セリム・ブラッドレイの許婚   作:クラレントブラッドブラッドレイ

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惚れた病に薬なし

 当然の話だけど。

 

「……ふぅ」

「まだ続けるつもりかね、レイゼン・M・ダッドリー」

「当然です。……それとも、なんですか。もしかして貴方の目には──私が息も絶え絶えな、死に体の幼子にでも見えますか」

「自己分析がしっかりできているようで何よりだ」

 

 勝てない。

 結局のところ、私がやっていたのは対処療法だ。根治治療じゃない。

 

 フラスコの中の小人の放つノータイムの錬金術に対し、剣という材質内にのみ発生する錬成反応──つまり「壊されるたび、消されるたび、折られるたびに剣を剣として錬成し直し続ける」というものを行い続けていただけの私の戦法は、だからこそそれ以上の成果を得られない。

 ダッドリーの剣という銘を施された、けれど単なる剣。炎が出るわけでも周囲を凍らせるわけでもない。光すらしない、ただの剣。

 

 周囲から来る錬成物、錬成反応、あるいは物理的な障害の全てを受け流し、いなし、そしてその都度剣を錬成し直し、身体を錬丹術で治し。

 そんなことを続けていれば当然、ガタが来る。

 

 幸いにして、この「五分間」においてはその「ガタ」はこそ来なかったが。

 不幸にも、その「五分間」に至る前に──賢者の石が尽きたのである。

 

 そこからはもう、私はただの幼子だった。 

 ひたすらに攻撃を受け流し、躱し、けれど対応できないものが増えて、傷つき、錬丹術でも手が回らないほどのダメージを負っていく。

 

 私の定めた「約束の時」まであと三分程を残した段階で──まぁ、認めざるを得ないことだけど。

 

 息も絶え絶え、だった。

 

「限界のようだな。さて、レイゼン・M・ダッドリー。死にゆく前に、一つだけ聞かせて欲しい」

「死ぬつもりは、まだありませんが……いいですよ。問答を許可します」

「そうか、ありがたいな。それではレイゼン・M・ダッドリー。オマエに問うことは一つだけだ」

 

 再確認するように、フラスコの中の小人は同じことを言う。

 

「オマエの動機はなんだ?」

 

 あるいは、自らが探偵役とでもいうかのように、そんな問いを。

 

 

 

 動機。

 何かをするにあたって、それをしようとした理由。あるいは原因。もしくは由来。

 フラスコの中の小人はその両手を大きく広げ、問う。問いかける。

 

「オマエはレイゼン・M・ダッドリーの穴埋めとして外から呼ばれた魂だ。つまり、この世界とは何ら関係の無い人物だし、この世界の紛い物達とも全く関係の無い誰か。だというのにオマエはレイゼン・M・ダッドリーの遺志を何の決意も無く受け継いだし、プライドの好意も何の気兼ねなく受け入れた。ワタシに立ちはだかることもそうだ。確か──」

 

 言葉を一度切って、こちらを流し見て。

 

「"目の前で起きている事実を無視してまで得た幸福では浸るに浸れない"、だったか。だがそもそもの話、オマエは幸福になど浸れるのか? 何の関係もない世界で、何の関係も無い人々のために命を捧げ、それが消えゆく一瞬の幸福を享受する。そんなことが本当に可能だと、そう思っているのか」

「……」

「否、だろう。何故ならオマエにとっての幸福とは、"幸福足り得ないこと"なのだから」

「否定はしません。私という存在の、"何も成せず、何も遺せず、何も達せなかった人生"を満足したものであると捉える感性は何も変わっていません。なれば私にとっての幸福とは、"幸福と呼ばれる特別な祝福を受けていない現在"であると言えるのでしょう」

「ならば何故、オマエはそうまでして立ち上がる。滅私、自己犠牲、献身の精神は、オマエが唾棄していたものだろうに」

「肯定します。だから、言います。……一回しか言わないので、よく聞いておいてください」

 

 それは背後から近づいてくる気配への返答。

 折れたダッドリーの剣を正眼に構え直し、言葉を零す。

 

「愛する人が無念に打ちひしがれる様も、失意の海の底に沈む様も見たくない。今自らを好きだと言ってくれている人が、その間違った諦観から別の人へ告白をしに行く。けれど必ずその告白は失敗するし、それが彼を大いに傷つける。なら、今。その"間違った諦観"を正してあげるのが、許婚の……いいえ」

 

 自然、口角が上がる。

 自らがその言葉を使ったのは、少なくとも記憶にある限りでは初めてのことだったから。

 

「それが恋人の役目だと、私は信仰していますから」

「果てに得た答えがそれとは、つまらんな。まぁいい。眠れ、レイゼン・M・ダッドリー」

 

 膨大な錬成反応。

 賢者の石の無い今、これに対抗できる手段は存在しない。

 

 私には、だ。

 

 

 ──世界を、黒が覆う。

 

 

「……君はやはり、死ぬその間際まで、目を閉じないのですね」

「台詞の焼き増しはいただけませんね。もう少しロマンチックな登場はできなかったんですか?」

「例えば?」

「そうですね。騎士のように長剣を手に、私の前で壁になる、とか」

「あはは、残念ながらこの身体はエンヴィーのように自由に形を変える、ということはできませんから、それをしても不格好になるだけでしょう。それに、あの時約束しましたよね」

 

 黒が笑う。ぎょろりとした目。鋭利な口。

 よく知っている声で。

 

「来たか、プライド」

「はい。来ました、()()()()()()()()()

 

 コツコツと靴音を立てて、影の合間から少年が歩いてくる。

 少年は──けれど、私の前に出ることは無かった。

 

 ただ、ぴったりと、真横にいる。

 

「僕はいつでも君の隣にいますから、存分に前を見てください、レイゼン。この一時のみ、(セリム)(プライド)を捨てて、レイゼン・M・ダッドリーの恋人となります。──僕のお父さんは僕の背を押してくれましたから。目の前に立ちはだかる貴方を、父と仰ぎ見ることはもうありません」

 

 そうして彼は、その自らの影を、私の剣に沿わせる。

 折れたダッドリーの剣。中腹からぽっきりと剣先を失ったそれは、けれど直後真っ黒な刀身を手に入れた。

 

「レイゼン。君は婚約指輪を受け取ってくれなさそうですから、それが僕との繋がりの証だと思ってください。事実それと僕の影は繋がっています。そしてそれは、折れないし、壊れないし、溶かされないし、曲がることも無い。特別な力はないけれど、ただ不変で不壊で、そして鋭利である剣です。君と相性が良いでしょう?」

「……何があったのか。どんな改心をしたのか。どんな克己に恵まれたのか。それらを問うつもりはありません。勝手に自己補完します。ですが」

 

 いつか紡いだ言葉を思い出す。

 

「これでようやく、文字通り貴方を振り回せる、ということですね。殊勝な心がけに敬意を表しましょう」

「……」

 

 セリムは、その額に手を当て、瞼を下ろし、そして盛大な溜め息を吐いた。

 そのジェスチャーは「呆れた」とも取れるし、「諦めた」とも取れる。

 

 ただ、同時に、というか、だからこそ。

 

「君はとことん僕の思い通りにならない存在ですね。ええ、間違った諦観、でしたか。本当にそうだ。そうだった。次の君を愛せばいい。次の君が幸せならそれで良い。……お笑い種だ。だって前の君も、今の君も、自ら幸せを捨てて行くような愚か者。当然次の君も同じようなことをするだろうし、その次も、そのまた次もそう。この時の君が同一人物かどうかは関係ありません。ただ統計的にそうである、という話です」

 

 ふふふ、と笑って、そうして、晴れやかな顔でセリムは続ける。

 

「多分、今回だけですね。君が自ら進んで幸福になろうとしてくれるのは。──ならば今を手放すわけにはいきません。僕が勝手に諦めて、僕が最も欲しかった"結果"を見逃すなんて、あってはならない」

「当然でしょう。今一歩目であることを忘れたのですか? 人間になるための一歩目である、と」

 

 ここで踵を返すのなら、一歩目すら踏み出していないのと同じだ。

 ファーストペンギン。勇気の第一歩。

 

 さて──今度こそ解決編(フィナーレ)を始めよう。

 

「話は終わったかね」

「はい。待っていてくれてありがとうございます」

「構わん。そんな些事を気にするほど、ワタシは狭量ではないからな」

「そうですか。でも、話を遮ってでも私を殺しておいた方が良かったですね。──時間稼ぎは終わりましたので」

「なに?」

 

 感動の再会。意志の統一。

 会話というのは素晴らしい。軽口を叩いているだけで、それによって場を停滞させているだけで──三分、なんて時間はあっという間に過ぎていくのだから。

 

 これほど時間稼ぎに適した材料もそうそうないだろう。

 

「おかしいと思いませんでしたか。戦力の補充として撤退し、マスタング大佐やアームストロング少将を始めとした"戦力"に渡りを付けて、けれどそれらをこの場まで持ってこなかったこと。私が単身で貴方に挑む、なんて愚かな真似をしたこと。──いつまでも学習しないのは私の特徴らしい特徴ですが、いつまでも変化しないわけではないと、貴方は観察で知っていたはずなのに」

 

 あれだけ諭されて、あれだけ言われて。

 尚も単身で突っ込んでくるのは馬鹿か前の私だけだ。

 そもそもこの作戦はマスタング大佐も監修している。実を言えば私がフラスコの中の小人の前に姿を現すのはもっと後だった。私と大佐の摺り合わせた作戦にはエンヴィーとラストがいなかったから、そこで少し齟齬が起きたのだ。

 私はあの姉弟喧嘩を邪魔しないようにそそくさとその場を離れたから、予想以上に早くフラスコの中の小人のもとへついてしまった。

 

 真相はただこれだけ。その点に関してだって、私がもう少し待つということをすればよかったのだから、原因はエンヴィーにもラストにもない。やっぱり私が悪い。

 

 だから、というわけじゃないけれど、「レイゼン・M・ダッドリーが単独でフラスコの中の小人の相手をする」ことは、決して作戦に組み込まれた内容じゃなかったし──。

 

 現時点に際しても、()()()()()()()()()のである。

 

「始めてください、イズミさん」

「──ようやく出番かい。正直アンタが負けそうになってた時は加勢しようかと何度も思ったんだけどね。その度に釘を刺されてたから、出るに出られなかった。その意味はあったと、そう考えていいんだね?」

「はい。言葉を届けるための時間稼ぎでしたから。もっとも、父親の猛攻が激しすぎて、こうもギリギリになってしまったようですが」

「手加減をしなくていいと彼に伝えたのは君だと聞いていますが?」

「さぁ、なんのことでしょう」

「はいはい、私もあの人とのやり取りが"それはもう"なことは知ってるけど、アンタ達も大概だ。──始めるよ」

「お願いします」

 

 パン、と。

 柏手を打つ音が響く。声は反響していた。だからフラスコの中の小人はずっと彼女の位置を探れなかった。

 

「そこか」

「させません」

 

 錬成反応から位置をようやく割り出せたのだろう。フラスコの中の小人から放たれた赤い錬成反応がイズミ・カーティスのもとへ一直線に向かうけれど、それは影の化け物によって鎖される。

 

 直後。

 

 激しい、激しい錬成反応が──東の方から上がった。

 地下にいてもわかるほどのそれは、あらゆる材質の一切を無視して大気を打ち、その存在を主張する。

 

「何を……待て、何をしている!?」

「プランを急に変更したことが仇となりましたね、フラスコの中の小人。落し物です、と言った方がいいですか?」

 

 彼は気付いているはずだ。自らの変調に。

 五十三万のクセルクセス人を飲み込んだわけではない。アメストリス人の魂が反発を起こしているわけでもない。

 

 これはただ。

 

 彼が今まで「いつも通りのパターン」として敷いて来た、「賢者の石の蓋」が起こした波紋。

 

「今回は作っていないはずの賢者の石が私の手元にあったことで、貴方はソレから意識を逸らしてしまいました。貴方は確かに"アメストリスの歴史の裏に隠れた賢者の石の製造"を行っていなかった。そこはもう必要のない話だから。だけど、クセルクセス人を用いた賢者の石の錬成については普段通りに行ったし、それによってヴァン・ホーエンハイム、そして貴方は半永久的な寿命を得て、そうしていつも通りの1914年、1915年に臨むつもりだった」

 

 それが穴です。

 私は、イズミ・カーティスとティム・マルコーという二大天才に錬金術の発生を任せて、さも自身の手柄であるかのように得意げに話す。

 

「賢者の石の蓋も、当然のように敷いた。今回ですべてが変わるなんて思ってもみなかったから。私が貴方の推論を証明するなんて露とも思っていなかったから。だから、当然のように場を整えた。ただし不確定要素にしかならないスロウスを使った錬成陣作成などまっぴらごめんで、自動的にすべてが成功する月の本影を軸に国土錬成陣を仕上げた」

「……ならば、再接続すればいいだけのこと」

「そう、貴方が今回賢者の石の蓋を敷いたのは、不要な事だったんです。ゆえに貴方は気にも留めていなかった。"賢者の石とは別に、所有者が決定されているものではない"なんて単純な事実を」

 

 賢者の石。

 人間の魂を基とした、超大なるエネルギー塊。エネルギーであり物質であり、完全物質であり不確定性の塊である何か。

 フラスコの中の小人はこれに酷く詳しいから、これを核に人造人間(ホムンクルス)を作ったり、自身の核と入れ替えて不老不死となることが可能だったけど、決して賢者の石を自在に操れる存在、というわけではない。

 事実ヴァン・ホーエンハイムから奪った賢者の石が反旗を翻したように、フラスコの中の小人に取り込まれたグリードが決死の炭化を図れたように、その重きと言える部分は賢者の石側にある。

 あの赤きティンクトゥラは持ち主の設定ができない。錬成反応を増幅する効果を持っているだけで、それが誰の錬成反応だろうと関係なく効果を発揮する。

 

 つまり、賢者の石の蓋、なんてものは、その存在さえ認知していれば誰にだって使えるのだ。

 なんだったら、フラスコの中の小人自身が、自らの逃走時にそれを回収しなかったくらいには、放置されているものだったから。

 

「……どういうことだ、レイゼン・M・ダッドリー」

「何がですか? まさかとは思いますが、自身で考えることを放棄して、再接続ができないことを私に問うている──なんて無様は晒しませんよね」

「……まさか、()()使()()()()()のか?」

「おや、この一瞬で正解に辿り着くとは、流石です」

「あり得ん。アメストリスの全土を覆う量の賢者の石だぞ。それを、どうしたらすべて使いきれる!」

「そうですね。アメストリスの全土を覆う賢者の石の蓋。個人で使い切るには余りにも量が多すぎます。──でも、錬成規模が果てしなく大きかったら、どうでしょうか」

 

 錬金術の工程は三つ。

 理解、分解、再構築だ。

 

 この中で、基本的に想像力……つまり再構築時にどれほどの演算を行えるかが錬金術師の技量と同義になる。理解と分解は化学の基礎知識があれば可能だから、そこを修めていない錬金術師は存在しない。

 そしてこの再構築時に、「想像したものに対して錬成陣がそぐわないもの」であったり、「材料が足りない」「式が間違っている」「演算が足りていない」と──錬金術は失敗になる。あるいはリバウンドという形で術者を襲う。

 

 それを補うのが賢者の石だ。賢者の石の魂という名のエネルギーは、足りない部分を穴埋めする。

 ならば、たとえば、複雑すぎるものを作ろう、なんて思わなくてもいいのだ。

 

 結果を欲せば、必要量の賢者の石が勝手に消費される。

 私と。

 そしてティム・マルコー医師が欲したのは、影。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それがどれほど、いえ、途方もなく巨大なもので、現実的に考えたらあり得ないものであるかなど議論するまでもありませんが──だからこそ想像に易く、私のような木っ端錬金術師がやるよりも、彼のような天才が扱った方が良いものでもありました」

 

 素人が生み出すシンプルなものと、天才が生み出すシンプルなもの。

 どちらがより優れているかなど、話し合うまでもない。

 結果、賢者の石の蓋は使い尽くされた。ティム・マルコー医師が測量し、計算し、ただ必要量を構築しただけの土塊の錬成に、賢者の石の全エネルギーが。

 

「待て」

「待ちません。貴方が今抱いた疑念。──"そんなものを作ってどうする気だ"という物に対する答えは、これから現れます。さて、フラスコの中の小人。貴方は私に言いました。"約束の日まで待てばいいものを"と。ですから、その答えを返します」

 

 これも時間稼ぎだと、堂々と胸を張って。

 

「待たなかったのは、待つ必要がなかったからです。日食による月の本影──それと全く同じ大きさの影をアメストリスの地に降ろせるのなら、二年もの歳月を無為に過ごす意味はないでしょう?」

 

 瞬間、アメストリス各地から光の柱が上がる。

 既存の血の紋を使いつつ、けれど全く別の錬成陣を描いていくソレは、この世界屈指の天才──名の無いイシュヴァールの彼が編み出した、この閉鎖・真理の扉に則した新たなる国土錬成陣。

 

 開放・国土錬成陣。

 

 その中心で──この地下の真上、軍法会議所のあるちょっと下の空間で座して待っていたのは。

 

「──結局邪魔をするのか! ホーエンハイム!!」

「俺は親として道を示すと決めた。だから、お前の言いなりにはならないよ、フラスコの中の小人」

 

 では。

 クライマックス、です。

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