「ふああぁぁっ、あぁぁぁ……」
日の出前、コーヒー豆畑でいつものように作業する中、大きなあくびが一つ響き渡る。手を止めて声の方に目を向ければ、緑が茂る中では一際目立つ赤と薄赤のハーフメッシュの髪が視界に映り込む。
「
「寝ぼけ眼を擦ってるのは私も一緒です。口より手を動かしてください」
「気まぐれに手伝うなんて言うんじゃなかったなぁ……」
「今日は収穫日なので強制的に手伝ってもらってましたけどね」
「この世に救いはないのか」
という訳で、現在私はスタッフの愛莉さんを連れ立っていい感じに育ってくれたコーヒー豆を収穫中。機械を入れるようなスペースは無いため手摘みです、数が多いので超過酷です。ていうかうちにそんな機材を揃える経済的余裕なんてあるわけないんですよ。
到着してから二人がかりでノンストップで作業して約1時間、ようやく三分の一が終わろうかというところ。終わりの見えない作業ほど辛いものも中々ありません。
さすがに休まないと倒れかねないと思ったので少し休憩。持ってきた麦茶を潤いを求める渇いた身体に口から流し込む。本格的に夏に入った今日この頃、日が昇りきらない早朝はまだ気温は高くありませんが、それでも体を動かせば汗が流れる。汗拭きタオルも農作業の必須アイテムです。
水分を取り込んだ分だけ排出されるかのように流れ出る汗を拭きながら、愛莉さんは温室ハウスに寄りかかる形で座り込んだ。
「ふぅ、しんどいなーこれ。お前こんな重労働を毎回一人でこなすとかイカれてんじゃねーの?」
「そう思うならもっと積極的に手伝ってほしいんですけど」
「長いこと運転してて疲れてるだろうから無理しなくていいとか気遣ってくれたお人好しはどこの誰だ? 私はその言葉に甘えて帰った日は毎回12時間ぐっすり休ませてもらってるよ」
「愛莉さんが自発的に手伝ってくれるなら別だと思うんです」
「もういっそはっきり言えよ、一人じゃ大変だから助けてください愛莉様ーってよ……誰が愛莉様だコラ」
「一人漫才なら他所でやってもらえます?」
この人も私と同じで様付けされるのを嫌がってます。曰く、様だなんて私の柄じゃない、むず痒くってしょうがないのだそう。リリィだった頃は後輩から先輩呼びしてもらってたらしいです、ちょっとだけ羨ましい。
かくいう私も、一般家庭の出としては初めて様付けされた時はこそばゆいことこの上なかったり。
「まあ実際、人を増やすのはありだと思います。普段一人で作業してる分、今みたいに人手を増やしてやってるとその有り難みを痛感させられます」
「やるなら非正規雇用だろ。私みたいに正規で雇って給料ちゃんと払えるのか?」
「そうなんですよね〜。愛莉さん一人でも結構ギリギリなんですよね〜うちの店は」
「お前マジで危機感持てよ。一人雇用するのがやっとの経営状況とか崖っぷちもいいとこっつーかすでに転落中だろ。そんな状態でさらに人雇うとか無理じゃね?」
「無理ですね」
「ここまでの話なんだったんだよ。本当によく成り立ってるなお前の店」
こんな会話を繰り広げている内に再び作業に戻りせっせと手を動かしていれば、いつの間にか普段ならお店に帰る時間になっていた。ここまでで収穫できた量は全体の三分の二と少しといったところ。猫の手を借りられたのでスピーディーな収穫ができましたが、それでも全てを摘みきるのは難しかった。
仕方がないので延長戦で収穫を続行。作業する中、人員増加を本気で検討しようと心に決めた。
摘み取った豆はどんどん袋に詰めていき、いっぱいになった物から次々にトラックに運んでいく。塵も積もれば山となるとはよく言ったもので、一粒一粒の重量は大したことない豆も、袋満杯に詰まればその重さは動物にのしかかられるかのように感じる重量になる。私は一袋ずつ抱えて運ぶのが精一杯です。
それを両腕で二つずつ担いで悠々と運んでいる愛莉さん、控えめに言ってやばすぎる。あの人、昔っからパワーだけはあるんだよなぁ。
それを積み終われば、ここでのお仕事は終わり。運転は愛莉さんに任せて私は助手席に乗り込んだ。
トラックに揺られる中、窓から昇り切った太陽の光と熱が差し込む。現在時刻8時、何もしていないのに額や首筋から汗が流れるのを感じると、否応なく夏の到来を実感させられた。
百合ヶ丘女学院2年生、LGアールヴヘイム主将
一つ目は、以前来店した際に買い損ねたレギオンメンバーとのお茶会に使う紅茶の茶葉を買いたいと思ったから。百合ヶ丘には紅茶派の人間が多いため需要を分かっているのか、あの店はいい茶葉を揃えている。
二つ目は、機を見て訪れようと考えていたものの、先日現れたギガント級ヒュージから受けた損害による戦力外処分から復帰し、それまでの穴を埋めるべく任務を入れられたために時間が取れなかったから。そうでなくても新潟奪還戦以降、元から高かったアールヴヘイムの評判が鰻登りになっていて忙しいのだ。
三つ目は、以前の来店の折の無礼を店主に根に持たれたらしく、友人経由で間接的に呼び出しを受けていたので、そろそろ顔を見せないと後が面倒くさいことになると思ったから。また泣き出されてはたまったものではない。
余談だが、伝言を伝えた友人からは「あなた何をしたの?」と怪訝な目で見られた。
「皐月さんはどこか子供っぽいからなぁ。まあ、だからこそ卒業生って肩書きの割に接しやすいんだけど。ほんと、あのお堅い頃とは大違い」
その本人が今では堅い態度を嫌がっているのだからどういう心境の変化があったのか。あれはあれで接しやすいので、天葉も難しく考えることはしていなかった。
そんなことを考えている内に辿り着いた目的の喫茶店。いつものように入ろうと扉に手をかけようとする天葉の目にぶら下げられた看板が映る。
そこには、普段は見慣れない文字が綴られていた。
「あれ、『CLOSED』? 何で閉まってるんだろう、いつもなら開いてるのに。定休日とかも聞いた覚えないし……」
折角来たのに無駄足になったかと思った天葉だったが、次の瞬間、触れていないにもかかわらず眼前の扉が勢いよく開かれた。
一瞬、天葉はビクッと驚きに肩を上げるも、目の前に人影が現れたことで、内側から扉が開いただけで怪奇現象などではないと悟り微かな安堵を覗かせる。
しかし、目の前の赤い髪の人影の正体を認識するや、その顔は再び驚きを見せた。
「おっ、天野じゃん。いらっしゃい」
「愛莉さん! 帰ってきてたんですか!?」
「ああ、数日前にな。私は買い物に行くけど、ゆっくりしていきな」
「えっ、帰ってきたのにもう行っちゃうんですか?」
「買い物っつっても近場だよ、すぐ戻るさ。それまであのバカの相手でもしてやってくれ。お待ちかねだったみたいだしな」
「でも、表の看板に……」
「あのリリィバカが足を運んでくれた後輩をそんな理由で追い返すわけねーだろ。いいよなぁ、私も天野みたいな甲斐性ある後輩に恵まれたかったよ。それじゃあな」
言うだけ言って、愛莉は背中越しに手を振って路地の向こうへ消えていった。
愛莉の背中から店内に視線を移せば、そこには手を動かしながらも心底嬉しそうに笑顔を作った店主が待っていた。
コーヒー豆を収穫したからといって、もちろんこのまま納入する訳ではない。採れたままの状態からよく見る黒茶色の豆にするには焙煎という作業をしなければならない、当然専用の機材なんて揃えられないので手作業で。
焙煎の方法は、一口に言ってしまえば火にかける、これだけ。正確には火から下ろした後に冷ます工程があるのですが、全体の作業の多くを占めるのはやはり火です。
手網に生豆を入れて十数分中火にかける。焼きムラができないようにこまめに振り続ける必要があるのが少し辛いところ。
すると、やがて豆からパチパチと弾けるような音が鳴る。さらに続けていると次はチリチリという音が。焙煎の度合いによってコーヒー豆の出来にも変化が現れるので、この辺りになったらやりすぎない程度に好みのタイミングで火から下ろす。
こうして炒り続けた豆からは元の薄茶色は消え失せ……
「ほら、ご覧の通り」
「わっ、本当だ。黒っぽくなってる」
焙煎を終えたばかりの豆を見せると、天葉さんの口から本日何度目かの驚きが漏れる。こうした作業を直に見るのは初めてなのか、物珍しげな目で出来たての豆を見つめている。可愛い。
「後はうちわか何かで風を送って粗熱を取れば放置して冷ますだけです。これでようやく納品できるんですよ」
「ああ、だから今日はお休みだったんですか。焙煎作業に時間を割くために」
「そう、そうなんですよ! なのに愛莉さんってば今しがたフラッとどっか行っちゃって。『買い物行ってくるー』って、確かに報連相を心がけてとは言いましたけどそれすれば何してもいいってわけじゃないんですよ! 気ままに生きるのも大概にしろってんですよ! 熱冷ましの作業をお願いしたかったのに、二人いるから分担すれば余裕で終わらせられると思ってたのに!」
(つまり普段は一人で全部やってるんだ。あれもこれも一人で片付けて、この人いつか過労で倒れるんじゃない?)
後輩相手に愚痴をこぼすと、何かを思いついたように天葉さんが手を合わせた。
「そうだ! 皐月さん、よかったらその作業手伝いますよ」
「えっ、いやいや、業務をお手伝いしてもらうのは流石に悪いですよ」
「炒った豆をうちわで扇ぐだけですよね? そんなの子供にもできますよ。それに、ただで手伝うわけじゃありませんよ?」
「ん?」
「今日ここで、私に茶葉を売ってください。お店がお休みのところに来ちゃった私も悪いんですけど、実は楽しみにしてたので」
交換条件に出される内容など滅多なものではないと身構えた私でしたが、提示されたのがなんてことないものだったことに安堵した。
「なんだ、そんなことでよければ全然いいですよ」
「あれ、もしかして釣り合いが取れてませんか? だったら少し安く売ってもらってもいいですか?」
「高校生が値引き交渉など百年早いわ! 定価に決まってるでしょ!」
「あはは、ですよねー」
あの頃の可愛げを残しつつも、どうやら
茶葉を売ること自体は何ら問題ないので、素直に手伝ってもらうことにした。天葉さんが借りたうちわで炒った豆をパタパタと扇ぐ隣で、私は引き続き豆に熱を入れる。
「こんな感じでいいんですか?」
「そうそう、そのまま扇ぎ続けてください」
片や腕を振って豆を転がす、片やうちわで扇ぐという単純な作業。それが続けば二人して思考を持て余しており、作業を始めてから5分も経たない内に私は自然と世間話を始めていた。
「そういえば、依奈さんや樟美さん……アールヴヘイムの皆さんはお元気ですか? 新潟では大変だったって聞きましたけど」
「大丈夫ですよ、みんなピンピンしてます。亜羅揶はちょっと元気すぎますけど……今日もいつものごとく壱のことを追いかけ回してましたし」
「それが日常でいいんですかアールヴヘイム」
「あっ、弥宙と辰姫はCHARMの修理が溜まってるみたいで嘆いてましたね。辰姫が『他の人のCHARMなんてー』って言ったら弥宙が『口より手を動かしなさい! 終わるものも終わんないわよ!』って怒ってたり」
「ふふっ、ありありと情景が浮かんできます。辰姫さんっていつも自分のCHARMばっかりいじりたがってますからね」
「だから弥宙がその皺寄せを受けて余計に怒っちゃうんですよ。辰姫もそれでようやく修理を始めて、でも終わりそうにないから結局弥宙も手伝ってあげたりして」
「何だかんだ言いながら手伝ってあげてるあたり、弥宙さんも面倒見がいいですよね〜。あの人は他人を気遣えるいい子です。それで、愛しの樟美さんは?」
「愛しのだなんて、からかわないでくださいよ。その通りですけど」
この辺の感情は裏表ないし隠しもしないなーこの人。シュッツエンゲルの契りを交わすというのは得てしてそういうものなのでしょうけど。
「樟美なら、今日は月詩と茜と一緒に自主練してますよ。元々月詩と茜の二人でやってたところを見て、月詩のやる気に触発されたみたいです」
「伍人組でしたっけ、あの面子は仲いいですよね。幼稚舎からの仲良しだなんて妬いちゃいますよ。てことはさしずめ、樟美さんたちに訓練頑張ったねーってお茶を振る舞いたくてうちに来たんですか。シルト思いのシュッツエンゲルですね〜、こっちもこっちで妬いちゃいますよ」
「毎回思いますけど、何でそんなに細かく理解できるんですか? 心読まれすぎててちょっと怖いですよ」
「リリィに関することなら何でもお見通しですから。でも、これに関しては天葉さんが分かりやすすぎるだけだと思います」
「……私って、そんなに分かりやすいですか?」
「こと樟美さんのことに関しては特に」
「ハッキリそう言われると流石に少し照れるなぁ……」
うちわを扇ぎながら、天葉さんは空いた手で恥ずかしそうに頬をかく。
どれだけリリィとして強くなろうと、どれだけ知名度が上がろうと、こういう可愛い仕草を見てると、やっぱり天葉さんは天葉さんって感じです。
有為転変は世の習いなどと言いますが、環境も何もかもが変わろうとも、変わらないものも確かにここにあることを実感する。
この辺の愛嬌が天葉さんが愛される
「そういう皐月さんにはいなかったんですか?」
「ん? 何がですか?」
物思いに耽る中、唐突に話を振られた。先程まで聞き手に回っていたからか、反射的に内容を聞き返してしまう。
「だから、シュッツエンゲルの契りですよ。そういう話は何もないまま卒業しちゃいましたよね。在学中に契りを結びたいと思うような相手はいなかったんですか?」
火にかけていたコーヒー豆がパチパチと爆ぜ始める。一つ、また一つと発生したガスの圧力に負け、その音は次第に大きくなり静まり返った空間を支配する。
普段はお喋りな私が突然口を噤んだことが気になったのか、天葉さんがうちわを扇ぐ手を止めて私に視線を向ける。
その顔が悲しげな微笑みを浮かべていたせいか、それ以上、天葉さんが言及してくることはなかった。
何気ない問いかけから生まれた数分間の重苦しい沈黙の世界は、来客を告げる出入口のベルの音で破られた。
表の看板で休業中であることは伝わっているはずなので客ではなく愛莉さんが帰ってきたと思い入口に目を向けるが、目に入ったのは映える赤色ではなく、落ち着きのある桔梗色の長い髪。
愛莉さんではなかったが、その人は私のよく知る人物だった。
「ごめんくださーい……って、何やってるのソラ?」
「依奈! 何でここに?」
百合ヶ丘女学院2年生、天葉さんのルームメイトである
「樟美から喫茶ゆりかごに買い物に行ったって聞いて、それにしては帰りが遅いから、皐月さんに顔見せるついでに様子を見に来たのよ。樟美、口には出してなかったけど心配してたわよ?」
「あちゃー、そんなに時間経ってたんだ。樟美を心配させちゃうなんて、私もまだまだかな。あっ、でも今手伝いをしてて……」
「……いえ、大丈夫ですよ。ここまででも十分助かりましたから。えっと、茶葉でしたよね、種類はどうしましょうか……」
(気のせいかしら? 皐月さん、なんだか少し……いや、すごく元気ない?)
依奈さんが首を傾げていると、その疑問を解消するかのように天葉さんが申し訳なさそうな顔で私に声をかけた。
「あの、皐月さん。さっきは……」
「気にしてないから大丈夫ですよ。悪気があったわけじゃないんですから、天葉さんも気にしないで……もう、本当にそんな顔しないでくださいよ。まさか樟美さんにそんな表情を見せるつもりですか? シルトが待つ所に笑顔で帰れないなんて、それこそシュッツエンゲル失格ですよ?」
軽口を叩いてみたが、それでも天葉さんは笑みを見せない。それどころか、依奈さんまでもが心配そうに表情を曇らせる。
これはダメだ。お客様、しかも可愛い後輩にこんな表情をさせてしまうとは、どうやらまだまだなのは天葉さんだけじゃないらしい。
「ふむ……ならこうしましょう。お二人とも、
「明後日? それなら、私とソラは哨戒任務が入ってますけど……」
「シチュエーション的には好都合ですね。私は今日のうちにコーヒー豆を用意して、明日には連絡を入れ、明後日には百合ヶ丘に行くつもりです」
「ということは、出張店に来るんですか?」
「メインはお仕事ですよ。でも、もちろんそれもあります。だから、任務が終わったら私のところに顔を見せに来てください。その時には、今の陰鬱な空気を吹っ飛ばしていつも通り笑って迎えてやりますよ……そしたら、二人もいつもみたいに笑ってくれるでしょう?」
最後の言葉で二人の顔はキョトンとした表情に変わった。そしてお互いに顔を合わせると、何がおかしかったのか二人して吹き出して笑い出した。
「ぷっ、あはははははははは!」
「え? なんで笑うんですか?」
「ふふふ、だって、私のせいで気落ちさせちゃったから気を遣ってたのに、逆に私たちを気遣うようなこと言うんですから。あはは、調子狂っちゃいますって!」
「私なんて、ふふっ、事情もよく分かってないのに気遣われたんですよ? 色んな意味でおかしいですよ、ふふふ」
「……まあ、二人が元気になったならいっか」
私は特別なことをしたつもりは全然ないのに、なぜか二人の顔には笑顔が戻っていた。はっきり言って理由がよく分からなかったけれど、結果オーライということで飲み込むことにした。
二人の笑顔につられたのか、私のメンタルもある程度回復したようだった。自分で言うのもなんだけれど、私はリリィ関連のことになると反応が正直すぎるところがある。別に悪いこととも思わないけど。
いつもの賑わいが戻り始めたところだったが、そこからは特筆すべきところは何もなく、天葉さんが約束通り茶葉を購入していっただけだった。
「それじゃあ皐月さん、また来ますね」
「はい、今度はちゃんとお茶しに来てくださいね」
「明後日は私の訓練の相手もしてくださいよ」
「あっ、私もぜひ! 円環の御手使いとしては、皐月さんみたいにひらひら避けてくれると頭の中で戦闘構成を組み立てるいい訓練になるんですよ」
「任務後なんだから休みなさい! それ以前に、もう梅さんから宣戦布告されてるんですよ。その上『蒼き月の御使い』と『プランセス』の相手なんてしてられませんって!」
「「まあまあ、そう言わずに」」
「帰れー!」
と、帰り際に一悶着あったのは余談。
そして、本当に二人が百合ヶ丘へと帰っていき、誰もいなくなった店内で、私は一人なのをいいことに溜めていた息を吐き切るように深くため息を吐いた。
「はあぁーーーーーーーーーーー……失態です、あまりにも、接客業としてあるまじき。お客様、しかも見知った顔の前であんな風に……あーダメダメ、引きずらない引きずらない。反省ついでに休憩しよう。愛莉さーん、早く帰ってきてくださいよー」
新たに焙煎を終えて火から下ろしたコーヒー豆は加減を間違えてしまい、その豆はカラスのような黒が色濃く浮き出ていた。
これでは納品できないので仕方なくその場でコーヒーにして飲んでしまったが、口の中には普段より強い苦味が広がっていった。
「それで、ソラ……あなた一体何をしたの?」
「うっ、それは……」
帰りの道中、やはり問い詰めてきたルームメイトの視線を受け、天葉はバツが悪そうに目線を泳がせた。
「皐月さんが精神的にあそこまで参ってるのは初めて見たわ。帰り際には持ち直してたみたいだけど、触れば折れてしまいそうだと思うくらいだった。内心ではかなり驚いてたんだから。一体何をされればあそこまで追い詰められるのよ?」
「いや、私もまさかあんなに弱々しくなるとは。そもそも地雷だなんて思わなくて……」
「だから何をしたのか聞いてるんじゃない」
依奈とて怒っているわけではない。本人が天葉に悪意はなく、自分も気にしていないと言っていたあの言葉を信じるなら、取り立てて責めるべきではないと考えていた。
どちらかと言えば、依奈が抱いていたのは興味に近い感情だった。依奈が主に知る暁乃皐月とは、高等部から頭角を現し、上下級生問わず誰に対しても礼儀を重んじる堅物のようなリリィだった。
中等部では芽が出ず苦労したと聞いていたが、それでも友人たちの支えで少しずつでも力をつけていったと。
卒業後は、頭でも打ったのかと本気で心配するくらいには緩くラフな性格になっていたが、決して誰かに弱った姿を晒すような人物ではなかった。
だからこそ、ルームメイトがしでかした一大事が気になって仕方がなかったのだ。
「えっと……在学中にシュッツエンゲル契約をしたいと思うような相手はいなかったんですか? って聞いたら、あんな風になっちゃって……」
「……日羽梨みたいにデリケートな話だったってこと?」
「でも、契りを交わせばなんだかんだ話題になるものでしょ? 皐月さんのそういう話、依奈は聞いたことある?」
「……無いわね。じゃあ契りを解消されたわけじゃないのかしら。あっ、口にするのは憚られるけど、祀みたいな可能性も考えられるわね。それとも私たちが知らないだけで本当は契りを結んでたとか?」
「うーん……お姉様なら何か知ってるかな?」
「私も綺更お姉様に聞いてみようかしら。それか、一柳隊の二水さんに聞くのもいいかもしれないわね。彼女、かなりの情報通だから。知ってる? 彼女ね、その知識を活かしてSNS上でQ&Aコーナーみたいなことをやってるのよ」
「えっ、そうなの? 全然知らなかった。どういう内容なの?」
「特定のリリィに関することとか、CHARMの性能や量産の事情とか、戦術的なことまで、本当に色々よ」
「何それ、興味出てきた! 後で覗いてみよっと」
話の脱線に気づかないまま、二人は談笑を続けながら喫茶ゆりかごに続く路地を後にした。
その背中を見送り、入れ替わるように路地に入っていく人間がいた。
手に缶ビールとお菓子を入れた袋を下げたその人物は、ハーフメッシュの髪を揺らしながら、誰にでもなく呟いた。
「やれやれ、好奇心は猫ばかりを殺すものじゃないんだけどな。詮索して傷つくのは、必ずしも詮索した側とは限らない。ま、私には関係ないし興味もないからどうでもいいか」
前回、四ノ宮愛莉帰宅後の一幕
「愛莉さん、報連相って知ってます?」
「美味いよな、私は甘めな味付けのゴマ和えが好きだ」
「オッケー社会常識を勉強してください」
アニメでアサルトリリィを知って好きになってから早3年、いまだアールヴヘイムの推しが決められない贅沢な悩みを抱えて生きています。