はできていなかった。だから、かもしれない。

 

 ……おや。

 ということは、私も……「セリム・ブラッドレイの許婚であることが嫌」なのではなく。 

 なんだ、本当に面倒くさい女だな、レイゼン・M・ダッドリー。

 

「感情とは如何ともし難いものですね。私の得た気付きは、見当違いだったみたいです」

「子供が抱く所感ではないように思うが……」

「子供と言っても思春期真っ盛りですから。反抗期を抜け出したばかりではありますが」

「ふむ。何を言っても無駄そうだね。……それじゃあ私はこのあたりで失礼するよ。これ以上は話が続かなそうだから」

「ご配慮ありがとうございます」

 

 部屋を出ていくマルコー医師。そういえばあちらの部屋にもう一つ気配があったから、他に客人か、あるいは患者でもいたのかもしれない。

 

 ……人の気配がある、とわかっても、誰の気配なのかわからないのはやっぱり困りものだ。普通がそうなのかもしれないけれど、戦闘において敵味方の識別が付かないのは最悪だし。

 今回は味方が多い作戦だから、間違って味方に斬りかかる、なんてことがあったらコトだ。

 なんとかしたい。

 

 身体が動かないのは丁度良かったかもしれない。

 神経を研ぎ澄ませて、耳をそばだてて。

 

 音を、気配を、聴く。

 

 

 

「待たせたね」

「構いませんよ。彼女は作戦の要。この美しくない世界を終わらせるためなら、私はどんなことにでも協力しましょう」

「……混ざっておかしくなりそうだよ。私の記憶にある悪しき君と、私が見て来た真っ当な君。そして今目の前に座っている……狂った笑みの君」

「どれもが私ですよ、マルコー医師」

「だろうな。……私も、私が誰なのかはわからない。だからどれも私なのだろう。……いや、この話はもういいか。早速だが、摺り合わせをしよう」

「はい。ではまず、これを」

 

 マルコー医師の対面に座っているらしい気配。恐らく男性。

 彼は何か、衣擦れのする行為をしたあと……テーブルだろう場所に硬いものを置いた。

 

「……賢者の石、か。今生で見るのは、初めてだ」

「私もつい最近手に入れたものです。彼らが"極力作ってこなかった"と言っていたのは本当らしく、現存する賢者の石は彼ら自身とこれくらいでしょう」

「どこで、というのは聞かないでおく」

「聞いても構いませんよ。私もこれは渡されたものなので」

「渡された? 誰に?」

「匿名の情報提供者、と言っておきましょうか。彼は自らの名前が挙がるのが嫌なようなので」

「ふむ……」

 

 賢者の石。

 あるのか。

 

 ……特に変わった気配はしない。氣に類する何かを感じ取れるかと思ったんだけど、何にもない。ただ妙に軽そうというか、テーブルと衝突して響いた音と釣り合っていないのはわかる。

 完全物質。魂の凝縮結晶。

 

 別に、要らないな。

 

「此度で、終わる。終わらせよう」

「ええ、確実に終わらせましょう。アナタもようやく解放されますよ」

「解放されたくてやっているわけではないがね……。だが、罪の意識を覚えていないティム・マルコー、なんてものがこの世から無くなるのは喜ばしいことだ」

「私もです。殺した相手を思い出せないゾルフ・J・キンブリーなど、消えてしまった方が良い」

 

 キンブリー、なのか。

 これが。

 ……気配。難しい。わからない。足音や歩幅が分かる状態ならもう少しわかったかもしれないけど、座った状態だと全く判断できないな。

 

「レイゼン・M・ダッドリー。……彼女がここまでのキーパーソンになるとは、正直思っていませんでしたよ」

「そう、だな。……少し思う所はある。彼女は……戦士でも、軍人でもない。君の論に倣うのならば、未だ何者にもなっていないのが彼女だ。未だ何者かになるための段階にある少女が、世界のためにその身を殉じるのは……間違っていると」

「マルコー医師が背負うことではありませんよ、それは。アレは私達とは違います。無論私とアナタも違いますが。……自らの意思で自らの命を絶つ行動。私もアナタも決して取ることのできない選択。何か目的のために死地に赴く、というのとは違います。彼女は目的の無い自決のできる人間だ。その命の重みがわかるのは、他者ではなくレイゼン・M・ダッドリー自身のみです」

「……わかっているさ。重く、重く、な」

 

 過大評価もいいところだ、とは思うけれど。

 まぁ、概ね正解。

 

「あの少女のことより、あの手のかかる人造人間(ホムンクルス)の心配をした方がいいかもしれませんね。ここへ来る途中、ノックス医の車とすれ違いましたが、中々面白いことになっていましたよ」

「ノックス医と?」

「ええ。傲慢(プライド)とエルリック兄弟とヴァン・ホーエンハイムが乗っていました。どういう組み合わせでしょうね、あれは」

「それは、また……火薬と火種を同席させているようなものじゃないか」

「私が彼らを認識したのもそれが理由です。車外に響き渡る程の口喧嘩をしていましたから」

 

 セリムが、エルリック兄弟とホーエンハイムと、ノックスさんと。

 ノックスさんの胃が大変そう。

 

 ……ん。

 何か、足音が。

 

「ああ、来たか」

「おや、お早いご到着ですね。もう少しかかるかと思っていましたが」

「……いや、アンタら二人に出迎えられるの、ホンットに違和感しかないね」

「アナタがこうして徒歩で来ることも違和感を覚えますが。いつものように鳥や動物になって、ではダメだったのですか?」

「動物で来ると、あの女気付くんだよ。動物にしちゃ理解できない呼吸をしてる、とかで」

 

 ずっしりとした重さのある足音に、発言内容。

 これはエンヴィーだ。

 

 ……いや。

 エンヴィーをキンブリーとマルコー医師が迎え入れる、か。確かに違和感が。というかここ、がっつり敵対同士だったから余計に。

 

「で、話はどこまで進んだワケ? 決行日とか聞きだせた?」

「まだだが、近日中、だそうだよ」

「あっそ。……はぁ、このクソだるい毎日もようやく終わりか。ったく、お父様も好き勝手してくれるよなぁ」

「元からだろう」

「そりゃそーなんだけどサ。……にしたって長いよ、コレは。人造人間(俺達)も本気で飽き飽きしてんの。何が悲しくて人間たち(アンタら)の営みを見守り続けなきゃいけないんだって」

 

 大きな溜息。私に語っていた「飽きた」という話はブラフではなく、本当だったのか。

 まぁ、飽きるか。エンヴィーは特に人間を邪魔したり甚振ったりが好きだった存在。それが、人間に手出し禁止になって、むしろ人間の動きを見守り、観察する仕事を与えられて。

 エンヴィーの生誕はグリードの少し後くらいだったはずだけど、それでも長い。長い長い二百年余りを何百回、か。

 

 ……セリムも、私が生まれてくるまでの云百年を待ち続けて、何度も失敗して。

 

「他の人造人間(ホムンクルス)の懐柔は、上手くいったのか?」

「万事滞りナクー、と言いたいところだったんだけどね。ラストとグリードの了承まではいけたけど、ラースは無理だ。あのバカ、"私には見守らなければならない結末がある"とか言っててサ。っとに、元人間の考えることはわかんねー」

「スロウスとグラトニーは?」

「最初から話通じないんだから話を付けるも何もないだろ。……あ、プライドは聞いてないよ。わかってると思うけど」

「ちなみに聞きますが、プライドが敵に回った場合、アナタ達に勝ち目はあるのですか?」

「ないだろ。あのさぁ、確かに俺達はアンタら人間より強いよ。化け物だからな。けど、そんな俺達から見て化け物なのがプライドなの。アレに勝つとかムリムリ。挑むのが馬鹿らしい」

 

 セリムが敵に回る。

 まぁ、可能性としてはゼロではないというか、大いにあり得る。

 

 そうなったら。

 ……私に、セリムへ向ける剣はないし、セリムへ向かう剣を止めない選択肢もない。

 だからせめて、第二の作戦を用いて強制的に世界を終わらせよう。それがせめてもの報いだろう。

 

「エンヴィー」

「あん?」

「私は彼女の作戦の一部になることになった。だから」

「あぁ、いいよ別に。つか真面目過ぎなんだよアンタ。あんなのその場の勢いだろ」

「何の話ですか?」

「マルコーが過去の記憶と折り合い付けられずにいた時の話だよ。世界の全てを教えてやる代わりに、世界の終わり際にアンタの命を貰う、つってサ」

「それは、なんとも陳腐な契約ですね」

「ホントにね。こっちとしてはちゃんと世界が終わってくれるならそれでいいんだ、それ以上を求めたりしないよ」

 

 なんだか。

 なんだろう。エンヴィー、すごく大人、というか。

 そういえばエンヴィーって小物っぽい言動や嫉妬の情動が激しいだけで、ちゃんと話の通じる人造人間(ホムンクルス)だったな、って。

 

 再確認した。話が通じるからといって話が合うわけではないけれど。

 

「あぁ、そうだ、忘れるところだった。キンブリー、賢者の石だけど、やっぱ無理だな。今回はマジで誰も作ってないから調達できなかった」

「構いませんよ。元から無いのが当たり前のものですから」

「でも最後くらい派手にやりたかったんだろ? こっちも最初で最後の反抗期を画策中だからサ、ド派手なのを期待してたんだ」

「賢者の石がなくとも準備を怠らなければ大きな音は奏でられます。対象が悲鳴を上げる存在ではない、というのが些か不満ですが」

「アッハ、お父様に悲鳴ってのは高望みだ。けどまぁ、期待しないで待ってるよ。キンブリー、アンタならホントにやってくれそうだし」

「やってくれそうなのに期待はしないのか」

「結局どこまで行っても人間の範疇を越えないんだ、期待なんかするだけ無駄だろ。またぞろ獅子に首を噛み千切られて死なないとも限らないし」

「でしたら、アナタは殺され尽くして鋼の腕に捕まれた末に、全身の骨を折りながら最期は涙を流して自決しそうですね」

「……」

「……」

「やるなら外でやってくれ。巻き込まれるのは勘弁だ」

 

 なんだろう。 

 なんだろう。

 ……仲が良い、というか。敵対する理由がなければ、こんなもの、なのかな。

 

「あー。あの女が起きるまでまたちょっと出てくるよ。キンブリー、アンタは?」

「私はここで待ちますよ。街中に戻ると今度こそダッドリー家に捕まってしまいそうなので」

「レイゼン・M・ダッドリーが怪我をして私の家で治療をした、という通信は既に入れてあるから、もうすぐにでも」

「急用を思い出したのでここは失礼しましょう」

「なんだよ、なんかあったの?」

「熱心な生徒は好きですが、過剰に真面目だと息苦しい、という話です」

「あー?」

 

 ああ。

 エイアグラムお兄様、そんな感じなんだ。

 

 エンヴィーとキンブリーの足音が遠ざかっていく。 

 ダメだ。これ以上は辿れない。……殺気とか出してくれないだろうか。あ、聞こえなくなった。

 

 もっと広い範囲を……というのは、一朝一夕には無理そう。

 けど、そんなこと言ってられないのだ。近日中に身に付けなければ、意味がない。

 

 広く。

 もっと広く。

 もっともっと広く──。

 

 

 

「……ちゃんと眠っている、か。……頼りない私達を許してくれ、レイゼン・M・ダッドリー。そして……頼りにしているから、今は休んでほしい」

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