敵の女幹部とドンパチしてたら息子が出来た   作:イベリ

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血塗れの正義

サァッ、と全員の間に風が吹き、沈黙が訪れた。絶対の強者たる悪の前に、破壊の音色を切り伏せ、ただの少年だったベルが立ち塞がった。

 

チラと自身の背後に倒れる輝夜を庇う様に立ち、エレボスを睨む。

 

「……なるほど、侮っていた。視界にすら入っていなかったものが、一番厄介だったわけだ。なぁ、少年?」

 

エレボスの言葉には反応もせず、ベルはただエレボスに殺気を向ける。

 

「ふむ……やれ。」

 

「エレボス貴様っ……!」

 

「おちつけ、少し見たい。」

 

しばらくの沈黙の後に、エレボスの命令で飛び出した暗殺者がベルの上空を陣取った。

 

ベルはその場から動くことなく、汚物を見るような視線で上空の暗殺者を見上げ、無感情に必殺の宿る刃で真上を円形に薙いだ。

 

瞬間、ザンッと一閃。怪物を真っ二つに切り落とす。辺りにビタビタと血が飛び散り、ベルの頬に血化粧を施した。

 

(これは……そうか、そこに至ったか。)

 

無心、殺すことに一切の抵抗も感じられなかった。まるで、家に出た害虫を叩き潰すがごとく無感情な瞳は、残骸を映すことすらなかった。

 

何もさせることなく、無慈悲に頭を吹き飛ばすか、脳を斬る。ベルは、冒険者(怪物)の効率的な殺し方を知った。

 

「おいおい、仮にもアストレアの眷属だろう?敵は皆殺し…それでも正義か?」

 

エレボスの言葉を無視して、血に濡れた笑顔をアルフィアに向けた。

 

「お義母さん、ソレに操られてるんだよね。今、僕が助けてあげるからね。」

 

「…………」

 

壊れていた、箍が外れていた。

 

あの優しかった瞳は、今やどす黒く沈み、憎しみと殺意だけを宿していた。

 

お前が、お前たちの選択が、命を賭して守ろうとしたものを壊してしまった。未来の自分が、耳元で囁いていた。

 

ふらりと背中を向けたベルは、輝夜の上体を持ち上げる。

 

「べ、る……っ」

 

うわごとのようにベルの名を呼んだ輝夜を抱きしめる。

 

「今度は、ぼくが守るからね。」

 

優しく輝夜を下したベルは、抜身の刃のような静謐な殺気を纏う。

 

霞構えのまま、切っ先をエレボスに向けたベルの前に、アルフィアが立ち塞がった。

 

「…お義母さん、どいて?ソレを殺せないでしょ?」

 

「………」

 

「そっか、操られてるんだもん。そうしなきゃいけないようにされてるんだよね。きっと、おじさんも、そうなんだよね。」

 

黙りこくったアルフィアを置き去りに、ベルはうんうんと頷きながら一人納得した。

 

「じゃあ、仕方ないよね。後で治してあげるから、大人しくしててね。お義母さん、具合悪いんだからさ。」

 

グッと深く沈んだベルは無感情に強化詠唱を口にした。

 

「【ツムカミ】」

 

ベルの詠唱により、木刀に強い光が集い、大断ち鋏の動刃(どうじん)を形作った。

 

その刃は鋏というには薄く、スラリと伸びた刃はまるで刀のように美しい。

 

(強化詠唱……効果が読めん……私の魔法を斬ったことから、魔法の切断と仮定……それにあの速度、すでにレベル1の域を超えている、これ程まで…!)

 

アルフィアをして、恩恵を得て間もないころでも才はあったがこれ程ではなかった。

 

なんという才能、なんという悲劇。

 

平穏を望んだ少年が、最も自分たちが求めたものに近いとは。

 

自分たちの行いに意味は、本当にあったのだろうか。ベルを捨て、彼を壊してまで?

 

─────いいや、必要だとも。

 

剣など、握ることなく平穏に、穏やかに生きてほしかった。

 

仮にアルフィアたちが先にベルの才能を知っていたとしても、同じ選択をしていたと誓える。

 

私はただ、穏やかに、安穏とした生を過ごしてくれればよかった。

 

トンっ、という軽い音と共に、ベルがその場から飛び出し、アルフィアに切りかかる。

 

確かに駆け出しとしては異常な速度ではあるが、レベル7のアルフィアからすれば、止まっているようなもの。

 

二本の指で動刃を受けようとしたとき、本能がアルフィアに大音量で警鐘を鳴らす。

 

「─────ッ!?」

 

とっさに手を引いて、身を躱した。アスラの放った一撃よりも、遅く、弱いはずなのに、アルフィアが退いた。それを見逃すこと無く、ベルはすぐさま転身。エレボスのもとに一直線に突撃。

 

不味いと駆けようとしたとき、ズキンッと胸の奥が破裂したような痛みがアルフィアを襲った。

 

(こん、な時に……!)

 

アスラとの闘いによるアルフィアの制限時間はより短いものになってしまった。アスラの攻撃を数度受けただけですでに、ナートゥによって浄化されていた病魔は再び顔を覗かせていた。

 

エレボスを殺さんと駆けたベルは、声無く猛った。

 

僕の不幸はお前だ。お前なんていなければ。お前なんて神じゃない。

 

エレボスの全否定。それが、ベルのステイタスを爆発させる。

 

(マジでっ、俺を殺すつもりかッ!)

 

神殺し、それは下界の人間にとって禁忌とされる行い。ゆえに、神は神にしか送還が許されていない。

 

しかしそんなことはベルにとって些事。あれがいなくなれば、母が戻ってくる、叔父が戻ってくる。それでよかった。

 

「やらせませんよ!!」

 

エレボスに迫るベルの目の前に割って入った、糸目の男。

 

視認した瞬間にわかった。これは、怪物だ。今までの怪物の中で最も濃い外道の気配。敏感に察知したベルの行動は早かった。

 

駆ける足をステップに変えて魔法を発動、音のエンチャントを足にためて一気に爆発。

 

一瞬で間合いを詰めたベルは、反応させる間も与えず、躊躇なく刃を振り抜く。

 

 

 

 

 

バツンッ

 

 

 

 

 

何かが、断たれる音が聞こえた。

 

しかし、もう糸目の男─────ヴィトーにそれを確かめる術はなかった。

 

ドチャッ、と鈍い音が響き、そのままピクリとも表情筋すら変えることなく、無傷のまま曇天を向いて倒れた。

 

何が起きたのか、エレボスは茫然としたまま、未だ死を理解できていないように顔を固めたままの眷属の亡骸を見つめていた。

 

(─────何が、起きた……!?)

 

ヴィトーはエレボス唯一の眷属であった。彼の魂とエレボスはつながっていた。そのため、神は眷属のある程度の居場所がわかり、生死を知覚できる。

 

だから、ヴィトーの恩恵とのつながりが消えたことでヴィトーの死を知覚したのは間違いない。

 

ただ、その切れ方がおかしかった。

 

神は人間たちすべての親であるように、魂を当然のように認識している。それができなければ、魂の漂白を行い、真白な魂を再び輪廻の輪に戻し器に入れこむことはできない。その作業を手作業で行ってきたエレボスは、殊更に知覚する力が強い。

 

そのエレボスが、天に還る魂を見失った。

 

ヴィトーの魂は、輪廻の輪から弾き出された─────いいや、断ち切られた。

 

それが意味することは、魂の死。ヴィトーの魂は、もうどうやっても輪廻の輪に戻ることは無い。

 

人にとって、本当の意味の死だ。

 

「次はお前だッ!エレボスッ!!!」

 

向けられた切っ先(殺意)に、初めてエレボスは死を理解した。

 

不変不滅であり、悠久の時を生きる神が、死という概念を七歳の子供に叩きつけられた。

 

ベルの魔法の本質は、悪という存在の否定。あってはならない、存在してはいけない、故に情けも容赦も、懺悔も後悔も必要無く、二度とこの世に生を受けぬように。

 

巡る因果との縁を断ち、人間の領分を超えた神が如き審判を下す。

 

その刃は生きとし生けるもの、不変不滅を歌う者、全ての悪に平等なる終わりを与える。

 

生物としての、神という概念としての今際の際。

 

しかし、エレボスの心中は仕方ないか、という納得で満ちていた。

 

日常を奪ったのは自分で、二人を操っているということもあながち間違いではない。

 

資格、権利共に揃っている。まぁ、仕方ないと諦め、目を瞑った。自分が死ねば、あとはまぁアスラが何とかするかな、という無責任な押しつけをして、振り下ろされる刃を甘んじて受け入れる。

 

「……おかあ───────」

 

慈悲なく振り下ろされたベルの刃を、アルフィアが止めたと同時に、ぱしんッ、とベルの頬を叩いた。

 

「はぁっ、はぁっ…っこの、馬鹿者!!」

 

脂汗を流し、吐血をしたアルフィアはその凶行を寸前で止めた。

 

「お前は、自分が何をしようとしたのか、理解しているのか!?」

 

「な、なんで怒ってるの?だって、こいつが…!」

 

「神を殺す事がどれだけの大罪か!私は教えたはずだ!!」

 

びくっ、とアルフィアの怒声に肩を跳ね上げたベルは、わなわなと震えて、それでもと叫んだ。

 

「でも!こいつがお義母さんを操って、おねえちゃんたちを傷つけたんだ!」

 

「お前は一歩間違えれば下界に居場所を無くしていたんだぞ!」

 

「それでもいい!!お義母さんと叔父さんが戻ってくるならそれでいい!!」

 

「っ……!」

 

その言葉に、アルフィアは息を飲んで、次の言葉を吐き出せなかった。

 

これが自分たちの選択によって壊してしまった物か。

 

それでも、アルフィアはこの子が英雄なんてものにならないことを望んだのだ。

 

「────わからず屋めッ!」

 

つかんだ手をそのままに、ベルを輝夜のもとに投げつける。

 

「あぐっ!?」

 

「どうして追ってきたっ……なぜ、私たちの気持ちを理解してくれない!!」

 

なんで、どうして、理解が及ばないベルを置いて、アルフィアは願いを押し付けた。

 

「お前はあの田舎で安穏とした生を送ってくれればよかった……!それだけで私たちに思い残すことは無かった!」

 

これが、本音だった。

 

誰にもわからない葛藤。そう遠くないうちに来る終末。

 

アルフィアとザルドだけが知っていた。英傑を超えた英傑たちが、無様に敗走し、業火に焼き尽くされる様を。木々が、湖が、山が。すべてがたった一度の攻撃で蒸発した。

 

恐怖したさ。人生で3度、大きな戦いがあった。そのどれもが死闘と呼べるものであったが、あれは規格外が過ぎる。

 

なにか、それこそ規格外の駒でもいない限り、あの竜を傷つけることすらかなわない。

 

「…………死にはしない。目が覚めれば、きっと全てが終わっている。」

 

手を向けた先に、死なない程度、されど数日は昏倒する程度の魔法を連発する。

 

咄嗟に避けようとしたベルは、背後に倒れる輝夜達を見て、剣をとった。

 

迫る破壊の音色を斬り続けた。

 

どれほどを斬ったかも分からなくなった時、木刀が無くなっていることに気がついた。

 

全てを斬り裂く魔法を付与したとて、超高出力の魔法を斬り続ければまだ器の完成していないベルの手は限界を迎える。すっぽ抜けた木刀はカラカラと転がりながら、背後に横たわった。

 

1拍の間を置いて、アルフィアは願う。

 

(……健やかに。)

 

アルフィアは次なる魔法を装填し、引き金を引いた。

言葉にはしない。恨まれていい。これが自分から送ることが出来る、最大の愛だと信じている。

 

迫る魔法に、涙を浮かべながら防御の姿勢を取った時、ベルの頭を大きな手がワシワシと撫でた。

 

斬ッ、と音の波涛が引き裂かれ、余韻を残して消え去った。

 

「─────子の心親知らずってやつか?なぁ、アルフィア!!」

 

最悪の盤面に、全てを覆すキング(最強)が降臨する。

 

「………おにい、ちゃん………」

 

「頑張ったなぁ!ベル!よく、輝夜を守ってくれた!!」

 

後は任せとけ。

 

そういってわしゃわしゃと頭をなでられて、酷く安心した。焔のような温かい掌が、ベルの体を緊張から解き放つ。

 

「─────は……あ、れ……?」

 

それから、ベルは魔法の使用過多によるマインドダウン状態に陥っていた事に気が付いた。ふらついたところを、ハヌマーンが鼻先で支える。

 

「ハヌマーン、輝夜とベルを頼む。」

 

一つ鼻で返事をしたハヌマーンは、器用に輝夜とベルを背中に乗せて、すぐさまアストレア・ファミリアのホームに向かった。

 

遠のく義母と尊敬する兄が激突した瞬間を最後に、ベルは意識を失った。

 

 




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