魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする   作:京谷ぜんきまる

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第101話 テッサの悪夢:side story

 オークの都モーベイは冬の厳しさを増しつつあった。

 雪が降り積もり、住人達は日が暮れるとみな家屋に引きこもる。

 英雄バルカーマナフの帰還に沸いていたオーク達の熱狂は彼が去っていたと同時に冷え切り、今は都中が重苦しい沈黙に包まれていた。

 

    ×   ×   ×

 

 ギルベーダの“所有物”となっていたオークの女戦士テッサ。

 彼女はラケーシの宮殿に留まっていた。

 寝室にて白い毛皮が敷かれた寝床の上でテッサは目を閉じて寝ている。

 

【挿絵表示】

 

 彼女は夢を見ていた。

 毎夜見る、それは悪夢であった。

 

 夢の舞台は色々だ。暗い広間の中央。モーベイ都城の中庭。闘技場のアリーナ。

 そして、今は亡きギルベーダの寝室……。

 場所は違えど、内容は同じだ。

 夢の中でテッサは屈辱の底に叩き落とされる。

 緑の肌が汗と濡れ、擦り傷と痣が浮き上がり、筋肉質な裸体が大勢の同族の視線の前で晒される。ギルベーダの巨体が彼女を組み伏せ、太い指が胸を抉るように掴み、嘲笑いながら何度も何度も彼女を痛めつける。

 テッサは嘔吐し、泣き、痛みと羞恥で声が嗄れる。周囲のオークたちが哄笑を上げる。

 テッサはウルドログ――モンスター退治を生業とする戦士だ。

 オークに害を為すモンスターを屠ってきた誇りがあった。

 ギルベーダは死んだ。

 バルカーマナフとの決闘に敗れ、ルサイド氏族長ラケーシの手によって斃された。

 だが夢の中で、死んだはずの暴君はテッサを打ち負かし続け、強引にテッサを抱きしめて離さない。

 夢はさらにおぞましい内容へと歪む。

 胸から血を流しながらもギルベーダが、怒り狂って彼女に襲いかかる。

 バルカーマナフに敗れた怒りをぶつけてくる。

 体が壊れるかと思うほどに扱われる。

 テッサは夢の中で泣き叫んでいた。

 これらはすべて、実際に起こったことだった。

 

【挿絵表示】

 

「……っ!」

 

 はね起きる。

 荒い息。寝衣が汗で肌に張りついている。

 緑の肌は熱を持ち、乳首は硬く尖り、体の芯には重い熱が籠もっていた。

 寝衣の股の部分は、汗だけではない湿り気を帯びていた。彼女の意志とは無関係に溢れ出した蜜が、腿まで伝っている。

 その事実に、テッサは耐えがたい屈辱を感じた。

 怒りも込み上げた。ギルベーダに対してではない。己自身に対しての、激しい憤怒だった。

 

(……私は、弱い。)

 

    ×   ×   ×

 

 ラケーシの宮殿に連れてこられてからの日々は、テッサにとって地獄と甘美の狭間だった。

 ラケーシは美しい。

 長い黒髪。しなやかな肢体。女性らしい言動と物腰。

 

(私とは何もかもが違う。)

 

 しかし、だからといってラケーシは弱いわけではない。

 

 手負いの状態でさえ、自分を力尽くで陵辱できるほどの強さを持つギルベーダの精気を奪い尽くし、いとも簡単に殺せるほどのルスト・アーツの使い手なのだ。

 ギルベーダを殺した後、ラケーシはテッサに手を差し伸べた。

 

 ルサイド氏族長は暴虐から、自分を解放してくれたように見えた。

 だが、現実は違った。

 ラケーシはテッサを「愛妾」として扱った。

 

 甘い言葉を囁きながらも、その目はテッサの筋肉質な淡緑色の体を、己の所有物だと見ていた。

 戦士としてではなく、所有物。

 テッサは気づいていた。

 ラケーシが自分を求めている理由を。

 バルカに拒否され、傷ついた心を埋めるためだ。

 

「ラケーシ様、わ、私は戦士です。ウルドログは各地のモンスターを狩るのが仕事。旅に出る許しをください」

 

 テッサは何度かそう告げた。

 だが決まってラケーシは、冷たく微笑んで言うのだ。

 

「あたしがギルベーダを殺さなかったら、お前は今も奴の慰み者になってたんだよ?」

「そ、それは感謝しています」

「こいつは大きな貸しだよ? 返すまでお前は私のものさ……」

 

 その言葉は、テッサの胸に棘のように刺さる。

 

「ど、どうやってお返しすれば」

「今、返してもらってる最中じゃないか。こうして――」

 

 そう言ってラケーシはテッサの体を寝台に押し倒す。

 それが、ずっと続いている。

 

    ×   ×   ×

 

 バルカーマナフに皆が見ている前ではっきりと拒絶されたラケーシは、テッサを抱くことで自分の存在を確認しようとしていた。

 甘い言葉と激しい愛撫の裏に、寂しさと苛立ちが混じっていることを、テッサは感じ取っていた。

 テッサは抗えなかった。

 

 ラケーシの指が緑の肌を這うだけで、体は熱を持ち、蜜を溢れさせた。

 毎夜、彼女はラケーシに翻弄され、宮殿の女官たちも交えて肉交に耽った。

 時折、テッサが抵抗すると、ラケーシは“貸し”の話を繰り返し、愉しげに笑った。

 

 そんな日が続く中、テッサはまた悪夢を見た。

 ギルベーダは愉悦とあざけりの笑みをいつも浮かべているとが、胸から血を流しているときは違う。怒り狂いながらテッサの体を組み伏せ、貫く。

 痛みと屈辱で、彼女は夢の中で泣き叫んでいた。

 だが、いつもと違った。

 黒い影が現れた。琥珀色の瞳が暗闇を切り裂く。

 その姿は、漆黒の肌に赤いマグマのようなエネルギーの線が走っている。

 淡い灰色の髪……紛れもなくバルカーマナフだった。

 ギルベーダを叩き伏せ、咆哮を上げて打ちのめす。

 血飛沫が舞い、地響きをあげてギルベーダが倒れる。

 

 こちらを見つめている。

 いつのまんか肌の色が黒から灰緑色になっている。

 静かな眼だった。

 

「あっ……ああ……あああああ!!」

 

 テッサは夢の中で、声を上げてバルカに向かって戦いを挑んだ。

 拳を振り上げ、バルカの胸板に何度も拳打を叩き込む。

 だが、どれだけ攻撃しても、バルカの体には一切通じない。

 手応えがない。触れているという感触すらない。

 やがて、すうっとバルカの姿が遠ざかる。

 

「なぜ……! なぜ、こんなに強い……あんたは、どこから来たんだッ」

 

 バルカは答えない。琥珀色の瞳が、彼女をただ静かに見つめるばかりだ。

 

「テッサ」

 

 低く、しかし優しい声で呼ばれた。

 バルカが近づいてくる。

 テッサは本能的に後ずさったが、バルカは彼女を追い詰めはしなかった。

 ただ、大きな腕でそっと抱き寄せた。

 熱い体だった。

 テッサの淡い緑の肌が、バルカの胸に触れる。

 夢の中で、彼女は初めて「守られている」と感じた。

 

「もう、恐れることはない。お前は強い戦士だ。誰のものでもない」

 

 耳元で囁かれる声が、熱を帯びていた。

 バルカの大きな手が、彼女をゆっくりと撫でる。

 筋肉の隆起を、ギルベーダに痛めつけられた箇所を、嬲られて汗で濡れた緑の肌を、丁寧に確かめるように。所有するのではなく、慈しむような、熱を込めた触れ方だった。

 

 テッサの体が、震えた。

 

 恐怖ではなく、抑えきれない熱が下腹部から広がる。

 夢の中で、彼女は自らの意志でバルカの首に腕を回した。

 戦士だった彼女が、初めて「触れられる悦び」を恐怖ではなく、安心とともに受け入れていた。

 バルカの厚い唇が、彼女の額に触れる。

 次に頰。首筋……。

 乳首の先を優しく指で撫でられ、テッサの体がびくんと跳ねた。

 熱い息が耳元で絡み、囁きが続く。

 

「テッサ……お前を縛るものは、もう何もない」

 

 その言葉とともに、テッサははね起きた。

 悪夢から目覚めたときはいつも汗を掻き、息が荒くなっているが、今回は特にすごかった。

 汗でびしょ濡れの寝衣が肌に張りついている。頭痛がしていた。

 胸の頂きは疼痛を感じるほど硬く、下腹部は熱く疼いていた。

 ……隣でラケーシが、満足げに眠っている。

 

 テッサは自分の体を抱きしめた。

 まだ、夢の感触が残っている。

 バルカの腕の温もり。

 耳元で囁かれた言葉。

 

 ラケーシの言葉が頭をよぎる。

 

“大きな貸しだよ? 返すまでお前は私のものさ”

 

 だが、あの夢の中で、バルカはそう言わなかった。

「誰のものでもない」と。

 テッサには分かっていた。夢の半ばで自分は覚醒していたのだ。

 自分が心の底で思っていることを、夢のバルカに言わせたのだ。

 久しぶりにテッサは自分自身を、誰の者でも無いと感じることができた。

 

 テッサは静かに立ち上がった。

 寝衣を脱ぎ、ラケーシの部屋を出て与えられた私室へ行く。

 そして、いつもの戦士の装束を身に着ける。

 黒いフード、胸布と腰巻き。革のベルトと腕当てを身につけていく。

 赤いジオルミ結晶灯の光りに照らされていた筋肉で盛り上がった緑の肌が、旅用の外套で隠れた。

 数本の束になった投げ槍を肩に担ぎ、大型の矛を手にし、テッサはルサイド宮殿を、足音を殺して抜け出した。

 

 オークの都モーベイは水をたたえた深い濠に囲まれている。

 テッサは都の外へと続く橋へ向かった。

 そして、南へ行く。

 ”この先は行ってはならない”と、昔から言われている山脈を越えるつもりだった。

 

 あのオークの英雄がいる場所へ。

 

 ワールドノードを使うことをテッサは考えなかった。

 地底界バサルデレルムの何処に根の谷へ続くワールドノードがあるのか、知らなかったし、そもそも自分はウルドログ。

 ウルドログは自分の足で歩き、旅をする戦士だ。

 

 ――バルカーマナフに会いたい。

 なぜだかは、分からない。

 だが、彼女の本能はそう告げていた。

 

(夢の中で感じた、あの温もりを、もう一度確かめたい? 違うッ――い、いやそれも、少しはあるかも知れないが、私は……。)

 

 モーベイの夜の通りを、テッサは走った。

 積もった雪を踏みしめながら、夜の寒気を切り裂くようにして。

 橋を渡って都を出た頃にはテッサは自分の胸に灯った感情を、ほんの少しだけ理解した。

 

 ……ギルベーダの影を心から振り払うには、強くなるしかない。

 口伝によるとバルカーマナフもまたウルドログだったと言われている。

 ウルドログ同士はお互いを助け合う掟がある。

 

 テッサはバルカに教えを請うつもりだった。

 

(……会いたい。)

 

 彼女は走り続けた。

 風に当たる頬は寒さで引き締まるが、疾駆によって体は熱い。

 遠ざかっていくモーベイを背に、フロストパーム園を抜けても彼女は走り続けた。

 根の谷の北、アーガ砦と言っていたか。

 そこに行く。オークの英雄の元へ。

 

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