喫茶ゆりかごの日常   作:木々丸

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 ラスバレ君からのたづまい供給過多でモチベがオーバーフローしたおかげで当話を全て一日で仕上げてしまいました。
 なので、筆者が好き勝手に書いている当作の中でも今回は特に粗が目立つかもしれません。どうかご容赦ください。


自分を誤魔化す人は他人が好き、自分に正直な人は自分も他人も好き

「ああーーーーーー疲れたーーーーーー……」

 

 理事長室を出てしばらく、廊下の片隅で、私は壁に全体重を委ねて脱力していた。

 ああいう政治的な話はやはり苦手だった。どこまでも私の脳は一般人並みなので容量がいっぱいいっぱいです。難しい内容を頭に詰め込んでグルグルと思考を回す感覚はさながら学生時代に苦労した勉強のようだった。

 

「早く皆さんに会いたい……そしてもって癒されたい……」

 

 今の私の乾いた心を潤すにはどれだけ澄んだオアシスの水でも足りない。私が欲している潤いはリリィの姿や声その他諸々、彼女たちから発せられる尊みからしか得られないのだ。

 

 

 

 同時刻、某ガーデン。

 

「……はっ!」

「今度はどうしたの、紅巴?」

「同士の強い気配がどんどん膨れ上がっています!」

「……何を言ってるか理解できないのは私だけかしら?」

「定盛分かんないんだー、まだまだだね☆」

「逆になんであんたは分かるのよ!?」

 

 

 

 そうしてトボトボと歩きながら、私は学内のテラスに向かう。今日のように仕事のおまけか、あるいは私にまとまった時間ができたとき、私は理事長のご厚意で百合ヶ丘に出向いて、コーヒーや軽食なんかを作っている。

 ご厚意といっても、その腹の内はG.E.H.E.N.A.との繋がりを持つ私を手近に置いて保護、もしくは監視していたいというものでしょうが。

 この学院の理事長である高松祗恵良(たかまつしえら)氏は名実ともに百合ヶ丘のトップに立つ方で、対G.E.H.E.N.A.において一切の余念がない。私のようなか細い繋がりも掴んで離したくないのだろう。

 

「あーもう、そういう話が苦手ってさっき自分で言ったでしょうが。もういっそ頭空っぽにして寝ちゃいたいくらいですよ〜」

「まあ、では夜伽はわたしにお任せくださいな」

「あらそうですか? じゃあ色々とお願いします……今わたし誰と喋った?」

 

 危うく停止しかけた思考を引きずり戻して声のした方を振り返ると、そこには時間帯的に授業終わりか、CHARMケースを背負った少女が頬を赤らめながら獲物を捕捉するような目で私を見つめていた。

 桃色の長髪と赤い双眸から注がれる情熱的な眼差し、そして頭につけた猫耳のような形の装備。この容姿に当てはまる危険人物を私は一人しか知らない。

 中等部の頃から()()()()()()で問題児とされてきた現高等部1年生、遠藤亜羅揶(えんどうあらや)さんが私の背後をとっていた。

 

「……あー」

「うふふ、言質は取りましたわ、皐月さーー」

 

 亜羅揶さんの言葉が紡がれる頃には私は正面に向き直り今出せる全速力をもってその場から逃げ出していた。

 遠い背後から亜羅揶さんの声が聞こえた。

 

「あっ! どちらに行かれますの!? 皐月様ー!」

「亜羅揶さんの視界に入らない遥か彼方へー!」

 

 誤解のないよう先に申し上げますが、私は別に亜羅揶さんが嫌いという訳じゃない。むしろ好きな人です。

 亜羅揶さんは女の子が大好きで()()()()()()まで視野に入れていることも知ってるし、それは人としての彼女の好みであり、己を偽らない美点であるとも思っている。

 歳のいった私さえもまだ守備範囲らしく、こうして私が百合ヶ丘に来るたびに模擬戦を挑んでは「勝ったら皐月様の一夜をわたしにください!」とまで言っている。私なんかより百合ヶ丘にはもっと魅力的な人が沢山いるのに、どうして私にこだわるんだろう? 壱さんとか樟美さんとか、普段から追っかけてるじゃないですか。

 だから、数回あしらえば私のような年増のことは諦めるだろうと安請け合いしたのが運の尽き。亜羅揶さんは私が負かすたびに闘志を燃え上がらせて何度も挑んできた。誰より私と得物を交える回数が多いだけあって、レアスキルの有無に関わらず、私に勝利するまであと一歩の人物だと考えている。

 つまりは私の貞操の危機でもあるのですが、そこはまあどうでもいい。私程度がどうなったところで気にする人はいない。何なら愛莉さんあたりは心から爆笑してからかってくれることだろう。

 

 とにかく、決して亜羅揶さんとの仲は悪くないし、むしろいい関係を築いていると思っている。ではどうして今回は逃げたかと言えば、私の精神的な問題だった。

 今の私は理事長代行との会談を経て精神疲労が溜まっている。そんな状態で亜羅揶さんのような魅力的かつ蠱惑的な人に誘われたら本当に間違いを犯しかねない。私は弱い人間だから自分の弱さもよく知っている。

 もしそんなことになれば私は私を一生許せなくなる。私はリリィ同士の仲睦まじい関係性を第三者視点で見ていたいわけで、皆さんと卒業生や喫茶店店主として交流はしても、私の中に定めた絶対的な一線は超えてはならない。

 だから私は精神が持ち直すまで逃げるし、亜羅揶さんとの勝負だけは絶対に負けないようにいつも全力で臨んでいます。

 

「逃しません!」

 

 授業終わり直後で誰もいないのをいいことに廊下を全力疾走していると、背後から再び亜羅揶さんの声が聞こえた。しかし、腐っても私はデュエル世代を生きたリリィ。鍛えられるところは出来る限り鍛えていたので、素の梅さんほどではないけど足は速い。

 だから、さしもの亜羅揶さんといえど簡単に追いつかれることはないと思っていた。

 そして、チラリと背後を振り返ったその瞬間、眼前に捕食者の目をした亜羅揶さんが迫ってきていた。

 

「はああああ!?」

「そこです!」

 

 あまりに速すぎると、驚愕で一瞬減速してしまったのが命取り。亜羅揶さんが追いついて私に掴みかかってきた。

 危機を察知した私は、本能的に回避行動に移った。咄嗟に左足を軸にそのまま左回りに回転して亜羅揶さんの眼前から消えて背後に回り、無防備な脳天に手刀を振り下ろす。

 しかし、相手は天下のアールヴヘイム、そのヘッドライナー。そう甘くはなく、半身の体勢になりながら振り下ろした私の腕を掴むと、そのまま華奢な体から生まれるものとは思えない力で私を引き寄せてがっちりと抱きしめた。

 今更になって認識したが、この時の亜羅揶さんの体からは溢れ出るマギの奔流が発せられていた。

 

「ふふふ、捕まえました!」

「何で今のカウンターが分かるんですか! 完全に死角だったでしょ!?」

「いつも誰に相手をしていただいていると思っているのですか、ある程度の軌道予測くらいできます。それを言うなら、なぜあの速さを避けられるのですか? レアスキルまで使ったというのに、まさか捕まえ損ねるとは思いませんでした」

「アホですか! 私を捕まえるためだけに『フェイズトランセンデンス』まで使うなんて! あなたどんだけ女の子に命賭けてるんですか! あと今日出撃は!?」

「ご安心ください。確かに近頃のアールヴヘイムは多忙を極めていますが、もちろんお休みも頂いています。といっても、レギオン内でローテーション形式ですが。今日はわたしと壱、そして樟美が非番の日ですので」

 

 よかった。流石の亜羅揶さんでも任務より自己の欲求を優先するようなことがあれば叱っていたところです。

 ……ちょっと待って、誰が当番で誰が非番だって?

 

「あの、天葉さんと依奈さんが哨戒任務と聞いていますが……」

「まあ、ご存知でしたか。その通りです。お二人は任務、茜様は工廠科でCHARMの調整、弥宙と辰姫はその担当、月詩はその付き添い。つまり、この時間は樟美と壱を独り占めできるということです!」

 

 なんで学院は保護者がいない中でこの三人を非番にしちゃったんですか!

 あれ? ということは今この状況は私が亜羅揶さんを押さえていると言っても過言ではなく、樟美さんと壱さんの運命は私に委ねられているということなのでは?

 でも、この状況で私に何ができるというのか。せいぜい私が二人の身代わりになるくらいしかできることがないように思える。しかし、それは私が私自身に定めた一線の先へ踏み出すことになってしまう。

 そうなれば私は本当に切腹するかもしれない。介錯は愛莉さんで。

 

「なので早々にCHARMを片付けて二人を迎えに行こうと思っていたのですが、その道中で皐月様にお会いできるなんて。そのくたびれた様子を見るに、本日はお仕事ですか?」

「はい、さっきまで理事長室で代行にご挨拶を……って、そんなことより離してください!」

「つれないことを言わないでくださいませ。こうして抱きしめ合い、夜伽の約束まで交わしたというのに、今さら拒絶されるのですか? わたしは知っています。あなたが私たちに愛情を持って接し、私たちがそれに応える関係性を享受し、しかしどこか物足りなく感じていることを」

 

 互いの体が密着し合い、顔も真横に並ぶほどに近づいている中、亜羅揶さんの声が耳元で囁かれる。誘うように、そして核心を突くその言葉に、一瞬ピクリと反応してしまう。

 確かに物足りなさを感じたことが無いではない。しかし、それは私が私でいるために絶対に求めてはいけないものであり、絶対に手に入らないものだとも理解している。

 亜羅揶さんの誘惑を振り払うように、私は理性と共に反論を突きつける。

 

「抱いてるのは亜羅揶さんだけだし、約束も弱みにつけ込むようなことしたから無効です! 私にそんなつもりは微塵もありません!」

「弱みにつけ込むだなんて、人聞きの悪いことを仰られますわね。わたしはただ、元気のない皐月様を見かけたのでわたしなりに慰めて差し上げたかっただけですのに」

「その方法が問題だって言ってんですよ!」

「ご自身の偽りない心を否定するのですか? それでは皐月様があまりにも可哀想です。上級生の方々に、多かれ少なかれ素直になってほしいと思っているのでしょう? わたしも皐月様には素直になってほしいものです」

 

 完全に亜羅揶さんのペースのまま会話が続き、その間にも亜羅揶さんの手が背中から私の身体をまさぐるように動いている。背筋をなぞるように指で撫でられたかと思えば、その魔手はだんだんと身体の下部へと迫っていく。

 その感覚をどこか満更でもなく感じている自分に気づき、歯止めを効かせない亜羅揶さんに私は自身への誤魔化しも兼ねて少し怒気を強める。

 

「っ……亜羅揶さん? 私に手を出すのは勝ってからって言いましたよね? ちょっと強引じゃないですか?」

「その通りですが、あのようなか弱い姿を見せられては勝負も張り合いがありませんもの。何ならこの場で負かしてあげてもいいですが、それは私の望む勝利ではありません。ですから今日一日だけ、わたしの腕の中で存分に弱みを晒してくださいませ。わたしが全て受け止めて、発散させて差し上げますわ」

 

 なんかもう状況と語彙と本人の性格からそういう意味にしか聞こえない。というか本人は絶対にその先までするつもりだと確信した。勝負に拘らずに私を堕とせるなどと本気で思っているのなら舐められたものだ。

 だから、あまりやりたくないが私は覚悟を決めることにする。

 

「そうですか、分かりました……」

「まあ、本当にその気になってくださいましたの? ふふっ、時にはこういう強引な手法も悪くありませんわね」

「誰がそんなこと言いましたか」

「え?」

 

 私は自由が効く右手を亜羅揶さんの襟まで伸ばし、右足をそっと亜羅揶さんの左足の後ろまで回す。そして……

 

「そちらが強引に来るなら、こちらも強引にいきます。痛くしたらすみません」

 

 右足を思いっきり引いて亜羅揶さんの左足を引っ掛け宙に浮かせることで体のバランスを崩し、襟を引っ張り仰け反るような体勢になったところに私の全体重を乗せることで強引に転ばせにかかった。

 

「なっ!?」

 

 攻勢に転じられるとは思わなかったのか、亜羅揶さんが驚いたように声を上げるが、そこは彼女も凄腕リリィ。すぐさま左手を眼前に迫る床に向けて体勢を立て直そうとする。

 そう、彼女は自衛本能に抗わずに私から片手を離した。

 

「……あっ、しまっーー」

 

 気づいた時にはもう遅い。半ば中空にいるためか大して力の入っていない亜羅揶さんの右手を軽々と振り払い体の自由を得た私は、亜羅揶さんと同タイミングで床に手をつき、腕の力と倒れる慣性を乗せて亜羅揶さんの頭上を飛び越える形で前転することで再び距離をとった。

 

「ふぅ……こんな場所で大立ち回りをするつもりなんてなかったんですけど。やるならちゃんと訓練場でやらせてくださいよ」

 

 体についた埃を払い、文句を言いながら立ち上がる私に対して、亜羅揶さんは無言のまま立ち上がる。少し乱暴だったかもしれないが、あの程度で怪我をするほど彼女は柔なリリィじゃない。

 でも、こうなってしまえば最早亜羅揶さんに勝ち目はない。

 

「さて、まだやりますか?」

「……いいえ、今回もわたしの負けですわ。この状態ではどう足掻いても勝ち目などありませんもの」

 

 今の亜羅揶さんの体からは、先程まで煌々と発せられていたマギが鳴りを潜めており、レアスキルの効果が切れたことを表していた。

 亜羅揶さんのレアスキル『フェイズトランセンデンス』は瞬間的に扱えるマギの量を無限に引き上げるレアスキルであり、瞬間火力だけならレアスキル随一である。

 また、リリィの身体能力は身に宿るマギや周囲のマギ濃度『マギインテンシティ』に比例して向上する。瞬間的とはいえマギ量が無限に等しくなるフェイズトランセンデンスを使えば、リリィとしての身体能力も飛躍的に上昇する。亜羅揶さんが離れた私に一瞬で追いついたのはそのためだろう。

 しかし、それだけ強力な力ならば当然デメリットもある。フェイズトランセンデンスは、使用後に反動で体内のマギが枯渇し、指一本動かせなくなるほどに消耗してしまうのだ。

 その反動はレアスキルのランクを上げれば抑えることが可能であり、亜羅揶さんはその最高位であるS級ホルダー。消耗は使用後も通常戦闘ができる程度まで抑えられている。

 でも、決して驕りでも自尊心からでもないが、消耗した状態で私に勝つことはできない。それくらいの力は私も持っていると思うし、亜羅揶さん自身、それをよく分かっている。

 

「レアスキルを使ったのなら、亜羅揶さんが私に勝つ方法は短期決着、それしかありません」

「だからこそ一瞬で距離を詰め、拘束までしたのですが、あの状態からでも抜け出せるとは思いませんでした。反撃は不可能と勝ちを確信して悠長に構えた、わたしの失態ですわ」

「それだけ自己分析ができてるなら私から言うことはありませんね。強いて言うなら……」

「もっと先々まで考えなさい、ですか?」

「あらら、耳タコでしたか?」

「勝負の度に言われてますもの」

「それは失敬。でもそうじゃなくて……」

「?」

「今回は私もいいリフレッシュになったので何も申しませんが、今度はいつも通り互いに武器を持ってちゃんとした形の模擬戦にしましょうね。今回みたいなじゃれあいじゃなく」

 

 私は半ば呆れるように言った。さっきまで戯れるような空気感だったというのに、何がどうして訓練後の指導のような空気になってしまったのか。

 せっかくなので有効活用させてもらうが、どうせなら模擬戦としてちゃんと一から教えてあげたかったです。私が後輩たちに教えてあげられることといえば、せいぜい戦闘技術くらいなものだから。

 勉強? 卒業できるギリギリの成績だった私が文武両道な彼女たちに何を教えろと?

 

「ふふっ、そうですわね。今回は惜しいところまで届いたのですから、わたしが勝利する未来もそう遠くはありませんわね」

「広義で考えれば今日の時点で勝ってるようなものですけどね。捕まった時点で回避を主軸にする私からすれば敗北したようなものですし」

「あら、では皐月様の一夜は頂けるのですか?」

「あれで亜羅揶さんが納得してるならそれでもいいですけど?」

「うっ……なら、完全勝利で必ず負けを認めさせてみせます。油断していたらあっという間に食っちまいますから、そのつもりで」

 

 亜羅揶さんがまた捕食者の目で私を見つめながらそう宣言した。実際、亜羅揶さんは今でも充分強いのにまだ伸びしろがある。この調子なら本当に近いうちに私を負かしてしまうかもしれない。

 約束は守らなければならないので、その瞬間が訪れる時は、すなわち私の中での私の死を意味する。だから絶対に亜羅揶さんが卒業するまで負けてやらないと心に誓い、その宣誓として私は亜羅揶さんに言い放った。

 

「やれるものならやってみろ、なんてね」

 

 

 

 その後まもなく……

 

「亜ー羅ー揶ー! あなたまた皐月さんに迷惑かけて!」

「しかも廊下で……亜羅揶ちゃん、せめて場所は考えないと駄目」

「くっ……悪かったって思ってるわよ。本当よ!」

 

 騒ぎを聞きつけた亜羅揶さんのお目付け役(主観です)の田中壱(たなかいち)さんと江川樟美(えがわくすみ)さんによって、アールヴヘイムの問題児は主に前者からこっぴどく怒られた。

 

「すみません、皐月さん。亜羅揶には私からちゃんと言っておきますので」

「いやいや、そんな。流された私にも非はあるといいますか、そこまで目くじら立てるようなことじゃありませんから」

 

 壱さんが責任感からか謝罪してくるが、私はそれを制する。今言った通り、私は今回のことを気にしてない。むしろ亜羅揶さんが私の心の内を的確に突いてくるものだから、私は私自身の意思を確固たるものとして再認識できた。よって、結果オーライと思っている。

 

「でも、亜羅揶がご迷惑を……」

「気にしてませんって。それより、皆さん今日は非番なんでしょう? だったらコーヒー淹れるので飲んで行ってくださいよ。迷惑かけたと思ってるなら、それでチャラということで。あっ、紅茶がよろしければそれでもいいですよ?」

「……そういうことでしたら、是非」

「それに、天葉さんたちと任務後に顔を合わせる約束をしてますから、一緒に帰りを待ちましょうよ」

「天葉姉様! 私も、行きます!」

 

 天葉さんの名前を出したら誰よりも樟美さんが食いついた。天葉さんも分かりやすい人でしたが、姉が姉なら妹も妹か。

 そんなこんなで、授業後ということで全員CHARMを持ったままだったので、片付けるために一時解散となった。

 壱さんと樟美さんが丁寧にお辞儀して、亜羅揶さんは壱さんに首根っこを引っ掴まれて引きずられながらその場を離れていくのを見送り、私も踵を返してテラスを目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふざけんじゃねェぞ、あいつ」

 

 四ノ宮愛莉は気分がよかった。思いがけず暁乃皐月の学生時代の恩師である吉阪から当時の彼女の面白い話を色々と聞くことができたからだ。個人的なベストエピソードは、彼女が起こしたという百合ヶ丘調理室爆発事件。

 しばらくはそういったエピソードを肴にイジり倒してやろうと、吉阪と別れて意気揚々とトラックに戻った愛莉の目に飛び込んできたのは、彼女が置いていったのだろうさらなる忘れ物だった。中身を確認すると、そこには出張店で使うものと思しきコーヒー豆が入っていた。

 これを見た愛莉のテンションは一気に下がり、面倒くさいとばかりに頭を掻いた。

 

「私はお前の世話係じゃねェんだぞ、ったく。いっそ全部の荷物一つにまとめとけよ」

 

 このまま無視してもいいが、そうなれば皐月が特に楽しみにしているはずの出張店を充実させられなかったと帰宅後に泣き喚くのが目に見えていた。

 世話を焼くのは面倒だが、配慮もなく泣かれる方がよっぽど面倒だった。

 

「……ちっ、貸しつけて今度経費で何か奢らせてやる」

 

 そう言うと、やはり面倒くさそうに頭を掻きながら忘れ物を乱暴に引っ掴んだ。

 暁乃皐月が理事長室を後にした同時刻、四ノ宮愛莉はため息混じりに百合ヶ丘女学院に足を踏み入れた。




 今回、字数約8000弱といつもより短めなんですが、多分これくらいが一般的な量なんですよね。普段、当作の字数は1話1万前後で、他の方のいろんな作品を見てても平均字数1万なんてあまり見かけないので読みにくくないかな、とかたまに心配になってます。
 それから、今年の更新ですが、間に合えばもう一回本編を作って、年末頃に番外編として年末ネタをやりたいな〜と思っています。後者は番外編などと言ってますが、シチュエーションが季節に沿っているだけで恐らく内容は普段とさして変わらないと思います。
 前者はモチベ次第です。24日に舞台新章を観に行く予定なので、それに感化されてまた一日で仕上げるかもしれませんが、どうか期待半分でお待ちください。
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