喫茶ゆりかごの日常   作:木々丸

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 本編前に少し真面目なお話をします。
 前回投稿した内容におきまして、「リリィは年齢規定に達していなくても運転免許の取得が可能である」という点は公式の設定であるという旨のご指摘を頂きました。
 当作品は各種コンテンツや原作者様公式X(旧Twitter)などから得た知識を元に筆者が記憶を手繰って作成しているため、今後もこうした設定抜けが起こり得る可能性があります。
 設定はなるべく大事にしたいと考えておりますので、もし再びこういったことがあった場合、ご指摘いただけましたら幸いです。
 ご指摘くださった読者様、ありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。


地球のヒエラルキーの頂点は人間でなければヒュージでもない

 少しずつ日差しが強くなり始めた昨今、アイスが美味しい季節が近づいてきました。バニラアイスを買ってきたらコーヒーと混ぜて飲むのがお約束の私です。甘みと苦みが溶け合ってマイルドな味に仕上がって美味しいんです。

 誰も聞いてない? そりゃそうだ、だって心の中の独り言だもの。

 

「………」

「………」

 

 そんな心中でも晒していないと場が繋がらないのがこの状況。ご来店くださった方がコーヒーを注文し、それを口にして以降、一言たりとも喋らない。

 

「お待たせしました。こちらご注文のコーヒーと、お茶菓子のマカロンです」

「……どうも」

 

 会話はこれだけ。出したのはコーヒーなのにお茶菓子というのは矛盾してる気がする。そもそもこれ会話?

 元から静かな店内ですが、お客様が来ればそれなりに人の声が飛び交うものです、主に私の。

 その口火を切ることすら許されないような、沈黙の聖域。折角旧友も来てくれているので何とかお話しできる空気に持っていきたい。

 

 というわけで、この沈黙の主を連れてきた旧友に助けを求める。短い緑色の髪を映える黄色いリボンで二つに結んだ少女、百合ヶ丘女学院2年生の吉村(よしむら)Thi(てぃ)(まい)さんです。サボり常習犯のくせに実力は本物、夢結さんと同じく初代アールヴヘイムにその名を連ねたスーパーリリィ。でもやっぱりサボりは良くないので直してほしい。

 そんな梅さんに視線を注いでいると、こちらに気づいた梅さんと目線がかち合う。

 

「? ……!」

 

 対する梅さん、こちらの意図を察してくれたのか一瞬思案する様子を見せると、うんうんと頷いた。

 これでようやく息詰まる世界から解放される。そう思ってほっと息を吐いたのも束の間、私は自身の口元に人差し指を当てる梅さんを見て絶句した。

 

(そんなに睨まなくても、黙ってなきゃいけない空気なのは分かってるゾ)

 

 違うわ! 私が沈黙を貫けと言いたげに見えたんですか? 流石は梅さん、人を思いやれる心を持った優しい人。でも今だけはその見当違いの気遣いを捨てていつもの底抜けた明るい声を聞かせてくださいムードメーカー!

 

 どうしよう、本格的に手がない。まさかこのままお帰りになるまで静かな時間が続いてしまうのでしょうか?

 そんなの耐えられない。このお店を始めたのは私がリリィの皆さんに会って色々なお話がしたいという至極自分本位な理由も一端にある。

 しかし、このまま沈黙が破られることがなければこのお店の存在理由が揺れに揺れる。存続すらも怪しくなる、のは流石に言い過ぎですが。

 あっ、経理的には全然言い過ぎではないですけど、そんなの今はどうでもいい。

 

 チラリと、未だに黙々とコーヒーとマカロンを口に運ぶこの空気の主を見やる。

 色味の薄い金髪をポニーテールにまとめた赤く鋭い目をした少女、百合ヶ丘女学院1年生の安藤鶴紗(あんどうたづさ)さん。席について真っ先にコーヒーを注文して、受け取ったらずっとこの調子。これにより作り出された沈黙の支配する世界に私たちは囚われている。

 静かなのが好きなのかな、と気を使って何も話さずにいたらこの有様。私は今日ほど自身の配慮を呪ったことはなかった。グイグイ行きすぎるのも良くないですけど。

 とにかく、まずはこの状況をなんとか打破しなければなりません。静寂を打ち破るのに必要なのは何かしらのきっかけ、あるいは勇気。表通りの喧騒から離れたこの店に外的要因など期待できない。私は後者を取る。

 こうなった以上、最早他に手はない。この口を開きたくても開けない完全な沈黙の中、意を決して話を切り出す。こうでもしなければ本当に一生この時間が続きかねない。

 だからやる。誰もやらないなら、私がファーストペンギンになるしかないのだ。いの1番に天敵の潜む海に飛び込むペンギンの勇敢さを人間が見習う時!

 しかし、私の決意は最高の形で裏切られることになった。

 

「……ん? 今、何か聞こえなかったか?」

「え?」

「?」

 

 梅さんが私より一歩早く口を開いた。流石は『縮地』のレアスキル持ち、行動が早い。

 そんなくだらない事を言ってないで、言葉の真偽を確かめようと耳を澄ましてみる。マカロンを口に入れたままの鶴紗さんも同様に耳を澄ましていますが、彼女は口内の咀嚼音が邪魔をしてそうです。

 ほら、表情がムッとしたと思ったら咀嚼しきって粉々になったマカロンをゴクリと飲み込んだ。やっぱり邪魔だったんですよ。

 そしてクリアになった鶴紗さんの耳に入ってきたのは、外からの可愛らしい一声。

 

「にゃー」

「「!!!」」

「おっ?」

 

 声の正体を理解した私はその場を離れて早足で真っ直ぐに店の出入口に向かうと、先方を驚かさないよう、あくまでも優しく扉を開けた。

 外にいたお客様の姿が露わになる。しかし、目線の先には誰もいない。それもそのはず、視線を落とすと見えてくるお客様は人間ではなく、白と茶色が入り混じった毛並み、そして金の瞳の中に縦長の瞳孔を宿した……

 

「猫だな」

「猫……」

「ネコ様ーーーーー! あなたは救世主だーーーーー!」

 

 長きに渡る静寂を、鶴の一声ならぬ猫の一声で打ち壊した英雄は、満天の笑顔の私に抱き抱えられるとまた一声「にゃー」と鳴いた。あまりの可愛さに悶えそうです。

 いや、どうやら私以上にその欲求を押さえつけている人がいる模様。彼女が扉を開ける前からそわそわしていたのを私は見逃さなかった。

 先程まで何を話すのも憚られるほど静かな空間にいたからこそ、これは話題作りのいい機会。期待していなかった外的要因にここまで助けられるとは何とも皮肉な話ではありますが。

 ともあれ、席を立って店先まで物見にきた二人に、振り返った私は笑って問いかけた。

 

「お二人とも、ネコはお好きですか? 特に鶴紗さん!」

「その前にまず飲食店に野良猫ってダメだろ」

「衛生問題になりませんか?」

 

 再び訪れた沈黙の中、可愛さ溢れる猫の鳴き声が虚しく響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文字通りの猫舌に合わせて適温に温めたミルクと煮干しを店前にちょこんと座るお客様にお出しすると、店内入店禁止という対応にも関わらず嬉しそうに「にゃー!」と鳴いた。やっぱり可愛い。可愛いは正義、これぞ世界の真理。

 ほら、夢結さんだって普段は厳しく梨摛さんの指導をしてるそうですけど、愛しのシルトが可愛い仕草を見せれば態度はたちまち軟化して……するかなぁ? だってあの夢結さんですよ? 不器用でお堅い夢結さんがそんなコロッと落ちますかね?

 ……駄目だ、確信を持てない。これは例えが悪かったか。そもそもこれ何の話でしたっけ?

 

「それで、その猫って何なんだ?」

 

 慣れたようにネコを接客する私の対応が気になったのか、梅さんが問いを投げる。その問いに、僅かばかりの後ろめたさを感じながら私は答えた。

 

「ご推察の通り野良猫ですよ。日用品を買った帰りにこの子を見かけて、最初は可愛いな〜、くらいの感想だけ抱いて素通りしたんです。でもどうしてか、私の後ろをトコトコとついてきてお店の前まで来ちゃったんですよ。それで物欲しげな目でにゃー、と鳴かれたら施しを出したくもなるもので……」

「要するに餌付けか」

「うぅ……分かってるんです。餌付けは野良動物の人間に対する警戒心を薄めてしまうことで要らぬ被害の元となり、最悪環境問題にも繋がりかねない行為ですからね。自治体によっては厳しく取り締まってる所もありますし、褒められたことじゃないんですよね……」

「いや、そこまで複雑な話はしてないゾ」

 

 実際、鳥に餌を与えたことで街中に大量の鳥が集まりフンを落とし、住人の生活や街の景観に影響を与えたといった事例はある。動物に対する餌やり自体は違法ではありませんが、その結果として被害が出れば動物愛護法に基づき注意の対象とされてしまいます。

 可愛いとか可哀想とかの気持ちで餌をあげてしまうのは当事者(やってる側)である手前理解できますが、街への被害まで考えたらやっぱり自粛すべきなのは事実。先程も言った通り分かってはいるんです、でも……

 

「にゃー」

「可愛いんですよね〜。一度ご馳走されて味を占めたのか、週一くらいでうちに来るようになっちゃって〜」

「うわぁ、デレデレだな。誰かさんみたいだ」

「こっち見ないでください梅様」

「なんだ? 鶴紗も猫好きだろ? いつも触ってみたいって手を伸ばしてるじゃないか」

「それはそうですけど……」

「それに、一人で猫と触れ合ってる時は鶴紗は皐月の比じゃないくらいデレデレになるんだろ? 二水が言ってたゾ」

「その情報は忘れてください! あと二水は帰ったらシメてやる!」

 

 

 

 

 

 同時刻、百合ヶ丘女学院・一柳隊控室にて。

 

「くしゅん!」

「あらちびっこ1号、風邪ですの?」

「いえ、何だか急に悪寒が……」

「ちょうど紅茶を淹れましたから、これで温まってください」

「ありがとうございます。昨日、リリィ新聞の編集で夜更かししたのがいけなかったのかなぁ……」

 

 ちなみに、二水は鶴紗の情報をブツブツと独り言で呟いていただけ。梅は偶然にもそれを耳にしただけであり、二水は決して誰彼女構わず言いふらしたわけではない、完全な事故である。

 哀れなり、鶴紗はその事実を知る由もなく、当然二水も理不尽に迫る自身の未来を知らない。

 

 

 

 

 

「なんだ、やっぱりネコ好きなんじゃないですか鶴紗さん。そんなに恥ずかしがることじゃないと思いますけど」

「いつも猫缶を常備してるくらいだからな!」

「でも、猫の方は私を好きじゃないかもしれません。触ろうとすると、いつも逃げられちゃいますから」

 

 そう言う間も、鶴紗さんは目線をチラチラと煮干しを食べるネコに向けている。触りたい欲求が隠せていません。余程好きなんですね、ネコ。

 ならばこそ、やはりこれはいい機会。好きなものに触りたい、そんななんてことない願いだって、リリィの頼みなら聞いてあげたくなるのは私の性分。

 

「じゃあ、いまここでチャレンジしてみましょう」

「えっ、今ここでって、その子に……?」

「この子以外にこの場にネコはいませんよ? あっ、それとも私をなでなでしたいんですか? いいですよ大歓迎ですよウェルカムですよ!」

 

 悪ふざけ半分で鶴紗さんの足元に屈んで頭を差し出すも、後ろから梅さんにチョップを喰らわされた。あわよくば指導前に鶴紗さんと距離を縮められると思ったのに。

 

「そこは先輩として素直に後輩を助けてやれよ、皐月。ふざけるタイミングじゃないだろ」

「それを言うなら梅さんも先輩なんですから後輩のお手本になってくださいよ。私より後輩に見られる時間は多いんですから、上級生としての自覚を持ってほしいものですがね。つまりサボり癖何とかしてください」

「ちゃんと授業には出てるゾ!」

「単位取得に必要なだけでしょうが! お手本の意味わかってます!?」

「梅は訓練や戦場で教える方が得意なだけだ!」

「学生なら平時の生活で手本になりなさいって言ってんですよ! 鶴紗さん十分強いでしょ!」

「梅様から学べることは多いですけど」

「ほら見ろ! 鶴紗だってこう言ってるんだから、梅はこのままでいいんだ!」

「それとこれとは別問題でしょうが! 話逸らさないでもらえます!?」

(喧嘩するほど仲がいい……でもやかましいな)

 

 決して梅さんは不真面目な訳ではないのですが、ガーデンは学校であり、梅さんは上級生でもある以上、後輩に悪影響を与えてしまうような言動は卒業生として注意しておきたいと思った。そして、これは梅さんの性分で言っても直らないことを思い出してやめた。

 

「あー、もういいです、疲れました。それより鶴紗さん、こっち来てください」

 

 鶴紗さんを手招いて、今度は舌をチロチロ出しながらミルクを飲み始めたネコの元へと誘う。早速ネコを撫でようと身を屈める鶴紗さんですが、それを横から私がガッチリと抱き寄せ、ひっそりと耳打ちした。

 

「鶴紗さん、いくら先輩だからって梅さんの全部をお手本にしちゃダメですよ。学生である時とリリィとして戦ってる時の梅さんは、それこそウサギとカメってくらい別人で、縮地で戦場を俊敏に駆ける梅さんが、日常では日の下に寝転がってお昼寝したりなんて可愛いところもあるんですよ」

「はぁ……知ってますけど」

「おい、本人を前に本人の悪口を本人の後輩に囁く卒業生があるか」

「悪口じゃありませーん。ちゃんと褒めたじゃないですか、可愛いって」

「あの言い方じゃ嫌味にしか聞こえないゾ」

「でも、そもそもサボってるのを気にするなら梅さんとは一緒になんていませんよ。ねぇ鶴紗さん」

「まあ、そうですね。サボりは良くないですけど、梅様がその程度で遅れるようなリリィじゃないのは知ってるつもりですから。それに、猫の集会所とかよく連いてきてくれるし、私のことを気にかけてくれたり……」

「な、なんだお前ら、急に揃って……」

 

 ほら可愛い。こういう反応するあたり、やっぱり梅さんも高校生って感じですね。

 梅さんの噂は、当時高等部にいた私も聞いていた。曰く、授業や訓練をよくサボる問題児、そのクセに並以上の功績を上げ続けているリリィがいる、とか何とか。

 噂には尾ひれがつきもの。人づてで伝わる過程でどこか歪曲した内容が伝わったんだろう。当時はそう考えていた。本当にそんな人がいるなら、中等部から必死になって強くなった私が滑稽でバカみたいだと思ったからだ。

 

 中等部へのCHARMの技術指導において、私は自身にバカの烙印を押すと共に発言を訂正した。

 

 天才というのは本当にいるもので、吉村・Thi・梅は私が数年かけて越えた壁を一足飛びで軽々と越えて見せた。尾ひれなどついていない、彼女の強さは本物だった。

 いや、それとも私が弱かっただけか、あるいは両方か。ともかく梅さんは強い、レアスキルを使われれば防戦一方になるほどには。

 私の回避戦術には、相性が悪い相手が2種類いる。1つは、カウンターを主な攻撃手段に据えるため、神琳さんのような攻撃後の隙をカバーできる防御に長けた人。

 そしてもう1つが、梅さんのような躱すも受けるもままならないほどのシンプルなパワーもしくはスピードで攻めてくる人。

 レアスキルで言うなら、パワー系はルナティックトランサーや円環の御手、スピード系は縮地やゼノンパラドキサといった感じ。双方を両立し得るフェイズトランセンデンスなんかは最悪の相性と言ってもいい。

 

 前者はいなせなくはないのでまだいい、しかし後者はダメだ。私の経験則と反応速度を上回るスピードで攻撃されてはもう対処の仕様がない。

 訓練でCHARMを交える中で、梅さんのイメージは『噂の渦中にいる面白いリリィ』から、『私の全てを否定し得る危険人物』に切り替わった。

 まあ、それもその時までの話。梅さんの速さに慣れちゃったおかげか、大抵の攻撃がスローモーションに見えるようになって、元からヒラヒラ避けられた攻撃が余計に避けやすくなっちゃっいました。私も強くなれたのでその辺は感謝してますし、そもそも梅さんは私の存在全否定なんて酷いことはしないいい子ですから。

 端的にまとめると……

 

「私たちは梅さんのこと大好きだってことですよね〜」

「だ、大好きとか、私はそんなんじゃ……」

「じゃあ鶴紗さんは梅さんのこと嫌いですか?」

「そうは言ってないじゃないですか……まあ、少なくとも好意的では、ありますけど」

「ーーーーッ!!」

「あはは! 顔赤くしちゃって、照れてる梅さんは可愛いですね〜」

「う、うるさいゾ皐月! お前、多分近いうちに百合ヶ丘に来るだろ!? 今度来た時は久しぶりに梅と模擬戦してもらうからな! 覚悟しておけよ!」

「え〜嫌ですよ〜、だって梅さんってば私より全然強いじゃないですか〜。縮地でシュンシュン動かれたら勝ち目ないですって〜」

「お前それでもファンタズムを使ってるのかってくらい避けるじゃないか! 梅は今まで皐月から一本も取れたことないゾ! 梅の縮地はあの頃よりずっと速くなってるからな、今度という今度は勝たせてもらうゾ!」

「悔しがってる梅さんもか〜わいい〜」

「おちょくるな皐月! 梅だって怒る時は怒るんだからな!」

(やっぱり仲いいな、この二人……私や夢結様、一柳隊のみんなと一緒にいる時とは違って怒った顔をしてて、でも楽しそうな梅様……面白いけど、やっぱりうるさいな)

 

 口喧嘩が絶えない喫茶ゆりかごにおいてたった1匹、この状況を俯瞰して見ていられたのは店主からの貢ぎ物を平らげて蚊帳の外になったネコだけ。

 普通のネコなら騒がしいのは好まないものだが、余程人慣れしているらしく、ネコはそれすら楽しそうにまた一声「にゃー」と鳴いた。

 最も、二人の喧騒に揉まれたその声は、近くにいた鶴紗の顔を赤くするだけに留めた。

 喫茶ゆりかごに、店主が望んだ騒々しさが戻りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ気を取り直して、鶴紗さんのネコちゃん撫で撫でチャレンジ、やっていきましょー!」

「そういえばそんな話だったな」

「すっかり忘れてましたよね〜」

「おい発案者」

「それより撫で撫でチャレンジってダサい名前なんですか」

 

 チャレンジャーの鶴紗さんから酷評を頂きました。命名者の私、傷ついちゃうかもしれません。

 このチャレンジは名前の通り、ネコが大好きな鶴紗さんが逃げられることなくネコを撫でられるか、という競技(?)です。

 理由は知りませんが、ネコを撫でられた経験が中々ないらしい鶴紗さん。ここで新たにネコのふわふわした毛並みの感触をその手に感じることはできるのか?

 

 長々とした前置きは不要。運命の瞬間、鶴紗さんが純粋な眼差しを向けるネコに向けて頭を撫でようと手を伸ばした。

 ネコは一切逃げるような素振りはなく、鶴紗さんの手は少しずつネコの頭へと向かっていく。順調な滑り出しです。

 

「にゃー?」

「……っ」

 

 しかし、そう思ったのも束の間、ネコに近づくにつれて、鶴紗さんから不穏な気配が漂い始めた。

 それに反応したのか、それまでおとなしかったネコはサッと4本足で立つと身を低くしていつでも逃げられる体勢を作りながら鶴紗さんの手を睨みつけた。

 警戒されていると悟ったのか、鶴紗さんは一瞬手を止め、やがて諦めたように手を引いた。

 ああ、今までネコに逃げられたのはこういうことか……

 

 鶴紗さんが手を引くと、ネコはあっさりと警戒を解いて鶴紗さんに向き直った。やはりあの気配が警戒の原因か。

 膝を抱えて寂しそうにネコを見つめる鶴紗さんの肩にポン、と手を置いて、私は諭すように言った。

 

「鶴紗さん、とりあえずネコに向けて殺気を放つのをやめましょう。ネコはそういうの敏感に反応しますよ」

「……前に梅様にも言われました。それ以来、できるだけ平静を保とうと気をつけてるつもりなんですけど……」

「いざ触れるかもって思うと、緊張しちゃうんだろうな」

「あー、それで殺気を出しちゃうんだ。難儀だなぁ……」

「すみません、私のせいで困らせちゃって。もういいですから……」

「ダメです」

 

 諦めて立ちあがろうとする鶴紗さんを、私は肩に置いたままだった手に力を入れてその場に再び座らせた。

 

「えっ……」

「鶴紗さんはまだネコに触れてないじゃないですか。たった一回失敗したくらいでしょげてたら、リリィなんてやっていけませんよ?」

「関係あります?」

「殺気は頑張って抑え込んでもらうとして、触り方から変えましょう。ネコは警戒心が強いので、いきなり上から頭を触ろうとすると襲われると勘違いしちゃうんです。まあ、この子は人慣れしてるみたいなので大丈夫っぽいですけど……手のひらを空に向けて、相手に差し出すように下から出してみてください。この方がネコは警戒しないので、いくらかハードルは下がると思います。あとは、手の上に食べ物があるといいですね。残ってる煮干しを使いましょう」

「頑張れ鶴紗ー!」

 

 店内からネコ様に捧げた煮干しの残りを少量摘んで、鶴紗さんの手の上に置く。これでよりネコを引き寄せられるでしょう。

 私たちからネコにアプローチするのではなく、私たちに興味を持たせてネコから寄ってきてもらう。この方がわざわざ相手の警戒心を解く必要もないので簡単です。

 そして、作戦が功を奏したのか、ネコが差し出された鶴紗さんの手元に寄ってきた。ネコはジリジリとにじり寄りながら、煮干しの匂いをクンクンと嗅いでいる。

 やがて、ネコは煮干しにパクッと食いついた。鶴紗さんの手のひらがネコがチロチロと動かす舌の感触に襲われ、くすぐったさを覚えたのか鶴紗さんの表情が僅かに強張る。

 さほど数は置いていなかったので、ネコは時間もかからず煮干しを飲み込み、ごちそうさまとでも言いたげに「にゃー!」と鳴く。

 手を出すなら今が好機と、私は鶴紗さんの背中を軽く叩いて触ってみるよう促す。

 

「鶴紗さん今です、最初はしっぽのつけ根あたりを軽くポンポンとしてあげるのがいいと思います」

 

 鶴紗さんは無言で頷くと、ゆっくりと手を伸ばしていく。今度は殺気を抑えられているようで、ネコも特段警戒するような素振りは見せない。

 そして、先程の失敗は一体なんだったのか、鶴紗さんの手はいとも簡単にネコの身体に触れた。

 

「あっ……」

「やった! やりましたよ梅さん見てますか!?」

「もちろんだゾ! 苦労したかいがあったな!」

「言うほど苦労したかは疑問ですけどね!」

 

 鶴紗さんを見守る保護者二人がハイタッチで喜びを分かち合う中、鶴紗さんは念願叶ってネコの身体を堪能していた(言い方に難あり)。

 しっぽのつけ根を優しくポンポンとすると、ネコは見るからに嬉しそうに表情を綻ばせた。鶴紗さんも手のひらから伝わるふわふわしたネコの毛の感触に打ち震えている様子。

 そのまま背中に手を移してみても抵抗するような様子は一切なく、気持ちよさそうに「にゃ〜」と間延びした鳴き声を出したり、喉元に手を回してみるとゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさを表現している。

 ネコにつられて、という訳ではないでしょうが、やがて鶴紗さんの表情も柔らかくなっていった。今みたいに笑っていればネコに負けず劣らず、鶴紗さんも十分すぎるくらい可愛いのに。

 ……前は結構ツンツンした雰囲気だったのに、随分と丸くなったものです。

 

「あっ、猫が……」

 

 鶴紗さんの声で目を向けると、ネコが鶴紗さんの手を離れ歩き去るところだった。どうやらお客様はお帰りになる様子。

 

「あらら、ご飯食べて気持ちよく撫でてもらって、満足しちゃったんですかね。気まぐれなお客様ですこと」

「……少ししか撫でられなかった」

「また機会はありますよ。週一くらいの頻度で来てますから、運がよければまた会えますよ」

「おっ、ネコを餌に鶴紗を常連客にするつもりか?」

「失礼しちゃいますねぇ梅さん、そんなやましい気持ちで言ってる訳…………言ってる訳ないじゃないですか!」

「おい、間があったゾ」

「そこは言い切ってほしかったです」

 

 二人から向けられる懐疑的な目線から目を背け、誤魔化すようにお店を去っていくネコに向けて手を振った。すると、まさかそれに気づいたわけではないでしょうが、ネコがこちらを振り返って「にゃー!」と元気に鳴いて見せた。

 誤魔化しついでに話題を変えてみる。

 

「また来ますって言ってるみたいですね」

「そうですね……私も、また来てもいいですか? コーヒー、けっこう美味しかったので」

「もちろん、大歓迎しちゃいます」

「あっ、鶴紗だけずるいゾ、梅も行くからな!」

「じゃあ、暇な時にまた声をかけてください。あっ、サボってる時とかは無しですよ?」

「梅のことを何だと思ってるんだ……」

「ぶふっ!」

「笑うな皐月!」

 

 掴みかかってきた梅さんをひらりと躱して逃げるように店内へと戻った。今日は最初から最後までネコに助けられるという奇妙な一日となりました。やはり可愛いは正義、揺らぐことのない不変の真理なのだと悟らされました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と締め括った私の今日はもう少しだけ続いた。

 閉店作業を終えて夕ご飯(気分だったのでグラタン)を作っていたところで、カランカラン、と入り口に取り付けたベルが鳴った。つまりは誰か来たということなのだが、いつもならお客様の来店を告げる嬉しい音も、店じまいをした後ではそうもいかない。

 残念ながらお引き取り願わなければならない。包丁を使う手を一旦止めて、まだ開店中と誤解したのかやってきた来客に声をかけた。

 

「申し訳ありません、本日はもう閉店しており……」

 

 顔を上げて視界に入ったものを私は疑った。何せ音信不通になって一ヶ月が経っていたのだから。

 入り口に立っていたのは、刺されると錯覚するような雰囲気とそれに合わない小柄と童顔、なにより黒い瞳と腰まで伸びた鮮烈な赤と稀薄な色の赤が上下に分かれたハーフメッシュの髪の女性。見間違えるはずもない、食材の買い出しを一手に引き受けて文字通り日本を東奔西走してくれている当店唯一のスタッフ……

 

「よォ、連絡できなくて悪かったn

「愛莉さあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 リリィ時代からの腐れ縁、四ノ宮愛莉(しのみやえいり)その人だった。

 

「大丈夫なんですか!? 一ヶ月も連絡寄越さないから心配してたんですよ主に食材の!」

「私の安否を心配しろ! 人命より先に店の心配とかお前の天秤どうなってんだ!」

「だって愛莉さんは殺して死ぬような人じゃありませんし、心配するだけ無駄でしょ」

「そっか、信頼してくれてありがとうじゃねーんだよ!」

 

 私の顔面めがけて容赦なく振り抜かれたノリツッコミと言うには強烈すぎる拳を首を横に倒して回避する。一瞬前まで私の顔があった場所を小さな拳が突き抜け、耳元で風切り音が鳴った。

 挨拶も程々に、愛莉さんは客のようにカウンター席に座ると、ぶっきらぼうに「ひとまず酒くれ」と言った。帰ってくるといつもこれです。

 少しは自制しろという意味も込めて冷やしていたノンアルの缶ビールを差し出すと、愛莉さんはそれを一気に飲み干してしまった。やはり長旅で疲れているご様子。

 

「で、私がいない間の店はどうだった?」

「入学シーズンの後でしたから、新規さんもそこそこ来てくれましたよ。今日だって、梅さんが可愛い後輩連れてきたんですよ? 顔だけは出張店で百合ヶ丘に行った時に見たことありましたけど話すの初めてで、クールな顔してネコが好きなんて可愛い人で……」

「いやそうじゃなくて、経営的な意味で聞いてんだけど。売上とか」

 

 玉ねぎを切る手が思わず止まってしまった。その反応で全てを察したように愛莉さんは目を細める。

 数秒経って、再び手を動かすと共に私は言葉を絞り出した。

 

「……副業の稼ぎがありますから何とか」

「なるほど、要するに変わりない訳だ。仕事を斡旋してくれた先方には頭が上がらないなあ? もし一方的に手を切られたらどうすんだ?」

「嫌味っぽく言うのはやめてください。相手方が話を持ってきたのはこの店と私という存在があったからです。ここが続く限りはそうそう切り捨てはしないでしょうし、そもそもそんなことしないと思いますよ。あちらもこちらも危ない橋を渡ってるわけで、相応の覚悟があるものと判断します。だからこそ、私もこの仕事を請け負ったんですから」

「一連托生ってか? うちは二本の綱の上を渡り歩いてるって訳か……あっ、綱渡りで思い出した。経営に追い打ちをかけるようで申し訳ないんだが……」

 

 そうして改まった愛莉さんの口から飛び出した言葉は、私の頭を真っ白に染め上げるには十分すぎる威力だった。

 

「今回の収穫ゼロだった」

「……はい?」

「だから、食材一つも手に入らなかったんだって。すまねェな」

「……………………はえ?」

 

 その場で完全に固まってしまった私の反応は決しておかしなものではなかったと断言できる。間抜けな声を出してしまったことも無理からぬことだろうと。

 だって、だって一つもないって……一つもないって……

 

「正確に言えば買いはしたんだよ。それで帰ろうと思ったところでヒュージの侵攻に巻き込まれちまってな」

「侵攻って、どこで……」

「新潟」

 

 平然と愛莉さんは言ってのけたが、それが時期的に何を意味するかはよく分かっていた。

 つまり、アールヴヘイムが参加した『新潟奪還戦』の現場に居合わせたと、目の前の彼女は言っている。

 情報に次ぐ情報に混乱し始めた中、愛莉さんは私に気を使う様子もなく話を進めていく。

 

「お察しの通りファーヴニルの一件でよォ、私が新潟に入ったタイミングで運悪くヒュージがわんさか出てきてな。運転は防衛軍から止められるし、負のマギの影響か連絡網も碌に機能しねーしで、決着が着くまでの間、新潟の避難所に缶詰めだったんだよ。()()()()()()が、やっぱアールヴヘイムは強いな、世界最高峰のレギオンって呼ばれるだけはある。柳都もリリィの意地を見せた、伊達に一校で新潟を守ってねェな。で、その間買った食材は奇跡的に無事だった冷凍車の中だったが、冷やし続けるだけのガスが手に入らなくてな。戦いが終わった後になんとかできないか駆け回ってみたが、当然ガスなんて復興のためにインフラに優先して回されてるから手に入らなかった。だからダメになる前に支援が回ってくるまでの物資の足しになるよう新潟に全部渡しちまったんだ、無償でな」

「……つまり?」

「おめでとさん、今月は副業込みでも大赤字だ。ま、食べ物無駄にしなかっただけ良しとしてくれ」

 

 完全に頭がショートした私にできることは、頭の自重に任せて突っ伏すように倒れるだけだった。

 

「……来月どうしよ」

「言うて食材しこたま残ってるし何とかなるだろ。つーかお前は経理を見直して万年赤字なこの状況をなんとかしろ。そんでもって追加の酒くれ」

 

 取り出した缶ビールを不遜な態度でねだる愛莉さんに向けて怒りのままにぶん投げたら飲み干された空き缶が返ってきた。もちろん、愛莉さんに当たっても私は躱しましたけど。

 その後、出来上がった夕食のグラタンは塩加減を間違えてしょっぱくなってしまい、二人で口直しのノンアルビールで晩酌と洒落込むことにした。嫌なことは飲んで忘れる、これぞ大人の特権です。

 

「ただの現実逃避なんだよなぁ」

「言うな、悲しくなるだけです」




ラスバレがたづまいを供給してくれたおかげで少し早めにに仕上がりました。なのに新キャラで締めるのは我ながら何でだよ。
愛莉の容姿を想像した時、そういえば皐月のビジュアルは明記したことなくない? と思ったのでここでプロフィールと一緒に載せちゃいます。読者様方の想像に任せようかとも考えましたが、折角作ったキャラなので自己完結させておきたいと思います。
もし想像と異なるものだった場合は早いうちに容姿を確立させなかった責任として筆者を想像の中でぶん殴ってくださって結構です。



暁乃皐月
年齢:21歳
誕生日:4月2日
血液型:AB
身長:168cm
体重:極秘事項
好きなもの:リリィと接すること、ドーナツ
苦手なもの:ゴーヤ、勉強(一般科目)
趣味・特技:コーヒーを淹れること

 百合ヶ丘女学院の卒業生。緑の瞳とローポニーテールにまとめた黒髪で淑やかな印象を受けるが、本人の性格のせいでその雰囲気は完全に崩れている。
 鎌倉で「喫茶ゆりかご」という喫茶店を経営しているが、本人がリリィに尽くしたがるせいで経費が嵩み経営が傾きがち。
 母校の百合ヶ丘とはビジネスパートナーであり、自家製のコーヒー豆を卸している。また、理事長の厚意で生徒に手製のコーヒーを振る舞うために定期的に百合ヶ丘に出入りしていて、味はかなり好評。本人曰く、秘訣は豆の挽き方と愛情。
 現役時代に回避を主軸にした戦法で戦っていたせいか、百合ヶ丘に赴くとリリィたちから自身の技量試しのためによく指導や模擬戦を申し込まれ、快く引き受けている。が、本人は体のいいサンドバッグにされてると思っているため内心は余裕がない。
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