アカネアイ   作:青空の夜天

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読者様の反応、評価ここすき等とても励みになっているのでこの前書きにて心よりお礼申し上げます。


お節介

 

 

 

 【今からガチ恋始めます】ハウススタジオ

          『音楽室』

 

 

 

 

 

 

 

 あかねの衝撃的な告白からしばらくたった撮影の日。今ガチのメインは徐々に変化しつつあった。

 

 今の中心は良くも悪くもあかね。

 最初こそはゆきちゃんとノブくんのカップリングが話題になってたけどあかねが演技をし始めたあの日、この番組の空気が変わった。

 

 まず、ゆきちゃんとノブくんとの関係だったのがノリが良いバージョンのあかねが入った事によって変化。

 三角関係が形成されたものの、ノブくんとあかねの独特なノリにゆきちゃんは押され気味になっている。

 特にあのよく分からない言語が交わされる会話は、職業柄若者の事を勉強している私でさえかろうじて解読することができるか……と言うほどに難解である為、二人の空気感はつけ入る隙がないと言える程に強い。

 

 この番組を観ている視聴者の人は分かるのかな……?一応若い子達が中心みたいだけど。

 もしかしてなんだけど私がみんなよりだいぶ歳上だから分からない訳じゃないよね……。

 

 それから大きく変わったのはもう一人のあかねちゃんの登場だ。

 あの日、あかねは二重人格だということを私達に告白した。

 

 二重人格と言うのは漫画みたいに良いものじゃない事くらいは知っていてあまり詳しく聞かない方がいいかなって思ってたけど、なんだかそんなに深刻な話じゃなかった。

 

 なんでも子供の頃に突如もう一人の自分を認識して、それから二人で過ごしていくうちに精神を入れ替えられるようになったとか。

 「小さい頃ずっと演技に打ち込んでいたからそれが原因かも?」と、笑って話をしていたのは(いま)だ記憶に新しい。

 

 私は本人が深く考えなくてもいいと言っていたので「漫画みたいな話って現実でもあるんだな〜」くらいに考えている。

 

 "事実は小説よりも奇なり"とはよく言ったものだね〜。

 

 それはともかく。

 実は今ガチの中心になってるのは先程説明した三角関係ではない。

 いま一番、注目されてるペアと言えば……

 

 

 

「でさーここのメロディなんだけどあかねっちはどう思う?」

 

「素人意見だけど?」

 

「全然おっけ」

 

「そうだねー。んー……私だったら1563進行を入れるなー。そうした方がエモい雰囲気だせるし、ちょっと古い曲調になっちゃうかもだけどモリモトの曲には合うと思うよ」

 

「ここにか?……成程……おー!いいじゃん!じゃあさらにこれを組み合わせて弾いてみると……」

 

「うん!いい感じ、いい感じ!でもこの曲をバンドでやるってなるとここのコードを分解してさ……」

 

「うーん……ならそのコード進行に合わせる為に基準の音を1度、いや2度上げて試してみるか?」

 

「えっと、そうするとベースラインとの兼ね合いが……」

 

 なにかの楽譜を見ながら真剣に話し合う二人の人物。

 何を隠そう今一番注目が集まっているペアはケンゴくんともう一人のあかねちゃんだ。

 

 ケンゴくんは元々この番組にそこまでノリ気ではなく、カメラの前でどうしても素の自分を出す事が出来ずに苦戦している印象があった。

 しかし、もう一人のあかねちゃんの登場でそれは一変(いっぺん)

 

 あかねちゃんがケンゴくんの得意な事を聞き、話題を広げて会話することによってケンゴくんの良さを最大限以上に引き出す。

 さらにケンゴくんの方からも自身の知識と技術をあかねちゃんに披露する事によってあかねちゃんは音楽の知識を吸収してどんどんと話題が広がる。

 その相乗効果が重なり合った時に見せる二人の心底楽しそうな表情が、この番組のメインターゲットである中高生の心をガッチリ掴んだ。

 

 現に今も……

 

「いや〜まじ助かるわ、あかねっち!」

 

「私の天才的な作曲センスがモリモトに影響を与えちゃったかな〜☆」

 

「そうだな!お陰様で本業の方も順調に進んでくし!」

 

「ふふん♪これくらいは、お安い御用だよ!」

 

「こんなに出来るなら…………そうだ!あかねっちも作曲やってみないか?」

 

「作曲?でも私はコードとかも知識として知ってるだけでまだ理解はしてないし……それに、楽器なんてひとつもできないから……」

 

「教える、教える!あかねっち独特なセンスもってるし、曲の要点は押さえつつ話せてるからすぐだって!てか今度ギター持ってくるからそれあかねっちにやるよ!」

 

「えぇっ!?いいの!?実は前々から何か楽器をやってみたいと思ってたんだよね〜。じゃあ遠慮なく頂戴……『え〜良いじゃん、くれるって言うんだからさー』」

 

「どうした?」

 

「ごめん!モリモト、なんかあかねが『高価な物は簡単に貰っちゃダメ』って」

 

「なんだそんな事か、全然気にすんな!むしろあかねっちがもっと音楽の理解を深めてくれるとこっちもインスピレーションがわいて助かるんだわ。それにあかねっちのお陰で俺も今ガチに貢献出来てるし、使わなくなったギターの一本や二本でお礼ができるなら安いもんだって!」

 

「えへへ〜そう言われちゃ私も頑張らなきゃだね!将来、神曲を作って世にだしちゃうから楽しみにしてて!」

 

「その意気はよし!そんじゃお互いもっと有名になる為に高め合うとしようぜ!」

 

「おー!!よーし、やる気出てきたぞー!」

 

「そいつはなにより」

 

「えっと……はいはーい!じゃあ早速、このダイアトニック・コードについてもっと知りたいでーす!」

 

「ああ、それは……いや、実践しながら説明するか。まずは三和音のほうから……」

 

「ふむふむ。確か音を一つおき、ルールによって三つ組み合わせたものが三和音。そこに一音加えて深みを足したものが四和音だったよね?……ってちょっとそのコードの名前が書いてある表かして!めちゃ便利じゃん!」

 

「はいよ。ああ、ちなみに三和音はトライアド、四和音はセブンスって言ったりするから覚えておくと良いぞ。それからさっきあかねっちが言ってた1563進行をその表にあらわすとな……」

 

 

 

 ……と、このように、私の目の前で繰り広げられている光景は先週までの今ガチにはない空気感がでてると言えるだろう。

 

(ケンゴくんとあかねちゃん良い顔してるなぁ〜)

 

 やはり好きな物を語っている時の顔というのは何物にも代え難いほどに輝くもので私もアイドルについて語っている時はあんな顔になったりするのかなーと、思ったりする。

 

 やれやれ、この調子じゃあ私の"おバカ系癒し枠"って立場も危ういかもねぇ。

 

「どういう事だ……なぜ?それともやっぱり違う……俺が……」

 

 そんな事を考えながら二人を見ている私の隣で、何やらぶつぶつ呟いているのは星野アクアことアクたんである。

 

 ひょんな事から友達になりこの今ガチで何かと行動を共にする事が多い彼は今、いつもの眉間にシワを寄せた顔を更に険しくしてずっと独り言を言っているヤバい人に。

 

 普通にしてれば顔面偏差値高いのに……カメラに映る様な顔を今してない事に気づいてるのかな?

 

「気になるなら話しかけてみればいいじゃん」

 

「別に気になってない。ただ見てるだけで気になってると言えるのか?俺は同じ出演者としてアイツの振る舞いをだな、というか仮に俺が──」

 

 私の提案につべこべダラダラと言葉をこぼし始めるアクたん。

 これはツンデレと言うやつなのだろうか?もしそうであるならばあかねが気難しい子と表現した以上の印象を感じるけど。

 

「あっ!?おーい!メムー!アクアー!」

 

 アクたんと意味のないやりとりをしていると私たちに気づいたあかねちゃんが一旦ケンゴくんとの会話と言う名のお勉強会を中断し、手を振りながら声をかけてきた。

 

「やっほ、調子はどう?あかねちゃん」

 

「ふっふっふ……聞いてよメム。絶好調すぎて次はギターに挑戦するんだよ!メムは未来のスーパー作曲家が生まれる場面に出会えて超ハッピー。曲作れるようになったらメムの動画で使うBGMも提供してあげるねー」

 

「流石に気が早すぎ……」

 

 こうやって面と向かって話すと二重人格というのがすんなりと納得できてしまうほどにあかねとの雰囲気は違う。

 特に私なんかはメディア越しではあるものの中学生時代のあかねを知っている為、その差異に急激な温度変化を感じる。

 

 あの自信は一体どこから出てくるのだろう?何処かで似たような人物を見た気がするけど気のせいだろうか……。

 

「そうだ!良かったらメムとアクアも一緒に──」

 

「俺はいい」

 

 あかねちゃんが言い終わる前に提案を無碍(むげ)に断るアクたん。

 

「どうしてアクア?最近ちょっと変だよ、私が何かした?もしそうなら謝るからさ!」

 

「っ!………………悪いな」

 

 あかねちゃんの質問には返答をくれず、ただ一言呟き音楽室を立ち去るアクたん。

 異常な光景に見えるかもしれないが何もこれが最初ではない。

 

 今まであかねちゃんはアクたんに何度も話しかけているのだけどアクたんの返事はどれもそっけないものであり、話しかけてもすぐに距離を置いて何処かへ行ってしまう。

 

「あちゃー。今日もダメか〜」

 

 私はその理由になってそうな原因を一度だけ見た事がある、あれは初めてもう一人のあかねちゃんが出てきた時の事。

 あの時のアクたんは様子が変だった。あかねちゃんを見た瞬間に顔色が悪くなり、近づかれた時には逃げるように教室を後にした。

 その後気になって追いかけたものの流し台で再び見たアクたんは今にも倒れてしまいそうな様子に見えたのが強く記憶に焼きついている。

 

 話の時にもう一人のあかねちゃんの存在についてアクたんも驚いていたので多分初対面のはず……なのに、なぜ……?

 

「いや〜困った困った!私の溢れ出るオーラがアクアを気後れさせちゃったかな☆オーラが強すぎるのも考えものだねー」

 

 明るく頭に手を当てながら、いつもの調子で振る舞うあかねちゃん。

 その姿からは特に気にしていない風に見えるが私には分かる。分かってしまう。

 

 誤魔化すのがうまい子だ。

 

 今、あかねちゃんはきっと悲しんでる。

 これは私が様々な仕事を経験してきたからなんとなく感じとれただけなのかも知れないけど……。

 

 

 

 

 

 いや……違う、違うじゃん、何を考えてるんだ私は。

 

 『なんとなく感じとれた』とかそうじゃないじゃん。

 "人に理由もなく避けられるのは悲しい"そんなのは当たり前すぎる程ごく普通の感情であり、友達だったら推し量るまでもなく理解出来なきゃいけないよ。

 

「あかねちゃん」

 

「うん?どうしたの?」

 

 私があかねちゃんの名前を呼ぶと、彼女は先程と一緒の明るい調子で答えた。

 

「私、アクたんを追いかける。だから……時間かかるかもしれないけど、待っててあげてね」

 

 アクたんは友達で、あかねちゃんも友達だ。

 歳下の友達二人が困ってるんだよMEMちょ、だったらお姉さんとして、やる事は一つしかないよねぇ。

 

 

 

「そっか、メム………分かった『よろしくね』」

 

 

 

 

 

 困った様な笑みで私に笑いかけるあかねちゃん、その表情を見て私はより一層決意が固まっていくのを感じながら部屋を後にする。

 

 

 

 さーて、いっちょお節介といきましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は一体何をやってるんだ……?」

 

 もう何度目の問いになるだろうか?ここのところずっと自分に同じ質問を投げかけている気がする。

 

 黒川あかねは自らの事を"二重人格"だと語った。

 二重人格は解離性同一症、解離性同一性障害とも呼ばれる神経症だ。主に幼少期の多大なストレスから自身の精神を守る為の症状であり、よくある漫画の様な便利なものでは決してない。

 

 俺も産婦人科医とは言え医者の端くれだ。二重人格の患者は何度か事例を見た事がある。

 だが俺が見てきたどの患者も、黒川あかねの様にお互いを認識しあって知識や考えを共有するというのはなかった。

 ましてやお互いの精神を自由に入れ替えて行動するなんてのは、最早ファンタジーの領域とすら言えるだろう。

 

「ファンタジーか……」

 

 まあもっとも、一度死んでアイドルの子に生まれ変わるという経験をしている俺が言えた義理じゃないが。

 

 "転生"の方がよっぽど空想の産物だろ。と、言われてしまえば返す言葉もないのである。

 だから、あかねの二重人格と言う特別な体質についてはそこまで重要視していない。

 

 その不思議な仕組みについて医者としての興味はあるがな。

 

 問題はもう一人の人格であるアイツのあり方だ。

 最初に見た時俺は、もう一人のあかねの事を完全に星野アイと認識してしまった。あの目を引く暴力的なまでのオーラは間違いなく生前のアイが持っていた才能そのもの。

 

 だが、奴をしばらく観察していくうちにその確信に揺らぎが(しょう)じる。

 

 その一番の理由が、アイツのこの番組での立ち回りだ。

 アイツがこの番組でとった行動は、共演者の得意な事を引き出しそれを自らの糧としながらお互いに高め合う姿を見せるというもの。

 

 何故そんな事をする必要がある?アイツもアイと同様に人を惹きつける才能があるのなら、ただカメラを意識した立ち回りをするだけでいい。

 たったそれだけの事で周りの奴らは目を奪われ、この番組の主役は揺るぎないものとなるのに。

 

 "星野アイ"がこの番組に出たのならそうしただろう。あんな回りくどく、頭を使った立ち回りなどしなくても……

 

「いや、正確には違うな。しなくていいんじゃなくて、絶対に出来ないと言った方が正しいな……」

 

 今のアイツの人気は才能なんかじゃない。

 積み重ねてきた"コミュ力"、場の空気を読む"状況観察力"、そしてアイにはもっとも遠いものである"教養"。その三つが合わさって初めてとれる手法だ。

 

 この事や、あかねは俺より歳上でアイが転生した線もないということから、もう一人のあかねは星野アイとは無関係であると結論づける事ができる。

 

 そもそもアイはもっとバカで失礼で図太い奴だ。

 あんな学びに意欲的だったり、視聴者に配慮して難しい言葉は自分なりに簡単な言葉に訳して伝える。などの器用な事は、例え演技だとしてもできるタイプではない。

 

 ルビーがどう思ってるかは知らんがアイをよく知る人物であるミヤコさん・斉藤壱護・五反田監督あたりは俺と同じ意見を持つだろう。

 

 

 頭では分かってる。

 そうだ、分かってはいる。しっかりと理由を付けてあかねとアイの関係を否定した。にも関わらず、俺の心……魂とでも言うべきであろう物があかねとアイを似たものだと感じてしまっている。

 

「黒川あかねは何も悪くない、おかしくない。おかしいのは……俺だ……」

 

 

 

 

 

 

 

「あーくたん♪」

 

 

 いきなり声をかけられると同時に首筋がヒンヤリする感覚に襲われる。

 

「ほら、お茶でよかったらあげるよ。お姉さんの奢りだぞー」

 

「なんの用だ?メム……」

 

 振り返ると今ガチで何かと行動を共にする事が多いMEMちょことメムが、冷えたペットボトルを俺の首筋に当ててきたのだということが分かった。

 

 とりあえずメムから渡されたお茶を受け取ると、俺はメムに冷ややかな視線を向ける。

 

「何の用って……アクたんの様子が気になったから来ただけなんだけど……」

 

「ここにカメラはない。だから俺に関わっても出演時間は増えないし、お前にメリットなんてないぞ」

 

「わーお。相変わらず捻くれてるねぇ〜」

 

 二度とスタッフにあんな醜態を見せない為に、カメラがない場所はあらかじめチェック済みだ。

 ここはその数少ない場所であるハウススタジオの外れ。

 長時間居たら不審に思われるかもしれないが、番組の中心であるケンゴとあかねが音楽室に居る今なら少しくらいは大丈夫だと判断してここに来た。

 

「ただ……友達が心配で来た。それじゃあダメなのかな?」

 

 メムの柔らかい表情を見て少し後ろめたい気持ちを感じる。

 

 面倒見がいい奴だとは思っていたがここまでとはな、これではお節介のお人好しと言われてもしょうがないだろう。ただ、それでも──

 

 こういう奴も世の中には居るのか……。

 

「そうか……」

 

「アクたんは、どうしてあかねちゃんを避けてるの?」

 

「別に避けてるつもりはない」

 

「嘘、何か理由があるなら私が話聞くよ?話すだけで楽になる事もあるって言うでしょ」

 

「理由……」

 

 あかねを避ける理由なんてのは自分でもよく分かっていない。

 誰かに話す事で分かるのだろうか?まあ、メムは俺ともアイともあかねともそこまで関係が深い訳じゃない、だから……

 問題解決の糸口が掴めるのなら少しくらいはいいか。

 

「理由……かどうかは分からないが、あのもう一人のあかねは似ててな……」

 

「似てるって誰に?」

 

「俺の大切な人」

 

 星野アイ、アイと過ごした日々は今でも昨日の事の様に思い出せる。

 

「もしかしてアクたんの初恋の人とか!?」

 

「恋か……いや、どうだろうな」

 

 そういえば、俺にとって星野アイとはなんなのか?その事を深く考えたことはなかったな。

 

 母親?推しのアイドル?それとも患者?どれも正解ではあるが、ハッキリとは口に出来ない。

 

「大切な人……か。ねぇ、それってどんな感じの人だったの?」

 

「そうだな……なんと言っても顔が良かった。それから人を惹きつけるオーラが凄かったな。頭は悪く失礼な言動もちょくちょくあったけど、何処か憎めなくて、関わると不思議と元気が貰える。そんな感じだ……」

 

「へぇ〜なんかアイドルみたいな人だねぇー」

 

「まあな、だけどある日。ろくに別れが言えないまま二度と会えなくなってしまった。その事を俺は……悔やんでいるのかもしれない」

 

 アイが刺された日を思い出すたびに殺した奴への恨みは募っていく。

 だがそれよりも大きく、重いのは……罪悪感。

 

 あの時俺がもっと注意していれば、備えていれば、迅速に行動していれば何かが変わったかもしれない。あの場でそれが出来たのは俺しか居なかった。

 

「なるほど、あかねちゃんを見るとどうしてもその人を思い出しちゃうからアクたんは避けてたんだね」

 

「恐らくな……」

 

 あかねとアイを重ねるなんてのは間違ってる。それだけはハッキリと分かってるはずなのに。

 

「そっか……アクたんの様子がおかしい理由、それなんだね。だったら私、アクたんの気持ち少し分かるかも」

 

「なんだと?」

 

「アクたんがさっき言ってたみたいな人。私も一人知ってるんだぁ」

 

「メムの近くにもそんな奴が居たのか?」

 

「あっ、えっと。直接知り合いな訳じゃないよ!ただ私は彼女のファンだったから……」

 

 確かメムはアイドルオタクだったはず、まさか……メムが言う人物は……。

 

「うーん、アクたん知ってるかなぁ。あっ!確かアクたん苺プロだったよね!じゃあ知ってるかも……B小町のアイって人!」

 

 まさかメムの口からアイの名前が飛び出すとはな、偶然にしては出来過ぎだ。

 

「勿論知ってる。苺プロの大先輩だからな。ただ……」

 

「あっ!そっか、じゃあ……」

 

 メムは俺がB小町を知っている事を嬉しく思いつつも、苺プロの事情を察したのかとても言いづらそうに口をつぐむ。

 

「いや、俺に気を使う必要はない。俺もメムの事情を知ってしまってるからお互い様だ。それにB小町とは子供の時に会ったっきり……ていうくらいのもんだし」

 

 嘘はついていない。

 

「そっかぁ、アクたん社長の息子さんだもんね、いいなー。うん、じゃあ話すけど。アイは私をアイドル好きにさせた原点みたいな人でさ、もう一人のあかねちゃんを見てたら……ドーム公演を前に刺されたアイのことを思い出しちゃって。あの時はショックでいっぱい泣いたなぁ」

 

「お前、B小町のファンだったんだな。世代もあってないだろうに……」

 

「えっ!?そ、そそそうだね!でもほら!B小町はアイドル好きの憧れみたいなとこあるから!」

 

 世代を超えて愛されるか……やはりアイの影響は計り知れない。

 

「それで、メムはアイの事を思い出して辛くないのか?」

 

 アイのファンだった奴が今、アイの事をどう思っているのか?こんな機会は今までなかったから純粋に興味があるな。

 

「辛い気持ちは勿論あるよ、だけど……本当にそれだけなのかなって」

 

「何が言いたい?」

 

「アイが伝えたかったのは悲しみや喪失感じゃないんじゃないかな?確かにアイが亡くなった時は悲しかった。だけど、私がアイから貰ったものはそれだけじゃない」

 

「…………」

 

「アイドルの素晴らしさ、元気の源。そういったものを受け取っていたから、辛い事があっても今まで私はやってこれたのかも。まあ、もっとも!こんなのはファンの都合いい解釈……なんだけどね!」

 

「アイドルの素晴らしさ……」

 

 メムの家庭の事情からしてここまで来るのに並大抵の努力ではなかったはず、それを乗り越えられたのはアイドルという偶像のお陰……か。

 

「ただこれだけはハッキリしてる。アイが居なきゃ、あかねと会う事もなかった!」

 

「…………成程」

 

 アイが居なければ俺になかったもの……あかね、有馬、メルト、メム。どれもアイと言う存在が俺の中に残り続けて居なければ出会う事はなかっただろう。

 他にもミヤコさん、壱護社長、監督、そして……ルビー。アイが繋いでくれたものは今も残っている。

 

「それに、アイドルを原動力としたお陰で弟達を立派な大学生まで──」

 

「大学生?」

 

「あぁっー!?違う!違う!違う!私が大学生になるまで弟達の面倒をみられるなぁーって!そ、それだけよぉ!」

 

「そ、そうか」

 

 何やらあたふたと慌てだし、言い訳を続けるメムを尻目に俺は考える。

 

 アイが残していったものか……。

 

「という訳でアクたんの気持ちはよく分かった!だから私は、無理にあかねちゃんに絡みに行けとかは言わない!」

 

「良いのか?」

 

「うん!アクたんがどんな選択をしようと私が全力でフォローする!なんたって友達だからね!」

 

「それは……心強いな」

 

 モヤモヤとした気持ちと思考がクリーンになっていくのを感じる。誰かと話しをするだけで、少しは変わるもんなんだな……人間って。

 

 何故か……こんな時だというのに不思議と俺は、雨宮吾郎としての記憶を呼び覚ましていた。

 だが思い出すのは星野アイの事でも、ましてや天童寺さりなの事でもない。

 

 俺を育ててくれた祖父母のこと……

 

 望まれない子供である俺を育ててくれた祖父母。そんな二人の事を思い起こし、今更ながら後悔していた。

 俺が人に合わせる生き方なんかせずにちゃんと向き合っていれば関係性が変わっていたかもしれない……お爺ちゃんは少しづつ俺を受け入れてくれただろうか?お婆ちゃんは俺の意思を尊重してくれただろうか?

 

 今となってはどうしようもない事だが、メムと話していると気まずい関係だった俺と祖父をいつもフォローしてくれていた祖母の事を思い出す。

 

 お婆ちゃんに似てるだなんて、メムに言ったら怒るだろうな。

 

「アクたん……でもこれだけは忘れないでね。いくら特殊な体質があるからと言ってもあかね達だって普通の人間。楽しい事があれば笑うし、ムカつく事があれば怒る。そして人に避けられたら……悲しんだりもする」

 

「そうだな……フッ、そんな顔するなよ。あかねとの接し方については俺自身で考えてみる」

 

 言われないでも分かってなければならない事を女子高生に諭されてしまうとは精神が肉体に引っ張られすぎたか?

 

 いや、俺もまだまだ未熟ってことだな……。

 

 ただ……未熟だからこそ、これだけは言っておくとするか。

 

「メム……」

 

「なあに?アクたん」

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 俺は久し振りに、この言葉を心の底から言えた様な気がする。

 

「ぐはぁ!は、破壊力が凄い……不覚にも少しときめいてしまった。アクたん、その顔が番組でも出来れば人気間違いなしなんだけどなぁ〜」

 

「あまり人気に興味はないが」

 

 どうやらさっきの俺はとても良い顔をしていたらしい、メムが胸を押さえて狼狽した後に、頭をかかえて悩んでいる姿は中々に滑稽だ。

 

「じゃあそろそろ行くか、あまり長居するとスタッフに不審がられる」

 

「そうだねぇ〜アクたんも元気になったみたいだし!」

 

 立ち上がり()を進めようとした矢先、俺は今まで気になっていた疑問をメムにぶつけてみる事にした。

 

「なあメム、一つ聞いていいか?」

 

「どうしたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺とメムはいつ友達になったんだ?」

 

 

「え?」

 

 俺が思っていた純粋な疑問を口に出した瞬間にメムは驚愕を(あら)わにする。

 

「ええええぇっ!?だってほら!私たち結構一緒に行動すること多かったし!悩みとかも色々話した仲じゃん!私はとっくに友達だと思ってたんだけどぉ!?」

 

「俺は思ってなかった」

 

「うぇぇ!?そんな〜」

 

 別に一緒に遊んだりした事もなかったしな。

 

「ああ!じゃあもういい!たった今から私とアクたんは友達です!はい!決定!異議なし!決まり!」

 

「友達は今日からとか決めるものではないと思うが……」

 

「もっともなこと言わないでよぉ!」

 

 これは俺が悪いのか?メムの距離の詰め方が独特な感じにも見えるんだけどなぁ。

 

「凄まじい捻くれっぷりだね。そんなんだからアクたん友達居ないんじゃないのー?」

 

「舐めるな。友達くらい普通に居る」

 

「じゃあ誰?言ってみてよ」

 

 

「…………………………メルトとか」

 

 これは余談になるが、この前メルトに誘われて行った動物園は楽しかったな。

 何故男二人で動物園なんて悲しすぎる事をしなければならないのかと不満に思っていたのだが、いざ行ってみると想像の五十倍は楽しめた。

 

 年甲斐もなくパンダに興奮したり、国の重要文化財をじっくり眺めながら二人で意見を交わしたり。女性が居ない事によって気を使わず、デートで行くのとはまた違った良さがあった事に二人で驚いたものだ。

 

 そして最後に銭湯で一日の疲れを洗い流す。これも女性が居たらあまり出来ない事ではあるな。

 日本には裸の付き合いと言う言葉があるが、それを実感させる一日であった。

 

 閑話休題。

 

 まあ、だからアイツなら友達と呼んでも差し支えないだろう。

 

「へ?へぇ〜メルトってもしかして最近テレビでよく見かける俳優の鳴嶋メルトくん?」

 

「そうだ」

 

 ああ、ようやくアイツも俳優と呼ばれるようになってきたか、初めて有馬に動画を見せてもらった時は悪い意味で衝撃を受けたのに。

 あの大根演技の素人チャラ男モデルが一端(いっぱし)の俳優に……少々感慨深くなる。

 

「ちょっと意外。アクたんってちゃんと同性の友達居たんだねぇ〜」

 

「お前は俺をなんだと思ってるんだ?」

 

「捻くれ者の女たらし」

 

 なんとも不名誉な称号だ。

 

 捻くれ者はまあいいとして、星野アクアになってからたらし込んだ事などないはずなのに。

 

「もういい、先行くぞ」

 

「アクたんが引き止めたんじゃん」

 

 さっきメルトと遊んだ時のことを思い出して気になったのだが、アイツは二重人格というあかねの事情を知っていたのだろうか?

 

 確か、メルトはあかねにアイスを奢る約束があると言っていたな……今日あまカフェの時には果たされていなかったからもしかしたらその約束をした人物というは……

 

 もしそうであるならその約束が黒川あかねを見定める口実として使えるな。

 俺が遊ぶ計画をしてもいいと言ってたのはあかね本人だ、誘っても断りはしないだろう。

 

 それにあかねはメルトに甘いところがあるからな、よりあかねの本質を見やすい環境を作ればもう一人のあかねの反応も見れる。

 

 そうと決まれば一度メルトに連絡をとって予定を細かく確認しておくとするか。あかねの方はいつも暇だろうから気にしなくていい。

 

 あっ……どうせなら有馬の奴にも声をかけてやるか。

 俺が知ってる中であかねと一番付き合いが長いのはあいつだし。有馬、苺プロに来てからめちゃくちゃ暇そうだからなぁー。

 

 まあそれでも、本人はルビーと一緒にB小町の振りつけを覚えようと必死にやってはいるんだけど……如何(いかん)せんやる気はあっても仕事が無いってやつだ。

 弱小事務所の泣き所だな。

 

 

 せめてあかねやメムみたいな奴が苺プロに来てくれたら少しは……いや、今考えても詮無(せんな)きことか。

 

「そういえば……」

 

「ん?どしたの?」

 

「いや、何でもない」

 

 そういえば今ガチでのあかねの立ち回りについて一つだけ不可解な点がある。

 あかねは確かに今ガチで一番注目されてはいる、だが恋愛リアリティショーで最も簡単かつ重要な手法を使っていない。

 

 簡単かつ重要な手法、そんなのは考えるまでもない。

 "恋愛"だ。

 

 あかねとノブの関係、もう一人のあかねとケンゴの関係。そのどちらともに恋愛感情という描写を全く感じさせない。

 あかねが恋愛をしにきていないのは知っている。だとしても視聴者が一番求めているのは恋愛模様のいざこざなのだから、ふりではあってもそれっぽい描写を見せるべきだ。

 そうすればもっと簡単に人気がでるはず。

 

 一応番組の演出でいい感じになってはいるが、程なくして視聴者は気づくであろう。これでは本筋に沿()ってなく、面白くないと。

 

 何故だ?あかねならばとっくに気づいているはずだが……。

 考えろ、アイツの行動に無意味なものは……いや、結構あるな。

 だとしても聡明なあかねなら何か考えがあるはず……。

 

 

 

 三角関係……ノリが良い……リアリティショーの危険性……俺の感じた違和感……あかねが台頭してきた事による変化…そこから生み出される感情……。

 

 

 嫉妬……

 

 

(そうか!)

 

 

 段々と理解してきた、あかねが見ているであろうこの番組の着地点が。

 もし俺が考えている通りだとしたら、これはあかねが動くのは得策ではないな、一番ポジションとしてやりやすいのは関係性の輪から外れている俺かメム……。それともあかねは他のプランを考えてあるのか?

 

 

 

 もしあかねの奴が俺が動く事まで想定しているのだとしたら……

 

 

 

 

 

 黒川あかね。相も変わらず、不愉快な女だ。

 

 

 

 

 

 

 

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