偽物にしかなれない私は   作:流水麺と豪州侍

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人を選ぶ作品製造機こと流水麺です。
確実に今回もこの質ですね。……どうにも僕の業はねじれているようでなんとも。基本自分が読みたいやつをないから仕方なく書いてる人なので割とやりがちではあります。

今回も八幡と二階堂視点併用型です。主人公のくせに主観の話を書いてもらえない中山の明日はどっちだ。


第10話 かくして彼は故意にまちがえる。

 

 知らない街を衝動的に走るのは存外疲れる。ましてや、行き先すらろくに定まってないなら尚更だ。

 走り疲れて俺はベンチに腰掛ける。

 辺りを見回すと土塁と水堀が広がっていた。

 写真で見たことがあるからわかる。ここは宇都宮城公園なのだろう。松が峰教会からは南に若干離れていた。

 

(二階堂たちには悪いことをしたな。衝動のまま抜け出してきてしまった。一応、連絡はしとくか)

 

 二階堂宛に『宇都宮駅での集合時間には間に合わせるから、そのまま先に進んでろ』と送る。

 そこまでやって、俺は項垂れた。どうやら思ったよりメンタルは効いていたらしい。

 不思議と折本とその周りに対する腹立たしさは湧いてこない。

 ただ、やるせがなくなった期待とまた勝手に期待した自分の愚かしさへの怒りが渦巻いていた。

 鞄から水を取り出して一気飲みする。ぬるい。こんなのでは冷めるものも冷めやしない。

 

(……思えば、何で俺はこんなに熱くなってたんだろうな……)

 

 折本に行程を任され、時折言葉をかけられた? 

 確かにそうだ。それで、かなり承認欲求が満たされた自覚はある。

 とはいえ、それが恋愛感情に繋がるとは到底思えない。が。実際のところ、俺は折本の偽告白にぐらついていた。

 ならば、俺にあったのだろう。折本かおりに応えてもらいたい期待が、叶って欲しかった幻想が。

 長いこと考えてもわからない。

 何故に俺は惑ってしまったのか。

 静寂の中、たったったと足音が響く。

 地元の人がランニングでもしているのだろうか、そう思って顔を上げる。

 

 夕凪に吹かれる長い赤い髪。

 形良い唇の端からは吐息が漏れて、その空色の瞳は真っ直ぐ俺を射抜いてくる。

 

 信じられなかった。

 どうして、彼女がここに。

 行程も何も彼女には、中山伽耶には教えてなかったというのに。

 

「探したよ、八幡。さぁ帰ろ?」

 

 息を切らしながら、項垂れる俺に中山は手を差し伸べる。

 俺はそんな中山の姿に記憶の中の折本の姿がオーバーラップさせていた。

 ……いや、違う。

 なんで俺は間違っていたのだろう、俺は記憶の中の折本に在りし日の中山を重ねていたのだ。本当は順序が逆で、俺にも優しく振る舞う折本の姿を見て、俺は勝手に在りし日の中山を重ねていた。

 

「……悪い」

 

 気づいてしまった今、俺は自己嫌悪が止まらない。

 勝手に期待するのは、磯子の件で懲りたはずなのに直っていなかった。

 

「お前、クラスの方はいいのかよ……」

 

「瀬谷くんに後で謝れば大丈夫だよ。それに見逃せる訳がない。あんな辛そうな顔で飛び出す八幡を見ておきながら、置き捨てるようなことは私にはできないよ」

 

「なら、ちゃんと謝っとけよ」

 

 こともなげに言う中山に俺は苦笑してしまった。

 対する中山も「そうだね」と笑って真っ直ぐな空色の瞳を俺に向ける。

 ああ、変わらない。

 誰よりもその在り方に苦しんでいるくせに、優しさは損なわれず、弱さは見せたがらない。

 周りに人はいるように見えて、本質的には常に孤独で、その癖して寂しがり屋で。

 そんなお前だから、せめて俺は一緒にいてやりたいとそう願ったんだった。

 

「じゃあ帰るか」

 

 中山の手を取って立ち上がり、手を離す。そして、歩き始めた。もう自分一人で歩けると誇示するために。

 ……実のところ俺は折本に在りし日の中山の代わりを期待していた。変わっていく中山を見て、もう俺を必要としてなさそうで怖かったのだ。

 だが、そんな必要はなかった。ただ表に出していないだけで、在りし日の中山を構成していた要素が損なわれたわけではない。それを遠くに離れたように受け取ったのは、それこそ俺が変わったからに他ならない。

 人が変化を実感するのは過去と今が地続きではなく、断絶がある場合だ。

 磯子の件で俺たちは一度断絶した。だからこそ、俺は気づいてしまったのだろう。俺は中山に友情以外の別の感情を抱いてしまっているかもしれないことに。

 けれど、俺はその感情を定義する気にはなれなかった。なにせ、定義したらもう戻れなくなる。悲しいことながら、彼女がそれを望んでいないことはとうの昔に知っていたから。

 だから、俺はこの感情が気の迷いである事を望む。秘して時の流れに任せれば、消えてゆく。その類の感情であると信じて。

 

 かくして、俺は故意にまちがえた。

 それがその場しのぎの詭弁であり、おためごかしの欺瞞だとわかっていながら縋ったのだ。

 この事実は俺を酷く苛ませることになる。

 

 **

 

 帰りの新幹線は無言だった。

 比企谷は結局間に合わなかった。けれど、伽耶ちゃんが確保してるみたいだからあまり心配していない。

 ……心配なのは、こちらだ。

 折本かおり。

 偽告白の当事者。告白して比企谷にお断りの雰囲気を出されたことより、友達だった女子2人がしきりに自分を嘲っていることにダメージを受けていた。

 

「……ああいう手合いは、どうしたっても出てくるんだね。……ちょっとしたスキャンダルが大好きなフライデーの記者もどきみたいな女の子はさ」

 

 本当にたまにだがいる。友達みたいな顔をして近づき、伽耶ちゃんや折本さんみたいな太陽みたいに目立つ女子を失墜させて悦に浸るような女が。

 動機に関してはあんまり理解したくない。けれど、劣等感とか男を取られた逆恨みから始まって、身内から脚を引っ張って蹴落とす。そしてその姿を見て自分自身の不足を補った、克服したような気になって悦に浸るのだ。……本当に自分がすごくなったわけでもないのに。

 

「……あたし、わからなかった。あの子達があんな子なんだって、ちっとも」

 

 独り言のつもりで言ったのだけど、折本さんにも聞こえたらしい。なら、仕方ない。今日は彼女と話す日だ。そう思って折本さんの方を見る。

 

「……あたしさ、もっと色んな友達を作りたかったんだ。だってみんながみんな同じノリだとウケるけど、飽きるからさ。だから、あたしは比企谷にも二階堂さんにも、あの子達にも接し方を変えてこなかった。みんな同じだから、気づけなかったんだね」

 

 ああ、なるほど。

 折本さんの独白を聞いて腑に落ちた。

 思えば、不思議だったからだ。クラスの姉御アピールにしても、折本さんはあたしや比企谷とかカースト意識がある連中にはあまり魅力的ではない相手に構いすぎていたから。その理由ならあり得ることだと思う。

 けれど、だからこそ。そこを突かれたんだ。

 違うことは彼女たちにとっての罪なのだから。

 その後も折本さんの後悔を聞いていく。

 ずけずけと人の触れたくないところに触れてしまうだとか、ノリに流されて不本意なことを言ってしまうとか。

 確かにちょっとそういうところあるよね、とこっちが思う欠点は大概折本さんは自覚していた。

 思ったより、人を見ている。

 あたしが折本さんに感じた印象はそれだった。

 このまま彼女の自己省察を聞いてたいところだったけど、あまり彼女はシリアスな空気を持続できないタイプ。自然と話は思わぬ方向に転がっていく。

 

「そういえば、二階堂さんて比企谷とどうして仲良くなったの? 今は話してるけど、あんまり仲良くなりそうな組み合わせに見えないから気になって」

 

「あたしと比企谷? 友達の幼なじみだったから何回か顔を合わせる機会があったんだよ。それで、「こいつ面白いし、雑に扱っても大丈夫だ」って思って今に至る感じかな?」

 

「なにそれ、ぞんざい過ぎてウケるんだけど。でも、ちょっと憧れる。なんか自由って感じでさ」

 

 ここでようやく折本さんに笑みが戻る。

 ほんとのところ、些細なこと過ぎて比企谷と話すようになったきっかけはわからない。けれど、知らぬ間に「ぞんざいに扱っても大丈夫だ」という確信を得ていた。

 それは、今まで可愛い自分しか求められていなかったあたしからしたら『好きにやっていいんだよ』という福音だったのかもしれない。ただ絶対視できるほどのものでもないこともわかっていた。

 

「……自由か。そんなもんじゃないけどね。互いが求めてるものが今のところ噛み合ってるだけだもん。だから、どちらかが変わってしまえば、関係が崩れることだってあるよ」

 

 まるで薄氷を踏むようなバランスで今の関係性は成り立っていることはわかっている。

 あたしだけが知ってることもあれば、比企谷だけが知らないこともある。罷り間違っても何も言わずに通じ合えるような関係性ではない。今だってそう、比企谷が少しずつ変わり始めているのを感じている。

 

「ま、羨ましいからって比企谷はあげないよ。あれは、あたしたちのおもちゃだから。欲しけりゃ自分の手で探しなよ。自分の個性でぶん殴っても倒れない相手をさ」

 

 いたずらに笑ってあたしはカフェオレを口に含む。

 マックスコーヒーに比べるとやや物足りないけれど、それでも身体が必要としている糖分は摂取できていた。

 だから、これから考えていこう。

 変わっていく、あたしたちの関係性について。

 

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