ベル・クラネルという少年は、どこまでも普通の少年だった。
義母と叔父、そして祖父の3人と暮らしていた。
元々は祖父と2人で暮らしていたところに、ベルの話を聞き付けたのか、義母と叔父が訪れたのだ。
─────お前は、メーテリアによく似ている。
義母の口癖だった。その後に、その赤い目はくり抜いてしまいたくなると、続けるのもいつも通り。
─────お前は剣なんぞ、握らなくていい。
叔父の口癖だった。小さなベルが、臆病なベルが、戦いなんてするもんじゃないと。
そして、ベルには隠していたらしいが、2人の体調が良くない事はわかっていた。
いつか、強くなって2人の病気を治したい。そんな夢が、いつの間にかできていた。
それなのに
『お義母さん……?叔父さん……!』
私達はアクとなる。そう言って、2人は居なくなった。元からこの家には居なかったと言うように。なんの痕跡すらも残さず。
ベルはひたすらに泣いた。
無力を嘆いた
なぜあの時死んででも止めなかったのかと、自分を殴った。
泣いて、泣いて、泣いて。
そしてふと、母親の言葉を思い出し、思い至った。
───────僕の目が赤いから、お義母さん達はいなくなったんだ。
それに気がついた少年の行動は早かった。
祖父にバレないように道具を持ち出して、母とみつけた秘密の場所で、手の中で鈍く光る果物ナイフを目に向けた。
僕の目が赤いから、お義母さん達は僕に何も言わないでいなくなっちゃったんだ。
僕が臆病だから、叔父さんまでいなくなっちゃったんだ。
震えは、なかった。こうすれば、きっと義母が帰ってきてくれると、叔父がまた、なんでもないように帰ってきてくれると思ったから。
それでも、無意識に荒れる息を整えて、躊躇無く左目に突き刺す。
ブチュッと、ブドウが潰れたような音と一緒に、激痛が少年を襲う。けれど、ベルは止まらなかった。
そして、叫びながらもう一方の目にナイフを突き刺そうとした時。
そのナイフが、大きな褐色の手に止められた。
「────それ以上は、やめろ。」
顔を上げれば、叔父ほどでは無いものの、村では見ることの無い大きな青年が、真剣な眼差しでベルの行為を止めた。
放っておいてと、叫んで、暴れるベルを拘束する男は、ただ無言でベルを抱きしめていた。
動けなくなり、ただ泣くだけしかできないベルに、男はナイフを優しく握って、そっとベルから離す。
ヒックヒックと肩を揺らし泣いていると、男は零れ落ちる様に呟いた
「……お前も、いなくなっちまったのか。」
そして、わかった。
この人も、自分と同じなんだと。
鏡で見た、自分と同じ目をしている。
けれど青年は、しっかりとベルの肩を掴み、真剣な眼差しで叱責する。
「いいか、無くなったもんは帰ってこねぇ。無いもんは、取り戻せねぇ。お前が傷ついて戻ってくるなんて、都合のいいことはおこりゃしねぇんだ。」
酷く痛む左目の傷に優しく触れながら、青年は立ち上がる。
「こんな綺麗で真っ赤な目…傷つけちまったら家族が悲しむ、大事にしろ。」
僕の目のせいで、お義母さん達はいなくなったのに?僕の目がきっとお義母さんと同じ色だったら、2人とも居なくならなかったのに、この目を大切にしなきゃいけないの?
そう叫んでも、青年はそうだ!と手を広げ笑う。
「お前は、母ちゃんに愛されてなかったか?そのおっちゃんに大切にされなかったか!本当に?いいや、んなわけねぇ!勝手にいなくなっちまった2人を責めるでもなく!自分を責めるような優しいお前を育てた母達が!お前を愛してねぇわけがねぇ!!」
その言葉は、何も知らないはずの青年から吐かれたとは思えないほど自信に満ちていた。
そして、もう一度屈んで少年の目線に合わせた青年は、優しく笑った。
「いいか、坊主。お前みたいに優しい奴はな、誰かに飛び切り愛されたヤツだ。お前の母ちゃんは、おっちゃんは────お前のことが、絶っっ対に大好きだ!!」
その瞬間、ベルの中であらゆる思い出が巡り、愛おしい2人の声が、あの暖かな旋律が鳴り響いた。
『─────ベル』
優しく自分を呼ぶ2人の声。もう聞くことが出来ない2人の声。
そして、理解した。自分を呼ぶ声音、自分の頭を撫でるひとつの所作、その全てが愛に満ちていたのだと。
脱力し泣き崩れるベルに、青年は前を向け!と笑う。
「俺はな、笑顔が好きだ!誰もが踊って笑える世界が欲しい!」
立ち上がり、ベルから距離を取った青年は、シャンっ、とどこからとも無く響く優しい鈴の音と、聞いた事のない独特な楽器と共に、空を仰いだ。
「これより始まるは、
行くぜ!【
始まった踊りは、ベルが今まで感じたことの無い高揚感と、表現できないほどの美しさを内包していた。
優しく、荘厳であり、なのに楽しさを感じさせるその舞に見入っていたベルは、青年の周囲に舞う淡い光に気がついた。
その光が、ふわりふわりとベルの潰れた目に集えば、再び熱が戻り痛みが引いていく。
恐る恐る目を開ければ、もう見えなくなってもいいと覚悟し、潰した物が、何事も無かったかのように治っていた。
正に英雄譚のような奇跡を目の当たりにしたベルは、不思議とこの曲に合わせ体を揺らしていた。
その様子を見た青年が、ビシッ!とポーズを決めたかと思えば、曲調がガラッと変化し、手太鼓や、笛の音が聞こえる陽気な音楽に。
そのリズムは、どうしようもなく楽しい感情を覚えさせる。
「坊主!今は辛いだろう!悲しいだろう!だが、俺たちはその悲しみを乗り越えなきゃいけねぇ!それが人ってもんだ!けどなぁ、1人じゃあ無理だ!」
手を差し出した青年は、飛び切り爽やかに、豪快な笑顔を浮かべた。
「だから、その悲しみ!
名前も知らない、経緯も知らない泣きじゃくる子供に、どうしてこんなにも優しくしてくれるのだろう。
迷惑じゃないか。邪魔じゃないか。そんな考えが巡る少年に、青年は関係ないと言わんばかりに手を握り、大きな声で叫んだ。
「───────踊ろうッ!!」
引っ張り上げられた。虚無感と喪失感の波から、頼んでもいないのに。
けれど、少年は笑った。
悲しみはなくならない、いなくなってしまった喪失感は癒えない。けれど、笑えたのだ。背負ってくれる、誰かがいるとわかったから。
音楽に合わせ、森から猪が、ヤギが、羊が動物がリズムを刻んで飛び出して、青年と共に踊っている。
鳥が音楽に合わせ囀り、控えめに踊るベルの肩に止まった。
思うままに踊り、こうして楽しく体を動かしたのなど、何日ぶりだろう。
まだ幼い少年の時間感覚からしたら、随分と久々に感じて、けれど、その数分の踊りは永遠にも感じるほどに永く、楽しい物だった。
踊りの中、青年にぽつりぽつりと語る。数日前の夜に、黒い神と共にこの場を去ったこと。アクとなる、という言葉を残した事。『約定の場所』に母達が行ったこと。
すると、青年は驚いたように、少し考え込んでから、踊りながらベルを抱き上げた。
「いいか、坊主!泣くのはいい!ダメだったと後悔するのも構わねぇ!だが、やらねぇで!何もしねぇで後悔するのはあっちゃいけねぇ!!」
青年は言った。お前の都合など関係ないと言うように。
「行くぞ!お前の母ちゃん達を探しに!!」
有無を言わさず、とてつもなく喧しい声で言った。その物言いに、ベルは大きく頷いたのだ。
そして、ベルは今に至るのだと、恩恵を授かった後に輝夜達に語った。
そして、ベルは嬉しそうに口にする。
物凄く遠くから来た、とてつもなくうるさくて、ちょっぴりおバカなお兄ちゃんが、僕の英雄なんだと。
「───────やっぱり、あの子は子供たちの王様なのね。」
「えぇ、あの男は……認めるのは業腹ですが、人を際限なく救う。それも、全てを平等に背負ってしまう。背負えてしまう。本当に、滅茶苦茶な男です。」
「初めて会った時から、あの子は変わらないもの。いい意味でも、悪い意味でもね。」
膝にベルを寝かせながら、輝夜が頭を撫でる。
そんな、今までに見た事のない優しい表情をする輝夜に笑いかける、ウェーブのかかった胡桃色の髪を揺らす女神─────アストレアはふふっ、と上品に笑った。
ベルの話を聞いた団員の数人はまだ泣いているし、アスラに対する認識が改まった人間もいるだろう。
「……まぁ、ほぼ誘拐同然で攫ってきた訳だが。」
「………この子も同意したわけだし……誘拐……誘拐…なのかしら。」
ベルに恩恵を刻み、この話をした最後、思い出した様にベルは、あっ、と声を上げた。
『お、おじいちゃんに何も言わずに出てきちゃったっ!?』
そう、あの男。祖父がいると話を聞いていたはずなのに、なんも言わず勢いのまま馬に飛び乗り、ベルを約4日の旅の末、こんなところに連れてきたらしい。
流石にそこは頭を抱えたが、丁度よく来たヘルメスに手紙を渡し、ベルの祖父に無事である事、恩恵を刻んだことを事後報告になるが一筆書いた。
証拠として、ベルの一言を添えて。
「それにしても…ふふっ、この子は純真ね。良かったわね、輝夜。」
「………なにも、言わないでください。」
恥ずかしそうに顔を俯かせた輝夜は、手元にあるベルのステイタスシートに再び目を落とした。
ベル・クラネル
Lv1
力 :I0
耐久:I0
器用:I0
俊敏:I0
魔力:I0
《スキル》
【竜胆の
・刀剣の武技習熟度に高補正
・刀剣での攻撃時、器用に高域補正
《魔法》
【
・舞踏魔法
・1つの踊りから構成。
・効果発動中、音のエンチャントを付与
・広範囲に病傷の浄化効果。
ベルの魔法にスキル。破格の効果を持つそれは、Lv1にはとてつもない恩恵をもたらすだろう。
そして何より
輝夜と、アスラにとんでもなく影響を受けて居ることだけはわかった。
「良かったですね、輝夜。なので、早くクラネルさんの誤解を解いてください。私は未だに怖がられるし、リヴェリア様の事を『お化けの王様』だと思ってしまった!!と言うか言ってしまったでは無いか!」
「何を言う、セルティはもう既に懐かれているぞ。まぁ、触れることが出来ないお前では仕方ないか…なんとか自分で誤解をとくんだな!【九魔姫】は笑ってノッテいたろう?お前もあれくらいはしてみろ。」
「わ、私が触れることが出来ないのを知っていて…!」
「ベルで練習するといい。もっとも、ベルをぶん殴りでもしたら直々にぶっ殺してやるがな。」
やいのやいのと騒ぐ音に目を覚ましたのか、ベルがむにゃむにゃと輝夜の膝から起き上がる。
すると、瞬時に佇まいを整え、リューとの喧嘩も何も無かったように、柔和に笑い、ベルの髪をさらりと撫でた。
「……お姉ちゃん……どこ……」
「ここにおりますよ。さて、そろそろ良い子は眠る時間でしょう。アストレア様、私はそろそろ。」
「えぇ。2人とも、おやすみなさい。」
「おやすみなさぃ…かみさま……りゅーさん…」
「あ、はい。おやすみなさい。クラネルさん」
眠そうなベルを抱き上げ、寝室へとそそくさと去っていく輝夜とベル。なんだかんだ、怖がらなくなってきたのかなぁと、少しだけ嬉しくなったリューは、自分もさっさと寝るか、と寝室に向かった。