セリム・ブラッドレイの許婚   作:クラレントブラッドブラッドレイ

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論を俟たない

 汽車に揺られて数時間。

 辿り着いたその駅で、乗車賃を払って──降りる。

 

 一人だ。ただ、次の汽車に乗ってお爺様が追いかけてきている可能性があるから、できるだけ足取りを消しつつ迅速に行動する必要があるだろう。

 こういう時錬金術は便利だ。見た目を変える手段が山ほどある。

 

 目指す場所は、ただ一つ。

 

 

 

 

「んで、俺様の所に来た、と。がっはっは、前ン時も思ったが、ちと思い切りが良すぎねえか?」

「グリードさんなら、私の悩みを聞いてくれると思ったので」

「へぇへぇ、随分と厚い信頼だことで。で、なんだよ。兄ちゃん……じゃねえ、セリムお坊ちゃんにとうとう愛想が尽きたか? だが俺様の所に駆け込むにゃちと年齢が足りてねえ。もちっと歳食ってから出直しな」

 

 デビルズネスト。酒場だ。

 だから私が訪れた時、店内はざわついたし、店主は何事かと止めに来た。けれど私が彼の名を出したら──そのまま通してくれた。

 

「何度目なんですか。今」

「あん?」

「何度、同じ人生を辿っているんですか。……まったく意味の分からない話なのであれば、妄言と聞き流してくださって構いません」

「……いや。まぁ、そろそろ気付く人間も現れるんじゃねえかとは思っちゃいたが、まさかそれが嬢ちゃんとは思わなかったから面食らってただけだ」

 

 いなかった。ドルチェット達が。

 それは──軍が合成獣の研究を行っていない、ということだろうか。

 

「その前に、アンタ。なんでその答えに辿り着いたかだけ確認させてくれや」

「セリム様の言葉。お爺様の言葉。どちらも、私は何度も死んだと仰っていました。他にも……何か違う歴史を辿っているような言葉を吐く人々が、たくさんいた」

「そんだけで辿り着いたってか?」

「セリム様から聞いたんです。私を好きになった理由を。……私が何度も死んだから。勝手に何度も死んで、勝手にいなくなったから、好きになったと。……私に死んだ覚えはありません。だから、あり得る可能性として、セリム様が妄言を吐いているか、本当に私の死に何度も出くわしているか。そのどちらかだと踏みました」

 

 グリードは、手で弄んでいたリンゴを齧る。死神か?

 

「二百はくだらねえ」

「……二百」

「そっから先は数えてねぇ。がっはっは、俺様も最初は気づけなかったがよ、親父殿……っつー、あー、なんだ。俺様達の親玉みてぇのが段々と変わっていく様に違和感を覚えてから、まぁ早かったな。この世界は閉じている。まるでフラスコの中みてぇに、ずっとずっと同じ歴史を繰り返してる」

 

 それが紛う方なき真実であることはわかる。

 彼の性格を知っているし、私の推論とも合致していたから。

 

「んで……確かに嬢ちゃんは、何度も死んでる。何度も何度もアイツ、セリムお坊ちゃんを守ってな。ただ、最初はいなかったはずだ。ダッドリー家自体がなかった。俺様も地続きであることばかりじゃなくてよ。容れ物が変わることがままあって、最初の頃はしっかりしたことは言えねえが、いつ頃からかアンタらが出て来た。そんで、いつ頃からかアンタはセリムお坊ちゃんの護衛になってた」

 

 やっぱり、そうなのか。

 だって原作にダッドリー家なんていなかったし。お爺様を始めとして、「銃に打ち勝つ剣術」なんて濃いキャラクター性を持つキャラクターがいたのなら、全員でないにせよ誰かが出てきているはずだ。

 閉じた世界で、途中から出て来た家。

 

「あり得ない、とは言わねえんだな、嬢ちゃん」

「私から聞きだした話です。あり得ないと思っているのなら、家族に許可も取らずにこんなところにまで来ません」

「がっはっは、そりゃそうだ。……んで、嬢ちゃん。聞きてえのはそんだけじゃねえだろ?」

「はい」

 

 溜めない。悩まない。迷わない。

 

「今回。恐らく、前回とされる歴史と違うのは、私。そうですね?」

「ああ。嬢ちゃんはダッドリー家の長女だった。ああいや、今もそうか。だから、なんだ? 死ぬときはいつも大人だったよ。んでもって、大抵大した才能も無ぇ身体で、俺様達に立ち向かって来てた」

「……だから、セリム様は私を選んだのでしょうか。幼いのなら、これ幸いに、と」

「知らねえよ、ンなことは。で、どうするよ嬢ちゃん。世界の真実って奴を知っちまった以上、何かせずにはいられねえだろ?」

 

 そうだ。

 そのはずだ。

 そうなるために、お爺様の手を振り切って来たはずだ。

 

「……何ができる、でしょうか」

「あん? まさかとは思うが、ノープランか?」

「はい。ただ私は、浮かんだ疑問を解消したかったに過ぎません。……私に何ができますか、グリードさん」

「……あー。子守りは苦手なんだがな」

 

 まずよ、と。彼なりの……優しい声で。

 

「まずよ、セリムお坊ちゃんと話しあったらどうだよ。自分で言うのもなんだが、俺様みてぇのを第一に頼った、なんてアイツに知られたら、アイツ嫉妬に狂うだろ」

「……セリム様は、怖いので」

「何がだよ。アンタ、アイツのためなら犠牲になることも厭わないんだろ?」

「それはそうです。たとえ誰が相手でも、セリム様を害さんとするのなら私は剣を向けます。それが決して敵わない相手でも」

「なのに、怖いのか」

「……はい。私が何を怖がっているか……私でもはっきりとはしていません。ただ、そうですね」

 

 心臓を。

 胸に手を当てる。

 

「もしかしたら、私が……彼の愛した女性ではないと露見するのが、怖いのかもしれません」

「そりゃどういうこった」

「私には記憶がありません。グリードさんやセリム様だけでなく、お爺様や他の方々まで泡沫の夢のように覚えているはずの""前""。それを私は知らない。夢にも見ない。だから多分、私はセリム様の知っているレイゼン・M・ダッドリーではない」

「別に、前回だのなんだのを思い出さずに生活してる人間なんざごまんといるだろ」

「どんな顔をするのでしょうか。私に毎日のように愛を囁くセリム様が、その恋の先が、別人であると知ったら」

「話の通じねえ嬢ちゃんだな。つか、その程度のこともう何百回と繰り返してんだろ、アイツも。最初に言っただろ。繰り返しに気付いたのはアンタが初だって。確かに嬢ちゃんの言う通り、夢だのなんだのの形でうっすらと記憶を保持してる奴はいる。だが、アンタ程確信した奴はいねえよ。少なくとも俺様の知ってる限りではな」

 

 洗練されていく世界。失敗を改善していく世界。

 お父様までもがそのループの中にあるというのなら、自身に向かう憎悪や憤怒は極力減らす方向に動くはずだ。その成れの果てが一回目なのだから。

 だからイシュヴァールの内乱も凄惨ではなかったし、人造人間(ホムンクルス)同士の仲も良い。不和こそが不確定要素を生む最大の要因だと、彼は知っている。

 

「気にし過ぎ、って奴だよ、嬢ちゃん。俺様も身の振り方くらい心得ている。アイツだってそうだ。他の奴らもそうさ。知らないフリの演技を頑張ってる奴もいれば、そもそも記憶に値しないと思っているのもいる。だがよ、俺様達の誰もに言えることだが──」

 

 少し溜めて。

 前置きをして。

 

「もう、無駄な殺しはしねぇのさ。()()()()()()()()な」

 

 ああ、そうか。

 五千万でギリギリだったから。

 もっと、と? いや、それだと、グリードまでもがお父様に協力していることになる。

 ……仲違いをしているわけではないと、憤怒は言っていたが。

 

「聞きたいことはそれだけか?」

「はい。恐らく」

「んじゃ帰んな。あんまり家族を心配させるモンじゃねえ」

「そう、ですね」

 

 帰る。

 帰る、か。

 

 ……なら、もう一つ。確認しに行きたい場所がある、か。

 

「ありがとうございました。ないとは思いますが、もしここにお爺様……ダッドリー中将が来たら」

「言わねえし、来ねえよ。来たとしても俺様は逃げる」

「はい。それでは失礼いたします」

 

 地下室を出て、またざわついたデビルズネストを出る。

 治安の悪いとされる廃工場地帯……確かにゴロツキがたくさんいるが、仕掛けてくる気配はない。

 

 来たら、斬る。

 

 

 

 

 来なかった。

 来なくて、けれど正確な位置を知らないから散々探し回って──ようやくたどり着いた。

 

 見知った風景だ。精肉店。

 

「あれ、お嬢ちゃん、お使いかな?」

「いえ。ここにイズミさんという方がいると聞いてきました」

「イズミさんならいるけど……その、何の用?」

 

 何の用か。

 何の用なんだろうな。

 私は何をしに来たんだ。何を……人体錬成をしましたか? とでも聞きに来たのか。

 

 私は何をやっているんだろうな。

 

「……いえ、ごめんなさい。帰ります」

「あ、いや、謝ることじゃないよ。……参ったな」

「お邪魔しました」

 

 聞けるものか。他人の過去をほじくって何になる。師弟関係でもなし、何をどうする力も無し。

 自己矛盾が激しすぎる。やっぱり私は、非才の身だ。何事も成せないのなら、愚直に剣でも振っていればよかった。

 調べたって何もできない。確認したって何にもならない。

 せめて肉盾になれるように、時間を惜しんで鍛錬をしていればよかった。何が変わる。何を変えられる。

 

 何度この自己問答を繰り返す。いつまでうじうじしている。どこまでうだうだ悩むつもりだ。

 答えの出せなかった人生だと──私がそういう魂であることなど、前世で散々経験したはずだろうに。

 

「メイスン! アンタ、自分が大男なのを自覚しな! その図体で肉切り包丁持ってたら、誰だって怖がるだろうさ」

「あ、本当だ。ごめんね、お嬢ちゃん。気付かなかった」

 

 声は、横から聞こえた。

 張りのある声は。

 

「でも、丁度良かった。イズミさん、この子、イズミさんに用があるみたいで」

「私に?」

 

 イズミ・カーティスが、そこにいた。

 

 どうする気だ。

 会って、話して、私は何をする気なんだ。

 

「……失礼しました。イズミ・カーティス様。私はレイゼン・M・ダッドリー。ダッドリー家が長女にして末娘です」

「レイゼン? ……アンタが?」

 

 イズミは、大体165㎝くらいの所に手を置いて、それから私を見る。

 まるで記憶にある身長と見比べるかのように。

 

「はい。私がレイゼンです」

「ふぅん。……そういうこともあるのかね。で、何用だい。軍へのお誘いならお断りだよ」

「私は軍人ではないので、そんなことはできません」

「軍人じゃない。……軍人ですらない、か」

 

 何が気付いたのは私が初めて、だ。

 グリードめ。本当に彼の知る限りだけじゃないか。

 

「入んな。聞きたいことがあって来たんだろ?」

「……聞いても良いかわからないので、帰ろうとしていました」

「やる前から後悔してんのか。……ま、なんにせよもう日暮れだ。私もね、こんな時間に子供一人を放って帰すほど鬼じゃないんだ。今から親御さんに連絡するから、迎えが来るまでここにいな」

「申し訳ありません。ありがとうございます」

 

 気付けば日が落ちる頃合いだった。

 これは、大目玉だな。

 

 イズミに連れられて彼女の家に入る。……気配はさっきのメイスンさんと、熊みたいな大男のものだけ。

 

 子供はいない。

 

「余計な話は要らない。聞きたいことだけ言いな。そんなに怖がらなくても、殴ったりしないから」

「……」

「じゃあ私から切り出してやる。私の子供のことだろう?」

「っ……」

「やっぱりか。全く、アンタは毎回毎回気まずそうな顔して。だったら聞きに来るなって話だろうに」

「!」

 

 顔を上げる。

 それは、どういう意味だ。

 

「答えるのが何度目かは覚えちゃいないがね。アンタの言う通り、私は人体錬成を行った。これでいいかい?」

「……はい。申し訳ありません。悲しいことを、踏みにじるような質問をして」

「質問された覚えはない。今私から切り出したんだ。それをなんでアンタがそうつらそうな顔してるんだ」

「最近、自分がわからなくて。……わからないんです。何故ここに来たのかも。あなたが……人体錬成を行ったことを確認して、私に何ができる。私に何が変えられる。……私は、何もできないのに、」

 

 言葉は最後まで紡げなかった。

 抱きしめられたから。

 

「ったく、何の因果なんだろうね、これは。……アンタ、前のこと覚えてんのかい?」

「……いえ。覚えていません。ただ、知っています。聞かされたので」

「そうかい。どこの馬鹿だい、それを教えたのは。子供に……そんな重い話聞かせて、楽しいのかね」

 

 思えば。

 お母様に抱きしめられたのは、いつが最後だったか。

 

「いいかい? 状況を打破したいと思ってんのは、何もアンタだけじゃないのさ。皆来るべく日に向けて動いてる。アンタはそれを知らないから、一人で孤独で、苦しいだけだ」

「……知らないんです。覚えていない。だけど──私は聞かされている通り、どのような状況にあってもセリム様を守ります。……それは、貴女達と敵対すること、なのでしょう?」

「この馬鹿は……大人になるまでに塗り固められた価値観じゃないのかい。何があったらそんなに覚悟が決まる。何がアンタをそこまで突き動かしている?」

 

 私の原動力が何か。

 私がこうもこだわるのは何故か。

 

「自らが、異物だと理解しているからです」

「異物……」

「私は……私自身が、この世にいて良い存在ではないことを知っている。ならば、せめて与えられた役割くらい、見出された価値くらい、果たさないと」

 

 人間に、なれない。

 

 一度死んだ。

 一度死んだ。

 一度死んだ。死んだのだ、私は。

 

 寿命は全うしていない。何かを果たした記憶もない。成し遂げた功績も無い。

 ただ。

 

 私は──命を。

 

「心のケアが必要だね、これは。ちょいと待ってな。あったかいミルクでも」

「イズミ」

「あんた。……ああ、ありがとう。ほら、飲みな」

 

 いつの間にかそばに来ていたシグ・カーティスからそれを受け取って、私の前に置く。

 ホットココア。ミルクじゃなかったけれど、意思疎通の取れた夫妻、か。

 

「あぁ、中央の、ダッドリー家に繋いで貰えますかね。お宅の娘さんがウチに迷い込んできていて、保護してるんで至急迎えに来て欲しいと」

 

 電話か。

 中央から南部の司令部とかに伝わって、お爺様のもとに届くまでそう時間はかからないだろう。

 

 私は。……私は。

 

「もっと大人を頼りな。私から言えるのはそれだけだよ」

 

 眠りに就く前に、そんな声を聞いた。

 

 

 

 

 

 剣を振る。

 剣を振る。剣を振る。

 

 カーティス邸から出た記憶はないけれど、私が眠っている間にダッドリー家に連れ戻されたらしい。案の定お爺様からはお叱りの言葉を受けたし、お母様を含めた家族全員から心配された。

 

 剣を振る。

 

 迷惑をかけた。余計なことをした。得られた情報など欠片に満たず、何か変わったことがあったとすれば、私が自らのルーツに触れたことくらいか。

 

 剣を、振る。

 

 ……落ちた。すっぽ抜けたのだ。身の丈に合わない長剣だったから、その重さに握力が耐えきれなかった。

 

 冬季休みももうそろ終わる。

 休みが明けたら、セリムは答えを出すのだろうか。あの時変に強気になった私の放った言葉に、彼はどんな答えを出すのだろうか。

 そして──私はそれに報いることができるのか。

 

 剣を。

 

 拾われた。

 

「よ。ダッドリーの敷地内では剣は振らないんじゃなかったのか?」

「ラグスお兄様」

 

 次兄、ラグスお兄様。

 エイアグラムお兄様と並んで少佐位であり、その実力は拮抗する。技のエイアグラムお兄様、力のラグスお兄様と言った感じか。とはいえラグスお兄様も力でのゴリ押しというわけではなく、例えるなら柔と剛の方がしっくりくる。

 

「先日の家出で、一週間ほどの謹慎を言い渡されています。外で鍛錬できないのなら、敷地内でやるしかないでしょう」

「真面目だねぇ、お前は」

 

 ほいよ、と剣を投げ返してくるラグスお兄様。

 生真面目なエイアグラムお兄様と違ってラグスお兄様はこう……ジャン・ハボックみたいな感じ、といったら伝わるだろうか。芯はあるけど、割とちゃらんぽらん、みたいな。

 

「ダッドリーの剣。お前、なんで教えて貰てないのかわかってないだろ」

「……いきなりなんですか。才能がないからだとお爺様から聞きましたが」

「だから、その才能が何か、お前わかってないだろ?」

 

 教えてやるよ、と。

 ラグスお兄様は練習用の木刀を一本取る。

 

「ダッドリーの剣ってのはさ、どんな剣だと思う? レイゼン」

「銃に打ち勝つ剣術です」

「そりゃ模範解答だが、そういうことを聞いてるんじゃねえ。ほれ」

 

 突き。

 思わず回避行動を取る。

 

「へえ、上手く避ける。それで誰にも剣術を習ってないんだから、天才だよな、お前はさ」

「天才、とは。……非才の身に、何の皮肉ですか」

「俺は今お前を殺す気で突きを放ったよ。人中。木刀でも大人の力で強くつけば死ぬだろ。お前子供だし」

「はい。だから回避しました」

「よくわかったな、俺がお前を殺すつもりで突きを放ったこと」

「……突きとは基本的に敵を仕留める為の剣術でしょう。打ち合いの練習相手になってくれるというのなら、ラグスお兄様は上段からの打ち込みを選択したものと思います」

「ほら天才だ。だからお前はダッドリーの剣を教えられねえんだよ」

 

 ……よく、わからない。

 ラグスお兄様は私に何を伝えようとしてくれているのか。無駄な行動をする人じゃないのは知っている。多分、ラグスお兄様から見て、私の鍛錬方法に気になる所があったから、それを指摘しに来た、のだと思う。

 考えろ。なんだ。

 

「お前さ、レイゼン。自分が今、殺気を叩きつけられて平然としていることに気付いてるか?」

「……人を殺す。人を斬る。剣術家である以上、練習試合であっても殺気を放つのは必然でしょう」

「馬鹿言えよ。俺がお前くらいの時に兄ちゃんや爺さんから殺されそうになったら、しょんべん垂らして泣きわめいてたよ。なんでだ、って。どうしてこんなことするんだ、ってさ。でもお前、そんな素振り見せねえだろ」

「……」

「我慢し過ぎなんだよお前。見てて……すげぇ、つらくなる。周りがダッドリーの剣ばっか使ってるから、それを使えない自分は非才だって信じ込んで、周りが勝手に決めたから、セリム・ブラッドレイの許婚に甘んじて、周りが求めるから、お前は良い子ちゃんを張り続けてる。だろ?」

 

 蹴りが来た。だから鞘で受け止めつつ、受け止められない威力であることを知っているから受け流す。位置取りは常に横。真正面には立たない。力の強いラグスお兄様の剣や格闘を真正面で受けるなんて愚行は犯さない。

 

「泣けよ。何やってんだよお前。お前さ、いつ泣いたよ。赤ん坊の時以来泣いてないだろ。気付けよ。お前虐められてんだよ。ダッドリー家からも、ブラッドレイの家族からも。何背負ってんだよ。そんなに信用できねえか、俺達は」

「……はい」

「言い切るか。流石だな、天才は」

 

 できるものか。

 結局ただの人間だ。人造人間(ホムンクルス)には敵わない。お父様にとっては路傍の石ですらない塵芥。

 彼らに肩を預けるということは、彼らを殺すことと同義だ。

 私は剣以外で人を殺す気はない。殺し方を選ぶくらいにはエゴイストである自覚がある。

 

「さっきから、天才天才と。意味が分かりません。……皮肉や嫌味なら、私の頭が悪いために届いていません」

「天才だろ。ダッドリーの剣は銃に打ち勝つ剣術だぞ。それを受けて、なんで生きてんだよお前」

「ラグスお兄様が手を抜いているからです」

「馬鹿言えよ。子供殺すのに本気なんか出すか。手加減してても殺せるわ」

「……それは」

「認めろよレイゼン。お前、実はすげーんだぜ。手を抜いた程度のダッドリーの剣に、平然と立ち向かってる。敵を分析して自分を変えて、状況を把握して戦い方を応じて。それができる奴がどれくらいいるよ。んで錬金術まで使うんだろ? はぁ、ヤになるよ。俺達はダッドリーの剣しか使えねえってのにさ」

 

 横薙ぎ。上空に逃げるのは追撃を考えて選択肢から外し、姿勢を低くして一度刀身を捉え、膝蹴りでてこの原理を使い、打ち払う。

 

「ダッドリーの剣を授けられる、っつーのはな、レイゼン。それしか才能がない、って言われてるのと同じなんだよ。俺と兄ちゃんに銃の才能は無え。爺さんにも、父さんにもだ。見たことはねえが、多分母さんにもな。錬金術もだ。俺達はちんぷんかんぷん。それを戦闘中に組み込んで考え使うなんて頭が破裂しちまう」

「でも、私はその才能が欲しかったです」

「欲張りだな。いいか? 爺さんがお前にダッドリーの剣を教えなかったのは、お前を閉じ込めちまうのを恐れたからだ。ダッドリーの剣は銃に打ち勝つ剣術だが、決して最強の剣術ってわけじゃねえ。アメストリス式剣術の内の一つに過ぎず、銃も錬金術も使えねえ奴の辿り着く最後の(よすが)でしかねえんだわ。お前も軍人になったらわかるよ。軍には馬鹿みてえに才能持ってる奴がゴロゴロいんだよ。けど俺達は剣しか振れねえ。それしか価値が無えんだ」

 

 価値。

 ラグスお兄様は──燃えるような瞳で。

 

「もちっと視野を広くしてみな。もちっと世界を見てみな。そりゃお前は弱いよ。今はすげぇ弱い。俺達の誰にも、門下生の一人にも勝てねえだろうさ。だが──」

 

 踏み込み。力強いそれは、地を割る。

 逆袈裟のフルスイングだ。これは受けるも受け流すもできない。だから、足裏の錬成陣で小規模の爆発を起こし、高くジャンプして避ける。

 

「お前は生き残ることができる。ダッドリーの剣は銃に打ち勝つ剣術だが、生き残るための剣術じゃねえ。そして、誰かを守るための剣術でもねえ。俺達は誰よりも先に敵に突っ込んで道を切り開く役目を持つが、決してそれは自身を顧みたモンじゃねえ。──お前、セリム・ブラッドレイを守りたいんだろ。じゃあもうダッドリーの剣なんか気にするな。考えから捨てろ。強くなるな。硬くなれ。目指すべき場所が違うんだよ」

「目指すべき、場所」

「お前がずーっとなんかに悩んでるのは知ってる。そんで、そのたんびに自分に力が無いからって悩んでんのも知ってる。バーカ、お前に力なんか要らねえんだよ。俺含めて力を持ってる奴がこんだけ周りにいて、なんでお前が強くなる必要がある。お前はお前の守りたいものを守ってろ。そんで、それがもし国益を損ない、アメストリスと敵対する行為になるというのなら──」

 

 突きが来る。

 けれどこのコースは──当たらない。

 

 ドン、と。

 壁に、顔の横に、木刀が突き刺さった。どれほどの怪力なのかがわかる。

 

「頼れ。俺達を頼れ。セリム・ブラッドレイでもいいぞ。誰でもいい。お前、頼れよ。アメストリスを守るためにある剣が俺達ダッドリーだが、妹のために背信することくらい屁でもねえ。我慢すんなよもう。俺達がつらいんだよソレ」

「……死んでほしくありません。私のためなどのために死地に身を投じてほしくない」

「ああ、俺もお前にそう思ってる。セリム・ブラッドレイのためなんかに死んでほしくねえ」

 

 どくどくと。

 ようやく、心臓が動き出したみたいな。

 

「で、多分だが、セリム・ブラッドレイもお前に死んでほしくないと思ってるだろ。ほら、誰もお前に死なんか望んじゃいないんだよ」

「……それが嫌だと言ったら──ラグスお兄様は、その意思を汲んでくれますか」

「どういう意味だ」

「"死んでほしくない"と望まれることが、嫌だと言ったら。ラグスお兄様は、私をどうしますか」

「……」

 

 一度死んだ。

 死んだ。覚えている。死んだ。死んだ感覚を。死んだ理由を。

 

 覚えている。

 

「おい爺さん! 兄ちゃん! 母さん!! ちょっと中庭来てくれ!!」

 

 突然、ラグスお兄様が大声を出した。

 家族全員を呼びつける声を。

 

「何を」

「今からお前を殺す。本気でな。みんなが見てる前で、お前を殺してやる。お前、昔言ってたよな。死ぬなら剣術家と戦って死にたいって。いいよ、俺が叶えてやる。だからみんなが来るまでちょっと待て」

「そう、ですか。……ありがとうございます」

 

 練習用の刀を捨てて、真剣を抜く。

 鞘を右手に持ち、四足の構えを取る。

 

 ラグスお兄様が本気だとわかったから。

 

「サマになってるよ、天才の妹」

「ありがとうございます、凡人のお兄様」

「ケッ、良く言うようになったじゃねえの、この短時間でさ」

 

 構わない。

 セリムを守ることはできなくなるが、今ここで私が死なば──""毎回セリムを守って死んだ""という条件からは脱せるかもしれない。

 それがもし、彼をハッピーエンドに導く結果となるのなら。

 

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