個人書店を営む疲れきった顔の男性、半田仁助は、趣味で癒されたり、お客に困らされたりと「いつも通り」に日常を過ごしていた。
そんな時、彼にとっては黒歴史にも近い、立ち上げ以来からずっと音沙汰が無かったある「副業」が、ついに動き出す。

そこから仁助の人生は、良くも悪くも大きく変わることになるのであった。

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逃亡幇助屋 〜あなたを遠くへお届けします〜

 どうも皆さんこんにちは。

 この私、自営業を営んでいる半田(はんだ)仁助(じんすけ)は、今日も今日とてつまらぬ一日を過ごしています。

 自営業と言っても自慢できるような大きい規模のものではなく……。しかも、国道沿いながらも田舎であるが故に、お客様もあまり入らぬような、そんな小さな書店です。

 亡くなった親から継いだ個人経営のお店なので、知らない事もまだまだあり……。業者の皆さんから、色々と手取り足取り教えて頂きつつどうにか書店の店員として日常を過ごしています。

 

「……いらっしゃいませー」

 

 夕方にして漸く本日1人目のお客様らしいです。

 葬式の後に、親戚から「お前は店を継げ」などと言われたときには「何言ってんだコイツ?」としか思いませんでした。子供だから店を任せるのかと。

 なるほど確かに。こんなにお客が入らないなら、儲けも無い、かといって取り壊すのも金が掛かる。親戚がこの店を私に押し付けるのも納得できるかもしれません。継いでから、納得したのですけれど。

 

「あのぉすみません、店員さん」

 

「はい、なんでしょう」

 

「あのねぇ、私の孫がねぇ、今日発売のジャ○プが欲しいと言ってましてねぇ」

 

 そんなものウチにはないよ。────と言いたいところですが、こういった老年のお客様とて無下に扱えないのが接客業の辛いところですね。

 前述した通り、私の店は田舎にあります。なのでお客様の言う「今日発売」なんて本は、そう簡単に手に入らないのが常なのです。

 

「大変申し訳ございません、本日発売の商品ですと入荷まで少なくともあと3日は……」

 

「ええ!?でも今日発売なんですよ?おかしくないですかね?」

 

「申し訳ございません、こればかりは物流の問題もありますから……」

 

「じゃあなんで出版社は『毎週月曜日発売』なんて銘打ってるの!?今日はその月曜日よ!?」

 

「ええ、ですから、それは『現物が届く場所なら』という意味が含まれているので……」

 

「はぁ?意味が分からないわね!書いてもない事を言うのはやめてくれるかしら!」

 

「申し訳ございません……」

 

「もういいわこんな店!二度と来ないわ役立たず!さっさと潰れてしまえばいいのに!」

 

「お力になれず申し訳ございません……」

 

 ────話を聞かないお客の相手は疲れますね。こちらでは発注してないとでも思ってらっしゃるのでしょう。ただ届くのを待っているだけではないと知らないのでしょう。

 本屋だからと、こちらから何もせずに出版社からただただジャ○プが配られるワケでもないのに。

 文句を仰る元気があるのなら、もう少しだけでも都会に近い町に住んでみたらどうでしょうね。私はもう、この色褪せた日常に対して文句を言う気力もあんまり無いので、お断りさせて頂きますが……。

 

 ◆

 

 そんな私ですが、一応数少ないながらも、趣味と言えるものはあります。誰も見ていないHPを更新することです。

 日記に近いでしょうか。ブログではなく、しかし店のHPでもない。これは副業にも近いような事。それが「逃亡幇助屋」です。

 まぁ、アクセス記録を見るに、私本人しかここに来ていないのは明らかなので、副業にもなってない可哀想なHPなのですが。

 

「『20XX/XX/XX、依頼0件、皆様のご依頼お待ちしております』────っと」

 

 その日の日付の他に、その日に受けた、もしくはこなした依頼と、依頼を受け付けている旨の3つを書いて、私は幇助屋のHPとオサラバ。

 こんな事を始めたのは────思い付いたのは、少し前。私が学生だった頃になるでしょうか。

 つまらない日常にスリルを求めていた私は、ふとある日、「逃げてるの助けたら面白いんじゃね?」などと思い立ったのです。

 いえ、深い事情があるとか、そういう事は無く。本当は裏社会の人間だとか、そんな、物語の主人公らしいバックボーンも、悲しい過去も何も無くて、本当に、ただただそう思いついただけでHPを作りこんな事を続けているのです。

 若気の至りというか、ノリと勢いというか。まぁそんな所でしょうね。今思うと、元気だったなぁと思ってしまいます。まだ、老人ではないのですが。

 

「〜♪」

 

 とあるクラシックをBGMに店内を掃除するのも楽しみの1つ。今聞いているのはドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。静かな入りからの、沸騰する水のようなアツいこの盛り上がりが何とも聴く者の胸を熱くさせますね。

 

「おや……!ふふ、テンションが上がりますね」

 

 流れる曲をランダムにしているのでクラシックの次もクラシックと限らないのが私の店の店内BGMなのです。今回流れているのは私の推しVTuber、

「プレ・ニーア」ちゃんの歌う有名曲のカバー曲。配信はいつも昼間なので配信をリアタイできた事はこれまでに一度も無く、切り抜き動画で知って数日なので、まだまだニワカファンでございます。そもそも、ここ数ヶ月、音沙汰無しなのですけど。

 鼻歌を歌いつつ掃除を終えた私は、商品整理してパソコンの前に戻り、発注する商品の確認をしようなどと思い、スリープ状態から起動します、が。

 

「うん……?メールだ。まずい、確認忘れかな。いや違うな、これは……さっき届いたのか?」

 

 夕方のこの時間にメールとは、なんとも珍しい。業者の方ならメールは午前中に送ってくださるし、もしも急ぎの連絡なら電話で連絡をくださるので、夕方にメールが届く、という事実が、奇妙でした。

 そもそもこのメールは、書店として公にしているメアドではなく────「逃亡幇助屋」として私のHPにしか公開していない方の、もう何年もろくに使っていない、半分捨てアドと化していたメアドに届いていました。

 

「嘘だろ……?」

 

 目を擦る。画面を見る。頬を叩く。画面を見る。頬を抓り、引っ張る。画面を見る。嘘だと思った。しかし夢ではなかった。今この瞬間、私に、依頼が舞い込んだのです。

 だから私は、ウイルスが仕込まれている可能性も考慮して、震える手でメアドを同期させてあるサブスマホからそのメールを開き、中身を確認する事にしたのです。

 

 ◆

 

 数時間後。私は県を3つも跨ぎ南下した、とある大きな駅の駐車場に来ていました。初依頼でまさか県を3つどころか地方すらも跨ぐ事になろうとは、思いませんでした。

 やはり田舎では「逃げ」たい案件は無いようで。拠点を都会に置いてみようかな、とは思いましたがそうすると気軽に店を閉められないですし。やはり田舎にメインの拠点を置いた方が、それなりに気は楽かもしれません。

 

「────お待たせ致しました。白戸(しらと)様ですね」

 

「は、はぁ……そうですけど、誰です?」

 

はんだごて(・・・・・)でございます。さ、どうぞ中へ」

 

「え、あなたが!?」

 

 はんだごてというのは、仕事中の私の名前です。こんな仕事をする以上、いつかは危ない目にも遭うかもしれませんし、本名そのまま使うのはちょっと気が引けますしね。

 

「中って……駅ですか?」

 

「車ですよ。コレです」

 

「えっ。プリウス!?」

 

「木の葉を隠すなら森の中、です。逃げるのなら、まずは、一般人に紛れましょう。普段着で、と私が指定したのもその為です」

 

「は、はぁ……じゃ……じゃあ、失礼します……」

 

 ここに来るまでの移動中も、メールでやりとりをしていました。偽名だと思ってわざと「白戸様」と呼んだのにあの反応という事は、まさか本名で私に依頼をしたのでしょう。この「白戸様」、どうやらかなり警戒心が薄いようで……。心配になりますね。

 

「では先に、出張料金の4万円を頂戴致しますね」

 

「……はい……」

 

 私はグーグ○マップを利用し他県に移動します。このアプリを使用すると、最短の距離を狙えるのが本当に有難いものですよね。

 この「手数料」は、県内なら1万円固定、以降は県を越える度に1万円を加算していきます。最短の道を行くので、ボッタクリではないと思います。

 当時の私は、「逃げたい」方は、逃走資金を用意してから逃げるものだろ、と想定していたのです。その当時の私の思惑は見事的中。白戸様は、太った茶封筒の中身から万札を4枚引き抜いて、手を出す私に向かって突き出すように渡してきました。

 

「では出発致しましょう。目的地、弘前駅ですね」

 

「……」

 

「あ。BGM、無い方が良かったですか?」

 

「……いえ。何でもいいです」

 

「左様でございますか。私、PCゲームのBGMも好きでして。よくこうして原曲やアレンジ曲などを流しているのですよ」

 

「……」

 

 東京から青森まで運ぶだなんて、初仕事にしてはかなりの距離を移動する事になりそうですね。

 依頼者────専業主婦・白戸様。

 新婚ながら、夫のDVに耐えかね、逃亡を決意。付き合っていた頃は普通の人だったにも関わらず、それはただの仮面。結婚してから豹変した彼は酷く凝り固まった男尊女卑の考えの持ち主で、結婚後、彼についてきて東京に来たはいいが、彼女が東京に来てからの友人関係は全て把握されているそうで。

 元からの友達の事も頼ろうとしたものの、そんな友達には上京してすぐに彼を紹介しているので絶対頼れない、とか。

 

「────SIM契約せず、WiーFiの下でのみ使えるスマホまで用意するとは。白戸様は、此度の逃走に対して中々の気合いの入れようですね」

 

「……もう、あんな人の所から逃げたいだけです」

 

「左様でございますか」

 

 頬の赤紫色の痣は見ていて痛々しい。普通、DVだとかそういうのは服で隠れるような所を狙うのが通例だと聞いていますが。しかし白戸様の旦那様はそういった通例すらも無視して女性の顔を殴打するという、ヤバめの所業を繰り返す鬼畜のようです。

 

「あの……高速は使わないんですか?」

 

「ええ。ETCカードの記録が残ってしまいます。現金払いにしても、入口にカメラはありますから。それに、白戸様としても、余計な手数料(・・・・・・)は払いたくないのでは?」

 

「……別に。高速料金くらい、痛くないです」

 

「左様でございますか。しかし余計な記録を残さぬ為にも敢えて下道で行きます。ただし最短距離から大きく外れぬよう、気を使いつつ、ですけれど」

 

「分かりました」

 

 手数料とは、高速料金の事です。私は、逃亡者の足になってあげる。代わりに、それに必要な資金は逃亡者が払う。ここで言うなら、ガソリン代とか、高速代金、他には私の食費ですね。時給なんかは、面倒臭いのでそこまで詳細には設定していません。

 

「今回は、東北地方に入ってからは、福島、山形、秋田の順で北上していき、青森に行きます」

 

「はい」

 

「下道ですと15時間の長丁場となりますから、途中広場や適当なコインパーキングなどで何度か休憩を挟みます。よろしいですね?」

 

「……もう、夜ですもんね。はんだごてさんも、車を運転するだけじゃ眠くなりますか?」

 

「はは、そうですね、私も人間ですから。夜行性の動物ではありませんからね。これでも、さっきまで普通に働いてきたばかりですから」

 

「何の仕事をされてるんですか?」

 

「とある片田舎にある、書店を経営しております。個人商店ですし、田舎ですのでお客様は1日に数名程度なのですがね」

 

「……そんな人がどうして……逃亡幇助屋、なんて」

 

「…………………………」

 

「すみません、余計な事を言って。……黙ります」

 

「いえいえ。言葉選びに、迷っていただけですよ。私、他の方にこの仕事を始めた理由など話した事が無かったものですから。もしかしたら白戸様を更に傷付けてしまうかもしれません」

 

「もう……慣れっこですよ」

 

「お客様を傷付けたり余計に怒らせてしまうのは、私としても不本意ですので……」

 

「大丈夫ですよ。気になるんです」

 

 DVを受けていたと言う割に、割とマトモに会話できるらしいですね。旦那への依存などもあんまり無さそうですし、この分なら「逃げ」た後でもすぐ生活を立て直せそうで、何よりです。

 

「────スリルをね、味わいたいんです」

 

「……へ?」

 

「『逃げたい』という方は、何かに追われているか何かに追い詰められています。そこに私が割り込み手を貸す事で、私は逃走者の方の恐怖を和らげつつ

『何かから逃げる』という、『逃走者』ならではのスリルを味わいたい。……そう、思ったんです」

 

「はんだごてさん……ドMですか?」

 

「ははは、そうかもしれませんね」

 

 大通りから外れた所にあるコンビニに立ち寄り、私と白戸様の夕飯を購入。私は「細い」と言われるだけあって、若い女性である白戸様とも変わらないくらいしか食べないのです。そして私は、ある物(・・・)を自腹で購入。こちらはもしもの事があれば使用するくらいでしょうか……。

 

 ◆

 

「……ホテルですね。やっぱりどこの駅にも、前にはホテルがありますね。さっき通った所も……」

 

「ですね」

 

「あの……ホテルで休みませんか?車中泊だと……」

 

「白戸様はまだ『奥様』です。そんな方とホテルに行ってしまったら私が『民事』に掛けられますよ。今だって見方によっては誘拐なのですから」

 

「でも……私が払いますからっ!」

 

「どうしてもと仰るなら構いませんよ。白戸様が、お一人でお入りください。私は、ホテルの駐車場で車の中で寝ますから」

 

「どうしてそこまで……私を、女に見れませんか?」

 

「いえいえ。正直、白戸様のような方は好みです。本当です。私、年上が好みなのですよ。リードしてくれそうで、受け身な私と相性が良さそうで」

 

「え゙っ?」

 

「え?」

 

「あの……私、23歳なんですけど」

 

「あぁ、そうなんですね。失礼致しました。お肌の感じからして『22歳』くらいかと思っていました」

 

「は?────え、ち、ちょっと待ってください、はんだごてさん、何歳なんですか?」

 

「21歳ですよ」

 

「はぁ!?」

 

「疲れ、やつれた会社員のように見えるでしょう?老け顔なんです。損ですよねぇ」

 

「……失礼ですけど、30代前半に見えますよ……」

 

「ふふ、よく言われます。本名をお教えできるなら免許証もお見せできるのですけどね。すみません、もしもの時の事を考えてそこまでは出来かねます。とりあえず『信じて』としか言えませんね」

 

 自分で言うだけあって本当に失礼ですね。普通、大多数の方はオブラートに包んで「25歳」くらいに留めておくものですけれど。10歳プラスとは。

 

「…………さっき、コンビニで何を買われたんです?てっきりコンドームでも買ってたのかと……」

 

「あぁ、だから急に私をセ……性行為に誘おうと?」

 

「は、はい……細身とはいえ男性ですし、無理矢理に犯されるよりは、自分から誘った方が……と……」

 

「成程、成程。まぁ久しくご無沙汰ですし、好みの女性に誘って頂けるなら、さもありなん────。とはいえ、業務時間中ですからお断りですけれど」

 

「……もしかして、童貞の方ですか?」

 

「非童貞ですよ。高校の頃に、ちょっと」

 

「そうなんですね。見掛けによらないなー」

 

「そもそも私、純愛派なんです。昔から、想い合う相手でないと、心から興奮できなくて」

 

「あらー……」

 

 警戒心も薄いし、オブラートにも包まないしで、本当に色々心配になる方ですね。自分で思いますが私のような胡散臭い業者モドキに手を出すなんて、それだけで警戒心の薄さが見て取れますけれど。

 とりあえず初仕事は何とか上手くいきそうです。浮気との証拠を残されて裁判沙汰はごめんなので、性行為は絶対にしませんけれどね。

 

 ◆

 

「もう随分と走ってますけど、あと何時間くらいで着くんですか?もう夜中ですよ」

 

「約半日後の、お昼頃に到着予定です」

 

「お昼!?」

 

「東京駅から弘前駅までは、下道でおよそ15時間。出発してまだ3時間と少しですので、あと半日は、こうして車で移動致します」

 

「嘘でしょ……うわ、もう夜中の1時じゃん」

 

「ぶっちゃけ、電車の方が早いんですよ?」

 

「はんだごてさんの言う、記録に残るっていうのを避ける為ですよ。だから、普通と違う手段を選んでみたんです」

 

「……左様でございますか。しかし惜しいですね」

 

「え?」

 

「白戸様のその『白戸』という姓は本名でしょう?先程、私が白戸様に声を掛けた時、私に『誰?』と返しましたから。本名を使うのは監視カメラに映るよりも迂闊ですよ」

 

「?……でもどうして、それだけでこれが本名だと?ふ、普通に偽名ですよ?」

 

「簡単な事です。偽名なら、それを知っているのはその名でやりとりしている相手である私だけです。故に私が『白戸様ですね』と尋ねたら『そうです』とだけ返せばそれでやりとりはおしまいなんです。偽名を知っている私がはんだごてである確認など、不要なのですよ」

 

「あ!!」

 

「本名だからこそ、白戸様は『なんでこの人は私の名前を知ってるの?誰?』……となったんですから。違いますか?」

 

「そ、そうです!何でってなりました……そっかー、聞き返さなきゃ良かったのかー……」

 

「何にせよ、今後は気を付ける事ですね」

 

「うわ、SNSの名前も変えとこ……」

 

「…………」

 

 本名でSNSやる人、マジで存在したんですね。ちょっぴり、というかかなりドン引きです。いや、私の「はんだ付けマン」も大概でしょうか……?

 そんなことを思っていると、ゲームBGMの音楽ファイルを一周し次のファイルへ。そのファイルは私の推し、プレ・ニーアちゃんのカバー曲だけの、特別ファイルでした。

 

「ヤベッ」

 

「あ、この声……」

 

「え?」

 

「最近有名になってきたVのニーアちゃんですよね!はんだごてさん、好きなんですか!?」

 

「えぇ、まぁ……つい先日、知ったばかりですので、ファンを名乗れるかは分かりませんが……」

 

「いいんですよぉ、好きならファン名乗っても!」

 

「はぁ……」

 

「……ニーアちゃんって、ガワが凄い幼女ですよね!もしかして年上好きなだけじゃなくてロリコンのケもあるのでは!?」

 

「私は彼女のガワより、声に惚れていまして」

 

「声……ですか?」

 

「ええ。頑張ってロリータボイスを出そうとしてるような、妙に上擦った声と、舌っ足らずな喋り方。聞いているだけで心が癒されて……はぁ……」

 

「……それって褒めてます??」

 

「モチロン。私は店員、つまりは接客業ですから、お客様の求める商品を探すのも仕事のひとつです。ニーアちゃんは、視聴者達の求めるロリボイスを、頑張って出そうとしてるんだろうなぁ、と、勝手に想像しているんです。そこもまた可愛くって……」

 

「……」

 

「彼女、ここ数ヶ月間、パタリと音沙汰無しなのが気になりますけどね。病気や事故なんかじゃないといいのですが。つい先日知ったお陰で一度も彼女の配信をリアタイできてません……運の無い事です」

 

「平日の昼間しか配信しませんもんね」

 

「ええ。何かしらの事情があるのでしょうね。でももし彼女が健在であろうと、私は配信をリアタイはできないのが、本当に悲しくて寂しくて……」

 

「店員さんだから、ですか?」

 

「ええ、私1人で切り盛りしてますから。商品処理だって少なくないですし、配信を流しながら仕事、なんて、そんなのできるだけしたくないんですよ。配信に集中できなくて」

 

「そこは仕事じゃないんですか」

 

 クスクスと笑ってくださっただけで、少し推しの話について話した甲斐がありましたね。

 

「白戸様はニーアちゃんのどこがお好きなので?」

 

「そーですねー……ドジっ子なところ!」

 

「ドジっ子……ですか。五目並べとかで三連や四連を簡単に見逃しちゃうような、ああいうアレです?」

 

「まーそれもありますけど、英語が弱いんですよ、あの子!名前になってる『プレ・ニーア』のプレ、由来はご存知ですか?」

 

「……すみませんニワカで……すみません……」

 

「いえいえ!これ、普通のファンも知りませんよ?ほんの一部の人しか、知らないんじゃないかな?」

 

「メンバーシップみたいなアレですか?」

 

「メンバーさんもきっと知らないと思いますよ〜。この『プレ』は、英語の『ピュア』の読み間違いが由来なんですよ」

 

「ピュア?……p、u、r、e……あぁ、ローマ字読みで確かに『プレ』ですね。実にニーアちゃんらしい、可愛らしいミスです」

 

「最初は『ニーア』だけでしたからねー」

 

「ほほー……彼女に、そんな歴史が……。個人Vなのは知っていましたけども。つい最近、登録者が1万人突破したんでしたっけ」

 

「1万人もいってました!?最近見れてなくて……」

 

「ええ、確か昨日の時点ではとっくに1万オーバーでした。中々に凄いと思いますよ」

 

「そっか……ニーア……1万……ッ」

 

 くすんくすんと鼻を鳴らして泣き出してしまった白戸様を他所目に、私は変わらず車を走らせます。推しの登録者数が1万もの大台を突破すればやはり嬉しいものですよね。理解(ワカ)ります。

 

 ◆

 

「ご存知ですか?今どきのタクシーは、1時間程度乗っただけで、軽く1万円にもなるのですよ」

 

「え゙っ、ホントですか!?たっかっ!!」

 

「ですよね。私も驚きました。少し前に車を修理に出していたのですけどね。その時、どうしても少し遠出しなくてはいけない用事が出来てしまったものですから……」

 

「あらら……」

 

 ニーアちゃんの会話をある程度終えると、話題はいよいよただの雑談へ。

 深夜テンションも手伝ってか、白戸様の反応も、中々に良いものでした。このまま、明日の昼まで、何事も無く弘前まで行けるといいのですがね。

 

「田舎とてタクシーは呼べる程度でしたから、まだ幾らか助かってはいるんですけれどね。片道1万円なんて分かったあの時は、頭を抱えましたねぇ」

 

「うっわ……往復2万円って事ですもんね」

 

「ええ。なので私は、もう二度とタクシーになんて乗らないと決めたのです」

 

「……ちなみに、その用事って何だったんです?」

 

「トイレット……いえ、生活用品の買い足しです」

 

「あ、あー……アハハ……それは確かに大事ですね……生活必需品ですもんね……っ……ふあぁ……」

 

「おや」

 

 流石に、丑三つ時ともなれば眠くなりますかね。私もそろそろ目がショボショボとしてきましたし、休み時でしょうか。

 

「車中泊しますか?それとも近くのホテルに?」

 

「車中泊でいいです……。余計なお金、使いたくないですから」

 

「左様でございますか。となると隣で私も寝ますが構いませんか?」

 

「いーですよ……だって、はんだごてさん、襲ったりしなさそうだし……」

 

「それは舐められているのか信用されているのか、どちらなのでしょうね……」

 

「しんよーれふよぉ…………おやすみなさい……」

 

「おやすみなさいませ」

 

 あと30分程度走ったら、私も寝ましょう。不安で眠れないという事も無さそうですし、さっき買ったアレは白戸様ではなく私が使う事になりそうです。尤も、ここまで喋り疲れていれば、私も、割とすぐ眠れそうですけれど────。

 手頃な空き地を見付け、隅に車を寄せて眠ろうと座席を倒すなどという準備を整えていると、不意に眠られたはずの白戸様と目が合ってしまいました。まさか物音で起こしてしまったかと思いきや……。

 

「すみません……なんか、やっぱ寝れなくて……」

 

「……知らない場所に、知らない男と2人で居るからでしょうね。しかし、多少は無理してでも、身体は休ませなくてはなりませんよ。夜更かしは、美容の敵なのですから」

 

「やつれまくってる人に言われても……」

 

「私はモデルでも女性でもありませんし、まして、美容に興味があるワケでもございません。白戸様はモデルにも見紛う容姿をお持ちですし、是非とも、その美しさを保って頂ければと思います」

 

「え〜……化粧で誤魔化してるだけですよ……」

 

「……良ければ、イヤでも眠れるようになる飲み物、飲みませんか?」

 

「え〜?絶対それ睡眠薬入りぃ?ですよね?」

 

「そんな物騒なモノ入れませんよ。ただのスポーツドリンクです」

 

「え。……あ、その袋……さっきのコンビニの?」

 

「ええ。さっき買った、水とスポドリの粉……です」

 

「スポドリ?なんでそんなモノ……」

 

「『血糖値スパイク』、ご存知ですか?」

 

「血糖値……スパイク……?なんですそれ?造語?」

 

「血糖値の乱高下の事です。食後に眠くなるアレ。それを人為的に起こすのが得意なんです、私」

 

「……絶対健康に良くないでしょそれ……」

 

「ええ、ですのでオススメはできませんね。ですが朝までゆっくり眠れますよ」

 

「美容とか言ってた人が健康壊すようなのオススメしてくるんですけど〜……あはは、おっかしぃなぁ」

 

「そうですね。私も少し、深夜テンションなのかもしれません。この話は忘れてください」

 

「……飲みたいかも」

 

「え」

 

「不健康睡眠ドリンク、飲みたーいでーす♪」

 

 にひひっ、と笑う彼女の顔を見て、胸がドクンと一瞬高鳴った気がしましたが、きっとこれは、眠気によるものでしょう。そうに違いありません。

 

「……多めに買っておいて正解でしたね。1本ずつ、飲みましょう。粉を入れますので、少しだけ、水を飲んでください」

 

「はーい。……500mlペットに2L用の粉?……うわ、スンゴイ濃い味しそう。でも、溶け残りません?」

 

「それでいいんですよ。可能な限りでいいので底に溶け残ったジャリジャリしている粉まで『食べて』ください」

 

「うっっわ……めっちゃ不健康の味する〜!ファストフードより不健康フードでしょ、これー!」

 

 足をパタパタさせながら、その慣れない味を貪る白戸様。自称23歳の彼女ですがどこか幼いですね。少しだけ、ニーアちゃんに重なる所があるかも。

 

「飲み終わり、粉も食べ終わったら、30分以内には眠気が来るでしょう。疲れてますしもっと早いかもしれませんけれど……おや」

 

 どうやらとっくに寝てしまわれたようです。

 BGMを、ゲームBGMのアレンジ曲、なおかつオルゴールアレンジのファイルに切り替え、私も、そのまま眠りにつく事にしました。

 そして約4時間後。高くなってきた車内の気温で目を覚ました私は、車を降りて軽く屈伸運動。まだ白戸様は眠られている様子。今のうちに出発して、少しでも早く目的地に彼女を送り届けられるように致しましょう。

 

 ◆

 

 そして、お昼過ぎ頃────。

 

「お疲れ様でした。目的地、弘前駅です。東京からここまで、大変、お疲れ様でした」

 

「はんだごてさんこそ……見ず知らずの私をこんなに遠くまで……」

 

「それがこの仕事ですから、お気になさらず」

 

「…………」

 

「白戸様?」

 

「あの!やっぱり、その、目的地、変更してもらうことって……できませんかっ……?」

 

「え」

 

 弱りましたね。今日は店を休むにしても明日から通常通りに営業再開する腹積もりだったのですが。ここから更に長旅となると……。

 

「……延長は高くつきますよ」

 

「覚悟の上です!」

 

「県を跨ぐなら2万、以降1万でどうですか?」

 

「あ、それなら大丈夫です。県内ですし車で20分も掛からないので」

 

 ……キメ顔で言った数秒前の自分を殴りたいです。

 そして彼女は再度私の車に乗り込んで、再出発。目的地は彼女の実家の、とあるリンゴ農園だそう。今回は私のスマホのナビではなく、彼女のスマホに任せています。GPSなんかを気にするのは、今更かもしれませんが。

 

「じゃーんっ!私の実家の!リンゴ農園!です!」

 

「お疲れ様でした。またのご用命を……」

 

「ちょちょちょーいっ!そこは私の家にも寄ってく流れでしょ!?」

 

「そこまで深く関わり合いになるつもりは……」

 

「もー!はんだごてさんも疲れてるんだから、少し休んでいってください!特製リンゴジュース、すぐ用意しますから!……おかーさーん!ただいまー!」

 

 久しぶりの親子の再会になるというのは、道中、彼女から聞きましたが……そんな所に私が居ていいのでしょうかね。うん、よくないな。帰りますか。

 リンゴジュースは飲みたかったな────という小さな後悔を載せて、車を発進させようとすると、白戸様と、農作業中っぽかった、母親らしき老年の女性が、ドタバタと車の方へ。

 

「もーっ!目を離したらすぐ帰ろうとする!」

 

「あなたでしたか、娘をここまで連れてきてくれたお友達というのは……!」

 

「え」

 

「私達はねぇそもそもこの子の結婚は反対だったんですよ!定職にもつかずフラフラしてチャラチャラしたような格好で挨拶に来て!そうしたら案の定!友人関係すら把握されててマトモに頼れないから、ネ友を頼るとか言い出して!んもーこの子ったら、懲りないんだから!痛い目に遭うからやめときって言ってるのに、ホンット聞きやしなくて!」

 

「ちょっとお母さん!はんだごてさん困ってる!」

 

「はんだごてさん?変わったお名前なのねあなた」

 

 成程、帰る事は連絡済みとは聞いていましたが、ネ友に頼るという設定にしたようですね。それなら彼も把握してないだろうと……ふむ。それにしても、お母様がこう矢継ぎ早に話すのは、どこの人達も、あまり変わらないのでしょうかね。少し物寂しい、懐かしさがあります。

 

「えぇと、それはネット上での名前でして」

 

「あらやだ!ごめんなさいね私ったら!」

 

「半田と申します。娘さんとは……メール友達で」

 

「そうなのねぇ!ささ、上がってちょうだいなっ!お父さんにも挨拶してやって!アヤカの新しい彼が出来ちゃいました〜って!」

 

「「はいぃ!?」」

 

「お母さんストップストップ!!まだアイツと離婚成立してない!!てかはんだご、半田さんは友達!それだけだから!」

 

「なーに言ってんのリンゴみたいに顔赤くして!」

 

「何うまいこと言ってんのよ!忘れていいからね、半田さん!おばーちゃんの戯言なんだから!」

 

 誰がおばあちゃんよ、と白戸様改めアヤカさんの頭を平手打ちするお母様。仲がよろしいことで。

 

「ねぇ半田さん?あなたみたいなマトモそうな人が娘をもらってくれるなら私達としても安心できるのだけど。もしかしてもう、イイ人、居たりする?」

 

「……」

 

 居る、と答えましょう、ええそれしかないです。どうしてこんな事になったのやら。全く私の押しの弱さには辟易しますね。

 

「居ません」

 

 終わりました。押しに負けました。アヤカさんも目を丸くして固まっておられます。そりゃ、好みのド真ん中ですものね。そりゃ押しにも負けますよ。

 

「とっ……友達から、ね!」

 

「なぁに言ってんのあんた、さっさと付き合いな!あんな男、すぐに裁判で負かしてやるんだから!」

 

「もーっ!あとは2人で話させて!」

 

「はいはい、それじゃあ〜リンゴジュース用意して待ってるわね♡」

 

 るんるんと身体を弾ませて家の中へ戻っていく。アヤカさんは顔を真っ赤にさせて黙り込んでいる。私はそんな彼女を眺めて黙り込んでましたがやがてそんな沈黙に耐えかねたアヤカさんは、ピシャンと頬を叩き、開いた窓から手を差し伸べてきました。

 

「はんだごてさんさえ良ければ!次の旦那さんに!なってくれないかな!?」

 

「……個人情報の扱いがもう少し丁寧になったなら、その時は、考えてあげますよ」

 

「んなっ!?満更でもなさそうな顔してたクセに!意気地無しー!据え膳食わぬは男の恥よ!?」

 

「あなたのどこが据え膳ですか。とにかく、そんな話をするのは旦那と綺麗サッパリ別れてからです。医者に行って、診断書をもらいましょう。証拠も、恐らくは持ってるのでしょう?弁護士を雇ったら、証拠を渡して、後は顔も見せず声も聞かず、全てを弁護士に任せましょう。あなたはもう、旦那に会うことはありません。もし実家に来たら警察に通報し泥棒だの強盗だの言ってやりましょう」

 

「弁護士なんてそんな……どう選べば……」

 

「……私の知り合いの方に当たりましょう」

 

「え。弁護士の知り合いなんて居るの?」

 

「私、数年前に親を亡くしてまして。遺産の相続や何やら、右も左も何も分からぬ私に、手取り足取り教えて下さった先生がいらっしゃいます。そして、弁護士とは横の繋がりが広いと聞きます。恐らくは東京、及び青森などにも知り合いの弁護士くらいは存在しているでしょうから……連絡先、教えますよ」

 

「……ありがとね。昨日初対面なのに、そんな……」

 

「お客様を『逃がす』のが、私の仕事ですからね。これも業務の範囲内と言えば、範囲内でしょうね。DV旦那から逃がす、という。ま、かなりこじつけ臭いですけれど」

 

「じゃ……一応、付き合うってことで?」

 

「お友達って事で。ここで付き合ったら、あなたの浮気による間男との逃避行になりますよ?」

 

「あ、そっか。慰謝料も減額されるよね」

 

「………………まぁ女性のお顔を傷付けたんですから、社会的に抹殺されるまで、トコトンやりましょう。裁判までは手伝いませんが、応援はします」

 

「ありがと、半田さん!」

 

「……遅れましたが、私、半田仁助と申します。これ名刺です。あと免許証」

 

「半田……仁義の仁、助っ人の助、か…………あはっ!あははははははっ!!」

 

 突然、涙を流して笑い出すアヤカさん。中々に、狂ったような光景に見えますが、中々どうして笑う彼女は美しく見え……思わず、見惚れてしまいます。

 

「名は体を表すって、本当なのね!」

 

「どういう意味です?」

 

「そのままの意味よ!私はね、白戸(しらと)彩花(あやか)!彩る花でアヤカ!よろしくね、次の旦那さん!」

 

「確定はしてませんが、よろしくお願い致します」

 

 こうして私は、初仕事ながらも伴侶らしき女性を見付け、彼女の実家にお邪魔する事に。その後は、お義母様から娘さんの話を聞いたり、お義父様から彩花さんを助けた礼をと頭を下げられたりと、中々騒がしい時間を過ごさせて頂きました。

 結局その日は彼女の実家に厄介になり、次の日、私は彩花さんと電話番号を交換、メッセージアプリの連絡先なんかを交換して、帰路につきました。

 

「スリルと呼べるものはありませんでしたが、ま、初仕事の割には楽しかった────ですかね」

 

 ◆

 

 そして、初仕事から数ヶ月後────。

 

『最近、連絡ができなくってごめんなさい。少し、リアルがゴタついてて』

 

『気にしていませんよ。忙しいのはよいことです』

 

『よくないから。まぁ、旦那が元旦那になったのは良い事なんだけどね』

 

『おや。おめでとうございます』

 

『これで、私達も晴れて結婚できるってワケ!』

 

『もう少し間を置きましょうね。浮気していたと、周囲に思われてしまいますから』

 

『むー。まぁいいや。ところで今度の日曜日って、お店、どうなの?やってるの?前に定休日について聞くの忘れてたよね』

 

『日曜日は定休日となっておりますが』

 

『よかった!じゃ、予定空けといてね?絶対だよ?また連絡しまーすっ!じゃあね私のフィアンセ!』

 

『彩花さん?彩花さーん?』

 

 それきり、彼女に連絡が取れることはありませんでした。電話も繋がらず、メッセアプリも既読すらろくにつかず。ついても既読スルーで。

 と言っても、私から電話を掛ける事は殆ど無く、1日に1回、夕方頃に3コールだけでした。

 そして、その「今度の日曜日」になるまでやはり彼女には連絡がつかず、彼女からもまた連絡は全く無かったのです。

 あの時の会話は一体なんだったんだろう。そんな悶々とした想いの中、自宅のベッドでゴロゴロしてスマホを弄っていると、数ヶ月待ち望んだ通知が、ピロンと可愛らしい音を立てて画面に現れました。

 

「『復活のP!プレ・ニーア、突発配信!』!?」

 

 嘘だろオイ!と柄にも無く大声を出してしまい、そのまま配信画面へ。同接は、なんと1000人超え。登録者の10分の1と考えればかなり多いでしょう。

 

『おはこんニーア〜!!やぁやぁお待たせしたよぉ視聴者殿(どにょ)〜!』

 

「うおぉ……ああぁっ……ああああっ……!!」

 

 この舌っ足らずで、脳が溶かされそうな話し方!本人だ、間違いない!!

 

『「オワコンニーアー?」誰だそんなの言うの〜!ニーア怒っちゃうの!ムキー!』

 

「あ゚っ」

 

 狐耳に狐尻尾のブルマ姿の幼女、どう見ても日本妖怪がモチーフなのに外国名なのかも分からない、このあべこべさ。これもまたニーアちゃんの良さ。

 

『実は今日はにぇ〜、視聴者殿(どにょ)に、発表したい事があるのら〜!それは〜こちらでーす!どぉーん!』

 

 パッと彼女の隣に映ったのは、冴えないやつれた顔をした男性V。途端に加速するコメント。凄い、これが生配信というものなのか。アーカイブを見るのと実際に参加するのとでは大きな違いだ。

 

『ニーアから紹介するよぉ?この人のお名前はぁ、ハンダン・ボーイ!はんだ付けが得意なんらよぉ!パチパチパチ〜!!』

 

 コメント欄は大荒れだ。

──謎キャラ定期

──意味わからんキャラ付け、萎える

──↑あ、おい待てい(江戸っ子)ブルマ狐耳ロリとかいうニーアたそも大概ゾ?

──↑日本ぽいキャラなのに外国名の時点でなぁw

──↑あーもうめちゃくちゃだよ

──コイツの元ネタis何www

──はんだ付けだからハンダンかよ

──こ れ が ニ ー ア た ん ク オ リ テ ィ

──この数ヶ月で男作ってたんですね分かります

 

 逆に「男を捨てる為の期間だった」と知る者は、それこそ、この中だと私しか居ないのでしょうね。

 しかしこのハンダン・ボーイなる男性Vの声は、なんとニーアちゃんが男声を真似て発言するので、コメ欄は更に「一人二役とか謎すぎるwww」という困惑を含めた、イイ意味で加速していく。

 とはいえやはり批判は多く目につく。

 

「うーむ。批判と擁護が半々というところですか。仕方ありません。赤スパとやらを投げますか、と」

 

 はんだごて

 ¥40,000

 スリルをありがとう

 ドキドキをありがとう

 これからも大好きですよ

 結婚しましょう

 

「っと。────元気そうで何より。……彩花さん」

 

『うにゃ〜!復活早々赤スパだぁー!ありがとー、はんださん♡……ギニャッ!?』

 

「あれっ?」

 

 私が赤スパを送った直後、彼女の配信がプッツリ終了してしまいました。何が起きたのか、通信障害なのかと思い各SNSなどを見ると、やはり彼女が自分で終了させたよう。すると────。

 

「あ、電話だ。────もしもし彩花さん?」

 

『ごめん半田さん!配信で名前出しちゃったっ!』

 

「……だから配信を切ったんですか?」

 

『そーなの!ごめんほんとに!個人情報の扱いには気を付けてって言われてたのに……!よりによって、私じゃなくてあなたの名前を出しちゃうなんて!』

 

「あの、彩花さん。あの状況で、『はんださん』を私の苗字だと思える人なんか1人も居ませんよ?」

 

『え?』

 

「誰がどう考えても、あれは、私のアカウント名の

『はんだごて』を略して『はんださん』と呼んだと結論が出ますよ。……ですから、安心してください。大丈夫ですよ、ニーアちゃん」

 

『あれっ!?私がニーアちゃんって……あれ!?』

 

「彩花さん。ファンが待っていますよ。早く配信を再開してください」

 

『いや、でも!』

 

「私も早く、画面越しでのあなたの声を聞きたいのですけれど」

 

『!……今日、ニーアちゃんと寝落ち通話する?』

 

「ニーアちゃんファンから刺されるので断ります」

 

『なっ!?フツー断る?愛する彼女でしょー!?』

 

「嘘です、よろしくお願いします」

 

『だよね、だよね?半田さん……仁助さんとしても、プロポーズの答え、知りたいもんねぇ♡』

 

「知ってるようなものですけれどね。まぁ何時でも構いません。お電話、待っていますね」

 

『了解らよぉ、はんだごて殿(どにょ)〜♡』

 

「うっ!?」

 

『ふふっ、おトイレ行ってきまーすっ♡ 配信再開するのは、その後でねっ♡』

 

 ────どうやら、この前の初仕事は、大赤字で終わったようですね。これから一体おいくら万円を未来の嫁に貢ぐ事になるのやら。

 

「はぁ……」

 

 これからの生活を想うと、つい頬が緩み、恋する乙女のような……浮ついた溜め息しか出ませんね。



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