かくしてよはまわる──雷電卿は天才故に嘯く   作:あかつきマリア

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浅木家の奇妙な遺産騒動【⑥】

 

 

「──さて、教授

 

アタシらも行動に移しましょうか」

 

 

「そうね、状況的に休んでる時間も惜しいし

 

とりあえず校内で駿河くんのお友達にでも聞き込みをしましょっか」

 

 

「ですね、出来そうなら親御さんにも話を聞きたい所じゃあるが……

 

その辺は聞き込みの結果次第って所にしておきましょう」

 

 

軽く頷いて返事をした零香は、やはり険しい表情を浮かべており、部屋の全体を見渡した。

 

 

「それにしても、これ、どうしようかしらね

 

何もしてなかった備品は完全に消し炭になっちゃったし」

 

 

「一応、事件っちゃ事件ですから、こっちの方でも出来ることはしますよ

 

ここに来る前に応援も呼んでますし、大学の事務の方にも話は簡単にですが通してあります

 

この部屋のことは後で考えましょう」

 

 

「手際が良くて助かるわ、頼りにしてる」

 

 

得意そうに肩を竦めたあきほは、零香の肩を軽く叩き、その瞳をチラリと見る。

 

 

「教授もお疲れでしょう?

 

捜査の前に茶でもシバいて一息入れましょうや」

 

 

「そうね……

 

こんなことがあった後だし、落ち着く時間は欲しいもの

 

そういうことなら、一度食堂へ行きましょう」

 

 

──さて、束の間の休息を求めて食堂へと場所を移した二人。

 

 

道すがら、学生達が警察の訪れを噂していたり、先の爆発の原因が何だったのかと零香に問う生徒も散見されたりと、現地に着くまでしばしの時間を要した。

 

 

零香の学生への返答は概ねはぐらかすように課題の話題を持ち上げたり、以前に受けた相談事の進捗を持ち出したりとあの手この手で質問を受け流していた。

 

 

その最中、駿河青年についての聞き込みも並行していたが、やはり、生徒達も彼の細やかな変化に気付いた者も少なくなく。

 

 

最近付き合いが悪いのだの、親と喧嘩して家に帰っていないのだの、少々悪評が立っているようだった。

 

 

そんな中、駿河青年とかなり親交のあった生徒から聞いた話によると、彼は最近図書館に入り浸ることが多く、何か妙な様子だったと話してくれた。

 

 

「──それにしても図書館か、話を聞いてるといよいよ以て中身が違うってのを見せ付けられてる気がしますね……

 

アタシは元の本人がどんなもんかよく分からないですが」

 

 

「少なくとも、それを実感してるのは今のところ私だけじゃないかしら?

 

駿河くんは百合と真ちゃんの講義は受けてなかったみたいだし、直接相対することもなかったでしょうから」

 

 

そう言葉に出した零香だったが、今日の彼はともかく、行方不明事件から今日に至るまで、中身の変化があったにしては、どうにも腑に落ちないといった様子だ。

 

 

眉間に皺を寄せ、深く考え込む零香の肩を再び叩いたあきほは、置いて行ってしまうぞと言わんばかりの早足で食堂へ向かって歩き出してしまった。

 

 

それを見た零香も一度諦めたように溜め息を吐き、あきほの後を追って歩く。

 

 

「難しく考えるのは後で良いでしょう

 

今のアンタには休む時間ですよ、教授」

 

 

「全くその通りね」

 

 

「師匠と佳太が関わってると無理したくなるのは分かりますがね、後でドヤされるのはアタシなんですよ?

 

分かってます?

 

You know?」

 

 

「分かった、分かったわ

 

だからそんなに睨まないで頂戴な」

 

 

振り返るあきほの茶色く曇ったレンズの向こうから刺さる鋭い眼光にタジタジの零香。

 

 

それを見てようやっと納得したように、あきほは鼻を鳴らして意気揚々と食堂への歩みを再開した。

 

 

二人が食堂に着くと、あきほは真っ先に周囲をざっと眺め、聞き耳を立てる。

 

 

そんな仏頂面を晒しているあきほの背を、今度は零香が軽く叩き、目を覚まさせるかのように食券機を指差した。

 

 

「職業病ね」

 

 

「勤務中ですから病気じゃないッスよ

 

勤勉って言ってください

 

で、何飲みます?」

 

 

仲の良い姉妹と相違なくじゃれ合う二人は券売機を前にしても姦しく、今月の新商品がどうの、ここのオススメがこうの、順番待ちをしながら談笑する。

 

 

当然、あきほは先の爆破事件を念頭に入れており、談笑の最中も常に聞き耳を立て、周囲に気を配っている。

 

 

怪しい人物は居ないかと警戒しながらも、迷うことなく券売機でLサイズのアイスコーヒーの会計を済ませた。

 

 

一方、零香は即断即決、エスプレッソダブル3杯の会計をした。

 

 

あきほがアイスコーヒーを受け取り、ストローを刺して早速ひと吸いしている視界の端で、零香が自前のタンブラーを用意し、コーヒーの受け取りに先んじて10本の砂糖をタンブラーへ注いでいる。

 

 

「……教授?」

 

 

思わず、困惑と共に漏れ出す呟き。

 

 

あきほが話しかける間もなく、零香の元にエスプレッソダブルが3杯運ばれ、従業員は慣れたような呆れたような表情を浮かべて零香がタンブラーへ注文品を全て注ぐのを待っていた。

 

 

こちらも慣れた手つきで注文したコーヒーを全てタンブラーへ注ぐと、零香はその場でカップを従業員に返し、タンブラーの蓋をキツく閉める。

 

 

「呼んだ?」

 

 

「いや、呼んでないっスけど

 

何ですそれは?」

 

 

「これ?」

 

 

零香は不思議そうにキツく閉められたタンブラーを見ながら、それを揺らすようにして横に振り、改めてあきほへ視線を戻した。

 

 

「エスプレッソだけど──」

 

 

「いや砂糖!

 

めっちゃ入れてましたけど!?」

 

 

「えぇ、そうだけど

 

何かおかしい?」

 

 

「主に量がおかしいッスね」

 

 

そうか、と、一つ鼻を鳴らして考え込んだ様子の零香だったが、受け取りカウンターから離れ、あきほの傍に寄る間の2秒程だけ沈黙し、タンブラーの飲み口を開いて1口だけエスプレッソを口にする。

 

 

「割合はあなたの未来の旦那さんから教わったんだけど、こんなに飲むの、そんなにおかしいかしら……?」

 

 

「よりによってアイツから教わったんッスね」

 

 

「婚姻届出さないの?」

 

 

「あぁぁぁぁぁ!

 

今その話不要でしょうが!」

 

 

妙に納得した様子の零香を他所に、すっかり憔悴した様子のあきほはコーヒーを半分程胃に流し込み、深い溜め息を吐いた。

 

 

「すんません、教授」

 

 

「あぁ、喫煙所?

 

それなら──」

 

 

言葉を漏らしただけのあきほから流れるように要求の場所を伝えようとした零香だったが、不意に彼女の服の裾が摘まれる。

 

 

先の事もあってやけに素早く反応した二人に、零香の服の裾を摘んだ本人は要件を話そうとした口を閉じて反射的に狼狽えた。

 

 

「あ、あの……」

 

 

零香の服の裾を摘んだのは女学生だ。

 

 

黒染めのストレートロングヘアに、流行りの地雷系ファッション、童顔だがその両耳には軟骨も含めて4つずつ、計8つのピアスを着けている。

 

 

外見から一見して真面目そうな印象が薄く、信用し難い、というのがあきほの見立てではあるが、零香の方は生徒ということもあって瞬時に警戒を解いていた。

 

 

警戒を解く、というのは正確な表現ではない。

 

 

どちらかといえば、お気に入りの生徒から声を掛けられたので浮かれている、とするのが正しい。

 

 

緋鞠(ひまり)ちゃん?

 

今日の授業で分からないところあった?」

 

 

「えっと、そうじゃなくて、ユキ──

 

駿河について教授が聞いて回ってるって聞いて」

 

 

緋鞠と呼ばれた生徒から出た言葉に零香は目を丸くし、呆気に取られた。

 

 

そんな折、あきほは彼女からフワッと漂う香水とコーヒーの香りに隠された煙臭さを感じて、零香との間に割り込むようにして煙草の箱を取り出しながら微笑んだ。

 

 

「キミ、火ィ持ってない?」

 

 

──さて、あきほのニコチンへの欲求が鶴の一声となり、3人は食堂を後にして中庭にあるベンチと小さな缶の灰皿が置かれただけの喫煙所へとやって来た。

 

 

あきほがベンチに座ると、緋鞠を隣に誘導し、自分の隣に座らせる。

 

 

「えっと、火でしたっけ」

 

 

(わり)ぃ、あるんだなこれが」

 

 

着いて真っ先にあきほは愛煙している青い箱に入った煙草を咥えてオイルライターで火をともし、一服──

 

 

そして、出がけにミルクを3つ入れたアイスコーヒーを吸い、なんとも言えない幸福そうな表情を浮かべる。

 

 

「……ターコイズですか、刑事さん渋いですね」

 

 

「嬢ちゃん、煙草好きか?」

 

 

「まぁ、はい、アタシのこれで」

 

 

「ワイルドカードとは洒落てんな」

 

 

茶色いドレスで飾られた煙草を咥えた緋鞠は、落ち着いた様子でガスライターを取り出したが、それを見兼ねたのかあきほが自分のオイルライターで緋鞠の咥えた煙草に着火させた。

 

 

「ども」

 

 

「せっかく洒落たモン吸ってんだ、火はこっちのがいいだろ?」

 

 

「そッスね……

 

まぁ、でも、借りパクされちゃったんで」

 

 

「そいつァ難儀だったな

 

盗難届ならいつでも受け付けるぜ」

 

 

恐縮した様子の緋鞠が軽く会釈をしたところで、零香が口を開く。

 

 

「それにしても、緋鞠ちゃん、駿河君と知り合いだったのね」

 

 

「えぇ、まぁ……

 

幼なじみ、なので」

 

 

「じゃあ、緋鞠ちゃんもココ最近駿河君がおかしいのが気になってたって感じかしら?」

 

 

零香の質問に黙って頷いた緋鞠。

 

 

それを見てあきほと零香はすぐに顔を見合わせた。

 

 

「どうも訳ありって感じだが、話せることだったら何でもいい

 

話せる範囲で教えてくれ」

 

 

「はい……

 

最初に様子がおかしいことに気付いたのは年明け、毎年新年の挨拶くらいはするので、連絡したんですが、返答がなくって

 

今までそんなことなかったから不思議に思って家を訪ねたんです」

 

 

ぽつりぽつりと話し始めた緋鞠の表情はどうにも暗く、胸を締め付けられているように苦しそうだ。

 

 

そこに、零香が緋鞠の隣へ座り、彼女の膝に手を置いた。

 

 

緋鞠が思わず零香の表情を伺うと、彼女は緋鞠に向けて微笑んだ。

 

 

その瞳は緋鞠の赤いカラーコンタクト越しに吸い込まれていくような深い蒼、まるで潤んでいるように煌めいた零香の瞳が真っ直ぐに緋鞠の瞳を見詰める。

 

 

(あーあ、やりやがったこの女……)

 

 

心の内でふと呟いてしまったあきほ、その直後に零香がその視線を一瞬だけあきほへ向けた。

 

 

(はいはい、文字通り目を瞑れって言うんですね

 

分かりましたよ)

 

 

紫煙と共に溜め息を吐いたあきほは、煙草の灰を落とすと、寝たフリをするように目を瞑る。

 

 

「教授……?」

 

 

「辛いことだったのね

 

あなたがとても繊細なの、私はよく知ってるわ

 

表情も言葉も、あなたにとってそれが話したくても話せないこと、信じて欲しくても自分自身すら信じられないことだった

 

そういう感じかしら」

 

 

「──やっぱ、教授にはお見通しなんですね

 

大丈夫です、ちゃんと話せます

 

コレは、ちゃんと言葉で伝えないといけないことですから──」

 

 

咥えていた煙草を一度指先で挟んで外し、大きく深呼吸した緋鞠は改めて煙草を咥えて一吸い、そうしてようやっとポツリポツリと言葉を紡ぎ出した。

 

 

「──駿河の家のチャイムを鳴らして最初に出て来たのは彼の母だったんですが、その時点でどうにもおかしかったんですよね

 

私の顔を見て、()()()()()()

 

って、そう口にしました」

 

 

嫌悪している過去、それを思い出すのは相応に苦痛を伴う。

 

 

まるで、身体に残った弾丸を取り除くよう。

 

 

顔を伏せた彼女の表情は底抜けに青ざめていた。

 

 

「新年の挨拶が目的でしたから、不思議とは思いつつも、ユキが居るか聞いたんです

 

でも、その彼の母のような母でないような人は出掛けている、と答えました

 

なんだか段々怖くなって、その日は家に帰ってしまったのですけど──」

 

 

再びの深呼吸。

 

 

顔を上げた緋鞠は零香の瞳を真っ直ぐに見て、話を続けた。

 

 

「年明けからこれまでの間、彼の動向を追ってみました

 

ほとんどストーキングだったんですけど

 

彼が図書館によく行くようになって、彼がどんな本を借りて読んでいるのかも調べたんです」

 

 

「それは、気になるわね」

 

 

「……彼が借りていたのは埼玉県川越市の郷土史と、旧華族に関する歴史的資料、あと、浅木先生が出版した書籍を全部

 

それと、最近、禁帯出資料も読んでいたみたいで、彼が返した後でどんな本を読んでたのか気になって確認してみたら

 

何の変哲もない料理本で『未定の夕食』っていうタイトルの本でした

 

そんな本が禁帯出っていうのもおかしいとも思ったんですけど、そもそもユキが図書館に入り浸ってたりすること自体もおかしくって──」

 

 

「そう、ありがとう」

 

 

零香の蒼い瞳が妖しく揺らめく。

 

 

淡くその瞳が光ったかと思うと、緋鞠はフッと意識を失い、項垂れた。

 

 

慌ててあきほが緋鞠の手から零れ落ちた煙草を拾い上げ、灰皿へと捨てる。

 

 

「教授!

 

それはダメだって言ったでしょうが!

 

しかも生徒さん!」

 

 

「多分この子、こうでもしないと着いてくるわよ

 

それはちょっと、困るのよね」

 

 

頭を抱えたあきほは煙草を吸い切り、吸い殻を灰皿へと放る。

 

 

「あきほちゃん、緋鞠ちゃんを医務室まで運ぶの手伝ってくれるかしら?」

 

 

「やりますよ、全く目を離してなくてもこれだ……

 

師匠が居たら何言われてるか……」

 

 

「あら、今は居ないでしょう?」

 

 

酷く清々しい表情でそう言い放った零香はすっかり元気を取り戻したように背伸びをした。

 

 

「そういう所ですよ教授……」

 

 

「じゃあ、百合には内緒でお願いね!」

 

 

「ちゃんと伝えるんで、事が終わったらちゃんとお叱りを受けてください」

 

 

零香の悪戯っぽい懇願にあきほは至極真面目なトーンで返すと即座に百合へと向けてメッセージを送った。

 

 

「や、やだ!

 

取り消して!」

 

 

「だーめーでーすー!

 

何度も何度も一般人を食い物にしないでください!

 

師匠にも止められてるのになんでやるんですか!」

 

 

「だって、緋鞠ちゃん、駿河くんを絶対自分の手で見つけるって、凄い決意してたから……

 

巻き込まれたら危ないし……」

 

 

「本音は?」

 

 

あきほがジトっと零香を睨むと、零香はゆっくり目を逸らして下手な口笛を吹く。

 

 

「わかりました、佳太にも伝えます」

 

 

「ごめんなさい、美味しそうだったの、許して……」

 

 

「ま、状況が状況なんで佳太に伝えるのは取り止めましょう

 

師匠からのお叱りは甘んじて──」

 

 

ふと、あきほは百合から返ってきたメッセージを確認し、それを凝視した。

 

 

「嘘だろ師匠……」

 

 

「百合、なんだって?」

 

 

「──『緋鞠くんなら仕方ない』だそうです」

 

 

「じゃ、医務室運びましょっか!」

 

 

水を得た魚、百合からのお墨付きまで受けてしまったのであれば、あきほが返す言葉はなかった。

 

 

──あぁ、そうだ。

 

 

この2人はどちらも魔女だった──

 

 

あきほは考えることを諦めた。

 

 

 

 

 

 

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