昨日シンボリルドルフ………いや、ルドルフと契約を結んだ私は、まだ太陽のからレーストラックへと向かっていた。というのも、今日から早速ルドルフのトレーニングをすることにしているからだ。とりあえず、今日は彼女の実力を把握するために、ハードなトレーニングを課す予定だ。
「…ふふふ」
思わず、笑みがこぼれてしまった。正直なところ、シンボリルドルフがどこまでやれるのかかなりワクワクしているのだ。どれくらいかと言うと、興奮しすぎて4時に起きてしまったくらいである。
「おはよう、トレーナー君。今日は絶好のトレーニング日和だね」
ターフの上に、彼女は居た。腕時計を見れば、まだ朝の4時半。私が言えたことではないが、早すぎる気がする。
「おはよう、ルドルフ。まだ、4時半なんだけども………始めるのは6時からだし、ちょっと起きるの早すぎじゃないかな?」
一つの懸念が、私の頭をよぎった。生徒会長を務めている彼女は普段から多忙だ。トレーニングや勉学もそれに加わるとなれば、時間はいくらあっても足りないだろう。ひょっとして、彼女は普段から夜遅くに寝て今くらいに起きる生活となっているのでは?そうだとしたら、かなり睡眠不足なように思える。
そんな心配が顔に出ていたのだろうか。ルドルフは私を安心させるように優しい声で答えた。
「ふむ、今日の私の早起きは恐らく君の考えている理由とは違うものだよ。だから心配しないでくれ、トレーナ君」
「違うもの?良ければ、詳しく教えてくれないかな」
早起きは良いことだが、この時間に起きるのはやはり少し早すぎる。何か特別な理由があるのではないだろうか。そう思ってさらに問いかけると、彼女はしばらく黙りこくってしまう。やはり何か、事情が………
「いや、その………今日が楽しみ過ぎてね。起きたのが、3時半くらいだったんだよ」
少し顔を赤らめ、耳を震わせながらそう話すルドルフ。
………案外私たちは似た者同士なのかもしれない。初めて見る彼女の様子に、私はそう感じていた。
すぐに気を取り直して、彼女に今日一日分のトレーニング表を見せる。これが、皇帝のお眼鏡にかなってくれれば良いのだが。
「ふむ、まずはこのメニューからこなしていけばいいんだね?」
それを数十秒眺めると、ルドルフはそう言った。
「うん、今日は貴方の実力を試すために厳しめの………
ちょっとおかしな言い方だな、なんて考えているとシンボリルドルフはあっという間に向こうへと走って行ってしまった。そして私は、彼女の実力を再確認させられることになったのだ。
腕時計を見る。7時半。つまり、ルドルフがトレーニングを始めてから3時間経過している。
「流石だよ、トレーナー君。私が一人で練習をしていた時よりも、明らかに効率が良くなっている」
平然とした顔で、私に話しかけてくるシンボリルドルフ。汗はあまり掻いておらず、息も全く切らしていない。まるで軽めのウォーミングアップをこなした後のようだ。
………実際には、私の組んだ1日分のトレーニングをこなした後である。それも、3時間で。凄すぎるよ、ルドルフ。
「トレーナー君、次は何をすれば良い?さあ、教えてくれ」
少し高揚した様子でルドルフがぐいっと顔を近づけてくる。
「いや、その………今ので一旦終わりに………」
「君の組んだメニューは、強くなれているという実感がするよ。これを続ければ、きっと私はもっと強くなれる。心配しなくても良いさ。体力はまだまだ余裕だよ」
さらに、ぐぐぐっと近寄ってくる。ち、近い。近すぎる。多分、今の私とルドルフの距離は10cmもないだろう。こうも近いと、流石に恥ずかしい。
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ。一旦私から離れて………」
「なに、今の私は明鏡止水の心境だとも。これ以上ないくらいに落ち着いているよ。さあ早く次のメニューを!」
ま、不味い。それ以上近づくと―――
ぎゅるるるる。
音の鳴った方を見る。そこには、シンボリルドルフのお腹があった。そこから視線を段々上にすると、羞恥で真っ赤に染まったルドルフの顔が見える。
「………とりあえず、朝ごはん食べよっか?」
時刻は午前8時。私達はカフェテリアで朝食を摂りながら、今後についての話をしていた。
「だからね。これから夏合宿前までは、スピードを鍛えることに重点を置いたトレーニングをしようと思ってる。スタミナに関しては、夏合宿から鍛えても菊花賞には十分間に合うと思う」
「ふむ。とりあえずは中距離レースに照準を合わせて…ということか。ということは、メイクデビューもやはり中距離かな?」
遂にその話が来たか。メイクデビュー。全てのウマ娘が一度しか経験しないレースであり、それに出場する全員にとっての初めてのレース。スタートダッシュをしっかり決めることは重要だ。だが、ここは敢えて………
「メイクデビューなんだけどさ。新潟1000mで行こうと思ってる」
「………何だって?」
ルドルフが怪訝な表情で、私を見つめる。当然だろう。
「今のルドルフは、凄く調子が良いよね。出来れば、その状態を維持できているうちにメイクデビューを済ませておきたい。そうすると、早い時期からメイクデビューをやっているのは北海道か新潟。北海道は移動の負担も大きそうだし、新潟にしたんだ」
「新潟でやるのは別に構わないよ、トレーナー君。そうではなく、私は―――」
「何故1000mにするのか、だよね?」
中長距離を得意とするウマ娘が、短距離のレースに出る。普通はあり得ない話だ。彼女が不思議に思うのも当然だろう。
「ウマ娘にも色んなレースを走る子が居るけどさ。スピードが最もあるのはどんなレースを走る子だと思う?」
「そんなの、短距離を走るウマ娘に決まって―――あ」
そう、その通り。だからこそ。
「中長距離を走るウマ娘に、短距離を走れるスピードがあったら絶対強いよね」