魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする 作:京谷ぜんきまる
バルカとメトーリアは、温泉川で目眩く時を過ごした後に体を洗い、レバームスの隠れ家の洞窟に戻った。
ふたりともアクアル隊補給士のハントが置いていった衣に着替えた。
メトーリアは長い布を体に巻きつけるタイプの巻衣を身につけ、バルカは革の腰巻きを穿いて、上半身は裸という姿で、ふたりは泥のように眠った。
× × ×
翌日、食事を済ませてから、ふたりは皮袋の中に放り込んでいた装備品――バルカの革シャツとズボン、メトーリアの隠密服――を洗い、洞窟の入り口の風通しのよい場所を選んで前で干した。
それから、隠れ家にあった道具を使って鎧の手入れを始めた。
ブラシや刷毛で汚れを落とし、鉱物油を染み込ませた布で丁寧に拭くのだ。
ちなみに今メトーリアの手にある剣に変じたバルカの武器は自己修復機能があり、錆びることも無いため殆ど手入れの必要が無い。
昨夜は話をしながらも、結局ずっと――
三日前あの森の中で結ばれてから、移動と食事、睡眠、それ以外のわずかな時間を除けばずっとである。
メトーリアは、
(どうせ昨日話した内容もアレに夢中でバルカは覚えていまい)
と、思って少し機嫌が悪かった。
……とはいうものの、自分自身も何を話したかおぼろげなくらい、夢中だったことを思い出して紅潮する。
「……アクアルの温泉には入ったことないって言ってたよな」
「えっ」
バルカの言葉にメトーリアの軽装鎧を拭く手が止まる。
「昨日の話だよ。お前は“人質にされてはいたが、父とアルパイスのつがいのレイエスは友人だった”とも言っていたな」
「話をちゃんと、聞いてたのか」
「そりゃ聞いてたさ。昨日。色々話してくれたけど、ちょくちょく――いや結構話が飛んでたぞ。お前の親父さんのスガルと、アルパイスやレイエスの話をしていたのに急にアルパイスにお前が引き取られたときの話をしたかと思ったら、お袋さんの事を話し始めたり」
「お、おふくろさん?」
「母親って意味だ。お母さんの名前、トリーシアだっけか。アゼルに久しぶりに会ったときに母親のことを聞かれて、自分も幼かったからあまり覚えていなくて、それが悲しかったとか話したかと思うと、急にまた別の話……修行を始めた頃は自分よりデイラの方が上達が早かったとか」
バルカはメトーリアの軽装鎧の脚甲を拭きながら言った。
自分の鎧の手入れはもう終わっている。
バルカの鎧はストレンジ
メトーリアは咳払いをした。
「じゃ、じゃあ十七年ほど前に起こったリザード族討滅戦のことは、その、話したっけか?」
「それは話してない。レバームスからはリザードは現世では敵性種族にされていて、彼らの縄張りを奪ってレギウラが建国されたことを聞いてるくらいだ――なあお前、昨日自分が話したことを覚えてないのか?」
「お、覚えているっ。ギルド同盟はお前が眠っていた数百年の間、敵性種族を標的にして『聖戦』とか『敵性種討滅戦』と呼ぶ戦いを起こして、勢力を拡大してきたんだ」
「それも、レバームスから以前聞いた。どういうタイミングで始めるんだ。戦を起こす理由とかは、何も無いのか?」
「ある」
「どんな?」
「たとえば、敵性種族の中に世界の秩序を乱すような強い個体が生まれたり、種族全体が危険な変異を遂げたりとか」
「フン……
バルカは否が応でも地上のオーク達が知能退化の呪いで汚染されていたことを思い出さずにはいられなかった。
「リザード族の場合は、その両方だった。種族の限界を突破した個体がリザード全体の進化を促したと言われてる。その個体の名前は……ギャルプ」
防具の手入れが終わりふたりは手入れの終わった軽装鎧を床に置いて、タオルで手を拭いた。
バルカはメトーリアを見た。
鎧の手入れをしている間、見ていなかったメトーリア。
彼女も自分も、くすんだ色の一枚の布を巻きつけただけの姿だ。
手を伸ばして巻衣を剥がせば、すぐ真っ裸だ……。
バルカが手を伸ばそうかどうか迷っている内に、メトーリアは籠の中から樹脂で密封してる壺を取り出した。
「これが、エルフの酒か?」
「ああ、樹液が原料のハーブ酒だ。飲むのか? まだ明るいが――」
「飲む」
× × ×
「ギャルプは、同族を共食いしてレベルを上げ、他のリザードたちの思考と行動を支配する力を得ていた。周辺地域を脅かし始めたから、ギルド同盟が討伐を決めた」
「で、アルパイスとレイエスがギャルプを討伐したのか」
「うん。そして、お父様はレイエス様とアルパイス様の協力を得て、友好的なリザードたちを密かに助け、逃がした。リザード討滅戦はギルド同盟が想定していたより、ずっと小規模な戦いで終わった。そして、ギャルプを討伐したアルパイス様とレイエス様は戦功を認められて、リザード族の土地レギウラの地を拝領した……でもその後すぐに、レイエス様が亡くなった。お父様もそのとき一緒に……」
レバームスの隠れ家である洞窟内には椅子などはない。
バルカとメトーリアは座って酒を酌み交わしながら、話を続けた。
「ふたりが死んだ原因は?」
「それは爺やも、詳しくは知らない」
「アルパイスに聞いたことはないのか?」
「ある任務中に亡くなった……としか」
「レバームスはこう言っていた。ギルド同盟の長……
メトーリアの宝石のような青い瞳がわずかに揺れるのを見つめながらバルカは続けた。
「アルパイスとレイエスが互いの領地を共同統治し始めたことも危険視したとも言っていたが」
「ああ。リザード族を完全に滅亡させなかったことと……アルパイス様とレギウラの隣国ナバリスの王子であるレイエス様がふたりの領地を共同統治し始めたことを危険視したみたい」
「ギルド同盟は、魔王が討伐されてから四百三十年……じわじわと、敵性種族たちの領土を侵食してきた。でも同盟圏は大きくなりすぎた。いまでは中央の『安定統治』を狙い、敵性種族との戦争で広がった外縁部を戦功を立てたものに与えはするが、新参の領主同士を争わせたり、緩衝材として放置し、得られる利権だけを貪っている」
メトーリアは苦く笑った。
「今ではアルパイス様が我が子レイエスを暗殺したのだとナバリス王は疑っている。そして、アルパイス様はリザード族を助ける方策をレイエス様に持ちかけてきた私のお父様を……」
「恨んでる?」
「正直言って、わからない……」
「レイエスが死んで、人質だったお前の扱いも酷くなったのか?」
「厳しく鍛えられたのはたしかだが……」
メトーリアはハーブ酒を飲み干した盃を両手で包み込むようにして持ちながら指で弄くる。
「前にも言ったが、私はアルパイス様を恐いと思ったことはあっても、憎んだことはない……だが、今の私は奴隷領主だ。ギルド同盟が、そう定めた。でも、バルカ。お前はギルド同盟に話を付けに行くと言ったな?」
「ああ。メトーリア、お前はどうだ? これからどうしたい?」
「私は……アルパイス様と、話し合いたい」
「そうか。じゃあ、それもかけ合おう」
「え?」
「リザードを見逃した罪でレギウラの奴隷になってるんだろ? 対等な立場で話し合えるように、まずはそのふざけた罪を赦免するようにギルド同盟の元締めにかけ合おう」
「……どうやって?」
「同盟の
メトーリアは盃を持った手を止めて、バルカを見た。
「……本気か?」
「本気も本気だ。同盟の長老衆には当時から生きている長命種族のメンバーもいるらしいしな」
「馬鹿なことを。護衛だけでどれだけいると思ってる。第一、今のお前は表向き『行方不明の英雄』だ。突然現れればそれこそ大問題になる」
「だからこそだ――」
「待ってクダサイ、バルカ」
バルカが言いかけたところで、メトーリアの肩口からから低い声がした。
二人の間の空間に、透過した蒼惶の肌をもつギデオンが現れた。
青白い光を放ちながら、いつもとは違って冷静な面持ちだ。
「殴り込むのは得策じゃアリマセン。この、四百三十年でルスト・アーツのように昔は無かったスキルや魔法が発達しているんデス。何が起こるか分かったもんじゃないデス。別の方法でイキマショウ」
「どうするんだ」
「私の力があれば、全てのギルドクリスタルに強制的にアクセスできマス。エルダーズの面々は各々が遠く離れていますから定期的に行われる会議などはギルドクリスタルを使って
メトーリアの目が大きく見開かれた。
「……遠隔会議か」
ギルドクリススタルは登録されている冒険者達のパーティ編成に利用されている。
一時的にパーティメンバー同士が霊的な繋がりを持つことにより、念話が容易になったり、集団強化魔法や範囲回復魔法などの行使を容易にさせたり強化する機能がある。
ギルドクリスタルに接続した者同士での通信には拡張性があり、クリスタルを通じて共通共用の領域を創り出し、その領域に複数の意識が同時に繋がることで、集団での会話も可能なのだ。遠隔視や長距離念話スキルなどを持たない者でも領域の中で音声を伝達し、お互いの姿を
見ることもできるのだ。
……メトーリア自身は体験したことがないが。
「それって他のパーティの念話に割り込むようなもんだろ。そんなことができるのか」
「可能デス。私ガガいればネ! たーだーし、私の他にも器械精霊がいて、二度目は通信妨害されるデショーからで一度きりの強硬手段デスネ。あと、直談判がウマくいかなかったら同盟全体を敵に回すことになりマスネ!」
バルカは腕を組んで考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「それでいい。俺の顔を見せて、『メトーリア・シェイファー・アクアルの奴隷領主の罪を赦免しろ。さもなくば直接行くぞ』と伝えればいい」
「乱暴すぎる……」
メトーリアが呟くと、バルカは彼女の方を向いて微笑んだ。
「乱暴でいい。お前がアルパイスと対等に話せるようになるための、最初の一手だ」
× × ×
一方その頃。
アーガ砦の上層階にある臨時の執務室で、レバームスは窓の外を見ていた。
砦の修復作業はほぼ終わっていた。
「……お、やっとか」
彼は小さく呟くと、ウォルシュから返してもらっていたギデオンの分霊である通信メダルを起動した。
「ギデオンか。どうだ? バルカとメトーリアは励んでるか」
すぐに返答が念話で返ってきた。
「そりゃーもう。今、エルダーズへの強硬手段を提案したトコロですよ」
「予想通りだな。ククク、今から楽しみだぜ」
通信を切ったレバームスは、砦から一望できる湿原をみつめた。
「英雄が動き出せば、世界の方がついていくしかない……か」
彼は静かに息を吐き、次の一手を考え始めた。
× × ×
「北の海から根の谷までのデフィーラーが全滅しているとはどういうことだ!?」
テラスの手すり脇に座っていた女性が声に反応して振り返った。
その部屋は大理石の床に豪奢な絨毯が敷き詰められていた。
声を発したのは絨毯の上にある大きな安楽椅子に腰掛けている尊大な老人だった。
飽食と怠慢が生んだゆるみきった肉の塊のような男だった。痘痕と脂が浮いた顔の上には何かの冗談のように王冠が乗っている。
たるんだ面貌だがその双眸は見る者に寒気を起こさせるほどの冷酷な光りを宿していた。
だが、その視線をテラスから部屋の中に入ってきた女は平然と受け流しながら肩をすくめた。
「知らないわよぉ。私はちゃんと注文通りの
「な!? どうしてすぐに教えなかった!」
「だってそんなの契約に無かったじゃない」
男はカッとなって椅子から体を起こそうとしたが、途中でやめる。
体が重くて出来るだけ動かしたくないのだ。
「退化の秘法でおつむが弱くなってる分、肉体的に強い個体が生まれたのかもね。だからぁ、ヴァルダール王? わたしは最初に言ったじゃない。自己増殖じゃなくてオークを苗床にして増えるタイプにしたほうがいいって」
「それは危険すぎるッ。増えすぎたらどうするつもりだ!?」
「フフフ……」
ローブを纏った女は意味深な笑みだけ返すと、テーブルの上にあった瓶を手にとってグラスに葡萄酒を注いだ。
妖艶な美女であった。
体型は極めて豊満で、特に乳房が非常に大きく、紫色の露出度の高いローブドレスから大きくはみ出している。
肩には紫色の毛皮をあしらったマント。下半身は股関節部分が高めにカットされたタイトな紫色のタイツ状の衣装。
……とにかく紫がめだつ。所々に金の縁取りが施されている以外は紫が基調の出で立ちだ。
長い髪も紫だ。ただ毛先に向かって青紫へと変化している。
顎をクイッと上げて酒を飲み干したとき、髪の一部が不自然にうねった。
蛇のように、触手のように。
「でも、強い個体を苗床にできたらその女の子の形質を受け継いでより強い仔が生まれるのよ。素敵だと思わない? 本来のデフィーラーってそういう魔物だったんだから♪」
そういって女は体をくねらせながら悩ましげに自分の下腹を撫で回した。
物凄い艶めかしさだった。
だが安楽椅子に座ったままのヴァルダール王は頬を歪めて顔を背けた。
(この……変態女が!)
肥満体の王は心の中で叫んだ。
目の前にいる女は優れた魔法士だった。
それだけではない。錬金術師としても、召喚士としても大陸随一のレベルと知識をもつ女だった。
魔物研究の第一人者であり、高位の魔物を設計・生産できるのは彼女しかいない。
だが……彼女はある特定のタイプの魔物にしか研究の情熱を注がない人物でもあった。
ヴェルミーヤ。
魔王討伐戦の時代から生き続けているこの希代の妖女は、テンタクルマスターと一部では呼ばれている、度し難いほどの触手フリークなのだった。
「オークを苗床にできるということは人間でも
「だめなの?」
「ダメにきまってるだろうがぁ!!! ング、ゲホ! ゲホ!」
かかりつけの治癒士から“あまり怒らないように”と言われていたのも忘れて激昂し、ヴァルダール王は胸を押さえて息を喘がせる。
「だいじょぶ?」
「い、いらぬ気づかいだ! ヴェルミーヤ。次のエルダーズ会議にはお前も出席してもらうぞ。次の聖戦の相手はいよいよオークになるのだ。事は慎重に運ばねばならんからな」
「はぁい」
気の抜けた返事をしながらヴェルミーヤは中空に視線を泳がせた。
× × ×
ギルド同盟はもともとは冒険者ギルドが母体となって発展した組織だ。
国や個人が依頼した様々な”クエスト”を冒険者にあっせんする組合(ギルド)だった冒険者ギルドが、魔王討伐戦時に数多く輩出された強力な高位の冒険者達と各国の為政者、各種族の代表者達と結託することによって絶対的な権力と実行力を持つ調停機関となった。
同盟宗主国ヴァルダールの首脳部たるギルド
この世界の歴史上これほどまでに広大な勢力範囲を持つ組織が存在したことは無い。
ギルド同盟が発足して、最初の数十年間は同盟に加入している国が敵性種族や反ギルド勢力に戦を仕掛け、その領土を奪うことを、長老衆は奨励していた。
……そして、新参の加入国同士が争うことも、意図的に放っておいた。
まさに、
「切り取るに任せて……」
いたのである。
しかし、ギルド同盟の領域が拡大していくにつれ、勢力圏に“広大な外縁部"ができてからは、敵性種族や反ギルド諸国への攻勢を、長老衆が制御するようになった。
そのための“聖戦”なのだ。
外縁部の新参の領主や王侯が必要以上に結束することはない。
互いにいがみ合い、権謀をしかけあうくらいでよい。
しかし、同盟加入国同士が本格的な戦争を起こしたり、他勢力との間で局地的な戦乱が起こるような事態は宗主国ヴァルダールとそれに準ずる中核をなす国々の意向としては――もはや許されぬ時代となっていた。