かくしてよはまわる──雷電卿は天才故に嘯く 作:あかつきマリア
「──いや、おかしいでしょう、これ」
思わず呟いたのはあきほだった。
時は過ぎて、一時過ぎを回った頃か。
大慌てでやってきたあきほ、真の両名はあまりの惨状、というより、不自然な焼け方をした教授室を見て顔を引き
「ま、そう見えるわよね」
「アタシにはよく分かりませんがね
真、お前は
突如話を振られた真はギョッとするが、百合と零香の二人を見て愕然としつつ、言葉を漏らした。
「ええと、私も一枚噛んでいますし、どんなものかはある程度知っています
──ですが、いや、それにしても
これを見るに、一体何百kgの爆弾を爆発させればこうなるのやら
実証実験にしては、良く出来た方だと感心するべきなのか、それとも、コレを引き起こした者の火力に対する拘りが途方もないというか……」
「僕としては、良くも耐えてくれたと感動しているよ
ほとんど我が友が仕掛けた術だが、素晴らしいを通り越して呆れる出来だ
父上でもここまで頑丈にはやらんだろう」
酷く呆れた様子の百合だが、そのコメントの主は満面の笑みを浮かべていた。
今ここに集まった四人の中で、笑っているのが最も散々な目に遭っている人物だけであるというのも全く以ておかしな話である。
「三年掛けた耐衝撃、耐燃焼、耐圧、対魔術の四重防壁だもの、このくらい耐えてくれなきゃ困るわ
とはいえ、多分、このクオリティにするには三年とまでは行かなくても多少時間が掛かりそうね
部屋に溜め込んでた力はもうすっからかんみたいだし」
ふぅ、と、溜め息を吐いて肩を竦めて見せた零香は部屋を見回すと、ニコニコと微笑んだ。
「私もだいぶ疲れちゃったわ
今すぐ昼寝か
「
だが、世話を掛けたな、あの状況では流石の僕も強がりは言えん
君が工房を守ることに関してやたらと拘り抜いていたのが功を奏したという訳だ」
「オーライ、アンタら散々な目に遭ったのは見ればよく分かる
だが、肝心なことを教えて欲しい
二人のあまりに余裕な様子に一種の諦めを覚えたあきほは、一先ず話を進めるべく、改めて口火を切る。
それには百合と零香も顔を合わせ、同時に鼻を鳴らすと、零香が手を振った。
「そうだな、少し厄介なことになっているのは間違いない
恐らくは僕……
というより、僕の父が遺したモノを巡って良からぬことを企んでいる奴が居て、ソイツがここに現れた
概ね、件の前川夫妻殺害の犯人で間違いない」
「姿は去年の暮れに行方不明になった駿河くんって言うウチの生徒なんだけど、どうにも中身が別人みたいで
どんなカラクリかは分からないけど、その精神はおよそ人間とは言い難い感じ」
「それで、そんなのが突然現れて、ナイフ一本で襲い掛かってきたのを対処し、捕らえようとしたら、そのナイフを触媒に爆破された
と、そんな所だ」
「ナイフを触媒に爆破か、魔術師なのは間違いなさそうだな
だとするとあの家の惨状もこの部屋の状況と合わせて何ら不思議じゃねぇ
で、その駿河って奴はこの事件と直接的な関係はないってような言い方だが、そこについては?」
あきほの質問に百合は顎に右手を添えて、ふむ、と小さく呟いて考え込む。
百合へ三人の視線が集まるが、彼女は軽く左手を挙げてそれを制止した。
それを受け、あきほは顔を伏せて眼鏡のズレを直し、零香は憔悴仕切った様子で項垂れる。
一方の真は何やら視線を泳がせ、部屋の中を練り歩き始めた。
「しかしまぁ、教授、こんな惨状で五体満足ってのはよくやるよ
そんだけ涼しげに居られるんなら夏の日差しも怖くねぇわな」
「そうね、日焼け止めのクリームなんか魔法って言ってもいいかも知れないわ
開発者の努力が伺い知れる、実感出来るとはよく言ったものよ」
「改めて、アンタが恨めしくなってくるな」
あきほはすっかり身体から力の抜けた零香の姿を見て鼻で笑う。
と言っても、あくまで自嘲するような意味合いでだが。
「
「いいや、楽させて貰ってるさ
アンタがそれだけ丈夫だと安心感すら覚える
アタシに教えてないことなんていくらもあるとは思うがね
あの家の惨状を見てからだと、教授がどれほど優秀なのか、背筋が凍る思いがするってもんさ」
「良い褒め言葉ね、私だって、簡単に死にたくないの
夫と子供遺して死んだら、それこそ化けて出るわよ」
おーこわ、などとそんな風に冗談を飛ばしたあきほはどこか安心した様子で零香の姿を眺めていた。
そして、煙草を取り出してそれに火を付け、紫煙を上げ始める。
「ともあれ、手持ちの切り札を一つ切っちまったのは事実だ
教授、アンタも弾切れか?」
「部屋の護りは部屋に溜め込んでたのを使ってただけだから、私の方は万全でなくとも弾切れってことはないわね
万全にするなら1人2人どっかで寝かしつけてくるけど」
「寝かしつけもやめてくれ教授
それなりに調子が悪くねぇのは分かったから
──師匠の方はどうだ?」
「ん?
あぁ、零香のおかげでだいぶ楽をさせて貰ったからね
こちらは十全だ」
「オーライ、アタシもちっとばっか気は滅入ってるが万全っちゃ万全だ
真なんか上司からの圧でやる気はねぇみたいだが、アホほど文句たれてるから元気だろ」
真は、あはは、と乾いた笑いで返し、部屋の隅へと目を向けていた。
「それにしても、この惨状ですから、やっぱりと思いましたが
私が貼っていた魔除けの札も一つ残らず燃え尽きちゃってますね
相応に強力な物を用意していたつもりですし、先輩の防壁魔術との相互作用も込みで考えても、相手の実力は相当なものかと」
「真ちゃんがくれた護符も全部使ってようやっとこれで済んだと考えると、私達にはちょっと手に余る相手かも
一応、この部屋の内装は真ちゃんの護符込みで、私の編んだ防壁は、理論上、対物兵器くらいなら余裕で耐えられるように設計したから
内壁も本棚もほぼ無傷だけど、効力の薄い装飾類が全部消し炭になっちゃったことだけ心残りね」
「……お二人と対面した犯人って、どんな方だったんです?」
零香が一瞬口を開いたが、百合が挙手してそれを制した。
「それは僕から伝えるのが筋というものだろう
彼の見姿は、君達にも去年の暮れに行方不明となり、捜索に協力して貰った駿河 幸雄少年そのものだった
しかしその彼は自らを浅木 薊だと名乗った」
「浅木 薊?
師匠の親戚ですかい?」
あきほの問い掛けに百合は首を振った。
「何とも言い難い
少なくとも僕が知る限り、浅木家の者で薊と言う名の人物には覚えがなくてな
だが、彼は僕の父が遺したもう一人の子だと言ったのだ」
「それじゃあ、ご兄弟か、ご姉妹って事ですか?」
「さてな、僕としてはそんなことは重要じゃない
──僕の父というのは、死後に遺した物があまりに多過ぎて全く把握し切れていない
故にそういうこともあろうと納得しようとは思ったが……
これに関しては本当に全く意味が分からん」
眉間に皺を寄せ、唇を尖らせ、目を細めた百合は怒りとも困惑とも言い難い、明らかに不機嫌な表情を見せ、明らかな苛立ちをまとった右手の人差し指がその手に持った杖を叩いていた。
「師匠、師匠のお父様って、一体何を目指していた方なんです?
前にどうしようもない魔術師だったとは聞いていましたが……」
「……僕はアレから大したモノを受け継がず、全く異なる性質と力を持って生まれたからね
正直、種明かしは一つもされたことはない
だって当然だろう?
自分が追い求めた神秘を受け継げないのだとしたら、魔術師にとって、それは子を成した意味が無いのだからな
魔術師という生き物は、一族代々、同じ魔術の系統を研究し、そしてその究極の型を目指すものだ
僕は
そんな者に自分の手の内など晒すものか」
つらつらと嫌味と恨み節を語り尽くした百合は、ふぅ、と一息吐き、寂しげに遠くを見詰めて、最後に一つ呟いた。
「魔術師が子に与える愛情と言うのは、自身の成果を、研究し身体と心に刻んだ証を授けることにある
ひょっとしたら、あの薊と言う子は、それなのかもしれん」
「それって……」
「真くん、勘違いをしてくれるなよ
僕は確かに父がどんな魔術師だったのか、詳細は知らん
遺言でとはいえ、父が僕にあの家を遺したのは紛れもない事実だ
浅木家に在るべき素質を持たず、そうではない資質を持って生まれた僕を追い出すことはなかった
そういう意味で人間としては優れていたが、彼は何一つ僕に教えることはなく、僕は彼の持つ知識を授かることは出来もせず
今回のように、ひたすら命や周りの大事なモノを奪おうとする輩は現れる
僕に降り掛かるのは、幾つにも連なった爆弾ばかりなんて、こんなにも恨めしいことはない」
沈黙。
百合の吐き出した音は唸るように低く、重く、確かな辟易と軽蔑がそこにはあった。
父へ向けるものだけでなく、それは自分にも──
彼女の小さな身体に秘められた燻りは、三人から言葉を奪うには充分、それ以上に、百合はまるで血反吐を吐いた後のように、苦しげな表情を浮かべていた。
「それに加えて、もう一人の子だと?
もし本当にそうなのなら、ロクデナシも大概にして欲しいものだ
自分の家督を継がせたかったのであれば、せめて僕にはそうハッキリと言えば良かったものを……」
「──そこまでにしておきましょう、百合」
零香は百合の肩に手を置き、その顔を覗き込む。
そして、頬に手を触れ、優しく撫でる。
「貴女の傷を抉るつもりはないけど
今ここに私達が集まって、この状況に関心を抱いてるってことは、皆それなりの事情があってこの一連の事件に関わりがあるってことでしょ?
私情で有耶無耶にしようとするのは、貴女が一番嫌うことじゃない」
「……そうだな、すまない
僕としたことが熱くなってしまったようだ」
「そりゃ、こんだけ丸焦げにされちゃ熱くもなるでしょうよ」
軽快に笑い飛ばすあきほは百合の頭の上にポンと手を置き、無造作にその頭を撫でた。
「あきほくん、やめないか」
「これは失敬、利口にした相手はちゃんと褒めろっていうのがウチの家訓でしてね
つい」
「つい、ではない!
女の髪に気安く触るなとは教わらんかったのか!」
ばっちり血の気が頭へ昇った百合は顔を耳まで赤くして、ぷりぷりと怒り出す。
そんな様子を見て、思わず真ですら笑い出す始末だ。
「師匠、それで、私の質問には答えてくれますか?」
「全く不躾な奴らだ……
だが良いだろう、そうしなければ何もかも進まんからな」
改めて三人と顔を突き合わせた百合は、三人が聞き取れる態勢を取れた頃を伺って話し始める。
「先に言った通り、僕は父が何を目指していたのか、詳しくは知らん
僕の知る父は日常生活すらままならないどうしようもない男と言う印象が大半でね
以前に父を知る者が僕に教えてくれたこととすれば、西洋魔術が根幹にある割に陰陽五行への関心が強い、とな
奴は錬金術を得意とする者の知り合いが多かったというのも、何か手掛かりになるかもしれんが」
「んん……
なるほど……
陰陽五行に錬金術……」
真っ先に反応を示したのは真。
何かを思い出すように、視線を下げて泳がせ、改めて部屋の惨状を眺めていた。
「西洋魔術に傾倒する割に陰陽五行に詳しい、ねぇ……
考え方とか関連性で言うなら、西洋魔術には確かに四元素とかはあるけど
どうしようもないっていうのは百合の私怨だろうから置いておくとして」
「私怨で悪かったな
まともな愛情を親から注がれなかったらこうなるという一例として笑うがいいさ」
「アタシはそっちの方にはからっきしなんで分からねぇんですが
四元素とか陰陽五行って何です?」
「簡単に説明するなら、四元素は西洋魔術における属性の概念、陰陽五行は東洋魔術における属性の概念の事だ
創作じゃ良く使われるものでもあるし、知識としてどちらも頭に入ってる奴はそれなりの数居るだろうが……
そのどちらもを自分の魔術に落とし込もうとするのは、アプローチの違いの関係上、容易くはない」
実に姦しく言葉を投げ合う三人だったが、ふと、声のしない方へ一斉に視線を向けた。
真は唸りながら考え事をしている様で、頻りに首を傾げている。
「おーい、真
こういうのはお前が一番詳しいだろ?」
「いやぁ……
私の専門という訳ではないので、なんとも言えないのですが
陰陽五行と四元素、それに錬金術との関連で簡単に思い当たる所は、学んでいる分野が幅広いなぁ、ってくらいなんですけど
それで何か私が詳しい範囲でとなると、またお話が変わってきて
とても話の飛ぶ疑問なんですが、師匠のお家の立地を考慮すると、ずっと思っていたこととして
何で師匠の家に社が無いのかなって思って」
「社?」
「えぇ、祠とか社です、
人が住む場所で、その土地を守る神様を祀る社とか……
何度か師匠の家には行ったことがあるのですが、そういうものが見当たらなくて、宗教上の違いかなーって思ったんですけれど
ひょっとして、師匠
お父様のお部屋って、お屋敷のちょうど中心にあったりしませんか?」
「……ある」
──真は大きく息を吸い、今世紀最大とも言えるような恍惚の笑みを浮かべる。
そして、その笑みのまま、彼女の顔面はみるみる内に蒼白へと変化し、数秒も経たぬ内に誰が見てもゾッとする程血の気が引いていた。
それを見ていた零香が頭を抱えてふらりとよろめき、思わずあきほが彼女を抱き留め、百合は顔を引きつらせて凄まじい量の脂汗を額に滲ませる。
「ありますかー……」
「い、一応聞こう、真くん
どういうことかね?」
「あくまで憶測ですよ?
師匠のお父様、引いては浅木家のお歴々が西洋魔術、恐らく四元素や陰陽五行に詳しく、錬金術からも学ぶものがあるとあれば、概ね力の理や源、あるいはその流れなどについての研究をしていたのでしょう
力の源、エネルギーの象徴とされるのは陰陽五行では土の属性がそれに当たります、四元素での土は固体的状態の象徴で、全元素の中心に当たるものとも言われます
陰陽五行でも土は中心に置かれて考えることが最もメジャーで、自らの工房を関連の深い場所に設置するのは何らおかしな話ではありません
師匠のお父様の主題目が、土の属性にまつわるものだと仮定するならば、何か莫大な力を生み出すとか、引き出すとか、そういう研究をしていてもおかしくはないと思います
そんな方がこの日ノ本の地、八百万の神の土地に家を建て、その土地の中で最も力の集まるであろう場所に工房を築いた
郷に入っては郷に従えというものです
少しでも知識があるのなら、見てはいけないモノを祀り、それから祟られぬようにするでしょう
そうして、八百万のモノからの恩恵を受けていた可能性は高いのではないかと、私は推測しました
師匠、つまるところ、あなたはお父様からあのお屋敷という
あなたのお父様は、あなたがそれに足る人物だと判断した上で、あなたにお屋敷を託したのでは?」
誰もが息を飲む。
その中である意味で門外漢のあきほがこっそりと手を挙げた。
「あのよぉ……
師匠がそんな大それたものを継いでるんだとして、その薊って奴がどんな出自か目的かも知らねぇが
師匠への何らかの恨みつらみだけの為に、あの土地一帯火の海にするつもりだったりしたら笑えねぇぞ
破滅衝動っていうんじゃねぇけど、自分のモノにならねぇなら、全部壊しちまおうって考える可能性はあるのか?」
「それは考えにくいと思います」
「……自分でも突拍子もねぇと思ったのは百も承知だったが、そう断言出来るのはどうしてだ?」
あきほの疑問に、彼女の腕の中から離れた零香が言葉を漏らした。
「……アレはどう見たって、百合じゃなくて私を狙ってたのよ」
「教授、ソイツぁどういう?」
「真ちゃんの話がもし正しかったとして、百合があの家の主であると、家や土地を守る者が認めていたのなら
百合がこれ以上ないくらい、自分を保てなくなった瞬間に、百合は人柱としてあの地に縛られるでしょう?
そこが、彼の、薊の付け入る隙になる」
零香がチラリと百合を見やる。
そうして、今度はあきほの方へ顔を向けて話を続けた。
「魔術師ってのは厄介なものでね、それにとっての後継者っていうのは政治屋なんかよりも余っ程拘りがあるの
私はみんなも知っての通り随分と例外だから関係ないのだけど、百合みたいに一族で代々魔術を研鑽していく者達が大半の魔術師で
後の世代に自分が研究していた成果を授けるのは、その魔術師にとって最も大事なこと……
百合はそんな中で、一族にはない才能と、新たな方向性を説いたのを、彼女のお父様が良しとしたのは、とても不自然なことだわ」
「その通りだな、僕も常々口にしているが、父が遺したモノは数多くあるが、受け継いだモノはさしてない
だが、受け継いだと表するのに相応しい物と言えば、あの家だろう
僕と父にとって最も繋がりのあるものは、それくらいのものだ」
「繋がって来ましたね、私の仮説が正しいなら、ですけども
師匠のお父様が実際何を目指していたのかというのは、ハッキリ判明した訳でもなければ、あくまで、私の憶測に過ぎませんし
だとしても恐らく、件の薊という方が目的としているものと同義でしょう
それはそれとして、正直、師匠のお父様が目指していたモノを知りたいとは、個人的には思いませんね……」
真の最後の言葉に頷く百合と零香、しかし、ここまでの話に半信半疑と言った様子のあきほは頭を掻き、悩ましげに唸った。
「アタシとしちゃ、気になるのは……
そんな奴をどうやって捕まえるかだ
何しろ、聞いたまんまを受け取るなら、その薊って奴の外味は駿河って青年の身体なんだろう?」
「それもそうなんだけど、だとしたら、駿河くんの中身がどこに行ったのかは気になるわよね
もしかしたら別の可能性もあるけど
相手が魔術師である以上、考え付かないことの方が多いから、打てる手は全部打っておきたい気持ちはあるし……」
「問題は山積みだな
だが、僕としては、屋敷にある父の工房を
父の研究は僕にとってパンドラの箱のようなものだ
絶望でもあり、希望でもあろう」
強い決意を瞳の奥で揺らした百合は他の三人へと視線を向け、杖を正面に立てて両手をその杖の上に置いた。
「諸君、すまないが僕の私情にしばしの間付き合って貰いたい
各々目的はあるだろうが、着地点は皆同じ事柄に収束する筈だ
僕は先の通り父の工房を発きに行く
良ければ真くん、君の力を借りたい」
力強い百合の言葉に真は肩を竦めておどけて見せ、自信満々と言った様子でやる気に満ちた視線を百合に返す。
「そう言うと思いましたよ、師匠
もし工房が私の推測通り、社となっているなら、私が着いて行くのは筋でしょう」
「うむ、あきほくんは今回の前川家の火事について調べているだろうが、犯人が薊である可能性が高い以上、まずは駿河くんとその周辺を探って欲しい
さすれば君の目的も達成出来よう」
あきほは百合の指示にウインクで返し、こちらも肩を竦めながら両手を軽く挙げて返事をする。
「オーライ、外堀を埋めるのは任せな
だが、この状態の教授を放っておく訳にも行かねぇ
アンタの相棒は借りていくぞ」
「そうしてくれ、君の傍に居た方が我が友は安全だろう
無茶をしかねない奴には鈴付きの首輪を着けて置かねばならん」
呆れた様子の零香はどこか安堵を含めた微笑みを浮かべ、鼻を鳴らした。
「百合、後で鏡でも見て来なさいな
とはいえ、私としても駿河くん本人がどうなったのは気になるし、あきほちゃんに着いて行くのは賢明でしょうね」
「では、早速行動に移そう
こう言っては何だが、奴もこの部屋を焼く程の力を短期間で2度使っている
それ故、それなりの休息は必要だろう
しかし、依然、相手の実力の全てが分かった訳ではない
出来るだけ迅速に調査を進めてくれ」
百合が三人をそれぞれ見やると、それに応えて三人が頷き、百合へと視線を注ぐ。
「よろしい
諸君、これより反撃の狼煙を上げるぞ」
「あいよ」
「任せて頂戴」
「行きましょう、師匠!」
そうして、真が意気揚々と部屋を出ようとした所で零香がふとあることに気付き、パンツのポケットに手を差し入れる。
「真ちゃん、これを」
声を掛けられた真が思わず零香の方へ振り向くと、零香はポケットから出したものを軽く真へ投げやった。
わたわたと慌てながらそれをキャッチした真は、それを見て目を丸くする。
「貴女達、自前の脚が無いでしょ
貸してあげるわ
私の車は分かるわよね?」
「おぉ、そうだった
うっかりしていたな
では、真くん、運転は頼むよ」
「えぇ……?」
困惑する真を余所に、ふんっ、と上機嫌に鼻を鳴らし、悠々と部屋を出る百合の姿を横目に、真はすっかり肩を落としてしまった。
「私が運転苦手なの知ってるでしょう、教授……」
「あら、公道でジェットコースターに乗りたいなんて趣味があったのね」
「分かってますよ、教授の車を鉄クズにする訳には行きませんから……
それに、教授の旦那さんの泣き顔を見るのも堪えますし」
深〜い溜め息を吐いた真は、大きく深呼吸をして背筋を伸ばす。
そして、改めて零香の方へ向き直った真はピッと小脇を締めながら敬礼をして笑みを浮かべる。
「それじゃあ、師匠の事はお任せを!」
「真、肘を上げて手首を伸ばせ
でもって掌は少し内側に向けろ
アタシの前でそれをやるならキッチリやれ」
「えぇぇ……?」
予想だにしない場所から飛んで来た説教にまたも困惑した真であったが、はいはい、と間に入った零香があきほを宥める。
そのまま真の背を押した零香は、真にこっそりと耳打ちをした。
「今日は夕方近くから
気を付けてね」
その言葉にギョッとした真は、妙な脂汗をこめかみに溜め、そっと、なおかつゆっくり零香へ視線を向ける。
零香は相変わらず微笑んでいるのみで、おおよそ言葉に嘘はないといった様子。
「ま、本当に危なくなったら助けてあげてね」
「……やれるだけやってみますよ、教授」
少々悩ましげにした真も、今の内緒話で真面目な表情へ移り変わり、待ちかねた様子の百合が扉の向こう側から不思議そうに見詰めていることに気付いて、百合の元へと駆け寄って行った。