偽物にしかなれない私は   作:流水麺と豪州侍

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帰ってきた人面獣心鬼畜の流水麺です。
まぁ難産でした。だいぶ苦しみましたが、産むと決めたからにはしゃーなしです。遅くなってすいませんでした。
一部他の視点が混入しますが、9割方八幡視点でお送りします。


第9話 石の街で彼は一人踊る。

 

 不安だった夕食作りは折本の協力でなんとか無事に終わった。

 俺が折本に指示を出し、折本が他の班員に伝える。そんな具合でなんとか形になった感じだ。

 正直、俺は指示と自分の調理で手一杯で出した指示がちゃんと通ってるかの確認までは出来なかった。その辺りをちゃんとフォローしてくれたのは折本だった。

 二階堂? あいつは火おこしやってたよ。調理はできないが、そういうアウトドア的な技能は持ってる奴だから、そっちの方で頑張ってもらった。

 

「だが、疲れるもんだな……。人に指示するってのも……」

 

 食器洗いが終わって一息つく。

 嫌に頭にモヤがかかっているのを感じる。

 らしくないことをした自覚がある。今までろくに人と関わらなかった俺が、急に6人の他人を使って何かをやるなんていささか無理がある。

 やらなきゃならないこと、やらせたいこと。それを誰に割り振るか、自分の調理もしないといけないから、ひたすらに頭を回していた。……そりゃあ、疲れるわ。

 

「疲れてんねー、比企谷」

 

「……ああ、折本か」

 

 適当なベンチに腰掛けて休んでいると、折本が両手に紙コップを持ってやってくる。どうやら向こうは向こうで片付けが終わったらしい。

 

「お茶の余りもらってきたから飲も?」

 

「ありがとな」

 

 もらったお茶を流し込む。ああー、この渋みが疲れた身体には効くんじゃあ……。

 ……それで、隣のこいつはいつ戻るの? 他の班員放っておいていいのか? 

 俺は怪訝な目でしれっと隣に座る折本を見やる。すると、折本はくしゃっとした笑みを浮かべて言った。

 

「や、お礼言っとかないとなって。あたしさ料理はできなくもないけど、1人で経験がない6人を仕切るのは流石に無理だからさ。だから、比企谷がいてくれてよかった」

 

「……別に俺はやらなきゃいけないことをやってただけだ。旅先に来てまで不味いものを食いたくなかったからな」

 

 実際のところ、お礼を言われるほどのことじゃない気がする。ちょうどそれを解決する能力を有していたから、それを行使したにすぎないのだから。

 

「素直じゃないね……。そこはちょっとウケるかも。まぁいいや。明日の比企谷が考えてくれた行程、楽しみにしてるから」

 

 立ち上がった折本はそう言って足取り軽く歩いていく。

 ……本当に言いたいことだけ言って去りやがったなぁ……。まぁお茶もらえたから別にいいんだが。

 

 *

 

 翌朝に湯元温泉で朝食を食べたのちは宇都宮に向かう。

 この頃になると山道の移動も慣れたもので二階堂あたりはすっかり寝こけていた。

 そこそこ早く出たが、宇都宮までは1時間少々かかり宇都宮駅に着いた頃には10時を過ぎていた。自由行動の締めが16時だと考えると案外時間がない。

 だから、教師陣からの説明が終わったら俺たちはすぐにバスに乗り込まなくてはならなかった。

 目的地は大谷資料館。この辺り特産の石材である大谷石を切り出していた採石場の跡地だ。

 ただの採石場の跡地なら、わざわざ俺たちが出かけることはない。しかし、俺はじゃらんで断片的ながらあった写真を見た時に圧倒されて、迷わずここを今回の行程のマストにすることを決めた。

 バスで30分揺られ、降りた先にはすでに水墨画のような切り立った断崖が広がっている。

 

「うわ、すご……」

 

 隣で二階堂は目を見開いていた。班員の奴らも反応こそ違えど風景に圧倒されているようだった。

 このまま景色を眺めつつ奥に進むと、資料館の入り口が見えてくる。

 お金を集めて入館料を全員分まとめて払い、潜る。比喩でなしに入るではなく潜るのだ。石段を下っていくほどに肌寒さを感じる。……晩秋にこれは少しきつかったか。

 だが、坑内の中が明らかになっていくたびにその後悔も消え失せる。

 世界史の資料集で見た古代ローマのカタコンベや古代ギリシャみたいな石舞台。

 とても日本の物とは思えない荘厳かつ広大な地下空間が広がっていた。

 

「これライブで見たやつじゃん。ウケる!」

 

 静寂な空間に折本のウケた声が響く。

 この音の響きやすさと幻想的な空間が相まってちょくちょくライブや映画の撮影に使われたりするらしい。

 ただまぁ、今は何かイベントごとをやっている訳ではない。それに空気が冷え切っているから晩秋に入るには寒い。

 折本たちがSNS映えする写真を撮っている間、俺はずっと凍えている。

 その背後から音もなく二階堂が近寄ってくる。思わず俺は飛び退いていた。

 

「らしくないね、比企谷がこういった映えるとこを選ぶなんてさ」

 

「暗がりの中、ぬって出てくるんじゃねえよ。怖いだろうが」

 

「比企谷もこの状況で目を腐らせながら突っ立ってたら怖いよ。まるでゾンビみたい」

 

「なんだと、お前もゾンビにしてやろうか?」

 

「きゃー、比企谷におそわれるー。って茶番はさておき、どういう風の吹き回し?」

 

「吹き回しって言われてもな……」

 

 知らず、頭を掻く。

 いかんせん二階堂の質問の意図を俺は掴みかねていた。

 ただ茶化しているだけな気もするが、時たま二階堂は何かを含ませるような言動をすることがある。

 

「俺だって、こういうところに来たくなる時もあるんだよ。それに小町に話をするときに使いやすいだろ、ここ」

 

「まぁそうだね。で、折本さんたちが終わったら早く出よ? やっぱここ寒いよ」

 

「だな」

 

 この一点だけは二階堂と相違ない。

 考えた俺が言うのもアレだが、ここは完全に夏に来るべき場所だった。

 

 *

 

 大谷記念館を出たら宇都宮の市街地に戻る。割と手短に済ませたはずだが、時刻はもう12時を回っていた。

 ここからはもう市街を回る。

 手始めに俺たちは腹ごしらえとして宇都宮餃子の有名店に向かった。

 だがまぁ、正直見立てが甘かった。さすがは地元に愛されている店なだけなことはある。20分ぐらいは待たされただろうか。

 お腹を完全に空かした状況でお店に通される。

 メニューは完全に餃子とライスのみ。店内の案内を見た限りは2、3皿を頼むのがポピュラーらしいが……。

 

「ダブル……いや、トリプル。スイ、アゲ、ライス」

 

 常連客の真似をしてたどたどしく注文する二階堂。

 いや待て、それ5皿頼んでないか? 

 二階堂慣れしている俺でもちょっと戦慄する。ましてや二階堂とあんまり関わりのない班の男子ならなおさらだ。信じられないモノを見るような視線が二階堂に突き刺さるが、本人はまったく気にしてない。

 

「いやー、本場の餃子楽しみだね〜」

 

 それどころか、楽しげに脚をぷらぷらさせていた。

 待つことしばし、それぞれの目の前に餃子が並べられていく。皿が割と大きいからテーブルが埋まって視覚的に量がかなりあるように見える。俺は3皿頼んでいて、一目見て頼み過ぎたと思った。

 だが、食べてみるとかなりさっぱりしていて食べ進めるのに苦労はない。美味しいし、酢やラー油などで味変ができていくらでも米が進む。正直なところライスが少し足りないなって思うぐらいだ。

 そして、二階堂はこともなげに5皿とライスを完食し、皿を積み上げていた。

 いくら食べやすいからといってあの小柄な体躯にそう易々と入る量ではない。たまに、俺は本気で二階堂という生き物がわからなくなる。

 なにせ、あれだけ食っておいて体重の増減があんまりないらしい。中山が「ちょっと有栖ちゃんは女子としては反則」と漏らしていたのもうなづける。

 ちなみに、身長もほとんど伸びていない。

 二階堂は身長を伸ばすために意図的に多く食べているらしいが、悲しいかな。おそらく彼女の成長期はもう終わっていた。

 

 *

 

 餃子で腹を膨らませた後は二荒山神社とうつのみや妖精ミュージアムを回った。前者は宇都宮の街の由来になった神社で、後者は役所の窓口の隣にあるという変わり種のミュージアムだ。

 小さいながらも妖精ミュージアムは本格的に展示があって男の俺でもついつい見入ってしまう。

 童話の世界のような調度は女子の琴線に触れたのか、折本たちはきゃいきゃいはしゃいでいる。

 対して二階堂は優雅に図書ブースのソファに腰掛けているが、直前に餃子を5皿たいらげていることを知っている身からすれば何を今更お上品ぶってるんだとしか思えなかった。

 かくして、行程を順調に消化していき、ついに最後の場所に辿り着く。

 カトリック松が峰教会。大谷石で作られた建物としては最大級で双塔と白黒の陰影が印象的な教会だ。

 厳かさを感じながら歩く。木材も古いのか、軽く軋む音が中に響いた。それがまた静謐さと味わい深さを増している。

 この空間では、さしもの折本も大人しくならざるを得ないらしい。黙って俺の隣を歩いていた。

 ……珍しい、が好都合だ。この空間なら、おそらく俺の方が先手を取れる。それに、少しばかりクサいことを言ってもいいような気がした。

 

「……ありがとな、折本。お前が行程を俺に任せてくれなかったら、多分この宿泊学習は俺の記憶に欠片も残らなかったと思う」

 

 今までの校外学習の流れならば俺は後ろで黙ってついていき、たまに二階堂と少し話して暇を潰す。そんな受動的で味気ない過ごし方をしていたのだろう。

 だが、折本は意図がどうであれ俺に行程を任せてくれた。まぁしおりの作成や料理でかなりこき使われたが、それでもどこか楽しんでいる自分がいた。

 だから、こう落ち着いた時にお礼を言いたかったのだ。……俺らしくないとつくづく思うが。

 

「急過ぎてウケるんだけど。……でも、楽しんでくれていたならいいか」

 

 くしゃっとした髪の先をいじりながら折本は言う。そして、歩きを止めた。

 

「比企谷、あたしね。あんたとなら付き合ってもいいかもって思ってる」

 

「は?」

 

 思わぬ発言に俺の足も止まる。

 待て、今こいつなんて言った? 

 

「比企谷のこと、最初はつまんないやつだと思ってた。二階堂といる時はちょっと面白かったけどね。でも、ほんとにそれぐらいしか見るとこがなくて」

 

 理解が追いつかない。

 だってこいつは、折本は何度か話すぐらいの間柄だ。だから、好意を持たれる訳がないと思っていた。

 

「比企谷、あたし思ったよりあんたのことが好きなのかもしれない。だからさ、お試しでもいいから付き合ってよ」

 

 呼吸が止まる。

 折本が上目遣いでこちらを見ている。

 わかりきっていたことだが、折本は顔がいい。思ったよりも破壊力があった。たまらず理性がぐらつく。

 けれど、何かが違うと本能が警鐘を鳴らしていた。

 それになぜか、中山の顔が脳裏をよぎる。

 ……どうして、こんなときにあいつの顔が浮かぶんだろうか。わからない。

 

「折本……、俺は……!」

 

 ……それにしても。

 直に向けられた人の想いを前にすることがこんなに辛いとは思わなかった。

 中山も二階堂もずっとこんな身を切るような思いで振ってきたのだろう。改めて尊敬する。

 だが、俺の返事は最後まで言わせてもらえなかった。

 

「うわ、マジで本気にしてる……!」

 

「やっば、これはキモいわ……」

 

 後ろから嘲る2人の声。興味ないから覚えてなかったが、確か折本の友達だった気がする。彼女たちは教会の入り口から顔を出して下卑た視線をこちらに向けてきていた。

 

「……どういうことだ?」

 

「どういうって告白だよ? まぁ罰ゲームの偽告白だけれどね。あんさー、比企谷。あんたみたいな陰キャが本気でかおりと付き合えると思ってたのー?」

 

 盛り上がってたところに冷や水をぶっかけられたような感覚。

 だか、不思議と腑に落ちるような気がする。

 視線で折本に確認を取る。すると彼女は引き攣ったような笑みを浮かべていた。

 

「ごめんね、比企谷。その二人の言ってることはガチ。比企谷のことは嫌いじゃないけど、オーケーされてたら正直なところ困ってた」

 

「そうか……。盛り上がってたのは俺だけだったんだな。……阿呆らしい」

 

 もう何も言う気など起きなかった。ただ恥ずかしくて顔が赤くなっていくのを感じる。

 

「悪いな……、ちょっと頭を冷やしてくるわ」

 

 恥ずかしさやら怒りやらでもうこの場にはいられない。俺は早歩きで教会から出て、二階堂の制止を振り切って何処かへと走り出した。

 走る間、俺はまちがえたのだという意識が頭を支配する。

 またしても俺は折本に勝手な期待を押し付けていたのだろう。いや、期待すら生温い。俺は折本に叶うはずのない幻想を重ねていたのだ。

 その幻想とはなんだったのか、今となってはもうわかりはしないのだけれども。

 要は俺が勝手に舞い上がって勘違いして恥を晒した。

 それだけの話なのだから。

 

 **

 

 走り去る比企谷を見て、あたしは何が起きたのか察した。

 きっと件の偽告白が実行されたのだろう。

 友達が決めた罰ゲームという体で男子人気があって目の上のたんこぶだった折本さんを辱める。手を繋いでいる癖にそうした陰湿さがあるのが女子社会の嫌なところだ。

 それに比企谷が巻き込まれるのは正直腹に据えかねていたから、2日目はできるだけ比企谷の近くにいて見張っていた。なんだかんだで楽しんでいる比企谷に悪意を近づけるわけにはいかない。

 ……けれど、それができたのは松が峰教会までだった。

 

「ごめん、茅ヶ崎くん。付き合うのは無理だよ」

「そっか、なら仕方ない。……ごめんな」

 

 なにせ同じ班の茅ヶ崎くんに告白のために呼び出されていたのだから。

 見た目が愛らしいからか、あたしはよく告白される。けれど、正直なところあたしに告白するなんて無謀なことだ。

 なにせ、あたしは恋を知らない。いや、正確には恋のごく一部分しか知らなかった。

 恋は人を狂わせる。

 その一点だけを今まで思い知らされて生きてきたから。

 伽耶ちゃんが巻き込まれた磯子の一件も、あたしに対する男子の反応も如実にそれを突きつけてくる。

 今回の比企谷の一件もそう。女子間の男人気が折本さんに集まることへの嫉妬と比企谷の『現状を変えれるかもしれない』という淡い期待が混線して起きた事故だ。

 ともあれ、恋を前にすると人は変わらざるを得ない。そして、周りを置いていく。

 だから、あたしは恋が嫌いだ。

 

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