※『相棒とつむぐ物語』コンテストにノミネートされました。(2023.06.01)
 「小説家になろう」日間コメディーランキング1位(2023.4.28.19:30〜2023.5.2)
 日間総合ランキング36位
(2023.4.30)

 俺はカンタール侯爵家に仕える執事だ。
 
 ある日アイリス様が旦那様からの手紙を携えて急遽帰省された。
 
 俺は急ぎ手紙に目を通し、何があったかを知る。
 なんと貴族学院卒業パーティで低脳クソカス王子に婚約破棄をされ、元気がなくなってしまっているとのこと。
 俺はアイリス様に返しきれない恩がある。

「旦那様。執事として、親友として必ず元気を取り戻させて見せます!」

 そう決意してアイリス様の待つ応接室に向かったのだが。

「あはは!引っかかった!」

 気がついたら俺は全身びしょびしょにされていた。
 アイリス様の懐かしい手口によって。

 アイリス様、全然元気じゃねぇですか。やられたらやり返すのが親友としての勤めですよね。
 舐めないでくださいよ。


 これは3年ぶりに再開した婚約破棄されたアイリス様と俺の物語。


※「小説家になろう」様にも投稿してます。
 実は以前当サイトでも投稿してましたが、この作品は改訂版になります。
 タイトル、あらすじ、内容も変わっています。
 
 
   

1 / 1
改訂版です。

なろうには以前投稿してましたが、光栄にもコンテストノミネート作品に選んでいただけました。
この機会に読んでいただければと思います。

詳細は活動報告にあります。


拝啓、旦那様へ。アイリスお嬢様は元気に過ごしております。敬具。追伸。お話ししたいことがございます。お時間をいただければと存じます。

ーーバシャーン

 

「あの……冷たいんですが」

「あはは!引っかかった!」

「あの、クラウスこれ使ってください」

 

 今の現状を簡潔に説明しようと思う。

 

 俺はドアを開けた瞬間頭上から水がかかりびしょびしょに。

 そんな俺に慌ててタオルを渡してきてくれた茶髪の若い侍女と手を叩きながら爆笑している銀髪ロングの美少女。

 

「あの……アイリス様、これは一体」

「クラウス貴方も落ちぶれたわね!昔なら罠にかかる前にわかってたのに!」

「クラウスごめんなさい、お嬢様がどうしてもやるって言って」

 

 戸惑っている俺を見て上機嫌に話しているのは俺の仕える主人のアイリス=カンタール様である。

 代わりに謝っているのは先輩のマリカさん

 

 では何故このような惨状になっているのか、少し遡る。

 

 きっかけはアイリス様の帰省と旦那様からの手紙から始まった。

 

 

 

 

 

【拝啓 クラウスへ

 

この手紙を読んでいるということは、娘がそちらに到着したということだろう。

要件をかいつまんで説明すると貴族学院の卒業パーティーで低脳クソカス王子が他の女にうつつを抜かし娘と婚約破棄した。

娘は相当気落ちしてしまい、いち早く王都から離れさせ休養させたい為、そちらに向かわせた。

事後報告がこのような形になってしまい申し訳ない。

情けない話だが、今の傷ついた娘にどう接して良いか父親である私にはわからない。そこで娘の良き理解者であった君に頼みたいのだ。身勝手な願いとわかっている。

立場や粗相を気にしなくていい。

一人の友人としてどうか娘が心行くまで相手をしてほしい。

 

               敬具

            アレクシス=カンタール】

 

 

「旦那様……一体何があったんですか?」

 

 俺……クラウスは誰もいない屋敷の一室で何か含みのある手紙の内容に一人呟く。

 

 ここはカンタール侯爵家の屋敷。

 

 カンタール侯爵家の執事である俺は屋敷の手入れをしていた。

 心地の良い日差しを浴びながら両手を上に目一杯伸ばし、心地良いそよ風と小鳥が奏でる鳴き声を聞きながら今日も一日頑張るぞと気合いを入れ直していた……そんな時であった。

 

 アイリス様が急遽帰省されたのだ。

 当主のアレクシス様の手紙携えて。

 

 手紙はマリカさんからとりあえず読めと言われたので何事かと思い急ぎ開封させ目を通した。

 

 この手紙を読んで一番にわかったことは。

 

「旦那様がこんなに怒るなんて……一体あの王子は何をしでかしたんだ」

 

 普段旦那様は温厚だ。怒りをあらわにすることは少ない。

 この手紙からまず一目でわかったのは激怒。他の文章は綺麗に書かれているのに低脳クソカス王子の部分は殴り書きであった。

 手紙とはいえ王族に対してこの書き方は不敬に当たるのに。

 

 

 アイリス様は俺の命の恩人であり幼馴染でもある。

 10歳の頃だろうか。

 

 親に捨てられ路頭に迷って餓死寸前の俺は当時5歳であったアイリス様に救われた。

 

 だから俺は恩を返すために努力した。

 

 その結果俺はアイリス様の専属となり教育係兼世話役を担当した。

 

 アイリス様は少々……いや、かなりお転婆だった

 俺や他の使用人に悪戯をしたり、俺をつれて屋敷を抜け出し街の散策をしたりと……その考えなしの行動の責任は俺にあるとされてすごく怒られた。

 だが、それでも俺はアイリス様の願いを優先させ、咎めることはしなかった。

 

 そんなアイリス様は俺のことを『貴方は私の親友よ』と言ってくれた。

 

そんなお転婆だったがアイリス様は年齢を重ねるごとに大人びて美しくなった。

 10歳になる頃にはどこに嫁いでも恥ずかしくないご令嬢に成長した。

 

 優秀であったことが認められ、王太子殿下との婚約が決まったのだ。

 その吉報を聞いた時、誇らしかった。

 なんせ将来の王妃、その成長の過程に関われたのだから。

 

 だが、婚約決定とともに俺はアイリス様の専属執事を外された。

 

『いいかアイリス!私という婚約者がいるんだ。こいつを専属にするのは認めん』

 

 王太子殿下がアイリス様の周りに異性の人を近づけたくなかったらしい。

 

 アイリス様は抗議したが、最終的に王太子殿下を優先した。

 少し寂しかったが、俺もそれを了承した。

 アイリス様を困らせたくなかったからだ。

 

「それにしても……ここまで馬鹿とは思わなかった」

 

 良くも悪くも王太子殿下は優秀だろう。

 我儘でプライドが高いが、アイリス様とは少なくとも良い関係を築いていたはず。

 

 王太子殿下はムカつくがここまで愚か者だとは思えなかった。

 貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣言した。

 公で宣言されたことは覆らない。

 

「王子は廃嫡だな」

 

 もともと国を繁栄させるための政略結婚だ。

 そのことを理解せずに自分の気持ちを優先したんだ。

 

「ま、俺には関係ないな」

 

 未来のことはお偉いさんに任せればいい。

 とりあえず今はアイリス様の様子を見に行くか。尊敬する旦那様からの頼みだしな。

 俺は旦那様の手紙を大切に胸ポケットにしまう。 

 

「会うのは3年ぶりか」

 

 俺はアイリス様の専属を外れてカンタール侯爵領に勤めた。

 アイリス様とは中等部時代では一年に一回会って、高等部入学以降は領地に帰ることなく王太子妃になるための教育に専念するため、カンタール領に帰って来なかった。

 

 今彼女は18歳、一体どんな素晴らしい淑女に成長していることだろう。

 旦那様から相当気落ちしていると聞いた。

 一執事として、親友として必ず力になろう。

 

 

 

 そう決意してアイリス様が待つ応接室に向かったのだが……着いた途端懐かしい手口に引っかかってしまった。

 ドアを開けた瞬間、頭上から水が落ちてきたのだ。

 おかげで俺の執事服も掃除したばかりの床もびしょびしょである。

 

「久しぶりねクラウス!3年ぶりかしら?」

 

 喋りも行動も昔に戻ってやがる。

 充分元気じゃねぇか。

 俺の期待と心配を返せよ。

 

「………」

「あ!怒った?怒っちゃった?でも、私侯爵令嬢よ。そんな態度とっていいの?」

 

 ニヤニヤしながら俺を見つめてくるアイリス様。

 

 イラッとするが、素を出すのはよろしくない。

 俺は怒りを鎮め笑顔を作る。

 左手を前にして腹部に当て、右手は後ろに回す。

 活目せよ!この完璧な所作を!

 

「……滅相もありません。私はアイリス様に仕える使用人でございます。そのようなことは決してございません。旦那様からお話は窺っております。何かご要望がありましたらお申し付けください、誠心誠意お支えさせていただきます」

「……え?」

 

 俺が何年使用人やってきたと思っている?

 この程度で動揺する訳ないじゃないか。

 

 ……舐めるなよ。

 その意趣返しも含めてこの対応をしたのだが……。あれ?なんで反応ないんだよ。

 ふと、アイリス様を見ると……ニヤけ顔から一転悲しい顔をしていた。

 

 目も少し潤んでおり、泣きそうな顔に見える。

 

 何かやらかしたか?

 いや、おそらくこれも彼女の罠かもしれない。

 こういう演技もしてくるのがアイリス様である。

 

 俺はそう思いつつ懐から旦那様の手紙を取り出し濡れた上着を脱ぎ左腕にかけ、アイリス様の行動を咎める。

 

「アイリス様、お戯はおやめください。このことを旦那様が知ったらなんとおっしゃることか。カンタール侯爵家のご令嬢としての自覚をお持ちください」

「そ……そうよね。ごめんなさい。悪ふざけがすぎたわ」

 

 ふ……甘いぞアイリス様。

 

 手紙で旦那様から大義名分をもらっているのだ。

 旦那様からの手紙は濡れてしまったが、上質な紙。文字は滲んでしまったが、消えることはない。

 

 俺はアイリス様に近づいて手紙を見せながら下から三行目を指差す。

 

「アイリス様……これは私宛に旦那様が送った手紙でございます。ここの部分をお読みください」

「え?……ええ。わかったわ。……『立場や粗相を気にしなくていい。一人の友人としてどうか娘が心行くまで相手をしてほしい』……お父様、私のために……クラウス、これがどうかしたの?」

 

 まだ気がついていないのか。

 つまりだ。この手紙から旦那様から直々に失礼をしてもいいと許可がおりているのだ。

 

 実は濡らされたこの執事服、今日おろしたてのおニューなのだ。

 しかも俺専用に仕立ててもらったオーダーメイド。

 ……そんな新品をびしょびしょにされたのだ。このまま黙って許すほど俺はできた人間ではない。

 俺はびしょびしょに濡れた上着をアイリス様の顔に被せる。

 

「え?!……冷たい!な…何するのよ!」

「ちょっとクラウス!貴方なんてことを。お嬢様大丈夫ですか?」

 

 突然のことにギョッとするアイリス様にそれを俺の行動を咎めるマリカさん。

 は?……そんなの決まっているだろう。

 

「何って……やり返しただけでございます」

 

 これでアイリス様は化粧は多少なりとも落ちただろう。

 嫌がらせとしては充分。

 俺は平然と返答した。

 

「ぅ……あははは」

「……お嬢様?……クラウス、貴方は着替えてきなさい」

 

 ほら言ったことか!弱々しい声だが、笑いだした。

 やはり演技だったのだろう。

 アイリス様は一向に俺の被せた上着を取るそぶりを見せないが、マリカさんが何かを察したらしい。

 詳細はわからないが最近の付き合いの長いマリカさんに任せた方がいいだろう。

 

「わかりました。何か御用がありましたいつでもお呼びください」

 

 一礼して退室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラウス、お嬢様が今すぐに来るようにとのことです」

 

 次の日、早朝身支度を整え、職場の朝礼が終わった後だった。

 マリカさんから声がかかった。

 ちなみに昨日の一件で誰にも咎められることはなかった。まぁ、俺には大義名分があるので怒られてもそれを盾にすれば問題ないのだが。

 

 それにしてもアイリス様……絶対何か企んでいる。

 基本、アイリス様の世話はマリカさん担当で何事もなければ他の使用人に声がかかることはない。

 

 昨日の一件といい、俺を名指してくるということは何かあるのだ。

 

「わかりました」

 

 とりあえず返答し、急ぎアイリス様の自室へ向かった。

 

「アイリス様、クラウスでございます」

「入ってちょうだい」

 

 3回ノックし、許可をもらい入室する。

 入るとアイリス様は椅子に座り優雅に紅茶を飲んでいた。

 

 カチャッと小さな音を立てカップをソーサーへ置き、俺に微笑んでくる。

 本当に洗練された所作だ。

 昔、俺はアイリス様の教育を担当していた。

 

 その時は指摘するところも多かったが、今では指摘する箇所がない。

 そう感心していると、アイリス様が話しかけてきた。

 

「あら、少しは警戒してると思ってたけど」

「アイリス様はご自身の部屋では何も仕掛けませんから」

「何故分かるのかしら?」

「経験則です」

「そ……」

 

 素っ気ない態度のアイリス様。

 態度を見る限り想定内だったようだ。

 お互い沈黙が続く。アイリス様は話を切り出す気がないようだ。

 

「……お呼びとのことでしたが、なんのご用ですか?」

「とりあえず座ってちょうだい」

 

 なので、俺から話を切り出したら、アイリス様に座るよう促される。

 断る理由もないのでアイリス様の向かいの席に座ろうとして……やめた。

 

「いえ、お断りします」

「別に気にしなくていいのよ。今更気を使うことないわよ」

「いえ、座ることはできませんよ」

 

 遠慮するなと言われてもな。 

 細工されている椅子に座るわけないじゃないか。

 

「これ座ったら壊れますよね?」

「……あー。やっぱりわかるか」

「経験則です」

「それ何かの決まり文句なの?」

「いえ、そう言うわけでは」

「うふふふ……ああ、要件だったわよね。昨日の件で言いたいことがあってね」

 

 昨日の件か……まさか、謝罪をしろってことか?

 

「別に謝って欲しいってわけじゃないの。昨日は私も悪かったから」

「左様ですか」

 

 なら、何が目的なんだか。

 

「確認なのだけど、昨日のお父様の手紙の一文『立場や粗相を気にしなくていい。一人の友人としてどうか娘が心行くまで相手をしてほしい』……で間違ってないわよね?」

「はい、一言一句合ってます」

「昨日の粗相はお父様が許容していることだから気にしてないわ」

 

 何やら嫌な予感がする。

 ……この過程から逐一説明してくるところを見るに何か企んでそうだ。

 

「それで、アイリス様は何がおっしゃいたいのですか?」

「ええ。お父様はこうも言ったのよね?私が心行くまで相手をしてほしいと」

「……はい」

「つまり私が満足するまで何でもお願いを叶えてくれるってことよね?」

「……は?」

 

 いや、捉え方によってはそう考えられなくもないけど。

 流石に無理があると思い指摘しようとするが。

 

「お父様、ものすごくお怒りよ。ああ……思い出しただけでも震えが」

 

 おい……何だよその見え透いた演技は。

 確かに旦那様からの手紙を見る限りお怒りなのはわかるが。

 

「休養中は週に一度お手紙を送ることになってるの」

「……はい」

「ああ、どうしようかしら。私はお父様を心配させないように配慮してお手紙書こうと思っていたけど、このままだと立ち直れそうにないわ……もしかしたらクラウスのことで有る事無い事書いてしまうかもしれないわ?」

 

 あざとい……わざとらしい。

 昨日のこと絶対根に持ってやがる。

 

「どうしたの?昨日誠心誠意お支えさせていただきますって言ってたじゃない?まさか一度言ったことを訂正するの?……お父様にクラウスに・も・裏切られたって書いていい?」

 

 アイリス様は笑顔のはずなのに、目が笑っていなかった。  

 

 無駄に記憶力が高いのは相変わらずだ。

 しかもアイリス様、悪い方向に成長してやがる。

 

 言葉に無理やり理由をこじつけ相手を納得させる。追い討ちをかけるような話し方。

 

「何なりとお申し付けくださいお嬢様」

 

 俺はこう答えざるを得なかった。

 旦那様を盾にするのは卑怯だろ。

 いや、俺が昨日したことだけど。まさかやり返されるとは思わなかった。

 

 

 この日から週に一度、アイリス様から無茶なお願いをされるようになった。

 

 だが、甘く見るなよ。

 成長したのはアイリス様だけじゃありませんよ。

 さぁ、どっからでもかかってこい!

 

 

 

 

 

 

  アイリス様はじっくり時間をかけて俺に何をさせるか考えているらしい。

 マリカさんがこっそり教えてくれたのだ。

 

 そして、始まったのだ。

 アイリス様の俺への意趣返しが。

 

「クラウス!あの木のてっぺんにあるリンゴが食べたいわ」

 

 それはアイリス様に呼び出しをされた日から一週間後であった。「散歩に行くわよ!」と誘われて中庭を歩いている時、突然言われた。

 

「あの、リンゴの収穫ってまだ先では?」

「日光が一番当たってるし大丈夫じゃない?」

「ならもっと取れる位置のにしません?」

「……お父様に何て言おうかしら?」

「……承知しました」

 

 アイリス様はこんなことをほざきやがった。

 俺は木登りくらい余裕だ。

 アイリス様はわかっているようでこのような命令をしてきたのかも知れない。

 ため息しつつ木登りをして、リンゴを収穫し手渡す。

 

「やっぱり美味しくないわねぇ。うーん、日が一番当たってれば甘くなると思ったけど違うのね」

「アイリス様?」

「それにしても流石ね!木登り、前よりも上手くなってるわね」

「……はい」

 

 アイリス様、それは嫌味ですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに一週間後。

 

「クラウス、昔みたいに一緒に夕食食べない?」

「はい……いただきます」

 

 今度は二人で食事しようと誘われる。

 断るとまた旦那様に報告を……と言われるので潔く了承した。

 何か裏がありそうだな。

 そう思って迎えた夕食。

 

「……ヴ!」

 

 ……めちゃくちゃ辛かった。

 噛んだ瞬間香辛料が鼻に広がり、辛すぎるあまり変な声をあげてしまう。

 

「どうしたの?はしたないわよ?」

「……申し訳ありません」

「いいのよ気にしなくて。私たちだけだから」

 

 刹那殺意が湧くも、反応を示すと余計に喜ばせるだけなので、黙々と食事し、用意された分を食べ終えるのだった。

  

 だが、味覚と嗅覚が麻痺してしまい、残りのご馳走の味がわからなかった

 

 

 

 

 

 

 それからさらに一週間が経過した。 

 

「ねぇ、クラウス、今すぐこのリストの物を買ってきてちょうだい?」

「承知しました」

 

 アイリス様に呼び出されて一枚のメモ用紙を渡された。

 パシリかと思い了承しながらそのメモを見ると……あれ?なんだよこれ。

 

「あの、少々季節外れの品がありますが」

「急に食べたくなったのよね。……一週間時間あげるから買ってきて」

「流石に無理が」

「でも、あなた……承知しましたって言ったわよね?発言を取り消すの?……情けないわね?」

 

 その反応にイラつき、俺は意地でも揃えてやった。

 今の時期なら高値だが、やりとりしている場所を把握している。

 領地から少し離れているが、現地まで赴き7日かけても買い物リストの内容を耳揃えてやった。

 

「え……本当に揃えられるなんて」

「お嬢様がお望みでしたので」

「そうなの」

 

 あれぇ?若干引かれてない?

 

「お疲れ様でした」

 

 いや、俺の苦労をそんな労いの一言で済ませるのはやめてくれませんかね?

 

 

 

 こんなやりとりをしたが、日に日にアイリス様は元気になっていった。

 よく笑うようになった。

 少し無茶振りにイラッと来たが、アイリス様を笑顔にできたのならよかったと心から思った。

 

 やっぱりアイリス様は笑顔が一番だ。

 

 俺自身もアイリス様との懐かしいやり取りは楽しかった。

 今度はどんな願いを用意してくるやら。

 

「クラウス!行きたいところがあるの!出かけるわよ!」

 

 そう思っていたのも束の間。次の日に声がかかった。

 お忍びで行くので目立たないように変装して街へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し地味な平民服に着替え、屋敷から歩いて数分街中を歩く。

 肉屋、果物屋、八百屋などの様々な店が並び、人が多く密集する繁華街。

 メインストリートを10分ほど歩き続け、人気がない路地裏に入る。

 しばらく歩き右手に見えてくるのが目的地。

 

「ここは変わらないわ。……安心したわ」

「知る人ぞ知る隠れた名店ですからね」

 

 到着した場所はえんじ色の外装をしている洒落た喫茶店。店の入り口前にメニューの書かれた黒い立て看板が置いてある。

 

 ここは俺とアイリス様が屋敷を抜け出して通い詰めた思い出の場所だ。

 

「……何やってるんですか?」

「ええ……ごめんなさい。少し嬉しくて……今行くわ」

 

 そんなに懐かしいのかと思いつつ、通い慣れた喫茶店に入る。

 チャリンチャリンという、鈴の音が店内に響きわたった。

 

「いらっしゃい、空いてる席にどうぞ」

 

 出迎えてくれたのは口髭を生やした中年の男性店主。口数は少なく、威厳のある人だ。

 店内にはお客さんは三人いた。

 一人で来ているお爺さんと、20代のカップル。

 俺は目が合うと小さく会釈をする。

 知り合いというより顔見知りと言った方がいいだろう。

 話したことはないが、店で会ったら会釈や挨拶をする仲だ。

 

 名店ではあるけど、気難しそうな店主が理由に近寄りがたい印象があるせいであまり新規のお客さんは来ずらい。

 来る人ほとんどは常連客である。

 

「ブレンドコーヒーとショートケーキを」

「私も同じものを」

 

 注文を済ませ、席に座る。

 ここに来た時には頼むものはいつも同じだ。

 

 ここの店主の秘伝レシピのケーキが絶品だ。

 甘さがちょうどよく、癖になる味。

 

 この喫茶店を見つけた当初、俺とアイリス様はいつも頼んでいた。

 

「お待たせしました」

 

 席について少し経つと店主がコーヒーとショートケーキ持ってきてくれたので、お礼を伝えて受け取る。

 

「いい香り」

 

 アイリス様はコーヒーのほろ苦い香りにそう呟く。本当にアイリス様はここのコーヒーとケーキが好きだ。

 俺もアイリス様に倣いコーヒーを一口飲みケーキを食べた。

 

「……ここは変わらないわね。……コーヒーの苦味が嫌なことを忘れさせてくれる。……ケーキの甘さが和やかな気持ちにしてくれる」

「アイリス様?」

 

 途端、アイリス様は何故か涙を流していたので俺は慌ててハンカチを差し出した。

 

「……どうしたんですか?」

「ごめんなさい。少し感傷に浸ってしまって」

 

 やっぱり何かあったのだろう。

 

 この喫茶店に行くと聞いた時、もしかしたらと思っていた。

 帰省した後のアイリス様に違和感があったし、3年ぶりに俺に会った時の態度が妙におかしかった。

 

「私に変わらずに接してくれてありがとう。迷惑をかけてごめんなさい」

 

 アイリス様はハンカチで涙を拭き、そう言って俯いてしまった。

 幼い頃から通っていたこの喫茶店。行こうと言い出した時は大抵が辛いことがあった後。

 特に旦那様に怒られたり、貴族令嬢としての習い事で失敗した後だ。その度に俺は話を聞いていた。

 

 目は少し赤くなっていて、泣いているのを隠すために俯いていた。

 そんな弱気なアイリス様に俺は。

 

「はぁ」

「へ?」

 

 大きくため息をした。

 その反応に戸惑うアイリス様に言葉を紡ぐ。

 

「何を今更……別に気にしてませんよ。あんなの昔に比べれば楽な方です。覚えてます?アイリス様の独断で屋敷を抜け出したり使用人に悪戯するたびに俺クビにされそうになって、ひたすら謝って……始末書書かされて……時には物置小屋に閉じ込められて……ああ、思い出しただけで俺も涙が出てきた」

「……何それ、嫌味?」

「はい。嫌味の他に何があります?」

 

 思い出したら俺も感傷に浸ってしまい、アイリス様はそんな俺に少し微笑んでいた。

 

「別に俺たちは今更遠慮する仲ですか?親友、そう言ったのは貴方でしょう。……俺でよければお話し聞きますよ?」

「そうね……お言葉に甘えようかしら」

 

 俺の言葉に安心したのかアイリス様はそれから語り始めた。

 卒業パーティで何があったのかを。

 

  

 

 

 

  アイリス様は語り始めた。貴族学院で何があったのかを。

 

「ーー私はどう接すれば良いかわからなくなり距離をあけてしまった。それが原因で殿下に見放され、最後には婚約破棄をされてしまった」

 

 アイリス様と王太子殿下の関係は成長するごとに変わっていってしまったとのこと。

 婚約したばかりの頃は一緒に良い国を作ろうと励ましあっていたが、年月が経つにつれてアイリス様を邪険に扱うようになった。意見に耳を傾けなくなった。

 

 貴族学院の高等部3年の時には一切口を聞いてもらえなくなったそうだ。

 自己主張が激しくなり、婚約者はお荷物、そう考えるようになったらしい。

 

「殿下に近づくだけで暴言を吐かれたり……やってもない冤罪の容疑もかけられたわ」

 

 いつしか王太子殿下は平民上がりの男爵令嬢に興味を示した。

 その王子の行動によく思わない連中が現れ陰湿ないじめや嫌がらせを始めた。

 その犯人にアイリス様は疑われたそうだ。

 

 それがきっかけで仲の良かった友人からも距離を取られいつしか一人になった。

 たった一つの変化により周りは変わってしまった。

 

「……不安で全てが分からなくなった。……みんなが変わってしまって」

 

 だからアイリス様は変化を嫌った。

 

 高等学院で過ごしたわずか3年で周りの取り巻く環境が変わっていってしまったから。

 

「それで思い悩んでいた時にお父様が一度領に戻ってクラウスとバカをやって来なさいって言われたの」

 

 全てがわからなくなってしまった時、俺と再会した。

 婚約破棄をされた後、旦那様からアドバイスをされたそうだ。

 

「変わらずにいてくれて嬉しかったわ……泣いてしまうくらいにね。……だから、甘えすぎてしまったわ」

 

 そういうことか。

 全てを聞いて納得した。

 

 旦那様の手紙も、初日のアイリス様の態度も。

 

 全てを聞いて俺はアイリス様に一つ言いたいことができた。

 

「アイリス様」

「……何?」

 

 俺は名前を呼び椅子から立ち上がる。

 右手をアイリス様の頭の上に持ち上げて頭を軽く手刀で叩いた。

 

「な…いきなり何をするの!」

 

 俺は訳もわからずポカンとするアイリス様の頭の上に置いたままにする。

 

「勘違いしてるようなので訂正しますが」

 

 アイリス様の頭を優しく撫でる。

 

「俺はいつまでも変わりませんよ。疑うこと自体間違ってます」

「ク…クラウス?」

 

 今だに戸惑うアイリス様。

 俺はさらに安心させるため、言葉を紡いだ。

 

「俺はアイリス様に救われました。死にそうだった俺にあなたは手を差し伸べてくれた。……そんなあなたに一生の忠誠を捧げているんですよ」

「……重いわよ」

「心中してくれと言えば共に死ぬことも厭いません!」

「だから重いって!」

 

 アイリス様はだんだんと調子を取り戻していく。

 俺には返せないほどの恩がある。

 だからどんなことがあっても味方だ。

 

「だから、いつでも頼ってください。些細なことでも言ってください。昔からそうだったでしょ?貴方が旦那様に迷惑かけるたびに毎回俺怒られたって言いましたよね?それでも俺が貴方の行動を咎めたことありましたか?」

 

 何があっても俺はアイリス様の意思を尊重した。

 

「確かに……その通りだったわね」

 

 思い出に浸るアイリス様は俺の言葉に納得してくれた。

 

 だが、俺はまだ言いたいことがある。

 アイリス様は俺は変わってないと言った。

 周りが変わっていくのが怖いと言った。

 

「人って成長して変わるんですよ。俺も少しは成長しました。それで3年経ってアイリス様への態度変わりましたか?」

「確かにそうね。3年前よりも行動力上がっていたわよね。でも貴方そこまで変わってないわよ。……私も……少しは成長したかしら?」

 

 まぁ、そこまで変わってないかもしれないな。

 だが、アイリス様の場合はむしろ。

 

「いや、アイリス様は後退しました」

「何よそれ?」

「だってそうでしょう?淑女としての振る舞い一切なくなり昔に戻ってますし。搦手とか権力を盾にするようになりました。むしろマイナスですよ」

「えぇ……もっと他の言い方はないの?」

 

 アイリス様はなんとも言えない表情をした。否定することは出来ないらしく難しい顔をしている

 俺も成長してない。アイリス様は後退している。

 

 俺とアイリス様が納得する言い方。

 

 当てはまる言葉が思いつかない。

 アイリス様は心配そうに見られる。

 うーん……あ、そうか。

 

「俺たちの関係は元に戻った……でどうでしょう?」

 

 俺とアイリス様は大人になるにつれて成長していった。

 専属から外れてからはただの令嬢と執事、なら今の関係を一言で表すのはこれだと思った。

 

「……確かにそうかもね。ここで過ごした一月、子供の頃に戻ったみたいに楽しかったわ……そうね。私と貴方は元に戻れたのね……うふふ」

 

 アイリス様は咲き誇るような笑みをした。

 

「ありがとうクラウス」

 

 その後、俺とアイリス様は夕暮れになるまで話をした。

 空白の3年間の時を埋め合わせるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一月が経った。

 

「ここのコーヒーとケーキは美味しいです」

「え…ええ。そうね」

 

 俺はアイリス様と相も変わらず喫茶店に訪れていた。

 

 あれから王都では一波乱あった。

 王太子殿下は王位継承権を剥奪され、現在監視下に置かれている。

 男爵令嬢の修道院送り及びアイリス様に冤罪容疑をかけた連中へ慰謝料請求。

 旦那様が訴訟を起こしたとのこと。

 

 それを聞いてアイリス様はやりすぎだと言っていたが、俺からしたら当然の報いだと思った。

 

 婚約破棄されたアイリス様はしばらくは婚約ができない。

 訳あり令嬢は貴族界ではいい噂が立たないのだ。

 

 アイリス様は気にしていないようだが、俺は心配だ。

 

 旦那様も孫が早く見たいと言っていたし。

 

 どうにか説得できないものかと悩むもアイリス様次第なのでお手上げである。

 

 そんな心配をする俺だが、最近一つ悩みができた。

 アイリス様が俺によそよそしい態度を取るようになったのだ。

 

「あ…あのクラウス。話したいことがあるんだけど」

「なんですか?」

 

 こう、目を合わせてくれないところとか。

 話を切り出すときに気を使ってるところとか。

 

「私と貴方の関係は変わらず親友……なのよね?」

「まぁ、親友兼主従関係ですかね……それが何か?」

 

 目が合うと……すぐに離され、顔が少し赤くなる。

 俺何か嫌われることしただろうか?

 

 どうすれば良いかわからず、言葉を待つ。

 

「私って今、婚約の話全然来てないのは知ってるわよね」

「はい。旦那様も嘆いておりましたし。……もしやとうとうアイリス様も危機感をお持ちに?」

「いや……そうじゃなくてね……その問題が解決するいい方法を思いついたというか」

「そ……それは本当ですか。ああ。よかったです。旦那様もお喜びになりますね」

「やっぱりそう思う?」

「はい!」

 

 俺は期待に胸を膨らませた。

 やっと旦那様の悩みもなくなると。

 

「もう私の全てを受け入れてくれる人ってそういないと思うのよね」

「確かにアイリス様は今やすっかりお転婆令嬢ですからね」

「そう!そうなの。やっぱりクラウスもそう思うわよね!もう貰い手はいないんじゃないかって!」

「あの……一生独身とか言いませんよね?」

 

 まさか、生涯独身宣言をする訳じゃないですよね?

 旦那様号泣しますよ。しかもアイリス様がこのように成長した大元の原因俺ですから、俺のクビが社会的にも物理的にも飛びかねませんよ。

 

「安心して。私、結婚願望あるから。だって子供欲しいもの。それにもう相手は見つけてあるから」

「……それを聞いて安心しました」

 

 まったく……不安にさせないでくださいよ。

 アイリス様も水くさい、そんな人いるなら俺に言ってくれてもいいじゃないですか。

 

「して、そのお相手は?……どこの家の方なんですか?紹介して下さいよ」

「わかったわ……驚かないでね」

 

 アイリス様は大きく深呼吸をする。

 そして、ゆっくりと右手の人差し指を俺に向けた。

 

「……あの…なんで俺を指差してるんですか?」

「クラウスって昔から鈍感よね」

 

 アイリス様の顔がだんだん真っ赤になる。

 あの、なんですかその表情。

 

 ……その疑問はすぐに解消することになる。

 

 先程まで感じていた期待と喜びはーー。

 

「クラウス……私と……結婚しない?」

「……は?」

 

 ーーアイリス様の爆弾発言により爆散した。

 

 拝啓、旦那様。

 俺はこの件をどうご報告すれば良いのでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追伸。

 俺に求婚発言をしたアイリス様の顔は、りんごのように真っ赤に染まりながらも咲き誇るような笑みをしていた。

 

 その笑顔を俺は一生忘れません。

 

 

 

 




最後まで読んでくださりありがとうございました。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。