喫茶ゆりかごの日常   作:木々丸

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ばんがいへーん。でもいつもとあんまり変わんなーい。


冬の鍋は最も至高で贅沢でありふれた食文化

 大晦日。今年も残すところあと僅かという年の瀬、喫茶ゆりかごの店内は暖房により温もりに包まれている。寒気に覆われる冬という季節において、暖房は欠かせない存在。

 しかし、この心休まる安寧は日々高まり続ける電気代により得られるものであることを忘れてはならない。

 電気代然り、物価然り、税金然り、近頃は何でもかんでも高くなってしょうがない。その日を生きるのもやっとな我々庶民には辛い世の中になってしまいまして。この調子では日本はヒュージに侵略されるより早く自国の経済難で滅ぶことになるでしょう。

 などと洒落にならない冗談を言っていた年末の折、市販の麺を茹でただけの質素な年越しそばを食べ終えた私の元に荷物が届いた。最近何かをネット注文なんてした覚えはなかったし、荷物は冷凍されたものだったので、さては買い出しに出た愛莉さんが運びきれない何かを発送してもらったのかと思い聞いてみた。

 

「愛莉さん、今冷凍の荷物が届いたんですけど、これ知ってますか?」

「は? 冷凍? 知らねーよ。最近はネットでポチった記憶もねーし」

 

 当てが外れた、どうやら私と同じようだ。

 どこかの家と間違えたという可能性はない。受取の際に宛先は間違いなくうちの住所だったことを確認している。

 しかし、改めて住所の欄を確認しようとしたところ、荷物の差出人の名前が目に入った。その名前は、私自身よく知っていて、それでいてとても懐かしい名前だった。

 

「あれ? この荷物……あっ! 世来さんからだ!」

「世来? ああ、すげーふわっとしてたあいつか」

 

 洲岬世来(すざきせら)さんは百合ヶ丘女学院で私と同級生だった人だ。高等部からリリィになり、最初こそ戦いの恐怖に竦んでいたが、ある戦いの中でそれを吹っ切り、後にシュッツエンゲルの契りを交わした尾刀霧矢(おがたきりや)様の指導により才華を咲かせた自慢の友人です。えっへん。

 

「なんでお前は鼻高々にしてんだよ」

「うるさい! 別にいいじゃないですか!」

 

 とにかく、送られてきた荷物を開けてみることにした。冷凍ということは食べ物の類と当たりをつけながら中身を確認しようとすると、携帯からメールの着信音が響いた。

 サクッと確認するだけに留めようと思いながら携帯を見ると、相手は我らが時の人、世来さんだった。できすぎたタイミングに思わず届いたメールを開くと、そこには次のような内容が書かれていた。

 

『拝啓 暁乃皐月様

 寒さ日ごとに加わり、あわただしい師走となり……って、こんな堅い挨拶はいらないよね。ということで、前略。久しぶり〜、皐月ちゃん。元気かな? 鎌倉は変わりない?

 新潟は大変だよ〜。新潟奪還戦とか北伐とか言われてるあの戦いでヒュージが暴れてた時、私はその場にいなかったけど、柳都のみんなや御台場の人たち、それに百合ヶ丘から天葉ちゃんたちが新潟を守るために戦ってくれたって聞いて、なんだか嬉しくなっちゃった。あんなに可愛かった後輩のみんなが逞しく戦っているのを知って、先輩は感無量だよ〜。私たちも愛莉ちゃんも鼻が高いね。

 前置きが長くなっちゃったね。それで、このメールだけど、そろそろ皐月ちゃんのところに私が送ったクリスマスプレゼントが届いた頃だと思って書いてます。

 新潟も少しずつ復興が進んでるんだけど、佐渡島のヒュージネストを天葉ちゃんたちが壊してくれたから、前よりヒュージの危険が少なくなって、新潟は海に出て漁をする人が増えてるんだ〜。今回送ったのは、知り合いの漁師さんから貰ったもののおすそ分けだよ。年の瀬にうってつけのものを送ったから、よかったら愛莉ちゃんと食べてね。

 追伸 機会があったら霧矢お姉様と一緒にお店に遊びに行くね』

 

「いやメール長すぎだろ! 手紙で書けや!」

 

 後ろから覗き見ていた愛莉さんが思わずといった風に口走った。私も思わなくはないけど、そもそもメールは携帯の普及により手紙に台頭する形で広まったシステム……いや、今となっては文化と言うべきかもしれない。

 とにかく、メールは手紙の代わりのように使われており、かつ手紙以上に手軽に言葉をやりとりできるからこそ短くコンパクトな形が好まれる傾向がある。しかし、だからといって長文メールに文句をつけるのはお門違いだと私は思います。

 結論、大好きな世来さんにケチをつけた愛莉さんは有罪、禁錮30年を求刑します。

 そんな愛莉さんは放っといて、私には文体から浮かび上がる世来さんのほんわかっぷりに癒されることの方が重要だった。

 

「はあぁ……いつでもお店開けて待ってますから、会えたらギュッてさせてほしい……あの人には人をダメにするクッションのような魔力がある……」

「何をうっとりしてんだお前は。それよか、早く遅めのクリスマスプレゼントとやらを拝もうぜ。漁師からってんなら魚だろうな」

「むぅ……そうですね。冷凍ですし、中身を確認して早いとこ冷凍庫にしまっちゃいましょうか。でも、年の瀬にうってつけの魚って何です?」

(ぶり)とかじゃね? 出世魚とかの縁起物だったはずだ。州岬も店の盛況を祈ってるんだろ、いい奴だな」

「世来さん……その優しさは私の胸に突き刺さる……」

 

 海の幸はヒュージ出現以降、制海権を半ば奪われてしまったことにより漁に出る人が減ったことで漁獲量も減少。近年の物価高も相まってその値段は高まる一方だった。

 それをタダでもらえるとあれば願ってもないことだ。私は期待に胸を膨らませ、改めて荷物の中身を覗き込んだ。

 しかし、中身は予想に反して魚ではなかった。かといって、残念という気持ちも湧いてこない。なにせそれは、魚よりよっぽど貴重な代物だったのだから。

 大きく赤々とした体に堅い甲羅、何より目を見張るほどの立派な鋏。それはヒュージ出現以前から高値がつき、今となっては容易く手出しできないほどの価値がつく高級食材。

 

「「(かに)だあああああああああああああああああ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからは早かった。

 

「蟹を美味しく食べるなら鍋一択でしょ! 足を鍋でしゃぶしゃぶ風に晒したらポン酢につけてパクっといっちゃいましょう!」

「食べた後は殻から出汁をとった鍋で雑炊だ! 内から外まで旨みがたっぷり詰まった蟹があるならこれは外せねェぞ! カニ味噌もとっとけよ!」

「愛莉さん大変です! お鍋に使う具材が足りません! 豆腐にしらたき、あとお肉も!」

「豚か!? 牛か!?」

「年の瀬の無礼講です! パーっと牛でいきましょう!」

「おっしゃ任せとけ3分で買ってきてやるよ!」

「40秒で買ってきやがれー! お酒も無くなりそうなのでそっちもお願いします!」

「お前は鍋の用意しとけ! そっちこそ40秒で支度しろ!」

 

 滅多に口にできない蟹を手に入れたことで二人してテンションが明後日の方向に飛んでいってしまった。時刻はまだ昼過ぎの時間帯、夕食の支度をするには早すぎる時間だったことに気づいたのは全ての材料が揃った後だった。

 

 

 

 数時間後…

 

 

 

 蟹の足は二人で均等になるよう配分した。こうしないと私たちの間で血で血を洗う戦争が始まりかねない。

 鍋は買ってきた豆腐を含めた材料たちとともに目の前でコトコトといい感じに煮立っている。蟹の殻から出汁をとっているので味にも期待が膨らむ。取り皿やお玉、ポン酢に缶ビールの用意もバッチリだ。

 愛莉さんはご馳走を前に待っているのも限界のようで、先程から何度も唾を飲み込んでいる。餌を出されて「待て」と言われた犬みたいです。

 かくいう私も限界だった。それでも、理性を総動員して完璧な状態の鍋が出来上がるのを待ち続けていた。ここまできて一切の妥協もするものか。

 

 そして、ついにその時は来た。鍋からいい匂いが立ち上り、私たちの嗅覚から体内を通り空っぽのお腹を刺激する。

 私は静かに取り皿とお玉を持つと、豆腐や野菜、鍋の底で育てたお肉を掬い、汁をひとかけすると、愛莉さんの前に差し出した。同様に私の分もよそい、これで全ての準備が完全に整った。

 

「……大変お待たせしました」

「もう、いいんだな?」

「はい、それでは……」

 

 私たちは手元に置かれた缶ビールを取ると、プシュッ、という音とともにその口を開け……

 

「「乾杯ー!!」」

 

 互いの缶ビールを打ち合わせ、声と腕を上げた。

 乾杯したからには、最初の一口はビールで始まった。缶に口をつけると、僅かな苦みとともにパチパチとした感覚が喉を通る。私のはノンアルですが、愛莉さんのはしっかりアルコール入り。愛莉さん曰く、こういった節目に酒を飲むのが醍醐味なのだそう。ニュアンス的にはアルコールを飲むことが、でしょうが。

 こいつ、私がアルコール飲めないからって自慢げに言いやがってー!

 

 それから、私は鍋からよそった野菜たち、愛莉さんは早々に蟹に手をつけた。冷凍されていた蟹の足を鍋の中に入れ解凍するのを待っていると、時間潰しのつもりか愛莉さんが口を開いた。

 

「そういえば、洲岬は新潟出身だったんだな。知らなかったぞ」

「中学を地元の一般校で過ごしてるうちに、リリィの戦う姿に感銘を受けたそうです。何度か柳都の人たちに助けられたこともあったとか。それで憧れを持ったのかもしれませんね」

 

 熱々の豆腐を口の中でハフハフと冷ましながら答えると、愛莉さんから疑問が投げられた。

 

「じゃあなんで柳都に行かなかったんだ? そういう動機なら自然と柳都への進学を目指すと思うが」

「興味持って調べる中で、一番惹かれたのが百合ヶ丘だったらしいです。柳都も地元というだけあっていの一番に調べたみたいですけど、あそこの殉死を尊ぶような風潮が合わないと思ったようです」

「ああ、『ヴァルハラで会いましょう』ってやつか。うちのガーデンでもいたなぁ、柳都のリリィは死にたがりみたいに言う奴」

 

 納得したように愛莉さんは天井を仰ぐと、鍋に入れた蟹を取り出し、皿に垂らしたポン酢に軽く漬けると、大きな口を開けて一口にしてしまった。そして、次の瞬間には顔を笑顔に染め上げていた。

 

「美味えなーこれ! 柳都のリリィは、よく言えば潔い、悪く言えば諦めが早いって見られることもあるしな。そういうの、臆病な性格の洲岬には似合わなそうだ。まあ、捉え方は人それぞれだもんな」

「世来さんは臆病なんかじゃありません。契りを結んだお姉様のために恐怖の先へと一歩踏み出した勇敢な人なんです。素早さじゃなくて攻撃が強い人なんですよ」

「誰もポ◯モンの話なんてしてねーよ」

 

 自分で言っておいてアレだけどよく分かったなー、と感心しながら、私も蟹を鍋に投入した。

 

「新潟といえば、愛莉さんは御台場の皆さんに連絡したりしないんですか?」

「なんで新潟の話で御台場が出てくんだよ」

 

 愛莉さんの母校は御台場女学校。東京御三家に数えられる三大ガーデンの一角だ。武を象徴するガーデンでもあり、その校訓は「苦しみからこそ成功は得られる」というもの。そのためか、御台場の訓練は他校と比べてスパルタを極めるものらしい。

 彼女もその一員だったのだが、こんな性格なので御台場が誉れとする武人とは程遠いリリィだったようで。

 

「ほら、新潟奪還戦の折に百合ヶ丘に次いで救援に来てくれたらしいじゃないですか。その件で労われたりはしないんですか?」

「しねーよ。なんでわざわざそんなことしなきゃいけねェんだよ。つーか、そもそも救援って誰が来たんだ?」

「ヘオロットセインツとロネスネスですよ」

「尚更してやらねェ」

 

 うわー素直じゃないなこの人。性格はともかく強さは本物だったから後輩から尊敬の念があったことを私知ってます。あと、この人奪還戦の現場にいたんだから御台場から誰が来たのか知ってるくせに。

 なんて切り込んで照れ隠しに鍋をひっくり返されてはたまったもんじゃないので、これはそっと胸の内に留めておく。

 

「愛莉さんは後輩が可愛くないんですか?」

「あいつらが可愛いなんて()()かよ。どいつもこいつも肝が据わった図太い連中ばかりだぞ。特に(きいと)の奴は傲岸不遜って感じだったからな。船田予備隊の話知ってるだろ? 高等部に上がれば格付け最高位は確実って言われてたのに、あいつの独裁っぷりで崩壊したなんて噂だぞ」

「愛莉さんもさながら道場破りみたいに押しかけられてデュエルの果てに負けちゃったって話ですもんね」

「黙れよぶっ飛ばすぞ。まあ真偽はともかく、私はあいつを好かん。遊学を経ていくらか丸くなったみたいだが、私は中等部での印象が強いから、根本的なところでは好意的になれねェな」

「ふーん」

 

 かなり否定的な物言いをされたのは少し驚きました。愛莉さんはあまり遠慮をしないのでこういう内容もズバッと言っちゃいますが、それでも後輩を気遣うようなそぶりも見せないあたり、まさか本当に嫌っているのか。

 

「でも純には(うい)のやつがついてるから平気だろ。あいつは純の姉ってだけあって嗜め方をよく分かってる。行き過ぎれば初が止めてくれるだろうさ。そうでなくても、純は物分かりが良くなったみたいだからな。自己を貫きながらも他人の意見に耳を貸してる、譲歩と柔軟性がついたのはいいことだ」

 

 ……心から嫌ってるならここまで見てはいないか。

 

「他に気になる後輩とかは?」

「あー……やっぱ菱田かな。御台場迎撃戦でのあいつの判断には多くの批判が出たらしい。その話を聞いてから、学内で肩身が狭くなってんじゃないかって、少しな」

 

 そう言って、愛莉さんは野菜を口に運ぶ。

 現御台場女学校2年の菱田治(ひしだはる)さん。彼女は、当時1年生だった頃に起きた大規模な戦い『御台場迎撃戦』において、防衛していた橋を落とすことで眼前まで迫るヒュージの侵攻を止め、背後の避難民を守り抜いた。

 ここだけ聞けば英断だが、その選択は橋の向こう側で未だ戦い続けているリリィと逃げ遅れた民間人を見捨てる形となってしまった。彼女の決断は、後に賛否両論の声が浴びせられることになったという。

 

「それも杞憂だったみたいだから何よりだよ。セインツとして新潟奪還戦に参加してたあたり、少なくともそのレギオンは菱田のことを認めてるってことだろうしな」

「愛莉さん的に治さんの判断はどう評価しますか?」

 

 鍋の中で育てた蟹を取り出しながら私は問う。ポン酢をつけて口に入れると、蟹の身のプリッとした食感と蟹特有の旨みに襲われ、口内がその柔らかな刺激で満たされた。

 御台場迎撃戦は規模に反して人的被害をゼロにとどめた、リリィたちの奮闘がもたらした伝説的な戦いだ。私も何度か現地を訪れたことがある。

 その戦いを、元御台場女学校のリリィであり、戦闘面で多くの知見を持つ愛莉さんはどう見ているのか、少し気になった。

 愛莉さんは、缶ビールの残りを一気に煽ると口を開いた。

 

「菱田の判断は正しいとも間違いとも言える。それだけ難しい選択で、実際に賛否が分かれてるからな。私個人の意見としては、あいつはリリィとして正しい判断をしたと思う。ただ……」

「ただ?」

「批判の声も理解はできる。結果的に犠牲は出てないが、あくまで結果的には、だ。リリィの奮戦がなければ取り残された民間人に被害が出ていたかもしれないしな。そして、それらを含めて菱田の判断に向けられた賛否もまた結果論だと思う。私のこの意見もな。終わった後にあれこれ言うのは簡単だ。だったら私は、戦場で自分なりに命を守る決断をした菱田を讃えてやりたいな」

「なんか、感情論みたいですよ?」

「私の個人的な意見を聞きたいんだろ? だったら好きに言わせろよ」

「そうじゃなくて、もうちょっと戦術的なアレを……」

 

 私が何を求めてるかを理解したのか、面倒そうに頭を掻くと、鍋の具材をよそいながら再び口を開いた。

 

「戦術も何もないんじゃね?」

「はい?」

「公開されてる情報を見る限りは、当時は橋を渡ろうとするヒュージを前からひたすら倒していってた感じだ。橋の上っていう狭い空間でヒュージが津波の如くわんさか押し寄せてくるんだ、勢いも半端じゃなかったことは容易に想像できる。おまけにギガント級まで出たとあれば、相当切羽詰まってただろうなァ。それを限られた人数で守るってんなら、防衛の人員を割いて奇襲部隊を作ったりもできないし、場所が場所だけに側面から叩くのも難しいだろ。後ろに避難民もいた以上、菱田たちにはヒュージの物量戦につき合うしか道はなかった。強いて言うなら、菱田たちがそこにいて戦っていたこと自体が、迎撃戦全体を通しての戦術と言えるかもな」

「確かに……」

 

 当時の敵勢力はミドル級以下だけでなく、複数体のギガント級、果てはアルトラ級の出現とあまりに圧倒的だったという。それを増援が望めない中、その場にいたリリィのみで討滅せしめたという偉業も、御台場迎撃戦が伝説とされる一因だ。

 

「つけ加えて言うなら、戦場には戦場にしか解らない空気ってものがある。味方の体力やマギ、CHARMの損耗、敵の動きや勢いなどなど。そういう色んな情報を基に現場では多くのことを判断しなきゃならない。思うに、状況が移ろい続ける現場は主観、後からまとめられた資料は俯瞰で見るものだ」

 

 そう言いながら、愛莉さんは豆腐ににんじん、きのこ、白菜などを次々と皿によそうと、最後に大量の肉を掻っ攫っていった。

 

「ちょっと! そんなにお肉にがっつかないでください! 私の分は!?」

「そう言うな、無礼講なんだろ?」

「関係ないでしょ!」

 

 思わず抗議するも愛莉さんは意に介さず、そのままお肉に食らいついた。私が物欲しさに顔を歪める中、愛莉さんは見せつけるようにお肉を口に入れ、その片手間で蟹を鍋に投入する。

 

「つまり、彼我の状態を鑑みた上で、菱田は後から受けるだろう批判も全部ひっくるめてそういう判断をしたんじゃないかって話だよ。実際に聞いたわけじゃないから想像の範疇を出ないがな。あいつは私と違って立派に御台場のリリィとして務めを果たしたって訳だ。やれやれ、同じ御台場の人間として誇らしいな〜。対して私はぼんくらだってんだからな〜」

「棒読みやめなさい。最後のは思ってもないくせに」

「伊達に『台場の悪党』なんて呼ばれてないんでな」

「悪童の間違いでしょ」

「誰がガキだコラ!」

「その通りでしょ、キレ方とかガキそのもの。あとその怒り方弥宙さんと同レベルですよ」

「私はあいつと違ってガキじゃねェし小さくもねーよ!」

「その怒り方は弥宙さんに失礼!」

 

 『台場の悪童』も『リトルアークメイジ』もかっこいい異名だと思うけどなぁ。私なんて『暁の担い手』ですよ? 普通というかシンプルというか、卒業した今だから言いますけど、もうちょっと捻りが欲しかったな〜、なんて。誰かが敬意を持ってそう呼んでくれたのでしょうから、その名前に文句など言うはずもありませんが。

 じゃあこの人たちはなんで文句たらたらなの? って話ですが、それは互いに異名がコンプレックスに深々と突き刺さっているからかと。どっちも背丈は小さいですから。

 

「誰の身長が低いってんだ?」

 

 ナチュラルに心を読まないでください。

 異名といえば、いつだったか二水さんが生徒会の議事録か何かで『聖学リリィ新聞主筆』という名前で載ったことで少し弄られた、とか何とか言ってたことがあったっけ。

 

「金箱というと、お前のとこはどうなんだ?」

「私のとこ、というと?」

「百合ヶ丘の後輩で気になる奴はいないのかよ?」

 

 なるほど、私からも何か話せということか。とりあえず頭を捻ってみるも、愛莉さんが言うような人は中々浮かばなかった。

 

「うーん、夢結さんは梨璃さんのおかげでだいぶ救われてますし、梅さんも一柳隊で楽しくやってるみたいだし、天葉さんや依奈さんは特に悩みとか無さそうですし……あっ」

 

 天葉さんのことを考えた瞬間、そういえばと思い出したことがあった。

 

「気になるとかそういうのじゃないですけど、天葉さんといえば、アールヴヘイムも鍋パーティーするって言ってました」

「いや急になんの話だよ」

「前に聞いたんですよ、冬にみんなで鍋を囲もうって話をしてるのを。天葉さんや月詩さんがやたら楽しみにしてたのでよく覚えてます。あと、樟美さんも気合いが入ってましたね」

「鍋のどこに気合いを入れる要素があるんだよ。材料入れて味つけてコトコト火にかけるだけだろ」

「その加減が大事なんですよ。あまり火にかけすぎると豆腐とか煮崩れしちゃうんですから」

 

 料理は繊細だ。食材はもちろんのこと、道具や調味料、切り方焼き方などなど、一つの要素が異なるだけで完成度に雲泥の差が生まれることもある。

 『百合ヶ丘の料理長』と呼ばれるほど料理が上手な樟美さんには、恥ずかしながら何度もご指導いただいている。樟美さんが中等部2年くらいの頃は余程酷い味だったのか、かなり辛辣な物言いでダメ出しをされたっけ。

 後になって知ったが、当時の樟美さんは何やら荒れていたらしい。そんな樟美さんの舌に障る品を出した当時の私をぶん殴りたくなった。

 

「鍋というと、サングリーズルも鍋パーティーするって言ってましたね。こっちは貞花さんとかが楽しみにしてた記憶あります」

「百合ヶ丘は何だ、お嬢様学校って割に年末は随分と庶民的だな。なんかもっと盛大に催し物でもするのかと思ってたぞ」

「クリスマスには学校行事としてやってましたよ。あと、お嬢様学校だからって十把一絡(じっぱひとから)げにお嬢様だと決めつけないでください。私みたいに庶民の人間もいるんですから。ローエングリンを見てください、紗癒(さゆ)さんとか雪陽(ゆきよ)さんの影響か、見事にコンビニスイーツの虜ですよ」

 

 由来や出所は不明ですが、紗癒さんは最近になって一部の人間から『ペヤングちゃん』という愛称(?)で呼ばれることがあるらしい。なお、本人は認知していない模様。

 

「愛莉さんだって庶民側でしょう?」

「当たり前だろ。高い金払って希少な肉を食べるなら食べ放題でたらふく食べる方が得じゃねーか」

 

 返しに若干のズレを感じないではなかったが、まあ気にしなくていっか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、鍋の具材を食べ切り、雑炊も胃の中に消えていった頃、愛莉さんの傍らには空になった缶ビールが何本も転がっていた。顔も赤くなっていたのでそろそろ飲むのを止めるよういったら、

 

「飲めないお前に言われたくねーよ」

 

 と一蹴されてしまった。酔ってる割には受け答えもしっかりしてるし問題ないだろうと判断して、それ以上は何も言わなかった。

 あと、私は飲めないと言うより飲ませてもらえないだけですから。

 

 鍋や食器を片付け終えて、私も缶ビールを新しく開けた。ノンアルコールとはいえ私は節度を持って飲んでいるので、開けた缶はこれで3本目だ。

 ビールを一口飲んでチラリと時計を見ると、時刻は午後9時を回っていた。喫茶ゆりかごを始めてからというもの、年越しの瞬間まではいつも起きていたが、今回は蟹のおかげで既に満足感が満ち満ちていた。

 おまけに妙なテンションで騒いでしまったのもあり、身体が疲れているのか眠気に襲われ始めている。思い返すとなんか恥ずかしくなってきた。

 視線を戻すと、愛莉さんも缶ビールを持ったまま船を漕ぎ始めていた。揃いも揃って限界が近いようだ。まだお風呂にも入ってないし、布団もかけていない。このまま寝たんじゃ風邪をひいてしまうかもしれない。

 「ない」の三段活用、とかくだらないことを言ってる場合じゃない。普段ならここで四段活用だろ、とかつっこんでくれる愛莉さんが本当に寝てしまう前に、何とか眠気を振り払い、開けたばかりの缶ビールを一気に煽ると、立ち上がって愛莉さんに声をかけた。

 

「愛莉さん、まだ寝ちゃダメですよ。ちゃんとお風呂に入って体を温めないとーー」

 

 風邪をひきますよ、と続けたかった。しかし、彼女は口から静かに寝息を立てていて、私は愛莉さんが既に夢の中にいることに気づいた。

 何度かゆすってみたが、やはり起きる気配はない。終わりだ、こうなってしまってはもう手の施しようがない。愛莉さんは「一度寝れば決まった時間まで絶対起きない病」なので朝まで目を覚ますことはないだろう。

 せめてお風呂に入ってから寝てほしかったが、仕方がない。毛布だけかけて放っておくことにした。風邪をひいても私は知りません。

 

「………」

 

 やっぱりもう一枚毛布をかけておいた。

 勘違いしないでほしい。愛莉さんに風邪をひかれたら店の経営に影響が出るからであって、別に彼女が心配だからとかでは決してない。そもそも愛莉さんは頭は悪くないですが一種のバカには違いないので風邪なんてひきません。

 ふと、愛莉さんの寝顔を覗く。幼さが残る童顔というだけあって、その寝顔は大変に可愛らしかった。何もしなければ愛莉さんも可愛いマスコットなのに。あんな乱暴な言葉遣いじゃなければなぁ。

 

「半分成り行きとはいえ、うちで働いてくれてることには素直に感謝しないとですよね〜……」

 

 そう呟いて、年末だというのに今年の振り返りも何もしていないことに今更気づいた。しかし、愛莉さんも寝てしまったし、今から私一人で振り返ろうなどという気も起きなかった。

 あんなことあったなー、とか、こんなことあったなー、とか、懐かしむ過去があるというのは良いものです。でも、それを一人で思い返すなんて寂しいじゃないですか。

 

「ので、年末らしく未来のお話をしましょうか……」

 

 一年の終わりは、同時に一年の始まりでもある。終わった過去を振り返ることも大事だが、それと同じくらい、新しい未来に目を向けることも重要なことだと思う。

 私は空になった缶ビールを手に持った。空っぽでは少し味気ないけれど、形だけのものだと思って気にしないことにする。だって、眠っている愛莉さんが持ったままの缶とこうして打ちつけ合うだけなのだから、気にする方が変というものだ。

 

「今年もお疲れ様でした、愛莉さん。来年も面白いこと、いっぱいあるといいですね」

 

 私は、酔いに顔を赤らめながら無防備に寝顔を晒す愛莉さんの頭を優しく撫でながらそう囁いた。

 さて、私は空き缶を片して、しっかりお風呂で体を温めてから寝るとしましょう。




Q.季節ネタやるんだったらクリスマスとかの方がよかったんじゃないですか?

A.ほぼ書き終えた頃に私も気づきました。二水ちゃんがアールヴヘイムやサングリーズルが冬に鍋パするって言ってたのを見てものすごくザックリと考えついた突発回です。

次に似たようなことをやる時はもう少しそれらしいものを書けるよう頑張ります。これ、来年の抱負ということで。
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