鏡の中の愛 作:鏡の国のアリス
「というわけで~!ジャパンアイドルフェスのセンターは有馬かなちゃんに決定しました~!」
「わ~い!パチパチパチ~!」
カメラの前で新生B小町に所属する2人…ルビーとMEMが高いテンションで宣言した。
「それでは、センターの有馬かなちゃんから一言!」
「そうですね~」
ルビーにコメントを求められた有馬は、笑顔を顔面に張り付けたまま、熱を感じない声音で言った。
「とりあえずカメラ止めろや」
明確な怒りの籠った声が部屋に響き、ルビーとMEMは凍り付いた。
有馬の圧力に抗うことはできず、大人しくカメラを止めて2人揃って正座する。
「私言ったよね?センターはやらないって?あれかな?私みたいな押しに弱いチョロイ女はカメラの前で既成事実を作ればいけるって思ったのかな?」
「「(やばいっ。バレてるーーーっ!)」」
正座する2人を見下ろしながら怒りを吐き出す有馬。その言葉はぐうの音も出ないほどに図星だった。
怒り心頭といった様子の有馬に、MEMが何とか弁明を行う。
「私たちの歌じゃパっとしなくてさ!そんな時、有馬ちゃんのMVを見て……」
「ああ、見たのね、あれ……」
MEMの言葉に有馬は溜息で返す。そこから、有馬の卑屈な自分語りが始まった。
ピーマン体操の人気を勘違いして全員が大火傷を負った、迷走時代の黒歴史、おしっこ漏れちゃうくらい売れなかった…等々、自分を卑下する言葉が次々と口から飛び出す。
そんな彼女にルビーが慰めの言葉をかける。しかし、有馬はその慰めを力づくで振り払った。
「先輩、いっぱい頑張ってきたんだよね?そんな先輩にならB小町のセンターを…」
「うるさい!適当に褒めてれば私が落ちると思ってるんでしょ!こればっかりは本当に無理!絶対やらない!」
ルビーの言葉は本心からのものだったが、有馬には受け入れられなかった。
今回ばかりは頑なな有馬を見て、ルビーとMEMも諦めの表情を見せる。
「わかった。諦める。けど最後に、私たちの歌を聞いて」
ルビーとMEMは右手を口の前に持っていく。揃ってマイクを構えるようなポーズを取り、2人同時に意気揚々と歌い出した。
――こうして今日も苺プロダクションの1日は終わっていく。しかし日が落ちた後も、苺プロのスタジオには少女たちの歌声が響いていた。
「あなたのアイドル!サインはB!」
新生B小町の面々が歌って踊り、笑顔を振り撒く。
その中心にいるのは――つまるところセンターのポジションについているのは、つい数時間前まで「絶対に嫌!」と言っていた有馬かなだった。
「良い感じじゃない!?」
「やっぱりかなちゃんセンターハマってる!これならJIFもいけるよぉ!」
有馬のパフォーマンスに賞賛を送るルビーとMEM。しかし褒められているにも関わらず、有馬は頭を抱えて唸っていた。
「あーーーもーーー!どうして私はいつもこうーーー!」
叫ぶ有馬の声には様々な感情が入り混じっている。その中でも「なんで私はいつも押しに弱いんだ!」という自責の念が大部分を占めていた。
頭を抱えてうだっている有馬を見て、残る2人はうんうんと頷く。
「いやあ、まさかあの地獄みたいな空気から逆転できるとは……」
「私は最初からこうなるのが見えてたよ」
「黙れ!ヘタウマと音痴!」
歌って踊るアイドルに対する言葉とは思えないが、これが事実なのだから恐ろしい。有馬がセンターを引き受けたのも、ルビーとMEMの歌が壊滅的だったからというのが理由の大半を占めている。
だからセンターを引き受けた。が、やりたくないという思いに変わりはなかった。
「話はまとまった?」
3人の下に社長代理である斉藤ミヤコが姿を見せる。ミヤコは3人を一瞥し、言葉を続けた。
「ジャパンアイドルフェスまで日数もない。これから追い込みをかけなきゃいけないし、貴女達のサポートと指導をしてくれる子を連れてきたわ」
「サポートと指導?」
ミヤコの言葉にルビーが首を傾げる。すると、その人物に心当たりがあったのか、有馬が小さな声を上げた。
「それって、もしかしてアク……」
「ヤア」
「いやアンタかいっ!」
部屋の姿を現したのは、ヒヨコの被り物を頭に被り、甲高い裏声で話す1人の男。苺プロ所属の覆面筋トレ系ユーチューバー・ぴえヨンだった。
期待外れの人物が現れたことに有馬はガクッと肩を落とす。そんな有馬を放置し、ルビーがぴえヨンに声を掛けた。
「あ、ぴえヨン!おひさ!」
「うん、久しぶり。けど、ボクは今回サポートだよ。メインの指導は……」
「やっほ!新生B小町の皆!」
ぴえヨンが言うと、新たな人物が姿を現す。あまりにも予想外だった人物の登場に、全員が目を奪われ言葉を失った。
太陽のような笑顔、無敵に思える言動、吸い寄せられる天性の瞳。
元伝説のアイドルにして、現在は日本を代表するタレントであるアイ。
そんな彼女が、キラキラとした笑顔を新生B小町の面々に向け、明るく快活な声を上げた。
「さて、可愛い後輩諸君!JIFまで私が皆を指導するよ!」
アイの言葉に誰も反応を示さない。数秒後、フリーズから解放されたルビーが声を上げた。それが引鉄となり、MEMと有馬も正気を取り戻す。
「マ……アイが指導してくれるの!?」
「……マジで?あのアイが?」
「えっ!?噓、アイ!?ホンモノ!?」
「もち!ホンモノだよ!」
思い思いの声を上げる3人。その声にアイがピースサインと笑顔で返す。
「はい。みんな落ち着いて」
テンションが高くなり騒がしくなった室内をミヤコが諌める。浮足立った熱が少し収まったことを確認し、冷静な声音で言う。
「というわけで、アイさんとぴえヨンに新生B小町の初ライブをサポートしてもらうわ。何か質問は?」
「あ、あのぉ…」
MEMがゆっくりと手を上げると、ミヤコは続きを促す。
「アイさんって……忙しいですよね?それなのに、私達みたいな新人の指導なんかしてて大丈夫なんですか…?」
MEMの疑問は最もだろう。何せ、アイは大人気タレントであり苺プロの看板タレント。忙しくないわけがない。
しかしアイは、そんなMEMに心配を一瞬で吹き飛ばした。
「心配ないよ!スケジュールはちゃんと調整してもらったしね!それに、可愛い後輩たちの指導をするのは先輩の役目だからねっ!」
「ア…アイさんっ!」
アイの眩しい言葉に、MEMは瞳を潤ませる。なんて後輩想いの優しい人なんだろう……!感動で胸がいっぱいの気分だった。
「というわけで、私とぴえヨンでみんなをビシバシ鍛えていくからね!頑張ってついてきて!」
「「はいっ!」」
ルビーとMEMの元気な返事が響き渡る。
皆がファーストステージへのモチベーションを高めていく中、赤毛の少女の心だけが取り残されていた。
ーーー
「座って待ってて。今、お茶淹れるから」
「ああ、お構いなく」
カラオケパーティーが終わり、ルビー達と別れた後。フリルが一人暮らしをしているマンションに、俺は訪れていた。
フリルに言われるがままリビングのソファに腰を下ろすと、ふわふわのソファが俺の体を受け止めた。
冗談だと思っていたのに、まさか本当に来ることになるとは……。小さく溜息を吐きながら、俺はどうしてこうなったのかを思い返す。
数十分前。
カラオケボックスから出た俺とフリル。
「これからどうすんの?」
「え?私の家に行くんじゃないの?」
「本気だったの?」
「え、うん」
「いや、流石にまずくない?マスコミに撮られたりしたらヤバいよ」
「マンションに入る時間をずらせば問題ないよ?」
「いや、そうだけどさあ…」
「…そっか。リオンは私の家に来るの嫌なんだ…」
「え?嫌っていうか、ほら、2人きりだといろいろ問題が……」
「私のこと、もう飽きちゃったんだ…」
「そんな演技してもダメ、だからね…」
「ぐすっ、リオンに捨てられたぁ…」
「……っ!」
「ううっ……リオン…」
「ああ!行きたい!今日はフリルの家に行きたい気分だった!」
「よし、じゃあ行こっか」
「……はい」
……とまあ、こういった感じだ。泣き落としには勝てなかった。
いや、だって本気で悲しそうな顔してるんだもん。あんなの見せられたらこっちまで悲しくなってくる。演技だって分かってたのに……悔しい…!
そんなこんなで、フリルの家にお邪魔しているわけですが、控えめに言って滅茶苦茶緊張してる。ただ座ってるだけなのに何か良い匂いするし。
「おまたせ」
「ああ、ありがとう」
ソワソワしつつ大人しく座っているとフリルが戻ってきた。手に持っていたマグカップ1つを俺に手渡し、そのまま隣に腰を下ろした。
受け取ったマグカップからは芳醇な紅茶の香りが漂ってきた。ゆっくりと口に含むと、紅茶の爽やかな風味が口いっぱいに広がった。
「美味しい?」
「うん、美味しいよ」
「よかった」
俺の返答に、フリルはニッコリと微笑む。控えめに言ってクソ可愛い。
もう一口紅茶を味わい、マグカップを目の前のテーブルに置く。するとフリルが俺の肩に頭を預けてきたうえ、俺の腕に自らの腕を絡ませて密着してきた。
腕を通して伝わってくる体温と、鼻腔に届く甘い香りに心臓の音が跳ねる。それがフリルに伝わらないように、出来るだけ平静を装った声を出す。
「え…フリル?」
「ねえ、リオン……甘えてもいい?」
柔らかくて甘ったるい声だった。普段のフリルとのギャップに、思わずごくりと喉を鳴らした。
「……いいよ」
「やたっ」
短く喜ぶと、フリルは俺の肩に頬ずりをしながら指を絡めてくる。なんだこの可愛い生き物?もみくちゃにしたい。
けど、なんだろう。可愛いのは事実だし、いつもとは違うのはそうなんだけど、何かを隠してるような違和感を感じる。
思えば、今日のフリルは少し変だった。いつもは急にカラオケに呼び出したりしないし、強引に家に連れてくることもないはず。
彼女を見ても何を隠してるのかは分からない。なので、探りを入れてみることにした。
「フリル、今日はいつもと違うね。何かあった?」
「そうかな?何もないよ?」
返答がほんの少しだけ遅れた。つまり、何かあったって事だ。
「何かあったんだ。何があったの?」
「何もないよ?」
「噓だ。そんなんじゃ騙されないよ」
フリルの演技は上手いが、俺のことを騙すにはレベルが足りてない。俺を騙したいなら、母さんやアイさんレベルにならないと無理だ
「……言わなきゃダメ?」
「ダメ」
瞳を見つめながら言うと、フリルは観念したようだ。静かにゆっくりと語り出す。
「……えと、リオンは今日、恋愛映画の撮影だったでしょ?演技だって分かってても私以外の女と恋愛してるのが嫌で……嫉妬した」
「それで?」
「…それで、他の子と恋愛してきたリオンの心も体も……上書きしようと思って、家まで連れてきたの」
正直に吐露されたフリルの本音に、俺は目を剝いた。まさか嫉妬だったとは、完全に予想外だった。
ただ、なんだろう……凛とした普段の様子からは考えられないギャップがヤバいかも。脳みそが破壊されそう。
「……幻滅した?」
「いや。むしろ、もっと好きになった」
上目遣いで見つめてくるフリルの唇に、触れるだけの優しいキスをする。フリルは小さな声を上げたものの、抵抗はしなかった。
何回も優しく唇を合わせる。互いの唇が触れ合う度、フリルの口から微かに声が漏れる。それが愛おしく、何回でもキスをしたくなる。
「存分に上書きしていいよ……っ!」
キスをいったん止め、俺が口を開いた瞬間、フリルによって勢い良くソファに押し倒される。両手の指がフリルの指に絡め取られ、腕がソファに押し付けられた。
ほとんど抵抗が出来なくなった俺を、肉食獣のような瞳が射抜く。ゾクリと、快感にも似た感覚が全身を撫ぜた。
「ん…っ!?」
今度はフリルから口付けをしてきた。しかも、ただのキスではなく、互いの唾液を交換する激しいキスだった。
フリルに口内を激しく蹂躙される。テクニックも何もないキスなのに、なぜか異様に興奮した。
数分間口内を犯され、ようやく解放された。互いの口の間に透明な吊り橋が架かっており、今のキスがいかに激しかったのかを物語っている。
吊り橋が途切れ、俺の口元を汚す。フリルが唾液によって汚れた俺の口元をペロリと舐め、ライムグリーンの瞳を三日月のように細めた。
「好きにしていいんだよね。言質取ったから」
好きにしていいとは言ってない気がするけど……まあ、いいや。
「はは…お手柔らかに…」
再び唇が重ねられる。
その後も、フリルが満足するまで散々唇を貪られ、上書きされ、マーキングを施された。
控えめに言って最高の時間だった。
本番なしてないよ!多分