「──────ッ!!はっ、はははは!どうしたよ!?俺をなぶり殺すんじゃあなかったのか?!」
「ッんの野郎っ…!」
民衆が移動出来ぬまま、アスラたちを取り囲むように動けぬまま。すでに20分が経過していた。
その間、人質を取られ誰も動けぬままに、アスラの公開処刑が続いていた。
殴られながら肌感覚で自分のステイタスの低下を感じたアスラは、口にたまった血を吐き出すと、なお不敵に笑う。
「おいおい!デバフ付けといてこれか!?ずいぶんとベルにやられた傷が堪えてるみてぇじゃねぇか!えぇ?ヴァレッタさんよぉ!!」
「調子に、乗りやがって……!」
しかし、事実。ベルに切り落とされた片腕は利き腕。それを失った感覚を僅か数日で修正し、取り戻すことは至難の業だった。仮に慣れたとして、以前の実力が発揮できることは生涯ない。常に戦わなければいけないヴァレッタにとって、致命的な障害だった。
このままでは、処刑など夢のまた夢。すでにザルド、そして怪物共が戦闘を開始したようだが、情報の限りでは確実にそれほどの時間もかからずにあの姉妹のどちらかがここにたどり着くだろう。
であれば、とヴァレッタは口角を釣り上げた。
「別によぉ……こっちはお前の処刑にこだわってるんじゃねぇんだぜ?」
「っ…!テメェ…!!」
「やれ、テメェら!」
ヴァレッタの合図と共に、意図を察したアスラが離れた場所にいた民衆の前に立ちふさがった。
「ぐぅっ…!!」
「アスラ様!?」
「馬鹿な民衆共だ、とっとと逃げてりゃこうはならなかったろうな…!その場を動けば餓鬼共を殺す!アスラ!テメェも攻撃をすれば餓鬼を殺す。お前に許されるのは、防ぐだけだ!」
「はッ……よく考えたもんだぜ、くそったれが…!!」
「そぉら、今度は反対側だぞ!?」
舌打ちの後に、その場から消えたアスラは、すぐさま民に振るわれた刃を身に受け入れる。
飛び散る鮮血が、民に降り注いだ。
(この感じ、武器に呪詛を染み込ませてやがる…民が食らえば苦しみぬいて死ぬな……クソッ…ふざけた真似してくれるぜ……!)
次々と場所を変わりながら斬られていくアスラの体は、魔法も発動できぬまま、呪詛によって血みどろ。民もその血を被りながら、子供たちの命を握られているため、動くことができなかった。
唇を嚙むアスラの様子を見たヴァレッタは、さらに一度嗤った。
「そろそろいいか……なぁ〜王様よぉ?トロッコ問題って知ってるか?トロッコのレールの先に人がいて、レーンを切り替えてどちらかを救う。神の考えた思考実験らしい。」
「……何が、言いてぇ…!」
「面白れぇよなぁ…その先にいるのは、お前の最愛の1人か、名も知らぬ100人……さて、お前はどっちを救う?」
アスラの左右に、信者が一人ずつ立った。
1人は手ぶら、1人は剣を持って。
瞬時に察した。二者択一の選択肢に迷いはなかった。
(どっちもに決まってんだろうが!!)
飛び出したアスラは、ナーガで剣を振り上げた信者を絡めとり、爆弾を体中に巻き付けた信者を引き寄せ、上空にぶん投げる。
派手に吹き飛んだ信者たちの残骸を浴びながら、アスラはヴァレッタを睨みつけた。
「い〜い顔だなぁ?王様よぉ!?」
「っ…!」
「そら、まだまだ続くぞぉ?」
2箇所だったものが、徐々に増え、あちこちで同時に市民が襲われる。
庇い、防ぎ、引き寄せ、投げて、庇い、また防ぐ。
(次はこっち!次はあそこ!次は、次は、つぎ、は───────)
しかし、15を超えた所で綻びが生まれた。
2択を迫られた。爆弾と、剣。
(爆弾!いや、先に剣を───────間に、合わねぇ……!)
どちらかを取れば、確実にどちらかが間に合わない。選ぶ、民の命に優劣をつける。
爆弾が炸裂すれば、数十人の民が死ぬ。剣を止めて、数十人を切り捨てる。
刹那の逡巡が、アスラの脳裏を過ったとき、アスラの目先にいた剣を向けられた民と目が合った。
その民の瞳は恐怖に歪むでも、恨みを巻き散らすような物でもなく、ただ心から笑っていた。
「アスラ様────俺の娘に、笑える明日を頼む!!」
剣を向けられ、今まさに死ぬ、そんな時に、彼はアスラに向けて親指を立てて不細工に笑って見せた。
「────ッ!!」
止まれなかった。あの高潔な民の覚悟を無駄にしないために。駆けだしたアスラは、爆弾を持つ信者を上空に放り投げて、再びその残骸を浴びる。
急いで彼の方向に体を傾けると、そこにはすでに腹を貫かれ、笑顔のまま事切れた彼の亡骸だけが横たわっていた。
「─────────ベリル……」
アスラが知る彼は臆病だった。ちょっとのケガで病院にかかるほどの痛がりで有名だったけれど、優しく、気のいい男だった。妻を愛し、娘を愛し、この街を愛し、娘にいつかダンスを王様と一緒に教えるんだと息巻くような、善良でありふれたアスラの民だった。
そんな彼が、臆病な彼が、苦痛の声を一つも上げずに貫かれ死んだ。アスラに、躊躇をさせないために。最後の言葉も飲み込んで。
「キヒっ、ぎゃははははッ!!そぉら、お前の大好きな民が死んじまったぞ…?お前のせいでなぁ、アスラぁ!!!」
轟轟と、腹の中で炎が滾る。顔が、怒りに歪んでいくのがわかった。
「ああ、そうだその顔だ……能天気に嗤うお前を歪めたかった…!怒りに染まり、視線だけで殺すくらいの!そんな顔をお前にさせたかったんだよ!!」
静かで高潔な散り際に、下劣な笑い声だけが耳朶を揺らす。
────駄目だ、だめだ。これでは、ベルの見本足りえない。自分のような思いを、ベルにさせたくはない。力とは、きっと何かを守り通すための物なのだと、示さなければならない。
その思いのまま、けれど笑顔など浮かべることはできなかった。
絶望が染め上げたその場を彩るように、ぱち、ぱち、と拍手の音が鳴り響いた。
「素晴らしい、無力な民すらも、この都市は散り際に英雄と昇華するか。お前の影響か?」
「エレボス……テメェ…!」
「統治のたまものだなアスラ────いいや、今はこう呼ぼう。ラーマ・ラグ・ラージャよ。」
「………っ!」
ラーマ・ラグ・ラージャ。
その名は、忌み名として刻まれた、生涯消えることのない烙印。
その名が、民の中で伝播する。
「ラーマ…?誰の事だ?」
「ラージャ…って、たしか十年くらい前に滅んだ…」
「そうだでっけぇ戦の国だ……その国の王がおかしくなっちまって滅んだんだろ?」
民の声に耳を傾けたエレボスは意外なものだと口を開く。
「なるほど、すでに10年以上経っているんだ、忘れられていると思ったが……存外、覚えている者もいるようだな?」
「その名で、俺を呼ぶんじゃねぇよ……!!」
珍しく激高した様子を見せたアスラに、民衆は目をむいた。その様子を楽しそうに嗤ったエレボスは、さらに続ける。
「いい機会だ。聞け、オラリオの民よ。過去、ラーマ・ラグ・ラージャという男がいた国の話だ。」
「………ッ!」
「彼の国、名をインダス。ここは「戦争の大地」とも呼ばれるほどに戦いの激しい地域に存在した大国だ。規模もこのオラリオには劣るが、約半分ほどといったところか。だが栄えた国であり、戦に勝ち続け領土を広げ、あと一歩でその大地を統一する……そんな時だ、隣国に神が降り立った。そこからだ、この国の歯車が狂い始めた。」
エレボスの言葉に呼び起こされる、忌まわしい記憶。
「その体に流れる血が、その魂を燃やす炎が、国を、王を、民を……そして、一人の少年を狂わせた。」
にんまりと嗤ったエレボスを前にアスラは過去を思い返した。きっと、これから語られるのはある少年の夢。そして、未練の話。
リアルが忙しいのと区切りがいいので短め。
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