喫茶ゆりかごの日常   作:木々丸

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今回は前回から1ヶ月半くらいでした。次は2ヶ月後かもしれません。
注)今回、アニメの内容であるいは解釈違いかもしれない内容を取り扱いました。私自身、確認をした上で執筆しましたが、後書きにて少々長くなりますが説明を載せてあります。


記憶は時に牙を向く、思い出は時に温かい

 こんにちは、皆さん。皐月です。

 今日も今日とてお店が暇なのでコーヒー片手に副業の真っ最中。この喫茶ゆりかごを始めてからもう3年が経過しているので、うちが年中閑散期なんてもう慣れっこです。こんな自虐を平然と言えるくらいには慣れっこです。

 ……え? 今までお客さんが来なくて泣き出してたのはどこの誰だって?

 生憎と、都合の悪いことは記憶から消去する性格でして。

 …………………………………………………。

 

「ええそうですよ寂しいですよ悪いですか! 人は1人じゃ生きられないんです、人間は寂しいと死んじゃうんです!」

 

 お前はウサギか、とここにはいない相方の声なきツッコミが聞こえてくるくらいには、また私は追い詰められています。それはもう泣き出しそうなくらい。

 ワンパターンだと私も思います、でもそういう性格なんです、しょうがないじゃないですか。

 

 手元に置いていたコーヒーを一口飲む。コーヒーの香りにはリラックス効果があり、それとは関係なく飲むと落ち着きます(関係ないのかよ、とまた声なきツッコミが)。

 長く喫茶店をやってきたためか、コーヒーを飲み続けているうちにルーティーンのようになってしまったのかもしれません。どれだけ穏やかならざる状態でも、コーヒーを飲めばある程度静まるんです。

 しかし、飲み過ぎにはご注意を。コーヒーに含まれるカフェインは、摂取し過ぎると人体に有害な作用を及ぼすこともあるので、夜中に眠いからって眠気覚ましにがぶ飲みしたりするのは控えましょう。

 一日数杯程度なら全然問題ないので、ぜひ当店まで飲みにきてください。誰も来ないので割と切実にお願いします。

 

 さあ、人生のためになるお話をしたところで、副業の再開と行きましょう。

 

「行きますよ……開けますよ!」

「一体何回目ですの、その台詞」

「全く、気持ちは分からんでもないが、そろそろ腹を決めたらどうじゃ?」

「だ、だって〜……」

 

 と、店内に続く扉の向こうから琴線にビンビン響く声がわずかですが聞こえました。私の本能が告げている、声の主がリリィであると。

 この店は活気ある街から離れた位置にあるため、喧騒が届かずとても静か。なので、少し声を張るだけで、店の外であろうと中まで声が聞こえてしまうのです。

 その声が聞こえた瞬間、私の体は反射的に動き出していた。残ったコーヒーを胃の中に流し込み、エプロンをかける。以前、夢結さんたちが来た時のような中途半端な状態で出ては失礼。背中の紐を絞め、襟元を正し、人前でも恥ずかしくない様相を整える。

 そして、店裏からカウンターに出てきたらお湯を沸かす。コーヒーにせよ紅茶にせよお湯は必要不可欠。熱くなりすぎないよう少し加減して沸かします。

 ここまですれば準備は万全。心をワクワクさせながらご来店を待つのみです。

 

 

 

 だというのに……

 

「開けますよ、本当に開けますよ!」

「いい加減になさいませ、ちびっこ1号! いつまでそうウジウジしているつもりですの!?」

「これ以上焦れるようならもう帰るぞ。これだけ店先で長居をしては店主も迷惑じゃろう」

 

 あれから10分、未だ来店の気配なし。

 肩透かしをくらったおかげで、私は完全に待ちぼうけ状態。10分前の用意はどこへやら、顔はだらけ、頬杖をついて、エプロンは肩からずり落ちている。

 そして実際、扉ひとつ隔てた向こうにいる誰が言ったか分かりませんが、その方のおっしゃる通り、お店の前で10分以上も陣取られてはいい迷惑です。業務妨害とまではいかないかもしれませんが、注意して聞かなければ然るべき場所への通報も考えなくてはなりません。

 しかし相手は九割九分リリィ、人の命と営みを守る立場にある彼女たちなら、一度言えばきっと理解してくれるでしょう。それで聞いてくれなければその時はその時、話し合う場所がお店から某署に変わるだけです。

 

「ほれ、いつも上級生に取材に行く時の豪胆さを思い出すのじゃ。わしが初めてその様を見た時は武士(もののふ)のごとき気迫だと思ったくらいじゃ」

「そ、そっか……そうですよね! よし、始めの一歩は思い切りが大事なんです……」

「はぁ、ここまで長かったですが、ようやくですのね……」

 

 先ほどから小声になったせいか外で何を言っているのかよく聞こえませんが、やることは変わりません。一発ガツンと言ってやります。リリィ大好きな私ですが、いつも甘いわけではないのです、たまには心を鬼にすることもあるのです。

 さて、どんな風に言えば素直に聞き入れてくれるか、と思案しながら私はお店の出入口に向かいました。

 

 私も元リリィ、注意を怠ったつもりはありませんでした。しかし、歩きながら考え事をするというのは、思った以上に危ないもので……

 

「取材は度胸です! ごめんくださーい!」

 

 その言葉とともに勢いよく開け放たれた扉は、立ち位置悪く立っていた私の鼻っ柱を強打。その衝撃のまま、私は背中から倒れることになった。

 扉を開けた張本人は、目当ての人物が血を流して倒れた姿を見て自身のしでかしたことを理解し、魂が抜けたような放心状態となってしまった。

 

 

 

 

 

 

「本当に本当に本当に本当に本当に申し訳ありませんでした!」

「そんなに謝らなくても大丈夫ですから。いえホント、お気遣いなく」

 

 残像が見えるほどの速度で頭を下げ続ける小柄な茶髪の少女を鼻に手を当てながら宥めます。なお、血を流して、なんて仰々しく言っても流したのはもちろん鼻血ですので、こうしてティッシュでも丸めて詰めてれば勝手に治ります。若干鼻声っぽくなるのだけ気になりますが。

 

「なぜじゃろうか、近頃は二水の鼻栓姿に見慣れておったからか……」

「他人のそれに新鮮味を覚えてしまいますわね……」

「そんな感想をもらった私はどういう心境でいればいいですか?」

 

 そう言うのは、先ほど謝り倒していた茶髪の子と同じくらい小柄で、藤色の髪をツインテールにした老人言葉が特徴的な少女。娯楽小説よろしく、実はその見た目で年をとってたりするんでしょうか?

 もう1人は、ウェーブロングの赤みがかった茶髪の少女。これが見るからに気品がいい。顔立ちもプロポーションも申し分なしの美麗さ。ザ・お嬢様といった印象です。

 ていうか、それってこの小さな子は頻繁に鼻血を出してるってことですよね。それ大丈夫なんですか、主に健康面で。

 そんな眼差しを向けると、カウンター席に腰掛けた小柄な少女が言いたいことを察したのか答えた。

 

「あ、別に体調が悪いとかじゃないですよ。ただ、日常的に鼻血が出ちゃうくらいに興奮してしまっているだけですから」

「それはそれで心配です、やはり健康面で」

 

 ようやく落ち着きを取り戻したようで、そこから自己紹介タイムが始まりました。

 

「申し遅れました。私、百合ヶ丘女学院1年の二川二水(ふたがわふみ)って言います。OGである皐月様にお会いできるなんて光栄です!」

「二水さん、事前に梨璃さんが仰っていたでしょう? ここでは……」

「あっ、そうでした。様づけ禁止なんですよね、すみません……」

「いえいえ、新規のお客様ですし、私も強要している自覚はあって、悪いな〜って思ってはいるんですよ。だから謝らないでください」

 

 再び頭を下げる二水さんに対して、私は手を振ってそれを制する。さすがにこの程度で自慢の手刀は使いません。夢結さんは見知った仲ですし、梨璃さんに関しては堅苦しい態度は様づけ以上にやめてほしかったので。

 それはともかく、二水さんの名前を聞いた時から、私の記憶に引っかかるものがありました。

 

「ところで、もしかしてあなたが、梨璃さんが言ってた『二水ちゃんさん』ですか?」

「ふ、二水ちゃんさん!?」

「はい、前に梨璃さんが『二水ちゃんにも教えてあげなくちゃ』って言ってまして。お知り合いみたいですし、そうかな〜って」

「さ、皐月様が私のことを認知してぶふぉ!」

「ちょっ!?」

「二水さん!」

 

 二水さんが唐突に鼻血を噴き出すので、それはもうビックリしました。そして、手慣れたようにウェーブロングの方がポケットティッシュを差し出してるあたり、本当に日常的に鼻血が出ちゃうんですね。

 

「難儀な性格してますね……」

「あはは、もう慣れてますので、お構いなく……」

 

 やはり心配です、どうしても健康的な意味で。

 そして、そのままポケットティッシュをしまった気品高い赤茶髪の方とツインテールの方も名乗る。

 

「はぁ……うちのちびっこ1号が失礼いたしました。わたくし、同じく百合ヶ丘女学院1年の(かえで)(じょあん)・ヌーベルと申しますわ。二水さんがこの調子なので、1人で生還できるか不安になりついて参りました。こちらはミリアムさんことちびっこ2号ですわ」

「誰がちびっこ2号じゃ! 逆じゃろうが! ワシは1年工廠科(こうしょうか)のミリアム・ヒルデガルド・(ふぉん)・グロピウスじゃ。一通りCHARMの整備が終わって暇ができたからついてきたのじゃ」

 

 仲が良さそうで大変なによりです。

 工廠科とは、ガーデンでCHARMの修理やメンテナンスを行う学科のこと。リリィがヒュージと戦うためにCHARMが必要不可欠であるように、それを修理してくれる工廠科もまた、不可欠な存在なのです。

 さあ、相手が名乗ったからにはこちらも名乗るのが礼儀というもの。と言っても、梨璃さん経由で既に知っているみたいですけど。

 

「では、もうご存知のようですが、一応私も自己紹介を。わたくし……」

「暁乃皐月様! 編入試験に見事合格し中等部から百合ヶ丘に籍を置くも、ご活躍は高等部からという遅咲きのリリィ!」

「……え?」

 

 挨拶を遮る形で、二水さんが突如として早口で話し始めました。あまりに唐突だったので、思わずポカンと口が開いてしまいます。

 

「しかし、その遅咲きの才覚により目覚ましいご活躍を見せ、回避とカウンターを軸とした非負傷前提の戦闘スタイルを確立! ご自身はもちろんのこと、同期のリリィたちにそのスタイルを伝授したことにより、皐月様が現役だった高等部の3年間、戦死率の高かったデュエル世代において、百合ヶ丘のそれは低下傾向にあったとか!」

「いや、あの……」

 

 何でそんなことを知っているのかと問いかける間も与えてはくれないほどの勢いと速度。どんどん飛び出す自身の経歴に、私は頬の紅潮を感じ始めていました。

 

「中でも特筆すべきは、高等部1年で参加された山中でのヒュージ討伐任務! ヒュージ討伐のためにとある山に入山した皐月様を含む5名のリリィが、突如発生した複数のケイブと、そこから出現したヒュージの大群により散り散りとなってしまったところを、たった1人で全員を救出し、それをまとめ上げて出現したヒュージを一夜かけて掃討!」

「ちょっと待って……」

「作戦に参加した方の中には、もう太陽を見ることはないと諦めていた方もいたらしく、その全員に再び日の光を浴びせた立役者である皐月様は、周囲からご自身の名前をとって『暁の担い手』の異名で呼ばれるようになったんです!」

「あうぅ……」

 

 終いには、もはや過去の遺物となった名前まで飛び出し、頬の熱は最高潮に達した。

 

「デュエル世代において、ヒュージの大群を撃破した功績は大きく、その5人の勇名は他のガーデンにも知られるほどだったんです! そんなエピソードとは対象的に、皐月様は中等部の頃から負傷した方の手当てや介護なども献身的に行っており、その振る舞いたるや、まさに天使のようだったと伺っています! それに……」

「あの、二水さん? その辺りにした方がよろしいかと……」

 

 ヒートアップが止まらない二水さんの熱弁は、彼女の趣味や性格をよく知る仲となった楓さんによって、とりあえずの落ち着きを見せた。

 

「あっ、すみません。私ってば、この手の話をし出すと止まらなくなっちゃって……」

「ええ、まだ日の浅い付き合いですが、それは十分に理解していますわ。ただ、そうではなく……」

「え、何ですか?」

「二水よ、そこの御仁を見るのじゃ」

 

 ミリアムさんに言われるがまま、二水さんが正面のカウンターの向かいに立っているはずの私に目を向ける。そこには……

 

「お主が語っていた皐月様は、途中から見る間に顔を赤くして、今では蒸気を立ち昇らせて突っ伏しておるぞ」

「きゅうぅ〜……」

「なんでですか! はっ、まさか、私の情報に何か間違いが!?」

「正確だったからこその惨状だと思うのですが……」

 

 見当違いな心配をする二水さんに、楓さんが冷静にツッコむ。楓さんは人をよく見てくれているらしく、二水さんのフォローもそうですが、私の心中も察しているようです。

 私は赤面した顔に手を当てて、起き上がりながら話し始めた。

 

「あうぅ……お恥ずかしいところをお見せしました。まさか、他人に現役時代の情報を詳らかに語られる日が来るとは思いませんでしたよ」

「では、二水さんの話はやはり?」

「はい。他人からの評価はともかく、概ね事実です」

「……ヤバいの」

 

 畏怖なのか引かれてるのか、ミリアムさんがそんな言葉を漏らす。そんな敬遠しないでください、私はミリアムさんとも仲良くなりたいです。

 二水さんは、どこからか取り出した手帳のページをめくり、今度は落ち着いた様子で話し始めた。

 

「百合ヶ丘の中等部編入試験には、才能を持つ少数のリリィを選抜するという背景があります。そのため、合格者は総じて優秀であるということでもあり、当然、活躍が見込まれているんですが、その中で皐月様は、その……」

「技術は中途半端、成長の兆し無し、レアスキルも未覚醒の落ちこぼれでした。当時は周りから『なんであなたが編入試験に合格したの?』って冷ややかに言われたこともありましたね」

 

 本人を前にしているからか、言い淀んだ二水さんの言葉を他ならぬ私自身がつなぐ。

 

「……その、はい。中等部時代、皐月様の実力は周囲と大きく離れていたそうです。中等部3年でようやくレアスキルに覚醒するも、目覚めたのはデュエル世代においてあまり重要視されていなかった『レジスタ』で、周囲からの期待はさらに薄くなってしまったとか。そんな中で編み出した戦法が、回避とカウンターを軸に据えて生存能力を高めた戦い方だったんです」

「なるほど。戦場からの生還を重視することで、確実に経験を積んでいったということですわね。それで実力をつけていったというのですから、実戦に勝る経験はないという、いい例ですわ」

「そして、その戦闘スタイルを高等部に上がるまでに己のものにしたということか……さすがは先輩じゃな、素直に尊敬するのじゃ」

「えへへ、ありがとうございます。正確に言うなら、高等部に上がってからも戦闘スタイルの研鑽は続けてましたよ。でも二水さん、そんな情報どこから持ってきたんですか?」

「ほとんどの情報は自分でリサーチして手に入れました。山中討伐任務などの細かな情報は百合ヶ丘の記録に残っていたものを拝見させて頂いたんですが、皐月様も報告書を書いたのでは?」

「あー、書きましたね。あの報告書って、後で見れるようになってたんだ」

「ガーデンとて軍事機関じゃからな。戦闘記録は保管しておるはずじゃ。百由様の研究や論文だってそうじゃぞ」

 

 おや、懐かしいお名前が出てきました。

 真島百由(ましまもゆ)。百合ヶ丘女学院工廠科の2年生で、アーセナルとしてCHARMの修理やメンテナンスを行いながら、マギやヒュージに関する研究も行い、いくつもの論文を出している。その成果は自他ともに認めるほどで、『聖学工房の魔術師』と呼ばれる天才リリィ。

 唯一の欠点は、多忙ゆえに壊滅的な生活習慣。物は散らかり、片付けもせず、睡眠は据え置きエナドリ片手に研究に勤しむ……私の在学中からそんな感じだったので、いつ倒れるかと心配してたんですが、現在はどうなんでしょう?

 

「百由さんですか。あの人、絶望的に生活感がないですけど大丈夫ですか?」

「やはり昔からあの調子なんじゃな……百由様は相変わらずじゃ。普段から多忙に多忙を重ねているというのに、この間出現した謎のレストアヒュージの研究もしとる。空になるエナジードリンクは増える一方じゃ」

「ははは、変わらないものっていいですよねー」

「遠い目をしていらっしゃいますわね……」

「諦めが伝わってくるのう」

 

 数年経って変わらないなら、もうそれが百由さんの性分なんでしょう。研究が忙しいのか楽しいのかは知りませんが、とにかくご自身の身体を労ってほしいところ。

 まあ、今はこちらのミリアムさんがそばにいてくれているようなので、倒れるまで研究に没頭するようなことはないでしょう。なったらなったで、ミリアムさんには百由さんを反面教師にしてほしいですね。

 そして、会話の中でまた気になる話が聞こえました。

 

「ところで、謎のレストアヒュージというのは何でしょうか?」

 

 レストア。正確には『レストアード』と呼ばれるそれは、リリィとの戦いを生き延び、ネストに戻り修復を受けたヒュージのこと。

 戦いを生き延びたということは、すなわち戦っていたリリィを葬ったということ。経験が糧となるのはリリィもヒュージも同じであり、レストアは通常のヒュージより場数を踏んでいるため手強いのです。

 ……あー、自分で言ってて嫌な気分になってきました。レストアなんて、現役時代に見つけたら絶対に逃さず地獄送りにしてたところです。

 

 私の質問には、二水さんと楓さんが答えてくれました。

 

「えっと、先日、アールヴヘイムが出撃当番の日に、ノインヴェルト戦術を拝見させてもらおうと私たち一柳隊が戦闘を見学させて頂いたんですが……」

「その際に現れたヒュージが、アールヴヘイムが放ったノインヴェルト戦術を受け止めて見せたのですわ」

「うへぇ……それはまた」

 

 そりゃとんでもない話です。

 ノインヴェルト戦術とは、リリィ9人が魔法球(マギスフィア)をパス回ししながらマギを込め、あらゆるヒュージを葬り去る必殺の一撃に育て上げ放つという、まさにリリィの切り札。

 その性質上、リリィのマギとCHARMを著しく消耗してしまうため、し損じれば後がない諸刃の剣。

 そんなノインヴェルト戦術を、しかも新潟の一件により世界最高峰のレギオンと目されているアールヴヘイムが放ったノインヴェルト戦術を受け止めたとなれば、そのヒュージが只者じゃないことはよく分かる。

 

 しかしながら、過去にもノインヴェルト戦術が無効化されるような事例は忌々しいことにも存在します。

 それが『マギリフレクター』。ヒュージが稀に有している能力であり、名前の通りバリアーのようなもの。その堅牢さたるや、ノインヴェルト戦術ですら受け止めてしまえるほど。

 今回の事例もおそらくそれでしょう。マギリフレクター持ちだったのならもうしょうがない。それを持つヒュージは、2連続ノインヴェルトによりリフレクターを破壊し、その後即座にヒュージを撃破するくらいしか、現状では有効な討伐の仕方が見出されていないと聞きます。

 そう考えていたのに、続くミリアムさんから返ってきたのはこれまたとんでもない内容でした。

 

「初めはワシや百由様もマギリフレクターかと思ったのじゃが、どうもそのヒュージ、自身に突き刺さっていたCHARMを介してノインヴェルト戦術を受け止めたようでのう……」

「……は?」

 

 それは、理解はできても飲み込めない発言だった。今、ミリアムさんは何と言った?

 ミリアムさんはもちろん、百由さんも工廠科の人間。誰よりもCHARMに関わって生きている彼女たちなら、それがどういうことか分かるはず。

 それでもそういう結論を出したということは、それに足る証拠があるということなのでしょう。

 それでもやっぱり信じられない。というより信じたくない私は、半ば無意味と分かっている反論を試みた。

 

「……あり得ません。CHARMはリリィがマギを通して起動する……いえ、それ以前にまず契約することで使用できる武器です。CHARMは契約なくして使用できません。ヒュージがCHARMを操ったというなら、それは契約が成立していたということ。元の持ち主が亡くなっているというなら、自動的に契約が解消されていてもまだ頷けますが、だとしても考えにくい。なにより、ヒュージにそんな知能は……」

「お、落ち着くのじゃ。ヒュージについても、そのヒュージに突き刺さっていた夢結様のダインスレイフも、百由様がまだ解析中じゃ。情報が揃わない中でどれだけ考察を巡らせても、分からんものは分からんぞ」

「ならこれ以上情報を増やさないで下さい。ダインスレイフって……運命というか、因果というか」

 

 もう頭がこんがらがってきて爆発しそうです。

 かつて夢結さんが使っていたCHARMであるダインスレイフが、2年の時を経て再び本人の元へと帰ってくるとは。しかも討ち損じたヒュージが伴ってくるなど、運命のイタズラと言えるような奇跡。

 しかし、驚きを覚えると同時にどこか納得してしまった。ダインスレイフは、甲州撤退戦の折に夢結さんのシュッツエンゲルだった川添美鈴(かわぞえみすず)さんの手に渡ったと聞いています。

 先程も言った通り、CHARMは契約せずには使えない。ダインスレイフの契約者は当然夢結さんであり、美鈴さんが手にしたところで使えるわけではない。

 

 なぜそのような行動をとったのか、本人が亡くなった今となっては知る由もない。当時、美鈴さんは重傷を負っていたらしいので、出血で意識が朦朧としていたか。それとも、せめて我がシルトの半身とも言えるCHARMと共に逝きたかったのか。

 いずれにせよ、美鈴さんにダインスレイフを扱う余地はない。それは明確な事実である。

 

 しかし、だがしかし。私は知っている、川添美鈴がどんなリリィなのかを。

 高等部時代、中等部にCHARMの技術指導を頼まれた時、初めてその姿を見た。

 薄いグレーの髪、優しい金色の瞳、整った顔立ち。容姿端麗な上に実力も申し分なし。高等部に進めば即戦力は間違いないと思いました。

 ですが、私が彼女に抱いた印象は『分からない』。身に纏う雰囲気は雲のように掴みどころがなく、良くも悪くも読めない人。顔にはいつも微笑みを浮かべていましたが、それが心からのものだったのかさえ、私には分かりませんでした。

 

 良く言えばミステリアス、悪く言えば不気味。しかしその形容に当てはまらないような不思議な空気を感じた私から言ってしまえば、彼女なら何をしても、何ができてもおかしくないとさえ思えてしまう。それこそ、CHARMのシステムやプロセスをどうにかしてしまうことだって。

 もし本当にそんなことができるのだとしたら、川添美鈴とは、一体何者だったのか……

 

「おーい、皐月様、大丈夫かの?」

「考え事でいっぱいみたいです」

「あのー、お二人? そろそろ注文しませんこと? いつまでも後回しにしてお喋りを楽しむわけにはいかないでしょう?」

「あっ、そういえば! お話に夢中ですっかり忘れてました!」

「ワシもじゃ。店先で立ち往生して、入って注文もしないとは、重ね重ね申し訳ないのう……なんじゃこのメニュー表、やたら分厚いんじゃが」

「そういえばまだオーダーもらってないじゃないですか!」

「急に戻ってくるでないわ! ビックリするじゃろが!」

 

 注文云々と耳に入って現実に戻ってきました。こちらも商売なので、客が来なさすぎて経営が火の車なので。

 何を頼もうかと、三人が肩を寄せ合いメニュー表を眺める中、私は心の中で、ひとまずの考えをまとめた。

 

 あれやこれやと言いましたが、別に美鈴さんのことが嫌いだったわけじゃない。それどころか、夢結さんのシュッツエンゲルになってからは好意的に見ていました。夢結さんと一緒にいる時に彼女が見せた微笑みは、普段のそれよりずっと自分を曝け出しているように見えたから。

 彼女が夢結さんのCHARMに何かしたのかは定かではありません。その辺りは、百合ヶ丘の誇る真島百由が調べてくれるでしょう。

 果報は寝て待て、というやつです。もっとも、私はもう百合ヶ丘を卒業した部外者なので、解析結果(果報)なんてどれだけ寝てもやっては来ませんが。

 

「……あの、皐月さん? 一つお聞きしたいのですが……」

「ん、何でしょうか?」

 

 思考を現実に戻すと、メニュー表から目だけを覗かせ、三人がこちらを見つめていた。

 中央でメニューを開く楓さんは、信じられないと言いたげな目でメニューと私を交互に見ながら質問した。

 

「このメニュー、あまりにも種類が多すぎませんこと? 和食に洋食、その他の料理も多国籍にわたり、飲み物もコーヒーに紅茶に日本茶、ラッシーなんてものもありますわね。そして当然のようにお茶菓子やデザートまで完備して、その総数は軽く見積もっても100種類以上って、一体どういうことですの?」

「ああ、大丈夫ですよ。作れないものはメニューには載せてませんから」

「そういう意味ではなく!」

「あ、もしかして裏メニューをご所望でしたか?」

「そうでもありませんわ!」

「このお店、裏メニューなんてあるんですか!?」

「ありませんけど?」

「なんで匂わせるようなこと言ったんじゃ!」

 

 普段は静かな店内が、こうも騒がしくなる時間はそうそう無い。来てくれるお客様によって違った空気を楽しめるのは、このお店の魅力です。

 その魅力が、普段は人が来ないからこそ成り立っているというのは皮肉な話ですが。

 

「メニューの種類が多いのは、お客様の要望に色々と応えてたら自然と数が増えてったんですよ。うちに来てくれるのって、主に百合ヶ丘の方々なんですけど、ほら、百合ヶ丘って世界中からリリィが集まってくるほどの名門じゃないですか。だから『故郷の国の料理が食べたい!』っていう人がちらほらと。そうでない人も、『こういうのが食べたい!』って遠慮なく言ってくれるんですよ。天葉さんとか特に容赦なく注文しますし。あの人、見た目に反して結構大食らいなんですよね〜」

「なるほど。するとこのメニュー表は、皐月さんと来店した方たちとの思い出の集積とも言えますわね」

「思い出の詰まった冊子……なんだか日記みたいです!」

「ふむ、言い得て妙じゃな」

 

 日記……確かに。この店が苦しくも続けられているのは、開店から今日まで来てくださったお客様のおかげです。その方々との出会いや思い出がメニューとして残っていると考えると、日記という例えはお洒落で悪くありません。

 

「閃きましたわ!」

「急に何じゃ!?」

 

 突然手を合わせて顔を上げた楓さんが、私に質問を投げた。

 

「皐月さん、失礼ですが、この喫茶店はこれからも営業していくと考えていいんですのよね?」

「はい、それはもちろん!」

「皐月さん、当然わたくしたちにもこのメニュー表に新しい品を並べる権利はありますわよね?」

「え、ええ。できる限りご要望にはお応えしますけど……」

「先日来店した梨璃さんと夢結様は、二人で一緒に新メニューの要望なんて出していませんわよね?」

「は、はい。何も聞いていませんが……」

 

 なぜ二人で一緒に、なんて限定するのか。そして楓さんが何を閃いたというのか、私にはさっぱり分かりませんでした。

 しかし、そんな謎は張本人の楓さんが目を輝かせてあっさり明かしてしまいました。

 

「それでしたら、わたくしと梨璃さんとのカップリングメニューを所望しますわ!」

「はい!? 何でここで梨璃さん!?」

「ここは百合ヶ丘のリリィが多く通う喫茶店。そこにわたくしと梨璃さんの愛を象徴するメニューがあれば、自然と来店した方々がそれを目にし、わたくしと梨璃さんの関係を認識、ゆくゆくは支持するようになるという寸法ですわ!」

「もしかしなくても私欲丸出しだったりします!?」

「ふふふ、我ながら見事な考え……夢結様のことです、お店の経営に口出しなんて、出過ぎた行為だと手は出せないでしょう。阻むものは何も無し! なんて隙のない作戦なのかしら!」

「楓さーん! 人の話聞きましょうねー!」

 

 楓さんはこの一瞬で聴覚を捨ててしまったんでしょうか。自分の考えに浸っているようで、こちらの声に全く反応を見せません。

 助けを求めるように両隣のちびっこ達を見ると、二人して心底残念そうに楓さんに視線を注いでいた。

 

「すまんな、皐月様。楓は梨璃が絡むと頭のネジが飛んでしまうんじゃ。これで平時は優秀なリリィなのじゃから余計にのう……」

「今日はいつもより普通だな〜って思ってたんですけどね……」

「こやつは卒業生の前でも平常運転なんじゃな。一周回って尊敬するぞい」

 

 ああ、楓さんのこの有様、何やら既視感を感じると思ったら、某何とかヘイムの問題児さんと似てるんだ。

 片方は可愛いリリィに節操なく手を出し、片方は一途ながらもそれが性癖に拍車をかけまくっている。同校の卒業生にこんな頼みをするくらいに。

 どっちもどっちで面倒なことに変わりありません。楓さんの趣味嗜好を否定したりはしませんが、度が過ぎれば止めなければなりません。

 そして、ようやくこちらの声が聞こえるようになったようで、楓さんは私に再度確認のために聞いてきた。もっとも、答えは決まっていますが。

 

「それで皐月さん、わたくしの考え、聞いていただけますか?」

「楓よ、無理を言うでない。そんな私欲まみれの願いなど、皐月様も迷惑じゃろう」

「その通り。そもそも、そういう話は楓さんの一存で決めていいことじゃありません」

「そ、そんな……」

「ほっ。皐月様がまともな方でよかったです……」

「まったくじゃな」

 

 ちびっこ達はそっと胸を撫で下ろし……

 

「せめて梨璃さんの了承を得てきてください。話はそれからです」

 

 今日一の動揺に襲われることになった。

 

「言質取りましたわ!」

「皐月様! 何で妥協案なんて出したんじゃ!」

「いやだって、なんでも頭ごなしに否定するのはよくないじゃないですか。だったら願いが叶う余地くらいは残すべきだと思って……」

「ダメですよ楓さんは本当にやりかねないんですから!」

「わたくしの未来はバラ色ですわー!」

「くっ、楓のやつ、すっかり有頂天じゃ。こうなれば、二水よ!」

「はい! 私たちで梨璃さんを守らないと!」

 

 私は完全に余計なことをしたようです。

 まあ、そちらの問題は当事者たちに任せればいいでしょう。私の予想が正しければ、楓さんの思惑は十中八九失敗に終わるので。

 

「それはそうと……皆さん、そろそろ注文してもらえます?」

「「「あっ……」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、楓さんは秘密裏に梨璃さんとの接触を試みるも、とある二人の密告者により夢結さんが事態を把握。楓さんは、さながらトランス状態の夢結さんにより確保され、その目論見は潰えることとなったそうな。

 その後、楓さんがどんな目に遭ったのかは、本人たちのみが知るところとなっている。




皐月の経歴については、二水ちゃんのリリィオタク語りが書きたかっただけなので、九割その場のノリで作りました。ついでに少し盛ってます。今後、その設定が活きる時は恐らく来ないので覚える必要はありません。


注)前書きにて説明しました解釈についてです。
アニメ6話にて登場したダインスレイフの刺さったレストアヒュージが、アールヴヘイムのノインヴェルト戦術を無効化したという点ですが、他のハーメルン作品を見ていると、この場面はマギリフレクターによるものと書いている方が何名か見られました。
しかし、同話ED後にて、百由様が「CHARMを操ってノインヴェルトを無効化するなんて」と発言しています。設定を大切にしたい手前、これはどっちが正しいのかと少し迷走しました。
私が認知していないだけで、その場面はマギリフレクターが働いていたと公式から言及がされていたのかもしれませんが、少し調べてみたところ、そういったものも見当たらず。なので今回はアニメの内容に準拠しつつ、個人的な解釈の下、こういった内容とさせていただきました。
もし、この場面あるいは他の内容について、私の解釈違いだという方がいらっしゃいましたら、ご指摘いただけますと幸いです。こういう発言・記載があったなど証拠を明示していただけますとなお助かります。


長くなりましたが、最後にもう一つ。
当小説の2話投稿後(約1ヶ月半前になってしまいますが)、初めての感想をいただきました。最初に見た時は何かの間違いかと目を疑い、批判コメントかと怯えました。
実際はそんなことはなく明るいコメントをいただきました。大変励みになっています。このような拙作を読んでくださり本当にありがとうございます!
次はいつになるか私にも分かりませんが、気長にお待ちいただけましたら幸いです。
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