パチッ、と目を開ければ、薄暗い空が窓からこちらを眺めていた。
寝癖でボサボサの頭を掻いて、大きな欠伸を1つ。改めて視界に入った曇天に、どうしようもなく気分を下げる。
「───────んんっ…はぁ…たく、朝から気分乗らねぇなぁ。」
ま、関係ないけどな!と、小さく笑ってから、隣で寝ていたアーディの丸出しの腹を叩いた。
「アーディー起きろっ!朝だ!」
「うむぅ〜…うるさいお兄ちゃん……」
「いやお前なぁ?勝手に入った挙句、漫画読んで寝落ちしてたやつの態度じゃねぇぞ?」
アスラと全く同じ起き方をしたアーディは、仕方ない仕方ないよ〜、と欠伸を2度した。
「だってー、あれ面白いんだもん〜。ほあたたたたっ!てさ!ガネーシャ様、こんな才能があったなんてねぇ〜!あっ、お兄ちゃんが言ってた、【血濡れのサリー!お前はもう召されている!】まで行ったよ!あそこ、笑えるし終わり方もよかったね!」
「あそこ、忠実すぎて笑えるよなぁ!だが俺を悪役で書いたことだけは許してねぇぞ!俺が主人公だろ普通!!」
「お兄ちゃん馬鹿すぎて忠実にしても頭良くしても扱いにくくなるんだってさ。」
「よし、あいつ今どこだ?ぶん殴ってやる。」
拳を高速で突き出し、ファイティングポーズのまま、マシンガントークを続けるアーディに、余程気に入ったんだなぁと、手に持った漫画というアスラが離れていた時に流行り始めた画集を掲げた。
アーディが特に気に入っている【オッタレの拳】
言うまでもなく、モデルはフレイヤ・ファミリア。
オッタルは剣を2本背負った拳闘士だし、アレンはデヤンス口調の腰巾着だ、もうやりたい放題、地味に人気があるのが余計に始末が悪い。
アスラ達に負けたフレイヤ・ファミリアに、肖像権など存在しないのだ。
閑話休題
仕方ない妹だとため息を吐き出し、意趣返しに髪の毛をぐっちゃぐちゃに掻き回してやれば、楽しそうにカラカラと笑ったアーディは酷く楽しそうだ。
「ったく……夜更かししたのに、お前今日平気なのか?作戦決行日だぜ?」
「もっちろん!万全最強アーディちゃんだよ!お姉ちゃんも昨日夜は瞑想してたし。」
「───────おい、そろそろ起きろ。っと、起きていたか、二人とも。」
ちょうどいいタイミングで入ってきたシャクティは、二人を起こしにきたようだった。
「丁度いい!シャクティ、調子はどうだ?」
「過去最高にいい状態だ。作戦も我々が主軸になるからな……失敗はできん。」
そりゃいい、とこぼしたアスラは、万全の状態に体を起こすため、朝のヨガは欠かすことはできない。そんな時、ふとベルの顔が過ぎった。
「……そーいや、ベルはどうすんのかね?」
自分が連れて来た、純朴で優しい少年。蓋を開けてみれば、とんでもない才能の持ち主だったわけだが、
「あっ、ベル君?なんか参加させるって言ってたよ。サポーターらしいけど。なんもできないのは嫌だって言ったんだって。偉いよねぇ、今の子は。」
「お前も今の子だわ。」
「今の子じゃないのは私だけだ。」
その言葉に、アスラは珍しく言葉を詰まらせ、なんとも言えない顔をした。
「………弄りにくいな、それやめろよ!」
「くっ…はははっ!なに、冒険者をやっていると、年齢など忘れてしまうからな。」
「まだ30代で
「お前それ本人の前で言って死ぬほど追いかけられたの忘れてないだろうな?」
「んー、お姉ちゃんめちゃめちゃ綺麗だから年齢とか気になんないよ!後は結婚相手かなぁ……お兄ちゃんは?」
「おっ!いいぞ!シャクティなら勝手知ったる仲だ!」
「本っっっ気で勘弁してくれ。」
「お前そこまでいうことねぇだろ!?」
アハハハッ、とアーディの笑い声と、上品に笑ったシャクティの声に、アスラはいつも通りと言わんばかりの笑顔を浮かべ、二人と笑い合う。
このやり取りも、もう何回やったか分からない。
「うし、行くか!」
「うんっ!」
「あぁ」
顔を見合せて笑った3人。
二人の背中を叩き、アスラが先頭を歩む。
「出陣ッ!【
大袈裟な雄叫びに、相変わらずだと笑った二人はアスラを挟むように並んだ。
覚悟を掲げた3人の背中に、火の粉が揺らめいた。
「───────よし、いいかベル。私たちより前に出過ぎるな。敵が来たら躊躇なく切れ、死んでなければ癒せるが、お前が死んでしまえば元も子もないんだ。わかるな?」
「うんっ!」
軽装に黒地に竜胆の刺繍入りの羽織りを纏ったベルは、如何にもやる気満々です!と言うように跳ねて見せた。
輝夜の言いつけを守るように指をおって覚えるベルに輝夜はもう一度、と続ける。
「よし、復唱。」
「お姉ちゃん達の前に出過ぎない!悪い人がきたら叩く!」
「完璧だ。」
わしゃわしゃと頭を撫でられ、わー!と騒ぐ様子は、とても大きな戦いの前の緊張感ではなかった。
「でも、僕剣持ってないよ?パンチで戦うの?」
「それについては───────」
「私から、話しましょう。」
そう言って輝夜の後ろから競り出たリューは、布に包まれた何かをベルの前に差し出した。
「リューさん?」
「はい、私です。本来であれば、もう少し場を整えるべきなのですが…良いでしょう。諸々は省きます。」
もうすっかり、
「私たちエルフの里に、聖樹があることは知っていますか?」
「うんっ、王様が教えてくれました!」
「よろしい。あとリヴェリア様はお化けの王様ではありません。それで、これは私の里に自生している聖樹の枝から削り出し、作成した木刀です。」
そう言いながら、布を解けば、中からはベルの身長に合うように調整された木刀が顔を出した。
「木の剣?」
「はい、しかしこれはしなやかで堅い。通常の木刀とは質が違います。」
手渡された木刀をしげしげと眺めたベルは、慣れた様子で素振りを繰り返す。
「すごい!刀より軽くて振りやすい!」
「そうでしょう。実際、あの刀はまだあなたの手に余る……それも大概な装備ではありますが、あなたの技量ならば、武器に振り回されることもないでしょう。」
「…でも、いいの?リューさんの生まれた所のやつなんでしょ…?」
「……えぇ、いいのです。あなたが頭を下げたりする必要はありません。既に、礼は貰った後なので。」
「………?」
チラリと輝夜を見れば、こほんっと1つ咳払いをしてから、ふいっと視線を泳がせた。
らしくない、と笑いを堪えながら、先日を思い出す。
『エルフの質はわかっているつもりだ、だが、それをおして頼みたい。聖樹の枝を一本譲って欲しい。この通りだ。』
珍しく輝夜が頭を下げてきたから、何かと思えば、ベルのために、非殺傷武器を作りたいとの事だった。
犬猿の仲、とまでは言わないが、性格の相性が悪い両者。しかし、そんな相手が、誰かのために頭を下げたのだ。断るわけには行かなかった。
それに、もう既に里への未練は断った。別にいいというのに、アーディとアスラが無理やり押し付けてきていて、管理に困っていたのだ。ちょうど良かったのもある。
「アストレア様から、その武器の銘を頂きました。【
「スターレイル…かっこいい!!」
はしゃぐベルを諌めるように、リューは指を立てながら口酸っぱく注意する。
「ベル、いいですか?それは木ですが、それでもあなたが振るえば相応の威力が出ます。間違っても、力に支配されないように。いいですね?」
「うん!ありがとう、リューさん!」
ニコニコと嬉しそうに輝夜に見せに走ったベルを眺め、さて、と気持ちを切り替える。
「────なんだ、もういいのか?」
「えぇ、ジャフ。今日はよろしくお願いします。ガネーシャ派閥きってのベテランの貴方は頼りになる。」
そうリューの背後から声をかけた男。Lv4の第二級冒険者─────ジャフ・クロスフィールドは、白ひげを蓄えた顎をしゃくって、ベルを指した。
邪魔をしない程度の軽装と、戦斧に大盾を担いだ老齢の彼は、ガネーシャ・ファミリア最古参の一人。シャクティですら、作戦前は彼の意見を仰ぎ、将としての力も持ち合わせる。ガネーシャ・ファミリアでシャクティ、アーディ、アスラを育てたと言っても過言では無い。
そんなジャフは、なんでもないように肩を竦めた。
「よせやい、今回もうちの王様が随分世話んなったみたいで……面目次第もねぇ。」
「いえ、彼の言動は今更です。それに、聞いてしまえば今回の策は、彼が考えたとは思えないくらい理に適っている。むしろ、その場にいた彼が偽物でなかっただけが心配です。」
「ハッハッハッ!こりゃ傑作だ!味方からもこの酷評!ウチの王様はつくづく庶民派だ……今回の作戦、どうも嫌な予感がする。気をつけろよ、【疾風】。」
ジャフの勘は、馬鹿にならない。フィンレベルとは恐れ多くて言えないが、それでも、戦士の本能に近いそれは、バカに出来ない程助けられた。
「……えぇ、肝に銘じておきます。」
「あっ!ジャフおじちゃん!」
すると、さっきまで輝夜の近くをピョンピョンと跳ねていた子うさぎが、ジャフに飛びかかった。
「おお〜!ベル!元気だったか!っても会ったのは2日前だったな。」
「うん!」
なんどかアスラの元に遊びに行っていたベルは、既にガネーシャ・ファミリアでは猫可愛がりされ、ほとんどの団員が周知している。
そんな中でも、ジャフはベルによく懐かれている筆頭だ。
「……見た目的に、貴方は子供からすれば少し怖い方だと思うのですが。」
「そりゃあ知らねぇよ。こいつの感性独特だしなぁ。」
「僕の叔父さんとちょっと似てるんだ!」
聞けばそのオジサン、初めて会った時は泣き叫んだ程に怖い顔をしているらしく、耐性がついているらしい。
ガッシリとした肩に乗る120C無いくらいのベルと、215Cのジャフでは、もはや小人と巨人レベルで体格に差が出る。
「今日はね、僕も頑張るんだ!」
「そうか!そりゃいい事だ。俺たちも気合い入れなきゃだなぁ。だけど、輝夜の言うことちゃんと聞くんだぞ?危ねぇのに違いはねぇ。」
「はいっ!」
「よし!いい子だ、そんじゃあ輝夜のとこで作戦前の確認もっかいして来い!」
はーい!と元気よく肩から飛び上がり、ぴゅーんと擬音がつくほどの速度で輝夜の元に走ったベルを眺め、ジャフはその背中に哀愁を纏った。
「俺にも、ガキがいた。」
「………はい、知っています。あなたは闇派閥に……」
「ガキを見ると、どうしても思い出す。アイツも、ベルみたいに元気でなぁ……」
首に掛かるペンダントを手に取り、労わるように握り締める。
「血を分けた子供にゃ恵まれなかったが……あの娘は、確かに俺の子だったんだよ…」
「………」
守れなかった後悔、敵に対する憎しみが入り交じった彼の瞳は、濁るどころか、酷く澄んでいた。
「───────今度こそ、だ。」
決意を語り、男は拳を固く握った。
「……えぇ、勝ちましょう。」
頷いたジャフはリューに背を向け、配置についた。
そして、作戦時刻の直前。放送が流れる。
『───────あー、あー!よし、聞こえるか!我が民よ!お前達の王、アスラ・マハトマン・アビマニーだ!』
「王様?」
「アスラ様だ〜!」
作戦通り、放送によってオラリオ全域にいるアスラの臣民に、滞りなく声が届く。
『突然の放送、驚いただろう。だが聞いてくれ。今日、俺達はこの都市に平和を齎し、完全な勝利を納める!』
「……それって…!」
『その為には、お前たちが生きていること。それが絶対条件だ!だから、久々かもしれねぇけど、
その声に、察しの着いた民は、あぁ!と声を上げながら、笑って彼の言葉を受け入れた。
『───────勅命だ。忠実な臣民よ、我が命に従い、即刻バベル前広場に集合!行動開始!』
その言葉と同時に、民の体は
その様子は、さながらアリの行軍のようだった。
「みんな、一斉に動き出して…?」
「アレは、アスラのスキル。恩恵を得ていない者に対して、強制的に行動を命令できるスキルだ。」
「スキルって、そんなこともできるんだ……!」
アスラのスキルである【
その様子に、始まったな。と呟いて、ジャフは大斧を掲げた。
「───────おめぇら!気合い入れろ!!」
『王ッ!!』