四足獣のように手を付き、獰猛に構えたヴァレッタが、貯めた力を解放するように一気に飛び出す。
「死ねっ!!」
「はっ!口だけか、ヴァレッタ!!」
呪剣を大盾で受け止め、シールドバッシュで弾き返したジャフは、続けざまに大斧を叩きつける。
たったのその一撃だけで、ジャフの盾に隠れていても、とてつもない衝撃がベルの体を叩いた。
(これが、上級冒険者同士の戦い…!)
ジャフとベルの戦闘スタイルは現状真逆と言っていい。
真正面から攻撃を受け、殴り合いを演じるジャフ。
反対に、攻撃をなるべく受けないように立ち回り、隙を突くようなベルでは、技術そのものが違う。
しかし、それでもジャフとヴァレッタの戦いは、ベルが知る中でも頂点に位置するもの同士の戦い。
この戦いを間近で見れることに、どれほど価値があるのか。全てを糧に必ず勝つと意気込み、目を細めた。
ジャフと斬り合いながら、盾の影に隠れ姿を見せないベルに、ヴァレッタは舌打ちをした。
(あのガキの一撃……ステイタスを貫通する威力に、この鈴の音……なにか、ありやがるな。)
警戒をしながら、同格のジャフを相手取るヴァレッタは、時間が伸びれば伸びるほど不利になる。
そうなれば、詰みだ。
(厄介なのはあのガキがどのタイミングで出てくるか……分からねぇよなぁ…なら、そのタイミングを作ってやればいいわけだ。)
集中を削がれている原因の一つは、ベルのあの一撃。自身の体に傷をつけたということは、喰らえば致命的な隙となり、ジャフに狩られる。
リスクを犯してでも、ここでベルを殺す事は、必須。
ジャフの攻撃を受ける瞬間。ほんの少しずつ、隙を残す。
もう、ヴァレッタはベルを侮らない。素人には分からない小さな隙を、あの小さな脅威は理解する。
敵への信頼とも取れる、笑ってしまうような心持ちのまま、ただその瞬間を待つ。
数分か、あるいはもっと長い時間。ヴァレッタはジャフとの膠着状態を維持しながら、一定の間隔で隙を置く。
(さあ、来い!顔を出した時が、お前の最後!)
内心で下卑た笑みを浮かべながら、その時を待った。
しかし、数十秒、数分経っても、ベルは数度顔を出すだけで、時間とヴァレッタの体力だけが磨り減っていく。
(なんで、来ねぇ!?隙があからさま過ぎたか!?この隙に食いついてこねぇはずが───────)
そこまで思考した時、ベルがジャフの背後から顔を出した。
しかし、その顔はまるで自分の思惑通りに動く馬鹿を見るような
「───────っ!?」
ベルは、
そして、ヴァレッタはようやく自分が掌で踊らされていた事に気がつく。
(あのガキ…っアタシに選択肢を捨てさせねぇ気か!?)
そう、それ故に、ベルは初めの一撃に必殺を見せた。
お前を狩るに足る技がある。
お前を狩る獣は、ここにいる。
そうして存在感を延々と出し続け、ヴァレッタに、いつ飛んでくるかも分からない必殺を意識させることが、自分の役割だと割り切った。
見たところ、ヴァレッタとジャフの実力はほぼ五分、長期戦になれば若干ステータスの高そうなヴァレッタに軍配が上がるだろうが、ここにベルという盤外の駒がいる事で、均衡状態をジャフに傾け続ける。
それが、今
「───────イカスぜ、ほんとによォ…っ!」
歴戦の戦士からの、最高の賛辞。
既に2度、ジャフはベルの牽制に救われている。
それが、Lv1が1人いるだけで、こんなに楽になるだなんて。改めてベルの咄嗟の判断力、戦況を見極め、自身の弱みすら強みにする異常さに思わず笑った。
大斧を大剣で受け止め、押し飛ばされたヴァレッタは、忌々しそうに舌打ちをして、諦めたようにだらんと手を垂らした。
「───────やめだ…」
「あん?今更諦めるってか?」
「あぁ、諦めんだよ───────無傷は無理だって分からされたしな。こっから、アタシもなりふり構ってらんねぇんだよ…!」
故に、ヴァレッタも意地を捨てる。
間違いなく、目の前の強者を屠るために、狙いをジャフに絞る。
獣のように飛び出したヴァレッタの一撃は、先の一撃をゆうに飛び越え、ジャフを数メートル後退させる。
ベルの牽制を完全に無視し、ジャフ1人に猛攻を仕掛けるというわけだ。
「考えたじゃねぇか!肉を切らせて骨を断つってか?」
「はっ、癪だがそのガキの脅威はわかったつもりだ。もう、容赦はしねぇ……ぶった斬るぜッ!!」
「───────はッ!やってみろ小娘ェっ!!」
始まったヴァレッタの猛攻をひたすらに防ぐジャフは、ヴァレッタのステイタスの高さに歯噛みする。
(俺よりちぃとばかしステイタスが高ぇなこりゃぁ、耐久戦は不利…!んなら、こっちも覚悟決めねぇとなぁ…!)
ヴァレッタの攻撃をシールドバッシュに合わせ弾いたジャフは、盾を捨て攻撃全振りの状態で大斧を振り回す。
響く重厚な鉄の悲鳴が、ベルの体をひたすらに叩く。一撃一撃が、食らってもいないのに痛い。
しかし、ベルは鈴の音を鳴らし駆け出す。
(なんの真似───────ああ、そうかよ…!)
突然のベルの行動に面食らったジャフだったが、すぐに意図を察する。反対に、ヴァレッタはすぐさま口端を釣り上げ、ベルを追った。
「【吹き荒べ、嵐の錨!今宵、この場は亡霊の宴!臆病風に吹かれたか?怖けりゃ隠れろ戸を閉めな!】」
「【
追いかけるヴァレッタに、ベルは冷たく一瞥を投げて、急ブレーキ。踵を返してヴァレッタに一直線に走った。
(バカが、驕ったな!)
第1級に傷をつけ、驕りが出たと思ったヴァレッタは、乱雑に大剣を振り回す。
しかし、ベルは驕ってなどいなかった。
鈴の音が強まると同時に、一気にスピードを上げたベルの回避力に、ヴァレッタは瞠目した。
(本当になんなんだこのガキ!?未来でも見えてんのか!?)
確実に視覚外からの攻撃すら、ベルは事も無げに躱す。
しかし、ヴァレッタの予想は大ハズレ。ベルはただ単に、目と勘、そして耳が異様に良いのだ。筋肉の弛緩、反響する音を聞き分けて攻撃の予測を出来る位には。
(次は、右…左、いや跳んで躱そう。)
めちゃくちゃな軌道を先読みしながら、跳んでは躱し、跳んでは躱す。
ゾーンに入ったベルの思考は、酷く透き通り、あらゆる情報がクリアに入ってきた。
(右、ちょっと跳んで、体を捻って、避け続けて、
ベルはヴァレッタの攻撃に対応するため、魔法を脚に展開し、足で衝撃を放ちながら回避を繰り返す。
しかし、ヴァレッタは猛攻の中でも聡く、ベルの魔法の制限を見抜く。
(……わかったぜ、てめぇの魔法のカラクリ!)
1歩につき、衝撃が放たれ、1秒の感覚が空く。何度も見せられれば、もう気がつく。ヴァレッタは、確信した。
(こいつの魔法は、1度の放出につき1箇所まで!インターバルは1秒!増幅した場所は一際白く光る!わかりゃこっちのもんだ…!)
ベルの魔法のインターバルと、増幅の箇所を見抜いたヴァレッタは、タイミングを見計らう。
確実に殺せるタイミング、確実に当てられるタイミングを見極める。
「【悪魔?精霊?屁でもねぇ!夜の帳はもう降りた!ここから半刻、狩りの時!!】」
「チッ!やつの魔法が完結しちまう…!!」
更に速度を上げたヴァレッタの攻撃すら、ベルはギリギリで避ける。
「ちっ…!いい加減にッ……!」
ベルの先程の一撃に、すっかり意識がこちらに持っていかれたヴァレッタは、大振りの一撃を見舞う、そう見せてやったのだ。
ベルが回避のために、魔法を脚から放出した瞬間、ヴァレッタは嗤った。
(ヒャハッ…!かかった!)
あえての大振りから、回転に派生。2段目の攻撃に転ずる。
魔法が使えなければ回避は不可能。そう踏んでの攻勢だった。
しかし、回転斬りの体勢に入ったヴァレッタの耳に鈴の音が届く。
(───────はっ?)
攻撃に転ずる直前の、まだ力が乗りきっていない瞬間。ヴァレッタは確かに聞いた、そして目の当たりにする。
消えた筈の鈴の音を響かせ、一際強く輝く木刀の姿がベルの体の影から現れる。
(なんでっ……馬鹿なッ…!?)
スローモーションで過ぎる数秒間で嫌に回転する頭が、数秒後の未来を明確に示していた。
(何が……魔法には制約が…………いや……まさか、まさか!このガキッ!!?)
ヴァレッタにとっての想定外。
けれど、なんてことは無い。
ベルの
ただ、ベルが
全てが、罠。そんな戦い方に、ヴァレッタは忌々しい勇者の姿を重ね合わせてしまった。
敵の攻撃をしのぎ、ジャフに繋げるために、ベルは隠していた必殺の手札を切った。
「【これより通るは百鬼の王!嵐の化身がお通りだ!】」
いつか、姉がみせてくれたふたつの技のうちの、1つ。
忌々しげに語る一方、その術理は認めざるを得ないと不満そうに教えてくれた事を、よく覚えている。
脱力し、無駄な力を全て捨て、重心を深く沈めた。
「【居合の太刀】───────【残響・一閃】!!!」
足元を爆発させ、速度を上昇。居合の構えから一気に抜刀。音を収束させた木刀を大剣に叩きつけた。
音はインパクトの瞬間に攻撃力を底上げ、蓄積した時間が多ければ多いほど威力を何倍にもはね上げる。
今まで悟られぬように回避に専念して、蓄積した時間、約1分。
それは、力の乗った第2級冒険者の攻撃すらも吹き飛ばす、ベルの必殺だった。
(剣が…ッやべぇ、あのジジイは───────)
生まれた千載一遇の隙と同時に、ジャフの魔法が完結する。
「【
瞬間、弾ける稲妻の閃光と共に叩き込まれた拳によって、ヴァレッタが吹き飛び、輝夜達と分断した緑肉の壁に叩きつけられた。
「…っ…ガハッ…!?あぁっ!?があああああっ!?いでぇえええああ!!!?」
Lv4の同格である2人の力の差は、ひとつの要因が介入することで簡単に傾く。
ベルも無傷、ジャフの魔法も完結した。
ヴァレッタの避けたかった状況に追い詰められる。
痛みに悶えるヴァレッタを一瞥し、ジャフは懐の葉巻を取り出し、マッチで火を付ける。
紫煙を吐き出したジャフの拳が、再び雷を宿し弾ける。
それは、ジャフの怒りを表すように激しく、燃えるように滾った。
「年貢の納め時だぜ、ヴァレッタ。てめぇの汚ぇ断末魔を、今まで殺してきた奴の
「おじちゃん、僕も…!」
「……いや、お前は控えててくれ。背中は任せる。」
前に出ようとしたベルを制して、あくまでタイマンでヴァレッタを倒すつもりのようだった。
「…っ、は、はは…!復讐かよ、ジャフ…!?憲兵ともあろうもんが、私情まみれだな…!」
「…口を閉じろよ、クソ女。テメェ相手に手加減できるほど俺は強くねぇからな。それに、コイツの手を、お前なんぞの穢れた血で汚す必要はねぇからな。」
「ちっ……マジじゃねぇか…!おい!聞こえてんだろ!出せ!!」
そうして、ヴァレッタが何やら知らぬマジックアイテムを出した数秒後、地面が揺れ始めた。
「なんだ…!てめぇ、何しやがった!?」
「は、はははっ…あいにくよぉ、アタシらは強かねぇんだよ…だから、絡め手使うのは当然だろう?保険てのは、こういう時に使うに限るよなぁ!」
一際揺れが強くなった時、ベルが下から何かせり上ってくる物を感知する。
「おじちゃん!下からなにか来る……2体!!」
咄嗟に飛び退いた2人の足場から、緑の体色をした蛇のような怪物が現れた。
「蛇型モンスター!?なんだコイツは!!」
「ち、違う!これ、植物…!?でも、この感じ、どこかで…!」
「ちっ、感知まで出来んのかよクソガキ。つくづくここで殺しておきてぇなぁ?」
ベルの言った通り、蛇の頭だと思っていた場所に切れ目が入り、極彩色の花が咲き誇る。
木刀を腰紐に収め、ベルは小太刀を抜く。
硬そうな鱗に、打撃は有効では無いと考えたのだろう。
「いい判断だ!いけるな、ベル!」
「うん!」
しかし、構えたジャフを無視して、2体の花はベルに殺到した。
「ベルっ!?」
流石、と言うべきなのか。ベルは軽々と回避し、カウンターを入れて一体を沈める。
「平気!おじちゃんは、その人を!」
「───────任せたぞ!!」
エリクサーを煽ったヴァレッタは完全回復。忌々しげに舌打ちをしたジャフは、仕方ねぇと拳を構える。
「大人しくしときゃ、痛くなかったんだぜ?」
「ヒャハハハッ!ばぁ〜か!これからだろうが!」
剣を拾い、引き摺りながら突撃したヴァレッタの剣に拳を叩きつける。
弾ける稲妻と衝撃は、今までの比では無い。
「第2ラウンドだ…ジジイ!!」
「上等だ…!叩き潰してやるよ!」
真の戦いが、これより始まる。
【
・
・雷属性、風属性の付与
・使用時間により耐久値の減少
・攻撃回数に応じてステイタスに補正