かくしてよはまわる──雷電卿は天才故に嘯く 作:あかつきマリア
時計の針を巻き戻し、昼前。
所も変わって、前川夫妻宅跡地。
すっかり焼け跡となってしまった家屋だが、辛うじて侵入出来る小売店舗スペースで水沢あきほは残骸を確認していた。
百合から伝えられていたように、ここで妻が製作した漢方薬を販売していたのだろう。
商品が収められていたであろう棚もすっかり焼け、慎重にその内部を調べようと扉を開閉するも、中身は空っぽである。
焼けてしまったのか、それとも、盗られてしまったのか、最早判別が付かない程。
ただ、それ以上に彼女が気になっていたのは、家屋の周辺は、何かが燃え移った様子が無い事。
驚く程綺麗に家屋のみが焼けているのだ。
このご時世には珍しく、家の構造は概ね木造であり、鉄骨やコンクリート等、燃え残りはほとんど存在しない。
一部の家電製品がその骨組みを残す程度で、他はすっかり燃えてしまったようだ。
証拠になりそうな物は見付かりそうになく、諦めて現場近くに停めてあった車に乗り込もうとした時、不意に声が掛かった。
「──あきほさん?」
透き通っている落ち着いた声に、不思議そうな口調で尋ねたのは、とても幼く整った顔立ちの女性だ。
巫女服を着ているが、朱色の袴は丈が少し短く、ミリタリー風の編み上げブーツを合わせている。
最も特徴的なのが、前髪の上から兎の耳を思わせる毛束を垂らした赤髪のストレートロングヘアをしていること。
「
「はい、こんにちは!
あきほさんはお仕事でこちらに?」
「まぁな
お前さんの方も散歩って感じじゃねぇな」
ニコニコとあきほへ笑みを向ける彼女は
見た目の通り巫女ではあるが、その内情は目の前のあきほとある意味
「えぇ、まぁ……
あきほさんに濁して伝えるのも良くないんで、単刀直入に言うと
「本部、ねぇ……
だが、
「あはは……
私の上司がここの常連だったそうで、本人は別件があるので、私が派遣されたんです
荒事じゃない、と思いたいです……」
──日神呪連、
あきほは、そんな組織に属する真の登場に少々呆れた様子。
それもその筈、日神呪連は一般にはその存在も秘匿され、極一部の限られた人間だけがその存在を知る、『
特にそこに所属する、この天宇 真のような『払い屋』と呼ばれる者達は、怨霊、悪霊、妖怪の類や怪異──
延いては、危険なカルト宗教団体の排除と
「ひょっとして、ここ、
「悲しいことにそういうこった
今朝方から押し付けられちまったんだよ」
──
人知には解明の出来ない超常現象や、それによって引き起こされる事件、或いは怪異の調査を目的とし、秘密裏に設立された特別な部署。
この水沢あきほはその中でも特に、
彼女が所属する特例処理任務係は、銃火器等の兵装と白兵戦闘技術を用いて、怪異や超常的生物、邪悪なカルト集団の排除──
及び
さて、説明が長くなったが、つまるところ、この二人はどちらも
「なるほど、そうでしたか……
という事は、粗方の調査は既に?」
「……ご覧の通りさ、調査もクソもねぇ
マルっと黒焦げで大したモンは残っちゃいねぇ」
「そうですか……」
少々目を伏せるようにあきほから視線を避けた真は僅かに思考を巡らせると、改めてあきほの方へ視線を戻す。
「地下への入口とか、そういった物はどうです?」
「真〜、一応、お前が今対面してるのは職務中の刑事さんなんだぜ?
非番ならともかく事件現場のことを易々教える訳はねぇだろ」
「……なーんか、あきほさん、
どうかされたんですか?」
今度は真が訝しげに唇を尖らせてあきほへと近付き、その顔をまじまじと見上げ、じぃーっと、見詰める。
そんな様子の真の頭にポンと手を乗せたあきほは、まるで子犬や子猫を扱う様にヨシヨシと撫で回し、最終的に頬を摘んで耳打ちした。
「師匠が嗅ぎ回ってるんだよ、この件を……」
「げっ……
そうなんですか……?」
「お前もあの人も教授も、基本的にはウチの監視対象なんだ
頼むから大人しくしててくれ……」
「そうは言いますけど、私も今回は上司から滅茶苦茶に圧力を掛けられてまして……
引くに引けないというか……」
二人は盛大な溜め息を吐き、ボーッと黒焦げになってしまった家屋の残骸を見詰め、何の気なしにお互いに顔を合わせた。
「とりあえず、乗れよ、車」
「お言葉に甘えます」
「まぁ、アレだ
姉弟子を無下には出来ねぇからよ、師匠に見せたものくらいは見せてやるさ」
そう言って助手席側へと回ったあきほは助手席の扉を開け、真を誘導する。
案内されるままに助手席へと真が座ったのを確認し、扉を閉めると、あきほは運転席へ乗り込んだ。
「──ほらよ」
「拝見します!」
資料の入った封筒を受け取った真は、丁寧に中身を取り出し、じっくりとその中身を読み取っていく。
「そう言やよ、上司から圧力を掛けられてるってどういうこった?
お前ェんとこは別にウチみたいな階級がある訳でもねぇだろ」
「あー、いや、それがですね
分かりやすく上司とは言ったんですが、まぁ、お年を召して長く在籍してる宮司さんでして
階級というか、単純な立場で言えば私も同じ序列なんですが、勤続年数と年功序列を大事にする組織なので
気持ち的に上司ってだけなんですけど、ね……」
「はーん、ソイツは面倒な」
「えぇ、全くそうなんです
それだけなら私は私で違う仕事してるんで良いんですけど、今回に関しては、私が最近この辺りで活動してるのと
その方が扱っている漢方の卸先がこのお店だったそうで
自分が出荷したモノが悪用されるかもしれないのは鼻に着くと、そういうことらしくて……」
明らかに意気消沈した様子の真は深い溜め息を吐いて、資料をあきほへと返した。
「でも、ソイツは建前なんだろ?」
「──だから、嫌なんですよね」
真は頬杖を突き、唇を尖らせて眉間に皺を寄せ、如何にも不平不満であると言った表情を浮かべてぽつぽつと言葉を零していく。
「このお店は
古来から、魔術や呪術と呼ばれるものの中には人寄せの術を施したりして、お客を、延いてはお金を寄せるようなものもあります
わかりやすいのだと、招き猫だったり、風水とかで店先に金色の物を置くと善しとされるものなんですが
元々、土地にそう言う力がある場所なんていうのも同じようにあるらしくて
ここがそうなんですって」
「お金を寄せる、ねぇ……
確かに商売をするなら打って付けだな」
「で、なんですけど
我々はそう言った土地にも神様が居て、何らかの影響を与えてくれると、そう考えている訳なのですが……
例え家が焼けたとして、土地そのものが死んだ訳ではないので、神様も力を削がれますが、その性質は失われる訳ではありません」
不貞腐れた様子だった真は話をしていく中で、徐々に神妙な面持ちへと変わり、ちらりと焼けた家を見て、最後の言葉を添えた。
「寄せてしまうんですよ、まるで助けを求めるように
今のここはそういう場所という訳です」
ふぅ、と、何か諦めすら覚える様な小さな溜め息を吐いた真を見て、あきほは腑に落ちた、といった様子で正面を向く。
暫しの沈黙の後、一瞬エンジンを掛けて窓を開けると、煙草を咥え、それに火を点けた。
「──要は、その寄せられて来た奴をぶっ飛ばせと、そういうことじゃねぇかよ」
「犯人は現場に戻る、なんて良く言う話じゃないですか」
「そんな奴、居るとすればどうしようもねぇバカか、自尊心の振り切ったマヌケくらいなもんだ」
吐き捨てるように真へ言葉を返したあきほは再び車のエンジンを点火する。
低く唸るエンジン、しばらくして管楽器のふくよかな音が車内に鳴り響き、あきほが好むスウィング・ジャズの曲が掛かった。
なんとなく陰鬱だった気分を吹き飛ばす様に、軽快に流れるジャズの音楽にあきほの表情がどこか綻ぶ。
その横で少々煩そうに眉間に皺を寄せていた真も、どこか表情は柔らかくなっていた。
「どっちにしても、だ
決戦がここになろうとなるまいと、アタシらがやる事は変わんねぇ
そうだろ?」
「えぇ、機械ならブッ壊す
魔術師ならブッ飛ばす
怪物ならブッ殺す
私達に求められた役割というのは、それくらいシンプルなものですからね」
「そういうこった
どっちみち、ここで張り続けても旨味は少ねぇ
潰す相手を見付けるのにも、どうしてこんな事をしたのか、動機を調べるのが手っ取り早い」
憶測の域を出ないのが困った所だが、と、最後にボヤいたあきほは、鞄の中で携帯電話が振動しているのに気付く。
着信があったようで、その相手は今朝も顔を突き合わせた浅木 百合からのものだった。
丁度昼時というタイミングでの着信と言う事もあり、あきほは少々訝しげに通話を繋げた。
「師匠、どうされました?」
「あぁ、すまない
至急応援を
頼みたいのだがね」
息も絶え絶えといった様子で、明らかな異変を感じ取ったあきほの背筋に悪寒が走り、不思議そうにそちらの僅かな声に聞き耳を立てていた真も、それに身構える。
「研究室が
──