SIDEROSリーダー、大槻ヨヨコのとある日常の話。
基本的には山もオチもなし。
**個人的には恋愛要素は無しのつもりですが、人によっては有りと感じる方もいるかもしれないので、一応『ガールズラブ』のタグをつけています。
ここ数日はエナドリの消費量が明らかに増加していた。当社比で六割増しくらい?
噓偽りなく言えば、かなりヤバかった自覚がある。
それに加えて、緊張と寝不足も相俟って時折テンションも多少おかしくなっていた。
ゲスト出演の依頼があって初めて訪れたのは、
私達SIDEROSが普段拠点としている新宿のFOLTとは随分と雰囲気が違う箱だったこともあって緊張の度合いは普段の倍以上ではあったけれど、それでも私達がすることに変わりはない。完璧で最高のパフォーマンスを魅せつけてやること。
お客さんのノリは……まあ、上々だったと言える。
今日のライブを切っ掛けにして私達のファンになった人もきっといるだろう。いや、きっといるはず。あとでトゥイッターのフォロワー数を確認しておこう。もしかしたら、十人くらいは増えているかもしれない。
(って、いけない。いけない)
夢のような光景に思わず顔がにやけそうになるのを自重する。
「先輩。ちょっといいっすか? この後のことなんすけど」
「なに?」
キリッとした顔を意識的に作ると、声を掛けてきたあくびのへと向き直る。
(そうだ。この後は打ち上げだったわ。……三人以上の人がいるような集まりとかは苦手なんだけど)
ライブ終了後の打ち上げのお誘い。お世話になった箱のスタッフさんや対バンのメンバーも含めた十数人単位で行く予定ではあるが、ハッキリ言って憂鬱だった。
「自分達はもう帰りますんで、箱や対バンの人達によろしく伝えておいてください」
「……え?」
「じゃあ、お疲れさまでした」
「ちょ、ちょっ、ちょっと待って! どういうこと!? 帰るって!? え? 皆? あくびだけじゃなくて、楓子や幽々も!? 帰るの? どうして!?」
いきなり理解不明なことを言われて最大限に頭が混乱するが、それでも辛うじて動いた手が帰ろうとしていたあくびの肩を掴む。
「先輩、肩が痛いんですけど。ついでに服が伸びそうになるんで、強く引っ張るのはやめてください」
「いやいやいや! そんなことはどうでもいいから! それよりなんで!? いきなり帰るとかどういうことなの!? 打ち上げには参加しないってこと? どうして!?」
混乱している私に向けたあくびの視線は心底めんどくさそうなものだったけれど、今はそんなことはどうでもいい。問題はどうしていきなり『帰る』とか言い出したのかということだった。
「いや、『どうして?』って言われても。ライブ前に話したじゃないっすか。今日は自分もふーちゃんも幽々も用事があるから、ライブの後はすぐに帰るって。箱の人達にも伝えてますし」
「え? なにそれ? 私、聞いてないんだけど!?」
いつだ? そんな話をいつした? 記憶が……無い!!
然も当然のような感じで言うあくびの様子に思わず戦々恐々となる。
「あ~、先輩。やっぱりちゃんと聞いてなかったんすね。生返事だったんで、何となくそんな気はしてたんすけど」
「…………」
言われてみて思い返せば、何となくそんな会話をした記憶が薄っすらとでは……あったような? あったのか? あったかも? あったよりのあり?
駄目だ。寝不足とライブへの緊張とエナドリ(確か都合三本目)効果がピークに達していたこともあって、適当な生返事による対応をしていた気がする。
「はーちゃん、帰らないの~?」
「今行くっす。……それじゃあ、先輩。そう言うことなんで。お先に失礼します」
「ちょ、ちょー待っ。お願い! 待って!」
「もう。なんっすか? 自分は帰りたいんすけど……」
楓子の呼ぶ声に答えて無慈悲にも帰ろうとするあくびを必死の思いでその場に押し留めて、「何かないか? 何かないか?」とフルに頭を回転させて考えてみるものの、そもそもその『何か』の見当がまるで思いつかない。
(いや、待って! ほんとに待って! 私一人だけ置いてかないで! 無理無理無理!! 一人だけで知らない人だらけの打ち上げに参加するなんて無理ッ! 絶対に無理ッ!!)
本気でパニックを起こしそうになる。ライブ前とは別の緊張とプレッシャーで死にそうになる。
「皆さんお疲れ様でーす。それじゃあ、この後は予定通り打ち上げ会しますんで、お店に先に移動できる人は移動しておいてくださーい」
箱のスタッフの一人が声を掛けたことで、その場にいた関係者や対バンの人達が徐々に移動を始める。
「ほら、先輩。打ち上げ場所に行くみたいですよ。早く行かないと」
「あ、あくび~」
心底情けない声が出た気がするが気にしない。このままでは、私は本当に
「ヨヨコ先輩。先輩に良いことを教えてあげますよ。後輩からのアドバイスです」
「な、なに?」
「人生は何事も諦めが肝心――っすよ」
「そんな後ろ向きなアドバイスはいらないんだけど!!」
悲痛な叫び声を上げた私だが、そんな私をあくび達は「頑張ってください」の一言だけを残して本当に帰ってしまった。
……あれ? なんで皆揃ってこんなに冷たいの? やっぱり私って、嫌われてるの?
********
「お、終わった……」
地獄のような時間だった。
まともな知り合いのいない中での打ち上げ会。
SIDEROSの大槻ヨヨコとしてイメージを損なわないようにしつつも悪印象を持たれないように必死で作り笑いを浮かべ、尚且つボロが出ないように必要最低限の対応で済ませる。
間を持たせるためと下手に話題を振られてしまうのを避けるために常にポテトやらおつまみやらを食べ続け、ドリンク(※ノンアルです)を飲み続け、頃合いを見てはお手洗いに逃避。少しでも多く時間を潰してから、戻ってきたらできるだけ人が少ない場所に座って可能な限り絡まれないようにする約二時間の苦行だった。
打ち上げ会終了後に二次会のお誘いも受けたが、当然ながら断って即座に脱出。
普段は何気に面倒だったり煩わしく思うこともあるけれど、この時ばかりは『高校生』と『未成年』の言葉と自身の年齢に感謝するしかなかった。
「うっぷ。食べ過ぎと飲み過ぎでちょっと気持ち悪い」
アルコールを摂取したわけじゃないけれど、無理して許容量度外視で食べ続けた揚げ物と冷たいドリンクのせいでお腹が悲鳴を上げている気がする。
お店を出る前にお手洗いには行ったけど、もう一度くらい行きたい。
(駅まで距離があるし、どこかコンビニにでも……)
夜も更け、時間的にも居酒屋等を除いた大半の飲食店や店舗が締まっている。お手洗いを借りるためだけにコンビニに入るのは少し気が引けるが部分もあるが、背に腹は代えられない。まあ、何かひとつくらい買い物をすれば良いだけの話か。
「あれ? 大槻さん?」
「え?」
夜の暗がりの中で不意に名前を呼ばれ、思わず身構える。
「――あっ、結束バンドの。ど、どうも」
声を掛けてきたのは明るくて長い髪をサイドポニーにした女の子。後藤 ひとりのいるバンド。結束バンドのドラムで名前は……伊地知 虹夏であってるわよね?
「えっと……大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど?」
「え、ええ。まあ、大丈夫。ライブの打ち上げがあって……ちょっと食べ過ぎただけだから」
「あ~、確かにライブの打ち上げとかってつい食べ過ぎちゃいますよね。あたしも前に食べ過ぎちゃって後で後悔しました」
パッと見た印象は『陽キャ』って感じの子で、それほど面識が深い相手というわけでもない。だけれど、雰囲気からちゃんと私のことを心配してくれているのが何となく分かって、メンバーにぞんざいに扱われて荒んだ心に少しだけ感動が飛来する。
「今日はこの辺のライブハウスでライブしてたんですか?」
「ええ。ゲストで呼ばれたの。あまり知らない箱だったんだけど、『是非お願いします』って言われたから」
――本当はそこまで懇願される感じではなかったけれど。
「へぇ……なるほど。――あれ? でも、それだと……」
「どうかしたかしら?」
……何かしら? 一瞬だけ伊地知 虹夏の顔が曇ったというか、少し引かれたような気がしたけど……気のせいよね?
「いえ、今打ち上げ帰りですよね? 他のメンバーの人達がいないな~と思って」
「あっ……と……きょ、今日はもう皆先に帰ったわ。私はリーダーだからお店のスタッフさん達と話をしていたから少し遅くなっちゃって」
う、噓は言ってないわよ!
あくび達が先帰ったのは本当だし、SIDEROSのリーダーとしてお店の人達と話も(少しは)したし。
「――虹夏。何してるの?」
(ひぅッ!?)
「あっ、リョウ。家で待ってるんじゃなかったの?」
これ以上口を開くと確実にボロが出そうだったので、早々に会話を切り上げてこの場を去ろうかと思った矢先の背後からの声。何故か若干の悪寒を感じて思わず心の中で叫んでしまう。
何か冷たいものが背中に流れるのを感じながら振り返ると、そこに立っていたのは結束バンドのメンバーの一人である山田 リョウ(多分この名前であってるはずよね?)。何度か見た時も表情に乏しいクールな感じだったし、今もパッと見た感じは同様ではあるのだけれど……なんとなく睨まれているような気がするのは何故かしら?
「待ってた。でも、遅いから心配になって見に来た」
「も~、リョウってば。何言ってんの」
視線を向けられていたのは一瞬だけで、すぐに山田 リョウの視線は少し顔を赤らめた伊地知 虹夏へと移っている。なんとなく、感じていた悪寒も薄れた気がした。
「心配だった。ねえ、虹夏。私のポテチとエナドリ。どこ?」
「そっちか!!」
「これからが本番。夜は長い。今日は朝までする予定だから、エネルギーの補給は欠かせない」
「また泊まるの? 先週も泊まったばかりだよ。……まあ、いいけどさ」
「今夜は寝かさない」
「好きにしていいけどね。でも、付き合いきれなくなったらあたしは先に寝るからね」
「虹夏、私を見捨てるつもり?」
「いや、一人でしなよ。別に一人でもできるでしょ」
「二人での協力が大事。私と虹夏で世界を染める」
(えっ? 無視? 私のことは無視なの? と言うより、さっきから何の話をしているのよ!?)
ギリギリで自制心を発揮して叫ばなかったけど、本当に何の話をしているのか?
まるで理解できない……というか、は!? 何? もしかして何か色々とアレ的な……健全な友人関係やバンド仲間関係とは少し逸脱した、所謂バンドの解散原因にもなることがあるような親密で濃密な関係性のアレやソレなことを話してるの?
(ま、まさか……だ、大丈夫よね? 結束バンド)
ただの自分の勝手な思い込みだと思いたいが、確証が持てない。勿論、敢えてハッキリ聞くなんてそんな高難度なミッションの遂行など当然ながら私にできるはずもない。
「あ、あの……」
「あッ! ゴメンね、大槻さん。こっちが呼び止めたのに、何かリョウと二人で話しちゃって」
「い、いえ、別にかまわないけど」
「なんだ。大槻 ヨヨコだったんだ」
「ちょっと、リョウ! 何失礼なことを言ってるの!」
「暗くて顔がよく分からなかったから」
……絶対に噓でしょ。確かに夜も遅くて周りは暗いのは事実ではあるけれど、外灯の灯りもあるんだからそんな分からなくはないと思うんだけど?
「もう。誰と話してると思ってたの?」
「下北沢のビレパン前で気怠そうにしている人」
(いやいや、誰よッ!?)
「えっ……なに? リョウ。ごめん。本気で何言ってるのかよく分からない」
私の
それとなく感じてはいたことだけど、この伊地知 虹夏って子は基本的に誰に対しても人当たりは良い感じなのに、こと山田 リョウに対してだけは結構容赦のないと言うかぞんざいな対応をするわよね。山田 リョウが自由気儘過ぎる性格をしているからかしら?
「大槻 ヨヨコ。それじゃあ、バイバイ」
「――あっ! こら! リョウ! 自分の分だけ確保したらさっさと行こうとするな!」
「無理。ポテチとエナドリとめくるめく色彩の世界が私を呼んでる。早く部屋に戻りたい」
「あー、もう。ほんとに。リョウってばー」
マイペースと言う言葉を体現するとこんな感じの人間になるのだろう。ある意味で羨ましい生き方をしているような……いないような?
「――大槻さん。じゃあ、あたしも行くから。気をつけて帰ってね。またね~。おやすみ」
「ええ、おやすみ」
笑顔で軽く手を振ってから、伊地知 虹夏はすぐにその場から駆け出していく。
少し先に進んだところで立ち止まっていた山田 リョウの傍に小走りで駆け寄ると、すぐに彼女は何か小言でも言っているような感じだったけれど、すでに距離もあって何を言っているのかはちゃんとは聞こえない。
(仲が……良いわよね)
歩調を合わせるようにして並んで歩き出した二人。
お互いの肩が触れ合うような距離。気安くも親密な雰囲気。
そんな二人の様子は傍から見たら……いや、変な勘繰りはよそう。バンド仲間の仲が良いのはいいことのはず。
(……あれ? 私、今何をしてたんだっけ?)
何故だろう? ドッと疲れた気がする。
視界に入った自販機へと無意識の内に突撃すると、一瞬の躊躇すらなくエナドリを購入しながら大きく溜息を吐く。
……私、なんでこんなに疲れているんだろう?
個人的には大槻ヨヨコはぼざろのキャラでもトップクラスに好きな子。空回りしがちで不憫だけど。でも、そこがいい。
あと、山田は確信犯だと思います。