一人になりたい……
人間はなんて面倒なんだろう。
誰かの目を気にして。
誰かの発言を気にして。
なんでそんな風に生きないといけないのか。
「ただいま」とも言わずに逃げるように家に入る。
玄関を閉じて、ほっと一息をつけた。
外の世界と隔離された場所で。
誰の視線も気にしないで。
誰の言葉にも傷つけられないで。
やっと安心できる。
「あら、キョーコ。帰ってたの? ただいまくらい……」
そんなひと時の安心も、家の中じゃほんのわずかしか持たない。
一人になりたい……
親の目を気にして。
親の評価を気にして。
なんでそんな風になってしまったんだろう。
小さい時はもっと自由だった気がする……
居間から顔をのぞかせた親に声もかけずに廊下を走る。
ほんの数秒もせずに自分の部屋にたどり着く。
逃げ込むようにして扉を閉じる。
バタンッ! と乱暴にしまった扉なんか気にする余裕もなく。
床へとへたり込む。
一人になりたい……
どうして誰かと一緒じゃないといけないのか。
自分ひとりだっていいじゃないか。
ふと視線を落とすとお気に入りの犬のぬいぐるみが目に入る。
何も言わないただのぬいぐるみ。
けれど、その何も言わないというのが自分には心地いい。
ぬいぐるみを抱き寄せて、ぎゅっと目をつぶる。
自分以外の存在が消えたようで、すごく安心できる。
「キョーコ? どうかしたの?」
けれどその安心もつかの間。
扉の向こうから親の声が投げかけられる。
『やめてよ……私は一人になりたいんだから……』
大好きなぬいぐるみも投げ捨てて、扉を開けた。
すぐ近くにいた親が驚いて声を荒げるが知ったこっちゃない。
廊下を駆け抜け、玄関を乱暴にあけて外に飛び出す。
どこでもいい。誰もいないところに行きたい
一人になりたい。
誰もいない。
誰も気にしないでいい場所に。
「はぁ、は……げほっ、げほっ」
息が続かない。
あまり普段から運動しないのが祟ったのか、
そんなに走っていないはずなのにすっかり息が上がっていた。
「はぁ……はぁ、ここ……どこ?」
あてもなく走り続けてどこにいるのかも定かじゃない。
ただ人のいない方、いない方へと走っているうちに、
山の中まで入りこんでいたらしい。
「やっば……さすがに……遭難はまず……ッ!」
足をもと来た方へと差し出したが……ズルッ……と茂った草に足を取られた。
数瞬の視界のブレと、一秒も満たない浮遊感……
『あ、落ちるな……』
自分のことながら、他人事のように、今の状況を俯瞰していた。
最後に見たのは遠ざかる空。
最後に聞いたのは……自分が地面に落ちる音。
誰にも気づかれないで、
誰にも知られないで、
こんなところでなんて……自分らしいっちゃ自分らしかった。
ぎゃーてー♪ ぎゃーてー♪ はらぎゃーてー♬
あなたは聞いたことがあるだろうか。
それは『友達の友達から聞いたんだけど』という決まり文句から始まる噂話。
どこにも信憑性のない与太話。
けれど、『本当は……』と心の隅っこでは思ってしまうような話。
これも、そんな話の一つ。
昔、山で死んだという一人の少女『響子さん』のおはなし。
響子さんには耳がある。
他人の何倍も良い犬の耳。
山で迷った人間の弱った声を聞き逃さない。
響子さんには大きな口がある。
他人の何倍も大きく開く鋭い犬歯の光る口。
弱った人間をがぶがぶと、むしゃぶりつくす。
山に入った人間を。
山に迷った人間を。
自分のようにするために。
響子さんは今日も山を歩き回っている。
そんなそんな、他愛もなくて信憑性もない都市話。
誰も信じない。
誰もが聞き流すそんな与太話。
けれど、山で迷った人は思うのです。
「響子さんが現れたらどうしよう」と。
ぎゃーてー♪ ぎゃーてー♪ はらぎゃーてー♬
フキョウワオン
ぎゃーてー♪ ぎゃーてー♪ はらぎゃーてー♬
寺の朝は早い。
日が昇るよりも早く、朝ごはんの準備がはじまって。
鶏が鳴くよりも早く、境内の掃除も始める。
いや、むしろ、鶏を彼女が叩き起こすという方が正しいか……
人里の中央に面した命蓮寺の門。
そこに一人の少女が竹ぼうきを片手に息を大きく吸い込んだ……
「今日も元気に……おはようございまーす!!!!!」
幻想郷じゅうに響くんじゃないかと思うような大声で、
彼女の挨拶がまだ日が昇り切らない朝にこだました。
「うるさいぞー!!」
「ごめんなさーい!!」
里の住人からの野次。
それにこたえる謝罪の大声。
これがもっぱら最近定例化した人間の里の日常だった。
「うぅ~、また怒られた~」
箒で門前を掃きながら、響子ちゃんはシュンと耳をうなだれる。
この挨拶が朝早くから迷惑だ、と命蓮寺に苦情が何度も寄せられて、
その度に「あらあらどうしましょう……」と聖を困らせることになっている。
それを響子自身も気にしているというのに、いっこうに止めることはしない。
そして、なぜか命蓮寺のほかの人たちも、彼女の行動を止めることはない。
それは、彼女にとって『挨拶』がとっても重要だということを知っているからだろう。
そして、そんなしょんぼりと箒を動かしている彼女の姿を物陰から見つめる二対の視線があった。
「なぁ、あいつって『やまびこ』……なんだよな?」
口の端をひきつらせ、何とも言えない表情をしている女の子と。
「そのとおり! 彼女こそが人間の里の朝の風物詩! 幽谷響子ちゃん!
かわいい犬耳にかわいいボイス! しょんぼりするしぐささえかわいい命蓮寺のマスコットさんだ!
かわいいよねー。あの耳モフモフしてみたいよねー。
服で隠れてるらしいけどしっぽもモフモフらしいんだよなー。
一度見てみたいと思わない? そうは思わない? 正邪ちゃん?」
長身の存在感を隠そうとしても隠しきれない男がいた。
「思わないし、ちょっと黙れ気持ち悪い……」
「ひどっ、扱いひどっ。俺泣いちゃうよ? 扱いひどいと泣いちゃうよ?」
「泣け、喚け、私は知らん」
「その胸で涙をぬぐわせてくれ、正邪ちゃーん!」
「墜・ち・ろ!!」
ごつっ、という快音がまだ静かな朝に響いた。
「いってぇえ……だが、これくらいじゃ俺はやられ……」
「よし、じゃぁもっと殴ろうか……」
「やめてください。俺のライフはもうレッドゾーンよ!」
「えっと……暴力はいけないと思いま~~す!!!」
ある意味で楽しそうな二人の会話に、おずおずと……だが大きな声で乱入する声。
門の前にいたはずの響子が物陰に隠れていた二人のすぐそばにいた……
「ちっ……めんどくさい」
「響子ちゃん……なんでここに……俺たちは君に見つからないために隠れていたというのに……」
「えっと……それは……」
なんとも歯切れの悪い言葉の彼女。
その続きを補ったのは、一緒に隠れていたはずの正邪ちゃんだった。
「あんだけ騒いでりゃ、そりゃ気がつくだろ……バカか……」
「なるほど……俺の正邪ちゃんへの隠し切れない愛で見つかってしまったのか!!」
「もう一発行くか?」
「すみません……まぁ、そういうことは置いといて……見つかってしまったのなら仕方ない……響子ちゃん……」
「はいっ?」
早すぎる会話の流れについていくのもやっとの彼女に向き合い、真剣な面持ちで『名無し』は彼女を見つめる。
「おはよう!!」
だが、その真剣な面持ちに反して出てきた言葉はごくごく普通の朝の挨拶……
「え? あ、おはようございま~す!!」
突然の話題の変化。けれど、そこはやまびこの本領発揮といったところか。
楽しそうに響子は挨拶を返す。
「元気~?」
「元気ですよ~!!」
こちらが声をかければ、それに返してくれる。
「いい天気だね~?」
「いい天気で~す!!」
とんとんと進み、どんどんとテンションの高くなる挨拶。
そこにぶち込む一つの巨石。
「大好きだよ~?」
「えっ……それはちょっと恥ずかしいかなって……」
だが、大きすぎたのか、するりとかわされてしまった。。
「ちょっ、急にマジな返しはやめて!? 俺が恥ずかしい!!」
「お前……マジで一発殴っていいかな?」
「なん……だと……」
「女にあんなこと無理やり言わせようとするとか男として……」
「今まで手加減しててくれたの!? えっ、愛? 愛かな?
俺への愛で本気を出せなかったの?
正邪ちゃん、やっさし……」
「もう一度、閻魔さまに会いに行きたいみたいだなお前……」
グッと拳を握る動作は今までのが比にならないくらいに力がこもっていた。
「すいませんっしたー!! ごめんなさい(今日は)二度と調子に乗ったことを言わないので許してください!」
「お前、今……本音が伝わったからな……ちっ……覚えとけよ」
「「はーい!」」
「よろしい……って、なんでお前まで謝ってるんだよ……」
「うっ?」
「訳がわからないなら謝るなよ……てか、お前ら無駄に仲いいな……」
「あーそりゃまぁ……なぁ?」
「え~と、一夜を共にした仲ですし?」
「はっ!? おま……名無し……こんなちっちゃな女の子まで手を……」
「いやいやいや、待って正邪ちゃん。小ささで言ったら正邪ちゃんも大差がな……って違う、そうじゃなくて……」
「弁明はあの世で聞こう……」
「うわやった……あの世でも正邪ちゃんと一緒だわーって現実逃避してる場合じゃない!! 俺!?」
「現実逃避してる場合じゃないですよ~!!」
「ちょm、原因の一端の君が何を言って……」
「お前はどうしようもなく現実からフェードアウトが希望のようだな……」
「くっ……こ、こうなったら、俺は今まで使ってこなかったこの技を使うしかないのか……」
「ほう、どんな技なのか見せてもら……」
「にげるんだよぉおおおおおお」
唐突に走り出した名無しの行動にぽかんと口がふさがらないのが一名。
そして、どうしようもなく楽しそうなのが一名。
「響子ちゃん。まったな~」
「またね~!!」
「くっそ待ちやがれ……!」
遠く離れた距離を挨拶する二人。
その二人の声でやっと我に返った彼女は必死に名無しを追いかけるが、時はすでに遅い。
長身を活かした走りで彼の姿は米粒のように小さかった。
ぎゃーてー♪ ぎゃーてー♪ はらぎゃーてー♬
「また、会えるといいな……」
二人が去った、寺の前で。一人つぶやくように響子はしゃべった。
昔むかしむかしのことだ。
外の世界の山の中で。
一人、響子という女性が足を滑らせて崖から落ちた。
全身を打ち付けて、もう立てないような大きなけが……いや、もう命も残りわずかなほどの重体だった。
唯一できたのは声を出すこと。
だけど、それも誰も近寄らないような山の中では意味がなかった。
日が暮れるころには喉も枯れ、叫ぶ体力さえ残ってなかった。
つぶやくような小さな声しか出せなかった一人の少女。
このまま一人で死んでしまうのか。
そう思ったら今までの自分の行動が恥ずかしくなった。
一人でいたいなんて思ってごめんなさい。
ただいまを言わないでごめんなさい。
返事をしないでごめんなさい。
行ってきますを言わないでごめんなさい。
自然と目からは涙がこぼれた。
そんなもう誰とも話せず終わる人生と思っていた時に、現れたのが彼だった。
「何そんなうるさく謝ってるんだよ」
もう虫のは音よりも小さな声しか出せなかった自分を見つけてくれたのが、彼だった。
彼はそのときまだ、「他人の心を読む」ことができて、私の心の叫びを聞いたらしい。
『ありがとう』
言葉にはできないけど感謝した。
彼は私を一目見て、『動かしたらまずい』と思ったのだろう。
決して私には触れなかったが、ずっとそばにいてくれた。
彼は私のけがを見て、『助けを呼ばないと』と思ったのだろう。
彼はその場で叫び出した。
「だれか!! いないのか!!」
きっと誰かを呼ぶためだったら山を下りたほうが早かった。
けれど、『私を一人にしてはいけない』そう思ったんだろう。
彼は、その場を一歩も離れようともしなかった。
「誰か!! 彼女を助けてくれ!!」
嗚咽が混じった声で、彼がないていることが分かった。
自分では助けられない無力を。
自分では何もできない無力を。
ただ嘆いていた。
『ありがとう』
言葉にはできないけれど、心の中で感謝を言った。
もしも、私が生まれ変われたら。
彼のように他人のために必死で叫べる人になりたい。
そう思った。
彼のように他人のために必死で声を出せる人になりたい。
そう思った。
深い深い山の中。
暗い暗い夜の中。
彼の声が周囲をこだましている中で、
私は眠りについた。
もしも生まれ変われたら、
彼に一言『おはよう』と声をかけたい。
ぎゃーてー♪ ぎゃーてー♪ はらぎゃーてー♬
目が覚めたとき……私はやまびこになっていた。
彼の叫びのその一部に。
初めての方は初めまして。
何度か読んでいただいた方はお久しぶり?
筆者のカゴメです。
今月は響子ちゃんということでかわいい響子ちゃんかわいかったのに……
なにこれ……え? なにこれ? シリアス……系だけどさ……なんで自分死にネタなんて書いたんだか。
うん、もっと女の子がきゃっきゃウフフした話書きたいよぅ……
ではまた、月例企画小説。もしくはとある生主さんの放送でお会いしましょう!
アデュー!