喫茶ゆりかごの日常   作:木々丸

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自分自身、ここまで期間が空くとは思わず。
一応言い訳しますと、忙しかったんです。帰ったら何する気力もなくお風呂入って寝るみたいな日々が続き、まだまだ終わらなそうです。ラスバレライブの熱がなかったら絶対3月まで空いてました。
また同じくらい空いたらそういうことだとご理解いただけましたら幸いです。


仕事も遊びも趣味も彩るのは技術

 今更な話ではありますが、私は百合ヶ丘女学院の卒業生である。中等部から籍を置き、高等部卒業までの6年間、ヒュージとの戦いに微力ながらも自分なりに貢献してきたつもりでいる。

 普通の学校と違って、ガーデンに在籍するリリィは重ねて言うようにヒュージとの戦いに身を投じている。そんな特殊な学校生活を送る中で、普通と変わらない交友関係を築けたことはある種の幸運だったのかもしれない。

 また、生存率の低さが問題視されていた当時において、私の非負傷前提の回避スタイルに日の目を見たのか、ガーデン側からの要請で中等部への技術指導によく出向いていた。この時の縁から、夢結さんや梅さんを始め、今を輝く強く可愛い後輩たちの多くとも浅からぬ関係にある。

 

 そんな私ですが、当然ながら百合ヶ丘のリリィ全員の顔と名前を知っているわけじゃない。在学中に会ったことがない人もいるし、梨璃さんや二水さん、それに雨嘉さんなどの新入生も、来店いただくまで知りようがなかった。

 なので、私の背後からまるで幽霊のように忽然と現れたおさげの少女について私が存じ上げないのも変な話ではない。

 

結梨(ゆり)ちゃん! 気づいたらいなくなっちゃって、どこ行ったのかって心配してたんだよ!?」

 

 梨璃さんがそう声を上げて少女の元に駆け寄った。どうやら、私の背後にいる彼女は結梨さんというらしい。

 駆け寄ってきた梨璃さんに手を握られた結梨さんは、どこか不思議そうな表情で梨璃さんを見つめる。

 

「でも梨璃、ここに着いてすぐにどっか行っちゃったのは梨璃だよ?」

「え?」

「あっちの赤い人のところにぴゅーって行っちゃったから、結梨、ずっとこの嬉しそうなニオイのする人の後ろでみんなのこと見てたんだよ? ここね、梨璃と夢結、それにみんなの顔がよく見えるんだ」

 

 結梨さんは愛莉さん(赤い人)を指差して言った。確かに、私がいる位置は決して意図したわけではありませんが、この場にいる全員の姿を見ることができる絶妙な位置だ。リリィが好きな私にはベストなポジションです。

 それより、この子がさらりと言ったことの方が私は気になってたりする。梨璃さんがここに来てからずっと私の背後にいたって嘘ですよね。全然気配感じなかったんですけど。忍者? ステルス? ユーバーザイン?

 気配っていうなら梨璃さんも梨璃さんで、仮にも元リリィである愛莉さんの懐に先程あっさりと入り込んで見せた。あれは見事としか言いようがない。

 よく見たら梨璃さんと結梨さんって、どことなく似てる気がする。顔立ちとかではなく、何というか、雰囲気が。

 

「うう、一人にしてごめんね、結梨ちゃん」

「泣くな、梨璃。みんないるから、結梨は一人じゃないよ」

 

 気遣いもできるなんて、この子は天使ですか?

 

「それで梨璃、この嬉しそうなニオイがする人、誰?」

 

 そしてさっきから思ってたけど私の認識、雑! そりゃ自己紹介も何もしてませんもんね、当然ですよね。

 

「あと、あっちの赤い人は?」

「おいこらチビ、さっきから聞いてりゃ誰が赤い人だ」

「? 結梨の方が大きいよ?」

「そりゃ私の背が小さいってことか! ああ!?」

「やめて愛莉さん短気を抑えて! 失礼ってのはまあ分からなくもないですけど初対面なんですからそう噛みつかないで! ほら、初対面は第一印象が大事なんですから、こちらの結梨さんに暴力的って覚えられてもいいんですか!?」

「私は私だ、他人の評価なんざどうでもいい!」

「状況が状況だけにかっこよさのカケラもない!」

 

 悪気を毛ほども感じないあたり、本当に純粋な心で言ったんだろうなあ。それが愛莉さんのコンプレックスに突き刺さるとも知らず。

 面倒とは思いながら、私は今にも暴れ出しそうな猛牛の腕を掴んでグイッと引き寄せると、後ろから両腕を脇の下に回して愛莉さんを羽交締めにした。これで愛莉さんは満足に動けない。いっそ気絶させてやってもいいですけど。

 

「というわけで、この真っ赤なじゃじゃ馬娘が四ノ宮愛莉さんです。こんなんですけど根はいい人なので怖がらないであげてください」

「おおー」

「おい! 私の紹介を雑に終わらせんな!」

「で、私は鎌倉の街で喫茶店やってる暁乃皐月です。一応、結梨さんの先輩なので、先輩って呼んでくれてもいいですよ」

「先輩? じゃあ、皐月もリリィなの?」

 

 ちょっとした憧れから冗談半分で言った私の発言をすっぱりとスルーした結梨さんの質問に、私は首を左右に振る。

 

「だった、というのが正しいです。私はもう引退した身なので、今ではもう、CHARMを用いた戦闘はしません。私がしてあげられるのはせいぜい、皆さんに手製のコーヒーを出したり、話を聞いたりする程度です」

「コーヒーって何?」

 

 ……ん?

 

「え? いや、コーヒーはコーヒーですよ、飲み物の」

「ん〜……紅茶は梨璃たちと飲んだけど、コーヒーは知らない。どんなの?」

 

 気づかないうちに愛莉さんにかけた羽交締めを解いてしまうくらいには動揺した。

 別に知らないことがあるのは仕方がない。世界は広いのだから、全知全能の神様でもなければ知らないことの一つや二つ、あって当然のこと。

 でも、まさかコーヒーを知らないとは。飲む機会がなかったとしても、さすがに名前くらい知っていてもいいはずなのに。

 あ、もしかして、出自が何か訳アリな感じですか? 外の情報も入らないブラックな監禁生活だったとか? だとしたらこの話題、無闇に突っつかない方がいいですか?

 

「なあ結梨、お前なんでコーヒーも知らないんだ?」

 

 もう、愛莉さんったら気遣いのきの字も知らないんだから! 地雷かもしれないことをズバッと聞いたりして、デリカシーってものがないんですかアンタには!

 

「えっとね、結梨、梨璃たちと会う前のことを憶えてないの。だから見るもの全部が初めてなんだ」

 

 そんでもって想像の遥か上をいく特大級のネタが湧いてきたんですけど。つまり記憶喪失? 嘘でしょう? もう聞いちゃったからには説明聞かなきゃ引き下がれないじゃないですか。

 その説明を求めて梨璃さんたちに視線を投げると、そこにいた一柳隊の全員が複雑そうな表情を覗かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これ以上待たせてしまうのも申し訳ないので、結梨さんに関する話はコーヒーを淹れながら聞かせてもらい、一通り話し終える頃には全員分のコーヒーを作り終えていた。

 途中、自分のことを話しているにも関わらず、その内容に一切関心がないらしい結梨さんからじーっ、と見つめられているのに気づいた時は少しばかりの緊張を覚えたりしましたがこれは余談。

 梨璃さんと夢結さんには少し苦味を出したもの、楓さんと亜羅揶さんには香りを立たせたもの、壱さんと樟美さんには苦みを控えたもの、二水さんと結梨さんにはスタンダードなものをそれぞれ出してみた。味の加減は私独自の主観と経験を基に行っているので、この辺りは相手の反応を見て細かに変えている。

 最後に、私と愛莉さんの分のコーヒーを注ぎ終えたところで、先程まで聞いた話を脳内で反芻しながら口を開いた。

 

「簡単にまとめると、海岸にヒュージの残骸と一緒に流れ着いていた結梨さんを一柳隊が保護して、リリィであることと記憶がないことがわかったので、元の所在が判明するまでの間、百合ヶ丘の生徒として身元を預かり、一柳結梨(ひとつやなぎゆり)さんとして過ごすことになったと」

「はい、大体そんな感じです」

「ちなみに、クラスはうちの椿組です」

「ふむ……」

 

 話のまとめを聞いた梨璃さんは首肯し、壱さんから小さな補足が加えられた。結梨さんが懐いている梨璃さんと同じクラスなのは、記憶を失くし、右も左も分からない彼女に対する学院側の配慮だろうか。

 学院といえば、結梨さんの話を聞いていく中で記憶に引っかかるものがあった。何だったかと思い返せば、それは理事長室で(盗み)聞いた代行と政府役人の話だ。

 保護されたリリィとか、学院が預かるとか、何やら話と合致する部分がちらほら見受けられる気がする。考えてみれば、ただ保護するだけならわざわざ百合ヶ丘の生徒にしてしまうのも変な話だ。

 

 当の本人はといえば、ちょうど私の淹れたコーヒーを口に運んでいるところだった。そのあどけない表情と仕草を見て、私は首を左右に振った。

 いやいや、まさかね。あんな可愛い子がG.E.H.E.N.A.に狙われてるなんて。第一、百合ヶ丘の生徒を狙うということはつまり、百合ヶ丘に正面から喧嘩を売るということ。いくら悪名高いG.E.H.E.N.A.といえど、そんな馬鹿な真似をする愚か者集団ではないはずだ。

 

 そう考えたところで、再び引っかかりを覚えた。

 あれ? 百合ヶ丘の生徒だから手を出せない?

 結梨さんは百合ヶ丘に一時保護され、その後百合ヶ丘の生徒となった。そして同時期に、代行と通信していた政府の人間のように、百合ヶ丘を探る人間が現れ始めたという。果たしてこれは偶然か?

 通信の内容を(盗み)聞いた限り、政府は何度も学院に結梨さんの引き渡しを打診していたことが窺えた。もしも、学院が事前に結梨さんを狙う輩がいることを察知し、先手を打って彼女を学院の一員として引き入れたのだとしたら?

 そうだとすると、学院は大手を振って結梨さんを守ることができる。逆に、手を出そうとしていた外部の誰かさんは慎重にならざるをえず、同時に、百合ヶ丘と正面から事を構えなければならなくなった。百合ヶ丘は、水面下で行われるはずの争いを相手共々表に引きずり出したことになる。

 仮にこの推測が当たっているなら、やはり代行が言っていたリリィというのは結梨さんのことなのか。それとも、事情がややこしい結梨さんがたまたまタイミングが被っただけで、全く別の人のことなのか……

 

「ねえ皐月」

「いや、推測はどこまでも推測か。やはり後で代行に……」

「皐月!」

「……あっ、はい、すみません。何でしょうか?」

 

 思考は、私の名前を呼ぶ結梨さんの声で中断させられた。まあいいや、このことはまた後で考えればいいことですし、今はリリィに囲まれたこの時間を楽しむことにしよう。

 

「皐月、コーヒー美味しかった! おかわり!」

 

 結梨さんは、コーヒーが飲み干された空のカップを差し出して笑顔で言った。うん、可愛い。ついさっき淹れたばかりのコーヒーを即座に飲み干す元気もいい。何かサービスしてあげたくなる。

 

「結梨さん早いですね〜、すぐにご用意しますので……あら?」

 

 ご要望に応えるべくコーヒーメーカーに付随するポットを持ち上げると、異様に軽かった。それもそのはず、中身にあるべき黒い液体は全て注がれた後だった。この場にいるのは私と愛莉さんも含めて10人、速攻でなくなるのも当然だ。にしても人数多いな。

 空っぽなら仕方がない。豆はまだあるので新しく作り直すだけだ。結梨さんには申し訳ありませんが、少しの間待ってもらって……いや、そういえばさっき結梨さん、私がコーヒーを作ってるところずっと見てたなぁ。

 

「……結梨さん」

「なに?」

「コーヒーがなくなっちゃったので新しく淹れようと思います」

「うん、わかった。結梨、待ってるよ」

「どうせなら作ってみますか?」

「いいの!?」

 

 食いついた!

 そりゃあんなにまじまじと見られたら興味あると思いますよ。記憶がないと言ってましたし、色んなことに興味があるんですかね。

 すぐさま私の隣にやって来た結梨さんにコーヒーミルと豆を渡して、軽くやり方を教えてみる。

 

「ここを回して豆を挽いて粉末状にします。一定の速さで回すのがコツですね」

「おおー」

 

 教えたことをするするとこなしていく結梨さん。かなり飲み込みが早いらしく、ミルのハンドルを回す速度も、しっかりと一定に留めている。

 すごいなあ。速度を一定に保つのって実はちょっとだけ難しく、普通なら波を描くように僅かに上下したりする。味にしてみれば気づかないほど誤差の範囲ですが、結梨さんのそれは凪と表現すべきか。コーヒー作って幾数年な私のものと比べて遜色はない。

 可愛いしいい子だし光るものもあるって、この子最強ですか?

 

「あの、ありがとうございます、皐月さん」

「はい?」

 

 そう、梨璃さんから言われた。いきなり何だろう?

 

「その、結梨ちゃんによくしてくれて。結梨ちゃん、記憶を失くして不安じゃないかなって、少し思ってたんです。百合ヶ丘にいる間は私がしっかり見てますけど、結梨ちゃんのためにしてあげられることって何だろうって考えると、分からなくなる時があるんです」

 

 はて、この子は何を言ってるんでしょう?

 

「皐月さんみたいにコーヒーの作り方を一から教えてあげたりもできませんし……」

「そりゃそうでしょう。これは私の得意分野です、ここにいる誰より引けは取りませんよ」

「うぅ……」

 

 私の言葉に梨璃さんは肩を落とし、隣に寄り添う夢結さんから咎めるような視線を向けられた。

 まあ待ってください。確かに相談をバッサリ切って捨てたように聞こえたのは分かりますけど、話は最後まで聞いてください。

 

「誰に何をしてあげられるか。それを考えるのに私を引き合いに出すのがそもそも間違いだと思います」

「え?」

「そういうのはね、『私にしかできないこと』じゃなくて、『私にできること』をシンプルに考えればいいんですよ」

 

 私の解答に、梨璃さんは首を傾げる。いまいち意味を理解できていないように見える。

 そこに、楓さんの隣でコーヒーを飲んでいた二水さんが手を挙げた。

 

「あの、その二つって、ほとんど同じ意味だと思うんですけど」

「確かにそうですが、ニュアンスが少々異なります。この場では、前者は後者より限定的で、他者と比べて自分にしかない特色を用いることを指すものと考えてみてください」

 

 二水さんが頷くのを見てから、私は梨璃さんの顔を見ながら言葉を続ける。

 

「梨璃さんの言い振りからするに、結梨さんに世話を焼きたいようですが、何でも自分が、とはいかないものです。ものによっては、他の誰かに任せた方がいいこともあるでしょう。意地悪するみたいですみませんが、梨璃さんは夢結さんのような戦闘技術を教えられますか?」

「で、できません……」

「でしょう? だからそうやって、周りと比べて自分にできないことを見てしょげるんじゃなくて、梨璃さんがしてあげられることを素直にしてあげればいいと思います。記憶がない結梨さんには、教えてあげられることは一から百までたくさんあるんですから。難しく考えずに、それを少しずつ、梨璃さんから伝えてあげればいいんじゃないですかね」

 

 まるで咀嚼するかのように、梨璃さんは私の言葉ひとつひとつに頷いている。

 

「あと、今までの話は別に自分の得意を活かすな、なんて話でもありません。それを有効活用したりできるなら、どんどん使っていくのもいいと思います。つまり、行き詰まったのなら一度立ち止まって、クリアな思考で何ができるか考えてみてください。そういう答えは多分、想像以上にシンプルなものです」

「シンプルに……わかりました! シンプルに考えてみます!」

 

 うーん、これ大丈夫かな? シンプルにって、そんな意気込んでやるようなことでもないと思うんですけど。もっとこう、心をフラットにするというか何というか。

 

「教えるというなら、それこそ勉強とか教えてあげればいいじゃないですか」

「「うっ……」」

 

 そう助言してみると、梨璃さんと二水さんが揃って呻いた。なるほど、単純なことほど実は難しいこともあるらしい。私も身をもって知っています。

 

「あー、その気持ちはよく分かります。そういうことなら周囲を頼りにしてください。夢結さんとか神琳さんとか、学業的に優秀な方に教えてもらうのがいいでしょう」

「お姉様にはいつも教えてもらってます!」

「あらあら、可愛い梨璃さんに頼られるなんて、夢結さんったら羨ましいですね〜」

「茶化すのはよしてください。シュッツエンゲルとして、シルトを指導するのは当然です。それに、他者に教えることは、自分の勉強にもつながりますから」

「どこか自慢げなその態度には妬けてしまいますわね」

「楓さん、抑えてください!」

 

 梨璃さんに頼られたい楓さん。しかし、当の梨璃さんは夢結さんに夢中ときた。勉学を教わる上では、同学年で同じ目線で学ぶ楓さんも、一年以上先の学がある夢結さんも捨てがたいと思う。

 これはもう梨璃さんがどちらに教えてもらうか選ぶ問題、私が介入するような話ではありません。楓さんの嫉妬はまだしばらく続きそうです。

 ああそうだ、ここには他にも優れた学績を持つ方がいらっしゃいました。

 

「勉強というなら、亜羅揶さんを頼るのも一手ですよね」

「「それは絶対に駄目です!」」

 

 思いついてそう提言したら壱さんと樟美さんから猛反発に会った。いや、言いたいことは分かります。分かりますけど亜羅揶さんが学業優秀なのは事実じゃないですか。

 

「いくら亜羅揶が勉強できるからって軽率に頼んだら『集中するため』とか適当な理由をつけて部屋に連れ込んで、二人きりになったところで何をするかなんて想像するまでもないじゃないですか!」

「そのまま食べられちゃうかもしれません……!」

「想像力豊かですね〜壱さんは。亜羅揶さんの部屋には辰姫さんもいるんですから大丈夫ですよ。まあ、懸念があるのは私も同じですが、さしもの亜羅揶さんもそこまではしませんよ。ね、亜羅揶さん?」

 

 同じレギオンメンバーだというのに全然信頼されていないらしい亜羅揶さんだったが、本人としてもその評価は不服なようで、一口飲んだコーヒーを置くと口を開いた。

 

「その通りですわ。全く、壱も樟美も失礼しちゃうわ。折角わたしを頼ってくれる子がいたというのに、わたしが私欲を優先してその子の期待を裏切るような真似をすると思っているの?」

「「思う」」

「ちょっと! 本当に失礼しちゃうじゃない! わたしだって手を出していい時とそうでない時ぐらいの分別はつけてるわよ!」

 

 二人とも縮地が如き即答でした。亜羅揶さんってこういう内容に関しては本当に信用されてないんですね。私もですけど。

 それはともかく、その理論だと平時の多くは手を出していいと認識しているように聞こえるのは気のせいですか? 

 

「だって亜羅揶って、暇さえあれば樟美をはじめ女の子を追いかけ回してるじゃない。それでこの手の話で信用されると思ってるの?」

「日頃の行いだよ、亜羅揶ちゃん」

「皐月様! こんなのあんまりですわ!」

 

 亜羅揶さんが珍しく泣きついてきた。さすがにこれは堪えたようで、それなりにしょんぼりしている。私も可哀想とは思いますけど、信用ないのはどうしようもなく事実ですし、樟美さんが言ったように、これは日頃の行いってやつです。

 何だかとても不憫に思えてきたので、泣きついてきた亜羅揶さんの頭をそっと撫でてあげる。

 

「よしよし、亜羅揶さんができる子なのはちゃんと知ってますよ。亜羅揶さんは可愛い子が好きなだけですもんね。好きなものを堂々と好きと言える心を持った亜羅揶さんはかっこいいですよ」

「うう、ひどいわ……わたしってそんなに信用ないの……?」

 

 全く元気を取り戻さない。こちらが思っている以上に亜羅揶さんのダメージは深刻だったみたいです。

 これには壱さんと樟美さんはもちろん、普段の亜羅揶さんを知っている梨璃さんたちも困惑していた。これでは私のよく知るパワフルで、それでいてどこか妖艶な亜羅揶さんが嘘のようだ。

 ……仕方ない。これは亜羅揶さんと決めた約束でもあるのだが、当の本人がこの調子なのだし、少しサービスしてあげましょう。何せ亜羅揶さん自身が望んでいたこと、いい刺激になること請け合いだ。

 

「元気出してください、亜羅揶さん。ほら」

 

 だから私は特に恥じらう気持ちもなく、泣きつく亜羅揶さんの額にかかる髪をかき上げて、

 

「……んっ」

 

 顕になったその肌に優しく口づけをした。

 

「「なっ」」

「「えっ……」」

「おー」

 

 私の突然の行動に、その場にいたほとんどの人は動揺を見せて固まっていた。それまでコーヒー作りに勤しんでいた結梨さんでさえ、手を止めてその光景に釘づけになっていた。

 動いていたのは、面白そうに口笛を鳴らしてニヤつく愛莉さんと、夢中でタブレットのシャッターを連写する二水さんだけだった。後でデータは削除させますのでそのつもりで。

 なお、恥じらいなく口づけをした私も、事後になって途端に恥ずかしくなってきた。だって調子を戻してもらうためとはいえ、あんなことしたの初めてだし、いつもなら交友関係とかに水を差すことになるので自制するところだし、その関係の間に入るなんておこがましいし。

 しかし、私の心中など知る由もない亜羅揶さんは、先程までの落ち込みっぷりはどこへやら、目を爛々と輝かせ、大変に嬉しそうな表情を見せて私に抱きついた。

 

「皐月様! 今の行為はつまりそういうことだと受け取ってよろしいのですね!?」

「違います」

「それ以外に考えられませんわ! ああ、あと半年はかかると思っていた皐月様との交際がこんなにも早く結ばれるなんて!」

「ただの前払いです」

「それにしても、額にだなんて焦らしてくれますわね。互いの気持ちは確認できているのですから、次はどうぞ、わたしの口に直接くださいませ」

「話聞いてもらえません?」

 

 どうも効きすぎたようで、頬を紅潮させて興奮気味な亜羅揶さんは私の言うことを何も聞いてくれない。

 亜羅揶さんはさらに、先程の廊下での続きを行うかのように、抱きついて背中に回した腕を下半身に伸ばし始めていた。他にも人がいる中で何しようとしてるんですかこの人は……私も人のこと言えないじゃん。

 さすがに暴走が過ぎると危険視した私は、亜羅揶さんの肩を掴んで少々力ずくで引き剥がした。

 

「いいですか、亜羅揶さん。さっきのはいつもの亜羅揶さんに戻ってほしくてやったことで、亜羅揶さんとの約束を反故にしたつもりはありません! 私の心からの口づけが欲しいなら、今までの約束通り、私を負かしてからにしてください! それができるまで、いくら好きな亜羅揶さんといえど、これ以上の関係に踏み込むことは絶対にしませんから!」

 

 ハッキリと断りを入れたからか、興奮気味だった亜羅揶さんは少しだけ大人しくなり、私の顔をじっと見つめてきた。その眼差しは、私を見つめているようで、しかしどこか遠くを見ているようでもあった。

 簡単に言えば、思考を巡らせているのだと思う。

 

「……今以上の関係にはならないと仰られましたが」

「その通りです」

「口づけはしたのですから、それは許容範囲と取っていいですわよね!?」

「前払いだって言ったでしょうが! これ以上払ってたら正規の支払いの時に味気なくなっちゃうじゃないですか! こういう行為は、本来もっと特別感あるものなはずなのに!」

「あら、その発言は負けを確信しているように聞こえますが?」

「なわけないでしょ! 亜羅揶さんにだけは絶対負けないですから!」

 

 亜羅揶さんはただでさえ女の子に手を出す危険人物として知られているというのに、そこに私のような年増に手を出したという事実まで載せようものなら、本格的に亜羅揶さんの品位に関わる。

 品位といえば、世のガーデンには過去に何人もの生徒に手を出したトンデモ教導官がいるとかいないとかいう噂も聞いたことがあるので、亜羅揶さんにはどうか私のことは諦めて健全なお付き合いをしてほしいのです。

 

 

 

 

 

 同時刻、某ガーデン。

 

「くしゅん!」

「ちょっと風邪? わたしの飴ちゃんにツバかけないでよ?」

「大丈夫、きっと誰かが品位がどうこう言ってるんだよ」

「そこは噂されなさいよ。それに、品位云々でくしゃみがでるなら澪瑚せんせーの方がよっぽど……」

「やめなって、事実だとしても大声で言うことじゃない」

「そんなこと言って、せんせーのことで品位を疑うとか言ってたの誰だったっけ〜?」

「だからやめろってば! 頬をぐりぐりするな!」

 

 

 

 

 

 結論から話しましょう。亜羅揶さんは止まらなかった。

 あろうことか、それまでずっと静観を決め込んでいた愛莉さんが手元のポッキーを差し出してこう言ったのだ。

 

「いいか遠藤。ポッキーにはな、大昔から伝わる互いの愛を確かめ合う古のゲームがあるんだ」

 

 もうこの人が私を困らせたいことはよく分かった。

 そんな風に唆されて黙っている亜羅揶さんではなく、ポッキーをくわえてアタックを仕掛けてきた。しかも私だけでなく、3本くわえて壱さんと樟美さんまで狙ってくる始末。

 よって被害拡大を防ぐために亜羅揶さん対応専門係の壱さん(語弊あり)により本人は確保。天葉さんたちが戻ってきたらお灸を据えてもらうことになった。暴走の火付け役だった愛莉さんと、そもそもの発端である私も一緒に正座しますから頑張りましょうね。

 

 なお、私の知らぬ間にコーヒーを完成させていた結梨さんが梨璃さんにコーヒーを差し出した時に、

 

「ねえ梨璃、亜羅揶は皐月たちに何をしようとしてるの?」

「うーん……結梨ちゃんにはまだ早いかな!」

 

 というやりとりがあったのはやはり余談。それより、なんで手順を教えてないのに結梨さんはコーヒー作れちゃってるのかが不思議。

 しかも結梨さん作のコーヒー、これが美味しい。適度な苦味と味が引き立てられた絶妙な一品に仕上げてある。本当にこの子天才なのでは?

 私が普段から作るコーヒーに味が似ている気がしたのは、多分きっと気のせいでしょう。

 

 話は変わりまして、私がここにいるそもそもの目的は、任務に出ている天葉さんと依奈さんと会う約束をしていて、お二人が戻ってくるのを待っています。

 ただ、天葉さんたちが戻るまでまだ時間があるので、ここは私が学院に来るとよくやっているいつものを開催させていただこう。

 ずばり、勉強会である。

 

「「「勉強会?」」」

 

 経験のない梨璃さん、二水さん、楓さんからハテナが浮かぶ。もちろん、新規様がいらっしゃるのでご説明させていただきます。

 勉強会といっても、学院の授業のような大層なものではなく、ちょっとしたお遊びのようなものです。主に戦術面での知識や意見を、デュエル中心だった私とノインヴェルト中心の皆さんとで交流させ、互いにその差異や特色を学ぼうという意図があります。

 当然、壱さんや亜羅揶さんなど、かつての世代からリリィとして戦っていた人たちにはデュエルの知識もありましょうが、これでも一応、最盛期の前線に立っていた身。経験談の重みが違うのです。

 

「アレです、ローエングリンがやってるっていう戦術サロンの超限定版とでも思ってください。私も学ぶ側になりますし、本当に大したことはしないので、気負わずやりましょう」

「なるほど、中々興味深そうですわね」

 

 楓さんは興味を持ってくれた様子。提案した側としても嬉しい限りです。

 では早速始めましょう、と音頭をとろうとしたところで、愛莉さんがポッキー片手に手を挙げた。

 

「はい、質問」

「どうぞ」

「この勉強会って、普段はどのくらいの人数がいるんだ?」

「? ……大体3人、いても5人くらいです。今日みたいな人数は初めてですね」

 

 なぜそんなことを聞くのかよく分からなかったが、私の答えを聞いた愛莉さんは我が意を得たりとばかりに口角を上げた。

 

「だったら、私から内容について一つ提案がある」

 

 そう言って、愛莉さんは手元に残ったポッキーを取り出し、その全てを宙に放った。それらは中空で弧を描きながら、ものの見事にその場にいた全員の手元に一本ずつやってきた。だから何なんですか、その無駄に高度な技術。

 残った一本をキャッチした愛莉さんは、それぞれの驚く顔やお礼を受け取って面白がるように笑うと、ようやく本題を切り出した。

 

「ここにいる面子でレギオン作ろうぜ」




結梨ちゃん出したはいいものの、アニメ同様の末路を辿るか、二次創作の特権で生存させるかはまだ決めてなかったりします。どうしようかな〜。

遅れながら、誤字報告いただいた箇所を修正しました。
ご報告ありがとうございます。
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