マリアと手を繋ぎ、アストレアのいる場所に向かう中、前日の騒がしさを思い出しながらベルはしょぼくれていた。
ベルが一旦ファミリアに戻るという話をした時には、それはもう4人が荒れた。修行はどうするの!と詰められた時はどう返せばいいか分からなかった程だ。
「──────すごい、一杯言われた……」
「みんなベルの事が大好きだもの、仕方がないわ。」
「嫌われ、ちゃったかな…?」
「そんなことないわ。それとも、リネ達がこんなことでベルを嫌うような人に見えた?」
ぶるぶると頭を振ったベルは、難しそうに唸ってから、マリアのスカートを掴んでモジモジとし始めた。
「どうしたの?もしかして、アストレア様に会うの緊張してる?」
「……怒られる、かなって……」
まぁ、それも当然かとマリアはベルの様子に可笑しそうに笑う。結局この2日では笑顔を見せてくれなかったが、子供らしい1面はまだまだあるようで、少しだけ安心した。
とりあえずこの先の第2避難地区にアストレアがいるという情報を輝夜に聞いていた。辿り着いた避難地区はなんとも賑やかで、先日にあった戦いが嘘のように人々が笑っていた。
「配給来たぞ〜!」
「鍋用意した〜!?」
「皿たりねぇから、先に冒険者たちの分よそっとけ!」
「そら、女衆!仕事だよ!男ども!じゃんじゃん追加運んで来な!!返事は!?」
『王ッ!!』
にぎやかなその場は、ここが戦場であったことを忘れてしまう程の日常がそこにあった。
母が壊した日常、けれど人はしぶとく強く、笑って前を向いて歩いていた。
羨ましかった、家を失った人もいただろう、幸いアスラのおかげで犠牲になった市民はほとんどいないとはいえ、不安があるだろうに、みんなが笑っていた。
そうやって、強くあれる人達が羨ましかった。
「………」
「…………みんな、強いわね。」
その光景を眺めていると、マリアは意図を悟ったのか、ぽつりとつぶやいた。硬く握られていたスカートが、ほんの少しだけ、緩くなったのを感じた。
「─────ベル……?」
そんなベルの背後から、聞き慣れた声が響いた。
「あす、とれあさま……」
「あぁ…!ベル、輝夜に聞いてはいたけれど、無事でよかったわ…!」
すぐさま駆け寄ったアストレアは、ベルを柔く抱き寄せた。想像と違った反応に困惑するベルに、アストレアは畳みかけるようにつづけた。
「寂しくなかった?痛くなかった?いなくなってしまって、すごく心配したのよ?」
「………おこって、ないの?」
ベルの言葉に落ち着きを取り戻したアストレアは、ふぅ、とため息を吐き出してからベルの頭を撫でまわした。
「もちろん、怒っていないわけないわ!みんなカンカンよ?帰ったら覚悟してね……けれど……」
アストレアは少し言葉を詰まらせてから、女神然とした態度でベルの目をまっすぐに見つめ、覚悟を決めたように告げた。
「あなたにとって、色々なことが起きすぎた……ジャフの事も、貴方のお母さんのことも。抱えきれないことだらけだったでしょう、本来あなたはまだ誰かに守られる存在で、私たちがあなたを支えなければいけなかった。それができなかったこと、忙しさにかまけて……いいえ、あなたがいい子だからと甘えていたの。本当にごめんなさい。」
目じりを下げてベルに謝ったアストレアに、ベルも居心地悪そうにしながら、抱き着いて、小さく謝った。
「…………心配、かけて……ごめん、なさい……」
「いいのよ、大丈夫。あなたが今、どう思っているのかを帰ったら聞かせて欲しいの。私たちに、あなたを支えさせてほしいの。」
コクっ、と頷いたベルを抱き上げて、アストレアはマリアに向き合った。
「ごめんなさいマリア。ベルは、大丈夫だったかしら?」
「はい、とても良い子で、仕事のお手伝いもしてくれました。リネ達も新しいお友達が増えて嬉しそうでしたから。」
「あら、お友達ができたのね。それはいいことだわ。」
「みんなに剣を教えてくれていました。結構本格的だったんですよ。」
「ふふっ、輝夜の指導が生きてるのね。」
軽い談笑のあと、マリアはベルに目線を合わせ、柔く笑った。
「来たいときに、いつでも来ていいのよ。私たちは、あなたを待ってるわ。」
その言葉に、ベルはマリアをじっと見つめて意を決したように口を開いた。
「…リネたちに、練習さぼっちゃだめだよって、ちゃんと見に行くからねって、伝えて……?」
「……えぇ、必ず。待ってるわね。」
そう言って笑ったマリアは、何度か振り返りながら孤児院への帰路を辿った。
たった二日、されどベルにとって、大事な思い出。そして、約束。
ベルを抱えたままのアストレアが、ホームに帰ろうとする足を、釘付けにされた視線の先を見て止めた。
「もう少し、見てから帰りましょうか。」
「………うん。」
人の営みは、変わらなかった。あれほどの戦いがあったにも関わらず、人々はしぶとく、強かに笑って踊って生きていた。
よいっしょ、とベルを下して瓦礫に腰かけたアストレア。ぼうっと眺める人の営みに、彼が何を考えているのかなんて、アストレアには分からなかったけれど、決まってベルの視線は、誰かと繋がれた手を見ていた。
ほんの少し前まで、母と繋いでいた手の温もりを思い出して、何も握らない手が、ぎゅっと握り締められた。
アストレアに母の代わりをするのは無理だろう。彼も受け入れないだろうし、アストレア自身もそうではいけないと思っている。
今できることは、ただ寄り添うことだけだった。
硬く握られたベルの手を包むように握る。ジッと人々を見ていたベルは、徐々に手を解いて、アストレアの手を握った。
しばらくすると、ベルがアストレアの手を控えめに引っ張る。
「もういいの?」
「………うん。」
「そう、じゃあ帰りましょうか。」
手をつないで二人でホームまでの街道を歩く。
チラと見たベルの顔は、この下界の子供たちがよく見せる悩みの顔。悠久の時を生きる神にとって、否、アストレアという神性において、ベルの悩みは手に取るように理解できた。
「……正義は星空の如く、この世に生きる人の数存在しているわ。あなたの力はあなたが正しいと思ったことに使ってほしいの。」
アストレアの言葉に、ベルは酷く驚いたように目を見開いた。
「……なんで、わかるの?」
「貴方の神様だもの。ベルの悩みはわかる……何より、輝夜と同じ顔をしてたから。」
「お姉ちゃんと……?」
「えぇ、そうよ。多分、私なんかよりも、輝夜の方があなたに寄り添える。」
ふと、輝夜に正義とは何かを尋ねたときのことを思い出した。
『さてな。私の意見は聞かない方がいい。どう転ぼうと正義とは当人の価値観に左右される。私の意見に影響されてしまうのは、私としても望むことではない。だから、いいか?正義は、ベル自身が見つけるんだ。今はわからなくとも、いつか必ず壁に当たる。その時に、お前が信じた正義が、幾千と輝く星となり、お前の道筋を照らしてくれる。』
なんだか難しいことを言っていた輝夜は、頑なに自身の正義を語らなかった。
輝夜達が掲げる、正義
母が選んだ、悪。
正義と悪。
構図はこんなにも簡単なのに、自分の立ち位置については、ずっと朧げなままだった。
「ぼくは、どうすればいいの……?」
「それは私も答えられないの。あなたが決めなければいけないことだから……けど、その手伝いはできる。だから、私たちに頼って欲しいの。」
アストレアの言葉は、正義を司る己の無力を悔いるように、どこか声音がいつもよりも低いものだった。
正義の形も掴めぬまま、ベルはぼそりと零した。
「……おかあ、さん………」
「…………」
縋るように聞こえたその言葉に、アストレアは本当に頭を抱えた。なんて傷を残してくれたのだと。
こんなことを傷心の幼子に説く羽目になるだなんて思いもしなかった。
けれどベルは心と体がちぐはぐの状態。進む道もわからぬまま修羅の道を突き進めば、後に引き返しにくくなる。
今しか、彼の指針を決めるタイミングは今しかなかい。
しかし、そんなアストレアのことを嘲笑うように、悪は帳を下す。
「─────神様!!」
角を曲がった先の路地、その場に入った瞬間、ベルがアストレアを抱え、その場から飛び退いて広場まで移動すると、アストレアを庇う様に前に出て剣を抜いた。
「神アストレアだな?」
「……【白髪鬼】オリヴァス・アクト……おしゃべりは嫌いではないけれど、今は消えてくれないかしら。大事なお話の最中なの。」
レベル3の幹部級の冒険者、オリヴァス・アクト。
それに加え、数十人の信者にぐるりと周囲を囲まれたアストレアは心の中でらしくないほどに悪態をつく。
ベルがアストレアを庇う様に前に出たがその体は震えていた。ベルは戦いに向いた性格ではない。特に今はそれが顕著に出てしまうだろう。これほどに、全知零能を恨む日が来るとは思わなかった。
「それはよかった。私も忌々しい正義などを司る神との語らいなど御免被る。そこの小僧もろともここで消えて──────」
「なんで、こんな事するの?」
信者に指示を出そうとした時、ベルの言葉に手を止めた。
「……何故か、と。この私に聞いているのか?」
「うん。」
ふむ、と考え込んだオリヴァスを、ベルはほんの少しの期待の眼差しで見ていた。
「……待てよ、よく見れば貴様、クノッソスで信者を散々殺していた小僧か?」
「くのっそす……?」
「いや、それはいい。ではその問いに答えるために、お前に問おう。人間が真に絶望した時の顔を知っているか?」
「………」
母に拒絶され、暗闇に落ちた自分の顔が、フラッシュバックする。体の震えを抑えられなくなったベルが、膝をつく。その様子を見て察したのか、オリヴァスは下卑た笑みを浮かべる。
「キヒッ!クハハハハハッ!答えてやろう!人間の絶望するさまこそ!至高の愉悦!最高のスパイス!悪たる私の原動力に他ならない!だから殺す!凌辱の限りを尽くし、その絶望に歪んだ
醜い鳴き声を聞きながら、ベルはよかったと、心底安心した。
──────違う
「私はお前の歪んだ顔も見てみたい!神を殺され!恩恵もなく逃げ回る無様な貴様の──────」
「ベル、こっちを───────!」
──────違う。
もう、怪物の鳴き声に耳を貸す必要はない。
ベルにとって、それは正に天啓だった。
もう、罪悪感など必要ない。怪物は殺し尽くし、その元凶たる神も殺す。
──────違う
自信に眠る血塗れの正義。敵を殺し尽くす衝動。なぜ、これほどまでに凶悪なものが刻まれたのかと嫌った魔法も、スキルも、すべてがベルの衝動を肯定した。
──────違うんだ
刻まれた恩恵が、この力は
やっぱり、僕は間違えていなかったんだ!
──────こんなの、間違ってる
自覚した、自分の
ここに、新たな正義を掲げる星が、仄暗い輝きと共に剣を抜いた。
───────こんなものが、正義の筈がない。
もう、誰も僕を否定しない。
始めよう、大掃除を。
───────
ゾワッ、とその場一帯を押し潰すような殺気が満たした。
アストレアがマズイ、と思ったのもつかの間。震えていたベルの体はいつの間にか震えを止め、ただ敵を見ていた。
瞬間、醜悪な笑みを浮かべたオリヴァスの首が、そのままに捻れ飛んだ。
「──────────────は?」
誰も状況が理解できない中、幼き天才の体は、ほぼ無意識に敵を殲滅するために動く。ギラギラと獲物を狩る狩人の瞳でもって、その場の獲物を射抜いた。
ベルの紅い瞳が線となって轍を残し、その場から姿を消した。
気が付けば、ぐるりとアストレアを軸に一周、一陣の疾風が駆け巡り、目にも止まらない速度で敵を殺す。
驚愕したアストレアは、予感し、同時に理解した。
才能、力、成長速度、すべてが英雄クラス。
素質のある物は、今のオラリオにも存在する。筆頭にアスラ姉弟妹、ロキにフレイヤ、アリーゼや輝夜も含まれるだろう。
他の追随を許さぬ英雄候補が居る中、ベルは異質だった。
それこそ、現存する英雄候補を置き去りにする速度で、英雄の階段を駆け上がっていく。
ベル・クラネルは、真正の英雄となり得る器だった。神に作られた紛い物などではない。恩恵という神が与えた絶対の法則を無視し、神の神意すら踏み越える偉業を積み重ねる者。
輝夜は言っていた。
ベルは、この下界に英雄になる運命を持って生まれ落ちたと。
彼女の予感は、正しかった。
「ハァッ、ハァッ……ハァッ……!」
肩を上下に揺らし、燃え上がった激情の熱をそのままに、柄を固く握った。
甘さを、捨てた。
罪には罰を、大罪には死を。
もう、止まることはない。
この正邪の戦いに勝利を、最後の言葉に報いるために。
ベル・クラネルという鬼神が、ここに完成する。
(なって、しまった……もう、あの子は戻れない……っ!いいえ、私が諦める訳には…!)
アストレアは、ベルと向き合う時間を作れなかった事を心の底から後悔した。
そして、追い討ちをかけるように、破鐘の音をベルの耳が捉えた。
あいつだ、義母を、義叔父を連れ去った諸悪の根源。
眦を釣り上げ、湧き上がる憎しみを叩きつけた。
「─────エレボスッ!!」
「待ってベルっ!!ベル!!」
女神の声を無視して飛び上がった少年は、空を蹴った。弾ける音と共に空を駆け、一直線に音のもとに向かう。そこには、倒れる大好きな人達、その人たちに手を向ける義母の姿。
そして、背後に控える、薄く嗤った
あの害獣を、必ず殺す。
その決意と共に、奥底に沈めていた殺意の引き金を思い切り弾いた。
己の殺意をありったけ込めた、低い声が耳に届く。
「【逢魔を断ち、禍津を絶つ】」
【コトサカ】
ベルの握る不殺の剣に、必殺が宿る。
倒れ伏す姉たちの前に着地したベルは、音の波濤を切り裂く。
悪を誅する必殺の刃を怨敵に向け、真っ赤な瞳が対象を射抜いた。
ベル・クラネル
Lv3
力 :F300
耐久:G265
器用:C620
俊敏:C692
魔力:E420
【聴力:D】
【轟響:F】
《スキル》
【竜胆の香】
・刀剣の武技習熟度に高補正
・刀剣での攻撃時、器用に高域補正
【必滅】
・戦闘開始時全ステイタス高域補正
・討伐数に応じ経験値獲得量中補正
・戦闘終了後恩恵自動更新
《魔法》
【
・舞踏魔法
・1つの踊りから構成。
・効果発動中、音のエンチャントを付与
・広範囲に病傷の浄化効果。
【コトサカ】
・
・斬撃属性付与
・詠唱式【逢魔を断ち─禍津を絶つ】
・強化詠唱式【ツムカミ】
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