かくしてよはまわる──雷電卿は天才故に嘯く   作:あかつきマリア

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浅木家の奇妙な遺産騒動【②】

 

 

 

 

 

 

時は進んで正午過ぎ。

 

 

午前の講義を終えた百合は教材と購買で買ってきた惣菜パンを抱え、宗教心理学科研究室へと戻っていた。

 

 

研究室の奥の扉の先、教授室で昼食にすべく紅茶を淹れていると、不意に教授室の扉が開かれる。

 

 

「あら、今日は貴女の方が早かったのね」

 

 

「言葉を返すようだが、今日は遅かったんだな」

 

 

「熱心な生徒の質疑応答をしてたのよ」

 

 

部屋に入って来たのは、緩いパーマの掛かった金髪を青いシュシュでまとめて左肩から流し、サファイアの様に深い蒼の瞳を持った女性。

 

 

この研究室の主、霧城大学宗教心理学科教授、雨宮(あまみや) 零香(れいか)だ。

 

 

彼女は弁当と大きめのタンブラーを手に、ソファへと腰掛けた。

 

 

「熱心な生徒か、この時期にしては珍しい」

 

 

「そうね、とはいえ、もう三年生になる子だから、色々大変だろうけど、この時期でもしっかり勉強してくれてるのは嬉しいわ」

 

 

にこやかに微笑んだ零香は弁当を開け、タンブラーに少し口を付けると、そのまま食事を始めた。

 

 

一方の百合も紅茶を淹れ終え、零香の対面に座り、紅茶をすする。

 

 

「でもねぇ……」

 

 

「問題児か」

 

 

一瞬視線を百合から逸らした零香、大きく溜め息を吐くとそれまで進めていた箸の動きを止め、タンブラーの中身を口にすると、ぽつぽつとボヤき始めた。

 

 

「問題児……

 

と言うか、その子、去年の暮れに一ヶ月くらい、行方不明になってた子なんだけど

 

覚えてる?」

 

 

「……そう言えばそんな事もあったな

 

あの時は君の旦那や真くんにも頼んで探したが、いつの間にやらひょっこり家に戻ってたとかで人騒がせな奴だと笑って済んだものだが

 

その彼がどうしたのかね?」

 

 

「なんというか、()()が別人みたいなのよね」

 

 

零香の呟いた中身が別人、という言葉に百合の食事の手が止まる。

 

 

「どういう意味だ?」

 

 

「うーん、彼、その件があってから私の授業には出てなかったんだけど、今日になって久しぶりに顔を出したのよね

 

今まで受けてなかった分の穴埋めがしたいって、個人的に質問に来てくれたのは嬉しいんだけど……」

 

 

零香は思い出す様に軽く握った右手を顎の先端に当て、宙へぐるりと視線を泳がせた後、そのまま横目に百合の瞳へそれを流す。

 

 

「口調、視線、何より探究心

 

元々イマドキの若い子、って感じだった彼とは似ても似付かないし」

 

 

「濁さなくていい、君から見てどうだった?」

 

 

「だから、()()が違うって言ったじゃない

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってやつ」

 

 

百合は盛大な溜め息を吐き、それを見た零香は満足そうにニコニコと笑みを百合へと向ける。

 

 

「この際君が生徒の()()を味見しているのは流すとしよう

 

で、その彼だが、名前は何と言ったか?」

 

 

駿河(するが) 幸雄(ゆきお)くん、1999年8月10日生まれ、現在20歳、地元の八王子のコンビニでアルバイト勤務

 

()()性格は明るくてノリと勢いで生きてるタイプ、恋人は今はナシ、友人は多め

 

私が知ってるのはこんな所かしら?」

 

 

さらりと語られる個人情報に、百合も特に嫌悪する素振りもなく、すんなり零香の言葉を聞き入れて顎に手を当てた。

 

 

「ふーむ、気になることというのは、つまり、駿河くんの()()が何故違うのか、ってことでいいのかい?」

 

 

「それは疑問で、気になる所でもあるけど、それ以上に、()()()()()()()()()()()

 

 

解き放った言葉とは裏腹に、まるで談笑をしながらの食事という様な趣きで弁当の中身を口にしている零香であったが、対面している百合はというと──

 

 

絶句である。

 

 

どうしてそうも急を要するようなことをサラリと告げるのか、困った事にコレが今に始まったことではないのを百合の引き吊った表情が物語っていた。

 

 

このまま零香のペースに呑まれていると、いつでも尊大な振る舞いをすることを心情としている百合にとって、障害となるのは間違いなく。

 

 

咳払いを一つ、落ち着くためのクッションを置いて再度の確認を取る。

 

 

「一応聞くが、冗談ではないんだな?」

 

 

「今の話、貴女なら出来の悪い冗談だって受け取らないでしょ?」

 

 

「そうだとも、本当ならば大事も大事じゃないか

 

君の方は(いた)く冷静なようだが」

 

 

零香は肩を竦めてタンブラーを煽り、正面から百合の視線と自分の視線を合わせる。

 

 

「さて、どうかしら」

 

 

彼女は両手と脚を組み、微睡んだように細めた目でじいっと百合を見詰め、妖しげに微笑んだ。

 

 

「でも、自分の生徒に異変が起きてるのを知って引き下がるほど、私は出来の悪い性格じゃないのよ

 

知ってるでしょう?」

 

 

「そうだな、訂正しよう

 

今の君はとても冷静ではなさそうだ」

 

 

百合はすっかり呆れた様子で溜め息を吐く。

 

 

「零香」

 

 

「お説教はよしてよ百合

 

私だって、今は立場があるもの

 

これでもそれなりに落ち着いてる方よ」

 

 

ゆっくりと目を閉じた零香は深呼吸をして、再びその目を開くと、蒼い瞳がまるで水底から水面を眺めた様に、淡く光を伴って揺らめく。

 

 

それを()()()()()()()()()()百合は、またも深い溜め息を吐いて目頭を押さえて顔を伏せた。

 

 

それを見て零香は慌てて目を閉じて、百合と同じく顔を伏せる。

 

 

「どこが落ち着いてると言うんだ、全く

 

興奮し過ぎだ零香」

 

 

「……ごめんなさい

 

でも、いつも(たしな)めてくれて嬉しいわ」

 

 

「幸い、今日は君も僕も午後はある程度手隙なんだ、その駿河くんの()()()()について調べようと言うんだろ?

 

それには協力しよう」

 

 

百合の提案に零香は思わず身を乗り出して顔を上げた。

 

 

「いいの?

 

貴女、今日はこの後、前川さんってご夫婦が住んでた家に行くつもりだったんじゃ……

 

──あっ」

 

 

そうだとも、と、返事をしかけた百合であったが、顔を上げ、眉間に皺を寄せて零香の方へ視線を突き刺した。

 

 

「に、睨まないでよ百合……」

 

 

「いいかい零香、君の気が逸れるまで僕は徹底的に会話でコミュニケーションする

 

君が僕の()()()()()()()()のはこの際仕方ない

 

それだけ君の頭に血が上ってることの証拠だからな」

 

 

「その、本当にごめんなさいね?」

 

 

「謝罪はいい

 

けれど、僕が君の手伝いをするように、君も僕に協力してくれ

 

どうせ、僕が朝起きてからのことも概ね頭に入ってしまっているんだろう?」

 

 

諦めた調子で提案をする百合。

 

 

対して、照れた様子で唇を尖らせながら、それを隠すようにタンブラーに口を付ける零香の頬が紅潮していた。

 

 

「そうだけど……」

 

 

「何か問題でもあるのかね?」

 

 

「……やっぱり百合が居てくれるのは心強いな、って思っただけ」

 

 

「零香、僕は君の親友だ

 

だが、今はそれ以上じゃない

 

だから、もう、僕を口説かないでくれ」

 

 

明らかに肩を落とし、しょぼくれた様子の零香は、再びタンブラーを口に付けてその口元を隠す。

 

 

紅茶の入ったカップを手にして、それを軽く回しながら眺めた百合は穏やかな表情を浮かべたかと思うと、呆れたように嘲笑した。

 

 

「僕はね零香、君のそういう思わせぶりなところが、気に入らないのさ

 

せっかく、慣れない嘘まで吐いて、君の背中を押した僕の気持ちを、僕が無碍(むげ)にしたくないだけではあるけど」

 

 

「わかってる、でも──」

 

 

「君には夫や、2人の子供も居るんだ

 

これ以上欲張ってはいけないよ」

 

 

ぬるくなってしまった紅茶を飲み干した百合は、菓子パンのゴミを丸めて近くのゴミ箱へ投げ込む。

 

 

それが見事ゴミ箱へ入ると、嬉しそうに鼻を鳴らした。

 

 

「さてどうだ、落ち着いただろう?」

 

 

「お陰様でね

 

通り越して少し落ち込んでるけど」

 

 

「それはすまない」

 

 

零香が机にタンブラーを置き、目を瞑って深呼吸をすると、改めて百合と視線を合わせた。

 

 

「それじゃあ、話を戻しましょうか」

 

 

「あぁ、駿河くんのことだね」

 

 

「前川夫妻もでしょ」

 

 

「全くやることが多くて困るな」

 

 

1つ溜め息を吐いて思考を巡らせる百合であったが、駿河という生徒の件、今朝の朝刊にあった前川夫妻の件、用件が増えたことは、やはり善しとは言えない。

 

 

尤も、前川夫妻が亡くなったことで動いた理由と、駿河と言う生徒の動向を照らし合わせて気付くこともなくはなかったが。

 

 

「まずは、確認したい

 

その駿河と言う生徒、家に戻ったのはいつだったか」

 

 

「確か、去年の十二月半ばくらいだったから、大体四ヶ月前じゃないかしら?

 

居なくなったのはその半月前くらいだったと思うけど……」

 

 

「ふむ、僕は今朝方から前川夫妻が焼死した原因を調べようとしている訳だが

 

それはあくまで、僕が思う所の一つとして、ここ数ヶ月、特に去年の暮れ辺りから起きている不可解な出来事に繋がるからではないか

 

と、そう思って動いたんだ」

 

 

「不可解な出来事?」

 

 

百合はティーポットからカップへ、残った紅茶を注ぐと、それを暫し眺めながらぽつりぽつりと言の葉を紡ぐ。

 

 

「茨城の方のとある屋敷で大火事があってね

 

そこには僕の父が若い頃に世話になった人物が住んでいたんだ

 

幸い、本人や家族に死傷者は出なかったが、彼らの研究資料のいくつかが紛失したのだと僕の元に連絡があった

 

しかし、幸いにも僕の父が生前残した資料の中に紛失したものの写しが残っていて、その点においては大事には至らなかった

 

これが、去年の12月上旬」

 

 

「駿河くんが見つかる少し前ね……」

 

 

「その火事から年を明けて今年一月の半ば

 

今度は千葉に住んでいる私の友人は隕石が衝突して大怪我を負った

 

亡くならなかったのはそれこそ不幸中の幸いだったが、車椅子生活を余儀なくされた」

 

 

隕石に衝突するなど、天文学的な確率もいい所だ、と付け加えると、百合は紅茶を啜り、零香の方へ視線を向けた。

 

 

「彼は評判のいい古物商でね、魔術師向けの小道具も扱っていた人物だ

 

それ故に事故は多いが、隕石が直撃するなど滅多なことじゃない」

 

 

「そう言えば、その話は百合から笑い話だって聞いていたわね

 

それで、まだあるんでしょ?」

 

 

「あぁ、更に1ヶ月後、今年の二月に僕の親戚が1人、自宅の焼却炉に飛び込んで自殺した

 

彼女は僕の母方の親戚なんだが、宝石商をしていてね

 

古来からあるルーン魔術を研究していたのだが、形見分けの際、彼女がまとめていた研究資料の一部が抜けているのを親戚一同で確認している」

 

 

百合がこの話をしていると、零香の表情が徐々に徐々に曇っていく。

 

 

語り手である百合の表情は冷ややかで、普段の感情豊かな姿とは打って変わって、眉一つ動かず、不気味な程真剣な面持ちだ。

 

 

視線から感じ取れる百合の心もまた、乾き、冷え切ったように微動だにしない。

 

 

零香の背筋には悪寒が走っていた。

 

 

「最後、先月の事

 

場所は神奈川、燃えたのは、生前、父が管理していた倉庫だ

 

大した物は残っていなかったし、処分に困っていた場所だったのもあって、面倒な手続きこそあれど、僕への直接的な被害はさしてない

 

が、現場では周辺の警備をしていた警備員と思わしき人物が焼死体として発見された」

 

 

「──それから、前川夫妻」

 

 

「……彼らはとてもよい友人だったよ

 

僕の両親とも親交があって、僕も彼らの所から風邪薬くらいなら買うこともあった

 

他の被害者達も、僕に近い人物と言えば、そうなる」

 

 

百合は穏やかに深呼吸をし、紅茶を口にして、ティーカップを置くと、ガッチリと握り締める様に手を組み、脚を組んだ。

 

 

「さて、ここまで聞けば分かるね?

 

被害にあったのは全て僕に近しい魔術師とそれに関わるものばかり

 

理由は分からないが、証拠の遺し方から察するに、恐らく次の狙いは僕の直近に居る誰かだろう

 

と、予想を立てて僕は重い腰を上げた訳だ」

 

 

「貴女が恨みを買うようなことなんてあったかしら……?」

 

 

「魔術師の子として生まれると、否応なしに慣れっ子になるさ

 

しかも僕は天才だからね、どんな理由であれ恨まれはする」

 

 

ニッと口角を吊り上げてしたり顔をして見せた百合に、零香は思わず顔を右手で覆う。

 

 

「それはそれとして困ったことがある」

 

 

「今の話を聞いて悪い予感しかしないのだけど、何かしら?」

 

 

「仮に僕が狙いなのだとして

 

僕が無くして最も困るものが何か分かるかね?」

 

 

ゆっくりと視線を百合へと戻した零香が目にしたのは、じっと自身を穏やかな表情で眺める百合の姿。

 

 

暫くの沈黙。

 

 

口火を切ったのは、百合。

 

 

「君だよ

 

我が親友(とも)よ」

 

 

大きく一呼吸。

 

 

これ以上無い程の煌びやかな百合の表情に、零香は項垂れた。

 

 

「あー……

 

最悪の想像しちゃったわ」

 

 

「そうだね、駿河くんの()()を使っている誰かが犯人でなければ、その想像は外れることだろう」

 

 

「外れたら外れたで、それはまた別問題で嫌なのがもうね……」

 

 

項垂れた姿勢から一転、今度は天を仰ぐ様にソファの背もたれに寄りかかった零香は、目を閉じて溜め息を一つ。

 

 

そしてすぐに姿勢を正すと、残っていた弁当をサッと平らげ、タンブラーの中身を飲み干した。

 

 

「細かいこと考えるのはとりあえず物事分かってからにしましょ

 

お互い、不可思議なことが起きてて、それを紐解こうとしてるのは変わらないんだし

 

可能性の一つとして考える程度にすればいいわ」

 

 

「全くその通りだよ零香

 

君も僕も憤慨している場合ではないのだからね」

 

 

 

 

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